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箕や篭の写真
 

 


熊野の山深いところの農家(林業と兼ねている)にあった箕です。左側の箕は大正時代頃から家にあったそうで、右側の箕(正確には箕とは呼ばないかも知れません)
は、昭和30年頃に、お祭りの縁日にて求めたとのことです。この辺りでは、戦後、竹細工の殆どは、お祭りの縁日を通 して手に入れていたそうです。

 


近くの町の歴史民俗資料館にあった箕で、上の左側の写 真と同じタイプの箕です。右の写真は裏側を写したものです。比較的に大きなものが多く、斜模様の網代編みでありバッテンの模様が特徴となります。下北山村の歴史民俗資料館でも、同じ箕が展示してあり、沖浦教授に訊ねたところ、紀伊半島にはこのタイプの箕が多く、南方系の特徴を示しており、隼人族と関係があるのではないかとのことでした。このタイプの箕が、サンカの手によるものなのかどうかは定かではありません。

 

これも上の箕と同じ資料館にあったものです。手に取ってよく見たところ、何種類かの植物を使って作られていることが見て取れました。素朴さの中にも、自然な美しさがあり、しなやかにして丈夫な印象を受けました。この箕は、もしかしたらサンカ(山窩)の手によるものではないかと感じました。

 

箕というより何かを洗うのに使った物のように思います。お年寄りの話しでは、米を洗うのに使ったという方もいますが、確かに同じような竹細工を、《米あらい》として販売しているサイトもあります。大変、堅牢に作られてあり、緻密に編まれています。竹細工では、編むのも大変だと思いますが、同じ大きさの竹ひご作りも大変だろうと思わせる竹細工です。参照【2000年12月9日】

 

ドングリさんこと立田氏を通じて求めた物です。「ソーキ」「なぞうき」と呼ばれるものだそうですが、用途はよく分かりません。イツキサンカの流れを汲む人の手による物だそうです。出来立てのほやほやで、青い竹の香りがします。上の《米あらい》と同じ編み方です。竹細工の編み方には、網代編み,四ツ目編み,亀甲編み,ひご編み等があり、用途や形、材料、または伝統により、様々な編み方があるようです。

 

この篭こそは間違いなくセブリサンカの手による物です。
下北山村での瀬降り跡地での取材に同行して頂いてきた物です。頂いてきてから、竹が脆くなっていたので油を使って手入れしました。今では丈夫さは失われていますが、70年近く使われてきたのですから、作られた当初は相当に丈夫だったと思われます。竹ひごの使われ方や編み方を見ると、おおらかさの中にも手慣れた感じがします。

 

これは「最後のサンカ」加藤今朝松さんが作った箕の写真です。利田さんが、ある農家が使っていたものを譲ってもらったそうです。 「20年以上使っている」割にはいまだ「他の物より使いやすい」 と言っていたそうです。「最後のサンカ」加藤今朝松さんにつきましては 歴史民俗学No17、18、20号に詳しくリポートされています。

 

この五角形の箕は宮城県中央地域(仙台周辺)、宮城県北部、岩手県南部地域で 使われているそうです。五角形というのは北極星を現している可能性もあり、信仰や行事で使われることも多いそうです。材料は5種類以上の植物が使われており、竹、桜の皮、藤、縄(細い麻縄など)、 曲げ木(そぞみ、さるなめし、あずさなど)などです。。竹は女竹系の鈴竹(すず竹)という料理箸くらいの 細い竹を四割にして、薄皮を剥がしたものを使うそうです。

 


この箕は青森県境に近い岩手県一戸町の近く面岸地区で作られた箕だそうです。褐色のイタヤカエデの木の皮と竹で編まれています。曲げ木の部分には竹が使われています。桜以外の木の皮で作られた箕は始めて見ました。



   




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