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何日か前に、ガラクタ屋で古い竹細工(正確にはなんて呼ぶのか知らない)を二枚買った(1000円だった)。どちらも少し壊れていたので、程度の悪い方を犠牲にして一枚を修理してみた。晴天の野外での箕直しみたいである(カッチョイ〜)。簡単にできると思ったが案外難しい。指の力も要るし、かといって力任せにすると竹が折れてしまう。半時間もあれば修理できると思っていたが、延々と夢中になり二時間かかってようやく一枚の箕が完璧なものになった。修理していて気付いたのだが、身幅の狭いウメガイは修理の際にもっとも使いやすい道具だったように感じた。それにしても美しいと思う。サンカの手による箕は、何種類もの材料を使って作られたとのことだが、さぞかし美しく立派なものであったのだろう。普段、身の周りに置いてある物や使う物は、よい考えで愛をもって作られた物でないといけない。なぜなら、それがとても持つ人の思想感情に影響を与えているからだ、という言葉がある。そういう意味では、今の大量 生産の日用品などは全く駄目なんだと思う。そのような良い物となると、芸術家や工芸家の高価な作品でも買わないかぎり手には入らないのだろう。しかし、サンカ(山窩)の人たちが居た頃には、最高の芸術作品であり工芸作品が、日用品として手に入れることができたのだ。 |