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2004年03月28日(日)19時15分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


こうへい - 2004/03/28(日) 08:35<

有田川流木の顛末

有田川の流木・・クスノキの巨木(樹齢1000年)が、1030万円で落札されました。
重量は、60トンあるらしい。
何十年も水中で保存されてたので、野外で展示保存すると、急激に腐るかもしれない。
愛好家に加工されるほうが、いいのかも知れない。

日高川を上った川辺町の「きさくの湯」に行って来ました。
屋根のある露天風呂でしたが、冷たい風が頭を冷やしてくれて、気持ちよかった。(^o^)

郡上八幡 - 2004/03/27(土) 22:03<

心配しなさんな

 安来めぐで攻撃だ。悩む必要は無いよ。

愛知製鋼 - 2004/03/27(土) 21:58<

安来鋼をなんとかしたいが

 大同や刃物生産地と提携して安来に取って代わろう
としているのだけどうまく行かない。なにか歴史的
な問題にヒントがあるんだろうけど、不勉強です。
だれか、愛知が安来以上の安来になるための方法を
知りませんか?

ヤゾー - 2004/03/25(木) 15:25<

記憶の旅

みなさん こんにちわ

きょうかいさん こうへいさん ありがとうございます。
流石に十日間も留守すると 色々とやることがあって
落ち着くまで少し時間がかかります。

とても濃い体験をさせて頂いた十日間でしたが
東京へ行った明くる日には 皆神さんと蜜柑さんの取材下見のお伴ということで
フリーメーソンの儀式を見学するという 
まるで映画の中に迷い込んだような不思議な世界を体験しました。
その次の日には ハジメさんに会いに連れて行って貰い セブリした神社に同行するという
熊野の山で生活する身にとっては あまりの刺激に現実感を喪失して夢を見ているようでした。
体験し見聞きしたものは どんなに些細なことでも 必ず記憶しているものだという信念から
少しずつ思いだしては そのことについて確認作業をしている状態です。
とても印象に残っている話しは
ハジメさんの父 辰三郎さんのトモダチに
熊野からやってきたクマノさんと呼ぶ人がいたということでした。

こうへい - 2004/03/24(水) 13:41<

いい旅でよかった、よかった(^o^)

ヤゾーさん 
サンカのハジメさんマサコさんらと話したこと、よかったらまた教えてください。

ya(・ε^)na - 2004/03/23(火) 22:57<

きょうかいさん!!

あはーーぁ・・
 おこんばんわ・・
  んんんんんん・・やなぎむし・ヤナギムシ・・
HAPPY・幸せ・・よかったよかった!!
  どんな言葉でも、人がしあわせや喜び感じれることって・・よろしおますよね!!
以前は、自分のことだけで精一杯やったから・・そんなこと考えもしなかったんよね・・
  でもこの頃・・男の更年期障害や鬱に近い自分自身の落ち込み!!
経験したら・・・んんんんんん
   なんや、見えたり消えたりするようになってきたんですよね・・
          
  硬いことゆうたらあきませんよぅ・・
    まあええやん!!・・・
      たいしたことやあらへんやん!!・・なぁ?・・んんん

ふと見た雪柳!!・・・んんんんん
  よおみたら・・ふんふん・・一つの小さな花が独立してて・・
              なんやきれいなもんやねぇ・・
   あれぇーー・・椿の花って額からポロッって落ちるんや!!
               サザンカは花びらから散っていくんや・・
  なんや・・んんん・・にてるけど・・ちょっとちゃうねんなぁ・・
        
       いっつでも笑っていたい!!
           
     そんなに怒らんとってえなぁ!!・・
          私に免じて許しったってえなぁ!!・・

    みんな・・少し怒りっぽすぎますよぅ

          みなさん、そないおもいませんかぁ
           
           HAPPY・・・・やなぎむし

                 んんんんん   やなぎむし

あおき - 2004/03/23(火) 21:29<

きょうかいさん

 お会いできなくて残念でした こんど蜜柑さんの家に乱入しましょう
一人暮しみたいなので・・・
好きな事をやり すこし元気をとりもどします 良い言葉ありがとうございます

きょうかい - 2004/03/23(火) 20:41<

お帰りなさい

 ヤゾーさん、よい旅になって良かったですね。。
 再び、山や森のにおいがする、書きこみ期待しております。
 あおきさん、転身がんばってください。もし機会があったら
 飲みにでも誘ってください。
 
 私は私でやっと自分の目標のようなもの、心の居場所が見つかって
 猛進しつつあります。20年のモラトリアムから解かれたようです。
 私にとってのキーワードは「しあわせ」です。
  周りの人に喜んでもらって(人のために働いて)、そのお礼を心から
 言われるのは、とてもうれしいことだと思います。逆に心からお礼を
 人に言えるのも喜びを感じます。
  こんな人との関係を無理せず背伸びせずに継続し生きていくためには
 自分がしっかりして、しかも「幸せ」でいなければ出来ないとの
 確信を持つに至りました。
  というわけで、くよくよせず自分のやりたいことをまずは、やってみよう。。
      最近とっても素直な、きょうかいです。。

ヤゾー - 2004/03/23(火) 12:45<

魂を取り戻した旅でした

みなさん こんにちわ
昨夜 熊野に帰ってきました。
東京では とても充実した楽しい日々を過ごすことができ
蜜柑さんには感謝の言葉が見付からないくらい感謝の気持ちでいっぱいです。
ほんとうに 何から何までお世話になりました。m(_ _)m

気紛れと成りゆきで サンカに関したページを運営するようになり
かれこれ四年近くになりますが
この頃では 当初想っていた 自分はサンカというものに 
色んな面で非常に近いのではないかという想いが変わってきてしまい
サンカに対する想いが 少し離れてきていました。
しかし 蜜柑さんのお陰で 二度に渡り 
正真正銘の平成時代までセブリ生活を送っていた
サンカのハジメさんマサコさんと親しく接することができ
当初抱いていた想いを取り戻すことができました。
なにか魂を取り戻したような気持ちがします。

尾張のクズシリさん ご無沙汰しております。
ビデオで尾張のクズシリさんの面談シーンを見ることができましたが
とても情のある世界を見せて頂いた気がします。

ya(・ε^)naさん もしハジメさんが熊野に来たら
仕事をほっぽりだしてでも お酒を持って来て下さい。

皆神龍太郎さん きょうかいさん あおきさん 東京でお会いできて嬉しかったです。
皆神龍太郎さん アドレス復活しますので
例の写真を お願いいたします。
きょうかいさん 認識と層のお話 とても面白かったです。
あおきさん CDデビュー 楽しみにしていますよ!
 

あおき - 2004/03/21(日) 22:26<

昨日今日とありがとうございました

 蜜柑さんとヤゾーさんに二日間おせわになりました 越生のコンサート最高でしたね
感動してうるうるきてしまいました 三角寛の別荘は庭がやたら豪華で良い感じですねー
お疲れ様でした

ぽてちん - 2004/03/21(日) 22:19<

尾張のクズシリさん、ありがとうございます。

美濃下麻生 乞食祭りについて、歴史民俗学 No.17読みました。P20にある人々が山窩関係の人たちだと考えていいのでしょうか? 他の号については、これから揃えます。貴重なアドバイスをありがとうございます。もし、良ければ、研究をされている会に、参加させていただけますでしょうか?当方、何も学位等のない素人ですが、尾張を中心として、いろいろ調べていきたいと思っています。よろしくお願い致します。

尾張のクズシリ - 2004/03/21(日) 09:26<

乞食祭りと、尾張・美濃サンカの参考文献

 皆様お久しぶりです。
遅まきながら、先ほどフィールド調査より戻ってまいりました。その間いろいろな出来事があったですね。

ぼてちん さん 
美濃下麻生の「乞食祭り」(別名・桶川祭り)へ行かれるのでしたら、次の文献のみは読んで、予備知識を得てお出かけください。
 『歴史民俗学・第17号』(浮浪漂泊特集)に、調査報告を掲載しております。

また、濃尾サンカに関しては、
 『歴史民俗学』3号〜と、『 同 』20号〜23号(最新刊)は、最低限ぜひとも学んでください。

これらを、学術的に調査している学会・研究会もありますので、機会ありましたら会員になる為の推薦紹介します。(守秘義務などの誓約があります)

ヤゾーさん 
ヤカラシュウ(身内)とオメンアワセ(面談)できて、ヤナギムシでしたね!! そちらの、武蔵のクズシリのタチバで、イツキにならないように!! チャウズキ以外での国換えは、ハタムラヤブリですヨ!!
ハジメ、ハツコさんを知っている濃尾サンカ・オタカラシュウの方たちと、オメンナラベの機会を模索したいと思っています。

ぽてちん - 2004/03/21(日) 03:24<

*(O..O)*nglyさん、ありがとうございます。

*(O..O)*nglyさん、お返事ありがとうございます。早速、今月末、お祭りがありますので、行って参ります。八切史観は、今、読んでいる最中ですが、とっても分かりづらくて,投げ出してしまいそうになっていたところです。関連がよく分かりました。本当にありがとうございます。

とんちんかん小僧 - 2004/03/20(土) 23:51<

誤報であって欲しい・・

今し方、あるテレビ番組を見ていたら、ニュース速報があり、「元ドリフターズのいかりや長介
さんがお亡くなりになりました」と。
幼い頃から好きな人だったから残念です。

おりょうさん
新しい歴民は、カッパのことが載っているのですか?
一週間振りにネットに繋げたばかりですので、これから確認してみます。

じげもん - 2004/03/20(土) 14:56<

皆神様

気を悪くなど、とんでもありません。
大いに感謝しております。
「テンノウ」という部分には、私も違和感を感じておりました。
碑文の方はどうでしょうか?
これも後代のものとすれば、『竹内文書』の影響力恐るべしです。
そこまで駆り立てる理由がなにかあったのでしょう。
場所ですが、国東郡下成仏の山中でして、正確にはなかなか説明ができません。
お越しになる際はご連絡ください。
ご案内いたします。
今後ともよろしくお願いします。

jr <http://www.internetnewsdaily.com> - 2004/03/20(土) 14:02<
cool site

ya(・ε^)na - 2004/03/20(土) 07:46<

ロバ!!

ロバですかぁ・・・
 ロバっておもしろおますよねぇ
  たくさんの荷物を、せたろうてトコトコ歩く力持ち
なんや外国の映画で、デブの僧侶が小さなロバにまたがりトコトコ!!
 三歩進んで立ち止まり僧侶の顔見て・・
「あほんだら!・・おのれみたいなデブが乗ったら歩けるかい!」
  「ふん!・・くそ・ヘーでもくらえ」
 ブーーッ
  そんな、負けん気の強い頑固者!!!

    ヤゾーんとこの写真にロバ君いたはりました
      「なんや! もんくあんのんかぁ」って顔してましたねぇ

  そんな、イメージのロバ君が居てはります

    無精ひげ生えたまんまで・・
     あごに手をやって・・・・・
           んんんんん・・・・マンダム

       

*(O..O)*ngly - 2004/03/20(土) 00:08<

そう思います

ぽてちんさん
 桶川(加茂郡川辺町下麻生 県神社)こじき祭り
 地名からも呼び名「こじき」からもその可能性は高いようです。
 桶川は埼玉にもあり、サンカの全国集会の地としても知られて
いたようです(『マージナル』?号)。「桶」は漢字からすれば
廻りを取り囲み、内部からは外部が見えない、との意味ですから
八切史観からすれば、別所、三所、院内などなどと同じ、囲地
(ゲットー)です。
 乞食祭りでは、小豆や赤い服などを使用してるなら、古代からの
コジキで、別所の流れと思われます。
 歴史民俗会員から聞いた所では、下浅生には避病院か乞食小屋
が昔あったといってますから、まず間違いないでしょう。

皆神 龍太郎 - 2004/03/19(金) 17:58<

じげもん様、こんにちは

じげもんさん、こんにちは、

大変に綺麗な岩文字の写真を公開頂きまして、本当にありがとうございました。
実物が見たくても、なかなかいけない我が身と致しましては、大変ありがたく見させていただきました。あとでよろしいのですが、いつか見に行ける日のために、碑文の正確な位置などをお教え下さいましたら幸いです。

『上記』ですが、上記研究家の田中勝也さんのお友達が、田中さんの研究結果を基に、全文読み下しで読めるサイトを開いておられます。
http://cgi.coara.or.jp/~fukura/uetufumi/index.html

このなかの28綴を見ますと、下から8行目に「千秋足中置の命」(とあきたらしなかおきみこと) という名前が見えています。田中勝也さんは「千秋足中置」という漢字を当てられたようですが、この漢字ですと、ますます『トミアキタラシナカオキ』とは、絶対に読めないだろうと思います。

岩文字はやはり、漢字仮名交じり文でかかれた竹内文献を元にして、最近削ったたものではないでしょうか?

うろ覚えの知識で申し訳ないのですが、そもそも「天皇」という称号は天武天皇の時代ごろからのものであり、そんな超古代に遡るものではないだろうと思いますし、スメラキとかスメロキとは読むことはあっても、そんな昔に、テンノウなんて読みを果たしてしたものかな、と素朴に思います。

しげもんさんのHPは楽しく読ませて頂いております。万が一、私の書き込みで気を悪くされるようなことがありましたら、大変に申し訳ありません。

私は山窩や古史古伝や神代文字といった話しが大好きなのですが、同時に、そういったものの「真実」というものがどこにあるのか、ということも常々知りたいと思ってきました。夢や希望も勿論大事なのですが、事実や真実といったものも、同じくらい大事で、同時に見極めていくべきものなことではないかと思ってきました。

これをご縁に、よろしくお願い致します。

きょうかい - 2004/03/19(金) 17:41<

ありがとうございました

蜜柑さん、ヤゾーさん
昨日は、行儀悪くも遅くまでお世話になりました。
また、お誘いください。

じげもん - 2004/03/19(金) 13:17<

皆神龍太郎殿

ショーーーーーーック!!
そうでありましたか。
大分県立図書館で『上記』を拝見させていただいたことがありますが、
こりゃまた難解で、「ト(ミ)アキタラシ・・・」は見つけられませんでした。
往生際の悪いところで、
『上記』の記述のほうが間違いであるということにしません?

ヤゾー - 2004/03/19(金) 12:16<

今日で一週間目の東京生活

みなさん こんにちわ

satouさん はじめまして

ぽてちん さん 申し訳ありませんでした。
ここのところウイルスメールが多く送られてきていましたので
留守中に溜まった添付ファイルを開くのに時間が掛かると思いアドレスを切っておりました。
山小屋に戻ったらアドレスは復活いたします。
改行は山小屋に戻ったら直しますので 気になさらないで下さい。

皆神龍太郎さん とても貴重な体験をさせていただきました。
心から感謝しております。

昨夜 きょうかいさんが蜜柑さんの家に来て 一緒に蜜柑さん秘蔵の映像などを見ました。
きょうかいさん お寿司 昼に頂ました。ごちそうさまでした。
掃除洗濯も終わったので これから古い友人と渋谷で待ち合わせて東急ハンズにでも行ってきます。

ぽてちん - 2004/03/19(金) 02:40<

ごめんなさい

自動改行にせず、入力してしまいました。読みづらくて申し訳ありません。

ぽてちん - 2004/03/19(金) 02:35<

初めまして

初めまして。管理人さん当てにメールをしましたが、戻って来ましたので、こちらから失礼いたします。いま、サンカ関係のことを調べています。愛知県一宮市に住んでいますが、こちらで(岐阜地方でも)サンカと直接会ったことがある方,きっとお年寄りの方々になると思われますが、もし、お知り合いでいらっしゃったら、ご紹介願いたいのです。瀬降りの場所の痕跡、サンカの皆さんが作ったもの、体験、等、気軽に情報を提供して下さる方を探しています。熊野に住んでおられるそうなので、そんなに遠くはないと、思い立ちました。いけるところでしたら、伺います。 それと、質問があります。桶川(加茂郡川辺町下麻生 県神社)で行われる、こじきまつりと、サンカは、関連があるのでしょうか?御存じでしたら、お教え下さい。突然失礼しました。

▽うぶ - 2004/03/19(金) 01:35<

なんでもないけど、、、。

ヤナさん 御心配いただいて有難う御座います。
最近身の回りに色々有って、気持ちが塞いでいます、鬱状態で、、、、(▽)なんです。
「三下」の指摘は当たっています、山を目指したのに谷に墜落、、、、、鏡を見たらロバが写っていた。
世間がまぶしいので細目状態を続けたい、、、、、、(でも消滅は無いと思う)。
なんだか、馬齢を重ねるほど世間がまぶしくって仕方が無い、、、、、。

スミマセン、、、皆さん、、、、気にせずに、、、話を続けて下さい。

ya(・ε^)na - 2004/03/19(金) 00:07<

なんや!!ねん

△うぶさんの▽うぶは、三下のいみなんやろか???
 以前は△やったのに、この頃は▽やもんねぇ・・・へへっへへ
 さんかくうぶさんがさんかうぶさんになったんやろか???
  んんんん・・一生懸命考えとったら・・なんや・・
          へへへっへどないでもよろしおますねぇ・・

皆神龍太郎 - 2004/03/18(木) 16:13<

国東の神代文字岩について

蜜柑さんのレポートに「性格の良くない方で・・・」と書かれておりました。皆神でございます。
蜜柑さんのご紹介の通り、性格のよくないことを証明するレポートをお書き致します(^○^)

先日、東京に出てこられたヤゾーさんとお会いしたときに、果たして山窩文字が実在したかどうか、という話しが話題に上がりまして、その時にヤゾーさんから、山窩文字が昔から存在していたという証拠の一つとして、2月25日にしげもんさんという方が国東半島の神代文字岩の写真をアップされているということを伺いました。

僕も一度見てみたいと思っていた岩文字で、非常にクリアな写真に撮られていることに感激しました! きれいな写真の公開をありがとうございました。

さて、あの岩に書かれていた『トミアキタラシナカオキテンノウ』という名前なのですが、『上記鈔訳』ではこの天皇の御名が「富明足中置尊」と書かれており、またしげもんさんも本文中に書かれていたように『竹内文献』では「富秋足中置天皇」と記されているようです。

しかし、一種のひらがなである豊国文字の新体象字で書かれている上つ記原本の宗像本によりますと、この天皇の名は「トアキタラシナカオキ」と記されており、読み下しが異なります。

この碑文の読み下し方は、明らかに『竹内文書』で書かれていた「漢字かな混じり文」を自分のセンスで読み下してしまったものと思われます。それ故に、
「この碑文を刻んだ人物は『上記』での本来のウガヤ朝二十五代彦天皇の名前を知らなかったのだ」(『季刊邪馬台国』平成14年冬号 原田実偽史列伝第17回)と指摘されております。

この碑文も、竹内文書公開後の昭和初期以降に新たに刻まれたものと判断するのが妥当と思いますが、いかがでしょうか?

satou - 2004/03/18(木) 15:24<

楽しく閲覧しました

素晴らしいHPですね

きょうかい - 2004/03/18(木) 09:10<

とげ

いやいや・・・
 とげも、なかなか、なかなか
  いいもんですよ。。

こうへい - 2004/03/18(木) 01:50<

ささったトゲ

不思議なほど、簡単に抜けました・・予想もしなかったことですね。
何本かは、刺さったままになることは覚悟してますが。
ボクのは、過去・・

蜜柑さん・・季節は、ど真ん中ですね。
刺さったトゲにならないことを和歌山の空から祈っています・・(^^)

蜜柑 - 2004/03/18(木) 01:25<

20年前の悶絶?

20年前に、悶絶した彼女に再会ですか?
そうやって、ひとつひとつ
心のトゲが抜けていくと思います。





こうへい - 2004/03/18(木) 01:06<

ぎゃー

な、なんなんや!!

ya(・ε^)na - 2004/03/18(木) 00:08<

うわーーーぁ!!!

へっへへへっへ・・
   こうへいさん・・・うわーーーぁぁぁぁ・・
    おなごはんや!!・・
 20年の歳月や!!・・うわーーぁぁぁぁぁ
  すぐに思い出したんや!!・・・
      うわーーーぁぁぁぁ
  えええーーーと・・お嬢さんは20歳や!!

          うわーーーーーーぁぁぁ

          うわーーーーぁぁぁぁ・・・・・

               ほなさいなら・・・うわーーーぁぁぁ

こうへい - 2004/03/17(水) 20:32<

氷解していくもの

ホームセンターの中で見たことのある人にあった。
思わず「こんにちは」と頭を下げた。
相手がちょっと微笑んだとき、「あっ」と思った。思い出した・・・

「お久しぶりです」と、相手が言った。ちょっと離れてご主人らしき姿がみえた。
頭を下げて、立ち去った。
 しばらくして、また合った・・相手が「クスクス」っと笑った。

 20年間、心にわだかまっていた、煩悩の塊のようなものが、一気に溶けていくのを感じた。
 何か、暖かい風が心の中をわたっていた。
妙に、優しさが心にひろがった・・

 一瞬にして、氷解するもの・・・なぜか、とても不思議であり、とてもうれしくもあった。

おりょう - 2004/03/16(火) 23:55<

下記訂正

ニ千円冊→ニ千円札
失礼いたしました。

しかし、二千円札って出まわっているんでしょうか。この時に始めて二千円札見ました。

おりょう - 2004/03/16(火) 19:27<

こんばんわ

ヤゾーさんゆっくり楽しんで帰ってくださいね。

「歴史民俗学」買ってきました。
とんちんかん小僧さん「かっぱ・カッパ・河童」ですよー。

飯尾さんのレポート家に帰るまで待ち切れなくてバスの中で読んでいて、目がうるうるしてきて困りました。
三角寛の「菜花峠の山女」にサンカのおせんはカツパのように泳ぎがうまく愛くるしい女の子の話であり
ますがとてもいい小説で、そんなことを思い出しながら帰ってきました。

蜜柑さんのレポも面白かったです。
「性格の良くない方で・・・」に笑いました。

上野古書店の店主は他界されていたんですね。最近は行ってなかったのですが、上野に行くと、まず上野古書店に寄っていました。去年、本を買ってお釣りもらうとき「ぴんぴんの二千円冊あるよーほしい?今、銀行で両替してきたばかりだからー」「ほ、ほしいー」なんて言葉を交わしてきて、今もその二千円冊大事に
とってあります。・・・・合掌。

ヤゾー - 2004/03/16(火) 13:15<

ハジメさんの話

みなさん こんにちわ
僕はまだ 蜜柑さんの家でご厄介になっています。
蜜柑さんが会社に行っている間は
掃除洗濯と お手伝いさんのようにしながら
もうしばらくは蜜柑さんの家でご厄介になると思います。
もう一度 電車に乗ってでもハジメさんに会いに行きたいというのもあります。

ハジメさんと会ってみたら 妙に波長が合うところがありました。
人に対してとても丁寧で親切なところがあって
釣りや動物の話を聞くと 目を輝かせて色んな事を話してくれました。
ほんとうに自然が大好きなんだなと感じさせてくれるところが随所にあって
驚くほど自然に対する知識が豊富でした。

GAINA - 2004/03/16(火) 11:15<

ご注意ください

ヤゾーさん、みなさん、こんにちは。

ヤゾーさん、もう山小屋に帰られましたか。
貴重な体験が写真から伝わってきましたよ。

最近、GAINAのメールアドレスを悪用して、
ウィルスメールが送信されています。
添付メールは一切送信していませんのでご注意ください。

伯太川 - 2004/03/16(火) 00:14<

八幡と金屋子

八幡と金屋子はまったく関係ないよ。あしからず。

蜜柑 - 2004/03/15(月) 21:11<

歴民24号発売中

飯尾さんのエッセイが最高です。
サンカの娘さんと村のガキンチョとの初恋話。泣けてきます。

おりょう - 2004/03/15(月) 19:13<

みなさまこんばんわ

蜜柑さん やぞーさん
貴重な体験話、「歴史民俗学」に投稿して読ませていただけるのを
楽しみにしています。

すっきり八米 - 2004/03/15(月) 19:00<

砂の器はやってるみたいですね

 最近「砂の器」が好評みたいですね。
亀嵩というズーズー弁が東北弁でなく
出雲弁であるというのが、なぞを解く
鍵になるのですが、正確には雲伯方言
というんだそうです。ハンセン氏病の
社会的差別が原因の悲劇を、美しい
山陰の風景を背景に描くお気に入り
の映画です。
 ところで、この雲伯と聞くと日本刀
愛好家もある私は「童子斬りの安綱」
で有名な刀工安綱や、安来鋼、和鋼、
たたら吹きなどの刀に関することな
どが思い出されます。
 最近の若者には「もののけ姫」の
舞台になったところとでも説明すれ
ばよいのでしょうか。

PIKKI <http://mypage.odn.ne.jp/home/hide71> - 2004/03/15(月) 13:54<

ずっと掲示板荒らしと格闘中です

どなたかよい方法をご存じないでしょうか?

  「発見」

僕には
知らないことが多すぎる
知りたいと思うことも
同じくらいに多い
恋も神も
まだ知らないというのに・・

メキシコの打楽器で
何かの動物の顎を
ビヨーンと弾く
楽器の名前を知りたい

お前が思っているほど
お前はたいした奴じゃない
なんて言った奴は
いったい何処のどいつなのか?
妄想くらいしか
俺たちの自由はないというのに

俺がネズミを大嫌いで
ネズミに怯える理由が
今日やっとわかった
鼠は人間にそっくりなんだ
ミッキーマウスもミニーマウスも
ブッシュに政治献金をつづける
ディズニーもコカコーラも
クソくらえだ

あおき - 2004/03/15(月) 12:25<

あらー

 ヤゾーさん関東に来られてたんですか 昨日夜蜜柑さんから電話があったと
奥さんから連絡があったので おりかえし蜜柑さんに電話したのに 携帯も自宅も
現在使われてません とか流れていたので もしかして夜逃げ?と心配してしまいました
 とうとうハジメさんに会ったんですね よかったですね おもえば2002年6月私は非常にラッキー
でした ヤゾーさんできればお会いしたかったですねー 私は今ばたばたやること多くて・・・
 
 

こうへい - 2004/03/15(月) 09:05<

おはようございます

ヤゾー さん よかったですね。
実に、いい雰囲気の写真です。

山小屋に招待される時は、ボクも呼んでくださいませんか。
隅で、話を聞いてるだけでいいんです。(^o^)

蜜柑 - 2004/03/15(月) 08:29<

忘れた

風の王国の画像参照。

蜜柑 - 2004/03/15(月) 08:28<

サンカの末裔

サンカの末裔と、香具師などに昔話を聞きに行きました。
香具師の間ではセブリサンカは「セブリ屋」と呼ばれていたそうです。
昭和25〜30年には、かなり多くのセブリ屋がいたようです。

ヤゾー - 2004/03/15(月) 01:37<

大感激

みなさん こんばんわ

今日はとて素敵な一日を過ごすことができました。
蜜柑さんのお陰で ハジメさんと会うことができて本当に幸せでした。
とても意気投合することができ 貴重な話も沢山聞くことができました。
なにか自分の中で サンカに対する答えが出たように思います。
ハジメさんが熊野に来たがっていますので 山小屋に招待することも考えています。

実は 金曜日の日に蜜柑さんのパソコンがウイルスにやられてしまい
昨日二人で修復作業をがんばったのですが
時間的にできなくて 日曜の夜から再び修復作業を行って 
やっと今ネットに繋ぐことができました。

まさか三角寛の本で見ていた サンカのハジメさんに会うことができ
ヤマガラなどの動物たちとの話や 神社とサンカについての話など 
どの本にも載っていない貴重な話が聞けるなんて大感激でした。

日鉄支部 - 2004/03/15(月) 01:19<

深刻だ

 たしか、山陰で地震があったとき我々の体制建て直しとして
n億の投資をして、世界中に安来だけに任せて置けないハイテ
ク生産物として発表した。だけどこんなに早く立ち直るのは
我々の予測を越えていた。

ヤゾー - 2004/03/14(日) 09:33<

サンカのハジメさん

金曜から蜜柑さんと一緒に過ごしてます。今 蜜柑さんのクルマの後部座席にハジメさんと一緒に座ってます。ハジメさん とても気さくで楽しい方です。

焼尻紋次郎 - 2004/03/13(土) 19:13<

     超偉人 と ‥‥‥‥


      超・偉人が、あまりにも身のすぐ傍にいたら、ご仁は錯覚をおこすものらしい。

      生きた(うまれた)死んだ、死んだ・生きた、生きた・死んだ………。
      恵みとしての光、ひかり輝く真実。 それを 神というならば 言え

      ここまでに光を止揚して、人類ののど元につきつけた画家が且つていたか。
      ムンクの『叫び』、クソクラエ。

      掲示板に書いたら ただのオッチャンにしかならない。これもホント。

      あらま、またリクツこいちゃった。

      ……………………
      まあ〜〜だ、プロバイダーのOCNとつながっているようで‥‥。
 
 

こうへい - 2004/03/13(土) 09:08<

朝っぱらから

朝、車にいくと、何やら音がしています。
よく見ると、スズメより大きな鳥が、ホバーリングしながら、さかんに左のミラーを突っついています。
ミラーに映った自分を必死で突っついているようです。

デジカメ取りに急いで戻って、撮ろうとすると、バッテリー切れ!
また戻って、電池を換えて急いで行きましたが、もう居ませんでした。

縄張り意識過剰なやつか?

それにしても、肝心なときに必ずバッテリー切れになるカメラです。(^o^)

ya(・ε^)na - 2004/03/13(土) 00:14<

おんどれ!なめとんなぁ!!

あはっははは・・面白いお話したりましょかいねぇ

 うふふふ・・あのねぇ・へっへへ
 うちのお客さんが、スーパーの買い物で買うてもおらんものを
  レシート見たらついっとって
     お金支払ったんやてぇ・・
 この奥さんほんま穏かな・・・言うところのエエとこの奥さんなんですよぅ
  にいちゃん(ヤナの事)こんなんなんやけどないしたもんやろねぇ??
   そない言われまして・・・・んんんん
 そうやねぇ・・間違いは間違いやよってに・・
 かえしてもらわなあきませんよねぇ・・・・・・
  
   「でもどないゆうたらええのん??」

     わかりました!!こんな風に言うてください!!

 「おら!、どないなってんねん!!」
   「責任者だれや!!」
     「えーーっ、どないしてくれんねん!!」・・・て言うてくらはいて言いました
      ほんなら・・この奥さん・・ほんまに
        えらい受けました!!
   「ああああはははは・・あはっはは」って笑てはります・・

               笑いすぎとちゃいますかぁ・・

   ほんでから最後に、「お返し願いますでしょうか?!」ってゆうたはりなさいって・・
             言うてくらはい

           「これほんまに、私が言うのぅ・」
        
     「 はい!!」・・「まけたらあきませんよう!」

   そないゆうたら・・奥さん、しゃがみこんで、うなったはりました・・

       どないなるか・・たのしみですねぇ・・あはっははは


     

とんちんかん小僧 - 2004/03/12(金) 19:41<

おじいさんの話

今朝、知り合いの人の家に行った時に先客としていた、おじいさんの話。
花粉症でくしゃみが止まらない話をしたところ「蒸しタオルで鼻を押さえたら、いっぺに(すぐに)くしゃみとまるで」と言っていました。
それから、しゃっくりが止まらなくなった時は「塩を舐めたら絶対止まるで、一回で無理なら二回舐めたら100%止まるで!今度しゃっくりした時に試してごらん」と教わりました。不思議なことですよね。毎度、30秒以上息を止めてしゃっくりを止めていたのがいとも簡単に止めれるみたい。おじいさんも不思議なことだなあと言ってました。

  焼尻紋次郎 - 2004/03/11(木) 19:57<

      ひ と 恋 う は    

           去年4月23日、東京荒川に変死体になって浮んだ高橋稔は
          「あんなの(太陽)があたまの上をくるくる廻ってんので人は
          錯覚するんだ」と、2〜3度あっしに語ったことがありました。

  √ ひとの世に さらぬ別れの無くもガナ 千代も とねがう ひとの子のため

  「カナ」しいんですよ。希いがカナわんとわかっているからこそ、
  いっそうカナしいんですよ【ネパール語 kana(願う)】。

              昭和天皇の顔にはじつにいろんなものが結晶していました。
              「くに」とか地方全部が外のくにと戦争状態にはいるとき、
              それまでのヤオヨロズの神々は「王の中の王」という性格
              を求められ、ヤゾーが出現します。→ 一神教ですな。
              サンカがもし、独自の集団であったならば、サンカは外部
              と抗争関係にあった。

      医療技術もなかった。いつも凶作に見舞われ、緊急事態からケツをつっつきま
      わされていた。とにかく食わねばならない。

              今のような飽食の時代では想像もできないことでしょうが、
              「とにかく食う」ということは、大変なことだったんです。
              白でも黒と云いくるめないことにはやってゆけなかったんです。

  社会全体、歴史全体を「カナ」の目では見れないもんだろうか。
  自殺直前の青年が「棚のうえの土瓶、食器、釜などが光ってる」
  と書き遺しています。
  ゴッホさんの目にも万物が光っていたことでしょう。

                       あらま、またリクツこいちゃった。
                       とにかく「おまえの父さんデベソ」が通じないなら
                       「他人の家の墓あばき」という語をささげます。

        √♪ ひとこうは カナしきものぞ 松山に もと折りしつつ 耐えがたかりき ♪

刻限二五会議 - 2004/03/11(木) 13:26<

HP「三千世界の立て直しプログラム」のご案内

はじめまして。
とつぜんにメールを差し上げます失礼をお許し下さい。

じつは私どものグループ「刻限二五会議」では、去る1月25日を期して標記のHPを開設しております。
貴会の主旨とも関連が深い内容が含まれていると思いますので、ぜひお訪ね頂き参考にして頂ければ幸いと存じます。
アドレスは下記の通りです。

http://www.geocities.jp/kokugen3625/
「三千世界の立て直しプログラム」

今後とも、世界の立て直しの上に、宗教の垣根を取り払って、何らかのお力添え下さいますよう期待しております。
なお、ご感想・ご意見がありましたらお知らせ下さい。

刻限二五会議
(代表)岩井猛、メンバー一同
kokugen3625@yahoo.co.jp

PIKKI <http://mypage.odn.ne.jp/home/hide71> - 2004/03/10(水) 23:57<

おりょうさん有難うございました

僕はどこにも属さない一匹狼なので、とても嬉しい言葉でした。
狼も鯱も鹿や鯨という食料を与えてくれたのでアイヌや日本人にもっとも崇拝された神さまだったのではないかと思います。狼は内臓しかたべなかったとか・・。
いま日本一の無料で読める電子本図書館「青空文庫」の掲示板で論争中です。
ただここはトヨタが資金援助してできたサイトなので、追い出されるまで・・事実は事実だと書き続けるつもりです。
詳しくはー「青空文庫みづたまり」

こうへい - 2004/03/10(水) 21:28<

こんばんわ

紋次郎さん 喜んでいただいてありがとうございます。

前に描かれてたそうですから、紋次郎 さんも描かれたらどうでしょう。(^o^)

  焼尻紋次郎 - 2004/03/10(水) 07:01<

   こ う へ い さ ん の 画 風   


         こうへいさんに「アシタバのタネいらんかネ」いうたら、「蒔いてみようか」と、
         こうなった。
         ところが実際にはホンノ少ししかない。それでも送った……ら、オレの住所確認の
         Eメールが来た。
         「なにか返礼みたいなこと考えてはるな」……。そこでおれはこの際だと思ったの
         で、「なにか作品のハガキがあったら」とおEメールでせがんだ。

         狙いは『風の王国』にチラと出た『赤いクツ』だったのでしたが、それも含めて
         10枚も、きのふ届かさりました(岩手方言)。

         見てギョ! 
         「繪はリクツで描くもんじゃない」みたいな音信をこうへいさんから頂いたことが
         あります。オレみたいな野郎が言葉にするとウソまみれになる世界が展開してま。

         天才画家といわれた青木繁の『海の幸』があったが、そんなのこうへいさんの足元
         にも及ばんぜよ。
         マミアナのお嬢さん、買うなら今だべ。

         でも、ひとこと言わせてもらいたい。
         ハガキの繪は7CM ×10CM だが、偉大なるビッグバンとなって清らかに光ってる。

         南方熊楠さんとともに日本が生んだ二大巨星だと思う。ウソだと思ったらこの光を
         見てみなはれ。

         
★ まだ、プロバイダーに首がつながってるみたい。
         

ya(・ε^)na - 2004/03/09(火) 23:42<

どひゃーーぁ

猫に噛まれました!!掻かれました!!
 かわいらしい、くるくるオメ目もなんだんねん・・
  「シャーーー」ゆうな!!
私は、ニャンコにがてです・・・・

  お願いニャンコお家からだしてえなぁ・・ってご依頼!!
  快くきくんやなかった!!・・
 「さあおいで・・おもてに行こうかいねぇ」
    優しく手出したんよね・・ところがシャーーーーッ
       吹いたとおもたら・・爪の攻撃・・
「あいたたったた!!・・」
  こんにゃろうなめとんなぁ・・いてもおたろかぁ!!・・
      箒で攻撃!!・・・
   あははっはは・・大人気ない!!
  はよ、表に行き!!
    情けないその顔!!
        動物って・・ほんまかわいいなぁ


    しかし・・あいててて・・
           にゃんこの爪ってこわいわぁ・・
                     いやほんま

ヤゾー - 2004/03/09(火) 21:35<

携帯風呂

みなさん こんばんわ

テントではなくて風呂桶を担いでというあたりが 変でもあり粋です。
一度ドラム缶風呂に入って その気持ち良さが忘れられず
BE-PALか何かで 携帯風呂セットというのが紹介されているのを見て
真剣に買おうと思ったことがありました。
行く先々で風呂に浸かりながら景色を眺めるなんて粋の極みかも知れません。

あおき - 2004/03/09(火) 18:42<

ええー

風呂桶かついでとは目立ちすぎるんじゃないですか 焼き湯すれば風呂桶なんかいらないし
なによりフットワークが悪すぎですよねー
砂の器じゃなく そのまま“風呂桶”とか小説書いたりして 

蜜柑 - 2004/03/09(火) 18:28<

福島のサンカ?

家族で移動生活。風呂桶かついでアチコチの一家が福島にいて、テレビに出ていたという人がいますが、
見た人いますか?

とんちんかん小僧 - 2004/03/09(火) 13:28<

今時の子は・・\(>_<)/

昨晩知り合ったばかりなのに、次の日にエッチしたいと要求してきた。
聞いてみると、まだ処女らしい。こんなにも性に対して、オープンなものなのかと考えれば
考えるほど、心から吃驚して思わず腰が引けてしまいました。
・・本当にあった怖い話です。

焼尻紋次郎 - 2004/03/09(火) 08:37<

    笑点・・昇天    

                     肛門には体内に入ってくる悪魔をにらみ返す目がついているんです。
                     アイヌ語 ohontoki(肛門)の O は「尻」、hon はベトナム語に残
                     っている「丸いものを表す語頭限定辞」。tok は片目でんがな。
                     大屋さんが過って義眼をのみこんだ。「ちょっと見てくれ」と頼まれ                     た熊さんが覗いたところ……、ゲッ ケツからにらまれた。

      ヤギシリの語源はどんぐりしゃんを通じての姉妹掲示板?
      『都母(つも)のくに』にきのふ書きだしやした。
      焼尻島は昇竜のオンコ(イチイの木)を産出します。
      
                 
                 いま熱い注目をあびているクルド民族のことばに yazdan(神)
                 があります。語幹は yaz(神) ./ .地名;夜須町、安来市
                 王の語源はアラビヤ語 awj(絶頂)。
                 神々のなかでも、その絶頂の座にいらっしゃるのが「ヤゾー」。

  ちょと、天に昇っち来やす。

こうへい - 2004/03/09(火) 08:22<
まったくですね。われながらバカの見本です。(^o^)

▽うぶ - 2004/03/09(火) 03:01<

いろいろ

紋さん>ちなみに、焼尻とは焼糞と見たり!、、、、それとも尻の紋が痔ろう、、、ですか?

ヤゾーさん>鏡は左右反対に映るので、デジカメでの自画像を確認して下さい、、、、、、、但し
あんまりやってると水仙になってしまいますので御用心を

こうへいさん>「、、、アクセル全開」の積もりが「プスン」だったら大恥の上塗り

こうへい - 2004/03/09(火) 01:17<

いたずらのすすめ・・秘かなたのしみ

例えば、天気の良い暖かい日、紀ノ川を左に見ながら、堤防沿いの国道を流しています。
バイクは、TX650・・マフラーはトラタイプの筒抜けに換えてあります。
車は多くない・・
前方にアベックの、走りそうな車が見えてきます。
そのまま加速して、車の手前でクラッチを切り、運転席横に並びます。
相手は、気がついていない・・・
しばらく、並進して、おもむろにクラッチをつなぐと同時にアクセル全開・・
ドバババ・・と走り去ります。
ミラーに映る車が、音に驚いて大きく左右に傾いで揺れていれば大成功です。
次の信号2つくらいは、赤でもそのまま抜けていきます。
ヘルメットをかぶると、オッサンも不良少年・・(^o^)

こうへい - 2004/03/08(月) 21:32<

みなさん ありがとうございます。(^o^)

ささやかながら、カミサンとステーキなんぞ食ってきました。(^o^)

▽うぶさん ご自分といっしょにしないで下さい。はははは!!

ヤゾー - 2004/03/08(月) 19:05<

みなさん こんばんわ

こうへいさんも三月生まれでしたか
確か ヤナギムシさんも三月生まれでしたね。
おめでとうございます(^o^)

恥ということについて
最近 ある方から言われた言葉です。


恥をかくのも 男の仕事です

恥って 成長のための 最高の糧になります

恥をかいていない人間なんて
成長してないと告白しているようなものです

どこに恥を感じるかという 恥の感覚こそが
その人の品格を決定しているといっていいでしょう

そして 品格というのは まず顔にあらわれます


なかなか良い事をおっしゃいます。
ということで 自分の顔を鏡で見てみたら 
くっくくく 恥ずかしくなりました。

焼尻紋次郎 - 2004/03/08(月) 09:42<

  お名前 拝見   


    ネパール語 ubja は「生産」。umla(産む)の語形もあるそうです。
    「うぶ湯」というのは タジク語 *ob(水)を深層内包。

          
            「ヤナギムシ」とはサンカ用語で「機嫌がよい、安心、幸福」という意味だそうな。
            √ イ ana(語源街道語;子供) + agi(子供)……子供する子供……かな?


  カミアリ月 というのは、年にいちど 「kam(しごと)i(人)」が
  出雲に集まってコミッティー(ネパール語; kamiti)を開催するから。
  山形市の南南西10キロにカミノヤマ(上山)市があるのもこれ。
  上(↑)でいう「ヤマ」とは「人びとの集まり」のこと。

  西表・ヤマネコの「ヤマ」は、アラビヤ語の ja bal(山)。
  岩だらけの山に惹かれるは血のなせるワザか。
  ささやかながらたんじゃうび祝いね。


              ★ 去年の秋から花をつけたさざんかも、今は真紅の一輪を残しているだけです。
               これもアサッテごろ散るこってござんしょうて。

▽うぶ - 2004/03/08(月) 01:03<
こうへいさん
誕生日と年齢覚えているから、、、、、、、まだボケは始まっていないです(安心してください)。
人生、「恥ずかしい事、ばっかり」してたんですか?、、、、、、、、、、そりゃ相当Hです。

ya(・ε^)na - 2004/03/08(月) 00:17<

ナマンダブゥ・・

ほんまですねぇ・・淀川を渡る車窓から、その満月ながめました・・
  大潮の二日目!!・・ほんまに綺麗なおっ月さんです
   夕方の雪・・この時期でも大阪にふるんや!!
        その時私が居たなんばの町に降り続けました・・

  ううううううさぶーーぅ・・薄い頭に降り積もる雪・・
      余命いくばくもない・・減り始めてわかる・・・髪・

        「オイ・・共白髪ぁ」・・「なんや!!」

           とほほほほほ・・・解る人だけ・・

               ははっははぁぁ・・うれしくもあり
                  うれしくもないお誕生日に乾杯!!

                             やなぎむし

こうへい - 2004/03/07(日) 21:21<

満月

しばらく、雲の合間から、満月が見えました。(^o^)

あした、3月8日は、ボクの誕生日です。
56才になります。・・・余命いくばくも無く・・・やり残したことは多く、
恥ずかしきことのみ多き人生でした。・・・まだ、早いか。(^o^)

こうへい - 2004/03/07(日) 14:50<

雪の中の親類の法事

に行きました。天台宗のお寺で、本堂は住居の一部で質素でした。
真ん中に金色の阿弥陀さんがあって、右側に少し隠れた40センチくらいの千手観音が。
左は、ちょっと隠れた地蔵さんでした。坊さんに聞いたのですが・・
最近、これは何?ってぼんさんに良く聞くようになりました。

外には、国宝の大きな釈迦堂がありました。古そうで、柱と板壁が溶け込むような。
のぞき窓から見ましたが、暗くてよくわかりませんでした。

じげもん - 2004/03/07(日) 13:26<

「お〜い」

タモリ司会の「世にも奇妙な・・・」でもありましたね。
あと、アレンジもので妊娠した奥さんの腹から・・・ってのも読んだ覚えがあります。
マンガだったかな・・・。

いちご麦 - 2004/03/07(日) 06:40<

「おーい」・・・  ・・・

私も読んだこと、思い出しました。こわい・・・。

また、「謎のカタカムナ文明」を引っ張り出してしまうんですが、
「星新一」の名前がありました。
“・・・星新一氏は、自分がちょうど父(星製薬社長 星一)の仕事を手伝っていた
昭和二四年ごろ、楢崎皐月という人物がいて、「酒に電波をかけておいしくする」と
いった類の研究をしていたことを覚えている、という。・・・”

ところで、さ、寒いですね!こちら(兵庫県三田市)は、きのう、おととい、雪が舞いました。
皆様、お元気で!!

こうへい - 2004/03/07(日) 00:25<

「おーい」・・・

ya(・ε^)na さん こんばんわ
思い出しました、
ボクもそれ読みました。  恐いおはなしです。(^o^)

ya(・ε^)na - 2004/03/06(土) 23:45<

ぼっこちゃん!!

昔、星新一のショートショート・・に「オーイ!」ってのがおました・・
 話の内容は、ある時大きな穴が、原っぱに現れました!!
  その穴を、見つけた人が小石をほうり込みそして・・
       「オーーーィ」ってその穴に叫びました
     つぎに松明をほうり込みます・・
  なんて穴なんだ!!・・そない思い込んだ人々は次から次からごみやらなんやら・・
何でもかんでもほうりこみます・・なんぼほり込んでも埋まらないその穴に・・
   誰もが喜びます・・挙句に
     核のごみまでほうりこみます・・・
       なんてすばらしい、ごみの処理場!!!

  そんなある日、・・・空から、なにか「オーーーーィ」って呼ばれた気がして
        見上げた空から
      こつんと・・小石が落ちてきたのです・・

            ははっははは・・ただ、それだけのことです
                            ほなまた

こうへい - 2004/03/06(土) 18:15<

オオカミの遠吠え

はオオカミが、犬とちがって、下を向いて遠吠えするから凄いって言う人もいたようです。
寝てても、遠吠えを聞くと、髪の毛がビューと立つそうです。


先の「狼の山猫退治」は、「熊野・中辺路の民話」からの引用でした。<(_ _)>

おりょう - 2004/03/06(土) 16:25<

オオカミ

みなさまこんにちわ
こうへいさん狼は義理堅い動物なんですね。
今週の週刊誌なんですが、読みたいページがありましたので買って読んでいたら、ウイルス学者の
対談が載っていて、ウイルスにも歴史があり、ウイルスは動物の体内に侵入し共生していて普段は
動物の体内でおとなしくしているが、時々形を変えては、人間に攻撃してくるそうです。
そんなウイルスが狼にも蔓延して絶滅に至ったんでしょうね。
狼の食糧事情で、人間に近づき人間に接触している犬を食べることによって悪循環におちいり狂犬
病を増やしていったのが原因なのでしょうか。
ところで狼の遠吠えというのは、四キロ先まで聞え、地に響くほど物凄く夜に狼の合唱が聞えてく
ると生きた心地がしなかったそうです。

PIKKIさん
ひとつの反戦ページとして閉じないでつづけていってください。

PIKKI - 2004/03/06(土) 11:49<

『天』

いろんなものが
空からは
落っこちてくる
夏には夕立と雷鳴
秋には枯葉と色んな木の実
冬には雪の結晶
そして
早春になると
真っさで
井戸の底みたいだった故郷にも
降り注いでいた日差し

いま思い出すと
なんであんなにみんな
ワクワクしたのかわからないけど
コチコチの凍雪を
一列に歩いての
源流地帯へのザリガニ採り
残雪の間に見え隠れする
痺れるほど冷たい
せせらぎの石をめくって
まるでもう起きる時間だよと
ザリガニたちを起こして歩くかのように
赤く輝いていた 
そして
まるで宗教儀式のように敬虔だった
幼馴染たちの真剣な顔

いまでも
色んな物が 空から
落っこちてくる
名残り雪や 涙や
煤煙や ダイオキシンやら
そしてもうしばらくしたら
母もあの人も
大好きだった
舞い吹雪く桜の季節

こうへい - 2004/03/05(金) 22:44<

オオカミと炭焼きのおっさん 

狼の山猫退治 (中辺路町野中の人の話・・・ふるさとの泉より・原文のまま)

 狼がとにかく三日程ね、口を開けて、そいで口を開けたまま、炭焼きの窯場へきたらしい。そやけど、その炭焼きも別にそれ気に留めんとおったんやけどね。きのうも今日もちゅて来るの見とったら、やせとるち。そいで、こう見よったところが、ちょうど口はったままだから、中で光っとるからおかしいから、
「お前、そな、こっち来てみれ」
ちゅてゆて、よう見たらね、その、骨をこよって、結局、畜生のなにや、それ取れなかったわけ。だから下あごと上あごとに、こう、かかってしもうたわけ。もうゆあみできんわけや。取って食えん。
 ほで、仕方ないから、こんだ、それ、ちゃんと取ってね。きれいに薬塗って。
 その時分から、狼てゆうたら、人にはかまわなかったわけです。なぜかちゅと、この野中の氏神さんゆうのは、使い者が狼なんです。ほいだから氏子には絶対かまわなかった。ほいで、さみしいとこ通れば、ちゃんとついて来てくれるわけや。送り狼とかね、何とかゆうでしょ。だから、結局、それは、もし敵が来たら、それがよけるつもりで守ってくれるわけや。
 で、そんな関係で、今の骨を取ったわけや。ほで、まあ喜んで帰ったわけや。山、入ったわけや。そいだところが、あくる日見たところが、大きな鹿を獲てきてね、その灰床ちゅか、窯の近くへ持って来て置いとったわけや。ま、結局、言わば狼がお礼したわけや。
 その後、また、狼が二頭も三頭も来てね、毎日、灰床で座るんやて。灰床って、その天井のあいたとこや。そいから、こりゃおかしいなんてゆうことになった時にもう、その、狼ちゅう奴は先の事わかっとるもんやから、山猫が来るちゅうことわかっとんから、そいで、もし来た時にゃおれも手伝ってやらにゃいかんちゅわけで、その狼が結局、番兵に来とったわけや。
 そいから、後ののちしてから山猫が来たらしい。来たんやけど、結局途中でね、狼らが、その時分や一頭や二頭の狼やないんから、何十頭とおる狼やから、狼等が猫を結局殺してしもたわけや。
 そやから、子供にも害がなけりゃ、本人にも害がなかったちゅわけや。猫を退治したわけや、その狼が。

 と言うお話です。

昔居た、山猫ってどんなんやろなあ・・

こうへい - 2004/03/05(金) 22:30<

オオカミと炭焼きのおっさん 序章

▽うぶ さん 災難ですね。復旧がんばって下さい。(^^)

「新四郎さ」切ないですね。貧しい昔、それぞれ切ない話があるのでしょうね。


突然、ニホンオオカミについて・・・ 

オオカミは、一般的には、1905年1月23日に奈良県鷲家口でアメリカ人マルコム・アンダーソンが買い取った若いおすが、最後の個体とされています。
 ニホンオオカミは、ヤマイヌ、ホンドオオカミとも呼ばれました。
 オオカミは、昼間でも活動する薄明性であり、2〜6頭の群れで人里にも現れ、飼い犬を襲う習性がありました。。
 通常の獲物は、鹿やイノシシであり、群れで追いつめて補食しました。
 ヨーロッパでは、家畜を襲うとして最も憎まれた存在でしたが、
農業国日本では、米をはじめ農産物を荒らすシカ、イノシシを襲うオオカミは農民の味方であり、オオカミは「大神」でした。
 オオカミを祀る神社も多い。

 また、オオカミが人を襲った話しは殆ど無い。
 
 ところが、江戸時代に狂犬病が流行して(1732年)、オオカミが人を襲い、襲われた人が狂ったように苦しんで死んでいったので、オオカミは突然忌まわしい動物となってしまった。
 明治になって、徹底的に撲滅作戦が行われ、1905年には絶滅したとされています。

 開発によって、人間との距離が近くなったのが、やっぱり原因でしょうか?
 それまでは、オオカミと人間のつき合いはうまくいったいたようなんですが・・・ 

 しかし、いまだにオオカミは生きていると信じているひとも山里にはいます。

日鉄総本部 - 2004/03/05(金) 22:24<

八幡たたらについて

 北九州は古代より文化的に先進的な地域だった。
ここから、たたら製鉄という日本古来の製鉄法が
発生した。その優秀な素材は日本刀にも応用された。
名刀「童子切りの安綱」の安綱はこの地域から出た
刀匠である。

PIKKI <http://mypage.odn.ne.jp/home/hide71> - 2004/03/05(金) 21:42<

日記や他にも書き込みんだ内容ですが・・

とても素敵なサイトと重要内容なので、ならべく多くの人に見て欲しいと思った次第です。
たぶん祭りに使った土偶とか、副葬品などを何故壊して埋めたのかというと・・
アイヌの世界観・あの世観で理解可能ではないかと思うのですが。
それはーあの世では、この世と正反対になっていて・・この世の昼はあの世の夜、あの世のものがこの世にやって来た時その姿は見えず、この世の者はあの世では見えず・・
この世の金持ちはあの世の貧乏人に、この世で壊れた不完全なものがあの世では完全な物になるという・・あの世観のせいではないかと思う。
■この可愛らい土偶はー「土偶とは何か? 」
なお下記のこのサイトの他ぺージも火焔式土器・キリストの墓など見所沢山。
■詳しくはー「しゃこちゃんのお部屋 遺跡と神社を巡る旅」
 なお重要内容の方は、僕のHPの日記をご覧下さい。

おりょう - 2004/03/05(金) 19:13<

新四郎さ 2

ところが、人間飢餓ぐらいで一家心中するだろうか?ということで、もうひとつの動機として、新四郎が
金子信一氏に打ち明けた話によると、新四郎は妻に先立たれたあと、ふたりの子供と山で暮らしていたが、
10歳になる娘が、明方村寒水にある柿洞という屋号の家で使ってもらうことになり、家族にも可愛がられ
ていたが、数年経った頃から息子の嫁さんの嫉妬心から、意地悪されるようになり、巾着を盗んだという
濡れ衣をきせられ柿洞の家を解雇されることになる。娘は炭焼きの父親のところにやむなく帰ることになる。娘は死にたいと漏らし、それに同情した弟と父親は一緒に死ぬことを決心し、父親は明年播くために
採っておいた種のアワやキビをお粥にして子供らに食べさせてから殺したという。
柳田國男の文学的表現と多少の違いはあるが、それは、裁判官の同情をひくための弁護士のテクニックで
あったのであろうと。
新四郎さは獄中でも模範囚で、出獄したあとは善光寺参りをかかさず、念仏三昧で八十八年の生涯をとじた
という。                  谷川健一「柳田國男の民俗学」より
今まで、「山に埋もれた人生ある事」の一文だけとしてとらえていたのですが、実際にあった事件であり、
事件のその後も知ることができて、ちよっと夢中になって切ない思いで読んでしまいました。

古老の生の話には味がありますね。

雷の地響きするするような音は恐いですね。狼の咆哮のような・・・・。

ヤゾー - 2004/03/05(金) 17:27<

炭焼き小屋の思い出

みなさん こんばんわ

柳田國男という人は なんと文学的に民俗学を書いた人なんだろうと思うことがあります。
僻村の貧しさというか暮しぶりは 八十半ば以上の爺さん婆さんから話しを聞いたらよく分かります。
紀伊半島は温暖な土地なので 餓死するというようなことはなかったと思いますが
戦前くらいまでの奥まった山村の暮しぶりを聞いたりすると驚かされることがあります。
畳などというものがある家は珍しく 戸というものもあまり無かったそうです。
茅葺きの屋根に 茅で周りを囲んだものか粗末な板を打ち付けただけの家が多かったと言います。
ムシロのようなものが入り口に垂れ下がっていて それをめくって出入りするような家も多かったみたいです。
お年寄りの中には 親が炭焼きをしていたという人が結構いますが
山を転々と移動しながら炭焼き小屋を建てて生活していたときの話しなどを聞くと
物質的には貧しくても 自然と密接に関わって生活していた記憶を
生き生きとした表情で語ってくれたりします。
学校へ上がる前に 親と一緒に炭焼き小屋で過ごしたという爺さんは
小屋の近くに奇麗な滝があって そこでよく遊んだという話しをしてくれました。
その滝のことを70年以上経った今でも夢に見ることがあって
少し前に記憶を頼りにその滝まで行ってみたことがあったそうです。
むかしはもっと水量があって奇麗やと思っていたが
今見るとなんとお粗末な滝だったことかと話してくれました。
むかしは本当に奇麗な滝で 爺さんの記憶の中ではもっと美しくて立派な滝だったのかも知れません。

▽うぶさん それは災難でしたね。
ウイルスは対策さえしておけば防ぐことができますが
雷となると 下手をすると命まで取られることがあるので恐いですね。
向かいの山の標高500メートルの村にも 落雷で電機製品が壊れることが多いそうです。
そういえば 落雷で電子機器が壊れる損害って 結構なものだという話しを聞いたことがあります。
本人が直撃されなくて なによりでした。

▽うぶ - 2004/03/05(金) 00:47<

ウイルスよりも怖い経験しました 

しばらくご無沙汰していましたが、雷の直撃を受けPC壊れました、えらい災難です、福沢諭吉が
たくさん必要になりました、やっと今日一台帰ってきましたので急ぎ顔出しです。
21日以降はEメール送って頂いた分は読めていません、只今復旧中ですが、暫く時間掛かります。

遠雷を聞いたら、即全ての配線を外すべきです、5Km先の次が自宅落雷でしたので油断禁物です、
機器修理も大変ですが、各種設定やり直しに大変時間を取られました。
暫く無人島に居るみたいな毎日でした、皆さんお元気そうで何よりです、又ゆっくり歩き始めます。

おりょう - 2004/03/05(金) 00:43<

新四郎さ

・・・・・眼がさめて見ると、小屋の口いっぱいに夕日がさして居た。秋の末の事であったと謂う。
二人の子供がその日当たりの処にしゃがんで、頻りにに何かしているので、傍に行ってみたら一生
懸命に仕事に使う大きな斧を磨いていた。おとう、これで私たちを殺してくれといったそうである。
そして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向けにねたそうである。それを見るとくらくらして、
前後の考えも無く二人の首を打ち落としてしまった。それで自分は死ぬことも出来なくて、やがて
捕えられ牢にいれられた。
これは柳田國男の”山に埋もれた人生ある事”の一文ですが、岐阜県郡上郡大和町から山道を登って
いったところにこの父親の「新四郎屋敷」があり、新四郎は三年の刑期を終えると、どこにも立寄ら
ず、まっすぐここにやってきて、二人の子供を埋めてある埋葬地の草に顔をうずめて号泣したという。
惨劇の原因は飢餓に耐えかねて、子供たちが父親に頼んだという。これは金子貞二著「奥美濃よもやま
話」の中に「新四郎さ」と題して2編収録されているそうです。この「新四郎さ」の話は、岐阜県明方村
に居住する金子信一氏の話を金子貞二がかきとめたもので、新四郎は出獄した後、金子信一宅で作男とし
て働いていて、身の上話を打ち明けられていたという。

PIKKI - 2004/03/04(木) 10:31<

*HP&インターネットを休止しようと思ったのに・・

信じられない宝の山サイトが次々と出現です。
とりわけすごいのがー
”考古学の青空文庫”「日本の考古学リソースのデジタル化」・・早速「黒曜石通貨論」からワクワクドキドキ読んでいこう!
「WEBアニメスタイル REVIEW」・・ここを見逃したらアニメファンとは言えない!
『「自転車通勤で行こう」玄関』・・先日の大発明もあったし、新しい時代は自転車に乗ってやって来るのかもしれない

焼尻紋次郎 - 2004/03/04(木) 05:32<

   アシタバ列島 と アラビヤ列島   

       
       インド亜大陸も南から北上してユーラシア大陸にぶち当りました。
       だから、大規模な褶曲ができてヒマラヤが盛り上がったそうです。
       伊豆の列島も南から北上した、だから地下でマグマに乱れが生じて
       富士山の噴火になった……そうです。

       その伊豆の島々にアシタバが乗っかっている。だから、島まで行か
       ないでも、伊豆半島のあちこちにはにはアシタバが自生しています。

       ある種の4隻の舟が日本列島にぶち当った。その舟の漂着地点には
       ホーホケキョみたいな語りだしのイントネーションが共通で、女陰を
       マンジュー、おかねをダラという方言が共通項として乗っかっていた。

       オレは上(↑)ように表現をしたらよかったのかもしれません。
       N.H.K 、自由党、自衛隊、大新聞、各種週刊誌などに、日本とアラ
       ビヤ文化のただならぬ関係を訴えたのでしたが、み〜〜んな蛙のツラ
       にションベンのご挨拶ぶりでした。

       オレは自衛隊出兵には反対だったのだ、自衛隊員がいのちを落とした
       からといって、そんなこと今さら知るモンカ……という人びとばかり
       ではないでしょううか?
       でも、その態度はまちがっていると思う。
       国などというバケモノは早晩廃止しなくっちゃなんねぇ。でも現実に
       はわれわれは国をかたち造ってそれでメシを食ってるんだから、その
       必要悪を維持しなければならないことは断固とした現実です。

       沖縄の3母音は「おもろ」に興っていることをつきとめたつもりです。
       2音階抜きの沖縄の旋律は、きっとアラビヤにもあるはず。
       こんどは、中学校で音楽の先生していたガールフレンドを通じて、それ
       を調べてみようと思っているところです。

ヤゾー - 2004/03/03(水) 11:05<

夷(ヒナ)の日

みなさん こんにちわ

今日 三月三日は雛祭り
幼稚園のときに 誕生日が今日だということで
女の子と一緒に並ばされて祝われ 恥ずかしく嫌な思いをした記憶があります。(今なら嬉しいのですが)
それがいけなかったのか それいらい暴れん坊になり
幼稚園を二回退園させられたみたいです。
そんな三月三日に まったく違う意味が込められていることを知ったのは
差別や歴史というものに興味を持ち始めた頃でした。

喜田貞吉博士の論文の中に「ミヤコは即ち宮處で 天皇の御膝元の義であり 
イナカは即ち 夷處(ひなか)で 異民族住處の義である。
異民族を古語にヒナ又はヒダと称し “夷”の字を當てて居る。
ヒダ人の住處 これをヒダカと称し 或は日高見の國などと云った。」 というのを発見し
また「人間が神にかわろうとする時代にあうたのだ」という宣言文が謳われた
全国水平社創立大会が大正十一年三月三日に行われたというのを知ってからでした。

こうへい - 2004/03/03(水) 07:56<

アシタバ

って言う、名前が好きなんです。(^o^)
あすなろ・・とか、・・明日に夢をかける・・あしたのためのその一とか・・そういう名前が・・

焼尻紋次郎 - 2004/03/03(水) 07:03<

    アシタバ  「はねる」    

        
          アシタバは別名をチンタチソウともいうそうです。
          前立腺肥大には漢方的には最高の特効薬だそうです。
          毛細血管の若返りにもいいとか。ンなら、若返り全般に効くのでは?

          これはもう足が立たなくなってからの、8年ほど前の体験なんです。
          「あと1ヶ月半はかかるな」と見込める量のキー打ちシゴトを持っていた
          んです。
          ところが、ある夜の9時ごろ、ふと気がつくと「なぁんだ、あれくらいの
          シゴトだったら、あと7〜8時間で片付くじゃないか」と思って、オレは
          実際にベッドから降りようとしたんです。ホ〜ント。
     
          降りかけてふと「ありゃ、ちょとオカシイわい」と考えました。
          そこで気がついたのは、その日の晩酌にどんぶり半分ぐらいのアシタバの
          オヒタシを食べていたことです。
          アシタバは猛烈にヤル気を誘います。神経全般にいいんじゃなァい?

          
          劇場ちかくの人びとは、最近まで「劇場がはねたので人が帰っていく」など
          と云ってました。古代日本語に「はねる(行ったものが戻る」があります。
          これがトンボがえりの由来じゃないでしょうか?
          日本古代語の「はむき」はタタラだとかフイゴだとも考えられてきました。
          ところがネパール語の hamk- は「煽ぐ」です。
          ハムキとは送風機だったんですね。
          
          アイヌ語 hank-chottya-p (とんぼ)があります。chottya は kot (くっ
          つけた)の訛りとみれます‥‥翅を持ってる者……とんぼ。

          こうへいさん、あんまりガンバリすぎないように‥‥。
          わがほう、パソコン継続がキレるまで、あと4〜5日らしいです。
          キレたら、いつハネるのかはわかりません。それまで、ちょっと書かせても
          らいまっさ。

こうへい - 2004/03/02(火) 20:08<

焼尻紋次郎 さん

アシタバの種ありがとうございました。
一生懸命育てます。(^o^)

こうへい - 2004/03/02(火) 19:31<

おら、東京さ行っただ(^o^)

きのう、初めて一人で東京に行きました。
東京は、雪の混じった冷たい雨が降っていました。
道を聞いた東京の人は、親切で暖かかった。
帰りの新幹線各駅停車は、曇って富士山は見えませんでしたが、岐阜〜米原の間で、雪化粧の山々が遠くに、近くに見えました。
陽光に輝いて、神秘的できれいでした。
得した気分です。(^o^)

とんぼ返りでした。とんぼ返りって、何?
小川に沿って行ったオニヤンマが、また帰ってくるからかな?
サーカスの子供が、くるっと回るのもとんぼ返りって言うしなあ・・・わかりません。

もんじろう - 2004/03/02(火) 16:15<

また作品の紹介をさせてください

なんだかいつも宣伝みたいですみません。
前回の短歌連作に引き続き今回、広島市近郊の宅地造成区域を舞台とした小説を
ポプラ社の「作品市場」http://www.sakuhin-ichiba.com/index.php
に掲載させていただいております。
題名は『山の老人』作:鈴木貴彰です。
学校になじめない少年達が山で出会った老人にウメガイを始め、かなりサンカ
のイメージを流用させていただきました。
でもいろんな人がほんとにアノ頃の山にはいたのです…
ストーリーは半ばフィクションですが、半ばは本当にあった話でもあります。

もしよろしければまた訪れてみてください。

PIKKI <http://mypage.odn.ne.jp/home/hide71> - 2004/03/02(火) 14:48<

『春の空っ風』

死ぬ運命は
最初から明らかだというのに
死んでからも窮屈なのは
真っ平ごめんだ
未来永劫 俺には
墓などという牢獄は必要ない
どう生きたって
どう死んだって
しょせん人間
春の空っ風吹き飛ばされてく
去年の落葉や
枯れ草のようなもん

とうとう
賢治が書いていた
サキハハカという
弾圧と抵抗の時代が
春の空っ風といっしょに
またやって来た
軍靴の響きと
言論弾圧という
キャンキャンやかましい
犬どもの鳴き声といっしょに

お前も
まだ命が残っているうちに
なにか良いことのために
死ねそうだな
と冬山でも顔見知りだった
春の空っ風がつぶやく

弱者や力が足りないもんは
殺されて食われるのもしかないというのが
小泉自民党の一貫した政策だ

これほど巨大な
税金ネコババし放題の蛆虫どもは 
過労死や自殺や奴隷の生涯を
終えた死者たちが棲む 
あの世へまでも
血税や血や求めてくるに違いない
奴らの後ろには
飽食気味の宗教家がぞろぞろ
哀れな借金まみれ子孫たちの
血税や血ではもはや
蛆虫どもの飢えを
満たすことができないからだ

この世界は逆転している
社会的地位が高いほど
誰も法律を守っていないな
とクスクス笑いながら 
春の空っ風が吹いてゆく

真空妙妙大姉 - 2004/03/02(火) 13:09<

系図調べしてみまちた

はうつ、先祖しらべ、
除籍謄本は一通750円でちゅ。郵便請求も出来ましゅ。謄本の親の欄からその親の名前、出身本籍地がわかります、父方、母方代々出来るだけさかのぼりたいという旨役場住民課に伝え多めに定額小為替送りまひょ。前もって何通分あるか、メール問合わせで返答あるみたい…。角川や平凡社の県別地理辞典でも現在の市町村名わかりまちゅ。代理請求は、本人自筆の委任状必要ざんす。
  http://www004.upp.so-net.ne.jp/hitosen/soudan.html 戸籍について。
ところによっては、請求事由で 先祖探しはだめで、先祖供養のためならOKだそうです。謄本で、江戸末の年号出たらもう先はわかりませんでひょう。直の子孫のお家の方を訪ね、過去帳とか系図類あればコピーさせていただきましょう。うちの場合、父方母方共、下級ではあったんすが士族がいて系譜を記録していたさらにその先の別のおうちにつながってたり、角川の県別姓氏辞典やら町の歴史館資料・郷土歴史家のお助けでさらにさかのぼれました。父方母方二組の祖父母あり、曽祖父母は4組、十代前は、だいたい江戸はじめ前後、512組の夫婦がいるんすよね、うちの場合50くらいの直系でつながる苗字わかりまちた。藤のつくのは佐藤さんと藤田さんでした。でも佐藤さん宅は三浦さんから二代にわたって養子が入っててその奥方が村上さんで実質は藤田だけか。つくづく昔は階級社会と思います、例えば侍の結婚は上級は上級同士、下はそれに見合った家どうし、大・小名クラスは全国ネットがあったようで、つまり藩内を越えるんすよね、
明治になって何とか爵が可能だったんね。それでも江戸後半では小さい藩だとお隣藩の見合った侍家と婚礼とかになってました。過去帳見せてもらいましたが、戒名と死亡年月日の羅列でして、生前の名前とか家族関係とかわかりませんですね、戒名からわかるのは、男女の区別、幼くして死んだ場合、上の偉いさん、侍さんだったかもぐらいでしょうか。

焼尻紋次郎 - 2004/03/02(火) 07:29<

....愚民文化・・バンザァ〜〜イ....


    人脈オンチのおれはアミノサンなんざシランカットッテンですばってん、
    要するに、あたりまえの学問姿勢が異質だと評価されちょったんでしょ?
    まあ、そんなモンかもしれんですヨ。

    では「百姓」は秦に出たんだから、hatawdi(鎚)と魚のハタハタ(鰰)
   は雷神が起源でイランのハタミ大統領と同じ動機で名付けられているのだか
   ら 秦・応神・岩清水・八幡は同じ基盤に浮いているはず。
    だから、だれかひとりぐらい突っ込んで行きゃいいのに……、文明をみる体質
   は旧態依然ですナァ。
   (古代語「はたく」は「こなごなに砕く」、俳句の季語「はたた」はカミナリ)

    まあ、そんなモンかもしれんなあ。

    きょうかいさん、us-i はタジク語で「達人」という意味でした。
    シラブルと「調べ」は同根では?
    沖縄の2音階抜きのしらべは中東〜アラビアにもあるはず。
    沖縄のE. O抜き発音は「おもろ」に集中していた。

    こんなの、半としほど長期夏休みをとって、ゆっくり調べてみますネ。
    おらほう、まもなくパソコン接続がキレます。H.P.はもうキレてます。

    

PIKKI <http://mypage.odn.ne.jp/home/hide71> - 2004/03/02(火) 04:39<

*シャーマン、予知能力、UFO、柳の薬効

最近よく読み返す本が「インディアン魂」(河出文庫)と「アイヌお産おばあちゃんのウパシクマ」(樹心社)だ。
 このお婆さんは、日本では稀なあらゆるシャーマン的な超能力の持ち主で、臨死体験の持ち主なので・・臨死体験が超能力やUFOを見る能力を可能にするという説はかなりあたっているのかもしれない。
ちなみに僕も、臨死体験があり、UFOを見たことがある。でも家族全部が見たのでちょっと・・。母がよく火玉や死者の霊を見たと言っていたので、遺伝的なものかもしれない。ぼくの場合は、わずかな予知的な夢を見る事ぐらいだけど・・。
 日本では、沖縄やアイヌや東北という縄文文化が色濃く残っている地方に、シャーマン文化が残っているようだ。
特にアイヌのそれは、すごいのひと言なのに・・無知なる日本人によって闇に葬られてしまったのは、人類文化の最も大きな損失にして、犯罪的行為だと思う。
そ れにしても、スー族でも、スウェット・ロッジを利用した蒸し風呂の儀式の骨組や神聖や煙草の原料が柳の木のように・・アイヌでも、信仰の中心のイナウという日本で言う御幣という神への伝言役を作る木だったり、その神話ユカラで最初の人間の背骨であったり・・もっとも薬に利用される植物なのは驚き。薬の語源はアイヌ語という説もある。
 その利用法の一例はー@燃やして蕗の葉っぱやイタドリ(これも痛取りで痛み止め)の葉っぱにくるんでの痛み取りのお灸 A川柳の皮を煮詰めての腫れ物用の塗り薬 B皮付きの枝を踏むと万病に効く・・ 
その他、イチイの皮や栗の木の皮やアカマツの葉は肺病の薬で、魔除けに吊るしておくショウブの根は煎じて血液の薬で、マタタビやアカブドウもだと。ポリフェノールか?タンポポと釣鐘ニンジンの根はさっと煮て洗う梅毒用の薬とか。殺菌作用が強いのか?
 道産子のくせによくわからないのが・・炊いて飲ませると子供らの魂が元気になるという「青トラメ石」というのがいま一歩どんなな石かわからない。もしほんとうなら大儲けできんものか

きょうかい - 2004/03/01(月) 19:50<

合掌

網野さんと、そのようなエピソードがあったとは、驚きです。
私は、白拍子などの貴族の回りに居た漂泊民が、その貴族の
没落と共に賎視されるようになる、という網野さんの筋書きに
大変リアリティを感じていました。
 宮廷ユダヤ人(ハナ・アレント)、西欧の刑吏(阿部欣也)らの
賎民化と同根と考えています。

*(O..O)*ngly - 2004/02/29(日) 11:01<

さよなら網野さん

びっくりしました網野さん
 貴方は10年くらい前、あるレセプションの席で突然私に声を掛けられ
「あの辞典を はやく仕上げてください」と励ますようにおっしゃいま
した。私をご存知の考古学・森浩一さんから紹介されたのでしょう。
あなたの中世古文書を使った「百姓は農民だけではない、船頭も…」の説
は有名ですが、お送りした拙著『野史呼び名辞典』には、平安期にすでに
「呼び名」の形で同じ事が入っている、お気付きだったでしょうか。
 野史呼び名辞典をお送りしてからは、あなたの出される本のタイトル
が変ってきました。『異形の王権』以来内容は本質的には変っていません
が、「非人と遊女」とか呼び名を表に出されるようになりましたね。
 日本史から日本人史へと回帰しようとする意気込みを感じました。
 もっと生きて、我々を啓蒙して欲しかった。そして野史の裾野をひろげ
て欲しかった、残念です。ご冥福を祈ります。

とんちんかん小僧 - 2004/02/29(日) 01:23<

あの世の網野喜彦さんへ

僕は、初めて網野さんを知ったのは今から、14、15年前のことです。当時、朝日新聞社からシリーズで発売されていた「歴史の読み方8―名前と系図・花押と印章」を読んでいて知りました。その時に一瞬にしてファンになってしまいました。「蒙古襲来」「歴史を考えるヒント」「無縁・公界・楽」等々、どれも好きな著書です。ほんと亡くなってしまって残念でなりません。
今から思えば、サンカという言葉は僕の知る限り(間違っていたらスミマセン)使っていないけど、それに近い言葉で何度も何度もくどいぐらいに触れて書かれていたのが印象的でした。

数日前、とうとう花粉症が始まってしまいました。
明日は、一日雨らしいのでラッキーな一日になりそうです。今日は辛かったです。

ヤゾー - 2004/02/28(土) 19:08<

日本蜜蜂の民俗

みなさん こんばんわ

じげもんさん 日本蜜蜂にまつわる話しには
なかなか興味深いものがあるようです。
ツバメの巣のように 営巣すれば縁起が良いとされ
不幸ごとがあると 蜜蜂が巣を捨てて出て行ってしまうという話しはよく耳にします。
また 日本蜜蜂を神の使いであるとし
巣箱を設置する日にちに拘っている人もいるようです。

採蜜のことを蜜切りと言いますが
お盆の頃に蜂が越冬できるように 蜜を半分を残して巣を切り取ります。
人間の手で天敵であるオオスズメバチから巣を守ってあげたり
巣が快適であるようにメンテナンスをすることで
自然の恵みを半分お裾分けしてして貰っているというような意識なのかも知れません。
生き物から一方的に搾取するのではなく 共存しているようなところが
日本蜜蜂と人間との関係に感じられて とても惹かれていました。

じげもん - 2004/02/28(土) 12:24<

みつばち

私の知り合いがやはり趣味でミツバチの巣箱を作っておりましたが、
その人が言うには
ミツバチは大吉の日に巣別れするそうです。
真偽のほどはわかりませんが・・・

ヤゾー - 2004/02/27(金) 12:46<

日本ミツバチの巣箱・第一号

みなさん こんにちわ

先程 日本ミツバチの巣箱を山小屋のすぐ裏山に設置しました。
チェーンソーを人に貸したままなので
手ノコでヒノキを三本切り倒すのにヒーヒー汗拭きながら作業しました。
これでやっと念願の日本ミツバチの巣箱を持つことができました。
鳥の巣箱を作って かつて営巣しなかったことはなかったのですが
さて日本ミツバチは営巣してくれるかどうか楽しみです。
巣箱の写真 風の王国掲示板へアップしました。

NONさん 「鳥インフルエンザについて」ありがとうございました。

蜜柑 - 2004/02/25(水) 23:39<

鳥インフルザ

NONさんメールください。

ya(・ε^)na - 2004/02/25(水) 23:04<

巨石で思い出しました

そない、言うたら・・いややなぁ・
 何年か前・・んんん十年以上も前の話ですよぅ
     剣沢から下りまして・・・んんん仙人小屋やったかいねぇ・そこに!!

    巨石がおました・・なんでもその巨石はこの地の石やなかったそうな・・
   なんでこんなところに、この石があるねん!!そんな話でした
             光ゴケなんかもあったりして・・・・・・
 ふーーーlんって聞いいてましたけど・・
      伝説なんやろか?・・
       UFO伝説とかも・・・・・あったりして・・ん
 もっと、真実を科学的に解明してほしいなぁ・・・
  でも所詮現代科学・・・数年もせんうちに・・
  もーーーーとすごい科学的な解明がなされて・・・
       以前は古い!!なーーーんて言うんやろねぇ・・・

              きっと・・その時の誰かが・・その時のその時代の・・

     判断して・・・んんんんん・納得するんやろねぇ・・

                あはっははは

NON - 2004/02/25(水) 21:46<
ヤゾーさんすみません。ちょっとお知らせ。「鳥インフルエンザについて」自然養鶏をやっている人がWordで書いた文章をもらいました。転送許可をもらったのですが,読んでみたい人は(長いので必要な人は)メールをください。現場からの示唆にとんだ文章で一読に値します。しばらく削除せずにどうかよろしくおねがいします。

NON - 2004/02/25(水) 21:28<
え〜っ 元々の皇祖皇太神宮の地,富山の久郷といえば父祖の地。神明地区といえば母の生家の地。今は両親も亡く縁のない地ですが,なんだか分からないままにドキドキです。

じげもん - 2004/02/25(水) 20:27<

神代文字岩2

いちご麦さん、こんばんわ。
富山の神宮の写真拝見しました。正式には「八幡山皇祖皇太神宮」というそうで。
ここで驚きなのですが、この神代文字岩のある里山一帯の地名は「ヤハタ」あるいは「ヤワタ」というのです。
これはもう絶対なにか新事実が出てきますね。

こうへいさん、こんばんわ。
HPでは支障があるかと思い書きませんでしたが、メンテナンスに来た謎の僧侶は「尺間から来た」と名乗ったそうです。尺間神社というのはありますが、いまのところ結びつきません。深いところに何かあるのでしょう。

みなさん、今後ともよろしくお願いします。

こうへい - 2004/02/25(水) 18:48<

古代文字

じげもんさん はじめまして。
岩の文字を見て、うわーこれは!と思わず叫んでしまいました。
いまだに、文字のメンテに回る人が居て、壊しに回ってる人が居て・・
これは、すごい事ですね。大昔から途切れることなく継承している謎の集団が居るのでしょうか?

ヤナさんが、以前紹介してくれた六甲のナマズ岩もそうかもしれませんね。
落ちてきた上の山に、大きく描かれた、同じような文字があるような気がしてしまいます。

いちご麦 <http://www.yanagida.ne.jp/senade/kouso.html> - 2004/02/25(水) 16:10<

「富山」

じげもんさん、はじめまして。そして、ありがとうございます。
ヤゾーさんと一緒で、すばらしい写真と文章に驚き、なんでか涙が止まりません。
石柱に「○山稜 富山」と彫られていると知り、上記サイト(富山の神宮写真)アドレスを
書かせていただきました。

管理人ヤゾー - 2004/02/25(水) 15:05<

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みなさん こんにちわ

じげもんさん はじめまして
山口県から九州北部にかけて ペトログラフ(古代岩刻文字)が多く存在することは知ってはいましたが
これほどまでに素晴らしい写真と文章には驚きました。
サンカ文字は豊国文字から進化したものだと思っています。
吉野ヶ里遺跡でもペトログラフ(古代岩刻文字)が発見されたけど
なぜか公表されていないという話しを何かで読んだことがあります。
必見です→http://www.d-b.ne.jp/~dee/jindai.htm

ヤナさん 階段のところにあったタラの木のことよく覚えていますね。
食いしん坊のヤナさんには たくさん採れたら送ってあげたいけど 
たくさん採ろうと思って奥山へ行くと ひと足先に採られているということが多いです。

とんちんかん小僧くん 音沙汰がないと思っていたら
寝込んでいたとは・・・お大事にね。
山歩きでもして鍛えねば!

こうへいさん 僕はタラの芽を採ってきたら まず水に浸けておきます。
そうしたら小さな黒いてんとう虫のようなのが 芽の中からいっぱい出てきます。
最初は知らずにそのまま食べていました。(^o^)

紋次郎さん コンチキ号のお話 良かったです。
メキシコ貝は高級ギターの装飾にも使われていて綺麗ですね。
生きた貝には注射ではなくて 直接塗るという手法はヤクザがよく使う手だそうです。

GAINAさん こんにちわ
この頃では 芽を全部採ったり 三番芽を採って枯らすというのではなくて
商売で根こそぎ切って持って行く人が増えたそうです。

PIKKIさん 日本が古から持っている
知恵でもって世界に貢献できるようになれば良いですね。
BSEに鳥インフルエンザと 肉食を慎めという地球からのメッセージのような気もしています。

タラは日当たりの良い荒れ地に生えることが多いので
林道工事などの後に行けば道脇などに結構生えていることがあります。
タラのとげとげの木肌を 乾燥させ煎じて飲むと糖尿病に効果がありますから
タラの芽にも そういう効果があるのかも知れません。
タラの芽を採りに行くときは あのトゲに刺されないように気を付けなければなりません。
特に背の高いところにあるタラの芽を採るときには
傘の柄のような物で引っ掛けて 木を曲げて手が届くようにして採りますが
下手をすると思いっきりあのトゲに刺されることがあります。
タラの芽の写真を風の王国掲示板にアップしました。


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