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2003年04月30日(水)15時21分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


*(-..-)*ngly - 2003/04/30(水) 13:49<

差別戒名には

 こうへいさん
 「したいことをしたいときにする」には時代背景は関係ないよう
です。熊野詣での「後か」「前か」はたかだだか学者の議論です。
「前も!後も!」が実際でしょう。あの熱狂的な伊勢詣の仕掛には
「それ」があるのです。また伊勢詣では夫婦で行ったそうです。
殺菌力ある塩を使う禊を考えればなるほどと思われるでしょう。
 坊主・坊主と言っても江戸時代までは高僧と呼ばれるのは唐や百済
から渡来の人間でしたから、平安時代から続いた戒名に坊主でも、上
の上、上の中、上の下、中の上、・・・下の上、下の中、下の下と差別
戒名があったのです『差別戒名の歴史』。したがって世襲の宗派以外の
寺の多くは葬式業に特化の銭ゲバで、歴史を聞いても関心がない場合が
多いです。
 <願成寺と別所と俘囚の命題>
時代など詳しく見ないと断定は出来ませんが、別院ではなく別所のよう
思います。判別法は『別所と特殊部落』にあります。『部落史用語辞典』
の部落史家・脇田氏の解説は柳田説から一歩も出ていません。熊野修験
は勿論、根来衆、雑賀衆なども別所の流と私は見ています。東光寺、薬師
寺、安楽寺、願成寺も寺名からみて、一般に別所を統括する別所寺ではな
いかと思っています。千手観音、十一面観音、薬師観音の序列があるよう
です。仏に差別がある以上、僧にも差別があり、寺奴の民にも差別がある
のが日本型仏教。そうですカースト制度が日本にも入っていますが、日本
ではこの階級または階層または人種差別に親子関係を巧妙にかぶせている
ので一見マイルドですが。日本型カースト制度でしょうか?

こうへい - 2003/04/30(水) 07:49<

坊主と善男善女

ありがたい所に詣るのに、XXXXに走る・・ちょっと考えられないですが、時代背景だったのでしょうか。
そういえば、坊主と善男善女のことを書かれてましたね。
精進料理を食って、煩悩を払った中に生きると思っていましたが、ありがたいお布施を、
そんなことに使いまくる・・・なんとバチアタリと思いますけどね。
お布施出した信者さんは、想像もしないでしょう。
イメージが、大いに壊れますね。
自分の金で遊べ・・と思いますけど、坊主の自分の金って、区別あるのかなー?
すいません、僧侶の方がおられましたら、ぼくは、個人的に恨みを持ってる訳ではありません。

こうへい - 2003/04/30(水) 07:15<

ん?

>もちろん伊勢みたいに売春業も
熊野詣での途中に?
そういえば、女人禁制の大峰山に登ったとき、登り口に売春宿がある(あった?)
行くまえに、それとも帰りに寄る習わしでもあったのでしょうか?
今なら、何考えてんのー・・と、ドつかれそうですけどねー。

とんちんかん小僧 - 2003/04/29(火) 22:47<

耳より情報!?

今日、こうへいさんちで海南の別所の話を聞いていた時に、こうへいさんの母上が「昔、私が子供のころ別所付近では、首をかしげることを【なちいさん】って言うてたよ」と聞きました!僕は、とても気になったので帰ってすぐに野史呼び名辞典で調べてみたのですが見つかりませんでした。果たして本当にそのような方言はあったのでしょうか?その近辺では、昭和初期ぐらいまで使用していたようです。また、【なちいさん】を連想していたら、熊野の那智山が浮かんできたので熊野にも関係深い言葉なのでしょうか?

こうへい - 2003/04/29(火) 22:18<

願成寺その3

*(-..-)*ongly さん
ありがとうございます。
そんな事が分かってしまうってすごいですね。

で、願成寺と別所と俘囚の命題

結論として・・俘囚の移動の時期より、願成寺の建立時期がずいぶん新しい。
別所の地名も、別院から来てるということで、俘囚に関係する別所とは違う。
ここの願成寺と別所は、俘囚には関係がない・・・・・と言うことでよろしいんでしょうか?

- 2003/04/29(火) 16:55<

山の中の話し

話せる話として思い出したのが
私の住む集落の近くの山の中に石像があるというのを父が話してくれた事があります
この際も父もあまり多くを語ってはくれませんでしたが

祖父も父も(あまりにそのままな話しで眉唾と思われても仕方ないのですが)
山によく入る人達で山菜、木の実、茸、薪、仏壇の花、(私には草にしか見えませんがハナと言ってます)を採って来てました。
祖父にいたっては年がら年中、山に通勤してる勢いでした。
そうしたある時、父が夜通し山を駆け回らなければいけない事がありまして
その後、帰って来て話してくれたのが山の中に大人の腰くらいの高さの石で
出来た像があったそうです。その時の父は若干興奮してたのを覚えています。
父の話しでは天狗のようだったとか言ってた気がします。場所については
夜も暗かったし尾根をいくつも登り下がりしたので厳密な場所は父にも
分からんとしか教えてくれませんでしたが
父が言うには「昔この辺の山の中で山伏みたいなのがいていろいろやってた」
これがこれまで私が生きてて父から聞いたそれっぽい話しの全てです
またこの話しも掘り返して聞きずらい状態です

- 2003/04/29(火) 16:18<

恐縮です

*(-..-)*onglyさん
御明察です。別個のものでないのは祖母や母の生業と出身地を調べて分かりました。
もちろんサンカにしても他にどう言えば良いのか分からず今ここで初めて私がそう
言ってるにすぎません。家人からそんな名称を聞いた事もないです
もしかしたらサンカって単語父は知らないかも・・・
おっしゃる通り、これまでのように父以前の昔の我が家の話しを聞き出すようにしてるんですが
最近、あまりにそういう話しを振っていろいろ聞きたがる物だから父にしたら閉口気味なのです
気長に自分の家の事を聞いてみようかと思います。
話せる範囲のおもしろい話しが聞けたらもしかしたらまた書き込もうかと思います

なにかと特定できる部分もありますので勝手ですが先の文章は削除させていただきます。
すみません

*(-..-)*ongly - 2003/04/29(火) 15:53<

しっかり尋ねて

雪さん はじめまして。
>私の家は徳川時代初期に徳川系大名の下級戦闘集団(平時警察)として三河から
>移動して当地の村の有力者的な立場の者達となったらしい。
で思いですのは福山水野藩に三河から被差別部落のリーダーとして送られてきた八
です。三河からの八で【三八】と八切は言っています。出典は管茶山『福山史料』。
 被差別部落のリーダーの特徴は通婚距離が遠いことであり、サンカは祖父や祖母の
ルーツが不明(または関心がないーー八切に言わせれば渡りの渡来人ではなく・純粋
日本人だから・先住民だから戸籍や住民票が要らないーようです。
 監視や番人や飛脚以外の連絡係りをした者は特有の文字や「連絡手段」「連絡所」
があったようです。サンカは被差別部落とも「ツーツー」ですから完全に別個ではな
いようです。
 サンカの定義は民俗学もきちんとしているわけでもなく、その歴史を研究する者
も殆どいません。だから曖昧なサンカという言葉で包むのではなく、だからサンカの
説明をせずに祖先の生き様をすべてお聞きになって下さい。いいかげんな定義をもつ
方は「それはサンカだ」とか「サンカでない」とかおっしゃるだけでしょうから。
 あおきさん はつせさん
 お二人とも蒲刈にご縁がおありですか。蒲刈の地名は漢字分析ではカイト地名で
もとは別所島です。@島には全域に渡り二重の地名があり、A伊予から北上した人
々は大浦に石槌山と同じご神体をまつり、海賊=水軍がいた時代の薬師は松山市三津
に移動、B別所によくある石灰岩採掘場跡があり、C明治以前は漁師が居なかった、
D正月の雑煮に河豚や穴子を入れる。アビ漁は豊島の漁師(家舟)の仕事でした。
E蒲刈で美味い魚は食えません。F狭い島なのに薬草の知識が豊かです。G1時間に
1本のフェリーが通い「昔の島民」は島外に居住してる事が分かります。今は橋が架か
りました。H廻船業に水夫や舟子として従事したり、塩田があった所は農民の2・3
男、サンカ(三之瀬は有名です)、被差別部落の生業で島の外からも流入しています。
 「安芸の蒲刈水軍はそりゃあ、強かった。船べりに鎌を何本も付けて・・・」と夜戦
を得意とする別所系〇〇である特徴を、流された九州の甑島(こしきじま)で老女から
仲間が聞いたそうです。郷土史家の『蒲刈島史』は社会党・多賀谷氏や日経連・桜田氏
の序文がのっにも関わらず、発売禁止になっています(こういう本は大事です)。
 こうへいさん
 祖先は熊野古道の宿屋(山伏で参詣案内や宿を提供する御師。今は土産物屋、土産物
細工、昔は荷物運搬業、もちろん伊勢みたいに売春業も)だったみたいですね。高所に
小屋があったのなら不動様を守護神とするグループ内では高位の家柄でしょうか。

こうへい - 2003/04/29(火) 12:57<

願成寺と湛慶上人2?

願成寺へ。願成寺・・850年前、湛慶上人が建立。上人は、美福門院(藤原得子)の兄弟で、三上院多田郷の千光寺の長官をつとめてましたが、平安末期(1145)待賢門院(藤原璋子)が亡くなって、冥福を祈るため、千光寺の別院として願成寺をたてた。「別所」という地名はここに由来することになってます。
かつて、七堂伽藍、24舎の堂塔のある大寺院でしたが、徳川時代に和合院が、和歌浦東照宮へ、移建され、和歌六坊に列せられるも、願成寺は衰退、和歌浦雲蓋院の末寺となり、真言宗から、天台宗に改まったとなってます。
本尊:千手千眼観音(十一面千手千眼観世音菩薩)は、鎌倉時代の作で国の重文。
   高さ 182.7センチ。木造、寄木作り、玉眼嵌入の座像。台座は、蓮台、敷茄子、反    花、岩座、という変わった蓮華座で、光背は舟形の拳身光。

裏山より、平安末期の経塚が出土してます。

2メートル位、高くなった広場は、神社跡で、熊野権現と石にあります。
社名は、熊野権現神社?・・不明。入った千種神社の宮司が、二年ほど前になくなったので、調べられない。

願成寺の、住職は、奥さんに変わっていて、質問したことには、・不勉強で・と恐縮されるばかりで、突然行ったうえ、質問攻めで、反省することしきりでありました。

母の実家は、ひい爺さんが、別所のてっぺんの古い茅葺きの空きやを買ったそうで、昔は、まだ上に熊野古道の茶屋跡が有り、何軒もの家があったと言うから、現地調査は、色んな人に聞くほど面白いです。風景があまりにも変わってるので、人の記憶にしかないことが多いです。

上人の墓は見ましたがちょっと寂しい。今でもちょうちん行列で、8/2の夜。今は、パンをくれるそうです。
午前中の聞き取り調査と、もらったパンフレットで、まーこれだけです。
蝦夷征伐の頃を知ってる人が、いる筈もなく・・・

むかしのありがたい所、たとえば千光寺跡地等が、同和○○になってるのは、権力争いの結果でしょうか?地名が、ありがたそうな所が多そうです。
ながなが、失礼いたしました。

こうへい - 2003/04/28(月) 15:34<

ちょっとショックです

エミシ・・俘囚・・別所  願成寺・・千手観音 面白くなって来てたのですが、
ひい爺さんの母親が再婚で別所に来て、ひい爺さんは、連れ子だったため、別所とは血縁的に無関係ということが判明してしまいました。戸籍謄本で、えらく金がかかったわりには・・・人の話で大どんでん返しです。ウーン。

はったつ - 2003/04/28(月) 09:35<

ひんしゅく2

蜜柑サン。四谷の服部さんたちはだいたいその程度の物しかもってません。
たぶん、かにとかぼらとかさんまとかのルートを持っている程度だと思います。

ぼくも実は「ルート」持っています。←内緒です。

こうへい - 2003/04/28(月) 06:58<

実録泥棒大家族

おはようございます。
泥棒部落のドキュメンタリーよみました。
50年に渡る泥棒村の隆盛と衰退を、新聞記者の確かな目と、ビビりながらも潜入する記者魂。
豊かな情報源で綴られています。
実に面白いです。
村民の、泥棒に生きる事の、飽くなき探求と血の滲むような努力。
踏まれても起きあがる雑草のような精神。
サンカの血をひくものの結束の強さ。
彼らは、泥棒人生を真っ当に生きたと言えるでしょう(^o^)
いまの現地調査では得られないと思われる、泥棒部落の実体が手に取るように分かる。
こんな本、滅多にないでしょう。

興味ある人にお貸しします。メール下さい。条件・・・・又貸しOK(^o^)

蜜柑 - 2003/04/28(月) 02:44<

顰蹙

ヒンシュク!!とは
なんか、文字の雰囲気からして「カニ」の仲間と思ってました。
四谷の料理屋さんに、服部派閥があって、その人たちだけが特殊の珍しいカニを仕入れるルートを持っているのだと思いました。

はったつ <http://www.activefilmmakers.com> - 2003/04/28(月) 02:18<

ひんしゅく

蜜柑さん。ありがとうございます←(とりあえずよろこんでます)

たいていの場合ワードの方が、僕よりも頭がいいので、偏差値が10ぐらい上がった気分になります。
ぼくのおじいちゃん、猟師ではなく漁師でした。服部水軍の生き残りです。
愛知県の弥富町や北伊勢沿岸では、ほとんど服部です。
学校で先生は生徒のフルネーム覚えるのに大変だそうです。
伊賀とかいってレストランとかで、席予約してると・・・
「服部さまー?服部さまー?」
と呼ばれたときに、周りの人が「くすくす」笑っていました。
もうみんな忍者です。

服部党の生き残りは、体が大きくて、美男美女が多いらしいです(照
マルクス主義者や、コミュニストもたくさんいます。
あとみんな浄土真宗大谷派です。昔は一向衆だったそうです。

厭離穢土 欣求浄土

帰命無量寿如来 南無不可思議光


はつせ <http://www.ne.jp/asahi/songshang/hatsuse/> - 2003/04/28(月) 00:42<

蒲刈

あおきさん、私の母方の祖母の出身は蒲刈です。軍人の祖父と結婚し呉に住んでました。その祖父は大和のどれかの大砲の砲術長だったそうです。今は海の底で安寧の中です。祖母もそろそろ祖父の元へ行こうとしています。蒲刈島に数十年の昔祖母と行ったことがあります。全共闘の議長だった人が自動車修理工場を開いていたのではなかったか・・・?

あおき - 2003/04/27(日) 18:55<

顰蹙は

ひんしゅくですよ蜜柑さん ひんしゅくと打って変換すると すぐでてきます
ぼくの祖母の田舎は 瀬戸内海の蒲刈ですが 無人島だった蒲刈に四国側から上陸した
七人衆の中の一人だったそうです 言伝えだけかと思っていたら 蒲刈多賀谷氏という水軍だった
ことがわかりました
      http://www.mmjp.or.jp/askanet/samurais&castles-maruyajo.htm

に詳しく書かれていました 親戚の叔母さんに教えてあげると “本家の人間より詳しい奴が 世の中には
おるんじゃのう わしらはとっくに忘れとったわ” と感心してました

臥させて - 2003/04/26(土) 19:27<

通りすがりに少しだけ

先日、知人から聞いたお話しを少し書かせて下さい。

その人は産まれも育ちも鹿児島の方なのですが、その方の母方の両親は高知から駆け落ちして鹿児島で暮らしたそうです。母方の村ははっきりしていて同じ苗字の方もいるのですが、父方は「岩〇〇犬〇〇」という大変かわった名前で、職業は山師でいつもあちこち駆け巡っていたそうです。
私の知人は「岩〇〇」という名前を電話帳や現地で探しているのですが、未だに見つからない。
実は「岩〇〇」という地名が高知にはあるので、その村にも問い合わせたそうですが、そこの地名の名前の人は聞いた事がないとの事だそうです。
そしてその方のご両親も祖父母も籍は入れず、兄弟達の苗字は父方母方適当に分けて継いでいる。
つまり兄弟で名前が違うのだそうです。

蜜柑 - 2003/04/26(土) 19:04<

はったつさんおめでとう!

サンカの人たちが何らかの事情で戸籍を作ったときに、本籍が「神社」「山林」「原生林」「**川上流」などが多いそうです。ご先祖様はサンカだった可能性が大です。

ところで、顰蹙ってなんて読むんですか?

GAINA - 2003/04/26(土) 15:59<

間違いでした。

「類人猿」でした。
また、蒙古判があったそうですから
北方民族の血も受け継いでいるのでしょう。
先日テレビ番組で、女性だけが持つDNAを追求していくと
日本女性のルーツは9人の先祖に絞られるとのこと。
同じルーツの女性にウクライナか?キリギスタンに?
会いに行くものをやっていました。

GAINA - 2003/04/26(土) 15:46<

どこの馬の骨・・・

蜜柑さんのおっしゃるように、
先祖はどうのこうの・・・と。
現在のように国民総中流意識のなか、
物質的に比較ができなくなったので、
出身や出や先祖や・・・の比較でしか差別化ができなくなってきているのでしょう。
ちなみに私のところは海賊でしょう。
何代も前から
どうみても生活の出来ないような地域に住んでいたのは確かですから。
そのず〜と以前の先祖は「類猿人」でした。
どこからやってきたのかは解りませんが。

はったつ - 2003/04/26(土) 10:13<

里入り忍

昔お父さんが、おじいちゃんの戸籍の住所に行ったら、三重県の白子浜の「砂浜」でした。
さらに先をたどったら、鈴鹿の鹿伏兎町の「山林」でした。
両方とも人は住んでいませんでした。親戚の人は津島のの「神社」だったそうです。
もうどうでもいいやといって、お盆にみんなで笑っていた記憶があります。

任務が終っちゃって、花火職人や、漁師/猟師、警察官や鳶になったらしいです。
俺のおじいちゃんは猟師で、お父さんは金型職人です。
東京の四谷の「服部」さんたちはやたら血統を誇って、伊賀上野出身の服部さんたちから
顰蹙を買っています。四谷の人たちに言わせると、「忍者よりも侍」が偉いそうです。

こうへい - 2003/04/26(土) 08:16<

ルーツへの旅

蜜柑さん、おはようございます。随分とお早いですね。
ぼくも、そういう人に何度か会いました。全く同感です。
そうなんですか、ワクワクする発見ですね。
ぼくも、まだ入り口に立ったばかりですが、遠くに思いを馳せ、なんかワクワクします。
ついこの間まで、全く知らなかった世界です。
自分のルーツ探しが、なぜ、こんなにワクワクさせるのか、わかりません。

蜜柑 - 2003/04/26(土) 05:02<

ついでに言うと

自分の祖父の戸籍を見たときに、成人して結婚するまで戸籍が無かったということが発覚しました。そのときの気分は、
内面からジワジワと喜びが沸いてきました。

「シノウコウショウエタヒニン」という一般人の枠に入ってなかったというのは非常に嬉しく思いました。




蜜柑 - 2003/04/26(土) 04:57<

部落差別

人を先祖がどうだったと言うだけで、差別する人がいますが、そういう人は自分自身に誇りや自信が持てないどうしようもない最低の人です。
 こういう人とはお付き合いしても嫌な気分を味わうだけです。
(飲み屋でたまにいるタイプ)
「うちの父は大会社の社長だ」「先祖は殿様だった」など言う人に限って何の魅力も無い人です。
「本人はどうなんだよ!」と言いたくなります。
江戸時代に「上見て羨ましがるな、下見て暮らせ」という、権力者のプロパガンダにウマウマとのせられた浅はかなDNAを未だ持ち続けているどうしようもない連中に限って
自分の先祖の自慢をしたがります。


こうへい - 2003/04/26(土) 01:16<

別所と俘囚

ボクのまわりでは、今、そんな派手な差別は見られません。結婚の時に浮上してきます。現在、どれだけの人が、こだわるのかは分かりません。
社会教育課発行の回覧誌の裏表紙に、・・同和地区に改良住宅建設、**町**地区・・と言うのが写真入りで載ってたり・・平気でそんなことがやられてました。立て札建ててるようで、腹が立ちました。
新聞に小、中学生の作文が載っていて、もしかしたら、この子らの世代で無くなるのかも知れないとおもったんです。

東北の蝦夷(エミシ?)のあちこちの流刑地が、別所だという。朝廷に刃向かったエミシが、征服?されて俘囚と呼ばれ、願成寺の横を通り、別所に追い立てられて行ったのでしょうか?
それが、ぼくの先祖かどうか。
権力者が、一気に被差別民に落ちたり、被差別民が、征服者に代わったり、めまぐるしく変わったようですね。一番近い、江戸時代の被差別部落が、残ったのでしょうか?

外は、凄い風が吹き荒れています。

Orikabe - 2003/04/26(土) 01:10<

ヤゾーさん

御祖父様が亡くなられたことご冥福お祈りいたします。
正直言いまして、実感としてよくわからないので御祖父様に対しては
言葉が思い浮かびません。

ただ、とんちんかんさんが「いつまでもヤゾーさんの心に残ることで
しょう。」とおっしゃっていたことと関係あるかと思いますが、人の
心は−仲良くっても、対立していても−普遍の意識で繋がっている、
とよく聴きます。
ヤゾーさんとおじい様は繋がっていると思います。
これはおじい様の死を認めるということの否定という意味ではありません。

ヤゾーさん、僭越ですが、悲しい気持ちでしたら、その気持ちにしばら
く浸りきってください。その気持ちがなくなるまで。

*(-..-)*ongly - 2003/04/25(金) 23:32<

部落差別の歴史

とんちんかん小僧さん・こうへいさん
関心をお持ちでしたら、何と言っても菊池山哉の著作をお
勧めします。
 昭和41年『別所と特殊部落』吉川弘文館
  これは批評社から復刻されています。
 それと今片手間にノートを取りながら読んでる本ですが
 昭和20年『長吏と特殊部落・上』東京史談会
 昭和24年『長吏と特殊部落・下』東京史談会
 こちらは別名「木曾呂之研究」で、古本しかないようです。
  棟方志功の弟子?の版画で表紙を飾っています。
 深い歴史のとりこになります。

*(-..-)*ongly - 2003/04/25(金) 22:25<

今日昨日の差別

 昨日耳にした差別です。私の近くに江戸時代被差別部落だった
町があります。私の住んでる町も江戸時代の一時期被差別部落で
した。近くの町は以前H町と呼ばれていたようで、最近O町と改
称されたようです。これが差別開始の合図になりました。何とH
町住人が新地名を嫌って家を売り払い他の町に転居したそうです。
 家を売って他の町で別の家を立てる事ができる方は、残った人
々との付き合いを手のひらを返したように変えたそうです。
 元H町住人はH町に残った人たちとの集まりをさけ、交流する
のも避けるだけでなく、手紙や年賀状のやり取りもやめ、出会って
も挨拶すらしなくなったと、H町に残った人達は嘆いています。
若い方も「立派に」差別を受け継いでるそうです。
 被差別部落内の差別かもしれません。背景や事情はまだ良く分り
ませんが身近にこのような話を聞くと差別廃止の難しさを感じます。
>何世代かして、世間が忘れれば、差別が無くなると思うんですよ。
>歴史を聞いて、理屈がわかっても消えないから。
 この考えは少し甘いように思われます。
 ヤゾーさん 気を落さずにがんばって下さい。

はったつ <http://www.activefilmmakers.com> - 2003/04/25(金) 09:58<

お久しぶりです。

こんど「天狗」や「山神」についての脚本を書く事になりました。
よろしければそういった関係書籍の書物や、サイトご紹介頂けたら幸いです。

そういえばこの前「いやがらせメール」がきて、送り主たどったら
童話の人たちのアングラサイトに行き着きました。

のろいを送ったりしてるそうです。
相手を間違えてると思いました。

GAINA - 2003/04/25(金) 09:33<
ヤゾーさん
ご祖父様のご冥福をお祈りいたします。
ヤゾーさんが病院での看護など
いっしょに環境村の活動を始めた頃からでした。
心いくまで、お爺さんとのお別れを・・・。
そして、想い出を・・・。

とんちんかん小僧 - 2003/04/25(金) 01:10<

肉親の死

僕も25年間、ずっと一緒に暮らしていた祖母が亡くなった日は、今だに忘れられない。でも故人の事は、【思い出】と【記憶】として、何時までも残る。ヤゾーさんの爺さんも亡くなってしまって残念な事だけど、何時までもヤゾーさんの心に残ることでしょう。 こうへいさん、僕は、同和教育によって差別用語を知りました。一時期、何度も頭を抱えて悩んだことがありました。 PCがオカシイために、はつせさんのHPが見れないですが、かなりワクワクしそうな小説のようですねo(^-^)o

こうへい - 2003/04/25(金) 00:16<

桜のころに

ぼくの親父は、4月22日でした。もう4年になります。
桜の咲く頃に思い出します。

ヤゾーさんの、おじいさまのご冥福をお祈り致します。

               こうへい

バリ師 - 2003/04/25(金) 00:11<

春は静かに・・・

心より祖父様のご冥福お祈り申し上げます。

人は亡くなるのではなく、だんだんと枯れていくのだと思います。

祖父様のご霊前に野の花を一輪。合掌。

はつせ - 2003/04/24(木) 23:58<

新参者ですが

こうへいさんに書こうとしましたら訃報が・・ヤゾーさんのお爺さまのご冥福をお祈りします。

こうへいさん、お褒め有り難う御座います。もう少しHPを充実していこうと思います。

やなぎむし - 2003/04/24(木) 23:53<

風を感じるとき!!

私が、風を感じるとき必ずなにかがあります・・
  友のときも、肉親のときも・・

 友の時・・深夜に時計を止めて夢の中にやってきた・・・

  肉親の時は何も言わずに・・風だけが静かに流れて行った・・

風の中で、いつまでも語り明かした・・・

      2年が過ぎても未だに、話に結論は出ていない!!

          でもその話し合いに・・影だけしか来ないことに私は、不満です


  静かに・・・風の中で風に吹かれながら・・語らってください・・

               一冊の部厚い辞書がまた紐解けなくなってしまいました

  ヤゾーの祖父様がご逝去されました

         心より祖父様のご冥福お祈り申し上げます


                     やなぎむし

        


                
    

こうへい - 2003/04/24(木) 23:34<
はつせさん、..りんの後ろに差された白鞘の小太刀を見て驚愕した。りんの二人を見つめる目は死生の狭間にあった。光悦は自分の生業の対象である「剣」の、真の姿を初めて悟った。・・・ここがとても好きです。文章いいですね。絵もすてきですね。すごい才能だと感心しました(^o^)

はつせ <http://www.ne.jp/asahi/songshang/hatsuse/> - 2003/04/24(木) 23:17<

弱い人々、「自由」の時代

皆さん、私もほんの少しですけど若い頃に同和の話を聞いたことがあります。近くにそういう家族が住んでいたらしい。東京の田舎の話です。オヤジが朝鮮の人のことを「XX人」と吐き捨てるように言っていたが、私はなぜ同じ人間をそういう風に言うんだ、と思ってました。弱い人を虐めるのは嫌いです。助ける程の正義漢でもないですけど。でも虐める方の人間に何かがあっても同情しません。幸運にもオヤジが弱い人達を虐める場面には行き当たりませんでした。オヤジを反面教師にして私は何人とも仲良く出来るようです。
 私は戦国時代が色々な階層の人はいただろうけど、ひどく熱い時代に思えるのです。身分制度はそれほど酷くなく、身軽ならば逃散、浮遊して秀吉みたいにのし上がることが出来たんじゃないかと夢想してます。私の小説には山窩出の鈴鹿の透派の一族が登場します。山系水系を辿ってどこでも行ける彼らは諜報の仕事がぴったりだと思ったからです。でも関ヶ原前夜に鈴鹿峠を支配しようとする甲賀の芥川党に滅ぼされます。殺されるのではなく、一部は芥川党に入り、一部は移動し、一部は「土戻り」します。人材が必要だった時代にむやみに人を殺さなかった、というのが私の持論です。宣伝してすんません。でも血の通った当時の人達を描きたかったということを言いたかったのです。

こうへい - 2003/04/24(木) 09:56<

被差別部落

白丁のHPを見て、気持ちが沈んでしまいました。
というより、自分のしてる事が虚ろにおもえたんです。
中学の時に、同和の話があって、「日本の戸籍を全部消しちゃって、これから改めてはじめたら、どこがどこか分からなくなるので、差別は無くなると思います。」・・と言って尊敬する先生に嫌な顔されました。
寝た子を起こすな・・と言う言葉がありました。理屈が分かれば差別が無くなると言う意見も。
でもねー、同和対策は、どこが同和地区であると、世間に明示しただけと思うんですよ。
いい家を建てたとしてもです。
なぜ、こう思ったかと言うと、今自分のルーツを知りたいと思ったからです。
サンカの話は、遠くに行ってでも年寄りに聞きたいとおもうのは、自由の民であるというワクワクするような期待があるからで、かっこわるいから子供を学校にやれないといった不自由さがあって、結構重いことを知ってもです。
けど、同和地区の長老に、聞きに行かないのは、暗さだけがあると思ってるからです。
何世代かして、世間が忘れれば、差別が無くなると思うんですよ。歴史を聞いて、理屈がわかっても消えないから。
でもね、ボクと同じように、自分のルーツを知りたいと思う時が来る。
忘れていい歴史と、掘り返してでも知りたい歴史の別があったらおかしいとも思う。
トモダチの恋愛問題で、何回かこれにぶちあたりました。
解決は、人の心の中にある。外をいくらいじっても、ひとの心の中にしかないと思うんですよ。
今日の天気のせいかな?

とんちんかん小僧 - 2003/04/24(木) 02:09<

過去への旅・・。

はつせさん、過去に戻るような事ができるなら、中世もいいですが、個人的には、母方の曾祖父母&祖父に会って、家の詳しいことを聞きたいです。皆、僕が生まれる頃には、向こうの国に旅立った後でしたから。白丁については、クマノライフの過去の掲示板において何度か議論されていますよ。Donglyさん、>小説に頼る前に・・(中略)求められます。←それこそが、僕にとっての大きな課題の一つです。それを指摘されると頭が上がりません。時間と軍資金が乏しいため自分の眼で確かめる作業は何時になることか・・。呼び名辞典また確認しておきますね。

*(-..-)*ongly - 2003/04/24(木) 00:22<

説教師

とんちんかん小僧さん
 説教師はお持ちの野史呼び名辞典の【節季候】【説教】【説教師】などを
ご覧下さい。簡潔に紹介しています。ただ簡潔過ぎてかえって分りにくい
かもしれません。
 新羅系とする説もあり、また【ササラ】にも関係したりでまだ整理されて
いません。ササラは竹冠に彫の字ですからサンカの親類かもしれません。部落
史では江戸時代に乞胸頭・非人仁太夫配下の浄瑠璃で門付けする非人。江戸時
代の古文書ではサンカは非人として出るようです。サンカの多くは既に居付き
になってるのでしょう。
 小説に頼る前にまず、事実を調査し確認することが求められます。
 説教、これだけでも研究すれば分厚い本になります。

はつせ - 2003/04/23(水) 22:33<

なんという芳醇

皆様、こんばんは。山窩、道々の輩、・・・日本の民衆史はなんて浪漫がいっぱいなんでしょう!確かに色々な人々と集団がいて生きてゆく上でその確かな力学があったはずです。私たちが論議しているよりもっと複雑で混沌として、でも一生懸命生きていた人達がいたかも知れないなんて、一瞬でもいいからその時代に戻りたいですね。でも検索で「白丁」を調べたら、気分が重くなりました。
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuunanadai
私は「自由民」としての「山窩」や「道」を夢想していましたが、歴史はやはり重かった。自由や無縁というのはものすごく重いことだったのでは・・・

こうへい - 2003/04/23(水) 22:07<

山への避難

はつせさん こんばんわ。
>中世史を紐解きますと、農民は戦(いくさ)の時は、城か、山に避難しそのまま浮遊した人々もいる
そうなんですか。
前に、考古学の集まりに行ったとき、弥生時代の高地性集落の話が出たんです。
結構な高地に、弥生の穂摘み具の石包丁なんか落ちていて、その上が、中世にも使われて、狼煙を上げる場所だったりします。
弥生の高地性集落が、戦争を避けた為というのが一般的という話でした。
温暖化で、海が入り込んで高地に上がったんじゃないかという意見も出ました。ぼくも、その意見だったのですけど、中世でそういうことがあったのなら弥生もそうだったのかな?とも思います。
関係ない話でスイマセン。

とんちんかん小僧 - 2003/04/23(水) 00:42<

RE:道々の輩

確かに、はつせさんのおっしゃる通り、道々の輩=サンカというのを一括りに考えるのは良くないとは思うのですが僕は、道々とは、サンカを示す言葉の一つではないかと思うのです。何の根拠も無いですけどね。Donglyさん、『道々―』の丁寧なご説明ありがとうございます。隆氏の『影武者 徳川家康』では、説教師=道々の輩になっていましたが、これは、イコールで良いものなのですか? ヤゾーさん、前半部は過去に掲示板に紹介したように思います。ただ白丁については、チンプンカンプンですので、また、いろいろと教えて下さい。

ヤゾ− - 2003/04/22(火) 21:35<

室韋(契丹人)とサンカ

みなさん こんばんわ

トンチンカン小僧くん この間 山小屋に置いてかえった鹿島昇氏の「日本ユダヤ王朝の謎」という本に
サンカについて面白い話しが載っていました。
ひとつは 国東半島にある 前七世紀の世界最大という製鉄遺跡は
居着きサンカの案内によって 九州大学の教授が調査したのだそうです。
もうひとつは 随書では室韋(契丹人)は川の名前にちなんだ部族名を付け 冬の間は穴居して寒気を避けるとあり
川の名を姓にすることはアッサムのボド族語に始まるらしく ボルネオのグワヤク族 日本にサンカに至り
サンカの族長に川の姓が多いことが知られているとありました。
また興味深いところでは 契丹人は北倭で その一部が朝鮮半島の楊水尺を通じて日本のエタにつながり
室韋の一部がサンカにつながることに注意すべきであろうとあり
そのことは朝鮮の白丁が白丁隼人であることに対応するとありました。
頭が混乱してきそうですが なんとなく分るような気のする話しでした。

はつせさん お久しぶりです。
前田慶次郎については 大河ドラマで見た程度しか知りませんが
その出自や性格から サンカの匂いがして とても惹かれます。
そのうちに ゆっくりと はつせさんの書かれた小説を読ませて頂きます。

*(*。。*)*ongly さん 今日はお鼻が膨らんでいますね。
この前 偶然に救馬溪観音という寺の前を通り つい寄ってしまいました。
巨大な磐座にへばりつくようにして建つ 珍しい鉄筋コンクリートのお寺でした。
なんでも 飛鳥時代に役行者が開山し 空也上人が自ら刻んだ観音像を祭り
中興の祖が あの小栗判官なのだそうです。
別所と深い関係のお寺だと感じました。
 

*(*。。*)*ongly <http://www7.ocn.ne.jp/~iyasi> - 2003/04/22(火) 10:54<

道々の輩

とんちんかん小僧さん、はつせさん
 広島県呉市のかつて舞々尻という所です。呉港が見渡せる絶好の地です。
舞々が居た所でしょう。隣が警固屋ですから間違いないようです。路傍に
「道〇」という墓石がありましたので野史研究会に伺ったら、道の者=道
々の者だそうで、愛媛県では「道にまじない」をするそうです。野史呼び
名辞典には@平安期に道の傍ら・四つ辻・宿屋の遊女。A鎌倉期に傾城と
道の者に分岐。B道々者、道々の細工、三ヶ者、連尺衆。C印内者、香具
師。D道師。E長州で乞食。とありますから遊女・役人・番人・職人・物
運び・ヤシ・宗教者・芸能者・乞食など多用な職種がいたようです。三ヶ者
は当時反仏教徒をさすようですし、院内者には東北から移配された俘囚末裔
やサンカを含んでいます。八切止夫は街道取締りした【八】として紹介して
います。寺社などの隷属民で芸能に従事した舞々の住地は東広島市西条町寺
家の前谷や呉市舞々尻のように「まい」が付く傾向がありますが、前谷の盆
踊りは薬師踊と同じように踊りのテンポが速いそうです。またその筋の女性
は「音」に敏感なようです。舞々、部落史では「被差別部落」に分類します。
納得できませんが、この筋は不思議に新興宗教に入ってる方が多いようです。

はつせ <http://www.ne.jp/asahi/songshang/hatsuse/> - 2003/04/22(火) 00:53<

道々の輩

皆様、ご無沙汰しております。隆氏の小説に触発され、自分流に前田慶次郎を調べ直して恥ずかしながら小説を書いております。隆氏の小説のなかで「道々の輩」が出てきますが、先達の研究者の名前を挙げられていたと思いましたが。ただ、私は山窩と彼らを即結びつけるのはちょっと早いと思います。中世史を紐解きますと、農民は戦(いくさ)の時は、城か、山に避難しそのまま浮遊した人々もいると聞きます。また、狩猟民であるマタギと山窩は異種である可能性があると思います。戦国時代は戦争経済が非常に発達した時代で、あのう衆に代表される職人集団や戦場に出入りする物売り、刀師、芸人集団も勃発しています。この頃の人間の行動はかなり複雑になっており、柔軟な考察が必要であり、想像力を駆り立ててくれます。

とんちんかん小僧 - 2003/04/21(月) 01:33<

道々の輩

作家の隆慶一郎氏は小説家として、たった五年しか活動できなかったものの、質の高い作品を残しています。「きまった土地も持たず、全国を放浪して人生を終えた人々。更には海人・山人・運送業者。こうした一種の自由人の眼で歴史を眺めたら、一体どんな様相が展開するか。そこが何ともいえず楽しく、面白い」(『時代小説の愉しみ』)サンカがらみの作品として、『鬼麿斬人剣』『花と火の帝』等があります。隆氏の本は、読んでいると泣けてくるのが多いのも特徴です。僕は、サンカを知る上で隆氏の歴史小説は、とても重要だと感じています。

ヤゾ− - 2003/04/20(日) 23:20<

ビデオの夢を見た

みなさん こんばんわ

朝生テレビチェックしてみましたが
山河という言葉は出てきましたが
サンカという言葉は出てきませんでした。
なんせ五時間余りもありますので
見落としたところがないか もう一度チェックしてみます。

ビデオを二時間余り見たところで 少し転寝してしまいました。
その時に 出演者の天野礼子さんが かつて 川を愛して自然と共に生きてきた
サンカと呼ばれる人たちが居て そういう文化もこの国にはあったという
そんな発言をする夢を見ました。
どうしてそのような夢を見たのかと考えてみましたが
随分と昔に 天野さんが渓流釣りが好きだという記事を
どっかで見た記憶が うっすらとあるような気がしました。
五時間余りビデオをチェックするということは
思ったより大変でした。

*(@..@)*ngly - 2003/04/20(日) 10:51<

辛夷の花はまだか

 バリ師さん
先日は裏山に行き蕨と、少しのタラの芽とつくしを取ってきました。
蕨は灰汁抜きをして、自家加工の醤油と煮ます。実にうまい。名前
からして蕨はきっとサンカの大好物のはずです。
 自家加工の醤油は塩分を抜き取ると美味だそうですが、面倒なので
安い醤油を買ってきて昆布・鰹節などを入れて再加熱しています。
 ところで辛夷(こぶし)またはタムシバの木が花をつける季節です。
山の北斜面かまたは北を向いて咲くこの花は東北から流された俘囚(
フシュ−)または夷俘(いふ)が植えたという伝承が関西にあります。
 ゴロ合わせですが布川・深川・柚木・湯来・由宇・由布などの地名は
彼らに縁の深い地ではと調べています。
 また便所にはムクゲ?をよく植えていたとも。ムクゲは賤を暗示する
はずです。辛夷花は米の作柄を占うのに用いる地方があります。
 辛夷やタムシバの咲く地域をチェックしておいて下さい。

とんちんかん小僧 - 2003/04/20(日) 01:43<

山奥の廃屋小屋

あの日、以前セブった場所よりも少し奥の方へ行きました。風の王国掲示板にヤゾーさんがアップした廃屋小屋のすぐ下は、河原になっていて、小屋からすぐ下にも、また地上に上がれるように、二ヶ所の自家製の階段がありました。そして、河原のすぐ近くに竹が植林されていました。ここからは、想像ですが元々、河原でセブっていたサンカが地元住民に悟られないために作った仮住まいで、河原でセブっているのを知られないために上に小屋を作りカモフラージュし、箕作りに勤しんだのかも・・。それにしても川に舞う桜の花びらが優雅でとても綺麗でしたよ。

△うぶ - 2003/04/20(日) 01:09<

四月です

「朝生TV」のビデオって、エイプリルフール?、キット。

バリ師 - 2003/04/20(日) 00:18<

金●袋

Donglyさん、ヤゾーさん、ありがとうございました。私はてっきりお湯に浸かって、金●袋の皺でも伸ばしてのんびり洗うことやと思てました。

「生きるために最小限に働く」これは私の信条とするところであります。

「ふくろあらい」とか「めんめしのぎ」、共にすんなり入ってくるええ言葉ですね。

渓魚は錆がとれ、淵から瀬に入り、コゴミ・タラの芽・ワラビ・・・と山菜の良い季節になりました。

ヤゾー - 2003/04/19(土) 20:19<

いろいろ

みなさん こんばんわ

バリ師さん Donglyさんがお答え下さっているので
フクロアライについて少し。
カエルには 胃袋を吐き出して手で洗う習性があって・・・
それがフクロアライの語源だとか・・・と
どこかで読んだような? 誰かに聞いたような? 気がします。
ちなみに Donglyさんの野史呼び名辞典の発行所の名前が“めんめ平”になってます。

Donglyさん 南紀の串本も信号所としては絶好の場所だと思います。
それに あの辺りは熊野水軍とも深い関係のあったところだと思います。
それと串本の潮岬には 出雲という地名があります。

こうへいさん ルーツ探しの旅 なかなか面白いものがありますね。
今度いらしたら ちょっと遠いですが コロボックルなおじさんたちが居た
温泉へお連れしますよ。

ナイスタイミングさん 神田の古書店でも八切氏の本は少なくなっているんですね。
神田の古書店街 懐かしいです。 あの辺りに 富士レコードとかいう 
蓄音機やSP盤レコードを置いている大きな店があったような気がします。

ヤナさん おりょうさんから ヤナさんのところから送られてきたのは一色しかないかも
二色は近くの花屋で買った種なので ヤナさんも種 欲しいかもってメールが届きました。
三色スミレの種 ヤナさん欲しいですか。

こうへい - 2003/04/19(土) 18:32<

ルーツへの旅

*(-..-)*ongly さんありがとうございました。寝ておられますね??
参考に、ゆっくり、調べてみます。

*(-..-)*ongly - 2003/04/19(土) 17:56<

願成寺

こうへいさん
色々調べれば分りそうですね。羨ましい。東広島市の願成寺は聖武天皇に関連あり
としており山の北麓の三永という地は願成寺に属してたようです。三永には願成寺
の僧侶の別宅があったり(今は小堂があります)します。ここの人達は寺の下層民
だったようで祠や小堂には赤布をかぶせた太子信仰の石像が多いです。
 聖武天皇・行基・弘法大師とくれば別所に関連した寺の疑いがあります。
 昔日のその寺と地域との関係は聴き取りでもよく分ります。寺の多くは江戸幕府
の政策で浄土真宗に変っているかもしれませんが、真言や天台宗ならば千手観音・十
一面観音・薬師観音が残っているはずで、そうでなければ地域の方が祠に祭っている
はずです。そのような地では草分けの家が寺の総代になったりして本当に古い家に
なることがあります。昔の寺相互の上下関係も重要です。また講や八十八ケ所詣で
がある(またはあった)ようです。
 また寺の山号に「白」が入ったり、近くの山に白山・鷹の巣山・鷲の巣山がある
かも知れません。

こうへい - 2003/04/19(土) 17:13<

別所2?

*(@..@)*ngly さま
色々お教え頂きありがとうございます。

今度、とりあえず願成寺に行って来ようと思います。
ついでにと言ったら失礼なんですが、これは聞いたら良いといったことが
ありましたら、お教え頂けませんか?
全くしろうとで、出てくる言葉もよくわかりません。

観音さんを拝むが、XXXXを拝むという意味に昔、大人が使っていました。バチあたりな??
これだけ、ぼくもわかりました。

こうへい - 2003/04/19(土) 16:20<

願成寺と湛慶上人

雨になったので、別所探索中止、オフクロに話を聞くことに。

願成寺:天台宗のお寺で、昔、侍が建てたそうです。
東の谷向こうの田んぼの中に、湛慶上人の祠があり、毎年8月7日の夜に、願成寺から、住職を先頭に檀家の人が皆提灯を持って、並んでほこらに詣ったそうです。
詣ったら、おにぎり一個くれたそうです。
オフクロが子供の頃です。タンケンさんと呼ばれていたそうです。
すぐ、左横の山に弁天さまが、あったそうです。

願成寺の倉庫に鎧やカブトがいくつか、あるそうです。

願成寺の横の道は、別所、汲沢にだけ行くらしい。それから先は、一山越える道もあったそうです。
天台宗なので、檀家が少なく、経済的に苦しかったそうです。釣鐘堂は、オフクロの弟が山で木を切っていたので、木を切り出して建てたそうです。釣鐘も弟(ボクのおじさん)が、寄付したそうです。去年、没落しました。これは、余談。
願成寺と同じ敷地内に、小さい神社もありましたが、下の千種神社に入ったそうです。

汲沢のお寺は、汲沢の檀家が建てた小さなもので、極楽寺といいます。
ここは、なんべんも火事に遭い、その度に本尊を持ち出しました。住職は炭焼きだったそうです。
子供にも、話しかけるいい人だったらしい。
それから、住職が代わり、新しい住職が新婚の時、出火して、丸焼けになり、追い出されてしまったそうです。
なにが、大事か分からないので皆書きました。焦点はどこにあるのか、良く分かりませんが、
とりあえず、ボクのルーツを。

旧住所は、和歌山県 海草郡 巽村 大字上別所 です。願成寺より下は、下別所です。

*(@..@)*ngly - 2003/04/19(土) 15:05<

ふくろ

バリ師さん、こんにちは
 サンカ語のフクロは袋状の臓器をさしているのではないでしょうか。袋状
でない臓器には何があるのか分りません。胃袋は胃、子袋は子宮でしょう。
後者からは母親を「おフクロさん」と呼ぶのでしょう。
「フクロアライ」は胃袋を洗うが如く大酒を飲み続けるという意味ではな
いでしょうか。それでサンカ語の宴会となります。
 めんめは日本各地で使用してるようです。@自分、A貴方、B水、C虫
D麺類、Eうどん、F各自など。銘々皿(めいめいざら)、めいめい=各
個人など。めんめに=束縛無しに、勝手に。
サンカの行き方を「めんめしのぎ」といい、サンカ集団の中でも「各自が
自覚して、勝手に(自由に)、生きる」という意味だとありました。
その意味では、自由とか勝手とかは明治以降の新しい用法でしょう。 
「しのぎ」は囲碁でも攻められても石が死なない事=活きている事だか
ら、死なない事→(最低限)生きてる事→生きるための糧を得る事→
最小限に働くというサンカの死生観になるのでは?
 

*(-..-)*ongly <http://www7.ocn.ne.jp/^iyasi> - 2003/04/19(土) 14:37<

観音さんこんにちは

こうへいさん
 九州にも”戒厳令の夜”の痕跡は地名で残っているようです。まだ調べた
ことはありません。お近くならば時間をかけてお調べ下さい。
東広島市西条町三永の山頂に聖武天皇や空海ゆかりの願成寺(十一面観音)
があります。この寺は末寺の東光寺などに薬師や阿弥陀などを配給してま
した。別所です『野史研究6号』参照。
 寺名が同じならば創建・開基者か、宗派に共通性がありそうです。俘囚を
連行する道沿いにあったと考えて調査中です。
 観音さんは@紀州(和歌山)日高郡で神主、A広島で観音仏を背負って歩
き観音経を読み物乞いする人や【六部】、さらにはB牛馬やC虱、極め付け
は今でも使いますがD女陰。最後の意味からは地名の観音町は多くは××××
になります。Dの意味では無宗教の私も熱烈仏教徒に分類されます。
 千手観音もそのもの自体で「理解する」と何のことやら、となります。また
祟って出て来ぬように願ったりバチ当りしないようにするのは神だけではない
ようです。
  江戸期僧侶の隠語では【善男】は(僧侶相手をする)男色相手の美少年、
【善女】は(僧侶の)思いのままになる女性をいうようです。僧侶の出入り
が多い京都の高級クラブ辺りではまだ通用してる言葉のはずです。
湛慶は確か中世期の熊野(別所アジ−ル)修験の最有力者でしょう。この前
後に熊野勢力は没落して行きます。記憶にま違いがあるかもしれません。

こうへい - 2003/04/19(土) 11:01<

千手観音

十一面観音は、刈った首の数を頭に乗せてる??観音様なのに・・供養なんかなー。

別所の中程に、願成寺があり、一度、先手観音を見ました。本堂のみんなが入る所の裏側(背中)の暗いなかに、ありました。なんか、怪しげ。 2〜3メートル位の木製。
一つの手に、白いドクロを持っていました。
湛慶上人の墓が、地図にのっています。どんな人か知りません。

こうへい - 2003/04/19(土) 09:47<

戒厳令の夜

おはようございます。
昨日は、一気に夏でした。
戒厳令の夜、読んでしまいました。良かったです。九州山民連合みたいなのが実在するのか?あって欲しいけど、ぼくらには、一生分からないことになっています。ウーン。
歴史の中に、物語を溶け込ませて、・・どこまで本当なのよ?と思わせてしまう。
五木さんの頭の中は、どんなになってるのでしょう。

別所を、捜して朝から頭がごちゃごちゃに・・
ぼくの、母方が別所という所の一番てっぺんで、トレールバイクでも途中で捨てて歩いて登るような所。偶然同じ地名かも知れないけど、ちょっと調べてみます。
パソコンと本で、目が・・・
書を捨てて自然に入ろう  いい天気だし。

ヤゾーさん、いたく感動したので、「戒厳令の夜」のビデオ、見ないことにします。
コロポックルなじいさんの来る温泉、行きたいです。

バリ師 - 2003/04/19(土) 05:17<
■山も少し笑いはじめ、渓流釣りをしていて、ほんま気持ちの良い季節になりました。お昼には河原で七輪をいこしフクロアライをやっております。

さてこのフクロアライの「フクロ」というのはいったい何のことなんでしょうか?ご教授お願いいたします。

また当地では、各自とか各々一人一人のことを「めんめら」と言いますが、この「めんめ」は「メンメシノギ」の「めんめ」でしょうか?併せてよろしくお願いします。

■「過去ログを開いて検索する」ことを初めて知りました。いろいろ分からんままに勉強しております。しかし凄い分量だっせ。

ヤゾー - 2003/04/19(土) 01:15<

川の側の廃屋

みなさん こんばんわ

通行人さん 十一面観音と別所について ありがとうございました。

昨日 昼頃に トンチンカン小僧が訪ねてきたので
一緒に廃村になった奥地へ散策に出掛けました。
そこで まるで川を庭のようにして建つ小さな廃屋を見付けました。
暮していた人は 余程 川が好きだったと思わせるような家でした。
写真を風の王国掲示板へアップしています。

※朝生のビデオは僕もチェックしてみます。

とんちんかん小僧 - 2003/04/19(土) 00:51<

朝生でのサンカ発言の有無について

蜜柑さん、皆さん、こんばんわ。 一度目は、前回お書きしました通り、何処で発言されているか発見できませんでした。これじゃいかんと思い、今度は一週間程かけて、なるべく短い時間で集中力を切らさないようにし、少しでも聞き取れない場合は何度も何度も、巻き戻しては、繰り返し繰り返し聞いてみたのですが僕には、どうしても見つけられませんでした・・。ビデオは、今日、ヤゾーさんに届けました。本当に役に立てなくてすみませんでした。

こうへい - 2003/04/19(土) 00:30<

別所

*(-..-)*ongly さん、ナイスタイミングさん、こんばんわ。
ありがとうございました、調べてみます。

ナイスタイミング - 2003/04/19(土) 00:19<
蜜柑さん、こんにちは。
やはり国会図書館にはありましたか。
今の国会図書館の検索は私の環境ではうまく利用できなかったようです。

今はそうじゃないんですが、仕事で図書館には統計や歴史を調べに良く
いっていました。この本!と決まっていない場合は、やはり開架が多い図書館の
方の利用が、お気楽に利用できるのでお気持ちはよく分ります。
(大阪の図書館の蔵書は今も修理中の表示が)


こうへいさん、こんにちは。
別所については「過去の掲示板」から各過去ログを開いて検索すると、
(例えば「2001年04月22日(日)13時05分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。」
 をクリック。さっき確認しました。)
「別所」で検索するとそれはそれは詳しく載っています。
私もこちらの掲示板で沢山学ばせて頂いております。


@木曜日、ホントに久方ぶりに神田神保町に行くことが出来ました。
 有名古書店で一時期かなり店頭にあった八切本の店頭在庫がやや
 少なくなってきていました。
 首都圏ではランニングシャツ、短パンで道行く人がちらほらみられるほどの
 陽気でした。

*(-..-)*ongly - 2003/04/19(土) 00:07<

べっしょはべっちょ

こうへいさん
 別所は歴史学者や民俗学者もあまり研究していません。
してたのは民間の大研究者・菊池山哉です。彼は文献だけで
なく当時学者がしなかった実地調査をしています。
 千葉県小見川の織幡別所のサイトをご覧下さい。
九十九里浜も別所です。
http://www.town.omigawa.chiba.jp/mukasi/rekisi/besyo.htm

こうへい - 2003/04/18(金) 21:09<

教えて下さい

別所と言う地名が出ていますが、どういういわれがあるんですか?
どなたか、教えて下さい。

通行人 - 2003/04/18(金) 17:11<

以前少しお邪魔したものです

偶然発見したので、ご参考までにご報告を。
大阪万博で有名な吹田市に、円照寺と言う古刹があります。

円仁が開いたとの伝承を持ち、かつては十一面観音などもあったようです。
そしてその旧地名が「山田別所」
昭和45年まで、日本万国博協会も「吹田市山田別所」と言う住所でした。

とんちんかん小僧 - 2003/04/18(金) 02:35<

レナード・バーンスタイン

今日、もう修復は不可能と諦めていた方と半年振りに普通に話をする事ができて嬉しかったです。何がきっかけなのかは、はっきり判らないけど、このまま深い溝が徐々に無くなれば最高だ。そして、帰り際に寄った古書店でバーンスタインのCDを購入しました。すると今度は、聴いていて感動してしまって涙がとまらなかった。今日、まるで赤子のように喜怒哀楽の激しい一日でした。多分、ぽかぽか陽気の影響かもしれません。

蜜柑 - 2003/04/18(金) 01:17<

親分と女房

ナイスさんに苦労をかけた上記の本、国会図書館にありました。今日パラパラ読みましたが、貸し出し禁止のため落ち着いて読めませんでした。

*(@。。@)*ngly - 2003/04/17(木) 22:59<

くしくも

ヤゾーさん
 今晩は。十一面観音は「殺し」や「大量虐殺」に関連があるともいわれていまして
インドでも「首刈族」に因んだものようです。殺した種族の数だけ頭の上においている
というもので、2面から13面まであります。菊池山哉が言う通り、薬師像を置いてる
別所の中でも親分格の長吏(八切流に言えば、太夫か博士でしょうか)が居たとの説が
あります。私が調べた印象でもそうすし、なぜかサンカの匂いがする地方もあります。
 串は愛媛県中島の町史には藤原純友水軍の信号所のあった地名とあります。まだ確
かめていませんが、信号所とは物見・国見・見国(三国)など見張り番人を置いた所
とみればそうかもしれません。サンカやハチヤの系統が中世期隠密軍団・斥候・物見
の役を演じていたと本にあります。櫛田がサンカ関連地名との説もあり、九州や紀州
にそのアジ−ルや禊場があると聞きます。八切止夫によればサンカ櫛は「おまんこ櫛
」と呼ぶ独特の櫛ですし、その櫛から八ケ岳サンカの女性と懇意になった方を知って
います。貧相な自宅とは別に小海線沿いに豪勢な別荘を構えていたそうです。
 串本がそのような快適な気候の地ならサンカの格好の別荘地かもしれませんね。
 立派な別荘には気をつけたいです。ヤゾーさんの養子先になるかもしれません。
 山椒の実入りの鮎寿司は広島ではサンカ系のようですが、紀州の秋刀魚寿司も
そうなのでしょうか。広島の鮎寿司は米でなくおからを使った美味なものです。

ya(・ε^)na - 2003/04/17(木) 22:46<

けけけけ・・

ありゃま!・・
  なんて、ビュウチフルなお話なん!!
   何やよその話やとおもとったら・・んんんん
あたいのことですやん・・
     
  へへっへ・・・スミレはとっても強い花です
       それにかわいい・・
     雑草なのかもしれませんが、決して花屋で売ってる花と見劣りしません
  踏まれても踏まれても、エエ花咲かせます

   わたしも、種しっかり集めときますよってに・・
             皆さんの土地に根つかせてほしいですね

     前の日曜日、五木寛之氏がTVに出てました
        風に吹かれて・・・根無し草・・を強調されてました

  根無し草も、そのうちに行き着くとこに・・行き着きます

  小さな可愛いスミレも、その地に根付くことでしょうね

ヤゾ− - 2003/04/17(木) 19:50<

スミレの輪

みなさん こんばんわ

Donglyさん お久しぶりです。
紀伊半島の南端に 串本というところがあります。
その串本にある潮岬は 八丈島とほぼ同じ経度にあると言います。
周りを海に囲まれた形をしているので 夏涼しく冬暖かいところです。
サンカの人たちが好みそうなところではあります。

スミレの花がいっぱい咲いています。
おりょうさんがスミレの種を送って下さり
それを撒いたものが花を咲かせたのです。
そのおりょうさんのスミレの種は
ヤナギムシさんから送って貰った種から育てたスミレからとったものなのです。
スミレの種が欲しい人はメール下さい。

*(*..*):*ngly - 2003/04/17(木) 09:42<

泥棒部落はどこにも

蜜柑さん
 豊前川崎近くにかつてAという泥棒部落があったと九州で
聞きました。鼻声で一斉を風靡した演歌歌手の出身地です。
 野史呼び名辞典をみると確かに「赤」には盗人という意味も
あります。一票の形で国民の意思を盗んでいく偽者「赤い」政
党もありますが、国民の税金を公然と盗む連中がいる永田町や
霞ヶ関などはここが最大の泥棒部落でしょうか。
 米国のワシントン辺りには軍隊を動員する油脂強盗集落があ
ると聞きます。その頭領の名は日本名で「藪」か「林」です。
 話はそれて本論になりますが、どうも「くし」という地名は
サンカ関連地名のようです。山口県徳地町串には鎌倉期に奈良
東大寺再建に尽くした重源法師が建てた寺があります。但し
聞き取りではサンカという語を知らない方が多いようです。

ヤゾ− - 2003/04/16(水) 21:52<

満月とタヌキ

みなさん こんばんわ

こうへいさん えらく熱心に本を買ってますね。
カッパ餅は 休みではなくて 手作りの為にあまり数が作れず
売り切れたら店を閉めるみたいですよ。
午前中なら買えると思います。
こちらにいらしたときには 是非にお寄り下さい。

雨が続いたり 二三日留守にすると 
しばらく姿を見せないことが多いタヌキですが
ここのところ しばらく姿を見せていませんでした。
それが今日は日が暮れる前からウロウロしてました。
どういうことで出てきたり出てこなかったりするのだろうと考えました。
空を眺めてみるとぽっかりと満月が浮んでいます。
満月の日には タヌキが活発になるみたいです。
満月とタヌキは きっとセットなのかも知れません。

こうへい - 2003/04/16(水) 08:38<

カッパ餅

おはようございます。「 実録泥棒大家族」 加藤延之著 ( 前科309犯年商2億のドロボー村潜入記・B6判カバー付)徳間書店 昭47・初版 ・・が、見つかりました。早速注文しました。

歴史民俗学 bP 闇と漂白の民族誌 がつきました。サンカ資料 ちょい読み おもしろいです。

ヤゾーさん、中国はB型が多いそうです。田中角栄がB型で日中国交が成功したのは、血液型のおかげだそうです。B型は、気の合うひとにすぐ血液型を聞きます。好きな事しかしたがらず、自分の性格を血液型のせいにします。ボクB型です。事務所の女の子に、歩いてるだけで あんたB型でしょう・・とすぐ見破られました。
アメリカインディアンは、O型だそうです。

昨日、熊野に行きました。時間なくて寄れませんでした。毎回、小雨です。カッパ餅いつも休みです。カッパが来てから、おっちゃん来てないのかなー。食いたかったのに・・。

ヤゾ− - 2003/04/15(火) 21:15<

血液型

みなさん こんばんわ

こうへいさん その白髪白髭の爺さんは不思議な話しですね。
まるで仙人みたいな登場の仕方です。
小説「戒厳令の夜」の映画のビデオ持ってます。
よかったら今度お貸ししますよ。今一つでしたが。
小説「青春の門」の中に バイクでボタ山に登るシーンがあったように思います。

蜜柑さん 「知りませんか」は知っていましたよ。
雑誌にそういうことが書かれてあったんですね。
まだ その映画見てません。見たい!

この前 爺さんの看病で病室に親類が集まったときに
血液型の話しになりました。
我侭で短気な爺さんはB型で
爺さんの系統はB型が多いみたいです。
どちらかというと半島系の遺伝子が強そうです。
宮崎県の山奥出身の婆さんはO型で
見るからに縄文系っぽいのですが
驚いたことに 血の繋がった親類は皆O型なのだそうです。
聞くところによると
ルーツが縄文系の人ほど、
ちょっとでも半島系の遺伝子が混ざると
そっちの特色が表に強く出てくるようです。
なんとなく そういう気がしました。

こうへい - 2003/04/15(火) 20:46<

田川市

蜜柑さん、こんばんわ。
詳しくありがとうございます。住所トモダチに聞かないとわからないなーと思っていたんです。
思い切り・・・・部落なんて書ちゃっていいんですか?実は、昔サンカの村で、差別でそう呼ばれたのかとおもったんです。 実際に、泥棒一家が住んでた場所なんですね。
フェリーの中で、修学旅行引率の先生と話をして、田川に行きますと言ったら、私なら恐くて行けないって言うんですよ。田川には、確かに立派なそのすじの事務所(屋敷)があったりしましたが、祭りの御輿が川に入ったり、なかなか元気な町でした。トモダチは親切過ぎるくらいでした。
渥美清の映画は、炭坑閉山で仕方なく泥棒になった話で、味のある映画だと解説文にありました。
知らずに、のこのこ行く所では無いのかも知れませんね。今は、そうでもないのかも知れないけど。「実録・・・」の本捜してみます。
どうも、ありがとうございました。

蜜柑 - 2003/04/15(火) 19:52<

お詫び

ちょっと下の「知りませんか」というタイトルの夢の話。僕でした。名前書き忘れです。

蜜柑 - 2003/04/15(火) 19:50<

泥棒部落

「実録・泥棒大家族」っていう本があります。ノンフィクションで面白い。これを原作に渥美清主演のビデオもでてますよ。昭和40年頃の雑誌にははっきり「田川郡川崎町の藤が瀬一家はサンカ出身の泥棒集団」と書かれていました。

こうへい - 2003/04/14(月) 22:34<

いい話

こんばんわ
ちょっといい話・・ありがとうございました。
心が和みました。
いつか、トラに仮ナンバー付けて、また田川のトモダチに会いに行こうと思っています。
その時、ド・・・部落に寄って、長老に話しを聞きたいと思っています。
でも、本当のド○○○部落だったら、歩いて帰って来る覚悟が要るなー(^_^;

こうへい - 2003/04/14(月) 21:43<

戒厳令の夜

こんばんわ。コロポックルの意見撤回します。森の小さな妖精の方がいいです。スンマセン。

ずっと前、奥深い山中の岩の上で、ボサッとしてたら、白髪白髭の爺さんが横に来て、「赤土には、酸化鉄と硫化水銀の二種類ある。水銀は硫化水銀の赤土から採る。」と言って去っていきました。  それからあとに、田殿丹生神社に出会いました。

石器の原石サヌカイトを採りに行くたび、二上山を眺めます。「風の王国」では、ふたかみ山が出てきました。身近に感じて引き込まれました。

今度は、「戒厳令の夜」です。赤いトラの原型は、福岡の田川から来ました。それで、トモダチになっって、三回程、田川に行きました。オートバイで、ヒコサン(英彦山)に登りました。ボタ山の大きさに驚き、あれが、ドロ○○部落たい。全国にドロ○○に行ってる・・と聞かされ、まさか・と笑いました。 戒厳令の夜を読んだら、早速、田川です。英彦山も・・。アチャーまた・・と思いました。 偶然と言えば、偶然なんですけど。

今日、面接した会社から携帯に電話が入りました。高齢の人事担当と思いますが。
・・えー、面接の結果を言います・・はい・・結果はペケです・・えっ・・ペケです・・
ぼくは、最近人間が出来ていますので、ありがとうございました・・と電話を切りましたが、
トシいくつやねん、バカたれ・・と思わず独り言を言ってしまいました。
スイマセン・・私事ばっかりで。

ヤゾ− - 2003/04/14(月) 21:00<

ちょっといい話し

みなさん こんばんわ

こうへいさん コロボックルにはそういう意味があったんですね。
ほんの数十年前までは 電気のない山村も多かったそうですから
この日本にも まだまだ知られざる世界があるのかも知れません。

春之助さん そのミキちゃんって誰なんでしょう?
未だに 分らないのです。
おせ〜てくらはい。

知りませんか?さん なんだ夢の話しだったのか。
そういう本があるのかと思いましたよ。

tuyaさん 小学生の頃 コックリさんが流行ったことがあって
放課後にコックリさんで遊んだ日の夕食のことでした。
ご飯をよそって貰った僕の茶碗が テーブルの上をスーとカーブを描いて走りました。
ショックでした。
父親から ご飯で暖められた茶碗の高台の空気が 膨張して滑ったと説明されても
ショックでした。

最近 ある方からのメールに書いてあった話しです。
戦中戦後の混乱期には サンカの人たちに助けられたというような
話しがけっこうあったみたいです。
そんな助けられたことのある家系の人が
盗賊と間違えられていたサンカの人たちの疑いを晴らしたという話を
少し前に聞いたそうです。

tuyaおばちゃん - 2003/04/14(月) 19:26<

>春之助くんへ

>tuyaねえちゃん、あのね僕のPCも時々急にCDドライブがウイーーンって
開くんですよ
  きもちわるーーぃ ですよね

ほんに気持ちわるーいですね。PCつけっぱなしにしてると、何かの加減でなるもんなんでしょうかね?
最近は慣れましたが、初めてのときはぞぞ〜としました。

     ・・・・・桜はもう終わっちゃいましたね。

知りませんか? - 2003/04/14(月) 15:29<

こういう内容なんですが

今まで見たこともないような古い本で、タイトルは「倭と山窩」。戦前の本。
著者は鉄道会社の重役で、新路線開発調査のために山を歩いていたところ、サンカと出会い、
会社の社長がやはりサンカファンで、その重役に社命としてサンカ調査をやらせたという。
白黒写真のグラビアが数ページ。サンカの一家の写真あり。
なぜか、「おサルの電車に乗るサンカ」のキャプションと共に、
サンカの家族が遊園地にあるような電車に乗っている写真も。

という本を見つけた夢を見て、久々に気持ちのいい朝でした。


春之助 - 2003/04/14(月) 01:32<

ミキちゃんこんばんわ

こんばんは、春之助です
ミキちゃん、僕の新しい写真見てくれました
すこし、疲れてたからあんなのになってしまいました
ミキちゃんの新しい写真もよかったら送ってくださいね
ミキちゃんはまだ、写真送れなかったっけ??
お母さんに頼んで送ってもらってよね
お母さん忙しいでしょうが、よろしくね

tuyaねえちゃん、あのね僕のPCも時々急にCDドライブがウイーーンって
開くんですよ
  きもちわるーーぃ ですよね
前に書いておられましたよね
思い出しました

それじゃまた   ミキちゃんよろしくね

こうへい - 2003/04/13(日) 21:35<

コロポックル

ヤゾーさん、面白い体験ですね。
コロポックルは、有名ですね。アイヌ語で・蕗の下の人・の意味だそうですね。
ぼくも、蕗の下に入れる人だから、小さな人・・妖精・・と思っていました。
絵本を見ても、とても小さく描かれてます。
アイヌの人が行き倒れた時、食べ物を運んで助けてくれたそうです。
川のそばで、自由に生きてた人々だそうです。
去年、北海道に行きましたが、向こうは何でも大きくて、2メートルの高さの蕗があります。
身長150センチでも、向こうでは十分「蕗の下の人」になりえます。
本州の人が、「蕗の下の人」と訳したとき、僕と同じ想像をしたのではないでしょうか?
川のそばに住み、困ってる人を助ける人々、普段人目に付かない所にすんでる。
何か、思いあたりませんか?
すべて、ボクの想像です。・・アイヌの長老に聞いてみたいです、ホントのところを。

ヤゾ− - 2003/04/13(日) 19:27<

コロボックルなおじさんたち

みなさん こんばんわ

トンチンカン小僧でも シャキシャキしていれば
名前を変えなくてもいいと思いますよ。

今日 少し遠い山深いところにある温泉へ行ってきましたが
そこでのことです。
60才前後のおじさんが5人揃って入ってきました。
そのおじさんたちは全員とても小柄で 150センチくらいにしか見えませんでした。
それに全員共通した顔だちで むかしの人の顔というか
しいて言えば猿顔をしていました。
そして年齢の割には 純真で素朴な表情をしていました。
温泉に浸かりながら ひょっとしたら このおじさんたちは
最近になるまで隔絶された 山深い村に暮す人たちで
コロボックルといわれた人たちの末裔ではないかと想像したりしました。
なにか不思議な世界にでも迷い込んだような気がして
より一層 温泉が気持ち良くなってきました。
でもコロボックルはアイヌの人たちの伝説で
もっと小さい小人の話しだったような・・・
そんなことを考えていたら おかげでのぼせました。

とんちんかん小僧 - 2003/04/12(土) 01:49<

改名

こうへいさん、すぐにお答えして下さってありがとうございます。僕は、Bはブリティシュ、Sはスピリットと思っていました。判らないままにしておかないでヨカッタなあと思っています。 そーいやもう、小僧じゃなくなっちゃったなあ〜。そろそろ改名することも考えにゃならんですね。

ヤゾ− - 2003/04/11(金) 23:55<

あれは三年前のこと・・・

みなさん こんばんわ

トンチンカン小僧くん もう小僧とは言えない
もうすぐ30知っとるケのケになりましたね。
シャキシャキシャキシャキ もうすぐタケノコの季節です。

こうへいさん BSAの略 流石にお詳しいです。
知りませんでした。
紀伊半島の尾根を走る高野龍神スライライン沿いにも
むかしは栗の大木が沢山生えていたという話しです。
鉄道の枕木にするために 栗の大木が激減したのかも知れません。

バリ師さん 半日歩くということは
帰りにも半日歩くということになります。
つまり現地で野宿覚悟で行かなければなりません。
山奥育ちの釣りバカたちの感覚に
ついてゆくのには根性がいります。

あれは丁度三年前の今頃のことでした。
アオリイカの大きいのが釣れていたので
地元の釣りバカと僕の友達 総勢五人で南紀の地磯へ釣りに行きました。
ところが五人も並んで竿を出せる場所がありませんでした。
そこで地元の釣りバカが 潮が引いていたら渡ることの出来る良い離れ磯があるという提案で
その磯へ難儀しながらも何とか渡って釣りをしました。
せっかく苦労して渡ったわりには ウツボの当りしかなく
夜中の一時ころまで粘って 餌のアジも無くなりました。
二時ころには 再び潮が引くので その時になったら帰ろうと竿を仕舞い
それまで座って話しなどしながら時間を潰していました。
ところが一向に潮が引きません。
向こう岸までは まったくの海状態のままです。
岸までは 優に100メートル以上はありました。
その間 何ケ所か磯が残っているだけでした。
おかしいなぁ〜? なんでだろう?
誰かが 竿袋をゴソゴソして 潮見表を探し出して見てみたら
その日は長潮になっていました。
ということは 夜中の干潮では あまり潮が引かないということです。
昼まで待たないと帰れないということが分かりました。
わちゃぁ〜 長潮とは知らなんだぁ〜 しゃあない 昼まで待つしかない
ということになりましたが 夜中の三時ころになると
とても昼まで待てそうにないということになり
腰までは濡れる覚悟で試しに渡ってみようということになりました。
竿袋からタマの柄を取りだして それで深さの検討をつけて
一人が試しに渡ってみることにしました。
ところが夜中の海ですから なかなか浅いところの検討がつきません。
透明感が結構ありますので 浅いと思っても意外に深かったりします。
それで実験台になった人がいきなり頭まで海に浸かってしまいました。
それを見ていた皆は大笑い状態ですが 笑っている場合ではありません。
仕方がないので 携帯電話や財布類の濡れたら不味いものを集めて
何重にもビニール袋で密閉して 生きアジを入れてきたバケツに仕舞い
皆でフリチンになり 服もビニール袋に入れて
出っ張った磯まで泳いでは ロープを使って濡れてはいけないものを海水に浸けないように
皆で協力しながらリレーして岸まで辿りついたことがありました。
夜中の三時過ぎに まさか泳ぐはめになるとは思いもしませんでしたが
なんとなく ワイワイ言いながら楽しかったです。
でも 二度と夜中には泳ぎたくはありません。
それこそ 焚火でもしてヤキユにでも入りかったです。

こうへい - 2003/04/10(木) 23:43<

ヤキユのルーツ

たびたびスミマセン。
昔、ソーメン洗ったあとのたらいで行水したことがあります。
貝をゆでたあと、誰かがオチョクッテはいったんじゃないでしょうか?
こりゃいいわい・・・これがルーツだとおもうのですが。

遅れましたが、トンちゃん誕生日おめでとう。

アマゴ見たことありますが、高いので食べたことありません。ぼくも山奥へ連れて行ってください。エサはなんですか?ミミズ?飯粒?

バリ師 - 2003/04/10(木) 23:22<

桃源郷

あのうヤゾーさん、いつかそのうち小屋へ遊びにいくことがありましたら、半日歩きますので、「尺アマゴが沢山釣れるところ」へぜひご案内くださいませ。

たんとは要りませぬ。1匹間引くだけでええのです。(涎タラリン↓)

こうへい - 2003/04/10(木) 22:27<

追伸

トンちゃん、こんばんわ。
バーミンガム スモール アームズ の略だったとおもいます。
イギリスのバーミンガムという町の小銃を作っていた会社です。
それが、自転車を作り、バイクに発展したとおもいます。
タンクのマークなどに小銃を3丁交差させた図柄が入っています。

こうへい - 2003/04/10(木) 22:17<

栗の木

縄文の、山内丸山の栗の掘っ建て柱は有名です。縄文の栗の木の栽培の名残でしょうか?

オートバイは自由の象徴と思います。自由に渇望する人が、自然にバイク好きになるのではないでしょうか? ちょっと、オーバー?

ちょっと聞いてくれますか・・・「縄文の生活誌・改訂版」岡村道雄著 講談社 P.134

東京都の北部に縄文中期の大規模な貝塚「中里遺跡」がある。直径1.5メートルの浅い窪地に、薄く粘土を貼って木の皮を敷き、枝で縁取りがある。中には黒く焼けた丸い石と焼けてひび割れた河原石が残され、すぐ脇には、カキ殻の小さな山があった。木の皮を敷いて海水を溜めた窪みに浜辺で焼いた石を投げ込み、石の余熱で海水を沸騰させ、貝をゆでたり蒸した跡だったのである。「浜辺の貝の加工場」であったらしい。・・・とても、うれしいです(^0^)

とんちんかん小僧 - 2003/04/10(木) 22:09<

バースディと誓い新に

バイク好きの皆さんに一つ質問があります。BSAとは、何の略なのでしょうか?とても気になっているのですが、僕には調べようがないので何方か教えて下さい。 朝生、とりあえず一回ざっと見終えました。ちょっとばかり抜けていたようで肝心のサンカについての発言を見つけられなかったので、再度、今晩と早朝に分けて、ゆっくりじっくり見つけたいと思っています。ですから、もうしばらくお待ち下さい。 今日は、誕生日でした。もうあと何年もしないうちに30代か・・。時間をもっと大切にし、シャキシャキと生きていきたい!

ヤゾ− - 2003/04/10(木) 19:38<

野鍛冶と栗の木

みなさん こんばんわ

こうへいさん サーカスのバイクからトライアンフなどの旧車まで
いろんな話しが出てきました。
こうへいさんのバイク好きの影響でしょうか。

tuyaさん それはそれは大変な思いをして免許を取得したんですね。
バイク乗りは どこか仲間意識のような連帯感があるのかも知れません。
クルマにはない 不思議なところです。

△うぶさん 僕も一時期 物凄くMTBが欲しくなったことがあります。
でも これだけ坂道が多いと 下りは楽だけど登ることを考えると 
ついつい億劫になってしまい諦めました。

ナイスタイミングさん 群馬まで買いに行くとは かなり好きなんですね。
群馬は なんとなくバイクやクルマの好きな人が多そうな気がしてました。
田舎道をトコトコと走るのに またイーハトーブという名前がぴったりです。

今日 地元の製材業、木工業の人たちと
あまりにも仕事がなくて 何か新しい商品でも考えて売れるようにしないと
やっていけないなぁ〜という話しをしていました。
そんな話しの中で 話題はいつしか釣りの話しになり
あげくの果は 半日歩く気になれば 今でも尺アマゴが沢山釣れるところがあるという
こりゃ いつまで経っても新しい商品は出来そうもないとう話しになりました。 
清流に棲むアマゴの大きいのが そんなに多いということは
そこは豊かな森のある山ということになります。
なんでも 今でも自然林が多く残っている山なのだそうですが
戦前に 大伐採があった山なのだそうです。
話しをしていた人の 知人の爺さんに聞いた話しなのだそうですが
その爺さんが若い頃 野鍛冶の手伝いをしていたことがあって
その山の伐採の為に 大勢の樵が山に小屋を建てて作業し
同じように 近くに小屋を建てて 樵の使う斧などを打ったり
修理したりしたそうです。
その為の炭焼きも居たそうです。
その山には 栗の大木が沢山生えていて
鉄道を延ばすのに 栗の木で作る枕木が大量に必要な為の
大規模な伐採だったそうです。
なんでも その頃に建った 木材の殆どが栗の木で作られた
分校の校舎もあったそうです。
大きな栗の木の下で・・・という童謡があるくらいですから
むかしは 大きな栗の木が山には沢山生えていたのです。

ナイスタイミング - 2003/04/10(木) 03:49<
ヤゾ−さん
》HONDAのイーハトーブ 確か銀色のタンクのやつでしかた 欲しいなぁ〜

トコトコ走りたいと思い、群馬へ足を伸ばして買いに行きました。
群馬県は、乾燥している気候、ということからか旧車の宝庫と言われたりします。
BMのRシリーズの古いタイプの逸話に「静かなのでエンジンが止まっていると錯覚」
なんてのがありますが(一体誰がそんなウソを(-◇-))、静粛性ではイーハトーブの方が上です。
朝のゴミ収集のおじさん達が「あ、止まってると思ったら・・・静かだねー」と驚いていました。
(カブも静かでいいな、と思います。)

こうへいさん はじめまして。
》ナイスタイミングさんの、眠ってるイーハトーブ 山歩きに良さそうですね。

そうなんです。実家に陸送した時に山にトコトコ行ってみました。
カーブを曲がったらカモシカとバッタリで向こうも驚いてましたが私も驚きました。

サーカスのオートバイの写真・・・風の王国 掲示板をお借りしてアップしました。
(挑戦を受ける、という看板を撮ったつもりでしたが見当たりません。
 自分の思い込みだったかも。)
昭和30年代の花形興業だったのかな、と思います。なかなか見られなくなりました。

△うぶ - 2003/04/10(木) 01:13<

ぞろぞろ出た!

皆んな、乗っていたんですねーー。陸王とかキャブトンとかBMWとかまで出てきた!。
ハスラー125、つい最近まで欲しかったヤツです。今も有るのかなあ?
OFFで400は大きすぎる。紀伊半島では200はベストチョイスでしょ(まだ重いが)。
もっぱら最近はMTB、車に積んでで機動力有るし、バイクで行けないところ
も入り込めるし、環境に優しいので当分はこれ。

tuya@バイク女郎 - 2003/04/09(水) 21:26<

わたしも

乗ってました。。。。CB125とVT250Z

身長が149しかないので、最初は中型の教習を断られました。それで先に小型免許を取り、二輪の運転に十分慣れてから中型免許を取りました。なので中型の教習を受けているときは、まわりのにいちゃん達より運転うまかったです。

でも地面に足がちゃんと届かないので、なんでもない場所でよく立ちゴケしました。停車するときは、お尻をずらさないと届かなかったです。

フェリーに乗ると、メットを持ってる乗客どうしみんな仲良くなり、「ツーリング中に体験したこわい話」などで夜通し盛り上がりました。一人が「岡山の国道●号のあの場所で・・・」なんて言うと、別のにいちゃんが「そーそーそー!あそこヤバイんだ〜」などと相槌打つのが面白かったです。朝港に着いてから、波止場に全員のバイクを並べ、ライダーたちがその前にずらっと並んで、記念写真を撮ったこともあります。

こうへい - 2003/04/09(水) 20:56<

バイク好き

こんばんわ。
バイク好きの人が多くて驚きました。 嬉しいですねー。
ナイスタイミングさんの、眠ってるイーハトーブ 山歩きに良さそうですね。
眠らせとくの勿体ないですね。
ここで、狙われそうですね(^0^)
サーカスのオートバイの写真 待ちどおしいです。

凍河と、歴史民俗学闇と漂白の・・を、古書ネットで注文しました。
ここに来てから、急に本を買い出しましたね。

ヤゾ− - 2003/04/09(水) 20:18<

バイク野郎がいっぱい

みなさん こんばんわ

トンチンカン小僧くん ビデオのチェックと
書き起こし 早くお願いしますよ。

ヤナさん おっちゃんの話し 待ってました。
トビ自体 サーカスに近いものもありますが
裏方の仕事をしていたんですね。
大阪人は はんぱな話しにはお金は出さないけど
つまみくらいという話しは笑いました。

△うぶさん 五木寛之さんの小説「凍河」の主人公が乗っていたのが
そのBSAの短気筒だったと思います。
W1のドッドッドッにも憧れましたが
おなじバーチカルツインでも 乾いた音のXSが好きでした。
理由は 近所のおにいさんが乗っていたからという単純なものです。

Orikabeさん ハスラーに乗っていたんですか。
僕たちの間でも人気のあった懐かしいバイクです。
友達が見栄を張って 免許を取って直ぐにハスラー400の中古を買い 強烈なケッチンを喰らい
しばらくしてからハスラーの125に買い換えたという笑い話しがありました。
スズキのウルフ あの格好を今見たら なかなか欲しくなります。

こうへいさん 随分むかしのCMで
マックイーンが確かHONDAのエルシノア?か何かのオフロードバイクに乗って
ウイリーするシーンがあった気がします。
物凄くウイリーに憧れて 真似して何回転けたことか。
それにしても 陸王まで持っていたとは凄いです。

ナイスタイミングさん BMWまで乗っていたなんて
これまたかなりのバイク野郎だったんですね。
僕も最後に乗ったのが250のTT-Rというオフロードで
バイクから離れてからの期間も同じくらいです。
HONDAのイーハトーブ 確か銀色のタンクのやつでしかた 欲しいなぁ〜

それにしても みなさんバイクに詳しくて驚きました。
乗り物の中でバイクが一番楽しいというか
魂を解放してくれるような自由な感じが忘れられません。
もうかっとびバイクは欲しいとは思いませんが
鼓動感を楽しみながら田舎道を走る旧車か
クルマの入ってゆけないような山村や漁村を回るのに
4スト単気筒の200CCくらいのオフロードが欲しいです。
最後に乗ったオフロードバイクでは 紀伊半島の林道を殆ど走りましたが
ヘルメットをぬいで 渓流沿いの林道を 
景色や風を感じてゆっくりと走ったのが忘れられません。

ナイスタイミング - 2003/04/09(水) 13:40<

すいません(^^;)

この前、書店に行ったら小学館のマンガで
My Favorite BIKE オートバイ青春短編集1(山口かつみ)というのが
あったのでパラパラめくっていたら、カブ、懐かし愛車RZ50などを題材にしていたので
買ってしまいました。

RZ50から始まりVT、FZとかBMWなどのオンロード、HONDAの250オフロードなど
複数台を楽しみました。(今から思い出せばあれはバブルと言われる時期・・・・)
父から「もういいんじゃないかな、バイクは」とやんわりと言われたことと、転職で
当面の維持費を確保する見込みが無かったので、バイクから離れて10年経ちました。

今は、実家にHONDAのイーハトーブ(おむすびマフラー)が眠っているだけです。

去年、あるところの桜祭りでサーカスのオートバイが置いてあるのを見ました。
(オートバイに乗ってぐるぐる回る「挑戦者」を募集する、という立て看板付き)
写真が見つかったら画像をアップしたいと思います。

こうへい - 2003/04/09(水) 09:30<

失恋とオートバイ

おはようございます。
昔、失恋するたびにオートバイが一台ずつ増えました。キャブトン、トライアンフ、陸王、DT−1,バイアルスと、5台あった時もあります。
オートバイのおかげで変な方向に行かなかったと言う、ある種恩のようなものを感じています。
マックイーンが死んだとき、ジムニーに一面写真を貼って町中を走り回って、丘の上で夕日見ながら、トモダチと二人で追悼しました。
カミサンのおやじさんが倒れる前の晩、おやじさんに「そろそろ単車やめたら」といわれました。
亡くなって、しばらくしてアイロンがけしてたカミサンが、今オトーちゃん来たっていうんです。線香の臭いした・・・。服に臭いがついてるんやろ・・と思いました。
天気の良い日、XS−650で龍神にでかけたんですが、途中タバコ休憩して、さあ行こうと思ったとき、思い切り線香の臭いがしました。瞬間でしたが、はっきりそれと分かりました。
おやっさん来たんか・・おもいました。
すいません、オートバイのサイトじゃないのに。

ya(・ε^)na さん、サーカスの女の人は、身体を柔らかくするのに毎日「酢」を飲んでると良く聞かされました。アホな質問であれなんですけど、子供の時からどーもひっかかってます。
よかったら、聞いてもらえませんか?わらわれそうですけど。

Orikabe - 2003/04/09(水) 07:27<

BSA

BSAは乗ったことないんですけど、オフ車も魅力的です。
あと、RICKMANというメーカーのもいいですね。ビンテージも
いいですね。BSAの4スト・モトクロッサーにはマイコ製の
バナナ型スイングアームをつけているモデルがありましたか。
ヤマハのXT改HL500が脚光を浴びてから出たモデルです。

すんません、話が脱線しました。

Orikabe - 2003/04/09(水) 05:27<

旧車

おはようございます。横から失礼します。

△うぶさん
>僕は金欠でしたのでSUZUKIの骨董品でした。

昔、’75年型のハスラーTS90(グリーンメタのタンク)を乗り回してい
ました。レストア用に'74年型125も所有していました。
TS90は、前オーナーが倉庫保管していたらしく程度が良くて、磨いた
ら新車のように綺麗に輝いていました。
この辺りの125と250と400に乗ってみたいです。(185ccもありました
っけ)まれに見かけるのですが・・・

'60年代のウルフ125(2気筒 2スト)が近所に転がっていましたが、
レストアに苦労しそうだったので、結局断念しました。長年雨ざらし
だったようなので、いまの私の境遇ではじっくりレストア・・はちと
きついです。

△うぶ - 2003/04/09(水) 00:27<

ドツ ドツ ドツ やぞー

昔、友達がKAWASAKIのW1SAに乗っていました、英国のBSAがルーツだと
言っていました、OHVツインで独特の音で、面白かった。トライアンフはもう少し高速側
指向でしょう、でもやはりOHVツインだったと記憶しています。
僕は金欠でしたのでSUZUKIの骨董品でした。
OFFローダーの125か、90か、75で山中を走りたい気持ちは今でも有ります、
現在はエコ志向でMTBの1ps!です。

ya(・ε^)na - 2003/04/09(水) 00:07<

いらっしゃい!!

久ぶりに、きはりました・・
 おっちゃん、まいど!!ありゃりゃ・・きょうは酔うてはりますね・・はっはは
「なあ!!おっちゃん」「おっちゃんは、どこのサーカスやったん??」
「シバタや!へへっへ」「そこでなにしとったん??」
「わしかぁ、わしは、サーカストビや!!」
「なんなんそれ」、「トビや!!トビ知らんのんかぁ!!」
 「今は、クレーン使うけど、むかしは一抱えもある柱人力で立ててたんやで!」・・「テントのや!ほんまたいへんやってんで!」・・「わしら、ほんまに高いとこ平気やってんで!!」「昔の知り合い、
いまでも東京タワーの天辺のタマかえてるんやで」「もうエエ年やけど、その人の変わりいてへんのんとちゃうか?」なんてはなしてました・・
「おもろい話やなぁ、またきかしてや」ってゆうたら・・
  このさきは、有料や!!やてぇ・・
おいおい、ちょっとあまいことゆうたらこれかい・・
   そやから・・あかんねんよ・・

     はっははは・・もっと・ロハで話し聞いたる!!
       大阪人、はんぱな話に酒も金もだしませんよう!!っはっはははは

 今度なに聞いたろかいねぇ・・おっちゃん、またおいでや!!
  しゃあないから、つまみくらい・・おごったるわ・・はっはは

  ほなまた・・

とんちんかん小僧 - 2003/04/08(火) 22:47<
昨日、ヤゾーさんから例のテープ渡されました。明日、夜中見て調べてみます。誰が《サンカ》発言したのでしょうね。楽しみです。今、ヤゾーさんの投稿にもありました「凍河」を熟読しています。ただ、やはりバイク歴0年なので、それについての描写が毎度のごとく読みとれないのが残念だなあ。

ヤゾ− - 2003/04/08(火) 20:34<

春の嵐

みなさん こんばんわ

こうへいさん ありがとうございます。
そちらの方へ行ったときには また寄らせていただきます。

今日の春の嵐は凄かったです。
午前中は台風のような強風で
午後からは蒸し暑いと思っていたら
大地を揺るがすような雷が鳴り響きました。
まるで天が人類の愚かさを嘆いているかのようでした。

こうへい - 2003/04/08(火) 00:32<

車検

ヤゾーさん、またいつでもどうぞ。
石器が売れてお金持ちになったら車検取りますよ(^0^)
熊野を走りましょう。

ヤゾ− - 2003/04/07(月) 23:08<

バイク小僧に戻った一日

みなさん こんばんわ

こうへいさん 今日はどうもありがとうございました。
15年かかってレストアしたトライアンフに乗られていただき
バイク小僧の血が騒ぎ感動いたしました。

△うぶさん 二三日中にどういう流れでの発言だったのか分ると思います。

少年の頃 憧れのバイクであったペケSこと ヤマハXS650を見せていただき
その上 XS650のルーツである 
バーチカルツインエンジンを積む 英国の名車トライアンフに少しだけですが
乗ることができて とても幸せな気分を味わいました。
五木寛之さんの小説に「凍河」というのがあって
主人公の精神科医が 英国の古いオートバイにこだわりを持って乗るということろが好きで
いつか英国の古いバイクに乗ってみたいと思っていました。
鼓動感と加速感がたまらんのです。

△うぶ - 2003/04/06(日) 23:45<
ya(・ε^)na さん
許容範囲は広いほうです!博愛と言うんでしょうか?。残りの寿命を考えると、くすぶっては
いられない。
「○○は爆発だー、、、」、完全燃焼してから地獄へ行きます。どんどん焚き付けて下さい。

「朝までTV」の事後調査期待してます。見てなかったけど、なんだったんでしょうね?俵さん。

こうへい - 2003/04/06(日) 21:40<

帰り道

ヤゾーさん、トンちゃんちの帰りに寄って下さい。
今日、一日かかって赤いトライアンフのエンジンかかりました。
もっとも、明日もかかる保証ありませんけど (^0^)

トンちゃん、ご苦労様です。

ヤゾー - 2003/04/06(日) 20:55<

課題とは

みなさん こんばんわ

巡礼渡り鳥さん やはりそういう血筋の方というのは
身のこなしとかに光るものがあるのかも知れませんね。

△うぶさん やっぱりでしたね。

蜜柑さん 少しチェックしましたが
流石に5時間もあると途中で諦めました。
明日にでも トンチンカン小僧に手渡します。

トンチンカン小僧くん 明日持って行きますので
しっかりチェックして下さい。

こうへいさん せっかくいらしたのに 
留守しててすみません。
戒厳令の夜も面白かったですか。

あおきさん こちらでも寒かったですよ。
今日は天気がよくて 花見などしてきましたが
日が暮れると やはり寒かったです。

ヤナさんも今日は花見ですか。
どこも人が一杯で凄かったでしょうね。
最近の花見は 七輪など持ってきて
焼き肉や焼き鳥をするのが流行っているみたいでした。
僕は犬のように クンクンしてました。

蜜柑さんの言う課題とは・・・
ことの始まりは 正月の朝生テレビで
サンカという言葉が出てきたという話しを知人から聞いて
蜜柑さんに ほんとうですかとメールしたところ
担当の方がそのことを覚えていて
サンカ?蜜柑さんの世界じゃないかと思ったそうです。
そこで 何処でどのような流れでサンカという言葉が出てきたのか
5時間余りもあるビデオをチェックするのは大変なので
この前の罰としてトンチンカン小僧にチェックさせようという
蜜柑さんの思いやりのある提案なのです。

ya(・ε^)na - 2003/04/06(日) 00:06<

この・・浮気ものぅ!!

△うぶさん・・あなたのこのみは・・
  白タイツのサーカスのお姉さんやったんですね!!・・わたしは、白塗りのヒポポタマス
  の雪沙織やとおもてたのになぁ?・・へっへへへ残念ですぅ

バリ師さん、やっぱり、あなたもわたしも・・ゴキブリでしょうぅ
  磯や川原はいずりまわってますもんね・・けけけ

あしたは、みんなでお花見・・どこにいこかいねえ
   うすずみ桜・・それとも八坂さんもええかなぁ

       デジカメもっていってきますよん
        ほなまた・・ベーークション・・ズズ
           まだ、花粉症終わらんのんかいねぇ

             ズズズズズzz・・ブーーーーン

              おやすみやす

こうへい - 2003/04/06(日) 00:05<

追伸

花見は、小雨の中移動中の車中からでした。
河童の写真せっかく撮ったので、風・・掲示板にアップしました。

あおき - 2003/04/05(土) 19:57<

さぶー

 東京は冷たい雨で5度 花見なんかできましぇーん
鼻水が止まりましぇ−ん 

こうへい - 2003/04/05(土) 18:44<

熊野行き

桜満開の中、熊野へ。「ひすいの湯」に行きました。アトピーに効く湯です。
帰り、このまえヨモギ餅買った所に寄ったら、おっちゃんの代わりに見覚えのあるカッパがいました。おお、こんなところに・・思わずデジカメで撮ってしまいました。
朝4時まで、・戒厳令の夜・読んでいたので、帰りの眠むたかったこと。
となりで、カミサンが気持ちよく寝てたので尚更でした。
でも、桜きれいでした。得した気分です。

とんちんかん小僧 - 2003/04/05(土) 12:49<

皆さん、ご無沙汰していました。

蜜柑さん、まだ手元に課題ありませんが、なるべく早めに仕上げて披露したいと思っていますので期待して待っていて下さい。 最近は、サーカスにクモ&ゴキの話ですか・・。僕も小僧の頃、よく見に行ったなあ。あまり記憶にないですけど、勝手にテントの中に忍び込んだことがありました。クモ&ゴキは文字に表すのでさえ、嫌な奴らです。僕も大嫌いです。皆さんのいろいろな撃退方法を読んでいて面白かったです。僕の場合は、なるべく彼らを刺激しないよう窓や下水管や隅に追い込んで逃がすか殺虫剤で止めを刺してます。クモ戦は、後日書きます。

蜜柑 - 2003/04/05(土) 03:48<

期待してください

現在、トンチンカンに大変な課題を出しております。
まもなく、掲示板にUPされるであろう。
もちろんサンカ話。

△うぶ - 2003/04/05(土) 01:18<

ヤゾーさん

ワツ!、なんで知ってるの?

巡礼渡り鳥 - 2003/04/04(金) 14:32<
http://www.sanyo.oni.co.jp/kikaku/2002/yume-tento/tento0104.html
に矢野サーカスのことがあります。

ヤゾーさま
 蜘蛛った体験でしたね。
 御庭番の子孫様は居酒屋でトイレに行ってから出てくるのが素早いと言われるところが血を引いているんでしょうかとおっしゃっていました。

ヤゾ− - 2003/04/04(金) 13:39<

雨の中の桜

みなさん こんにりわ

ヤナさん 面白いなぁ〜
そういう文章を書かせたら天下一品です。

バリ師さんも蜘蛛が苦手でしたか。
なんでも徳川家康も苦手だったそうです。

△うぶさんの好みが分りました。
目鼻立ちがはっきりした白タイツのアクロバットお姐さんでしょ!

こうへいさん 随分と昔 友達のアパートに出没するゴキブリを
ガスガンで狙って遊んだことがありました。
ゴキブリに当たるより 跳弾に当たる方が多かったです。

朝からシトシト雨模様。
山小屋の前の桜も八分咲。
雨の中の桜も風情があっていいもんです。
これから雨の中を出掛けなければなりません。
しばらく山小屋を留守にしますが
外出先から投稿は続けます。

こうへい - 2003/04/04(金) 09:41<

P・38 WALTHER

パーちゃん、クモやー 娘がとんできます。パーちゃんゴキブリー。
あわてて、我が家で唯一の飛び道具捜します。
狭いトイレは、跳弾を喰らう。BB弾でも顔に当たるとなかなか痛い。
ゴキブリは初め一発でバラバラになったのに、最近なかなか。
蜘蛛は手のひら大でもそうでもないけど、ゴキブリは、前にいっぺん飛んできて顔にたかられた。
グワーと叫んでしまいました。
ヤナさん、ワンカップのおっちゃん気長に待って下さい。楽しみにしてます。

△うぶ - 2003/04/04(金) 04:16<

蜘蛛は平気です

蜘蛛は平気ですが
毛虫、芋虫、幼虫が苦手です、「どこが目やら鼻やら判らん、、、、、、ハッキリせえ!」

巡礼渡り鳥さん
矢野は名古屋以西に多い姓みたいですね。各サーカス団の発生地は興味有る一件です。
(調べてみるかな?)

バリ師 - 2003/04/04(金) 01:22<

足八本の不気味な奴

あのうボクも蜘蛛が大の苦手ですう・・・。ヤゾーさんに握手!

多分、前世が蝶々やったんかな?と思とりましたが、えっ、ゴキブリでっしゃろか、ヤナさん。

ya(・ε^)na - 2003/04/04(金) 01:07<

おおおい!!・・おっちゃん?

こうへいさん、あきませんねぇ・・
 てぐすね曳いて、待ってるのに・・
  来はりませんねぇ・・おおおおーーぃ
   おっちゃん・・はよこんかいなぁ!!

ヤゾー、家蜘蛛とちゃいまうかいねえ・・うちにいとったんは手のひらくらいおましたよん
 おまけに、お腹のとこに白ぃろい円盤見たいなん付けてました
蜘蛛の目じっくりみたことおますかぁ・・くうろいまなこに、白い点々!!
  毛深い身体で、きもちわる^^ぅ
 「どりゃーーーぁ」おもくそ、箒でたたいたりました!!
げーーーぇ・・ピョンピョンこっちに向かってきよりました・・
 「どひゃーーーぁ」・・「エエエエィ」箒で第二波攻撃・・
   ダダダダッダ・・どや!!参ったか!!んんんん
  足をちじめて、うごかへんとおもたら・・んんんんんん
なんや白い円盤からなんや、モゾモゾ・・「うひゃーーーぁぁぁぁぁl」
  蜘蛛の子供がいいいいいいいいパイ・・飛び出してきた
蜘蛛の子散らすとわ、うまいことゆうたなぁ
  うわーーーぁ・・こっちくんなぁぁぁぁ
        
    ああこわかった・・みなさん、家蜘蛛はゴキブリ食べるそうです
       仲良くしましょうね・・

ヤゾ− - 2003/04/03(木) 19:30<

蜘蛛

みなさん こんばんわ

僕は蜘蛛が嫌いです。嫌いというレベルのものではないのかも知れません。
大きな蜘蛛を見ると背筋がゾ〜として鳥肌がたちます。
サンカ言葉では 蜘蛛は悪い意味で使われているそうですが
あんな気色の悪いものはありません。
今朝 トイレに入り便器に座って気張りかけたところ
斜後方に何か不吉なものが動く気配がして目をやると
直径10センチくらいもある でっかい蜘蛛が這っていました。
せっかく出かかったウンコも引っ込み 吐き気すらもよおすくらい嫌な瞬間でした。
なんで便器に座る前に気付かなかったのだろうかと深刻に悔やみました。
朝のクモは縁起が良いという話しもありますが
ただただ 蜘蛛が動かないで 近くに来ないことを願うばかりでした。
△うぶさん きたない話しで、、、(スミマセン)

NONさん 良い友達がいるということは やはり人徳だと思います。
友達というのは 大きな財産ですね。

巡礼渡り鳥さん こんばんわ
御庭番の末裔は 身軽さや武道に興味があったり
やはりどこか違うものがありましたでしょうか。

巡礼渡り鳥 - 2003/04/03(木) 15:58<
矢野は確か丸亀出身のサーカスだったと思う。

最近先祖が御庭番だという人にあった。

△うぶ - 2003/04/03(木) 00:06<

お好みは?

「こんなに有る」と言うよりも、、、「終了してしまったのも含めて、殆ど全て」と言うべき
でした。オートバイが人気みたいですけど、、、僕はアクロバットやブランコのお姐さんの
白タイツの股間が気になりました、、、、、、、、、、、、、(スミマセン)。

NON - 2003/04/02(水) 23:09<
人徳ではないのです。友徳なのです。15年前に東京から来て農業をはじめた人と3年前にその彼女をとおして知り合いました。おだやかないい人です。たちまちよい遊び友達になりました。そして彼が村の人達の信頼を得るまでに経験した大変な努力を踏み台に私は家を手にすることになりました。このことを私は一生忘れないで生きようと思います。

ヤゾー - 2003/04/02(水) 20:56<

ダンプは凄い!

みなさん こんばんわ

こうへいさんもサーカスのオートバイ乗りが好きだったんですね。
それで今でもバイクに乗っているんですね。
赤いトライアンフ 見てみたいです。

△うぶさん そんなにサーカスがあったなんて始めて知りました。
木暮と聞くと 大好きだったドラマ「傷だらけの天使」の
ショーケンの役名 木暮修を思い出します。

ヤナさん 少し古い「フーテンの寅さん」で
サーカスの一団と知り合うという話しがあって
その中にオートバイのショーの場面があった気がします。

NONさん それは良かった! 人徳の賜物だと思います。
これからが大変だと思いますが素敵な家にして下さい。
リホーム楽しみにしています。

夕食を食べ始めたころに携帯電話が鳴り 
クルマが側溝に脱輪したので助けにきてくれ!と地元で一番親しい人に言われ
食べるのを途中で止めて現場へ走りました。
現場に着くと その側溝は思ったより深くて 落ちた軽トラックは大きく傾いていました。
あまりに傾いていたので 思わず笑ってしまいました。
僕のクルマは四輪駆動なので 引っ張れば側溝から出れると思ったのですが
いくら引っ張っても ガリガリとクルマの下を擦るばかりで無理でした。
そこで その人は木工所を営んでいるので 溝に落ちたのが工場に近くということもあり
フォークリフトを持ってきて 持ち上げたらなんとかなるのではないかと
二人で奮闘しましたが 難儀なことに フォークリフトも側溝に脱輪させてしまい
あちゃ〜 ということになりました。
え〜い しゃ〜ない ツレ(友達)にダンプに乗ってるのがいるので来て貰うと
電話したら10分ほどでダンプがやってきて
強引に引っ張り出すことができました。
フォークリフトは2,5トンもあるのですが
ダンプの威力は凄い!と関心しました。
それにしても ダンプの人も食事中だったそうですが
田舎の人たちの助け合い精神というのには関心します。
でも やはりダンプの威力の方が関心しました。
みなさん 慣れた道でも よそ見運転には気をつけましょう。

NON - 2003/04/02(水) 17:46<
え〜っどうして判るの?暇人って,ヒマ人のことと?ちがうのかな。

皆さんすごいお話です。10キロほど離れた家をもらえるのです。来週引っ越しします。今の家は長年の放置家屋で雨漏りがはげしく,日当たりの悪い家で,2年間暮らしてきたのですが,人づてに聞いて心配してくれていたのです。

お年寄り夫婦が町の息子の家に住むことになったのです。建物が80坪ほどある築50年の家です。homepage書き直さないと。おじいさんとおばあさんが時々畑の仕事の帰りに使いますが,あとは死ぬまで好きに使っていいのです。ヨーガの会もできます。(←無料じゃあ)
田んぼや畑のシーズンがはじまるので,とりあえず,ベッド手荷物だけで引っ越して,生活を優先させます。暇になったら少しずつ変身の写真をアップするかも。家は楽しく,清潔に。どこまでも自分の好みに変身させたい私です。

ya(・ε^)na - 2003/04/02(水) 09:49<

れれれ

△うぶさん、こんなにようさんありますのん??
へぇ 驚きや!確認しときますわ
 暇人だと自覚されましたか・・ええこっちゃ!
  いそがしい人では、ここまで・・・・
   ヤゾーのゆうてる、オートバイショーが見れるのは??
  

△うぶ - 2003/04/02(水) 03:25<

暇人だと自覚しました

矢野、山田、益井、大竹、柿岡、有田洋行、木下、
シバタ、キグレ(木暮?)、ゴールド、赤林、日本、原田、
カキヌマ、金丸、国際、田村、田部井、菅野、オリエンタル、
山根、井原、三好、池野

こうへい - 2003/04/01(火) 12:03<

サーカス

やなぎむしさん こんにちわ

サーカス、小さい頃、うちの近くにも来ました。
ヤゾーさんと同じで、球体の金網の中を回るオートバイが好きでした。
綱渡りの、おねーさんも印象的でした。
小さな女の子の身体がとても柔らかくて、誰かが「毎日酢を飲んでるんやで」と言っていました。
帰ってから、酢を飲んでえらい目にあいました。
おっちゃんの話、楽しみにしてます。

ヤゾー - 2003/04/01(火) 10:30<

サーカスの夜

みなさん こんにちわ

ヤナさん サーカスと言えば 幼稚園くらいの時に
隣の町にサーカスがやってきて 連れていってもらったことがありました。
そのときの思い出が 今でも強い印象として残っています。
像やライオンもいない 小さなサーカスだったような気がします。
空中ブランコや綱渡り 丸いオリの中をクルクル走り回るオートバイがありました。
連れていってもらったのが夜で  テントの中は薄暗く それでいて華やかさがあり
日常とは違う 別の世界に入ったという感じが強くして 少し興奮気味だったようです。
今から思うと 手の届くとろこにあった 違う世界だったのかも知れません。
特に オリの中をクルクルと走り回るオートバイに乗っていたお兄さんに
強く憧れたようで しばらくは 将来 サーカスのオートバイ乗りになるんだと言っていたそうです。
それからは 親が子供に叱るときの定番のセリフ 
「悪いことをしたら サーカスに連れていってもらう」が通用しなくなったそうです。
オートバイの方は きっちりと中学生のころから乗り回して親に大迷惑をかけました。
当時 サーカスのテントが大きく テントのあった空地がひとつの世界のように感じたのですが
少年になり そのサーカスが来ていた空地を探して行ってみたら
なんだ こんなに狭いところだったのかと 
思い出が小さくなったような気がして寂しく思ったことがありました。
小さなサーカスでも 子供心には大きな世界に映った サーカスの夜の思い出でした。
そんなサーカスの中に そのおじさんも居たのかも知れません。

やなぎむし - 2003/04/01(火) 00:55<

酒飲みの、おっちゃん!!

面白い話・・です

  何年も前から、うちでカップ酒買うて帰るおっちゃんと話しましたんや・・
いつも、ヘラヘラ笑ってる・・
 そのおっちゃんは、名古屋生まれ・・
   少年のころ、人を殺めてしまい、少年院へ・・
    就ける仕事もなく、暴力団へ・・
その後、暴力団狩りで、また刑務所へ・・
 こんなことしてたらあかん、と旅のサーカス一座へ・・
   その後、西日本をまわったんやてぇ・・(40年以上も前の話)

よく話で、子供がいたずらしたら、サーカスに売り飛ばす話がおますやろ・
  そんなことは絶対にない、それどころか・・住民票もない、そんな人も大事にしてくれたんやで・・・
   そんなはなしして・・カップ酒くーーーっっと呑んで帰って行きました

  おっちゃん、符牒なんかなかったんかいねぇ・・
    あったよ!!・・ほんまかいな・・
           今度また話してや・・って・

     わかれました・・

      こんどまた・・聞いときますよ・・



   聞きたい人??・・いてますか??

       ヤンは、聞きたいからまた聞いときます・・
                へっへへへへへ

                        ほなまた

ヤゾ− - 2003/03/31(月) 21:16<

坊主はカッパ?

みなさん こんばんわ

ヤナさん ドクソ坊主でしたか
それは残念でした アハハハ

バリ師さん 人の坊主の話しは 妙に楽しかったりするあたりが
釣り人の性でしょうか?

知人に 坊主(何も釣れなかったこと)のことを
なぜかカッパと言う人がいます。

バリ師 - 2003/03/31(月) 00:05<

NEXT!

「釣れなかった釣り人を慰める言葉は聖書にも記されていない」とか・・・。

やなぎむし - 2003/03/30(日) 18:53<

こんばんわ

ヤゾー・こんばんわ!!シャレですか!!!
  田辺の磯・・五右衛門で釣ってたんですよね
   土左衛門ですかはははは・・おまけにドクソ坊主でした・・
  

んんんんんんんんんんんん・・・さびしーーーぃ!!

ヤゾ− - 2003/03/30(日) 13:50<

散策

みなさん こんにちわ

こうへいさん 風の王国掲示板の自作石器ナイフを見せていただきました。
素晴らしいです。是非 石器でウメガイを作って下さい。
確か 炭窯は石を積んでから 赤土粘土を塗り込んで造るような気がします。
前にお尋ねの 最新の歴史民俗学をサンカ関連リストに追加しました。
出版元の批評社へリンクを貼っていますので そこからお求め下さい。

http://www.kumanolife.com/History/list.html

ナイスタイミングさん 北区に音無川があるんですね。
紀州と江戸に 多くの知名相似があることは 何かの本で読んだことがあります。
熊野は 関西より関東の聖地だという話しもあるみたいですね。
@むかし懐かしい風景を求めて あちこち散策するのですが
こちら熊野でも そういう風景がめっきり少なくなりました。

ヤナさん チヌとアオリイカが調子いいみたいです。
でも うねりがあるみたいなので
土左衛門にならないように気を付けて下さい。
と書いたところで釣りの最中ですね。
良い釣果をお祈りしています。

昨夜 送られてきてそのままにしてあった野史研究を読みました。
これがとても面白くて良かったです。
特に 「父としての八切止夫」を読んで 胸が熱くなりました。

これから何か面白いものがないか散策してきます。

こうへい - 2003/03/29(土) 23:05<

石器ナイフの写真アップさせて頂きました

みなさん こんばんわ

風の王国掲示板へ、自作の石器ナイフの写真アップさせて頂きました。
初めて人前にだすので、緊張しました。
マイナーな世界です。
ヤゾーさん、ありがとうございました。

やなぎむし - 2003/03/29(土) 21:18<

春や!!春やでぇ!!2

さあて・・チヌのノッコミや!!
  田辺にまた行きますよ!
   今度こそ大きいのん釣りますよう・・釣れたらUPします



  きょうTVの黄金伝説で、ごみ屋敷の家主さんの行動見てたら・・んんんん

なんや、においますよう・・何の目的もなく歩く家主さん・42Kno道程を7時間休むことなく
 ただ歩くそのスピードが、時速6Kとゆうのは・・速すぎる!!
   
     なんや・・感じますねぇ

ナイスタイミング <http://www.netcity.kita.tokyo.jp/kitsune/oujimeisyo.htm> - 2003/03/29(土) 17:10<

王子権現

昨日は神田に所要で行ったのですが、古書店に立ち寄る余裕が無くなり
三角本の所在を探ることが出来ませんでした。誠に失礼。

今日は東京都北区王子に所要が有り、帰途、飛鳥山と王子権現を少々
散策できました。飛鳥山では桜が咲いていて、低気温と曇り空にも
拘わらず、早くも花見客の宴会が随所に。

豊島氏が熊野権現を勧請した事に始まる王子権現の下には、熊野に
流れる音無川と同名の音無川がありますが、こちらでも気の早い
花見客が盛り上がっていました。

@那智勝浦の写真に家人が感激しております。
 〔私は郵便ポストの写真をみて幸せな思いに。)

こうへい - 2003/03/29(土) 00:18<

山の中の石垣

今日、早速デジカメ持って、山に行きました。
石垣と小型石室撮りました。石垣は、林の中だけでなく、道のそばや至る所にあるのに気付きました。付いてたメモリー小さくて、せっかく撮った花消してしまいました。
若葉がどの木にも付いていました。先週付いてなかったのに、いっきです。
藪椿一杯落ちていました。椿の落ちてるの、とてもすきです。
このルート歩いてる、古本屋さんに石垣のこと聞きに行きました。誰も、調査してないそうです。
小型石室、今度スコップで掘ってみようと思ってたら、彼がすでにやったそうです。ちょっとだけ。緑泥片岩を四方に積んで長方形。1.5mx5mくらい。同じ所歩くと、考えること同じなんやなー。同じルート3人は歩いてるそうです。
ヤゾーさん、炭焼きの窯は、中は石を積んでるんですか?
カキコミ多くてすみません。

ヤゾー <http://www.kumanolife.com/Topics/3..28.html> - 2003/03/28(金) 20:45<

那智勝浦の写真をアップしました

みなさん こんばんわ

ナイスタイミングさん 何本かナイフを造りましたが
そんなには詳しくはありません。
東京に居たころに ガラクタ屋で買った古いナタがありますが
これがなかなか使いやすくて良く切れたりします。
ナイスタイミングさんは目が利きそうですから
古道具屋などを回れば 良い刃物が手に入りそうですね。

こうへいさん デジカメ買ったんですね。
200万画素 3倍ズームで上等だと思います。
少し前まで 150万画素 単焦点レンズのを使ってましたが
ホームページで使うのに丁度よい感じでした。
自作の石器の写真をアップして下さい。

この間行ってきた那智勝浦の写真を熊野ライフ通信へアップしています。

こうへい - 2003/03/28(金) 13:29<

追伸

ヤゾーさん、ヤマタイカ5巻読んで(?)しまいました。続きまた貸してください。
カミサンが「風の王国」読み始めました。影響受けたみたいですうー。
ネットで、「戒厳令の夜」の古書注文しました。ビンボーな中デジカメ買いました。
キャノンの3倍ズーム付き、200万画素、新製品。今度、山の石垣撮ってきます。

こうへい - 2003/03/28(金) 13:07<

後期旧石器時代

後期旧石器時代(3万5千年前〜1万3千年前)遊動生活をしながら、石蒸し料理をしたらしい。
石蒸しだから、焼け石を水に放り込むのとは、違うのかなー?

沖縄には、この時代の遺跡は見つかっていません。
でも、海底の石の構造物の遺跡は水深60メートル位だから、最寒冷期には海抜40メートルに建っていたことになりますね。出来たのは、この時代しか僕には考えられません。地殻変動を別にすれば。
最寒冷期が千年単位か万年単位続いたのか知りませんけど。
石器時代にクサビを使って巨岩を割っていますね。
ネイティブニッポンですか?沖縄かアイヌの神話に、そのことは言われてないんでしょうか?
でも、現在の沖縄の地上にも同じものがあっても良さそうですけど。なぜないんでしょう?

ナイスタイミング - 2003/03/28(金) 09:45<

東京で桜が咲きました

ヤゾーさん、こんにちは。
ナイフについては、ウメガイを自作されるヤゾーさんの足下にも及びません。
私の父のナタは鞘にも年期が入っていて、本当に使いやすそうです。



ミスター蜜柑さん、こんにちは。
(すると蜜柑さんはミスターさんとミズさんがいらっしゃるのですな)
びっくりまーくまで加えて頂いた日には、これは探さなければ、とやってみましたが・・・・

国会図書館、東大、東京都各自治体図書館、神奈川、大阪、石川、福井、愛知、岐阜等々
蔵書検索してみましたが、いずれも「該当するデータはありません」でした。(T◇T)
が、私が探せないだけかもしれません。
蔵書としてお持ちの方にご交渉という手も有るかと思いますが・・・・・・

下記サイトから色々と検索してみました。ご参考まで。
http://www.bukkyo-u.ac.jp/lib/link.html
http://www.jla.or.jp/link/public.html

今日は昼から神田古書店街方面に行く用事があるので、いくつか書店を覗いてみようと思います。

ミスター蜜柑 - 2003/03/28(金) 04:43<

ナイスさんお願い!

大阪府立図書館のHPの検索結果、よくよく見たら、例の本「修理中」!
どこか、他の図書館に無いですか?「山窩奇談 親分と女房」

とんちんかん小僧 - 2003/03/28(金) 00:06<

南海なんば古書センターにて

春之助くん、えらいコワイ話やわぁ〜。ちょびひげのちゃびんが、皮を剥いで食べちゃったのかも・・エゲツないけど生活のためだしなあ。複雑ですね。 今日、南海なんば古書センターで、八切止夫著「文政不思議考」(講談社)と赤松啓介著「戦国乱世の民俗誌」(明石書店)を購入。前者は時代小説で後者は、チョロっとサンカについて触れていましたよ。実は僕も極上の方向音痴です。男性ホルモンが少ないのかもしれません。カッパの遺伝子が関係あるのかなー・・なんてね。

やなぎむし - 2003/03/27(木) 23:22<

春や!!春やでぇ!!

今日、さくらの大阪も開花宣言おました・・
  私の好きなスモモ・木蓮・ゆすら梅・ちいさな桜草・
        春の息吹感じます!!   ヤゾーの写真の夕日もすてきですね・

                アノさんに、向かって・・拝みます

           サンキューーゥ
    
      

tuya - 2003/03/27(木) 21:34<

おめでとうございます

ヤナさん●9才のお誕生日おめでとうございます。私も▲9才になりました。桜の季節に誕生日を迎えると、年をとるというのに、なんだかワクワクします。
ヤナさんの子供さんは親孝行で羨ましいです。うちのアホガキは親の誕生日が過ぎても、まだ気がついていません。

方向音痴>私もそうですが、女性には多いらしいですね。なにかの番組でやってましたが、男性は道を覚えるのに、空間把握力を使って、方向で道を覚えていく人が多く、女性は目印で道を覚えていく人が多いのだそうです。だから女性の方が方向音痴が多いんだそうです。
それにしても、サンカってああいう生活だから、方向感覚は優れているもんだと思っていましたが、そうでない場合もあるんですね。驚き。

ヤゾー - 2003/03/27(木) 20:46<

アノさん

みなさん こんばんわ

蜜柑さん 僕も方向音痴の気があります。
小学生のころに 友達と遠くへサイクリングへ行き 道に迷い
僕の言う通りに走ったら 余計に帰れなくなり大騒ぎになったことがありました。

ナイスタイミングさん ナイフにお詳しいんですね。
いろんなナイフを使ってみたことがありましたが
ナタの良いのが 一番実用的な気がしました。

ヤナさん 僕も真っ赤な夕日を見てきました。
那智勝浦に一泊して 山並みに沈む夕日や
海から登る朝日を見て写真に撮ってきました。

風の王国掲示板へ山並みに沈む夕日の写真をアップしています。

春之助 - 2003/03/26(水) 22:51<

正体は・・

ねえ、ミキちゃん、近所に猪がつながれていたのは年末でした
久しぶりに、歩いてみたら、血だらけの猪の皮が、干してありました
 ここのおじさん、ちょびひげのちゃびんさんです。

チョット怖いから、しゃべったことないんですが、こんど勇気出して
  聞いてみようかな・・

あした、デジカメで証拠写真とってみようかな・・
 おりょう姉ちゃん、なんか一言お願いしますね

とんちゃんも、このことに一言おねがいします

蜜柑 - 2003/03/26(水) 18:29<

ナイスさん有難うございます。

謎が一つ解けました。

お礼(先日伏字で書き込んだ話)
「タマコはひどい方向音痴で、うちに来る時にはいつも何度も道に迷うから、オレが途中まで迎えにいったんだよ。で、ハジメさんにその事を言ったら、ハジメさんは馬鹿正直なひとだから、タマコの旦那に「ハツコの旦那が、タマコのことを道を覚えられないバカと言ってた」と言っちゃったんだよ。タマコの旦那に散々怒られたよ!

という他愛もない話でした。

しかし、山窩奇談読まなくっちゃ。

ナイスタイミング - 2003/03/26(水) 14:25<

それにしても、台東区図書館、なにをしているのか?

この前、書店に目ぼしい本が無かったもので佐治芳彦氏の「九鬼文書の謎」と
いう本を気まぐれで買ってみました。
そして・・・[コトアマツヒツギ五代は「異星人」だった]という見出しを
みた時は、嗚呼、出てるよ宇宙人が・・・金をドブに・・・と思ってしまいました。
八切止夫、鹿島昇氏無き今、対談で司会進行やっていたあなたが何故に
異星人を出してくるのか、と思いましたが、買った私が悪いのです。

同氏名で思い出しました。
いつぞやこちらで紹介された佐治武士氏のウメガイ。
(ナイフ展などで見る容姿は、近寄りがたい印象。)
多層鋼を多用する人だな、という印象を持っていましたが、
この方は2年前はウメガイなどは作っていなかったはずです。

フクロヌイ刃なども作っているようですから、雑誌BE-PALなどの
情報でも参考にしたのでしょうか。
こちらの渓流刀を持っていますが、あくまでアウトドア向け。
(ウチの親父のナタとは比べ物にならない。が、研ぎやすい。
 何回か派手に研ぐと刀身が狭くなるという・・・・・・)

ナイスタイミング <http://opac.library.pref.osaka.jp/cweb/jsp/detail.jsp?TCD=000177780> - 2003/03/26(水) 13:45<

やっと分りました・・・・(T◇T)

この前、NPOの70ページの情報誌のライティング、デザイン、データ制作したら
お仕事がパッタリ無くなってしまったので検索してみました。
約2時間かかりました。(T◇T) 嗚呼

全国の主要公共図書館の蔵書リンクをあたってみました。
タイトルが不明で内容だけ判明しているというのは、なかなか
見つけられないものです。
図書館の蔵書検索に関しては東京都は他の自治体と比較して全く
ダメなことも認識できました。(山梨、愛知などの方が調べやすい)

大阪府立図書館蔵書検索をごらんください。

親分(やぞう)と女房(きゃはん) 山窩綺談 三角寛‖[著] 春陽堂 [1939]
内容:山和郎 マタギの女 笊屋の娘 山窩の文献に就いて 瀬降の夜明 笑死

ナイスタイミング - 2003/03/26(水) 13:35<

瀬降り&夜明け

》ナイスタイミングさんの指摘の本は既に調べたんですが、中身はサンカのサの字
》もでてこないんです。

あら、そうだったんですか。
(昨日、あれから書店に行ったら店頭在庫に無かったので見ずじまい)

》 一体何という本を間違えて入力したのか知りたいんです。

タイトルだけだと、いかにも三角氏のタイトルだと思いましたが・・・

瀬降り&夜明けというキーワードだと、
こちらkumanolife guestbook、2000/09/15おミヨさん発言の
人世坐芝居の原作がヒット

http://www.kumanolife.com/guestbook/200009200001.htm

ya(・ε^)na - 2003/03/25(火) 23:27<

今日は!・・・

娘にプレゼントもらいました・・
  松居慶子のCDです・・
 今人気の彼女の曲ゆっくり聞きたいわぁって、以前話したことあったので
  それを覚えていて、買ってくれたんですよね・・
     ありがとね・・

3月25日は、ゆすら梅の咲く日・・小さな花・・梅の花のようなちいさな花が
  たくさん付いています・・
 今日、暖かな日差しの中で、たくさんの花の開花みました・・
     木蓮・すもも・ゆすら梅・スミレ・・
 日の暮れには、真っ赤な夕日・・
     
      自然満喫しました・・

蜜柑 - 2003/03/25(火) 23:18<

ところが中身が違うんです

ナイスタイミングさんの指摘の本は既に調べたんですが、中身はサンカのサの字もでてこないんです。
多分、台東区立図書館の入力ミスと思うんですが、
一体何という本を間違えて入力したのか知りたいんです。

目次なんか見るとゾクゾクして、ヤゾーの言うとおり「瀬降りの夜明け」なんて絶対読みたい!!

どなたか調査してください。

管理人ヤゾー - 2003/03/25(火) 19:50<

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みなさん こんばんわ

こうへいさん 黒曜石の手作りナイフのお土産 ありがとうございました。
はつせさん ご心配をお掛けしました。 
NONさん 再び「現在農業」が読めるようになって良かったですね。
蜜柑さん いろんな情報を探してきますたね。「瀬降の夜明」というのを読んでみたいです。
ナイスタイミングさん 樋口一葉は吉原遊廓裏で荒物屋をしていたことがあるそうです。

明日は 久しぶりに勝浦温泉へ行ってきます。
熊野那智大社も行くかも知れません。
面白いものを見付けたら 写真に撮ってきます。

今日 河童の写真を撮りましたので
風の王国掲示板へアップしました。


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