過去のKumanolifeGuestbook

[過去ログ インデックス]  [KumanolifeGuestbookへ戻る]

2002年10月29日(火)19時30分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


写楽保介 - 2002/10/29(火) 17:34<

赤目族とは何か?

故人の神道家金井南竜氏が著書のなかで足利尊氏は配下に可視距離40キロの赤目族という超能力部隊をかかえていたと述べていた。この赤目族とは物部氏と関係があるようだが、ホントにこんな人達がいたんでしょうかね?
土ぐもについての記述を見ているうちに思い出しました。

まれびと <http://www.geocities.jp/marebit/> - 2002/10/29(火) 17:17<

土蜘蛛

「日本人のこころ」(講談社)のなかで、五木寛之氏が一言主社を訪ねたときに、神社前の田圃をぶらぶら歩いていたら、むかし土蜘蛛を埋めて閉じこめたと地元の人がいう石の重しを田圃のなかに見つけた、というくだりが出てきますね。あれをそのうち見に行きたいものだと思っているのですが。
吉野の方には土地の異形の者として記紀に出てくる「目光り」が棲んでいた井戸というのが、いまもどこかの寺の裏にあるそうです。

らむね - 2002/10/29(火) 16:29<

こんにちわ

yunaさん お帰りなさい。テトラポットで釣りとは すごいですね!淡路島の土生というと 沼島という島が見える場所のようですね。それと 土生という名前を見て。。。今オークションで買い物してまして お取引してる方が 土生という住所なんです。場所は 淡路島でなく 広島県の因島なのですが。。東と西で 離れていますが 同じ名前というのが おもしろいと思いました。

<大抵のことは、過去の掲示板にも書かれていますので、そちらも参考にして下さいね。
土蜘蛛についても書かれていますよ。

とんちんかん小僧さん ありがとうございます!すっきりしました。今度 私の歴史を調べた掲示板を集めたものを 貼り付けてもいいですか? 

ヤゾーさん とても分かりやすく説明してくださって ありがとうございます!
酒呑童子、読んで参りました。私が以前 調べていました 場所は 大阪になりますが 茨木市という町に 茨木童子という 民謡がありますが その お話も人と風貌が違ってたというようなことから 最後は悪者にされ童子は大江山に逃れて行ったというのがありました。その お話を思い出しました。

とんちんかん小僧 - 2002/10/29(火) 00:39<

心配かけました!

三度の噴火とともに終焉しました。
今朝から、未知の獣が何かと格闘するかのようにトイレで「ウ〜ン、ウウウ〜ン!!」言うてました。
寒いのに汗一杯かいちゃいました。
まるで、人間のものとはいえないモノが排泄口に詰まってました。
昨日は、投稿文を書きながら腹痛と頭痛とケツ痛に食欲不振で、かなりヤバかったです。
あ〜あ、死ななくてよかった。

らむねさん、よかったですね。
大抵のことは、過去の掲示板にも書かれていますので、そちらも参考にして下さいね。
土蜘蛛についても書かれていますよ。

ヤゾーさん、土蜘蛛の判りやすい解説ありがとうございます。
便痛は、何度経験してもキツイものがありまする。
無事生還できて心からホッとしています。

ヤナさん、生きて帰れただけでも儲けモンだよ!
でも、船に強風に悲惨な釣りでしたね。
次は、アノさんに頼んで“幸運風”でも呼んでもらいましょうよ \(^_^)/
その時は、僕も春之助くんと一緒に頼んでみますよん。

ya(・ε^)na - 2002/10/28(月) 23:11<

こんばんわ・・へへっへ

とんちゃん・・へへっへのやなです・・
 こんばんわ・・(らむねさんも)
  きんのは、もーぅ大変!!
 淡路島も強風波浪でてました・・(今から、言い訳かい!)
  ほんでから土生港のテトラは、でかい!!ヤナは怖がりです!!
そおやのに、テトラの釣りです・・
  結構おおなみですよん・・ドハーーァ・・波にタモ取られました

アチャーーァ・・タモのおいどが浮いてます・・アアアアァついてへんなぁ!!
 取ろうとしたときに・・「プアーーーーンンン」定期船がやってきた・
ありゃりゃりゃりゃ!!ドパーーーーン・・ゲ・げげっげげげげ・・なんじゃこれ!!
  何でこんなときに・・大波がくるんや!!
「ウ・・ヒャーーァ」・・アチャパ・・
    タモ沈んでしもたがな・・とほほほほ
 魚も釣れへんし・・タモは取られるし・・情けなーーーァ

  こんな釣果報告に・・・なんか!!ご不満でも!!

         さ箕シーーーーーーぃ

           やなでした

ヤゾー - 2002/10/28(月) 18:15<

土蜘蛛と酒呑童子

みなさん こんばんわ

らむねさん はじめまして
葛城地方の人々は 一言主という国津神を信仰し 土蜘蛛と呼ばれていたそうです。
常陸風土記などによれば 国栖と土蜘蛛を同一としていますので
国栖の末裔がサンカの一派になったとの伝承がありますから
土蜘蛛の末裔とサンカには繋がりがあるのかもしれません。
そういえば五木寛之さんの『風の王国』のヒロインが“葛城哀”という名前でした。
こちらこそ 今後とも よろしくお願いします。

ヤナさん 釣れましたか〜
ハマチ釣り 思い出します。
10年くらい前 白崎の磯でアジの泳がせ釣りでハマチ釣りに狂いました。
大きなウキがガバ〜と沈んで ウキがハマチに引っ張られて暴れました。
ころ合いを見計い 合わせてハマチが乗ると竿と道糸がキューンと鳴りました。
釣って楽しく食べて美味しい釣りでした。

まれびとさん 金子みすずさんの詩の紹介 ありがとうございました。
“みんなちがって みんないい”よい言葉ですね。
優しさの中に 深い真理が込められた詩だと思いました。

GAINAさん ご報告 ありがとうございます。
そういう商用メールが頻繁に届きますが 読まずに削除するようにしています。
それがどうしてGAINAさんのところに届いたのか不思議です。

とんちゃん お腹でも冷やしたのでしょうか。
過去に何度か 悶絶するような腹痛にみまわれたことがあります。
そんなときには「神さま 悪うございました。不摂生しないように心を入れ替えますのでお許し下さい」と
思わず口から出てしまうのですが 腹痛が治まると そんな言葉も直ぐに忘れてしまうのでした。
お大事にして下さい。

土蜘蛛と丹波の鬼・酒呑童子には共通点があります。
どちらも源頼光に退治された伝説があるということです。
土蜘蛛が僧侶の姿に化身し 頼光の病気見舞いに行ったところ正体を見破られ
「汝知らずや 我むかし葛城山に年を経ち 土蜘蛛の精魂なり」と大見えを切り
千筋の蜘蛛の糸を投げて源頼光を巻き殺そうとしますが 
ついに退治されるという能の有名な場面があります。

らむね - 2002/10/28(月) 09:34<

ありがとうございます!

とんちんかん小僧さん 八切さんのサイト教えて下さって ありがとうございました。早速 お気に入りに入れさせて頂きました。 ゆっくり読ませてもらいます。
まれびとさん 私も以前 金子みすずさんが 気になっていました。とっても いい詩ですよね。最後の みんな違って みんないい!というところが 大好きです。
yunaさんで よろしいでしょうか?淡路に行かれてるのですね。淡路の話題 今から楽しみにしています(実は とても興味深々です)〆(^∇゜*)  ところで いきなり無知な質問ですが・・・土蜘蛛とサンカは同じでしょうか。。また 私が調べたところによると この土蜘蛛というのは 葛城という名前の神社や氏名に関係があるのでは。。。と思っていますが 如何でしょうか?教えて下さい。よろしくお願いします。

とんちんかん小僧 - 2002/10/28(月) 02:01<

寒くなってきました

自分の不注意でお腹に今宵最大の痛みが・・イ鯛(>.<)


けけけのけ・・ヤナさんお魚一杯釣れましたー?
坊主には・・ほど遠いですかいナ?

まれびとさん
詩、短い詩だけど心が暖まりますね。
うまいことは言えないですけど、僕にはとても素晴らしい詩に思います。

らむねさん
初めまして。
私も以前、こちらに投稿して頂いた、田村さんのHPを見た上で、そちらの空からの伝言を少し
読ませて頂きました。
歴史は知らないからとか興味が無いと放っておくより、少しずつ調べていけば興味がもてるもん
ですよね。僕は元々幼い頃より大好きでしたので、今でも、脳の記憶室にドカッと大量にストック
されていますよ。興味のもったことって、何十年経ったって記憶は薄れないものですから。
でも、クマノライフに出会ってから真の歴史を追及することにしました。
霧掛かった靄を取る作業は一筋縄では無理だけど・・
その闇に一筋の閃光を当てた人物がいる‐八切止夫(やぎりとめお)‐彼が自著で語っている奇想天外
な歴史観に胸を打たれました。私もすべてが本当のことではないと頭では思っていますが・・でも、
案外これが本当の真の歴史かもしれませんよ。
今、作品社より彼の著作が順次、再発行されています。また批評社からも今年の六月に『検証・八切止夫』という本が出版されていますので参考に見て下さい。ネットからでも彼の作品を見る事ができます。

八切止夫作品集 http://www2u.biglobe.ne.jp/~REKISI/library/yagiri/index.html
八切の歴史学  http://www2.odn.ne.jp/~caj52560/

雲を掴むような内容かもしれないですけど、中には真実の歴史が詰まっていると私は思い
たい。


GAINAさん、いよいよクマノライフも国際化なのでしょうか?
素敵なことですね。何が重要なのか、何が今、必要とされてきているのか判ってきたってことなのかなあ。単なる憶測ですが。内容がわからないよう〜、すみません(-_-;)


やったぜ、巨人二連勝!!(*^o^*) 

GAINA - 2002/10/27(日) 23:53<

報告!こんなメールが届きました。

こんばんは。
今日、私のフリーメールに
Sales & Marketing
www.fullpromote.com  からのメールが届きました。
驚いたことに、そこには KUMANOLIFEの表紙 が載った紹介がありました。
以下がその内容です。

Dear Sir/Madam,

I have visited www.kumanolife.com and found it is a thoughtfully-designed one with much helpful information but poorly listed in many search engines. It's time to do something. Find a most effective way of advertising, find FULLPROMOTE! Best Service, lowest cost! Fullpromote will instantly submit your website to all the famous searching engines around the world.

To check our pricelist and submit www.kumanolife.com to 500,000 search engines in the world, go to www.fullpromote.com.We will try our best to publicize your website.

Looking forward to your favorable reply.

Best regards,

Sales & Marketing
www.fullpromote.com

以上報告いたします。

らむね - 2002/10/27(日) 23:12<

はじめまして

空からの伝言より 歴史を追っている らむねといいます。福岡からです。元々 歴史オンチなのですが 何故か歴史を調べ出して かれこれ1年になります。ところで こちらのHP、いろんな方に教えてもらって この間から 読ませてもらっていますが どれも興味深く。。。何処が?と言われましても あまり詳しくなくて 分からないのですが。。ということで 時々 お邪魔させて下さいm( _ _ )m

まれびと - 2002/10/27(日) 17:03<

金子みすず

**私と小鳥と鈴と**

私が両手をひろげても
お空はちっとも飛べないが
飛べる小鳥は私のやうに
地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても
きれいな音は出ないけど
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私
みんなちがって、みんないい。

ya(・ε^)na - 2002/10/26(土) 23:45<

いってきまーーーす

西高東低・・冬型ですねえ
 淡路島の土生にいってきまーーす
グレやろぅ・・ハマチやろぅ・・アオリやろぅ・・
んんんん・・いいいいぱい釣れるんやてぇ・・ワクワク・・


   フン・・だれが信じるんや!!そんなこと!!
    これまで、ヤナのこと何回だましたんや!!・・ええっ!!

   それでもいきたいんやったら・・っしゃーない・・
  ついていったるわ・・・・なんて言いながら・・

 ほんとは、行きたいヤナでした・・はっはは

  

ヤゾ− - 2002/10/26(土) 19:55<

へんなこと思い出した

みなさん こんばんわ

おユキちゃん 山を山河にしたところが憎いですね。
綺麗な山河を前にしたら 
まさに言うことなしという心境なんだと思います。

とんちゃん 南朝天皇と白山神社ですか。
どちらも非農民・非常民と深い関係にあるところが面白い話しだと思いました。
非常民や漂泊民の位置づけが 南北朝時代以後 大きく変化したように思います。

まれびとさん アハハ (^_^;)
前にまれびとさんのところの掲示板に書いてあった 
金子みすずという方の詩 いいですね。

ヤナさん 面白かったですよ。
小さいころ 小川に架かった橋の上から メダカの泳ぐ姿を眺めていたのを思い出しました。
藻の切れ目から見えるメダカの世界を 無垢な心で眺めていた瞬間が懐かしいです。

小さいころ 歯が抜けると 
下の歯なら屋根に投げて 上の歯なら床下に投げて
ねずみさん ねずみさん 丈夫な歯が生えますようにと
手を合して おまじないみたいなことをしたことがありました。
全国的にそういうまじないみたいなことがあったのでしょうか。

とんちんかん小僧 - 2002/10/26(土) 15:09<

私は忍者の話、ロックの話フェチ

まれびとさん
実は僕も・・と言いたいところですが異性とのシンクロあんまり無いのです。(T_T)
音楽とのシンクロは実は多いのです、ウソを言っていました。
ゴメンナサイ m(_ _) m 
ヴァイオリンや二胡の妙技に心が打ち震える出来事も何度もありました。
また、へヴィーメタル・バンドのメタリカのライヴビデオ見ていて感動のあまり泣いてしまったこと
もあります。


ヤナさん
>人がしょおもないなんておもてるのに・・一生懸命やるのんが学問とちゃいますかねぇ
えへへ、偉そうなこと言えませんが、それを証明した人が多々いらっしゃるからそうなんだと思います。
フェチって僕も個人的になんか親近感ある言葉だと思います。
ある意味マニアックな奴だと自分で認識してますから。
ちなみに皆さんは、何フェチですか?


今朝、起きて外の景色を見ようと雨戸をあけたら近くに、「ホワイト・バード」がツガイでいました。
もしかしたら新婚旅行なのかしらと思いました。
なんか縁起が良いような気がしました。

ya(・ε^)na - 2002/10/26(土) 00:16<

へへっへへ

おこんばんわ・・
 今日は、めだかのお話です
我が家の近くにめだか博士がいたはりますよん
 
問題・・めだかは、おぼれるんやろかいねえ????

  そんなしょうもない話・・延々と1時間もしました・
    しかし・・しょうもないなんて・・本当はおもてないんですよん
  真剣にはなしました・・
    めだかも、本当はおくのふかいもんなんですよね・・
学問って・・ん・・・・なんなんやろねえ
 人がしょおもないなんておもてるのに・・一生懸命やるのんが学問とちゃいますかねぇ

  なんや・・フェチってゆうのんにも・・んんんにてますよね!

  へっへへへ・・はっはは・・しょうもなったですか!!?

                     やなぎむし

まれびと - 2002/10/25(金) 22:18<

とんちんかん小僧さん

>自分の魂にシンクロする音楽って、そうないから羨ましいです。

いや、私はしょっちゅうシンクロしてるんです。
昔はよく女の子にシンクロばかりしてたんですが(^^;;

とんちんかん小僧 - 2002/10/25(金) 21:03<

長慶天皇と白山神社

愛媛県越智郡玉川町にある伝承によれば、
(以下、歴史読本SPECIAL〜不思議な国ニッポン〜より抜粋)

 鴨部畑寺の白山神社の裏に大きな石があります。その石には牛の蹄の跡があると言われています。
 その昔、南北朝時代の頃の話です。
南朝方に長慶天皇という方がおられました。天皇は、北朝方に追われていましたが、家来に連れられて
、現在の中村あたりまで逃げてきました。しかし、追手は迫ってきます。人間の足ではとても逃げる
ことはできまい。すぐ追いつかれてしまうと考えました。そこで、天皇は牛を見つけてそれに飛び乗り
ました。今も、その付近を「牛の爪」と呼んでます。
 牛に乗った長慶天皇は、愛宕山まで逃げることができました。そのときの、牛の足跡が、今でも白山
神社の石に残っているそうです。

●白山神社・・愛媛県今治(いまばり)市、JR予讃本線今治駅より車で25分。


もう一つ、過去の掲示板で蜜柑さんが「やませってなんだろうか?」って言っていた事で、ずっと
頭の片隅にありまして、それがコレのことを指しているのかどうか判らないですけど、白土三平氏
の「忍法秘話‐壱‐大摩(たいま)のガロ」の中で『やませ』について二話にわたって書かれて
いました。

やませの術=隠形(おんぎょう)の術・・ニオイもなく、音もなく、羽毛のごとく、かるい風の
ように動く。

まさにサンカの動きそのものを指し示しているようですね。
『風の王国』(五木寛之著・新潮文庫他)の山の中を疾走と翔ける世間師が懐かしく(変かな?)
思い出されました。

なお、この話の中に白土漫画で有名な忍びの伊賀の四貫目が登場しますし、根来忍者(悪者っぽい
役で)も出てきます。

とんちんかん小僧 - 2002/10/25(金) 17:59<

音楽は偉大だ!

まれびとさん、こちらこそよろしくお願いしますね。
それにしても大変貴重な体験されたんですねー、自分の魂にシンクロする音楽って、そうない
から羨ましいです。

紋次郎さん、ヤゾーさん
僕はTVで見たことがないんですよ。
でも、僕の場合は本を読む=映画を見るって感覚になる特異体質なんです。
ようするに、本の中での風景・建物・人物のすべてを頭の中で映像化して、個人個人の人柄を
インプットして読むので、すごくリアルです。ただ、欠点としては矢継ぎ早やに本を漁って読む
ので、時間が過ぎれば頭の中は、ニュートラル状態になりますので、いつも新鮮な気持ちで本が
読めます。得なのか損なことなのか判りませんが。

すずかHさん助かりました、ありがとうございました。
また、いろいろと書いて下さい。
浄土宗関連でも山家と書いて(さんが)と言って、お坊さんの集団を指すって何かの本で見た
記憶があります。

おユキさん、お久し振りです。
>ふるさとの山河に向ひて言うことなし ふるさとの山河はありがたきかな
風流で博学多識ですね。
僕は、うーん難しいことは判りませんが、その場の風と一体化する境地でしたよ。

おユキ - 2002/10/25(金) 12:55<

山河

ヤゾーさん、風邪が治って良かったですね。
セブリ生活のすすめ!を拝見させて頂きました。
美しい山河の写真を見ていたら、

ふるさとの山河に向ひて言うことなし ふるさとの山河はありがたきかな

という、啄木の詩の一節が浮かんできました。(^・^)


ヤゾー - 2002/10/24(木) 19:35<

白昼堂々

みなさん こんばんわ

山家さん はじめまして
あまりお役に立てなくて申し訳ありませんでした。
中世まで先祖を辿ると それはそれは恐ろしいほどの数になります。
その中のどの血に惹かれるか また選択するかが問題のような気がしています。
今後とも よろしくお願いします。

すずかHさん はじめまして
質問に答えてくださり ありがとうございます。
いろんなことにお詳しそうですね。
また何かありましたらお教え下さい。
今後とも よろしくお願します。

尾張の国知さん 編集作業ご苦労さまです。
確かに河原で寝るときには下がゴツゴツしてたら体に悪そうですね。
いつか河原で尾張の国知さん蜜柑さんたちとフクロアライしてからヤキユしてみたいです。
それかフクロアライしてから 夜中に河原の温泉へ行くのも風流かもしれません。
写真 ご自由に使って下さい。

まれびとさん 「ゴム消し」の転載 ありがとうございます。
まれびとさんの文章を読むだけで
その阿炳という方の演奏がいかに凄いかが伝わってきました。
一回り上の世代から 始めてビートルズを聴いたときの衝撃を
熱っぽく語られた時のことを思い出してしまいました。

紋次郎さん とんちゃん 本は読んだことはありませんが
テレビの『木枯らし紋次郎』はよく見てました。
主題歌も良かったですが 中村敦夫も渋かったです。

昼ころ 外でガサゴソと木を揺する音がするので
近所のおばあさんでも榊を採りにきているのかと思っていたら
猿が大軍で栗の木を揺すって 僅かに残っている栗を落としていました。
早朝にそういうことは何度かありましたが
白昼堂々に それも山小屋から3メートルも離れていない栗の木に
大軍の猿がいるなんて唖然としてしまいました。
どうりで今年は栗の実が少ないはずです。
写真を写そうとしているまに 山の中へ消えてゆきました。
ちょっと怖かったです。

山家 - 2002/10/24(木) 14:06<

すずかH様

すずかH様、早速にありがとうございます。
自分のルーツが知りたくなり、暇を見つけては、調べていますが、雲を
つかむようなことで、まったく進展していません。
最澄の切り口から調べてみることにします。
ありがとうございました。

すずかH - 2002/10/24(木) 12:16<

山家さんのご先祖

突然の乱入、失礼します。

山家 様
参考にもならないかもしれませんが、
お寺関係なら「最澄」を調べたらどうでしょう。
「山家(さんげ)」は、天台宗開祖・最澄が自らを称するとき使っています。
天台宗や最澄がらみで「山家」は頻出します。
山家さんのご先祖は、最澄の関係者かもしれません。


焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/24(木) 06:16<

√♪ 愛を求めて さすらう旅か  

とんちんかん小僧さん、悲しいねぇ。
 でも、ああも長く患っていらっしゃったんじゃ、秘書のYさんに手紙だすことも
ついつい遠慮しちいやした。
 木枯らし紋次郎の主題歌の歌詞を作ったひとは誰でしょうねぇ。
 「どこにもふる里はない」、「けふは旅をひとり……」、「血は流れ皮は裂ける」
 「いくつ峠をこえた」、「このうえナニがほしい」‥‥しびれるよなぁーー

 とりわけ『おまえ』がいいじゃぁござんせっんけぇ。
 『おまへ』たぁ、ナンだろう? 見るひと聴くひとの解釈勝手にござんしょうが
あっしゃ『窮極の自分』だち、思っちいやす。
 それが、きっと、風(シャバ)の中で待っている‥‥!!

   ……………………

 無宿渡世の恨みばこめち くちの楊子がひゅうと鳴る
 うわさの あいつが紋次郎
         (中 略)
 
 愛を求めて さすらう旅か 恋を求めて行く旅か
 頼れるものは ただひとつ おのれの腕 と 腰のドス

 木枯らし紋次郎、上州新田ごうり三日月村の生まれ。
 十歳のときふる里を捨て そのご 一家は離散したという
 どうして 紋次郎が 無宿渡世のみちに 入ったかは 
 定かではない

まれびと <http://www.geocities.jp/marebit/> - 2002/10/24(木) 00:24<

とんちんかん小僧さん

ありがとうございます。
ほんとうにいつかそんな場にご一緒させて頂きたいものです。

>ヤゾーさん
今日はある知り合いの人から中国の漂泊の芸能民の貴重な音楽を聴かせてもらいました。
僭越ながら今日の「ゴム消し」の一部を下に転載させて頂きます。

*****************
 事務所のステレオで一枚のCDを聴いた。これはYさんがご自身のHPでも紹介しているが、阿炳という中国のニ胡と琵琶の演奏家の貴重な音源(1950年の録音)で、おなじオフィス内に別の事務所を構えているTさんが自ら中国で見つけてきたものだという(もちろん日本では手に入らない)。街々を流して歩いた盲目の放浪芸能民であった阿炳は、その晩年に再発見されたときにはすでに楽器さえ手放していた。そこで楽器を与えられ、練習をしてから何とか数曲を録音し、「もう少し練習をして、うまくなってくる」と言い残してふたたび雑踏のなかへ消え、しばらくして死んだ。残された曲は、生涯にそのときのわずか6曲だけ。しかもそれらの曲は、いまでは中国の演奏家たちの誰もが取り上げる古典的名曲となっているという。Yさんからそんな説明を聞き、なかば雑音混じりのその演奏を聴いたとき、私の魂はたちまち魅了された。そして、これは中国のロバート・ジョンスンだ、と思った。きりきりと食い込むような琵琶の鉢さばきは日本でいう高橋竹山の津軽三味線に似ているが、それよりももっと深い。もっと強烈で、リアルで、ざらついていて、求心的で、クールで、生命の躍動感に満ち溢れている。まさにロバート・ジョンスンのブルースのような悪魔的魅力に満ち、人間の心に闇に喰らいつき、何かを突き動かすような力がある。いちど聴いた者は、その音色を二度と忘れられないだろう。そんな音楽だ。帰りがけにYさんは居合わせたTさんにCDの借用を訊いてくれたのだが、「これは二度と手に入らないものだから、ダメダメ」とのことであった。その気持ちはよく分かるし、軽率なお願いをしたのは私の方であった。いつか私も中国を旅して、かれの音楽をきっと手に入れたい。そんな旅をしてみたい。

とんちんかん小僧 - 2002/10/23(水) 22:40<

木枯らし紋次郎は、何処へ・・

紋次郎さん
僕も父や紋次郎さんの影響で、笹沢佐保氏の小説にハマッていたこともありショックを受けています。
作家に限らず漫画家であっても良い作品を作った人には敬意を表する姿勢でいるので僕にとっても
笹沢佐保氏の死は辛いものがあります。

山家さん、初めまして。
私には説明が出来かねますので、何方かピンチ・ヒッターお願いしたいのですが・・
何方かお願いできないでしょうか?
山家さん、無責任なことですみません。

尾張の国知さん、「歴民」サンカ特集U楽しみにしています。
お身体にお気を付けて頑張って下さいませ。

尾張の国知 - 2002/10/23(水) 15:47<

ヤゾウさん、とんちんかんさん。先祖帰りできますよ!

皆さん こんにちわ   職務を一生懸命しているようなふりして、サボしてます。
いま「歴民」サンカ特集Uの、原稿を書きながら、集めながら、編集しながら、職務やりながら、カキコしてます。・・・・・表紙のデザインは?>>>決まりました!ヨ!
『ついに発見!セブリサンカ2名』・・・ヤゾウさん、とんちゃんのセブリ写真に。これ使いたいナ〜〜。
ヤキユする時、蜜柑さんの指導を受けて下さい。武蔵サンカのヤキユの現場を調査した調査責任者ですから
。ノウハウもっています。
それから、河原のゴロでは絶対セブてはだめですよ。一発で脊椎やられます。木曽川流域では、作業はしますが、セブリは「ツチドコ」に張ります。オタカラシュウから聞き取りしてます。
ア!誰カ、キマシタ。 ヤナギムシデ・・・

山家 - 2002/10/23(水) 14:00<

私の先祖は?

はじめまして。
山家(やまが)といいます。私の先祖は山窩なのでしょうか?蓮如上人に山家何某という人が丹波の国から連れられて、私のすんでいるところに寺を興したという記録が残っています。また、近くに城があり、その家臣であつたようです。城は信長に焼き撃ちにあいました。綾部の手前に山家という土地があり、訪れましたが、山家という姓の人はいませんでした。お分かりのことがあれば、お教えいただきませんでしょうか?

ヤゾー - 2002/10/22(火) 19:35<

ヤキユは大変そう

みなさん こんばんわ

蜜柑さん 瀬降り物語のテーマ音楽 毎日聴いてます。
ヤキユするには 河原に穴を掘るのが大変そうです。
でも一度試してみたくなりました。

まれびとさん ねんげみしょう 素敵な言葉です。
言葉を使わずに 心を伝えることを意味した仏陀から生まれた言葉ですね。
まれびとさん自身が 大斎原の河原で寝たりする人だからでしょうか。

あおきさん さすがにユサバリの中で寝るときには寝袋を使いました。
おまけに銀マットを二枚重ねて敷きました。
そういうこともあってか 全然寒くはなかったです。

とんちゃん ご苦労様です。
焼き湯を安易に言う前に 体を鍛えておかなければなりません。
河原に一メートルの穴を掘るということは大変なことです。

紋次郎さん お心遣い ありがとうございます。
長時間 体を冷やすことは ほんとうに良くないみたいですね。
紋次郎さんもいろいろと旅での経験がおありだと思いますが またお話しを聞かせて下さい。

ガンバッテ歴民の文章を書いています。
二日ユサバリで寝たことは いろんな意味で良い体験でした。
そういう機会を与えて下さった尾張の国知さんや蜜柑さんに感謝しております。
普段 自然に恵まれたところで生活していると思っていましたが
実際に山河で過ごすのとでは全く違うということを思い知りました。
何かに疲れたときや 新しい自分を発見したいときなど
年に何度かは山河に足を運び そこで数日間過ごしてみたいと思うようになりました。
言葉では言い尽くせない 大きなものを得ることができるような気がしました。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/22(火) 14:29<

 お身体だいじになすって おくんなせぇやし

 ミナシャンがやる気だしてやってらっしゃるのに、こんなこと言うと、水ゥぶっかけるようで
もうしわけねぇ‥‥と、ダマっち見ていやしたが、やっぱ、カキコしやす。

 人体実験 ノーよ!
 とくに、長時間の冷え込みには気ぃつけなせぇ。
 ムリすりゃぁ、十年後、二十年後にはきっとぶり返しが俟っちいやす。

 笹沢左保大親分さぁが亡くなられやした。
 テレビがぶっ壊れていやしたハンで、たった今知ったばかりにござんす。

とんちんかん小僧 - 2002/10/22(火) 12:48<

そうですね!

蜜柑さん、お久し振りです。
「焼き湯」やってみたいですね。
ユサバリの再現は、僕にとって今世紀最高の喜ばしいことになりました。
思えば、二年ほど前に「サンカ=忍び者(他・・)」について、教えて頂いたことが切っ掛けでした。
その夏に蜜柑さんと会うことによって、新たなる扉が開かれました。
切っ掛けを下さったヤゾーさんと蜜柑さんには感謝しております。
クマノライフの仲間同士で「焼き湯」の再現をチャンレンジしたいですね。
その時は、蜜柑さん、まれびとさん、あおきさんもヤゾーさんのセブリで落ち合いたいですね。

引き続き、管理人代理を務めることになりましたので皆様よろしくお願いします。

あおき - 2002/10/21(月) 23:00<
いいすね いいすねー河原がきれいで 焼き湯がきもちいい季節になりましたねー
でも寝るときは寝袋使わないとさぶいですよねー
サンカは布団で寝てましたねー 雨だとキツイですねー

まれびと <http://www.geocities.jp/marebit/> - 2002/10/21(月) 17:30<

拈華微笑

こんにちわ。
美しい「セブリ生活のすすめ!」を拝見しました。迫力の大画像に心洗われるようで、思わずため息が出ました。添えられた文章も、まったく頷くことばかりです。
「自然を真似なくなった人間は狂う」という藤原新也のコトバを思い出しました。
山道を黙々と歩いているとき、バイクで夜中の熊野川と添い寝しているとき、それらのものをわが身に写実しているのだ、と思います。

蜜柑 - 2002/10/21(月) 16:43<

セブリ生活

とんちんかんさん
今度は「焼き湯」にチャレンジ!
それと、ヤゾーのセブリに行くときは
農家の納屋から壊れた「箕」をあずかって、ヤゾーに「直せ」とサイギョウね。

とんちんかん小僧 - 2002/10/21(月) 00:36<

セブリ生活の再現

今朝、アノさんの活発な動きがありましたので、中辺路の山奥の最後の民家から10分程上流の河原に
おきまして、ユサバリを再現しました。
竹三本、ブルーシート、食べ物等を担いで、ズボンを少しまくって川を横断してバコシするべき場所
に荷物を運びました。川の水は思っていたより冷たくなかったです。
実は川に入るのが○○年振りだったので、最初少し緊張しましたが、馴れてくると河原にいるのが
楽しくって仕方がなかったです。自分自身、普段の生活意識からは想像できないくらい開放感に
富んだ自分がそこにいることに吃驚しました。
雨さえ降らなければ泊まりたかったんですけどね。
それから、竹を組んで紐で結んでシートをかけて再現した訳ですが、何分ぬるま湯に使ってばかり
いた私には大変な作業でした。
ですから完成した時の喜びは例えようにもなかったです。
楽しい未知の体験が出来、ヤゾーさんには、なんて感謝したら良いのか判りません。
じっくりと中でゆったりとくつろいでいると、川の水の流れ、風で揺れる木の音、虫の声、動物の
声が敏感になって何もかもが大音量に何か音楽を奏でているような気持ちで聴くことができました。
また、聞こえるはずのない声が聞こえました。おそらく過去にそこにセブっていた人々の囁き声
だったのかもしれないですね。
その前後にヤゾーさんと二人でカメラマンとモデルに互いになってセブリ場にいるサンカ者になり
きって撮影に望みました。
思っていたより、サンカの民が実践していた生活というものは大変なことだと思いました。
しかし、現代人が忘れていた(=思い描いていた)というべき姿がそこにあるのだと思った。
自然の中で颯爽と動き回っていた人々の暮らしっていうのが本当の我々が理想として活きるべき
生きかたなのだと・・サンカの民は羨ましいな。
  
尾張の国知さん、傍から見いても効果があったように思いますよ。
車の中、山小屋に限らず、河原で恐ろしいぐらい気持ちが大元気になっていて一緒にいるのが
怖かったです。昨日は特に圧倒されました。自然との調和が完成した人が感性を活発化している
ためでしょうか、サンカ生活をサンカの民と一緒に何年も何年も居住をともにしていれば超人的
な能力をもつ人間(=忍び者等)が生まれるのだと実感した。そのヤゾーさんは、河原でも
サンカの民と同じように足元が不安定なのに飛ぶように生き生きと走り歩いていましたよ。

ヤゾー - 2002/10/20(日) 19:25<

素晴らしいセブリ体験でした

みなさん こんばんわ

tuyaさん 言霊について興味深いお話でした。
優しい言葉を使うのと 人を貶める言葉を使うのとでは
人や自分に跳ね返ってくるものの大きさに驚くことがありますね。

尾張の国知さん 大井川の調査 ご苦労さまです。
日の出と日没後の「アー」「オー」のお話し 物凄く興味深いです。
いかにサンカの人たちの精神性が高かったかを窺わせるような話しだと思いました。
風邪治療のサンカ祝詞 とても効いたようです。
物凄く元気になりました。ありがとうございます。

土砂降りになってきましたので
ユサバリをたたんで山小屋にバコシしてきました。
とても良いセブリ場を見付けることができたのですが
そこで寝ることができなくて残念です。
でも良い写真は撮ることができました。
蜜柑さんのリクエストで白黒写真もあります。
熊野ライフ通信にアップしています。
川に膝まで浸かって 何度も荷物を運んでも疲れませんでしたが
ページを作って文章を書いたらドッと疲れました。
まだ山河での余韻が残っているので 寝たらセブリの夢を見そうです。

尾張の国知 - 2002/10/20(日) 12:35<

ヤゾウさん 「サンカノリト」効き目ありましたか?

書き忘れしました。聞き忘れました。

  ヤゾウさんの風邪治療の祈願ノリト

オタカラシュウの祓え祝詞(サンカ ノリト)を熊野へ向けて、毎朝、奉上しました。

効き目ないし効果は、如何でしたか?

もし、書き難いようでしたら、サイギョウのムスフミで、シナド下さいませ。

尾張の国知 - 2002/10/20(日) 11:50<

大井川サンカの事  アーの事

大井川の第1回目の調査から帰ってきました。
セブリバは、河岸段丘の下位の面が多かったです。そこには、シノ竹、姫真竹、牛殺しの木、川ヤナギ、やまふじ が植栽?されていたらしく逆に、かってのセブリバを探す目安にもなりました。信濃・三河・遠州・・・など交流や季節型移動?もしていたようです。

「アーーーーー」は、朝の日の出を拝む挨拶で、尾張サンカの方は、口を大きく開いて、長く発声します(10秒ぐらい)。
暗くなった時(日没後)は、年とった男のみ「オーーーーーー」と、少しだけ口を開いて、やはり長く唸ります。
私は、これは神道の作法と思っています。ご参考までに書きました。

tuya - 2002/10/19(土) 20:09<

すみません

下の書き込みは、tuyaでした。名前を入れ忘れました

あらまシンクロ - 2002/10/19(土) 20:08<

太陽に手を合わせてアー

今日仲良しの友人二人を家に呼んでおしゃべりしました。二人とも、ひたむきな姿勢で生きる頑張りやさんタイプの女性で、彼女たちといると、いつも前向きな話題で盛り上がるので楽しいです。
うち一人は中学の先生をしている人で、言霊について造詣の深い人でもあります。
たとえば、毎朝まだ生徒が登校してこない時間に教室に入り、教室の空間に向かってさも生徒たちがそこにいるかのように、「今日は幸せな一日だね。ここは楽しいクラスだね。みんなありがとうね・・・」等、腹の底から声を出して、ポジティブな言葉を放つのだそうです。
そうすると、本当にそのクラスは次第に生き生きとした良いクラスになってくるのだということです。

その彼女が今日、言霊についてこんなことを教えてくれました。
母音には強力な浄化作用があり、母音をきっちり発音する日本語は、そういう意味でとてもパワフルな言葉なのだそうです。そして毎朝太陽に向かって、胸の前で手をあわせ、腹の底から「ア〜オ〜ウ〜エ〜イ〜」と声を出すと、全身全霊が浄化され、力がみなぎるのだということです。
彼女を除く私たち二人は、たわむれにそのやり方を教えてもらいました。なんだかだるさがとれて、すっきりしたような気がしました。

そういうことがあった後でここを覗くと、↓のヤゾーさんの書き込みがあったので、「あらま、シンクロしてること」と、びっくりしました。
なんといっても興味がつきないのは、太陽に向かって「ア〜・・」の方法を彼女に指導した人というのは、いったいどこからその知識を手に入れたのだろう?ということです。もしかしたら、サンカとつながりの深い人かもしれませんね。

ヤゾ− - 2002/10/19(土) 14:01<

瀬降り物語

みなさん こんにちわ
風邪の心配していただいて 心から感謝しています。

実は先週 山小屋の前に再現したユサバリの中で寝てみたのですが
中途半端な気持ちが良く無かったのか余計に風邪が酷くなってしまいました。
歴史民俗学にユサバリを再現して その感想を書こうと思っていたのですが
やはり実際に河原でユサバリを再現して そこで寝てみてこそほんとうなのではないのかと思いました。
それで木曜日から二日間河原でユサバリを再現して寝てみました。
自然というものは こうまで人を逞しくも元気にしてくれるものだとあらためて感激しました。
風邪気味ではありましたが 大地に背中を付けて寝ることで
細胞の一つ一つがいきいきと活性化してゆくような感覚を覚えました。
気力も体力も実に充実している思いがします。
風の音 川のせせらぎ 小鳥のさせずり 虫の声 獣の息遣い 木や草の匂い 
自然の中に存在するすべてのものに耳を傾け そこから浮かんできた素直な思いこそが
未来への指針となるような気がしました。
自然と対話をするということは 自分の魂との対話でもあり
おおきな視点もった答えが返ってくるよにも思いました。
これからもう一度 違う場所でユサバリを再現してみようと考えていますので
また少し掲示板を留守にいたします。

GAINAさん 地元の関係者も大変期待しているようです。
こちらこそ よろしくお願い致します。
ぼくは いろんな人たちに 
セブリの素晴らしさを体験をして貰うために何かしたいと思うようになりました。
朝 太陽に向かってアーと唱えて手を合したときに
現在の私たちが忘れ失ってしまった自然を敬い感謝して生きるという
素直な想いが蘇るような気がしました。

とんちんかん小僧 - 2002/10/19(土) 13:44<

セブリ生活を体験してきます

二日程前からサンカ生活を実地体験しているヤゾーさん。
今日、ヤゾーさん場越しするようなので、ついでに僕も場越しの手伝いとセブリ生活を体験してきます。
自然を肌で感じる体験をするには、一番手っ取り早い行動なのかもしれないですけど、大変なことだなあ。
忍び者も戦国時代には、(サンカと)同じような隠遁生活をし、情報を仕入れていたのかもしれない。
ご先祖と同じ体験を得られるのが楽しみです。
でも、ちょっと雨が心配です。

おりょうさん、東沢美史さん、あおきさん、お元気ですか?

GAINA - 2002/10/19(土) 12:50<

2005年は愛知万博!!!

こんにちは。
雨が降り始めたようです。

こちら名古屋では
信長・秀吉・家康の三英傑に因んだ「名古屋祭り」が2日間にわたって行われます。
歴史が浅い祭りなのと毎年の催しもほぼ同じものなので、いまひとつです。

先日、2005年愛知万博のメイン会場になる「愛知青少年公園」で起工式が行われました。
これまで環境保護団体や市民団体などの間で環境問題に関連して、
メイン会場変更などの紆余曲折がありました。

大阪万博以来の大型博覧会とのことですが、
メインテーマが「自然の叡智」とのことです。
100ヶ国以上の国の参加を見込んでいるようですので、
各国の環境に対する温度差も気になるところです。

当事国の日本館はどんな展示になるんでしょうね。
歴史・文化的背景からの日本の独自の自然文化にまで及ぶのでしょうか?
それとも、自然=科学のように科学で置き換えてしまうのでしょうか?
地元として注視しているのですが、
どこでどのように決められていくのか情報が入ってきません。
また、KUMANOLIFE掲示板で書き込ませていただきます。

ヤゾーさん、
熊野の空気を体に溜め込みに、よろしければ月末か月初めに訪問させていただこうと思っています。
卓球大会や温泉めぐりができれば最高なのですが・・・・・。
また連絡させていただきますので、よろしくお願いいたします。



とんちんかん小僧 - 2002/10/18(金) 23:58<

わあー、ヤナさんありがとう!

マッコウクジラ

二日前、NHK教育TVの深夜放送でクジラの生態について(題名は知らないです)やっていました。
マッコウクジラって奴は、潜水の世界一らしいです。
一回の潜水時間が二時間で、水深3000メートルも潜るらしいです。
で、一日に一匹から二匹(頭かな?)の大王イカを食べるそうです。
まだ、人間の皆様は、大王イカの泳ぐ姿を見たことがないとも言ってました。
大王イカも大きい奴で18メートルもあり、これもデカイ奴に限り目玉が直径28センチもあるようです。CGを使用して再現した大王イカを見ていて目玉がやけに大きいので、ビビッてしまいチャンネルをかえて
しまったので、この後の展開は知りません。
僕は、自分の顔よりデカイ顔の魚類をみたら、すごく震えが止まらなくなってしまうのです。だから、10数年、水族館に行ったことがありません。とにかく怖いから・・。

春之助くんやミキちゃんの怖い物って何ですか?

とんちんかん小僧 - 2002/10/18(金) 17:52<

難しいよ〜

紋次郎さん
もう少しね、自分の『言葉』と『考え』を頼りにできればと思う今日この頃。
まだ、いろんな意味で自信がないから文献に頼ってしまうんですよ。
若さゆえの事なので許して下さい。
言葉の一つ一つを噛み砕くことの連続・・然して苦労していないことは確かですが、
今現在の僕には現場に行き、自分の徒歩より物事の真実に触れるのは難しいです。
だから、少しでも本から吸収し、言葉を盗む手段にでるしかないのです。
まあ、いろいろと吸収した分は、自分の頭に蓄積されましたが、何年先になるか判らないですけど、
全ての場所を巡りたいと思っています。それで、自分なりにレポートにまとめれたら最高だなと
思っています。

自然体で言葉の和がたくさん量産できれば良いのですけど・・難しいよ〜

焼尻紋次郎 - 2002/10/18(金) 05:15<

 言語考古学に 科学の手法 が見えてきた 

 とんちんかん小僧さん、アマカネ。
 御バイタリティーの前には、シャバの風邪もタァジタジの呈のようですね。
 
 歴史とか風俗のことを考えるとき、ミナシャンは古文献をたよりになさるようです。
 しかし、おらはあんまし余命もないこともあって、古文献など読む力もヒマもない。
 そういうヒガミが根にあるので、これこれが文献だと紹介される事柄のうち、地名、
人名、制度の名前、神事の名前、神や天皇の名前等のうち、「やまとことば」で記載さ
れているものだけが“頼りにできる”ということにしました。
 すなわち、「ナニがナニしてなんとやら‥‥」には、後世の空想とか古老の言とか、
酒のんで酔っぱらって……がものすごく絡んでいるのではないだろーかとヒネクレてい
るんです。
 ま、常識から見ると偏見であることはタシカです、しかし、オレ個人の方法として、
これくらいのことは許されてもいいんじゃないか……です。

 日本人ということを見ると、どうも海外から来た連中ばかりらしい。そこで固有名詞
の意味を知ろうとしたら、ほかのくにの言葉を当らねばならなくなるのです。これは云
うに易く大変な作業です。
 でも、言語を手段として過去のことを追いかけまわしていると、古文献が記録される
遥か以前のことまでも、薄ぼんやりながらも浮上してくるという現象もあります。

 ところで、二つの語彙が関係あるのかないのかで微妙なところは、従来の手法では
まったく、個人の見解内の領域事だと放任されてきたのでした。
 そこに、万人が認めることができる手段はなにかないものでしょうか?
 それがありそうなんです。それをみつけたので、ここ4日ほど、嬉しさにおらの頭は
狂っています。
 その大略は、『古代史の謎と言語・掲示板』
 http://chance.gaiax.com/www/chance/x/2/x228mzk0/bbs.html に書きま
したので、興味とヒマのある方はご覧ください。

とんちんかん小僧 - 2002/10/18(金) 01:12<

鬼無里村

*(*..*):*nglyさん 焼尻紋次郎さん
なるほど、大変に興味深い見解ですね。
僕は、残念ながらそれほどよく判らないので、少しだけ書きます。
『鬼無里村誌』というものがあるらしい。
それによりますと、この土倉の文殊堂というのは、北陸道進出に赴く義仲が、一軸の巻物と文殊菩薩
を薬師堂に合祀したことに始まる。文殊菩薩は弘法大師作であり、後に一堂宇を建て、文殊堂とした
とある。

しかし、伝説によると、文殊菩薩は義仲の守護神であり、義仲は一寸八分の黄金の文殊菩薩を常に兜
の前頭に納めて、戦場を攻めぐったという。
義仲には他に金の鶏の宝物があり、一行は文殊尊像と金の鶏の二つを携えていた。
ちょうど鬼無里村の牧がはば(大字日影)に来た時に文殊尊像がぽろりと落ちた。
それでその地に留まりたいのだと察し、見晴らしのいい土倉に安置し、一行もしばらく滞在したという・・。

誤→木曽義仲(源頼朝の叔父)
正→木曽義仲(源頼朝の従兄弟)
すみません間違っていました。

修験道と銅鐸文化 - 2002/10/17(木) 18:40<
役小角の出自した賀茂氏は銅鐸文化と深く関係していたらしいです。
ということは、
修験道とは大和朝廷に制圧された銅鐸文化の金属民を再編成する意味もあったのでしょうか?。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/17(木) 17:26<

 鉄器文明がむかで(銅文明)に打ち勝った 

 くるぶしさんが管理しておられる板 http://www.ainu.info/index_3.html で、鬼無里に関しての
あっしの存念を書きましたのでアマカネね。

※ むかでは銅山の守護神です。これは世界に普遍的です。
※ 「キ」はもともと、これも世界的に「大地」という意味です。それが発音 QUI〜QUEI(悪魔)と重
  なって、いろいろと重層し、概念変化を興したものではないかと、思います。
※ 太古では「おに」はだれでも「大きい・ひと」とも解釈できます。
  前の森総理みたいなポリネシア系の人びとは、混血する前のむかしは、もっと特徴ある五体・顔つき
  だったことでしょう。
  戦後を揺るがした列車転覆事件のとき、脱線現場で「その前夜、オニのような大男が5〜6人でツル
  ハシを振っていたのを見た」と証言していた人は、その後、横浜市内で変死体となったとか。
  いつの世でも国があるかぎり、謀略はつきものですな。
  てめぇら日本人が何十万人も拉致した事実はケロリと忘れたふりして、マスコミをギャ−ギャ−騒が
  せたネライも、かなりハッキリと見えてきましたね。

*(*..*):*ngly - 2002/10/17(木) 11:37<

鬼無里い

とんちんかん小僧さん
>鬼無里ってなんでしょう。
 同感です。香川県高松市西部の大平山麓にも鬼無(きなし)が
あります。西南は国分寺市で、景行天皇とやらの足跡もあるとか
で、南の山岳部にいた大蛇退治の先住民討伐の歴史があり、国分
寺の鐘は(先住民所有の?)青銅の剣を集めて鋳造した故に妙な
る音がするの伝えです。また西部の満濃池は文殊信徒で土木業者
の行基菩薩が造ったものとしますが、出来た米は都者の口へ。
それでさぬきうどんが有名なのは、米の無い里の歴史を反映か。
 東北から強制移住された別所の者に文殊信仰があったのも事実。
 鬼無はやはり鬼が居ない(天皇勢力に逆らう者は討伐されまし
た)地でしょう。またそうしないと生かせて貰えなかったのは
「拉致された人」と同じ境遇です。近くの大平山は別所の地に
あり、大変くさい名前です。私説では・・・・・。
 東広島市原の鬼ヶ城山を探索中のこと。鬼ヶ城山はその盆地の
には無いが「鬼退治の行事」が未だに学校!で続けている所があ
ります。そこの住民が鬼の末裔かそれとも鬼退治の側か不明です
が、毘沙門天を祭った祠はすでに荒れていました。確か龍はムカ
デを嫌い、ムカデを退治するのは毘沙門天でしたか?
(鬼が鬼を退治する?)鬼退治行事を見に行く積りです。
 やはり鬼の末裔がいるから鬼・無・里(きなさ)いと言ってる
ように聞こえます。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/17(木) 08:02<

 風邪菌もらいにパチンコ屋にはいる   

 長げェわらじィはく前には体調を MIL(ネパール語で調節する)必要がありやす。
 わるい風邪がはやっているときや、「どうも、こんけぇは旅先で風邪ひくぞ、こりゃ……」
と感じたときには、あっしゃ5〜7日前にパチンコ屋にへぇることにしていやした。但し、
勝っても負けても7分間だけ。
 翌朝、必ずノドに異常が出ますので、それを我流で克服したあと、旅に出やした。

※ そのころは、今のような風邪対策は尻やせんでげした。
※ あっしの場合、のど周辺を拡大させたり、動かすことができやす。風邪菌がくらいついた
  ときは、のどを広げると痛みや異常を感じやす。そこでノドをぐにゃぐにゃ動かしていたら、
  ほとんどその場で正常となりやす。

とんちんかん小僧 - 2002/10/17(木) 01:35<

けけけの鬼

さてさて、ただ今、とんちんかん掲示板の方では東北地方の面白い(変わった)地名について、
密かに盛り上がっています。
そして、turukot(-,.-)さんから色々な地名の名前やそれに纏わる伝承等を教わっています。
でも、裏や風の王国掲示板で盛り上がっても・・と思い表に移行しようと思いました。

turukot(-,.-)さんによりますと鬼越(おにごり)という場所があるそうで、その側には
「鬼古里山」って山があるそうで、奇奇怪怪な名前なイメージが僕には沸いてきました。
何かイワレがありましたら、何方か書いてくれますか?

この山とは関係ないのですが、今日パラパラっと読んでいた本の中に「鬼無里村(きなさ)」
というのがありました。そこは、長野県上水内郡にある村で、鬼伝承ではなくこの村にある
文殊堂というのが、木曽義仲(源頼朝の叔父)の子義重らが木曽家再興の旗揚げのために一時
見を隠していた場所だそうです。ちなみにここの文殊菩薩像は弘法大師作のようです。

とんちんかん小僧 - 2002/10/16(水) 12:46<

ジーンときました(泣)!

昨日、25年振りに日本へ帰って来られた五人の方とご家族の方々の姿を見たとき、すごく目頭が
熱くなり涙が止めどなく出てしまいました。
25年の空白を取り戻す事は大変難しいことだけど、とにかく無事に五体満足で帰国できてよかった
なあと思いました。

turukot(-,.-)さん、紋次郎さん
そう言えば、昨年、最強の風邪対策を僕達に提供して下さっていましたね。
僕は、「変人・奇人」ならしく、もう何年も風邪をひいたことないですが、イザ風邪をひいたら
ミノ紋次郎さんの風邪対策は役に立つので皆さん試して下さいね。
turukot(-,.-)さんは、実践されていたのですね。
僕も風邪にならないかなあ〜、実践したいな。しんどくなるのは嫌だけど・・。

ヤナさん
そろそろ自然からの○○(何か、自分があてはまる事があればあてはめて下さい)からの自立が
僕にも必要です。頼るより頼られる人にならないとね。今季も多くの課題を残したままで来年に
持ち越すことを繰り返せば・・いつか見放されちゃうよ。
国・個のレベルであっても同じだ。でも、一縷の望みをつないでいけば、なんだって解決する
だろうから根気よくやろうと思います。

田村 カズマさん
はじめまして。今後ともよろしくお願いしますね。
管理人のヤゾーさんが体調を崩されておりますので、私が代わってご挨拶させて頂きます。私も
、自然って計り知れない事・物があって脅威であると同時に私達を包みこんでくれる優しさを感じ
とれることができます。

田村 カズマ <http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/7863/> - 2002/10/16(水) 02:07<
こんにちは。お邪魔致します。
僕もサンカが大好きで、ひそかにロムらせて頂いておりました。

こんど新しく掲示板なるものを作りましたので
良かったら遊びにいらしてください。

山のことや岩のこと、自然のことについて話していきたいと思っています。

ya(・ε^)na - 2002/10/16(水) 00:08<

落雷!と稲妻!!

低気圧の通過に伴う・・雷!!
 PM7時ころだったろうか・・
  私の住むまちが、大雨に見舞われた・・
 一瞬にして降り出した雨と、雷はこれまで私の経験したそれとは、ちがっていた!!
  ワイパーも効かない大雨・・稲光は止まるところを知らない!!
 そして落雷・・・・寸時にトユはあふれた!!
店の中にまで雨水が流れ込んだ!!・・
 はっはははは・・本当に自然って素敵だ!!
   私の大好きな・・自然だ!!

    私たち人間のことなんか・・なーーにも考えてはくれていない・・
  非情・・・非情ってことばは、きっと人間の方から見た甘えの言葉なんだろうな!!
 きっと誰かが助けてくれる、何とかしてくれるなんて甘い気持ち・・そんな気持ちで・・
  きっと今の日本人感じてるんとチャウやろか??!

  経済ニュース・・聞いていたけど、他力本願・・政府の無策を言ってたが・・
  株価上がったら売り抜けで、稼いだろとおもてるんが、見え見え・・

   もうそろそろ・・自立せな!!ぁ

      大雨の後の月がなぜか・・明るく感じるのは・・ヤナだけなんやろか??!!

    ふーーー・・・・・ぅ

     夜風が冷たく・・流れます・・
          ほんま・・ええ時間がながれています・・

    ヤゾー風邪には、生姜がええねんてえ・・
       はよ・・なおしや!!  

         ほなまた

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/15(火) 15:32<

 風 邪 対 策  

去年だったか、夜10時〜朝4時の間は“ゼッタイに”眠っていなくっちゃオエン。
 風邪はのどの粘膜にくらいつくので、オカシイナと思ったらプロポリス飴を舐めるか、
15分おきぐらいで、しばしばウガイをするべし。
 熱が出てきても、ウガイをつづけると、被害は軽度で済むし、早く治る。
 のどだけでなく、鼻の粘膜もウガイすべし。片手の掌にウガイ液入りの溶液をすくって、
落ち着いてゆっくり、片方の鼻穴ごとでそれを吸い込む。この要領覚えたら一生の宝です。

 けふの紋チャン(ミノ・モンタ)TVみていたら、梨の芯をすりおろし、これと牛乳と
をまぜて飲むと風邪はすぐ治るとこきました。
 ヤゾー親分さン、これですね!!

turukot(-,.-) - 2002/10/15(火) 10:16<

ヤゾーさん

今回の風邪は手ごわいですので、十分静養されてください。
風邪にはヒエとかヨモギがいいとか聞きます。

小生、めったに風邪を引かないのですが、こじらせて数日寒気がおさまりませんでした。
(バカでもひくことが分かった??)治りかけているのに、また喉にウィルスが付着して
きたような感じでした。

紋次郎さん薬局に行く前に治ってしまいましたけど22時〜4時(3時には起きなくてはなら
ないのです)就寝とビタミンC摂取は遵守しましたよ。

とんちんかん小僧 - 2002/10/15(火) 01:53<

ヤゾーさん、早く元気になってネ!

GAINAさん、ありがとう!
ヤゾーさんからもね、GAINAさんが言って頂いたような事を言ってくれてましたのであくまで、
とんちんかん流にレスしますので皆さん、よろしく。

木乃葉木菟さん
三連休の旅は、良い時間過ごせましたか?
僕も、今度こそ一度でも勝てるように秘密の特訓をと思っています。
ヤゾーさんも言ってましたが、女性というのは勝負事になると異常なくらいに力を発揮するんですね。
今度こそは、つやさんや彼女に負けないぞ〜。
僕もピンポン玉購入しておきますよ。

東沢美史さん、至らない点が沢山あろうかと思いますが、よろしくお願いしますよ。
深夜地震が、そちらの方でありましたが大丈夫なんでしょうか?
津波の心配はないようですけど、心配しています。

やなさん、無事に帰ることができてよかったですね。
自然との同化、海・川・山…etc、との直接対話ができない我々にとって間接的に感じられることの
素晴らしさが、ヤナさんの言葉の節々に感じられ、あたかも自分自身がヤナさんの体験に重なり合い
より脳に直接語りかけてくるような「氣」が文章中から感じ取れましたよ!

僕もこれから色んな経験を積んで、日々成長していけるように今年の秋は頑張りたいと思っています。

ya(・ε^)na - 2002/10/14(月) 22:53<

大波・小波

田辺の磯荒れてました・・
 とりあえず、沖の磯に向かいました
 遠目から眺めました・んんん
  あれが渡礁する磯なん???!!
    大波が大きく洗っていました
     船は大きく揺れ、波が船体を洗います
しぶきが、私たちの荷物をボトボトにしました

  恐れをなした私たちは、尻尾をまいて退散です
   自然は、恐ろしい!!

友人と二人・・熊楠先生の孤島にあげて貰いました
 熊楠の記念碑が建っていました
深夜、大きなうねりと波が押し寄せてきました
遠く白浜の明かりが強く波がボワっと光っています
   深夜・・夜空にオリオンが瞬いています・・そんな中、暗闇の島に墓石のような碑が
蛍の光のように本当に、ボワーーンと光っています
  引く波が、人の足音のように聞こえてきます・・真っ暗闇・・
   寒さが襲ってきた・・と同時に睡魔も、岩の上で夜空を本当にじっくりと眺めた
    そして、眠った・・波の音、風の音・・木々のざわめき・・ぬえの声・・

   大波のしぶきで、目を覚ました・・
      真っ暗な中・・・友が、座っていた・・一瞬ドキリとした
           夜露が冷たく感じた・・また目を瞑った!!
  サブーーッ・・おおっとヤナは、釣りにきってたんや!
  また釣竿を振ることにした・・

      でも夜明けまで釣竿がしなる事はなかった・・
  今年の夜釣りは、おしまいや・・っと・・感じた!!


      でも感じれるんです・・自然の中に自分が居るって
        

東沢美史 - 2002/10/14(月) 22:41<

早く治りますように

KUMANO LIFEに毎日アクセスする私等のために日夜にわたり無理をさせ、風邪をひかせてしまったようで全く申し訳ないです。たくさん栄養をとってお休み下さい。
とんちんかん小僧君もあまり疲れないように、よろしく願いますね。

木乃葉木菟 - 2002/10/14(月) 22:08<

ただいま戻りました

ヤゾーさん、GAINAさん、つやさん、とんちゃん、有り難うございます
御礼が送れてすみませんね、

いま旅先から帰宅しました。掲示板のレスを済ませてこちらに
お伺いしましたら・・盛り上がってて・・お風呂に入ろういてましたので
そのまま の姿で失礼致します。

まぁ〜温泉にも一緒に入ったことだし・・・ご理解のほどを、はひふへほ〜


GAINAさんも是非是非〜〜〜卓球を

(内緒話の独り言)↓

僕もこりゃ〜「ぴんぽん」内緒で特訓せなあかんかなぁ?
今度は・・ピンポン玉沢山要りそう


ヤゾーさん「ユサ張り」の千木は 「至聖の意味」が有りそうですね。
13日、京都で「秦氏」の事で観光会商工会主催で・・・秦氏ゆかりの地を巡り歩きしたと
ラジオで言ってました。また秦氏の「古墳」も在るそうですよ。(太秦〜嵯峨の辺り)

では皆さん〜書き込み遅くなりましたが今日はお休みなさいませ!

GAINA - 2002/10/14(月) 20:46<

若者よ、がんばれ!

こんばんは。
ヤゾーさん、大丈夫かな?
卓球でがんばりすぎたのかな?
無理をしないで!

管理人代理のとんちゃん、
まあ、気楽に気楽に。
誰が代理人になっても、ヤゾーさんに成り代わることは出来ないのだから、
とんちゃんで押し通してくだされ!

とんちんかん小僧 - 2002/10/14(月) 20:19<

ピンチヒッター

管理人のヤゾーさんが風邪を拗らせまして、しばらくお休み(完全休暇ではありませんよ)される
ことになりました。
それで、私、とんちんかん小僧が管理人代行として指名されました。
しかし、ヤゾーさんとは違い余り物事に対し疎い点もありますし、なにより経験値が低いことも
あり上手く取りなすことはできません。
こんな若輩者の代行ですがよろしくお願いします。

tuya - 2002/10/13(日) 23:20<

一番強いのは

やはりコノハズクさんでしょう!!あのスピンのかかった球は、なかなか打ち返せません〜。

今度はGAINAさんもぜひ、卓球を^^

GAINA - 2002/10/13(日) 19:16<

貴重な日・夢の第一歩

こんばんは。
昨日はありがとうございました。
ヤゾーさん、コノハズクさん、tuyaさん、とんちゃん、そして彼女。
楽しい日・貴重な一日となりました。

ヤゾーさん、おかげさまで夢に大きく前進の兆しが見えてきました。
まだまだこれからですが、よろしくお願いします。
カゼ早く直してください。
とんちゃん、昨日は真剣な顔していただけですよ。

近露王子の出口鬼三郎書なる碑の写真を画像掲示板にupしておきます。
戦時中に出口鬼三郎の名が出ると取り壊しにあうために、銘を変えたとの説明がありました。

ヤゾー - 2002/10/13(日) 18:38<

卓球大会

みなさん こんばんわ

おりょうさん 縄文人の生活エリアが主に山と海であり 平地ではなかったといいますから 
もともとサンカの原形となった人たちが山をテリトリーとして生活していたのでしょうね。
そして日本の山には砂鉄が豊富にあったことから 
渡来系の産鉄民が鉄を求めて川を遡り 縄文の末裔がテリトリーとしていた山に侵入したことで
争いや融合などが繰り返えされ 産鉄民とサンカが重なっているということがあるのかもしれません。

木乃葉木菟さん  ユサバリには社殿と同じように千木がありますが
千木にはどういう謂れや意味があるのでしょうね。
昨日は遠路遥々ありがとうございました。

とんちゃん 勝負になると女性陣は強かったですね。
とんちゃんのガールフレンドも楽しそうで良かったです。
たまには運動してお互いに女性に負けないようにしましょう。

行った先に卓球台が置いてあったので
みんなで卓球大会をしました。
一番無邪気で必死だったのは間違いなく木乃葉木菟さんでした。
ぼくも無邪気な方ですが負けました。
久しぶりに童心にかえって遊べました。
で 一番強かったのはtuyaさん?
GAINAさん 自然と環境を考える村づくり楽しみにしています。
ぼくも風邪をこじらしたようです。
みなさんも風邪には気を付けて下さい。

とんちんかん小僧 - 2002/10/13(日) 11:09<

昨日はありがとうございました

山小屋で、まさかGAINAさんや木乃葉木菟さんらとお会いし、お話ができるとは思いもしませんでした。
もう少しお話する時間があれば・・と悔やんでいますが仕方ないですねえ。
こちらには連れがいましたからね。彼女もとても楽しんでもらえたのでよかったです。
卓球大会の真の勝者は一体誰なんでしょう?僕かもしれない・・ことはないですね。
次回、ヤゾーさんvs木乃葉木菟さんの勝負の続きが見たいっす!
GAINAさんって、以前に写真で拝見させて頂いたお顔より、ずっと芯の強いお顔だったのでビビって
しまいました。でも瞳の奥にある優しさに触れる事ができてよかったです。
また、お話がしたいです。
木乃葉木菟さんって年齢の割にずうぅぅ〜〜〜とお若くて、「とんちんかん」な方ですね。
だからとても親近感が沸きましたよ。(し、失礼・・)
何事にも真剣に取り組まれる姿に、心が打たれました。
僕も少しガムシャラなところを見習わなければと思いました。
でも、とんちんかん度数もパワーアップしたら怖いナァ・・
昨日は、人数が多くて、ピーちゃん達も警戒しちゃって餌を食べてもらえなかったのが残念でした。
昨日はまさかヒスイ温泉にいけるとは夢にも思わなかったので嬉しかったっすよ!
彼女も喜んでいたよ!
将来的には、クマノライフの仲間が集まって夜通しドンちゃん騒ぎしたいなあ〜。

とんちんかん小僧 - 2002/10/11(金) 21:41<

鬼 ―ONI―(3)

ヤゾーさんありがとうさん、ボチボチやりますよん。
硬くなると面白味にもかけてきますし、書いてる本人も疲れてきますもんね。


ずっとずっと過去の掲示板で書いたような書いていないような思い出す事ができませんから書きます。

☆★鬼の子孫、役行者と前鬼(ぜんき)と後鬼(ごき)☆★
修験道の開祖と仰がれている役行者の木像(出羽三山歴史博物館所蔵)は、前鬼と後鬼(共に大峰山
の洞川龍泉寺所蔵)の二匹の鬼を従え、右手に錫杖をもって岩盤に腰をかけて此方を見つめている。
その表情は暗くて、不気味な雰囲気がただよっている。これらの像を見る限り役行者といえど、まさに
鬼のような面構えであります。
何回もカラー写真で見てますが、何回見ても心臓に悪いお顔です。前鬼と後鬼も怖すぎます。今も
ハラハラドキドキ状態で見入っています。

役行者は、役小角、役優婆塞(えんのうばそく)とよばれて、七世紀末に大和(奈良県)の葛城山に
いた呪術者で、のちに修験道の開祖とされるようになった。
『日本霊異記』によりますと、
 役優婆塞は、賀茂役君の出で、大和国葛木上郡茅原村の人。岩窟で松を食し、清水で垢離をとり、
孔雀の呪法を修め、奇異の呪術をした。鬼神を使役して、大和の金峰山と葛城山の間に橋を架けよう
としたが、葛城山の一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)が讒言したため、伊豆島に流された。
ここで役優婆塞は、昼はおとなしく島にいたが、夜は富士山に行って修行し、最後は仙人となって
天に飛び去った・・という。

こうした伝説がつくられた背景には、葛城地方の特異な呪的風土があったとされる。
『日本書紀』によると、神武東征のとき、葛城地方の先住民である赤銅八十梟帥(あかがねやそた
ける)が天皇と戦おうとしたので撃った。また土蜘蛛がおり、皇軍が葛の網で襲い殺したので、この
村を葛城というようになった、と記されています。役行者が活躍した葛城付近は、天皇にまつろわぬ
先住民が大量に虐殺された闇の地であるために役行者像の暗いイメージには、葛城の歴史的風土も
反映しているようです。 ―つづく。

木乃葉木菟 - 2002/10/11(金) 21:19<

ゲル!

ヤゾーさん、
皆さんコンバンワ ドングリさん、春之助さん初めまして!

Turkotさん独身で相手募集中との事、ご縁というもんは・・どこでどうなるのか?神さんも
わからないらしいですよ〜「おなご」を選ぶときは、やはり「心美人」が最高かと思ったりしてますがね〜!

とんちんかん小僧さん、「秦氏」続行してくださいね。私もわからんことが沢山出てきてます
宜しく!

おりょうさん!(#^.^#)
私の掲示板に書き込み有り難うございます。メリーちゃんも、フラニーちゃんも来ていただいて
ジョンは「おおはしゃぎ」してましたよ。今夜は、小雨で地面がぬれているので、おとなしく「庵」で、「しこってる」(こもってる)みたいですけど。

尾張の国知さん、、<「サンカ」、「オゲ」、「ノアイ」、「ナデシ」、「ポン」の系列語源について教えてくださいませんか?
とのご注文ですが、私のほうこそ、よろしゅうに教えていただけませんか御願い致します。

ヤゾーさん
ユサバリ・・・はピラミット・ジェネレーターの役目があるかも知れませんね。
またシャーマンも使っていたようにも見えますが、「ゲル」もほしいですね。
ときどき「おりん」を鳴らしてますよ。最近は、かすれずになりましたぁ

おりょう - 2002/10/11(金) 21:07<

かなくそ峠

>(ねぇねぇ、おりょうさん、金糞峠ってなんか匂いませんか??)
春之助君、これ、かなくそとうげと読むんでしょ?匂うよ。
やっぱり製鉄の遺跡、すなわち鉄のくづがいっぱいあったところたいね。
産鉄民のいるところ鬼やサンカとかさなり、サンカのメッカは鬼や産鉄民とかさなり・・・。
サンカというのは”浮かれ人”などが追われて山に逃げこみ糧を求めた人々というよりも、はじめから
体制化にはいらなかった人々とおもってるんだけどー。

春之助くん、いろんな山にいけて羨ましい。峠にイメージふくらみますよー私は・・・・。

ヤゾ− - 2002/10/11(金) 11:38<

ユサバリて思うこと

みなさん こんにちわ

とんちゃん 無理せずにぼちぼち行きましょう。
十一面観音というのは 大和朝廷に追いやられたものを投影したものだという話しもあるようです。

ヤナさんは山男だったから山の上でテントを張って寝たことはたくさんあるでしょうね。
ところで渓流の近くでテント張って寝たことってありますか。

おユキちゃん (・ω・)ゞ  タマちゃん カワイイ〜ですね。
タマちゃんが何を食べているのか気になって仕方がありません。

尾張の国知さん それは大変でした。
ドングリさんを交えて三人で対談したら もっと凄いことになるのかもしれませんが
お互いが立場を超えて本音をぶつけたら それはそれは貴重な話しが聞けるような気もします。
セブリ場に行かれるとのこと ご苦労様です。
ユサバリを張るときの場所の条件や方角が分ったら教えて下さい。

あおきさん そうですね。
どちらかというと ぼくは感性としてサンカが好きな方なので
学問より その生き方や 年に数日でもいいからセブリ生活を真似てみたいと思っています。

木乃葉木菟さん ご飯食べて愛犬ジョンと遊んで てんやワンやで楽しそう。
愛犬ジョンくん どちらかというとジョンというよりゴン太という顔してました。

おりょうさん 立場のある人というのも大変なのかもしれません。
分らないことは分らない 間違っていることは間違っていると言えるようにありたいですね。

*(-..-)*onglyさん 近代発生説を主流としたい勢力があるのかのしれませんね。
琉球語が日本語のルーツだという話しは聞いたことがあります。
琉球語と日本語の分離期が古墳時代だそうです。 
古墳文化は沖縄にはないことから 変化したのが古代日本語の方で
琉球語の方が古い言葉を残しているという話しだったと思います。

昨日 山小屋の前にユサバリを再現してみました。
ブルーシートと三本の竹 それに少しのヒモだけで再現することができました。
あまり防水の効かない布でも 天幕がカネ勾配(90度)なので
しょうしょうの雨でも 雨漏りしそうにはなさそうです。
古くから柿渋を使って布に防水性を持たせる知恵がありましたから
インディアンの移動式テントと同じように ユサバリの歴史も随分古くからあったように思いました。
今のようなテントがない時代の山河での移動生活において 
竹はセブリ場の近くで調達できるでしょうから 天幕になる布とヒモだけで設営できるという 
とてもよく考えられたものだと感心しました。
それにユサバリを張った姿が 古からの神聖なものを継承しているかのようで美しくもありました。
近いうちに 川でユサバリを張って寝てみようと思っています。

*(-..-)*ongly <http://www7.ocn.ne.jp/~iyasi> - 2002/10/11(金) 10:54<

だからいったじゃないの

尾張国知さん
 知名度が高くてもダメなものはダメなのです。
あなたが知る○○解体は今も真実です。70年闘争の知的
地平と思想的水準の高さを思い起して下さい。また古く
から興味をもったり実際にサンカを少しでも調べた者なら、
喜田貞吉や柳田國男ならずとも近代発生説などトンデモ眉唾
でしょう。一体サンカ資料をサンカ研究者から金で「奪おう
」とする自己本位精神が学者にふさわしいのですか。そうで
ないから無礼な言動になると思いませんか。昨日新聞の
刑事裁判の判決理由にこの「自己本位」が入っていました。
しかしマスコミは彼を庇護し再びあなたに襲い掛かるでしょ
う。また「権力」の前に庶民は泣き寝入りするのでしょうか。
泣き寝入りしないために私は野史研究会に加わりました。
 サンカ民俗学をサンカ民族学に高めるのはあなたのお仕事
と思います。野史では歴史的にマスコミ=ヤクザ世界と見ま
すから、あなたの事件が起るのは「あたり前の社会」です。
 みなさん こんにちは
沖縄の言語学者が出雲⇒沖縄・西日本・東北への先住民の
移動を主張しています。方言を歴史研究の道具とする方がお
られるので、成果が期待されます。も一つ神楽も九州や東北
に残りますから、出雲から他の地方に展開したのではないで
しょうか?というよりも神無月・神有月のように出雲⇔他の
地方だと思いますが。

 神楽の中には「史実」と違うストリーが多々あるようです。

とんちんかん小僧 - 2002/10/11(金) 02:27<

深夜の深夜ですが・・

ミキちゃんに春の助くん、あいかわらずお元気そうでとん忍も嬉しいですよ!

木乃葉木菟さん
こちらこそ、よろしくお願いします。
秦一族の話とても興味深く読ませてもらっています。
僕も今の鬼の話が終わり次第、秦氏について、ちょこっと書き込みしようと思っています。

おりょうさん
ただいま、戻りました。
やはり、おりょうさんやDonglyさんの指摘通り、鬼といえば=虐げられてきた民サンカに
繋がり深い人々で形成された集団だと思います。

とんちんかん小僧 - 2002/10/11(金) 02:09<

鬼 ―ONI―(2)

・ ・悪路王が砦を構えたという達谷窟(たつこくのいわや)が、岩手県西磐井郡平泉町大字戸
河内字上達谷にあるそうです。地図で調べてみると、京都御所からほぼ正確な鬼門の方向に位置
しているのである。また、悪路王を誅(ころ)した坂上田村麻呂が、この窟の前に京都の鞍馬寺
を模倣して、多聞天(毘沙門天)の像を安置する堂を建立している。
 その鞍馬寺の本尊もまた毘沙門天であるが、その夜の化身は「魔王大僧正」と呼ばれる天狗の
首領であった。天狗とは空中を飛行する「天夜叉」、または仏教徒の修行を邪魔する天魔波旬(
他北自在天)の眷属と同一視された妖怪である。鞍馬寺の魔王大僧正は、天狗たちが人間に悪さ
をしないように監督しているともいう。
 東北地方を平定した田村麻呂の伝承には、毘沙門天堂建立の話が多いようです。
 それというのも、毘沙門天が北方の守護神であるとともに夜叉(鬼、天狗)の首領であった
ことと関連づけられたからだと言われています。東北地方の鬼たちを征伐し平定した田村麻呂は
、最も強い鬼と見立てられたからである。それと同時に田村麻呂が信仰していた観音菩薩の三十三
身の一(化身)が毘沙門天とされるが、観音信仰もまた鬼の伝承に深い関係があるそうで、田村麻呂
は蝦夷征伐で多くの殺生を行ったことを悔いて、延暦十七年(798)に十一面観音を本尊とする清水寺
(京都市東山区)を建立したという。そして田村麻呂の東征伝承と観音信仰を結びつけて世間に広めた
のは、東北地方を巡行した清水寺の勧進聖(かんじんひじり、庶民を教化して歩いた僧)であったと
推察されています。

 途中、鬼の話から外れそうになり、書きながらハラハラしました。自分でも予想のつかない展開
でした。大江山の鬼については有名だし、ヤゾーさん、御自らの足で取材投稿していましたし、
おりょうさん、Donglyさん、写楽さん、ヤナさん、東沢さん等の鬼ついての話がとても興味深いし
濃い内容でしたので、これを出そうかどうか迷いましたが、せっかくヤゾーさんがふってくれていた
から書く事にしました。
 でも、ミイラについては、怖くてあまり知ろうと思わないんですよね。なんか夢に出てきて襲われ
そうだから・・すみません。  ―つづく。

春之助 - 2002/10/10(木) 23:26<

ミキちゃんこんばんわ!

ミキちゃん、こんばんわ
 ねえねえ、どこへいって来たのですか?
   教えてくださいよ!
なーーーんか、楽しみです
 僕、あんまり遠くに行かないから、そんなお話聞いたらわくわくするんですよう
以前お父さんと比良山に行ったとき、正面谷から金糞峠めざしました


 (ねぇねぇ、おりょうさん、金糞峠ってなんか匂いませんか??)

 谷筋のあちこちで、いいセブリ場がありましたよ
 あの頃は、夏でしたから
  秋にもつれってって貰いたいなぁと思ってます

今度は、武奈ヶ岳まで登りたいなーーァ
  お父さん連れてってくれるかなーァ?

    ミキちゃん報告してよね、
     待ってます   それじゃまた・

おりょう - 2002/10/10(木) 20:59<

なんだかね・・・

尾張の国知さん 学歴やブランドを誇示した人間をみると悲しいですね。御自分を振り返ることが出来ないで恥ずかしい事と微塵にも感じることなく、これからも生きていくんでしょうか。
めげずに頑張っていただきたいとおもいます。
宮本常一さんは地道に足で歩いていいお仕事をいっぱい残しておられるのは誰もが認めているところです。
尾張の国知さん、蜜柑さんのような方々が、あとにつづいていかれる方々とおもっています。
大井川の中流のサンカの方々の聴き取り楽しみにしています。大井川ーサンカ、なんかいいな。

とんちんかん小僧 -さんおかえりなさい。鬼のはなし面白い。過去ログで鬼のミイラの話し聞いていた方がいましたね。いっぱいかいてね。

木乃葉木菟さんページ見させていただきました。
ジョン君がかわいかったです。

タマちゃんも無事でよかった! (・ω・)ゞ おユキちゃんも無事でよかった。



木乃葉木菟 - 2002/10/10(木) 19:41<

有り難うございます。

ただいま帰宅しました。これから夕飯の支度やお風呂に入ったりしますので
「てんやわんや」します。

・・・皆様有り難うございます。
くるぶしさん!とんちんかん小僧さん!ミキさん!初めまして

「熊野ライフネットワーク」の皆さんどれだけいらっしゃるのか、ぞくぞくしますわ!
これからも宜しく賜りますように!

紋次郎さん!「意識」のことですね!・・・あまり詳しくはお答えできないかも知れませんが
「意識」は「無意識」と連動してる場合が存在しますが、深く突っ込めば・・・
「深層心理」の領域まで、ご説明しなければならない場合が有りますので、書面上都合も有ります・・・徐々にこれから・・・書き込みの中に含有できることを願ってます。
「無限界乃至無意識界」の「意識界」は心で色々な事を思う世界。ですね

目に見える世界から〜意識の世界まで何もないことを「無限界乃至無意識界」だと思います
これでは説明不足かも知れませんね〜〜〜とりあえず今から
「ご飯」と「愛犬ジョンのにコミニュケーション」しに行きますので〜〜失礼致します

あおき - 2002/10/10(木) 19:15<

サンカはいろいろな仕事を

したのだと思います 川魚捕りか?竹細工師か? 僕が会ったはじめさんはミナオシ 広島の東部では川魚捕りもいるし竹細工師もいますよね 仕事内容ではなく生き様だと思うのですが
こつこつとフィールドワークを重ねて事実を探索するしかないですよね 文献も限られているし マスコミにもあまり取り上げられないし
蜜柑さんもT大ですが こつこつとフィールドワークを重ねていらっしゃるので はじめさん大発見につながったのだと思います 机上でうだうだ言う前に現地調査 地元民聞きこみ これは痛感しました
サンカのことは学問にしたくないなあ 大学とかで教えて欲しくないなあ 体験して欲しいなあ真のアウトドア人生を

尾張の国知 - 2002/10/10(木) 17:43<

グチウマリの続きです。

(未だ、平常な精神状態ではないようです・・・否、これが普通かも?)

「・・・・・・もとへ、気持ちをお伝え出来るフンギリがつきました。」

明後日から、大井川の中流のサンカの方々の聴き取りと、セブリバの案内をして頂きにまいります。また御報告します。

尾張の国知 - 2002/10/10(木) 17:08<

色々なこと有りました。グチウマリます。

数日前、****大学の**元教授さんと対談しました。途中でケンカになつてしまいました。六割ぐらい音録が進んだところでした。「中止、中断、無かった事にシテクレ」と、一方的な宣言でした。
サンカは、川魚捕りか?。竹細工師か?の一番の山場でもある主生業のバトル中でした。「俺はT大出だ。君は何処だ?・・・・・」   急に・・・・悲しい気持ちになりました。わたしも随分耐えて我慢をしていた対談でした。・・・・・スッタフの皆さん本当にゴメンナサイ。相手も限界なら、私自身も、もう絶えられない状況でした・・・・・。

ヤゾウさん。おりょうさん。期待を裏切るような結末で済みませんです。
やっと気を取り直して、今日、久々、クマノライフ皆様の、活発なやり取りを読み、学ばせていただきました。何とか、少しずつパワーが戻ってきたようです。

コノハズクさん。ご指名のツナギ有難うございます。こちらこそ、どうぞ宜しくヤナギムシでアマカネです。ついでの時で構いませんが、「サンカ」、「オゲ」、「ノアイ」、「ナデシ」、「ポン」の系列語源について教えてくださいませんか?・・・従来の学説、色々有るようですが、納得ができかねています。



ここしばらくは、何もする気がしなかったです。久々、ヤゾウさん、みなさまの

おユキ - 2002/10/10(木) 12:55<

タマちゃんも無事でよかった! (・ω・)ゞ

台風の影響でしばらく姿を見せなかったタマちゃんが、
横浜の帷子川の護岸で寝そべっているのが目撃されてホッとしました。

おりょうさん、ご心配していただいてありがとうございます。
植木鉢が少し壊れただけでした。

木乃葉木菟さん、こちらこそよろしくお願いします。


ミキ - 2002/10/10(木) 06:42<

まってたよ

わーいとん忍だ

はるのすけくんおはよう、ミキこれからいいとこいくんだー

とんちんかん小僧 - 2002/10/10(木) 01:33<

鬼 ―ONI―(1)

以前、掲示板において、鬼についてお調べになられている方がいましたよね。
で、鬼についての説明は多くの方々が掲示板において多様でより判りやすく説明されていました
ので、なるべく重複するような事のないように書いてまいります。
まず、ミイラについては、宮城県柴田郡村田町字迫(あざはさま)にある歴史みらい館になんと
、鬼の頭部のミイラと頭骨が展示室の一角に木箱に入れられているそうです。
写真で見るだけでも、かなり怖い顔をしているので暫く忘れる事はないでしょう。
他にミイラについては、「鬼」「ミイラ」等で検索サイトで調べて見て下さい(もう調べてますよね)。

鬼…和名「おに」とは「隠(おん)」がなまったもので、人に姿を隠して見えない超自然的な霊
を意味してきたが、後に鬼は頭に牛の角をはやし、虎皮のパンツをはく姿で表現されるようにな
った。これは鬼門の丑(牛)の方角と、寅(虎)の方位〈布衣(ほうい)〉の語呂で、鬼とは鬼
門の性質を擬人化した表現であったようです。

東北には何故か鬼伝説が多く存在するようです。
→古代より東北地方に居住していた人々は、西日本の人々と言語や風俗を異にし、朝廷に服従
しなかったとして、夷〈えびす、=蝦夷(えみし)〉と呼ばれていた。
伝説によると…坂上田村麻呂が征伐あるいは鎮圧したという、悪路王〈あくろおう、高丸=
アテルイのこと〉、立烏帽子〈たてえぼし、悪路王と夫婦だったらしい〉、大竹丸〈別名→
大武丸、大嶽丸、岩手県一関真紫には、田村麻呂が埋めたという墓がある(大武丸の背骨石
)〉などの朝廷への逆賊は、皆超自然的な能力をもつ超人(鬼)として語られています。
しかしながら、田村麻呂も毘沙門天(びしゃもんてん)〈=多聞天(たもんてん)〉の化身と
され、それ以上の超人力で戦っている。毘沙門天は北方の守護神で仏教の護法神であり、夜叉
(やしゃ)の王とされて、仏教が語る上での形貌醜怪で、人を害し食うとされる鬼神のことで
ある。  ―つづく。

ヤゾ− - 2002/10/09(水) 20:19<

探し求めていたもの

みなさん こんばんわ

ya(・ε^)na さん 金木犀の写真 ありがとうございます。
山の中で金木犀の香りが微かにすると ほんとうに高貴な香りがしますね。

木乃葉木菟さん 今度いらしたときには泊まれるように掃除しておきますので
焚火を囲んでフクロアライをしてから川湯温泉へでも行きましょう。

おりょうさん 八切さんのサンカ関係の本は
お亡くなりになるほんの少し前に出したものだったんですね。

紋次郎さん セブリの語源についてのお話し拝読させていただきました。
アイヌと沖縄の人々が 人類学的にもミトコンドリアDNA分析でも
縄文人に近くて近縁関係にあると証明されてはいるそうですが
文字配列の違いから少なくとも1万2千年以上前には別の集団として存在していたそうです。

turukotさん とても良い話しを聞かせていただきました。
ところで 風邪 早く治るとよいですね。

あおきさん アハハハハ してたのね には笑いました。
ぼくも森本○○の話題 身近な人としてました。

バリ師さん 以前 テレビで富山の方の渓流で
テンカラ師が尺イワナを手品のようにヒョイヒョイと釣り上げるのを見たことがありました。
そのときに サンカの末裔に違いないと直感したことがありました。

とんちゃん おかえりなさい。
忙しいときに管理人変わって下さい。

くるびしさん お久しぶりでした。
アイヌについてのお話し また聞かせて下さい。

写楽さん 前に話題に上がった天川には アイヌの人たちもお参りしに来てきたそうです。
また熊野にはアイヌの習俗が残っているといいます。なにがそうなのかはまだ分りません。

瀬降り物語のサントラ盤を永年探していました。
もう見付からないと思っていたら
蜜柑さんが探し当てて送ってくれました。
今日 山道をクルマで二時間ほど走っている間 ずっと瀬降り物語のサントラ盤を聴いていました。
感動のあまり涙が出そうでした。
蜜柑さんがわざわざ飛行機に乗って熊野に来てくれたときに
瀬降り物語のビデオから録音したテープをカーステで聴いて二人で盛り上がりました。
もうあれから二年経ったと思うと懐かしい思いが込み上げてきます。
焚火を囲んで話したこと 河原の温泉へ行ったこと いろんなことを思い出してしまいました。
今度は みんなで焚火を囲んでフクロアライして
深夜に河原の温泉へ行ってみたいと思いました。
そういうのって 素敵なことだと思いました。

写楽保介 - 2002/10/09(水) 19:45<

アイヌの宗教観

くるぶしさんこんばんわ
私は北海道在住のものです。太田竜氏の著作をとおして間接的にしか知らないのですが、アイヌの世界観、宗教観は素晴らしいと思ってます。右翼にかんしては日本の汚物、恥部だと思ってます。
アイヌの霊魂観を勉強したいのですがお勧めのサイト又は個人などご存知でしたら教えて下さい。
死後の霊魂はどうなるとアイヌは考えていたんでしょうか?

turukot(-,.-)v - 2002/10/09(水) 17:44<

こんにちは。

木乃葉木菟さん、こんにちは。
わざわざ自己紹介してくださいましてありがとうございます。

私はturukot または Orikabe とネット上では名乗っています。(他HNありますが割愛。)
福岡在住で、岩手県出身。岩手といえばエミシ。エミシ関連でこのサンカのサイトにフラリ
訪れてきてしまっている野郎です。ここには元はというとDonglyさんのお誘いできたのが
きっかけです。仕事はひ・み・つ。すみませんね。独身で相手募集中ですが、低所得者なんで
所得をまず大きくしないといけまへんね。おあづけ(ToT)

くるぶしさんがご紹介くださったのですが、AINU.INFOのBBSにアイヌでもないくせに
入り浸っています。くるぶしさんフラッシュ入っていましたね(^^)v

>これはもしかして「アイヌップリ」のことでしょうか?
>日本語の「男っぷり」という言葉の語源は「アイヌップリ」から、と以前聞いた事があります。
>日本語のhur-iにしなくてもPURはプリと発音するのでは、と、ちょっと思いました。

このようにルーツ云々て語るとき、アイヌ民族を日本人の下位グループたらしめようという意図があったり、優生論が噛んでいたり、ヤマトのほうがアイヌより文化的に洗練されているとでもいいたいような論調
があったりしますよね。アイヌのチセで茅をふくのは日本の甍に対する憧れでしょうなどとね。
日本の文化の基層にはアイヌ文化がある、というのもそんな含みがあるかも?

くるぶし <http://ainu.info> - 2002/10/09(水) 17:08<

了解しました

すみません。自己紹介が遅れました。諸事情により、RuykaというアイヌのグループのHPの管理人
(といっても雑用係)をしています。そのためつい、アイヌ語に反応してしまいました。

私はアイヌ文様のモレウは波、渦巻きとも言われており、隼人の渦巻き文様にも共通している、と思っています。
アイヌは、現在では一つの民族としてまとまっていますが、古代に遡れば元は様々な集団だったのではないか、とも思っています。
ですから、人種といってもアイヌだけが特別に古いとは思っていません。でも、進化しなかったモンゴロイド、原始人、つまり、
土人と思っている人は多いと思います。また、アイヌが先住民として認定されれば何かと問題も出てくるのでしょうか、
○○からの嫌がらせもあります。そんな状況です。ですが、うちの主旨は和人(個人的にはこの言葉には抵抗を感じています)の
方々に対する責任の追求ではなく、相互理解を目的としており、[Ruyka・ルイカ]とは、アイヌ語で「架け橋」という意味で、
政治的な目的などはありません(なんか、だんだん書いてて暗くなってきちゃった)。

言語についてはわかりました。よけいなことを書いてしまったかもしれません。
まず自分がアイヌ語をきちんと勉強しようと思います。焼尻さんのHPからも学ばせてもらいます。

狽ヘっ!! アイヌップリに反応して自己紹介してしまった以上は……!
サンカや平民の話をしている皆さんのお仲間には加われそうもないかなー、なんてちと思いました。
今後はおとなしく…たまにROMさせていただく程度にします(^^)/~ 

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/09(水) 15:08<

 “古さ”はどこの人種もみな同じ  

くるぶしさん、こんにちWA
ここはサンカとかむかしの平民などが主なテーマの板かと思いますので、言語についての
こみ入ったハナシはここでは遠慮したいです。

 「ゴツゴツしている顔を持った種族は、もんくなしに日本人よか“古い?”」などとお思
いではなかろうとは思いますが…。
 アイヌ語の基礎200語彙のほとんどが、周辺言語と関連を持っています。……と、いうことは??
 「“アイヌ固有”は無かった、核を形成したアイヌは新しい」……は、小生の持論です。
 河岸を変えましょう。どうぞ www.you-i.org 言語篇で、メンソーレ。

 Eメールアドレス書くと、名前の文字が薄くなるんだよナァ〜。 

くるぶし - 2002/10/09(水) 14:42<

こんにちわ

ヤゾーさん、みなさんこんにちわ。
前回の書き込みでは色々とありがとうございました。

そこで、実は先ほど別の掲示板で焼尻さんに挨拶してきたところだったので、
今、ここを拝見して驚きました。
それとは関係ないのですが、

>*PUR(暮らしの場)が「住む」とか「固有の暮らし向き(○○ぶり)」へと変化したの
>ではないでしょうか? アイヌ社会にも「アイヌ振り」というように *hur-i という日本語
>が入っています。

これはもしかして「アイヌップリ」のことでしょうか?
日本語の「男っぷり」という言葉の語源は「アイヌップリ」から、と以前聞いた事があります。
日本語のhur-iにしなくてもPURはプリと発音するのでは、と、ちょっと思いました。



焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/09(水) 13:11<

 セブリの語源(私案)   

turukot しゃん、お教えアガ。
 従来の解釈は seb(棲)という語幹に動詞末尾辞の“る”がついた語形が「セブリ」と
いうことですよね。
 少しだけ逆らうようで悪いバッテン、このさい、おらの存念を書かせてもらいますじゃ。
 
 se は、まずこの日本列島では蒙古語の sai(良い)が入ってきたと思います。ムツゴ
ローどんのところで、川魚のゴリが日本じゅうに見られることからも、蒙古語の古さはご理
解いただけるのではないでしょうか?
 それから、ちょと遅れてネパール語系の SAIT(吉兆)が入ってきました。これは蒙古語
の SAI と同根だと断定できます。SAIT の末尾音の T は口のなかに籠ってしまって、普通
ではサイ‥‥埼玉のサイです。
 SAI は SE になります。壱岐では川の岸にセーンガミがあります。サイの神です。この
場合、小川が村と村の境界になっていたことを物語っています。ハナシ逆になっちゃった、
サイの神は邪悪の侵入を咎めるために、集落のはづれに設置されるのです。
 秋田県最上郡には瀬見温泉がありますが、この意味はサイの神と知れます。
 地名・人名に妹尾(セノオ)さんがいますが、これも「サイの O(神)」です。

 さて、次は「ブリ」です。
 住居とか「住む」が伝統的に継承されていることがタシカとすれば、ここは 族際語の
*PUR(町)が大きく影響していると診るべきでしょう。イスタンブール、コンスタンチ
ノープル、シンガポールなどの末尾がみんなこれです。
 上に挙げた壱岐では「フレ」という字名が密集しています。これに就いては小生は「1世
紀に難破し、漂着したスリランカ発のタミル語だ」との方法仮説を採っています。
 
 約200ぐらいの各種の氏族が混入してきましたので、古代の日本語は発音のほうは、
たいして変えられていませんが、“意味”のほうでその時代に合わせてどんどん変わって
行った姿があちこちで掴めます。
 *PUR(暮らしの場)が「住む」とか「固有の暮らし向き(○○ぶり)」へと変化したの
ではないでしょうか? アイヌ社会にも「アイヌ振り」というように *hur-i という日本語
が入っています。

 南方の島々では近くの親戚、遠くの知り合いを招待して、じぶんたち固有の祭りをとり行
います。祭りは交易や婚姻の円滑剤でもあります。その固有の「見てもらう・暮らし」が、
どうも「ぶり」という意味の中核概念みたいです。
 セブリとは、「サイの神に護られている、いい暮らし向き」とも言えましょう。

 きのふ、「職業」という意味も考えられる‥‥といいましたが、実はこれネパール語の
britti(職業)のことでひっかかったのでした。この末尾の ti は名詞形成辞。一般形では
-icc が「いっしょけんめいになる」です。
 インドでは、職業は先祖伝来で、個人の選択の余地はありません。
 BR-ICC TI ……似ているとおら思う。

 朝鮮語に puri-(唄う)があります( i は W に“‥”)。
 これを採用すると「かどづけ」がでます。√♪ ア−、この座敷は芽出たい座敷き‥‥
 出羽三山のエンブリ舞いにも響いてきます ⇒ えんぶり祭り(八戸)。

とんちんかん小僧 - 2002/10/09(水) 01:24<

ただいま、帰りました!

ようやく、復帰するに至りました。
いろいろと皆様方にご心配お掛けした事、ここに心より謝らせてもらいます。
申し訳ございませんでした。
短い遠出でしたが、得るモノが大きかったので私にとっていい思い出になりました。
たとえ嫌々で過ごした時間であったとしても若い間であれば決して損はしないって、ヤナさん
が言ってくれた一言が本当に生きたので本当なんだって思いました。
それが、職場でもおもいっきり生きたし、また、さらに今までに無かった自分の中の一面に
出会えた事が大きな収穫です。また、ここにおいても今後の人生に光の持てるものを得る事が
出来て幸せです。
他の方からも色んな言葉をかけて頂きとても感謝しております。
とりあえず、今日は挨拶まで。
おやすみなさい。

バリ師 <http://homepage2.nifty.com/TENKARA/> - 2002/10/09(水) 00:25<

秋ですね。

木乃葉木菟さん、ご丁寧なあいさつ痛み入ります。小生は魚釣りのこと意外何も知らないうつけものですがよろしく!

テンカラ(和式毛鉤)の原風景にサンカが関係しているのではと睨んで、フラフラと風に吹かれてここへ辿り着きました。風通しがよくって、居心地がよくって、ゴロゴロさせてもらってます。

「祭り太鼓に金の稲穂が揺れる」・・・秋ですね。これからもよろしく!

あおき - 2002/10/08(火) 22:34<

こちらこそよろしく

木乃葉木菟 さんこちらこそよろしく 最近みなさんおもしろいことを書きこんでいるので
読み専門になってますけど 疑問に思ったことはネットで調べて理解するようにしてます
非常に役立ってます しかし弾左衛門の存在はすごかった・・・
森本レオもすごかった あんな物腰やわらかそうで・・ 昔から異文化コミニケーションしてたのね

木乃葉木菟 <http://www9.ocn.ne.jp/~kyousi/> - 2002/10/08(火) 20:15<

皆さんにご挨拶!

ヤゾーさんコンバンワ!
そして
にっちょさん、ヤナギムシさん、バリ師さん、turukotさん、焼尻紋次郎さん、おりょうさん、
おゆきさん、尾張の国知さん、写楽保介さん、あおきさん、こんばんわ

ヤゾーさん所に来ていただいている、皆さんのお名前を呼ばせていただきました。
他に熊野ライフネットワークの皆さん・・・・自己紹介が大幅に遅れてしまいまして申し訳ございませんでした。

名前は、「木乃葉木菟」(コノハズク)と申します。
turukotさんに、どちらにお住まいですか?と聞かれて、そうだ!まだ簡単な「自己紹介」まだだったと、気づかせて戴きました。何でも鈍感なほうですのでお許し御願い申し上げます。

私は、三重県に在住です
父と、愛犬ジョンとで細々と田舎暮らしをしています。
小さな町工場に勤めてます。
インターネット歴は、1年と一ヶ月の新参者です。

詳細は、
アトリエ梟鴟<http://www9.ocn.ne.jp/~kyousi>のホームページをご覧いただければ幸いです。

ヤゾーさん所には、今年の八月ごろからお邪魔させていただいてます。
雰囲気的には、
「火を」囲み原住民さながらの、「あったかい」コミニュケーションをこのごろ感じてます。。。
今後とも宜しくお仲間に加えていただけますように御願い申し上げます。m(__)m

turukotさん私もコスモスの花
の写真一枚も撮ってないのですよ。見るのは見てるのですが・・・

turukot(-,.-)v - 2002/10/08(火) 16:40<

風邪こじらせて完治してまへん

ヤゾーさん、こんにちは。

>turukotさん 縄文時代にも農耕はあったようです。
>山内丸山遺跡からは 栗が栽培化されていた痕跡がみつかったといいますし
>稲作のようなこともあったと思います。

私の記憶する限りでは北東北〜北海道(樺太以北、沿海州などはしりません)はヒエが
穀物として重要な作物(粟、黍もそうでしょうが)として珍重されていたようで、岩手
県内は昭和前期の庶民層(特に県北や山間部など)はヒエが主食でした。
下北半島ではヒエの水田があるとかあったとか聞きます。
韓国でいう身土不二ですか。
近世はそれを踏まえない稲の作付けを盛岡藩が強引にやったので一揆最多発藩、飢餓で
多数の人が死に、人肉を食べる人もいたといいます。

話はそれましたが、聞くところによるとヒエを食していたのはどうも所謂擦文期や縄文期に
遡るようでして、ということは今は衰退気味であるものの食文化としては概ね継承されてき
た(文化の担い手までが単一の集団が継続してきたとは考えていませんが)といえるかと思っ
ています。

自生ヒエの採集で生活がなりたっていたケースがあるのかもしれませんが、安定した量を確保
する必要に迫られた場合、粗放ながらも農耕をはじめるというという事は考えられます。
隣人(三内丸山はそこは地元アイヌの伝統居住地でもあるはずなんですが)のアイヌ民族は補完的
に農耕をしていました。漁労と狩猟と採集と農耕というスタイルです。

所謂食が豊かだといわれる縄文期においても、常に蛇口をひねれば水がでるような恩恵にあやか
れたかというと何らかの事由で飢餓状態にも落とされかねないことを当時の人々は感じ取ってい
て、だから収穫の祈りを捧げ、相互補完的な生業のシステムを必然的に構築したのだと私は勝手
に思っています。

木乃葉木菟さん こんにちは

>コスモスの花もこちら満開です!でも写真はまだ撮ってません!

どちらにおすまいですか。福岡在住ですが、こっちもそろそろシーズンです。
ここんとこ見に行っていないや。種があるのでプランターに植えようと思っていたのですが、
不精して植えていません。今更遅いかな(・。・)

紋次郎さん、こんにちは。

>(アイヌは川に名前をつけて、そこの山の名前もその川と同じ発音で名付けます)

これは初耳でした。どこかそのような例の所はありますか?

>ヤゾー親分さん、turukot しゃん、「セブリ」って何だったですかねぇ。。
>turukot しゃん、そういえば、福岡市〜佐賀間の、背振山の解釈はどげなっちょりますか。

セブリはサンカの方がお答えになるのが一番かと思いますが、セブる「住む」と関係があったという
認識であっているのでしょうか?
背振山は毎日山頂をチラリとみていますが、ずっと以前、どなたかが=セブリであるかのようにおっ
しゃっていたと記憶していますが、実際は知りません。

福岡がでてきましたので、ついでに。福岡市西区の今津というところに熊野神社がありまして、
その北にある山が今山というのですが、昔、夷魔山と表記されていたと聞きます。
やっぱり防人エミシがからんでいるのかな?
部落関係者の方とお話することがありますが、糸島の某所は地理的位置、安養寺、鬼地名、彦山から
防人エミシの別所と断定。その部落関係の方と話すると防人が配置されていたらしいと話してくださ
いました。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/08(火) 15:09<

 質 問   

ヤゾー親分さん、turukot しゃん、「セブリ」って何だったですかねぇ。
 いやネ、「ブリ」に「職業」という意味が出そうなんですよ。お教えください。

turukot しゃん、そういえば、福岡市〜佐賀間の、背振山の解釈はどげなっちょりますか。

おりょう - 2002/10/08(火) 12:28<

八切さんの本

八切さんが亡くなられる年ぐらいの頃に始めて名前を知りました。そのころ、紀伊国屋に八切さんのサンカの本がでていました。

木乃葉木菟 - 2002/10/08(火) 00:37<

一足おそかったぁぁ

ヤゾーさん
深夜・・・ごそごそ、お邪魔してます<m(__)m>
ちと「テレビの側で」うたた寝してしまいましたぁぁぁぁ
気がついたら・・0:00過ぎてました〜
「田嶋先生」が離党どうつらこうつら〜〜まで見てましたがその後???
夢心地でした!

ヤナさんとも一足違いで・・・セブリに行ったんですが・・・残念!
そのぶん、風の王国の金木犀を楽しませていただきました!
コスモスの花もこちら満開です!でも写真はまだ撮ってません!

また「寝なおします」zzzzz酔っ払ってませんよ!

ya(・ε^)na - 2002/10/07(月) 23:21<

あはーーぁ

ヤゾー・・ゆうたらあきませんがな・・!!
  金木犀のことですヨン

  写真まで用意してるのに・・残念ですよん
    香りについて思うこと・・
そおですねえ・・ヤナは・・春のチヌつりの頃・・ノッコミの頃
 夜中に食堂から出てきたとき香ったあの香り・・そうです・蜜柑です!!
   春の香りはやっぱり・みかんです・・

そして秋の香りは・・マッタヶ!・・ちゃいますヨン

  金木犀です・・高貴な香り・・
そろそろ季節の終わり・・・・冷たい夜風とその香り
  田んぼの米の香り・・そして夕焼けの真っ赤な太陽のあの香り!!!!

私にとって香りは・・言葉に表せない・・素敵な言葉なんです!!

  杉の香りと、ヒノキの香り・・そして滝の近くの水の香り・・

 苔むした沢の香り・・

           っけけっけけけ・・また感じなければ!!
                 妖力失われてしまいます・・・・

ヤゾー@出先から - 2002/10/07(月) 19:24<

金木犀の香り

みなさん こんばんわ

turukotさん 縄文時代にも農耕はあったようです。
山内丸山遺跡からは 栗が栽培化されていた痕跡がみつかったといいますし
稲作のようなこともあったと思います。

おりょうさん 紀伊国屋書店で八切氏のサンカ本が売られていたころからの
サンカファンなんて おりょうさんも凄いです。
でも そのひげもじゃの男の人 七冊も同じ本を買うなんて 
将来 値が上がると思って買ったのかも知れませんね。

紋次郎さん ゴリも美味しいですが
今が旬の 川で獲れるカニ ズガニが美味しいです。
九州では そのズガニを潰して 味噌汁にするそうですね。

この間から漂っていたよい香りの正体が分かりました。
どうやら金木犀の香りのようです。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/06(日) 18:16<

 ムツゴローの語源  

turukotしゃん、コーラ……あがあが。これもイタダキィ〜〜ッ!!
 だがだが、これをどう扱っていい紋やら、おらシランばい。
 小川を khola というのだが、まさかアイヌじゃあるめえし。
 (アイヌは川に名前をつけて、そこの山の名前もその川と同じ発音で名付けます)

 ついでに、おらのムツゴロー分析披露しますだ。
 mut は朝鮮語の mut(陸地)と関連して大牟田などのムタはドベチャだと思う。
 Gor が上の khola と同根の蒙古語で「川」。
 全国にゴリとよばれるドンポ〜ギュウギュウみたいな川魚がいます。
 津軽では「五里も連なって川を遡上するのでゴリという」と云い伝えられました。
 四万十川では「五里以上は遡上しないのでゴリという」と云い伝えられました。
 なんのことはない、ゴリとは gor-yu と置いてみれば、ただの川魚だと判る。

 ドベチャにいるゴリ(川魚)が、ムツゴローどん。
 目ん玉が可愛い。佐賀では「ムツゴローさん」と呼ぶことが多いです。

おりょう - 2002/10/06(日) 09:58<

おはようございます

現代書簡から「いま、三角寛サンカ小説を読む」が出版されています。「マージナル」のサンカ研究会の
朝倉喬司、佐伯修、今井照容の方々です。飛びついて買ってきましたよ。復刻「多摩の秀麿」「東京のサンカ狩り」などものってます。読者アンケートも興味大でした。
利田敏さん「最後のサンカ記録」その他と飯尾恭之さんの「尾張サンカの研究」批評社より早く出版されるといいなと思っています。

八切止夫さんのサンカ物の御本、新宿の紀伊国屋でひげもじゃの男の人がリユック背尾って、7冊も同じ本を買っていくのを目撃して、なぜだか憬れの眼差しでみてしまいました。サンカを知り始めた頃の事です。

おユキちゃん台風は大丈夫でしたか。


turukot(-,.-) - 2002/10/06(日) 08:57<

縄文…

おりょんさん、
久留米市の高良山は山地と周辺は台地となっております。
河原は小河川のはあるかも知れませんが…
周辺の寺社を見ると別所くさいです。
ヤゾ−さん、
八切氏の御本はサンカはいただいていません。
信長を殺したのは光秀ではない」「家庚は2人いた」など。
あとは富士宮下文書研究とキッタイ関係の本です。

縄文人と一括されがちですが、多数の集団、部族で中には補完的に農耕もするにはしていたことは考えられないでしょうか。

ヤゾ− - 2002/10/06(日) 08:26<

よい香りの正体は?

みなさん おはようございます

木乃葉木菟さん 海人族は大きなキイワードかもしれませんね。
山の民も もともとは海人族だったと思います。
海人族が信州の山の中へ入ってきて 山の民となったとの神話もあって
その安曇族は 海人族の特徴である入墨をしていたという話しもあるそうです。
役小角の生まれた葛城は 大和盆地では唯一の銅産地で
銅鐸が作られていたといいますから物部氏との関係もあったのかもしれません。
役小角とは 渡来の文化を吸収して 
縄文の自然崇拝などの精神性や感性を残そうとした人のように感じています。

写楽さん 「帝都物語」は映画で見たことがありますが
そういう話しがあったなんて知りませんでした。
確かに 田舎というところは排他的なところがありますね。
でも 熊野地方はあまりそういうところはないように感じています。
それは農業に関わる人より 林業などに関わる人が多いからなのかもしれません。 
熊野は田舎でも珍しいくらい排他的なところではないように感じていますが
悪く言えばアバウト・イイカゲンなところと言えるのかもしれません。
ぼくは和歌山県の熊野地方に暮していますが たまらなく居心地が良いです。

紋次郎さん アマカネ〜です。
確かに言葉には そういう側面があるのでしょうね。
その仲間独自の言葉の中でも 響きの感じが良いものなどは
輪を越えて広く使われたりするのかもしれません。
アマカネも そういう響きを持っているような気がします。
もし 流行語大賞になったら 平和な社会なのかもしれません。

今頃の季節になると 風にのって良い香りが漂ってきます。
夜に 深呼吸してその香りを胸いっぱい吸うと
とても幸せな気分になります。
昨日 山道をずっと走っていましたが
山小屋で香る匂いと同じものが 所々でもしてきました。
そのよい香りの正体はなんなのでしょうか。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/05(土) 18:23<

 ことばの実験室   

ヤゾー親分さん、ごめんなさい。
 おれ、そこまでワルではない。しかし、結果的にはこの掲示板で実験したことになっちゃった。
 いえね、「アマカネ」のことあるヨ。

 ことばはなぜこんなに変わるか……が、「アマカネ」ひとつで如実に体験できました。
 要するに仲間意識がどんどん自分達固有のことばを作るんですナ。

 だからミナシャン、余りにも多くアマカネを連発すると、仲間の輪に加わりたいと思っている
新規参入者を閉め出すことになる。この点自重がたアマカネぞなもし。

写楽保介 - 2002/10/05(土) 17:59<

龍神村が舞台の小説

ヤゾーさんこんばんわ
荒俣宏の小説「帝都物語」の主人公加藤保憲は龍神村出身という設定です。先住民系の子孫だから大和朝廷やフツーの日本人には怨念を持っていることになってます。
あと作者は忘れましたが推理小説のヒロインが龍神村出身となってます。
ところでヤゾーさんは三重県の熊野地方に住んでいるんですか?日本人の通弊として田舎にいくほどよそ者に対する差別が厳しいと思うんですが、龍神村ではそのような目にあわなかったんですか?

木乃葉木菟 - 2002/10/05(土) 15:17<

縄文

豊国文字・・・
「上記」(うえつふみ)、天保元年1830年に豊後の国の学者 幸松葉枝尺氏 によって発見されたとか、また、明治になって吉良義風「上記抄訳」(抄は「金偏」です本当は(^^ゞ)を出版され日の目に出ることができたのですね、ウガヤフキアエズ王朝伝来の背後に歴史的に実在する「海人族国家」がキーワードになるかも知れませんね。(この紀州のも、延々と連なる石垣が古代存在したとか?)海洋民族の史跡かな) 
こちらでは「九鬼さん」と言ってますが、「九鬼文献」の「出雲秘記」とも関連があるそうです。大友義直氏がサンカ文字とほとんど同一の「豊後文字」を盗みとって改ざんした説もあるくらいですね。「上記」うえつふみは「古事記」と酷似し記紀・万葉時代でもほとんど使われなかった語彙が多使われているとか、

かの偉大なる「役小角」は賀茂氏の血を引く直系、物部氏・卜部氏も秦氏の氏族と考えて間違いないと思います。物部氏は、「金刀比羅宮」を祀り、大神神社の、和魂(ニギミタマ)の御祭神も同じですね。中里義美氏(1892〜1975)が、ご研究の対象とされたのは、「上記」と伺ってます。

縄文文化は心の暖か味のある、高度な精神性を秘めた縄文人の生活こそ現在必要とされているような気が致します。そんな訳で・・・「勾玉」グッズも数点持ってます。もちろんその中には、「プラスチック製」も有りましけれね!

今日は、土方仕事の予定が・・・・まだ石垣完成してません!ボチボチやりますわ!

ヤゾー - 2002/10/05(土) 13:56<

南朝・縄文・秦氏

みなさん こんにちわ

写楽保介さん 龍神にはしばらく住んで あちこち行きましたが
特に変な感じのする村ではありませんでしたよ。
龍神でも山深いところには 比較的にノーブルな顔立ちの人が多くて
それは平家の落人伝説を裏付けているからなのかと思ったことはありました。
また 明治維新の立役者の一人で 坂本龍馬とも近い関係にあった
宮中政治家の田中光顕が潜伏していたという碑を奥地で見付けたことがありました。
その田中光顕が亡くなる前に 実は明治天皇は南朝の御王孫である・・・と話したとかいわれていますから
南朝とは深い関係にあるところなのかもしれません。

おりょんさん 縄文時代の貝塚を見にいったことがあるんですね。
貝 そんなに大きかったですか。
魚も大きいのがウジャウジャ泳いでいたんでしょうね。
縄文時代で釣りをしたかったな〜
縄文人が狩猟採取を中心とした生活を一万年にもわたって続けてきたということは
明確な自然観を持っていたからだといいます。
白人の侵入者からアメリカインディアンが 狩猟生活をやめて農業を強要されたときに
大地はわれわれの母親だから その母の皮膚に傷をつけることはできないと訴えたそうです。
そのような感覚が 縄文人にもあったのかもしれません。

木乃葉木菟さん 縄文人は搾取するというより“いただく”という感覚で生活していたのかもしれません。
その縄文人とは多民族から成り 平和的に共存していたといいます。
賀茂氏が秦一族ということは
賀茂氏に繋がる修験道の開祖(中興の祖)である役小角も秦一族になるということですか。
秦氏のことを調べていて感じるのですが 渡来系ではあるけれど
どこか縄文的な匂いを持ちあわせていたような気がします。
なにやら金刀比羅宮や白山神社も秦氏と関係があるとの話しもあるようです。
また九州の豊国と呼ばれた地域は 秦一族が多く暮していたといいますから
神代文字の豊国文字(サンカ文字)とも関係しているのかもしれません。

木乃葉木菟 - 2002/10/04(金) 23:14<

アマカネ〜!

アマカネ〜!(いい響きですね)
ヤゾーさんそうなんですよ「自然から戴く」「自然から学ばせていただく」事が
私も最近まで気づかなかったんですよ
秦氏が土木工事のエキスパートなら、「お大師さん」と「役行者さん」にも
つながりますね。いたるところに「秦氏」が出てきて、(シン)=秦=辰=神どれもシンに
これまたつながりますね。。

紋次郎さん僕も「カワウソ」の話、腹を抱えて大笑いしましたよ!
時と場所、土地、国が異なると受け取り方も様々で面白いですね
「ゴーヤチャンプル」はゴーラとは?関係ないでしょうか?
私の名前に注目していただいて有り難うございます。
「木菟」はズク・・で「ボクト」とも読みますね、さしあたり、「木に止まるウサギ」と
訳してもいいかもしれませんね。ウサギは、「大黒さん」(大国主命)のお気に入り、
「木」は・・・「気」風水では「気」を読むことで、龍脈を知りますしね。
コノハは・・・自然に溶け込む隠れ蓑であり、また・・・サクヤ姫は
富士山の御祭神かな?そろそろ「シンクロ」が始まりそうな予感がします!

ヤゾーさん、ところで
「賀茂氏」の「上賀茂神社」「下賀茂神社」が有りますね、そしてその裏には
「秦都理」なる人物が・・・「松尾大社」を創建してますがこれも「秦氏」と関係おお有りですね
今の流行の「陰陽道」も深く関わってきますね。「賀茂氏」も「秦氏」の氏族なんですよきっと!

おりょん - 2002/10/04(金) 21:11<

みなさまアマカネうっす

turukot(-,.-)/~~ さんしばらくでした
高良ーこうらーごうら 河原にふかく関わる言葉で小石のゴロゴロしたところで、いづれも農耕不可能な場所で、オオミタカラ以下の者が河原者とさげすまわされていたところ、河原で焼いていたのが瓦、又、忌部焼や土師焼が骨入れの壺にはじまっている。
ごうらしかー哀れ(種子島)、ごうら木ーウツロになっている木(仙台)、こうら薪ー製材所で半端物として出される皮付き板を薪としたもの(北葛飾)、その他、乱暴者、強情者(静岡・伊藤)等などの言葉からいかに虐げられていたか納得するものがあります。

八切止夫さんを始めて知ったのは新宿の紀伊国屋で買った「日本古代史」でした。これが面白くてはまってしまいました。天蓋孤独の人で身内はタヌコだけかと思っていましたら、ご子息の方がいらして吃驚でした。

紋次郎さん 貝といえば日暮里で縄文時代の貝塚がでてきて見にいった事がありました。縄文後記とかで、ハマグリ、シジミ、ケモノの骨、土器、石器などがごろごろ、それが、昔の貝はおおきんですよ、おわんに貝が一個しか入らないくらいの大きさでした。紋次郎さんがおっしゃるようにムキミにして干して物物交換にしていたかもわかりませんね。

写楽保介 - 2002/10/04(金) 20:45<

竜神村

最近話しに出てくる竜神村って、竜神の子孫が住んでいたんでしょうか?それとも竜神を崇める人たちが住んでいたんでしょうか?あのあたりは後南朝の本陣がおかれた北山村とも近く古事記でもへんな人が住んでるという書き方をされる地方ですね。

ヤゾー - 2002/10/04(金) 19:15<

カワウソ(・ω・)?

みなさん こんばんわ

木乃葉木菟さん 秦氏など 朝廷から疎まれた渡来系の人たちというのが
鬼と呼ばれた人たちと深く関係しているように感じています。
秦氏は 土木工事のエキスパートでもあったようですね。
そちらでは日本蜜蜂のことを縄文蜂と呼んでいるんですね。
西洋蜜蜂のように 自然から搾取するというのではなくて
自然からいただくという感じが伝わってくるような呼び方だと思いました。

紋次郎さん カワウソのお話し 面白かったです。
カワウソというと思い出す話しがあります。
高野山と龍神村を結ぶ 山の尾根を走る高野龍神スカイラインというのがあるのですが
その途中に護摩山というのがあります。
その護摩山を源にする神収川という紀伊半島でも最も熊が多く生息し
最後の秘境といわれる絶好の渓流釣り場があります。
その川の上流で むかし山仕事の為に小屋掛けしていた老人から
川にはカワウソやイタチがおってな 尺アマゴをよう捕まえておったわ 
それでわしらも 手差しを木の棒に結んで 淵のところでかき回すと
カワウソやおもて アマゴが慌てて飛び出してきおった 大きかったで という話しを聞きました。
その話しを信じて アブに刺され 熊に脅えながら その上流まで苦労して行ったことがありました。
でも釣れるのは小さなアマゴばかり むかしの話しやったんですね。
それともカワウソだけに 嘘だったのかもしれません。

turukotさん 貴重な故八切止夫氏の本を沢山いただいたなんて羨ましいです。
きっと turukotさんが八切止夫氏の遺志を少しでも継いでくれるように
御子息さんが感じられたからなのかもしれません。
もしかして サンカについて書かれた本もいただいたのですか。
そうだとしたら 余計に羨ましい。

turukot(-,.-)/~~ - 2002/10/04(金) 09:03<

ごぶさたですぢゃ。

みなさん、おはようございます〜
●おりょうさん、うっす(`△´)ゝ
八切氏の本ですが、ちまちまと読み進んでいます〜
まともに買ったら最近はプレミアものの御校閲本を御子息さんはド−ンと下さったの
でした。感謝合掌です。お陰さまで八切氏への人物像を知りた
いという欲求が高まり、歴民の「検証・八切止夫」をおそまき
買いました。
御子息さん、ヤゾ−さん、利田さんの御文を拝読しました。
●紋次郎さんアマカネ。福岡久留米市に高良(こうら)山があ
りますが、関係ありますか?因みにこの辺は別所です。角の加来さんて何??

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/04(金) 07:04<

 いのち づくし

木乃葉木菟さん、アマカネ。
 そうなんです。アマカネはニューギニア高地石器時代人の挨拶語です。
 あるTV局が、そこのモニ族のオッチャン、オバチャンを池袋までつれてきました。オバ
チャンが水族館のカワウソをみて、「日本って不思議なところだねー、水のなかに犬が棲んで
いるよ!」と云いました。
 そういえば、東は青龍。青はいのちのことだろう……と。ある言語で Jyan はいのち。
i- JYAN はいのち神。これイザナギ・イザナミやろかぁ〜と思いおります。命はミコト。
 木乃葉木菟さん、「ヅク」は鳩などの中型の鳥であることはタシカだろうと思います。
 コノハは木の葉ではなく、別の意味が隠されているのでは? コノハナサクヤ……。なにか
ご存知でしたら、ぜひお教えアマカネ。

ヤゾー親分さん、「ゴーラ」、これイタダキィ〜〜ッ!! 知りませんでした。
 KHOKRA(木のウロのなかになんにもない)という奇妙な形容詞があるんですヨ。中央の K
が外れたらコーラになるのですが、そんなことってあるのかナァ〜。
 なにもない(神聖)虚空を「蔵」するってぇのが神社やお神輿の基本。神庫と書いてホクラ
と読ませます。ホクラの「ホ」が上の KHO ね。意味は空虚。
 
 日本ではホコラとなって定着していますが、これ柳行李の ko:r と密接な関係これあり。
 パンドラの箱とか、山伏のトキンにも密接関係がありましょう故、なにかありましたらミナ
シャン・アマカネ。

木乃葉木菟 <http://www9.ocn.ne.jp/~kyousi/> - 2002/10/03(木) 21:32<

木・火・土・金・水

焼尻紋次郎さん・・・アマカネ!←(挨拶言葉なんですね)“〆(゚_゚*)フムフム
「東信仰」がやはり存在しましたか、高級中華料理店で、どでかい「銅鑼」を見受けますがそれも弾き出すための道具なのでしょうか「ドッカン、バシャン」と大きな音が出ますね。KIMは「君」なんですね・・・もしかしたら食卓の「キムチ」も由緒有りそうです。参考になりなした。

ヤゾーさん早速レス有り難うございます。
「北辰妙見神社」は「北極星」を信仰する「宿曜道」の「北天」で動くことのない、基準ともなることを表すのですね、「妙見菩薩」+「牛頭天王」の結びつきがスサノオ神と置き換えたと思います。もっと正確には・・・「太上神仙鎮宅霊符神」(タイジョウシンセンチンタクレイフシン)道教からの混合神社ですね。「八幡さん」との結びつきは当然大いに結びついていると思います。

さて平安以降、表の歴史から消えるのは・・・時の権力者や朝廷が都合の悪くなった氏族を、記録から隠ぺいしたのではと思われます(現在でもごそごそ、その兆候が大有りですわ)。「八幡さん」の史跡はこちらにも有りますが・・神社の史跡よりはるかに、巨大な面積をほうふつとしてますね。それだけ、民間にも浸透していて危なくなったので・・・時の権力者が阻害したと思われます。また「古事記」と「日本書紀」もだいぶ、書き換えられているように感じますけどね、聖徳大使の頃、過去の記録を抹殺した形跡もあるようです。

日本蜜蜂・・・こちらでは「縄文蜂」(ジョウモンバチ)と言ってますよ。古来日本から生息する貴重な《蜂》です。「洋蜂」のように人に危害を加えることはまず有りませんね、なぜ我が国も、このような貴重な《蜂》が生息するのに、「洋蜂」ばかり取り入れるのでしょうかね?私は「縄文人」をこよなく好きですしね!なんか?知らないけれど・・・暖か味を感じますね。

「国津系」に仕立て上げたのも、時の権力者と神官と作り上げたこと、大体「神」とは何か?を論ずると・・・人間が「祀り上げた神」であると思いますけれど・・・その中でも人情のあるスサノオの神さんは偉いなぁと思ってます。「穢れ」のこともスサノオの神さんは、もっと大らかですよ!

今日は「秦氏」からそれてしまいました<m(__)m>

ヤゾ− - 2002/10/03(木) 19:25<

応神天皇と日本蜜蜂

みなさん こんばんわ

木乃葉木菟さん 誉田別命は かつらぎ町の北辰妙見神社にもスサノオと共に祭られていましたが
歴代の天皇の中でも 応神天皇(誉田別命 八幡神社)を祭った神社が多いのを不思議に感じています。
北辰妙見神社の他に スサノオと共に誉田別命が祭られている神社があったような気がします。
また 応神天皇は秦氏とも深い関係にあるようですが
秦氏が 平安時代頃から表の歴史から消えてしまったことを どう解釈したらよいのでしょうか。
平安以降は どちらかというと闇の領域に深く関係していった気がするのですが?
秦氏所縁の神社を調べてみると どちらかというと国津神系の神を祭っている場合が多い気がしました。
それと千木が 前におりょうさんが教えてくれた先住民系のものだという特徴をもったものが多いようにも思いました。
日本書紀では百済からの渡来者だとされている秦氏は 今は新羅系というのが通説のようですが
なにか原住民系と融合した渡来者だったような気がしています。

紋次郎さん ゴボーが食べる棒というのは面白いです。
熊野では 日本蜜蜂の巣箱のことをゴーラと呼びます。
杉の丸太をくり抜いて 少し中を焼いてから日本蜜蜂の蜂蜜を塗り
雑木林のある山に置いておくと 勝手に入って蜜を作ってくれます。
日本蜜蜂は刺さないので そのゴーラを叩いて蜂を追い出し
蜂が冬を越せるだけ蜜を残して 後は頂くのですから有り難いものです。
まさに森の神さまからの贈り物という気がします。
毎年 初春になるとゴーラを作ろうと思うのですが
丸太をくり抜く為のチェーンソーが壊れているのです。
来年こそはチェーンソーを修理して ゴーラを作って日本蜂蜜をゲットしたいです。
熊野でも 日本蜜蜂の蜂蜜は高価です。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/03(木) 08:46<

 ゴカイは食べものか?

 おりょんさん、ウッス!
 「ゴ」には神という意味にほかに「たべもの」という意味もあろうことかと、思われます。
 ゴボーなど「食べる棒」ではなかろうか? 「ゴチそう」の TI はインド語そっくりの名詞
を作る末尾辞……らしい。-SAU は最高を意味するのかな?
 
 むかし、貝はカイなどとは呼ばずにミナといいました。ミはワレメチャンらしい。或いは貝の
「実」かな? ミナのナも名詞を作っています。
 カイも sex 周辺を匂わせる。クルド語で KAY-IN は性交。カインの末裔カネ。
 アイヌ語で  ukayun 。沖縄南部で ukaun 。
 しかし kha には「食べる」がある。これの日本語は ke ,ge で食事、食器になっています。
 で、カイも「たべもの」ですが、この場合のカイとは剥き身にした貝の中身のことだと思います。
 それは、貝塚が乾燥した貝の中身を大量生産した跡だと思えるからです。交易用に、貝の中身だけ
をどんどん作ったのではないでしょうか?
 そうするってぇと……ゴカイとは「たべもの・貝の中身」となって、われわれの知っている概念
と一致します。すなわち、ゴカイはたべものだった……!!

 南方の、フィリピンあたりの小さな島だったと記憶していますが……、いまごろの満月のよる、無数
の赤くて長い虫がウジャウジャと泳いで島へやってきます。
 そては15CM ぐらいの、ゴカイそっくりの虫です。島びとは大よろこびして、その虫をたべ、ザルで
すくってバケツに入れて持ち帰ります。

 いまでも伊那市に行ってごらん、ザザ虫という珍味を食べさせてくれます。

木乃葉木菟 さん、アマカネ。
 シナには「東には毎朝々々太陽を弾きだす巨大な桑の木がある」という信念?信仰?があったそうですね。
 これが扶桑というのでしたか。
 桑の木を、ある言語で KIMB といいます。朝鮮に多いキムさんはこれではないだろうか……とみつめ
ています。KIM にはもちろん「君」もあるでしょうけど……。

木乃葉木菟 - 2002/10/02(水) 22:31<

気になりますか・・・

ヤゾーさん嫁姑のプレッシャー多いですね
目が見えなくなってもそこまでやるのですかね?私には信じられない話です。

「秦氏」気になりますね!それだけ我が国に「良き訪れと恩恵」をもたらした氏族だと思いますね。

第15代誉田別命(応神天皇)(推定4世紀後半〜5世紀前半)のことを少し調べてみました。応神天皇は大分県宇佐神宮の御祭神ですね!「八幡神社」(やわたじんじゃ)別読みハチマンジンジャですね!九州でお生まれになったとか?私は以前、九州の方とお話したことが有りますが、「伊勢神宮の発祥地(元伊勢)」は、宇佐だ、いや伊勢だと言い合ったことが有ります。不思議なんですが・・・大和入りはいつも九州方面から大和入りするコースと、出雲辺りからぐるりと回り熊野から上がり大和入りするコースとが有りますね。これはやはり氏族の違いが出ているのでしょうかね?

応神天皇の頃は、朝鮮半島は「高句麗」の侵攻によって乱れ、それを逃れる為に、日本に来たらしいですね。誰でもそうですが一番親しいところに逃げるので応神天皇の氏族に逃れたと考えて当然ですね。

その後多くの文化や技術が発展したそうです、(養蚕や機織りの技術)また儒教も漢字も伝えられたそうです。また応神天皇は「騎馬」の習慣を見につけていたらしいですが、それまで日本はそのような習慣がなかったらしいです。 倭漢直氏(ヤマトノアヤノノアタイウジ)の祖も渡来人であったとか・・・後の秦氏が日本に技術をもたらしたとか?「八幡」は「八秦」ともいえますね。

また謎なんですが・・なぜ「大和入り」しなければならなかっいたのか?それだけの豪族ならどこでも、支配できそうなんですがね・・

それから「秦の始皇帝」はなぜ「東(東北)」を重んじたのでしょか?中国の思想には、東を重んじることが習慣みたいです。万里の長城も一つの象徴ですね!

あああ考えるだけで・・・頭がくるくる回りだします。

ヤゾー - 2002/10/02(水) 19:05<

台風一過

みなさん こんばんわ

木乃葉木菟さん むかしワイドショーで嫁姑問題をやっていて
日頃いびられている嫁が うどん好きの姑が目を悪くしたときに
うどんにミミズを入れて食べさせたという話しを思い出してしまいました。
そのうどんを食べた姑は 美味しいと喜んで食べたそうです。うぇ〜。
大江町に行ってから 秦氏のことが妙に気になっています。
最近 古本屋で見付けた本に 弾左衛門も遡ると秦氏に繋がるとかの話しがありましたが
原住民系と友好的に結びついたのが秦一族ではなかったのかと思ったりしています。

あおきさん アハハハ そんなこと言えるのは怖い目に遭ってないからですよ。
ぼくも怖い目に遭うまでは 台風が来るとワクワクしたものですが
怖い目に遭ってからは憂鬱な気分になります。
そう言いつつ 台風が来ると何かと理由をつけては海を見に行ったりしています。

ya(・ε^)naさん ありがとねぇ!
またまた 写真を送っときました。
今度はミミズではないのでご安心を。

おユキちゃん 被害はなかったですか?
停電すると ほんとうに難儀しますね。
1998年の台風の時には 二日停電して復旧したと思ったら
その後の雨で また山が崩れて電柱が何本も倒れて五日間停電しました。
流石にそのときには水まで出なくなったので参りましたが
地元の人は停電を楽しんでいるようで平気のようでした。

おユキ - 2002/10/02(水) 12:55<

台風怖かったぁ〜(@。@;)

皆さんは大丈夫でしたか?
私は生まれて始めて、風に恐怖を感じました。
停電も何度もして怖かったです。

タマちゃん、大丈夫かなぁ?(・ω・)

おりょうさん、本みつからないので注文しましたよ。

ya(・ε^)na - 2002/10/01(火) 22:34<

げ・・いらんちゅうねん

なんやねんな・・嫌いやゆうてますやろが・・
  ドバミミズですか・・
 海釣りでは、ゴカイを使いますが・・あの感触ちがいますねえ
ミミズをつまむと、指の間をゲーーーーっ・あの移動のしかたが、・・モーー
最悪・・ほんでから、あの独特のにおい・・遠慮しときますわ!!

せや・・ヤゾー、ミミズ・・ネションベンに効くらしいで!
  よかったら、試してちょ!!!

あおき - 2002/10/01(火) 21:47<

台風?いまいち

関東上陸 戦後最大級といわれるほどたいしたことない台風です 会社で早く帰れと放送があったわりには
梅雨の大雨に比べれば少ないし NHKでさわぐほどでもないような・・・
今 風も雨もやんでいます 多摩東部です

木乃葉木菟 - 2002/10/01(火) 21:28<

大丈夫?

ヤゾーさん〜〜〜マムシ掴まなくて良かったですね!「春先と秋のマムシ」は、求愛時期や産卵時期に当たりますので要注意です。マムシの死活問題がかかってますからね!「気」が荒くなりますよ、

それから・・「ミミズ」は薬になる事ご存知ですか?解熱効果抜群ですよ!自然の中にいるとたくさん「神さんからの」送りもん有りますので、ご活用願いますね。ちなみに、荒料理ですが「ミミズ」を適当に捕り・・・鍋でぐつぐつ煮るのです。そして、煎じ薬の感覚で・・飲料するだけで・・・熱が下がります。

また「マムシ」は干して、乾燥させて於くといいですよ・・・「微熱」を和らげたり他に、滋養強壮になりますしね・・ただし3ヶ月くらい髪の毛まで・・マムシの匂いが抜けませんけど・・でも自然と共存して行く場合必要かもしれませんね。

ヤナギムシさんいつもすれ違いでごめんね!また私の所に、来てくださいね!

おりょうさん!有り難うございます。
その「石上神宮」の「七支刀」なんですけれども・・・どうも祭祀用の刀で実用的でないみたいです。ちなみに「桐箱入りの七支刀ネクタイピン」を購入してますよ!

今日は・・・「秦氏」のお話は無しにしますけれども、又ボチボチ宜しく御願い致します。
「さんか」語私もたくさん学ばせてくださいね<m(__)m>

今の所、台風の影響はこちらはなさそうです。関東や北海道の方々十分お気をつけてくださいね!

ヤゾー - 2002/10/01(火) 19:18<

台風21号

みなさん こんばんわ

ヤナさん ありがとねぇ。
お礼に 巨大ミミズの特大写真2枚 送っときましたよ。
それを肴に 美味しいお酒を呑んでくらはい。

バリ師さん サシガメとは また酔狂な虫もいるもんですね。
確かに 人類だけが勘違いして生きているのかもしれません。

おりょうさん 七といえば石上神宮にある神宝の七支刀って不思議な形をしてますね。
どうしてあんな作りにくいものをわざわざ作ったのか不思議です。

紋次郎さん 年配の人の場合 マムシを見付けたら捕まえて皮を剥いで干しておく人が多いようです。
それを粉にして 病気したときに飲むと 精がついて良いのだそうです。

にっちょさん ドバミミズって いかにも皮が固そうで テカテカとエメラルドブルーに輝いていますね。
でも 昨日見た50センチのミミズは 普通のミミズのような色と質感をしていました。
それだけに余計に気持ち悪かったです。写真送りましょうか?

1998年 紀伊半島に上陸した台風7号も足の早い台風でした。
突然風雨が強くなり 山小屋が傾くという怖い目にも遭いました。
樹齢100年以上経った大木も沢山倒されるほどの強い風が吹きました。
国宝の室生寺に大きな被害をもたらした台風でした。
台風の進路にあたる人は 充分に注意して下さい。

にっちょ - 2002/10/01(火) 16:53<

ドバミミズ

熊野ライフヤゾーの皆様お久しぶりでございます。
台風接近中の関東は海山ともに大荒れで次第に風雨が強くなりつつあります。
ミミズのお話ですけれど、四国の山中で見たミミズはそれは見事なエメラルドブルーに
輝くばかりで大きさも、かなりのモノでした。はじめて見たときはとても不気味で気持ち悪く
震え上がってしまいました。

釣りの餌にと、よくドバミミズを捕りに行きました。(釣りの餌には気持ち悪くない?)
ケンスコとバケツをぶらさげて、めぼしいところにケンスコを真っ立てにめいっぱい突き刺します。
そして握りの所をゴンゴンたたいて地面を震わせますと、出てくる出てくるワサワサとお出ましです。
そして、親指ほどの太さで1m程の女竹のフシをくりぬき先から凧糸に結んだ鈎を通して流れの速い
川の岩のワレメなどにいるうなぎを捕るために竹を差し込みミミズ餌の付いた鈎だけ残し竹を抜きます
糸の端は川岸の草に結びつけて・・・と・子供の頃の思い出でした。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/10/01(火) 15:59<

ごとびき岩も もうすぐ陥落やぁ  

おりょんはん、ウッス・あ〜〜(これサンカがお日様おがむときのことばだそうで……)

 「GO =神」アガアガ。ビキ(蛙)はBIK(毒ある)I(もの)……即ち蛙……ならむ。
 ごとびきの「ト」という単節音には意味が15ばかりこびりついていますので、いままで
は絞りきれずにいました。しかし、おりょんはんのお蔭でゴが神であることが、ほぼマチガイ
なしとなりました。岩戸のト……ゴトとは神岩のことかな?? 
 この解釈、当たらずとも近かからず……カナ?
 あ〜〜言いながら昇ったばかりの朝日を肉眼で眺めていたら 一生、近眼・老眼には関係ない
目に恵まれるそうですね。
 初孫が生まれたら、蕗の繊維にひたしてマムシの毒のましてやるべ。

おりよう - 2002/10/01(火) 12:01<

尾張の国知ヤゾウ

すみません文章が中途半端になってしまいました。
お声掛けて頂いてありがとうございました。
「犬山」へバコシのお仕事ご苦労様です。

おりょう - 2002/10/01(火) 11:48<

ア(サンカ語でおはようございます)

尾張の国知 さんサイギョウありがとうございます。 とてもヤナギムシ。
丹波のアヤタチの元にタニバユキも終えてもおらず、モミコマレがまだまだたりないと、丹波のアヤタチから「おまえはまだヒヨコ、頭をかくのはいいが、まだまだトウシロウ・・・」との丹波から、サンカのスズメが二晩カケマクのシマランがとどきました。折角の尾張の国知ヤゾウからのサイギョウをアヤメルことになりはしないかおらせつないげ。
広島のヤゾウ、クマノのヤゾー、蜜柑さん、このBBSの方々のナガレのもとで、おら、いろいろ学ばせて頂いています。
それとやっぱり「歴箕ン」です。

木乃葉木菟 さん補足していただいてありがとうございます。
奇数、偶数も古代部族の信仰に関わりあったようですね。「七」が縁起がいいとかいいますが、何故「七」が縁起がいいのか、よくわかっていないでつかっていたりします。

紋次郎さん
ゴはサンカ言葉で神だそうです。



バリ師 - 2002/10/01(火) 07:43<

カメムシ2

毎年、知り合いとこでは、小屋にカメムシを入れるだけ入れといて12月ごろバルサンを一発焚いております。雪の多い年は小屋のカメムシも多いとか。

そのカメムシを刺して体液を吸う少し体の細いサシガメちゅうのもおるそうな。カメムシもミミズもバッタもみんなつながって生きております。つながってないのは人類だけかいな。

ya(・ε^)na - 2002/10/01(火) 00:20<

カメムシ

けけけっけけ・・ヤゾーこんばんわ・・ヘヘヘヘ・・ヤナです
 カメムシですかぁ・・あの真っ赤に黒い紋のある奴・・知ってますかいねえ
カメムシってくさいところに集まるんやねえ それに、イイイイーーーパイ種類おますしねえ
  くさいところに・・いいパイイーーーーーパイあつまるんやてぇ
 エエエエーーーェ・・ヤゾーんとこにイーーーーパイ居てるんですか
  へーーーー・・そおですか・・ヤゾーんとこに・・いっぱいいてるんや!
    ふーーーん・・いてるんや!!
 ほんで、ドバミミズですか・・どちらも・・ヤナすきくないですねえ

ヤゾ− - 2002/09/30(月) 19:00<

カメムシと巨大ミミズの巻

みなさん こんばんわ

ヤナさん バッタの興味深いお話でした。
バッタではありませんが カメムシの異常発生には悩まさせたことがあります。
山小屋に暮らし始めた最初の年のことでした。
そんなに隙間はないはずなのですが 部屋の中にカメムシが入ってきて あちこちに居ました。
最初は見付けたら外に逃がしてあげていたのですが
あまりの数の多さと 知らずしらずに潰してしまうと 痕が残ってきちゃないので
そのうちに掃除機で吸い取るようになりました。
掃除機で吸い取ると カメムシ独特の臭いが掃除機のお尻から吐き出され
部屋中がカメムシの臭いで満たされ そのゴージャスにしてナチュラルな香りに
ああ自然の中で暮しているのだという実感に心も満たされたのでした。
カメムシの臭い みんなはヘコキムシといって嫌がるみたいですが ぼくは慣れました。

今朝 山小屋のすぐ前で なにか変なものがいるなと思ったら
50センチはあろうかと思う巨大なミミズがのたくっていました。
さすがに50センチにもなると ううう 気持ちわる〜いです。
釣りに行くのに大きなミミズを探したときには
なかなか見付からなかったのに 関係のないときに出てくるのが場違いな奴です。
でも50センチもあったら餌には使えないのかもしれまえん。
だいたいそんな巨大ミミズを針に通すだけの勇気がありません。
見ていても仕方がないので 火箸で掴んで山の中へポイ(逃が)しました。
昨日のマムシといい今朝の巨大ミミズといい 明日も何かと遭遇するかもしれません。
その巨大ミミズの写真 欲しい人がいれば送ります。そんなもん欲しくないか!

やなぎむし - 2002/09/29(日) 13:12<

同じバッタに二つの顔

それぞれは、これまで別の種類であると思われていた。
 実は同種であると確認したのは、ロシアの昆虫学者ウバロフだ!
かれは、バッタが単独でいるふだんの姿を孤独相、大発生の時の様子を群生相、その中間の形態を移行相と名づけた。
 孤独相のバッタは緑だが、群生相では黒ずんでくる。顔も四角張り、体は脂ぎる。
おなじバッタが異なる顔をもつ。
 人間界にも「人が変わったように!」なんて表現もある・あれである。
普通に暮らしていたバッタが、見た目にも戦闘的な群生相に変身するのは、干ばつなど、危機を迎えたときだ・。
 日照りで緑が枯れる。
通常のように離れてすむ余裕がない。わずかに残った草むらに、エサを求めて多数の幼虫が
集まってくる。
彼らの出す分泌液が互いを刺激しあう。
 それが育つと、体色の緑のあせた成虫なる。
移行相の特徴だ。
また二・三代を重ねて最後は黒い群生相に変わり、新天地を求めるかごとくに一斉に
飛び立つのである。
 危機がバッタの、相貌を帰るのであるが、人間の集団でもよく似たことが起こる
第一次大戦後のドイツは、巨額の賠償を課せられ経済が破綻し、ヒトラーの台頭を許した戦後の日本も
極端な貧富の差が軍国主義の土壌となった。旧ユーゴ・クロアチア・でも同じ民族意識が、
このバッタの分泌液のように人々を先導して群生相に高めていく・・・・

特に好戦的な民族などは世界に存在しない。
取り分けて平和的な民族がいるのでもない。
みな同じ人間の集団である。人は攻撃的にも友好的にもなれる。お互いうつろいやすく、
 所属する団体の空気に染まりやすい,いったん暴走すると止めることは難しい。
人間とはそういう存在だと歴史が教えている。

民族感情をもてあそぶ動きには、細心の注意が必要だ。危うい小舟にみなで乗って
いるようなものである。わざと船端をゆする行為は、許してならない。

自然界のバッタは、危機が過ぎると、いつの間にかもとの形にもどり、そこいらを
ピョンピョン飛び跳ねている・・バッタはそれでよい・・

人間は、それぞれに自覚があり「群生相」への刺激に簡単に染まらないはずだ!

 バッタとはそのところで・・差をつけたい

       1997年の???新聞のスクラップより・・

やなぎむし - 2002/09/29(日) 09:54<

スクラップより

ある日、南の空に小さな雲が現れた。
初めは地平線に浮かぶ霞のようだったが、やがてそれが、空に扇状に広がる。
中国を舞台にした小説・・パール・バックの「大地」に出てくる光景である
 雲か霞かに見えたものは、実はバッタの大群であった
にわかに空は暗くなり・無数のバッタの羽音で大気は震え!
これに襲われると農作物すべては食い尽くされてしまう・・

  飛コウ(虫偏に皇)である・・トノサマバッタの仲間が大量発生するげんしょうである
明治時代、十勝で発生したときに「天為メニ暗シ」とある。

 ふだんバッタは、単独で暮らす飛距離も2・30Mくらいのものである。
それが飛コウは、10KM単位で飛ぶのである

    「同じバッタに二つの顔」につづく

早起きヤゾ− - 2002/09/29(日) 09:00<

もう少しでマムシに噛まれるところでちた

みなさん おはようございます

尾張の国知さん 研究ご苦労さまです。
今 何を書こうか思案を巡らせています。
一度ユサバリを作ってみて その中で寝てみたいと考えていましたので
その報告でも書かせて頂こうかな なんて考えています。
あまりプレッシャーをかけないで下さいね。

木乃葉木菟さん 秦氏についてのお話し ありがとうございます。
秦氏ゆかりの神社を少し調べてみて驚きました。
そのひとつに松尾神社の祭神が大国主神の子である大山咋神であったり
蚕の社・木嶋神社の祭神が国常立神や豊受大神と同一神であるという話しもある天之御中主神や
ウガヤフキアエズノミコト 天火明であることに衝撃を受けました。
秦氏というのは とてつもなく奥が深そうですね。

今朝 早く起きてアマゴ釣りに行ってきました。
昨日捕まえておいた20センチほどのドバミミズを餌に
この間からの雨で増水した川で一発大物を狙ってやろうと目論んだのでした。
しかし結果は坊主で おまけに帰りに渓流から道までの斜面を登るのに
出ていた岩に手をかけたら そのすぐ近くにマムシがいました。
もう少しでマムシを掴んでしまうところでした。
手のすぐ横を あの独特のもんもん模様のマムシが
そろ〜と這ってゆくのをしばらく呆然として眺めてしまいました。
後 五センチ手がずれていたら噛まれていたのかもしれません。
基本的にはマムシは嫌いではないのですが やっぱり噛まれたら怖いです。
アマゴは釣れなかったけれども そのかわりに栗を少し拾って帰りました。

木乃葉木菟 - 2002/09/28(土) 22:05<

秦=辰

ヤゾーさん今晩は
秦氏の繋がり・・・国内が荒ぶれていた時代
崇神天皇の夢に大神神社の御祭神「大物主神」が現れて自分の荒ぶる祟りを、「意富多々泥古」という人物に祀らせよ、そうすれば災いが収まると語られたそうです。この「オオタタネコ」なる人物、が秦氏から分かれた一族らしいです。「意富氏」(おおうじ)は「多氏」・「太氏」おおうじ
ととも言われ「多神社」も元伊勢候補になっいているくらいです。
元伊勢の本体は「丹後の籠神社」が主力だと思いますが、23巡幸には、必ずといってよいほど秦氏直属のかかわりをもっていると思って間違いないですね。京都の太秦(ウズマサ)も秦氏とつながるようですし・・・
「蚕ノ社」の「三柱鳥居」と「大神神社」の「三輪鳥居」ともなんか繋がりが在るよですし・・・倭姫命
が伊勢国に入った時、「大若子命」なる人物が鎮座場所をともに探したとも言われています。この「オオワクコノミコト」の別名は、「大幡主命」(オオハタヌシノミコト)と言うそうです。「幡」は当然「秦」ですよね、「大秦主命」と置き換えれば・・・秦氏の一族と見て間違いないですね。なぜか?伊勢神宮の研究から見落とされてきたのがわかりにくくしている原因ではないでしょうか。
とりあえず一部の例ですけれど・・・これで説明になっているでしょうか?

大本霊学の「厳霊」と「瑞霊」とが一対の働きが正しいのであれば
「内宮」と「外宮」も一対の働きがあるのではと思っていますけど・・・何もかも一緒にするのは
危険でしょか?

おりょうさん が申されている「ペンタゴン」は安部清明の紋章「五芒星」(ペンタグラム)逆さにすると角が二つになりますね。この図形不思議な働きをするのですよ。修験道の九字印に「セーマン・ドーマン」もあるくらいですから・・・この話も奥が深そうです・・・


ヤゾーさん
「契約の聖櫃アーク」の話はもう少し時間を戴けるとありがたいのですけれど

尾張の国知 - 2002/09/28(土) 20:50<

ウッス〜  おりょうさん サイギョウです

尾張の一(ハジメ)は、ずう〜と以前からのミスカシ(ファンの1人)でした。ヤゾウさんも、おりょうさんへ期待しておられますヨ。
乞食学者・お圭ちゃん の事、三角寛に関すること、・・・などなど、楽しく学ばせて戴いておりました。今まで述べられてきたサンカの読書雑感を、おりょうさん風に気軽に、独断と偏見をまじえながのタツチと、そのままのスタイルで。・・・・・・それならヤナギムシ。ヤナギムシ。
何としても、「クマノ一族」コーナーを設けたいと熱望しております。
ヤゾウさんのツナギシナドが出ますとヤエガキになってしまいますヨ。??? ヤエガキヤブリは、ハタムラヤブリよりも、ずうーとこわ〜い事であつたと、オタカラシュウの尾張サンカのムレコヤゾウさんから聞きました。(これはマジな事でした)
モーイツカイ、ご検討戴けましたら助かります。今夜はこれからカケマクで犬山のユサバリへ場越しをします。それではオバンです。やなぎむし、ヤナギムシ、アマカネ(あ、コレハ、マチガエました)

管理人ヤゾー - 2002/09/28(土) 19:30<

今までの投稿は過去の掲示板へ移動しました

みなさん こんばんわ

*(@..@)*nglyさん 投稿する度にお顔が変化して面白いです。
いろんな世界で 隠されてきたことが表に出てきている時代ですので
天皇や賤民に対するタブーとして隠されていたことも表に出てくるように感じています。
そうでないと この国が次の段階に進めないような気がしています。
そういう一翼を*(@..@)*nglyさんのような方が担っているように思っています。

木乃葉木菟さん 伊雑宮も元伊勢のひとつだそうですが そういう話しがあるんですね。
ところで元伊勢と秦氏にどういう繋がりがあるのか
何か例をあげて説明して頂くと有り難いです。

おりょうさん ペンタゴンの名前にそのような秘密が隠されていたんですね。
なんだか聖書の黙示録に出てきそうな名前だと思いました。
ペンだこ 角にならないようにお大事にして下さい。

紋次郎さん 「まがたんつ」ではなくて「おおマがとき」を訊ねられたのかもしれません。
ペンタゴンの言葉の意味をパンドラの箱という辺りは面白いですね。
パチンコ玉ぐらいの大きさのツノが大きくならないように お大事にして下さい。

今年は山に食べ物が少ないのか 
ヤマガラが餌を催促しに来るのがいつもより早いようです。
それで去年より一月ばかり早く手乗りピーちゃんになりました。
風の王国掲示板にヤマガラの写真を載っけました。
ヤマガラの後ろにテンジンも写ってます。


[過去ログ インデックス]  [KumanolifeGuestbookへ戻る]



当サイトが使用しているレンタルサーバーです!信頼性が高いです!


12538666584512