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2002年02月05日(火)06時15分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


とんちんかん小僧 - 2002/02/05(火) 02:00<

紋次郎さん

レス有難うございます。
>とてもよくわかってオモシロいです
僕も自分だけではなく、見る・読む人々にも判りやすそうな感じに書けるよう日々努めて
ますヨン。歴史的なことに苦手な方には気の毒だが、これ以上、判りやすく(!?)書く
のは難解だけどね。ありがたいことです。今日は、また今晩にでも続き書きますヨン!
まとめきれなくて、今すぐは投稿できず・・残念ッス!

ya(^ε・)na - 2002/02/04(月) 23:13<

けけけけ

なんかまちごおたわ

ya(^ε・)na - 2002/02/04(月) 23:11<

ながーーーぃなまえ

こんばんわ・・やなですよん

  へへへへのけけけけけ

  うちの家って、変な家ですよん

    みんな、ジュゲムのなまえいえますよん

  じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの、うんぎょうまつふらいまつ、くうらいまつ、くうねるところにすむところ、やあぶらこうじぶらこうじ、パイぽぱいぽぱいぽのしゅうりんがん 
しゅうりんがんのぐうりんだいぐうりんだいのぽんぽこりんのぽんぽこなあの長きゅうめいのちょうすけ 


   なんてのどおですか!! 

tuya - 2002/02/04(月) 21:25<

蜜柑さん、ありがとうございます

 蜜柑さん、中山ラビの件、ありがとうございます。(実はちょっと期待してました^^;;)アルバム名がわかったので、早速探してみます。そうです、ギター弾き語りでした。
 当時私は新聞奨学生で、平日は朝夕刊配達しながら夜学に通ったりなんぞしてました。そんな生活だったので、日曜は朝刊を配達したあとクタクタになって寝てました。目がさめると部屋がすでに暗くなっていて、空しいような淋しいような思いで、そのまま電気もつけず布団の中で「もうすぐ」を聴いてました。ラビさんの淋しげな歌が身にしみるようでした。(ちなみに私は「一人っ子」)
 それから碧眼のサンカの資料、ヤゾーさんから「サイギョウ」?してもらいました。
 いろいろ親切にしていただき感激です^^

蜜柑 - 2002/02/04(月) 15:09<

tuyaさん

>歌詞もおぼろげです。なんやら
「一人っ子」がどうのこうのとか「白装束」がどうのこうのというフレーズがあったような・・・・(なんていい加減)


其れは、「もうすぐ」というアルバムに入っている
「一人っ子」と「念仏暮らし」でしょう。たぶん。
唯一のギター一本の弾き語りアルバムです。

*(^..^)*ngly - 2002/02/04(月) 13:53<

拾うから撒く

 正月に雑煮の前に煮豆を食べるK君がいます。「君は本来
非土着系で、もしかしたら鬼の家筋かも」と伝えました。
 先日広島県賀茂郡の親戚で、K姓はサンカで、昔竹細工をし
てたとの話。今は帽子などの材料になる白木(イタヤ楓?)紐
を作ってるとか。その集落を通った時に甲賀姓もあったと記憶
しています。豆を撒くのは「拾う人がいて、その方(貴女の祖先
かもね)のために撒くのですよ、ボランタリーです」、「近くに
寄ると汗臭かったり、虱が跳んでくるから、袖の上に移しあげず
に投げたのです」と言ったら若い女性がびっくりしました。
 八切止夫は桃太郎の鬼とはサンカのことであり、サンカの血筋
を引く祖母から「鬼は外とは何事か!」と怖い顔で叱られたと記
しています。確かに「鬼は内、福も内」「福は内」だけと豆撒を
する地方は結構あり、紀州や三重にもあったようです。鬼といっ
ても反抗する先住民・出雲サンカ・エミシ・木地師とありそうで
す。「鬼は外、福は内」は人種・階級差別の掛声かもしれません
ね。サンカ研究からこのような政治的観点を落すとサンカ民俗学
に堕落するようです。また撒く側も「豆しかない」暮らしだった
の現実も忘れてはならでしょう。
 我が家の渡来系の鬼達は青豆・空豆・大豆が大好きです。

ホラふき 紋次郎 - 2002/02/04(月) 10:11<

熊野の行者はホラ吹いた

 ヤゾー親分はトロイメライ最中らしい。八っつぁんにお尋ねしやすだ。
 サンカ・熊野でズーズー弁を聞いたっちゅうお覚えはござらぬか?

 とんちさん、とてもよくわかってオモシロいです。
 「将軍の勘気を受ける」‥‥含蓄ある措置ですね。将軍だけに「イヤン・イヤン」が許さ
れていたん‥‥やろか。大名とり潰しとか「おいぬ様」をまかり通す下準備ね。

       ……………………          ……………………
 ところで、「ホラ貝、ホラ吹き」の語源がわかったみたいなので、ここに披露カネ。
 古代人は形あるものの裏に「まだ形となって顕われていないもの」へ強執を持った。
 譬えが悪いが血管はなんにも力がない。だが、血管の中を暴れまわり、走りまわる血には
いのちがあら。血は霊(チ)と関係があるかもナ。
 柱と柱のあいだの空間を MA と呼んでことのほかダイジにした。結界でんな。末確定領域
ですが、それを「ヒ(氷・簸・斐・)」とも呼んだ形跡が濃密です。また、これはほとんど
確定領域ですが、それを U-TUTU(現) とか U-TURU とも呼んだ。

 日本語の「恋」たァ、あっちの心をてめェのほうへ「来い来い」と呼び寄せること。ホラ
を吹くとは「向こうにある霊気をわが身へ呼びよせる所作」。
 ネパール語 KHOKRA は「木のホラの中になんにもない」というミョウな形容詞的名詞で
す。KHOKRA の KRA は峠のクラとか鞍、庫とおなじで、「KURA(語り・事物)」から出
た「形あるもの」‥‥機構の“構”‥‥またこれ、神の座でんな。神庫と書いて「ホクラ」
と読ませる‥‥これホント。
 KHOKRA の KHO が上の説明で得られる「な〜んにもない」でんがな。この KHO という
発音はいうなれば XO で、 X はドイツ語のブッフ(本)のフ、‥‥挟擦音。KHO が日本語
化されるときは「ホ」か「コ」になるのであります。

 ホラの -RA は強調末尾辞で、これ自体には意味はありもはん。「ホラ」とはなァ〜〜んも
ないということ。
 老木の肌が KRA(構)で、なァんもない空間と木肌の二ついっしょで KHOKRA 。
 ネパール語にはすでに ΒOLーで「呼ぶ・会話」があります。ホラ貝は吹かなくても、ヒマ
ラヤの霊峰に向って「ナ〜〜モ〜〜」とか「ノ〜〜ノ〜〜」とかを叫んで、返ってくるコダ
マに神意の応答を感じとる錯覚行があったと思われます。
 「ホラ貝を吹く」の「吹く」もネパール語 PHUK(くちで吹く)と同一です。
 では「貝」の語源‥‥、エッチ思考のムキには稿を改めて‥‥。

とんちんかん小僧 - 2002/02/04(月) 00:12<

スキヤキ

一昨日、『狂牛病』で牛肉を食べなくなっていたのですが、ようやく我が家でも“解禁”
され牛肉を超久しぶりに食べることができました。
なんか、10年以上、食べていなかったような感じがしました。
やはり牛肉は最高にウマイ!!

そういや、今日(と言うか昨日になった)は「鬼は外・福は家」の日でしたね。
マメちゃん、いっぱい食べましたー、投げ込みましたー?
僕は、クラッシックの演奏(DVD)を見ながら、パクパク食べていました。

とんちんかん小僧 - 2002/02/03(日) 23:26<

柳生一族(7)

 長男のことなので、江戸城を離れる訳にはいかないが、将軍の勘気を受けた身となると、
登城する必要がないことになる。
 かといってこの十兵衛、江戸の邸にじっとしていたかというと、どうやら江戸にはいな
かった。
 これもまた不思議な話で、将軍の勘気を受けて十二年も出仕をとめられた大名の長男が、
武者修業を理由に悠々と諸国を旅しているのである。
 しかもなお不審なことに、十兵衛はその間に秋篠(あきしの)和泉守の娘を妻に迎えて、
二人の女子を儲けている。
 大名や旗本の結婚縁組は、全て将軍の許可を必要とする。ところが十兵衛は勘気を受けて
出仕を止められているぐらいだから、正式に結婚できない身の上である。
 側女を置くことさえ憚(はばか)られる男が、将軍の許可なくしてはできない結婚を、
ちゃんとしているだから奇妙この上ない。
 この不思議な現象を解く鍵は、十兵衛隠密説である。
 もし彼が別命を受け、一応勘気を受けたことにして江戸城から姿を消したのなら、父親が
引き続き大目付の要職にあっても不思議ではない。
 まして将軍家直属の隠密取締役として秘密の任務に従事していたのなら、その間の結婚も
ありうることでしょう。
 しかし隠密となって修羅場に身を置いたのかというと、それは否だろう。すくなくとも大名
の長男なのだから、十兵衛が自ら剣をとって戦ったわけではないそうです。
 十兵衛の果たした役割は、高度の政治的判断を必要とするCIAの現地指揮官だったのではないか
と考えられているようです。(そこが現実と小説の世界の違いでしょう。)

紫門 - 2002/02/03(日) 18:03<

ya(^ε・)na さぁぁぁああああ〜ん!

          なんもかんがえんとも・・・

                   かんじましたよぉ〜い!








                         かんじましたよぉ〜い!

うろつき 紋次郎 - 2002/02/03(日) 09:30<

 熊野・サンカにズーズー弁は残ちゃいやせんけぇ  

 熊野・サンカが出雲帝国の落とし子なら、往古の語りぐちはズーズー弁だったはず。
 ありませんカネ。誰ぞお教えください。

クミコ - 2002/02/03(日) 01:46<

もうすぐ一年

瀬織津姫を探しているうちに
本来、私達は山や川、海や太陽の中に神を見出していたのに
いつのまにか人や像や紙切れに手を合わせるようになっていったんだなぁ
とつくづく思いはじめるようになりました。
もしも限りなく真理に近い経典が存在したとしても
そこに欲のかけらが混じっていたら、やはりいつかは破綻をきたす。
例えそれがいかに人間らしい願いであったとしても。
私達は手を合わせるところを誤ってはならない。
その誤りが沢山の不幸を創ってきたような気がします。
サンカはその過ちを犯さなかった人達。
川原で眠くなったら寝る!やっぱりいいですよね。
Kumanoで遊ばせてもらうようになって、もうすぐ一年が経ってしまいます。
今年は満開の梅、見れるかなぁ?

とんちんかん小僧 - 2002/02/02(土) 22:41<

柳生一族(6)

●十兵衛隠密説の根拠

 関ヶ原の戦いから江戸幕府初期の間(約50年間)で、取り潰された大名は五十七家に及び
その禄高は四百万石にも上るという。その他に処罰を受けたり改易されたりした大名となる
と数え切れない程で、大半は政略的なものが多かった。
 こんな大作戦を展開しようと思うと、多くの情報を集めなくてはならないが、事が機密を
要するものだけに、顔を知られた幕府の役人では間に合わない。(現代もそうですね)
 そこで諸国に散ばっている柳生の門弟が動員され、一門の名だたる剣士が動員されたもの
と思われる。つまりそれがいわゆる裏柳生だったのだろう。
 このような時代背景の下に登場するのが柳生十兵衛である。
 宗矩の長男に生まれ、剣をとっては父に優るといわれながら、何故か十兵衛は、二十歳の時
、将軍家光の勘気を蒙(こうむ)って出仕をとめられることになった。
 彼が再び出仕を許されるのは寛永十五年(1638)のことなので、その間約十二年の長きに
わたっている。
 普通、長男が主君の勘気を受けて十二年も出仕をとめられたなら、父親の方も謹慎していなくて
はならないのに、父の宗矩は、老中・若年寄に次ぐ大目付の要職にあって、しかも将軍家の指南役
を勤め、宗矩が病気になると、将軍家光は、自ら柳生邸へ赴いて病気を見舞ったというほど厚く
もてなしている。
 それほど信任が厚いのに息子の出仕は十二年間の長きにわたってほったまま。父親の方もまた
、知らん顔。
 ここに十兵衛隠密説の根拠がある。

turukot(−。。−) - 2002/02/02(土) 22:22<

語源なんてワガラネ〜

>TURU しゃんのカキコにも「盗意」ムラムラあるね。

「盗意」なんてありましぇん。オイラが聞いたことをかいたまで。
語源がどうか?なんて実のところハッパ(さっぱり)ワガラネのです。

諸説を聞く自体面白いですよ。
紋のダンナのおっさることはうなずけます。
あっしもそんなξ臭いξを感じます。「ミョンナンジャ」にもね♪
 

tuya - 2002/02/02(土) 22:13<

おいしそうな話題だわ〜♪

明太子、辛子明太子>たまりません〜。といっても私は呑み助ではありません〜。実はかす汁2杯でまっかっかになってしまう下戸でございます〜。なのにぃ〜なのにぃ〜、酒飲みが好むものが大好きなのです〜。明太子、お茶うけに最高です〜〜〜(笑)

キ印 紋チャン - 2002/02/02(土) 21:00<

  巷間語源 と 根源語源  

 TURU しゃんのカキコにも「盗意」ムラムラあるね。

 シェイシュンの紋チャン筑豊で育ったネ。子どものとき「メンタイコ」も「タラコ」もシ
ランかっとってン。おれたちは「鯛のマコ」と呼んでいました。
 目が青いのが特徴の「メンダイ」という鯛がいるンですよ。その「マコ(魚の子ども)」
が「鯛のマコ」とバッカス思うてきました。メンダイは鮮かな赤い色で、「タイのマコ」が
そのマコであっても決してオカシくはないと思います。
 メンダイは40センチぐらいの大きさが普通で、戦争前は安い値段で庶民も用意に買えま
した。
 おらが4歳か5歳(昭和14年ごろ)ぐらいのとき、売店(鉱山経営)の魚屋のオッサン
がヒヨくれ(ふざけて)て「アアー・メンダイ メンダイ」と言ったので、買いに来ていた
オバチャンたちが、どっと笑ったのを覚えています。やっぱ、すこし高価だったんやろか。
 メンタイコとかタラコの呼び名を聞いたのは関東にきてからでした。

 それを初めてきいたのは、浦和(現・さいたま市)の M という飲み屋で、そこに33歳ぐ
らいの、朝鮮銀行の課長か係長ぐらいの青年がきていて語ったのでした。
 ひとくち食べたり飲んだりする毎に、ティシュ・ぺーパーでくちの中の唾液を拭ぐうイヤ
なクセを持った男でした。握った寿司などをヂカに置く楓板のうえに、そいつは唾液にまみ
れたティッシュ・ペーパーをヂカに10センチ以上も重みかさねるのでした。
 「メンタイコなんて朝鮮語起源じゃないか‥‥」と、そいつが喋る言葉も、そのときはウ
ツロにしか響きませんでした。

 TURU シャンカキコのお蔭で、われわれが普通「語源」と呼んでいるものの中には「その
発音が社会に固着してしまったあとで、“生活者”が周辺類似発音と関連づけて、腑におと
す領域」があることをハッキリと掴むことができました。
 いうなれば“巷間語源”でしょうか。

 ところが、太古の大昔から喋べられ、ユーラシア大陸に広がる“起源的な語彙”によって
造られた語彙もあります。
 タイノマコの「マコ」は魚(マ)の子ですが、それはネパール語の MACHA(魚)のMA
をとったものであることは、疑いのないところでしょう。
 沖縄にはエラブチャーという魚がいますが、エラブは珊瑚礁のことですが、その CHA は
MACHA の CHA だと思います。
 そして、ネパール語の MACHA とは MA(水)CHA(居る・棲む)から成ります。こう
なったらもう、やっぱ「語源」と言ってもいいのではないでしょうか。
 エラブとはオーストラリア・アボリジニ語で「魚」です。珊瑚礁には魚が棲む‥‥。

turukot(-,.-) - 2002/02/02(土) 00:58<

ミョンナンジャ(明卵子)

語源とは関係あるかどうかわかりまへんけど。。。

にっちょ二ム(様)
>明川の太氏が捕ったサカナだから以後「明太」(ミョンテ→メンタイ)と
>呼ぶことにしたそうでアリマス。

以前、プサンのチャガルチ市場で1.2kgのを買ったことがありましたが、韓国の友人に
「ミョンテジャ、ミョンテジャ」いうてたら「韓国ではミョンナンジャっていうんだよ。」
と言われて、以来「ミョンナンジャ〜」と呼ぶようになりました。チャンチャン

チャガルチで買ったのはトンゲアン(東海岸―日本海沿岸ということ。ヨルムン シウォナジヨ〜)産
でした。安くて親・親戚にあげたら大好評でした。

福岡には明太子の店や工場がおおいですが、ある会社は韓国法人(同じ会社のグループ)から大量に輸
入しているケースもあります。明太子に限らず子会社・提携企業などから輸入→福岡の会社→店 
という流れは明太子に限らずわりとあるような気がする。。。

それにしても明太子に渤海が絡んでいたとは。。知りまへんでした。

とんちんかん小僧 - 2002/02/01(金) 22:42<

柳生一族(5)

 元和(げんな)元年(1615)の大坂夏の陣で、柳生宗矩が太刀をふるったことが
『徳川実紀』にある。
 木村重成(しげなり)の一族の主計(とのも)という者が素肌(すはだ)武者数
十人を率いて、ふいに秀忠の本陣を衝(つ)いた。旗本が崩れ立ったとき、宗矩は
秀忠の馬前に立って、七人まで切り捨てたというのである。殺陣(たて)のない
宗矩の記録としては珍しいことのようです。
 この大坂の陣で、もう一つ名の挙げる出来事があった。それは例の坂崎出羽守の
事件で、反乱に及ぼうとした出羽守を誰も説得できなかったのに、宗矩がとり鎮めた
という話だ。その功によって、坂崎家の家紋“二階笠”(頭に被る笠を横に重ねている
マークです)や家財道具一式を賜ったそうです。現在の子孫もおそらく、二階笠を
使用している事でしょう。
 それから、寛永九年(1632)十二月、柳生宗矩は大目付の要職についた。大目付は、
主に大名や旗本の取締りに当っていた。
 何といっても何十万石という領地をもつ大名を監察するのだから、その権威はすご
かった。将軍に直訴できる権限もあり、老中の支配下にありながら、その老中をも監察
する権限をも与えられているのだから・・これはまさにアメリカのCIA長官に匹敵する
地位といっていいだろう。
 当時、徳川幕府は生誕してまもなくだったので、大名の離反を何よりも恐れていた。
中でも、かつて徳川家と同格だった加賀の前田や薩摩の島津、中国の毛利などが果たして
幕閣の言いなりに従うかどうかと不安を抱いていたからである。
 その上、幕府の方針や施策を不満とする者が後を絶たなかった。

*木村重成は個人的に好きな武将の一人です。まだ、あるかどうか判らないけど、大阪の
八尾市に彼の碑があると思います。(もしかしたらもう移転してるか潰されているかも)
*次回から十兵衛が登場します。

にっちょ - 2002/02/01(金) 22:20<

メンタイ

その昔咸鏡道の明川に太氏を名乗る漁師がいまして
あるとき今まで見たことも無いサカナが捕れたので早速これを
王様に献上食された王様はその美味しさにたいそう喜びさっそく名前を付けることにしました。
明川の太氏が捕ったサカナだから以後「明太」(ミョンテ→メンタイ)と呼ぶことにしたそうでアリマス。

渤海(太氏)の第2代武王は日本との修好関係を成立させ200余年にわたる善隣友好と交易の
道を切り開いたそうです。
ラビさんもきっとメンタイコは大好きだと思います。

*(^><^)*ngly - 2002/02/01(金) 22:07<

読まれました

 かなり前に紹介したのですが、長いベストセラー平岩弓枝『御宿かわせみ』
を読まれた方感想を教えて下さい。京の公事宿・小川家に似たところがありま
せんか?

tuya - 2002/02/01(金) 21:25<

和歌山弁から中山ラビへの連想

 けったいな題ですみません。

 ヤゾーさんTV出演のビデオの中で、ヤゾーさんが「全然」を「でんでん」と発音されてるのを聞いて、大喜びしてしまいました。
「和歌山人だぁ〜〜」
 若い頃の友人の彼氏だった人(今は42〜3才くらいの人)が和歌山のみかん農家のぼんぼんで、めっちゃ男前やのに和歌山弁丸出しで話す人でした。和歌山の人って「ザ行」の発音が「ダ行」になっちゃうんですよね。小さい子などは字を書くときも「ザ行」と「ダ行」を混同することがあると聞きます。
 その彼も「冷蔵庫」を「れいどうこ」と発音するので、おもしろいのでなんべんも言わせて笑っていたら、仕返しにわたしの山口弁をからかわれてしまいました(笑)。
 彼は20代前半に東京で何年か暮らしていたのですが、その頃中山ラビさんのお店の常連だったそうです。「つやちゃん、中山ラビは聴いとかな、あかないて」と言って、カセットにラビさんの歌を入れてくれたんです。
 でも題名を書いてくれてなかったので、ずっとあとになってそのアルバムを聴きたくなったときに、どれだったのか見つけることができませんでした。むっちゃ昔のことなので歌詞もおぼろげです。なんやら
「一人っ子」がどうのこうのとか「白装束」がどうのこうのというフレーズがあったような・・・・(なんていい加減)
 懐かしいです。もしかしてその彼、こちらのどなたかと知り合いだったかも。ニックネームは「マコ」ちゃんといいます。詩を書いても、絵を描いても上手な人でした。中山ラビ時代は「ファイ」という同人誌を作ってた人です。

キ印 紋次郎 - 2002/02/01(金) 07:02<

盗られて哭くぐらいだったら 発表するなってんだ なも  

 じゅうようなこってござんす。
 このごらァよく「版権は**にあり」ってエのが書いてある。あれ、アメ公訴訟社会のありよう
が、さも「いいもんだ」みてえな意識に裏うちされているにちげえねえ。
 スバラシイとてめエ勝手に思うなァ、ご本人の勝手だが、その発表したことをこっそり引用され
て怒るくらいのケツの穴しか持たねえんだったら、のっけから発表するなってんだ。

 紋チャンを見ろ、シェイシュン賭けち 骨削っちつかんだ極意を手とり足とりで、タダでさし
上げよう‥‥ってんだ。“気高さ”がちゃうんじゃナイカイ。

 ここは日本だ。アメリカべっとりの風が吹いてる昨今、歴史性の超希薄なアメリカ文化は無検討
無反省のままに進入を許してはなるまい。

 このおらが意見、だれぞ盗んでくれんかなァ〜〜。

とんちんかん小僧 - 2002/02/01(金) 02:37<

tuyaさんへ

>書き溜めたものはまとめて保存していますか?掲示板で流れてしまうのが、
もったいないような力作なのに。

ハイ!一応それ専用のノートを作っていますから。去年の8月分からだけどね。
でも、やっぱり本物の言葉(生の声)には敵わないっすよ!
僕が書いている事って、自己満足に近いものですから。興味ある人無い人いますし。
だからといって、今のスタイルを変えるつもりは全く無いです。これからもネタが続く
限り書き続ける予定です。盗むのも忍びの手段の一つだから・・。

ヤナギムシ - 2002/01/31(木) 23:33<

すんません・・ヤナです

こんばんわ・やなです

  するめ酒・・ってご存知ですか・・

    フグのひれ酒ならぬ・・するめ酒です・・なかなかいけますよーーぅ


      へんら・・へらへら・・かんら・・かrから
  よおてますよん・・はっははっは
   酒を・・呑む事
    酔うこと・・はっはははっは
ほんま・・ええきもちや


  暮れ豚のおときさんが・・いちばんすきや


  なんや・・酔おてますよん
金剛山・・ってかあ・・
  ええやまです・・峠のあちこちが・・こおってました
      tuyaさんアイゼンわすれたらあきませんよーーーぅ
          ひらいた・・所から見る

                 山・・・・・・・・・

          なんもかんがえんと・・みてくらさい

                   なにが・・かんじれました?








                         なにかかんじれましたか??

ya(^ε・)na - 2002/01/31(木) 22:44<

おときさんや

ヤナの好きな・・オトキさんや・・

       みんなきいたってや・・・あとで・・かきこします

tuya - 2002/01/31(木) 20:33<

わたしも盗るぞ^^

とんちんかん小僧さん>わたしも盗るぞ!だから柳生一族の研究、がんばって続けてください。書き溜めたものはまとめて保存していますか?掲示板で流れてしまうのが、もったいないような力作なのに。

*(-..-)*onglyさん> 大学時代の法学の講義(遠い昔^^;;)で、尊属殺人がテーマになったことがあります。そこで紹介されてたケースをいくつか見ると、他の殺人事件以上に気の毒な、情状酌量の余地がありそうなケースが多く、「やりきれんなぁ」と思ったことがあります。・・・・ただ今は・・・・親子の縁となって生まれてきたことにはきっと深い意味があるのだから、どんなに不幸な親子関係でも、そこから何かを学び取らねば先へ進めないようになってるんじゃないかと考えるようになりました。
 でも、そのことと、法的な問題はもちろん別ですけれど。
 法や制度というのは、どこまでも民主的であってほしいです。

とんちんかん小僧 - 2002/01/31(木) 19:18<

紋次郎さんへ

紋次郎さんにそう言って頂けると嬉しいですね。
また、盗れるものがあったら、いくらでも盗って下さい。
僕も紋次郎さんや皆さんから盗りつづけますから。(良いものが多いからね)

キ印 紋次郎 - 2002/01/31(木) 07:19<

  ♪ サラリーマンは気楽な家業ときた紋だ

 とんちさン、‥‥舌たらずまッぴら。
 わがほう「キ」を教えてもらって以来、カッキカッキの日々が展開しちいやす。
 とんちさァのおハナシには宝物がつまっていることウケアイ。“流れ”なんざ気になさら
ねでくだせえ(こんな発言、席亭だけにしか赦されないのかナ)。
 いまも「江戸末期のサラリーマン武士」というありがた〜い言葉が出てるじゃん。

 あっしに言わせて貰うと、当時のおサムライさんたちゃ「てめえの佇まいよか、安定収
入」のほうを優先選択なすったワケざんす。

 ミナシャア〜〜ン、雪キジルシ責める資格はサラリーマンには付与されねえ〜イヨッ! 
サラどんたちが、キじるし責めてえンなら、まんず経済を知る必要があら。
 経済はカラダ使わねえと身につかねえ。ホント〜に経済を尻たいサラどん‥‥誰かいるカ
ネ。土曜日曜遊んでんだろ。やってみらんカネ。
 極意のほどをタダで手とり足とり、指南申しあげるぜ。

 ヤゾー親ぶン、ウチミソーチ(沖縄;起きやしたけえ)

ヤゾ− - 2002/01/31(木) 04:33<

おはようございます

少し前に思うところがあり、山の中で半日ほど座ってみました。
そして自分が自然の一部としてピタッと一つになったときに、
いろんなことを感じ取ることが出来ました。
今、そのことを自分なりに整理している最中です。
ですので、もうしばらく休ませて下さい。

>東北竹細工の方はこちらで対話をされたいようです。

どうぞ、対話に使って下さい。

紋次郎さん 僕もスウェーデンボルグはよく漢字飛ばして読みましたよ。
『宇宙間の諸地球』と『天界と地獄』とかいうやつまだ持ってます。

それにしても、9時に寝るようになってから、
物凄い早起きになってしまいました。

とんちんかん小僧 - 2002/01/31(木) 02:05<

柳生一族(4)

 伊賀の城主をしていた筒井定次(順慶の子)と一緒に宗矩が大和の近くまで戻ってくると、
すでに伊賀の城は敵手に落ちたという情報が入った。そのため筒井はあきらめて東海道に留
まると言い出した。
 宗矩は、間道づたいに、柳生へ戻ってきた。この時、石舟斎は七十一歳であった。
 表面上は悠々自適の隠居暮らしで、“新陰流兵法目録”などを編んでいるようだが、この
石舟斎、剣をとっては壮者を凌ぐ元気さで、門弟や伊賀忍者を使って、西軍の情報蒐集の
元締めをしていた。
 その上、家康に命じられた後方攪乱、ゲリラ戦の作戦まで練っているのだから、柳生の陰の
流れ、後にいう裏柳生は、この石舟斎を元祖といってよいだろう。
 彼は表芸だけでは柳生家を支えられないから裏の働きをもって表芸を保持しようとしたので
しょう。
 また宗矩は、家康が必ず勝つとは思っていなかった。それというのは、彼ら父子の最大の希望
はいつまでも柳生の里の領主でいたいということであったのです。だから、その領地を保証して
くれる主人が、豊臣であろうが徳川であろうが実はどちらでもよかったそうです。
(真田一族もそうでした。)
 この父祖の地を守るために主人をもつという考え方は、源平時代や鎌倉時代に共通する武士の
生き方で、江戸時代のサラリーマン武士とは違ったらしいです。
 柳生父子にとって、住む土地は一つだが仕える主、領地を保証してくれる有力者は一人ではな
かった。
 この点は忍びも同じことで、彼らは庸主のために生命を的(まと)に働いたりはするが、今日
の庸主を明日また別の庸主の命令で殺しに行くかもしれないのである。
 しかしながら、この時、柳生家には、もう一つ大きな布石があった。
 石田三成の家老であり軍事面をすべて任されている島左近(しまさこん)は、柳生の姻戚関係
だったのである。
 左近はもと、筒井家の家来だったが、同じ立場だった石舟斎の長男厳勝は、左近の娘を娶って
いた。こういうのは、どこまで通じるかどうか判らないが、とにかく太いパイプはあったのであ
る。この左近を通じて西軍の動きを探ったのだから、天下分け目の関ヶ原の戦いで柳生家が果た
した功績は大きかっただろう。
 しかしそれは表に出ない、つまり公にされない陰の働きだった。
 だからこそ家康は戦後宗矩にニ千石を与えて優遇したそうです。これは一剣道指南役のもらう
禄高をはるかに越えていた。

とんちんかん小僧 - 2002/01/31(木) 01:58<

みなさんへ

とてもいいお話をしているのに、僕は表舞台で活躍(?!)した柳生一族を書かせて頂いて
います。いろんな話の腰を折ってしまってすまないとは思いつつもアト何回か書くことにな
るでしょう。そっかあー、tuyaさんも『瀬降り物語』見ましたか!それは、よかったですね。

知らなかったこと…
ガシラって魚、昨日までデメキンの一種か、アンコウの一種と思っていました。
そして、彼らを食うことができると知りました。ウマイんですか、ヤナさん教えてちょ!

*(-..-)*ongly - 2002/01/31(木) 00:45<

教えて下さい

 憲法学者・鵜飼信成著ですが「家族国家主義」について書かれた本のタイトル
を知りたい。鵜飼は天皇制度を個人レベルで強固に支えている思想をいってる
ようです。日本を民主制度と天皇制を両立する不思議な・奇妙な文化の国と外国
の識者はみているようですが、どうやら日本の親子関係とそれに付随する男女関
係のあり方が、この矛盾を支えている大きな鍵と考えています。
 この二つについての関係は非サンカとサンカの違いのように思えます。たとえ
ば土地のない瀬戸内海の島々では、サンカと同様末子相続です。本を読まれた方
はいろいろ教えて下さい。子いじめ・子殺しが頻発しても、現在の憲法でも「親子
に法なし」と聞いて驚きです。前阪神監督の息子夫婦達も苦労してるようです。
また相続法には尊属とか卑属の用語が未だに使用されてるとか。戦後の事件ですが
娘を強姦した父親を娘が殺した「尊属殺人」で親に罪なしで、娘を重罪とした最高
裁裁判官の言い分は、何と「娘が親の罪を咎められず、娘を尊属殺人とするのは
日本古来の淳風(美風)」だったそうです。
 サンカの親子のあり方は、何か参考になるようです。

ya(^ε・)na - 2002/01/30(水) 23:15<

アノー・・なんですけど

アノーーーゥ・・なんですけど・・
   
        ヤナです・・

  tuyaさんえらい・・なんですねーーーーぇ

  入れ込みのとこ、なんですねんけど・・

         あんまり・・熱いとやけどしますよん

    自然のなかでの、生活って・・本来こんなものかも

       あまりに、今の若者たちの生活って・・

             必ずやってくる・・日本の飢餓

                   それに対して・・備えはあるのだろうか?


                       ええけどね!!

*(^..~)*ngly - 2002/01/30(水) 23:11<

すみません

 蜜柑さん
 忘れました。たまたま目にしたもので文春か公論の類でした。廃刊になっている
かもしれません。私は岩波の世界は読まないほうです。内容は内部告発的な雪印経営
内部の人事政策に関する「論文」だったようです。当時は労働問題にも関心を持って
た記憶があります。

tuya - 2002/01/30(水) 22:24<

「瀬降り物語」見ましたよ!

 あこがれの「瀬降り物語」を見せて貰うことができました。ショーケンヤゾー、かっこいいですね・・・・・・・・・・・じゃなくって(^^;;;
 いろんな事件が起こる前の、サンカの生活風景の描写の部分がとても好きです。サンカの暮らしぶりに、なんともいえない懐かしさを感じました。メンメシノギでみんな自立してるのに、家族のように親密で暖かで・・・いいですね〜憧れです。
 とくに出産経験のある私としては、サンカの女の出産シーンに感じ入るところ、多かったです。サンカの女は自然の中、自力で赤ちゃんを産み落として、へその緒も自分で切って、川で赤ちゃんを洗うのですね。すごい!すごい!すごい!生活のどんな営みも自然の一風景になってしまって、性ですらも美しいです。
 そして「アノさん」という言葉を、私は大好きになりました。出雲系の私としては、「八雲立つ〜」などというフレーズをきくと、それだけでわくわくしてしまいます。
 今日から神様と話をするとき、「アノさん」と呼びかけてみようと思ってます。

 神様を神様と呼ぶより、「アノさん」と呼ぶほうが、自分にはぴったりくるんです。

蜜柑 - 2002/01/30(水) 16:50<

雪印

Donglyさん。
30年前の論文是非入手したいのですが、タイトル、発行所など教えてください。

*(^..~)*ngly - 2002/01/30(水) 12:41<

賎しを求めて

 雪印=行き過ぎの「ユ」+キ印ではないかと思います。
私30年前頃から雪印の経営のでたらめさを記した論文をみて、製品
を買わないでいました。たまには企業の論文を読むと被害を先取りで
きます。雪印の解散は当然ですが、従業員や労働組合にも責任が
あり、勿論農林省や関連団体も責任があります。監査を公認会計士に
任せるても紛飾決算をするので、まず信用できません。責任を過去に
遡ってとらせる法律を作らないと日本は更に腐敗します。
 品質管理学会も企業の財布目当ての方が多く、かつてのチッソ水銀
・カネミ油症・森永砒素ミルクなどに殆ど無関心でしたので、私は加
入していません。品質管理のシステムを完全に構築すれば、被害は防
げます。企業への集(たか)りが余りにも激しい教授を文部省が介入
して大学を辞めさせた事件があるそうです。
知人にISO公認会計士をする方がいますが、その試験では倫理試験
が最も厳しく、2〜3年に一度資格適合試験があるそうです。
 今後は国際的にも通用する非政府・非企業NPOの介入が絶対必要
でしょう。既に国際標準機構ISOの監査を受ける企業や団体が増え
ています。既存の法人などは今必死で認定資格団体を取ろうとしてい
ますが、役所の関連団体ですから何時腐敗するか分りません。これら
の団体を審査する正義のNPOが必要になるでしょう。日本のリーダ
ー達の社会的説明責任、ノーブル?・オブリゲーションのなさには目
を覆うものがあります。賎民あがりが元の仲間を食い散らす構造が
明治以降ひどく、政治の貧困さの大要因と、石上堅氏はいいます。
リーダーの資格無き者は野に下り、ハイテクを踏まえ、最小高度な
工業力を持ち、自然の中で最小限りの争いですごせる列島へ向けて
前進したいものです。自然に活きながらも、悪質な罪や不道徳には
厳罰をかしてやまないサンカの生き方は1つの模範でしょうか。ただ
流石のサンカも個人の質の向上には巧い手が無かったようです。
語学に強い方もおられるようですが、どうです熊野ライフ中心
に正義のNPOを創っては。
 私はなぜ腐敗したリーダーを生み出すのかを勉強しています。
ヤゾーさん 
 東北竹細工の方はこちらで対話をされたいようです。
 頭角を表す意欲より頭が毛髪から出る事を心配するこの頃です。

紋チャン - 2002/01/30(水) 12:08<

  おら ウータン     

 YANA さン、お呼びに預りやしてアマカネ。
 あっしゃ、一級バツバツのせいでキー打ちが両手使えなく、右中指一本だハンデ‥‥、そ
こへキー板が前から2列めが総員ぶっ壊れやして‥‥ケンショウエン。しかもそこへ古代語
追求がメチャおもろくなりやして、ついぞついぞざんした。
         ……………………       ……………………

 バタバタと騒がしくなったのは、除夜の鐘がなり始めてからこっちのことですタイ。
 眠む気、食い気、いろ気がこと足りたら、ボケ〜〜ッとするのが生体の基本。
 そこを、ことば覚えたお猿さんが「より快適な眠む気食い気いろ気」を希求して“少ない
時間”のなかをほっつき歩く。

 スウェーデンボルクさんが書いた『霊界見聞記』のなかには、あっちのひとが「あんたら
2万年前までは、ようけ来てはりましたが、このごろめったには来やはらしまへんなァ」と
言うた、とありやす。
 その「あんたら」のなかには、オランウータンさんたちもかなり多数入っていたのではな
いだろうか‥‥と、おら邪推する。

 ケタタましくなった大きな原因の一つが、家を建て始めたことにあると、おら思う。特に
現代日本人を見ていたら痛切にそう思う。
 人口を抑制し、傾斜地に横井さんがやったような横穴をあけ、通風口を天井に抜けさせれ
ば、もう少し時間の余裕はとれるのではなかろうか。
 石の建築が多い西洋では、その分だけりビエラに行ってのんびりしている。
 仮りに、木の家を建てるにしろ、千年経た樹木から得た木材は千年の時間に耐えるが、い
まじゃアンタ、30年経ったらガタガタじゃモンネ。
 一世代ごとに家を造らにゃならん。これじゃ一生アクセクアクセク‥‥ですばい。そして
家を持てなかった人は落伍者げなち。子どもからバカにされ、襲撃さるるとげなち。
 除夜の鐘がなり始める前までは、朝起きて寝るまで、われわれは立っているとき以外は、
大地と尻をヂカに接触させていた。
 経済の風に吹かれち、空以外は、目に触れるもの一切が商品だらけとなって、あっしらは
それを“文化”として歓迎せなならんと思うちょる。

 ヤゾー親分はウータンですた。

ヤナギムシ - 2002/01/29(火) 23:21<

ほほーーーい

おこんばんわ・・ヤナどすえ

   紋さん・・どないしてますねん・・
      NONさんも・・みなさん・忙しいのんかいねえ・・

   dongliさんもちょっと・・ヤナむきのやさしいのん・・BBSにかきこしとくんなはい!!

         ほほーーーいよろしくぅ

   んんん・・スペル・・チャウ・・ってか??

      堪忍ね・・そんな・・ラベル・・いや・・レベルにしといてね

tuya - 2002/01/29(火) 22:21<

ビデオ見た!

ちょ、ちょっと、ヤゾーさん・・・
やっぱり似てるってば!なんでぇ〜、アタシとおんなじ顔してるんだぁー!

っていうか、ヤゾーさん、アタシの父親の若い頃とおんなじ顔!
そして私は父親似なのでした〜〜〜〜!!

ヤバイって・・・・・^^;;

あかり - 2002/01/29(火) 21:18<

ホームレスになる方は

かつて、日本の貧困について研究された方の話を聞く機会がありました。その方はホームレスの方に面接での聞き取り調査などをされたそうですが、ホームレスになってしまう方というのは人生の転機の時にちょっとした運が足りなくて、そうなってしまう方がほとんどだそうです。
 

tuya - 2002/01/29(火) 21:08<

>蜜柑さん

蜜柑さん、素敵なお話ありがとうございます。
余分なものを持たない人って、どうしてこんなに優しいのでしょう。

今日はヤゾーさんテレビ出演のビデオ、瀬降り物語のビデオ、送っていただきましたので、いまから見ます。皆さんよりだいぶ遅れての鑑賞です。以前掲示板で話題になってるとき、見たくてしようがなかったものです。

おユキ - 2002/01/29(火) 12:55<
弱い立場の人達への思いやりを失った社会は必ず枯渇すると思います。

蜜柑さんの
>サンカの人が困っていたので、村の人がお金をあげたら、お菓子をかってきて、村の子ども達にあげていた。
というお話しは、とてもよく分る気がします。

蜜柑 - 2002/01/29(火) 01:12<

Tuyaサン

>一度息子を活動に連れて行ったときのことです。息子が「おかぁさん、おこづかいもろた〜」といって500円玉を握り締めているので、びっくりしてどなたからか尋ねたのですが、息子にお小遣いをくださったホームレスの方の姿はもうありませんでした。500円といえば、そこで暮らす方にとっては、一日の食事代です。

何処かの地方の民俗誌のサンカの記述に似たようなエピソードがあります。
サンカの人が困っていたので、村の人がお金をあげたら、お菓子をかってきて、村の子ども達にあげていた。

というような話しでした。

ya(^ε・)na - 2002/01/29(火) 00:57<

涙の・・いいちこ

ほんま・・ゆるせませんな!
  糞ガキども・・泣いて謝ったって・・ゆるせない!!

     また・・若者に意見する人が、減ってしまう!!
  日本を、良くしようと思うひとがへってしまう

     情けない・・本当に情けない!!
昔、柳田がゆうとった!!

   教育とゆうことばが、近代の学校教育のみ言われてきたために
   本当に、日本人の実生活に意義ある教育が無視されて来たと嘆かざるをえない

 学校教育の中では、世間つきあいの、きちんとできる人間は、形成されない、民間に伝承する
 先人からの経験知識を、学ばせる、つまり民俗学的知識を学ばせねば、真の日本人教育はできない!っと


        つまり、外国からの受け売りの方法では未来は・・知れているってことかも!!!


        サンカ・・いや・・先人の知恵いまこそ・・

             伝承しなくては・・

                    古いもの・・かならずしも・

                      ・・・・・・・


       今・・今だからこそ・・かんがえなければ


                        UN・・・・・・・ヤナギムシ

春之助 - 2002/01/29(火) 00:32<

ミキちゃーーん

ヤゾーにいちゃん・・こんばんわ・・
  春之助です・・またここの部屋を、使ってミキちゃんに伝言です

ミキちゃん、お元気ですか?
  僕も、げんきにやってますよ
このところ、お父さんいそがしくって、僕の事ちっともかまってくれませんでした
ぼくも、寒いのきらいだから、日曜も布団に包まってねてばかりでした
来週は、って思っていたら
 パソコン教室にいくんだって
 また、僕の事ほったらかしみたいです
ぐれてやろうか!・・

 ヤナのおじさん、そんな考えの僕ってわるい子ですよね

ミキちゃん、またなにかBBSに書いてくださいね
まってます・・それじゃあ またね 

tuya - 2002/01/28(月) 22:56<

やりきれない事件ですね

あおきさん>事件の現場がお近くだったのですか・・・。あおきさんのお祈りとお供えが亡くなった方に届いて、少しでも魂が癒されますよう私もお祈りさせていただきます。

 ホームレス問題は、私にとって身近です。以前、公園にテント生活の方が多く居住され、近隣住民とのトラブルが問題になった地域に住んでいました。そのころ町会から、ホームレス退去を求める署名が回ってきました。それは回覧で、あたかも署名して当然という形で回ってきました。退去を求める理由は、子どもの安全ということで、当時うちの子は小学低学年でしたので、公園からの退去を要求する親の気持ちはわかるけど・・・でも・・・実は私はずっとホームレス地区での炊き出しボランティアに取り組んでいる立場でもあり、非常に辛い思いをしました。
 家のない人が、水とトイレのある場所を求めるのは当然のことで、そうまでして暮らさねばならない人が生まれる状況のほうが、やはりおかしいです。
 でも地域の人たちの敵意は相当のもので、署名しない立場を貫くのは、かなり勇気のいることでした。
 
 炊き出しのときに、そこで暮らす人々と触れ合って感じるのは、苦しむ人々は優しい、ということです。一度息子を活動に連れて行ったときのことです。息子が「おかぁさん、おこづかいもろた〜」といって500円玉を握り締めているので、びっくりしてどなたからか尋ねたのですが、息子にお小遣いをくださったホームレスの方の姿はもうありませんでした。500円といえば、そこで暮らす方にとっては、一日の食事代です。炊き出しに食事を頼らねばならない人が、一日分の食事代を犠牲にしてでも小さな子どもが喜ぶ顔が見たい、という気持ちで、息子に親切にしてくださったのでした。
 あおきさんのおっしゃるとおり、どんなライフスタイルであっても、人と人。共に生き、共に幸せにならねばならない者どうしだと思います。
 サンカの人々のように、お互い様の気持ち、助け合う精神で生きたいものです。

あおき - 2002/01/28(月) 22:02<

1月25日の

ホームレス殺人事件現場に行って いいちこと するめいかと おにぎりをそなえてきました
僕の家から 多摩湖へサイクリングする時に使う 多摩湖サイクリング道路のわきにある
ゲートボール場でした その日 1キロも離れていない 小平市で 飲んでいました
よくホームレスの人が 落ち葉をそうじしていました 
こんなに悲しいことは 初めてでした こんなに身近で起こるなんて・・・・
自分たちと違うライフスタイルをしているだけで ここまでひどいことができるものでしょうか
おそらく サンカも昔 同じような境遇があったのかと思うと
いっぱしの文明を持った日本も 先が見えてきたような気がします
あの中学生は おそらくホームレスのような境遇になって
未来の中学生に同じようなことをされるでしょう 因果応報とは良く言ったものです
今晩のいいちこはおいしく感じました 少しは喜んでもらえたのでしょうか

tuya - 2002/01/28(月) 18:42<

仕事の帰りに

 私は毎日、ウォーキングを兼ねて片道40分を、徒歩通勤しています。
 私の住む町はけっして田舎ではないのですが、たまたまあり難いことに、家から職場までのルートは緑が多く、途中に水鳥の棲む池や川や神社などがあって、ウォーキングにはもってこいです。とくに大和川を渡るとき、遠く河口の方向に広がる夕空はとても美しく、神様に心臓をわしづかみにされたような気持ちになります。
「生かされてるんだよなぁ〜」
と、しみじみとした幸せが心に満ちてきます。

 私は子どもの頃から、夕暮れ時が好きでした。
 私の故郷は山陰の片田舎、山の中腹に住み、1時間近く歩いて学校に通っていました。学校のある川下のあたりから川原をずっと上っていけるところまで上り、遠回りして山道を歩き、あぜ道をジグソーパズルのように進んで行き・・・・歩くことをとても楽しんでいた記憶があります。
 私は山にひとりで入っていくのが、好きでした。もちろん友達ともたくさん遊びましたが、「一人で」山に入るのはまた違った楽しさがありました。
 じーっと耳を澄まし、辺りの音、どんなかすかな音も残さず拾っていくと、心がしーんと静まり返っていき、何か大きな存在に話し掛けられてる気持ちになります。
 樹木を見つめていると、肉眼に映る姿に変わりはないのに、なにやら樹木の違った相が見えてくるようになります。その相も決して一定に落ち着いているわけではなく、様々な相に移り変わっていくようです。
 夕暮れ時になっても、ちっとも怖くありませんでした。
 夜になっても、歩けそうな気がしていました。
 
 きっとサンカたちも、あの感覚を味わっていたのだろうと思います。

ケイミ - 2002/01/28(月) 18:39<

サイドミラーに(^v^)

サイドミラーに恋するメジロくん、見ました!
よく、はっきり撮れましたね?!わたしもありますよ−わたしが恋……ではなく、鳥がわたしの車に(笑)。
アトランタにいたとき、友人の家に遊びに行った帰り、車に乗ろうとしたら、赤い鳥−なんていうのかな。
Cardinal−が、サイドミラーに戯れてました。今思えば、アトランタにいたころから、鳥やらリスにはよ
く出会ってたのです。あと、日帰りでしか行ったことがありませんが、グレート・スモーキー・マウンテン
と熊野の風景が、よく似ています。

とんちんかん小僧 - 2002/01/28(月) 00:30<

柳生一族(3)

●家康を陰で助けた“裏柳生”

 牢人した柳生但馬守宗厳は十一人の子福者だった。長男新次郎厳勝(よしかつ)、二男久斉、
三男徳斉、四男宗章、五男又右衛門宗矩、そして後は女子であった。
 父より新陰流の正統を継いでいた長男は戦さのため傷つき、牢人した宗厳の傍らについていた
のは又右衛門宗矩だった。
 文録三年(1594)に至り、柳生家は徳川家康という有力者と結びつく。宗厳・宗矩親子は、
家康から京都の陣屋に招かれ、新陰流の極意“無刀取り”を披露するのである。
 剣技の好きな家康は、石舟斎の無刀取りの妙技に感服して、召し抱えようとした。そこで
石舟斎は老いたる自分よりこの子をと言って宗矩(当時24歳)を推挙した。
 同じころ、さきの小野忠明(一刀流)も召し抱えている。また新影流の創始者、奥山休賀斎
(きゅうがさい)という以前からの指南役もいる。
 この時、家康がわざわざ柳生を拾ったのは、剣技に惚れ込んだばかりでなく、柳生の地に根を
張っている一族を、関西方面の耳目にしたい希望があったからだった。
 隠れ里柳生は人目につかないくせに、大坂や京都の噂がすぐに耳に入る。しかも柳生の旧臣
たちは、皆それぞれに剣士であり、しかも情報蒐集力に長じていた。
 つまり家康は柳生を、現代風に言うと、情報ステーションにしたかったのだ。それは自らの天下
取り大作戦に必要欠くべからざる存在だった。
 というのも、家康ほど合戦に当って臆病だった大将はなく、十分勝つという目算がつかなくては
なかなか開戦に踏み切らなかった。そうでなくても横合いから攻め込まれて苦汁を飲まされること
が多かったから、家康は情報集めに腐心したのだという。
 この要望に答たのが柳生である。
 慶長五年(1600)七月、家康が上杉攻めの陣を進めて、野州(栃木県)小山にいたとき、突然と
いうより、まず予想されたことだが、上方(かみがた)で石田三成が挙兵したという知らせがきた。
 家康はただちに軍議を開くと同時に、従軍していない諸将や、上方のいまだ石田三成方に所属
していない者、帰趨(きすう)を明らかにしていない者などへ、素早く手を打った。
 柳生の里にあって石舟斎はありとあらゆる情報を集めていた。そして家康は、頃合いを見て、
宗矩を下野小山の陣から柳生へ戻らせた。その時与えられた宗矩の任務は後方攪乱である。

とんちんかん小僧 - 2002/01/27(日) 02:05<

tuyaさんへ

≫それは、
≫  兵法はかくしつつしむ心より
≫    なさる極意はあらじとぞ思う
≫という兵法歌にしのばれる“忍”の心であり、また『不動智神妙録』に、
≫「水上にひさごを打つ」
≫とあるような、つかみどころのない一種到達した境地ということになるだろう。

 前者は中国の兵法の書である七書の一つである、孫子の兵法書からの歌です。
 上にも書いてあるように“忍”の心という境地を伝えた文だと思われます。

 後者の『不動智神妙録(ふどうちしんみょうろく)』は、沢庵宗彭(たくあんそうほう)
(1573〜1645)が、禅を通じて兵法の理を解いた書物です。
 沢庵は柳生但馬守宗矩から度々質問を受けていました。そこで剣の道を説き、宗矩の人間的
成長に大きく寄与したこの書を彼に宛てたのです。この書では様々な修行を通して諸仏不動智
という心境に達することの価値を語っているそうです。
 興味がおありでしたら本を購入して意味を理解するのも一つの手ですね。(池田諭訳『沢庵
不動智神妙録』徳間書店刊)僕は、それほど深くは判らないです。精神論的な話、あまり得意
分野じゃないですから。これぐらいで、ご勘弁下さいませ。

tuya - 2002/01/27(日) 00:32<

質問で〜す>T小僧さん

 とんちんかん小僧さん、下の箇所の意味について解説して!(メル友になったのでなれなれしい)

>それは、
>  兵法はかくしつつしむ心より
>    なさる極意はあらじとぞ思う
>という兵法歌にしのばれる“忍”の心であり、また『不動智神妙録』に、
>「水上にひさごを打つ」
>とあるような、つかみどころのない一種到達した境地ということになるだろう。

 これ↑はつまり、どんな境地なんでしょう?
 
*******************

 私は歴史は苦手なんだけど、歴史の好きな人がなにゆえにそこに引き付けられるのか?という動機や情熱や思い入れに、むっちゃ興味があります。
 自分の未知の世界に生きる人でも、最後はにんげん、ハートとハート。自分の頭でついていけない世界の話をしてる人でも、その人の「思い」に焦点あてたら、どんなえらい学者さんとでも私は対等に話ができるような気がしてる。
 そしてハートが理解できたら、その人が好きなものに自然に影響されて、それが好きになってくる。
 ということで、とんちんかん小僧さんの柳生一族への「思い入れ」を聞かせてくれたから、その分だけ、私の興味は増幅されてるんです^^

とんちんかん小僧 - 2002/01/26(土) 13:48<

柳生一族(2)

 柳生家はあちらにつき、こちらにつきし、離合集散を繰り返したのも、やむをえない成り行き
だった。(当時の小豪族なら、当たり前のことだった。)
 天文十三年(1544)には、大和の有力者筒井氏に攻められ、臣従することになった。ときに
宗厳十六歳。
 ついで永録二年(1559)には、新興の松永弾正久秀と筒井順慶の戦いがあり、宗厳は筒井氏に
背いて、松永方につく。そして所領を回復するが、のちふたたび筒井氏と誼(よしみ)を通じる。
 こうしてふたたび柳生の庄を回復、その頃、宗厳は新当流の名手と評判を得ていた。そこへ
新陰流を開いた上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)が、関東からやってきた。
 剣聖と謳われた伊勢守は、元々上杉の武将だったが、武田と戦って敗れ、やむなく一介の武芸者
となって諸国行脚の旅に出た。
 この伊勢守の高弟疋田(ひきた)豊五郎(文五郎ともいった)と試合をした柳生宗厳は脆くも
敗れて伊勢守に入門弟子入りした。
 こうして、入門した宗厳によって柳生新陰流の基が開かれ、「兵法の家」としての名が広がる
わけだが、乱世は終息に近づいていて、より巨大な勢力、織田信長のもとに組み込まれ、さらに
豊臣秀吉に従わねばならなかった。
 有名な話だが、そこで事件が起こる。太閤検地の目を盗んで、隠し田をもっていた柳生家は、
密告者に摘発され、ふたたび所領を失う。
 宗厳はその不運を、
  兵法の舵(かじ)をとりても世の海を
    渡りかねたる石の舟かな
 と詠み、石舟斎と号して隠棲することになるが、それなりの有為転変の歴史は、ごく自然に
人脈を広げるとともに、伝統的処世観を培うことになったにちがいない。それは、
  兵法はかくしつつしむ心より
    なさる極意はあらじとぞ思う
 という兵法歌にしのばれる“忍”の心であり、また『不動智神妙録』に、
「水上にひさごを打つ」
とあるような、つかみどころのない一種到達した境地ということになるだろう。

とんちんかん小僧 - 2002/01/26(土) 13:40<

tuyaさんへ

それは、
僕の先祖も関わり合いがあったと思うし、影働きをしていた人々を一部の人々だけでなく
多くの人達に知ってもらいたいと思ったからです。
いつから好きになったかは覚えていません。芭蕉とはやり方は違うけど、伝達者として続く
限り書き続けるでしょう。なりより好きなことだから。

ヤゾ− - 2002/01/25(金) 23:15<

青い目の日本人

みなさん こんばんわ。

一度だけ、青い目をした日本人を見たことがあります。
確か、その方は関東の方の出身だと聞いたように思います。
聞いた話によると、東北のある村では、
比較的に多くの碧眼の人が生まれるそうです。
ロシア人漂着説や日高見国末裔説などがいわれているみたいです。

tuya - 2002/01/25(金) 20:50<

レスです

ヤナさん>私が昨日読んでいたのは「遠野物語」の「六」「七」です。そこに娘をさらった男の描写があり、「衣類なども世の常なれど、ただ眼の色少し違り」と、ありました。

蜜柑さん>碧眼なのですか。では私のとは違いますねぇ・・・。中学時代の友人で、髪が栗色、ぬける様な白い肌、そして碧眼の、それはそれは美しい子がいました。おとなしくしてたら、お人形さんみたいでした。でも性格は・・・・私と気が合うくらいなので・・・・(笑)

とんちんかん小僧さん>例のブツ届きましたよ〜♪ところであなたは、どうして忍者や柳生一族にとりつかれちゃったのでしょう?どんなところに惹かれるのですか?^^

「柳生一族の陰謀」という映画、昔見たなぁ・・・。

とんちんかん小僧 - 2002/01/25(金) 13:52<

柳生一族(1)

●新陰流の系譜

 柳生(やぎゅう)というと、剣をもって名を得た者という印象が強い。だが、同じ剣豪でも
、宮本武蔵や伊藤一刀斎、塚原卜伝(ぼくでん)などとは少し感じが違う。武蔵やト伝は一代
限りであるが、柳生家は代々剣をもって将軍家に仕え、小なりといえども一万ニ千五百石を領
する大名であった。
 剣をもって名を知られた者は数多いけれど、剣客剣豪で大名となった者は柳生を措いて他に
はない。
 弧剣よく天下に対するという一匹狼的イメージの強い剣客と柳生とはこの点において全く違
ったものとなってくる。
 では何故、柳生だけが名門となり大名となり得たのか、そこにこの一族の陰の部分がある。
 柳生但馬守宗矩(たじまのかみむねのり)と同役の剣道指南役小野次郎左衛門忠明(ただあき
)は、同じく将軍家に仕えながら禄高はわずかに六百石だった。
 それなのにひとり柳生のみが一万ニ千五百石の高禄をもらい得たのは何故なのか、それこそ
この一族が、単なる剣道指南役でなかったことの証拠といってよいだろう。
 では柳生は一体何だったのだろう。
 もともと彼は、一介の牢人(ろうにん)から名をあげた兵法家ではない。小さいながらも、
家は大和(奈良県)柳生荘を本貫(ほんがん)とする一豪族だった。
 そこは、奈良を経て六キロ、京都へ三六キロ、伊賀上野へ二十キロ、というふうに、大和、
山城(京都府)、伊賀(三重県)の接点に位置し、低いながら険しい山が重なり合う地形に
ある。(地図で確かめて見て下さい)
 一種の隠れ里といってもいいくらいだが、本来、大化の改新に柳生の郷として成立している。
仁和(にんな)年間[885-888]に関白藤原基経(もとつね)の荘園となり、長暦(ちょうりゃく
)二年(1038)に関白藤原頼道(よりみち)が氏神の春日大社へ社領として寄進した。その荘官
に大膳永家(だいぜんながいえ)という人物がいて、この人が柳生家の祖とされている。
 数百年ののち、柳生家中興の祖といわれる宗厳〔むねよし、のちに石舟斎(せきしゅうさい)と
名のる〕が現われたころ、いわゆる戦国乱世だった。 −つづく。

蜜柑 - 2002/01/25(金) 13:25<

サンカの目の色

サンカの目の色が普通の人と違うという
記述のある本があります。
「日本のトーテム文化」の中に「愛鷹山中で出会った山窩」という一文があり、
青目とかいてあります。
ヤゾーにコピー送ります。Tuyaさんにサイギョウしてやってください。

とんちんかん小僧 - 2002/01/25(金) 02:06<

T小僧@忍び者

ヤゾーさん 蜜柑さん
まだ、手に入れれるかどうか判らないですけど、僕も近々、箕が手に入りそうです。
そして、箕職人さんにも、モシカシタラ会えるかもしれないです。
また、箕作りの見学や道具等も見れるかもしれないです。
まだ実は本物を見たことがないから尚更、期待だけが大きく膨らんでいます。
ウメガイがあったら欲しいなあ〜。
いつになるかは未定ですけど手に入ったら(進展があれば)、またご報告します。

ケイト・ブッシュの『嵐ヶ丘』を聴きながら・・。

tuya - 2002/01/25(金) 01:16<

私信失礼します

紫門さん>メール送ろうと思ったら、アドレス聞いてないことに気がつきました。。。すみませんが、そちらからアドレスを教えてくださるメールをいただけますか?

ya(^ε・)na - 2002/01/24(木) 23:28<

おほほほほほ

ヤナ、ご指名ですか・・??

  tuyaさん、何番目ですかいねえ・・遠野物語・・!!
  ヤッパリ・・ひもとかんといかんのんかいねえ


  へへへへへ・・なんや・・たのしみが・・できました

ya(^ε・)na - 2002/01/24(木) 23:20<

タラッタラタラタ・・ラタラタラタタ♪

けけけっけけけ・・やなです
  ほんま・・自然を感じる事って・・なんなんやろかしらねえ

   自然を、感じたくて・・山に入れば!!
    こんなにも、自然は厳しく私にせまってきた

   街に逃げると、人が私をせめてくる

      なんでこんなに、!!!!!!!・・・・考えそしてまた、考える!!

          自然は、甘くない・・
             世間もヤッパリあまくない・・

         でもわたしの求める何かは・・

                  いつでも・・優しくかんじるんです

tuya@翔ぶ女 - 2002/01/24(木) 23:19<
ヤゾーさん>「風の王国」読み終わりました。感想、めっちゃ長いのでメールで送りました。わたしは正直、歴史は苦手です。でも、サンカはわたしにとっては重要な象徴なんです。自分が求める生き方のヒントが、そこにあるんです。自立・無執着・おもいやり・・・etc。創造されたままに、生き抜くこと。・・・・そんなことをいっぱい書いて、さっき送りました。

ヤナさん>今日は出張だったので、電車の中で「遠野物語」読み始めました。長者の娘をさらった男の特徴で気になることがあります。ほかはみな普通のひとと変わるところがなかったけど、ただ目の色が違う・・・どんな瞳の色なんでしょう?
実は私は、瞳の色が薄めの茶色なんです。室内ではわからないのですが、戸外で見ると、妖怪猫娘みたいなこわい目ぇしてます(笑)。同じやったらおもしろいな、と思って^^;;

ヤゾー - 2002/01/24(木) 23:05<

自然を感じること・・・

みなさん こんばんわ。

tuyaさん 「風の王国」はどうでしたか?

ぼくは小説の最後の方にあった
「わたしたちは、本来、無一物の生きかたを大切にしてきた一族ですもの・・・
取ることでなく、捨てることを知っている素晴らしい一族よ・・・
同じところに止まっちゃいけないわ・・・」 
という言葉が印象に残りました。

今、自分にとって何が一番関心のあることかと思ったときに、
それはこれから起こることであり、それに対応するために何をすべきかのように感じました。
そんなときに、捨てること、とどまらないことが大切なことであるような気がします。

自然と心を合わせ、そこから何かを感じることが、これから起こることを知る手がかりのようにも感じます。
心や感性でものを見ることが、とても重要な意味を持ってきているような気がしています。

tuya - 2002/01/24(木) 00:14<

熊野病

「風の王国」あと40ページで読み終わる♪

いま、無性に歩きたくて仕方ありません(笑)

あったかくなったら、熊野古道を歩きに行こう!

蜜柑 - 2002/01/23(水) 04:18<

またまた発見

ニューガイド
「知られざる日本」
伊能孝著

弘済出版社

これ、サンカの隠れ里探訪っぽい記事あり。
サンカが居付いた集落が実名で出てきます。今日図書館でゲット。

近くの図書館で探して見てください。

ya(^ε・)na - 2002/01/22(火) 22:58<

tuyaさんごくろうさん

はっははは・・そら、ごくろうさんでした
  tuyaさん・みんなさいしょは、そないして・・さがしまわったんですよん
  資料室もみとくんなさいよ・・ね
ネットでさがすのんも・・てですよん
  やっぱ・・もう感染してはるみたいや・・熊野病・・
     この病気、なかなか・・免疫できません

  はよう、ようなられるよおに・・へへへ


  のののさん、も、、気いつけてくらはいね

tuya - 2002/01/22(火) 22:33<

本日の収穫

 今日は仕事の帰り、ヤナさん・ヤゾーさん・とんちんかん小僧さんから紹介していただいた、何冊かの本やビデオをゲットしようと、メモを持ってあちこち回りました。思い立ったらじっとしてられない、せわしない性格です。
 最初に職場の近くの大学図書館に行ってみましたが、大学図書館って専門的な本ばっかしで、メジャーな本はかえってありませんね。なんにも収穫なしでした。とても私には読めそうにないやつばかり。
 次に古本屋と普通の書店を回ったけれど、見つかりません。私には今までヘンなツキがあって、読みたい本や縁のある本というのは、探さなくても念じていたら誰かが偶然貸してくれたり、本屋に入ってざーっと見渡したら、自然に目が吸い寄せられるように見つかったりするんです。だから今日もそんな感じで、店内をささーと回っていたら、ピンポーンと目当ての本が目にとまるもんやと思ってました。それが今日は、必死に探しても見つからないので、「アタシには縁がないっての?!」と、なんやかなしーなってきました。でも最後にもう一回と、同じ場所をもう一度見回してみると、あったあった文庫の「遠野物語」。これでひとつゲット♪
 次にレンタルビデオショップに行って、「瀬降り物語」を探しました。ありませんでした。一番楽しみにしてたのに。店のにーちゃんに検索して貰っても、「置いてないですね〜」(TOT)
 なんぼなんでも、これだけ時間かけて文庫一冊はあまりに淋しい。もう一軒だけ回って収穫なしなら、自分はサンカには縁がないんや〜とヤケクソで最後の本屋に行ってみると、なんとか「風の王国」が見つかったので、ちょっと淋しさ回復しました。
 今日の収穫は、2冊!さて、今日は早く寝床に入って読書タイムにしましょ♪

蜜柑 - 2002/01/22(火) 16:44<

箕つくりの里でも竹細工の里でもないです。
個人で箕をつくっているオッサンです。
昨日、今朝松さんの箕と比べましたが、今朝松さんの方が丈夫そうでした。


で、毛呂山町には一時三角寛が住んでいたそうです。

ヤゾ− - 2002/01/22(火) 07:48<

美しい箕

みなさん おはようございます。

蜜柑さん 寄寓ですね。
昨日、ある方から箕が届きました。
数種類の材料が調和した、とても美しい箕です。
まだ青竹の香りが漂い、見ていると清々しい気持ちになります。
その箕の写真を画像掲示板にアップしています。
あらためて天気の良い日に外で撮影して、
解説と共にページにしたいと思います。

紫門さん いろんなことを経験された方だとは感じていましたが、
なんだか小説『風の王国』の中で、
サエラが自分の過去をあけっぴろげに話すシーンを思い出してしまいました。

ya(^ε・)na - 2002/01/22(火) 01:21<

おおおおおおーーい

熊野病・・きいつけてください
  tuyaさんあぶないです・・

  NONさん・・相変わらず・・雪はふかいんでしょうかいねえ
  

    農家と漁夫のちがいって・・以前はなしたことおます

   漁夫は、漁でとったええ魚食べます
    農民は、ええ作物は市に出して・・自分は悪いものを、たべます

     それが、ちがいや・・ゆうたはりました

   なんか・・あたってる気がしました


                        ヤナでした

きょうかい - 2002/01/21(月) 22:02<

まちがい

 すみません、たしか、竹細工の里でした。

しェイシュンの紋 <http://www.you-i.org> - 2002/01/21(月) 20:43<

七草寺

 長瀞町から皆野町に入る直前、左側へよそ見しよったら「七草寺」ちゅう看板が見え
やした。
 電話帳で調べて、電話かけたら、ナニかが浮きあがりやしょう。

きょうかい - 2002/01/21(月) 20:15<

秩父

 蜜柑さん
 この前、やはり秩父の近く、高麗神社の近くに箕つくりの里という看板があって
 売ってました。同じところですか?

蜜柑 - 2002/01/21(月) 18:37<

フィールドワークの勧め

おととい、秩父近くの「毛呂山町」に「箕つくりの調査」に出かけてきました。
そこで箕を1枚購入。今朝松さんの箕と微妙に違いますが、根本的には一緒です。

そして、「昭和36年頃まで**川の川原に小屋をたてて箕つくりをしていたセブリと呼ばれる人がいた」という情報をゲット!!
平田隼人君が昭和36年に箕つくりをしていたとは思えないので、このセブリと呼ばれていた人の正体を知りたくなりました。はい。


皆さんも地元の「民俗誌」をチェックしたり、古老の話を聞いてみてください。きっとサンカのにおいがしますよ。

シェイシュンの紋 - 2002/01/21(月) 10:06<

  海賊の巣窟 筑豊   

 紫門さん、アマカネ。
 ヤゾー親分、いつも大口たたいてアマカネ。
 ポルトガル語には「大きなくちには蝿が入る」ってえことわざがあるそうにござんす。

 チンポの先にひょうたんの皮をつけてすっ飛んでまわるニューギニア中央高地石器時代人
のモニ族ダニ族の挨拶語は、すべてに「アマカネ」を用いるそうです。
 これ、「すべてはアラーの思ぼしめし‥‥」にも通じやしょうし、「アンタ、天とともに
あるか」「天のようだ」「天にまかせよう」などなどアマカネぞなもし。

 筑豊や瀬戸内周辺は長いあいだ、蛋民海賊の巣窟だったと思います。
 日田盆地や人吉盆地は早くから稲昨が始まったのでしょうが、規模が小さくなかなか中央
制覇にまでは行かなかった。やはり海賊が隠れ住むことができなく、大規模経営が可能な宮
崎西都原が天下を制したのは当然の帰結だったことでしょう。
 筑豊なんざでは、コメなんざを作っていたら「針はいらんカネ」とやってくる行商人から
情報がもれて襲撃されたのだろうと思うのです。
 出雲帝国が近畿奈良を制覇したあと、各地にサンカ(運び屋)を遺して崩壊しますが、そ
の根拠地が宍道湖周辺だったことも稲昨と蛋民海賊とのかかわり合いが絡んでいましょう。
 
 日本に広くケンカみこしを担ぐ習俗が見られるのにも、昔日の海賊の遺風を窺うことがで
きますが、筑豊のそれは、子供たちが遊んでいるときに使っている言葉をきいたら、「あ、
こいつらの先祖は海賊だ!」と、ハッキリわかることでしょう。
 「なんかコンツキショウ(畜生)」「なんかコン(こんやろ)」に混って「コロスぞこん
(コン畜生)」などはしょっちゅう出てきます。

 先日、あにきに「おまや(おまへは)ミヨウな性格になってネエ」ち、手紙に書いたら、
さっそく電話がかかってきて「なんかコン、足腰立たんごつなって‥‥、一にんまいのこつ
いうナ! おまいイ‥‥コロォ〜ス!!」げなちですばい。
 七十すぎの、ガッコの先生しよったこつもある爺さまのことばですばい。

とんちんかん小僧 - 2002/01/21(月) 08:52<
紫門さん tuyaさん
すごく興味深い話、ありがとうございます。人もまた地球で生まれ、また、母なる
地球に召されると思います。
先程まで、病院から呼び出しがあって行っていました。また一人尊い命が母なる大地
で命の灯火が尽きようとしている。お二人様の話を読んでいて、とても地球が身近な
存在であるということを最認識しました。

紫門 - 2002/01/21(月) 04:20<

紋次郎さん、こちらこそアマカネ。

実はこのアマカネの意味がはっきりと分かっていないのですが、音の並びが優しくって、そっと手を合わせながらつぶやくとしっくりきますね。

> イモを洗うが如しのせまッ苦しいこの世に生まれ落ちて、クソだらけの環境に暮らさせら
>れるとき、てめえを造ったナニモノか(……神)へすなおに感謝できやすけえ。

波乱に満ちた人生こそ最高の神様からのプレゼントかもしれないなと思ったのは子供ができた頃でしたかね。

ずいぶんと親を恨み学校を恨み社会を恨み、公平なことなどこの世に存在しないではないかと暴れるだけ暴れた挙句に・・・誰もわかっちゃくれない・・・なんてあったりまえじゃないかと・・・自分がなにかと他者に依存し続けてきた事実に愕然と・・・気づく時が・・・ある。

もう手遅れと思われた。社会的信用は何一つ無く。気が付けば友達はちゃんとしたサラリーマンで車も貯金もしっかりと抱え込んでいて、自分はといえば財産はエレキギターが一本しかない。食えなくて食えなくて眠れなくて眠れなくて泣けて泣けて・・・

死の淵を平泳ぎで漂いながら光のこぼれるあの水面の向こうにはもう浮かび上がれない・・・そんな絶望感が精神も肉体もぼろぼろに蝕んでいた。
自分で借りたアパートを追い出され、行く当ても無かったので父親のアパートの押入れで2年間眠った。
今思い出せばりっぱなひきこもり。ノイローゼだったけど世間では怠け者。フリーターとは呼ばれずプータロウと呼ばれた時代。

ある朝、親父は嫁に行った姉を呼び出し「これからこいつを殺す」と言った。
姉は青ざめた顔で押入れの戸を少し開いて「おとうちゃんが・・・呼んでるよ」と言った。
ふてくされた態度でちゃぶ台のある部屋へ入った。
姉の子供たちは尋常ならざる爺の態度にいつもと違う何かを感じ取って母親の腕に隠れていた。
「親父!やるか!」の一言で修羅場になるはずだった。
「あんたのせいじゃないか!あんたがおふくろを追い出し、姉ちゃんを追い出し、俺を追い出して家庭をめちゃくちゃにしたんじゃないか!」そう啖呵を切り出せばすべてが終わるはずだった。
どかんとボロアパートの床を響かせて俺はちゃぶ台の前にあぐらをかいた。
鬼のような形相だったと思う。
親父はあごをしゃくりあげてそっぽを向いている。
ふと、目線が姉の腕に隠れている3歳になったばかりの姪っ子とかちあった。
自殺未遂を3回繰り返した母親の娘がじっと心配そうに俺の目を覗き込んでいる。
どうして笑顔が作れたのかはわからない。わからないけど笑顔になった。
手招きすると姪っ子は駆け寄ってきた。
「大きくなったなぁ」と二三度抱き上げて膝に座らせた。おとなしくしていた。
親父は苦虫を噛み潰したような顔で
「けっ、食えねえヤロウだ!」
と吐き捨て、背中のベルトに挿してあった出刃をちゃぶ台に投げ出すと日刊競馬をけつに差し込んで出かけてしまった。
そのあと2時間、姉は泣きながら俺に説教をした。
ありがたくとも何とも無かった。
親父は3年後に脳内出血で死んだ。

何処にでもあるような出来事ですが、今となっては輝くような思い出です。
15年もあれば娘は少女に少年は親父に成ります。

生まれて生きて死んでいく、人は実にあっけなく死んでいく。自分もまたその摂理に乗っていると感じる時、あらゆる悲しみや苦しみ喜びが死と言うクライマックスに集約されていく。生に固執する思いがすべてを苦しみに感じさせるのかもしれない。生きていることだけでもめっけもんだと笑えるのならば・・・
> イモを洗うが如しのせまッ苦しいこの世に生まれ落ちて、クソだらけの環境に暮らさせら
>れるとき、てめえを造ったナニモノか(……神)へすなおに感謝できやすけえ。
・・・感謝したくなる気持ちにもなりますかね^^)

ya(^ε・)na - 2002/01/21(月) 01:46<

ポカーーン

ぽかーーん・・と・・
  天を仰いでると・・ペチョ!!・・


    ヤゾー・・けけけけえ・・きいつけや!



  島勝浦の釣りから・・帰ってきましたよん
     
    ふん!・・また・・00やろ!    

      ハイ!   皆さんのご期待どうり
       完璧な・くそボーズでした
        あいにくの、気象条件やったんやけど
         時折来る・・大波とうねり  やっぱり自然の力感ぜずにはおれませんでした

    独磯を、去る時・・小さな渡船は、木の葉のようにゆれ
     なかなか、接岸できませんでした(一番危険な時です)
      私たちが、離礁したら・・どこからか、かもめやトンビなんかが、数十羽やってきます
       餌の残りや、小魚がないかのチェックです

         へたくそ、またこいよ!っていわれてるみたいですよん

  はーーい、またきますよん
  
      釣れても、釣れんでも・・ほんま釣りって最高です・・へへへへ

         ほなまた・・ヤナギムシでした

tuya <http://www.gaiasymphony.com/g4.html> - 2002/01/20(日) 17:45<

ガイアシンフォニー

紫門さん>先日はチャットのお相手ありがとうございます。またよろしくお願い致します^^
 紫門さんの書き込みを読ませていただいて、先日観た映画を思い出しました。「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第四番」というドキュメンタリー映画に登場される、ジェームズ・ラブロックという科学者の方のことです。その方は、「地球はひとつの生命体である」という「ガイア理論」の提唱者です。
 ラブロック氏は科学者なので、「自分は目に見えるものから学ぶ」とおっしゃっています。一方で彼は父親から、自然を敬う心を育てられました。そして目に見える自然の営みを敬う気持ちで観察する中から、地球はひとつの生命体であることを発見するに至ったのです。ラブロック氏は「神」という言葉を使いませんが、彼の自然に対する態度は、敬虔な信者そのものです。
 彼は研究活動で得た巨額のお金で、自然を取り戻す活動をされています。イギリス・コーンウォール地方の、大規模農業に侵食されようとしてた3万坪の土地を買い取り、一体を自然にまかせて森に返すのです。その土地は現在、財団によって管理されています。
「この土地はわたしの所有でなく、ガイアのもの」

 映画の中では語られないのですが、ラブロック氏のこの活動には、おもしろいエピソードがあります。私はこの映画に「ひとコマスポンサー」としていっちょかみしたので、メイキングビデオを貰ったのですが、そのビデオの中で監督が語っていることです。
 ラブロック氏は、購入した土地には絶対手をつけないと決めていました。すべて自然に任せ、自然の力で森を回復させるのだと誓っていたからです。
 しかし、ある時期からたくさんのリスが生息しはじめ、森の生態系を壊し始めたのだそうです。ラブロック氏は、たいへん悩みました。どうしても、リスを退治しなければならなくなったんです。
 悩んだ末に氏が思いついたのは、自分がリスの命を絶つことを許される唯一の行為は、リスを食べることなんではないか・・・ということです。自分の命を生かすためにだけ他の命を奪うことが、唯一この自然の営みの中で許される行為なのではないか・・・。そうして彼は、リスを食べたのです。
 ところが、リスはとてもまずくて、食べられるものではありませんでした。それで彼は一切あきらめて、自然のままにすべてを任せることにしました。
 リスの顛末がどうなったのかは、語られていませんでしたが、撮影された森は本来の森の姿そのものでした。ラブロック氏は、自分にできる範囲で精一杯、人が壊した自然を地球に返しているです。リスを食べようか・・・というところまで妥協せず、真剣に悩む方なのです。
 私は神を信じる者ですが、神を信じると宣言する自分は、神を肯定も否定もしないが目に見える地球をこんなにも深く愛し敬うラブロック氏の足元にも及びません。紫門さんが紹介してくださったお話を読んで、再びそのことを感じましたので書かせていただきました。 

 ガイアシンフォニーのURLを入れておきましたので、もし興味のある方はご覧ください。

ヤゾ− - 2002/01/20(日) 12:00<

“和み”

紫門さん 素敵な文章を紹介して下さり ありがとうございます。
目覚めるということでは、多くの人の意識の深いところで、
今までの生き方を変化させなければならないことに気付いているような気がしますね。
生き方を変えるというより、自分自身が変化しなければならないことをかも知れません。
そういう意味で、少数民族の人たちからは学ばなければならないことも多いのかも知れませんね。
サンカから、そういうものを感じるているから惹かれているようにも思います。
調和だけでなく“和み”という言葉にも重要な意味があるように感じています。

紋次郎さん ぼくは自然の中で暮らせて本当に恵まれていると思います。
ぽか〜んと口をあけた阿呆面で空や小鳥を眺めていると、心と身体がとても和んで、
なにやら有り難いものが、天から口の中に入ってくるようで感謝せずにおられません。

シェイシュンの紋 - 2002/01/20(日) 09:36<

  ロマンがリクツをしゃべるとき

 紫門さん、先日はアマカネ。
 晶吉っつあんのもの言い‥‥ウンジュ(沖縄;あなた様)がこの文を皮肉って掲出なすっ
たたァ考えられません。やっぱり、かなり共鳴していらっしゃると思うのです。
 いつもいつも、ここら辺を確かめる必要があるので文学はヤヤコシくって叶わんです。

 ロマンだけの音楽を西洋人に理解して貰うとき、斯かるリクツ(論理体系)へ行き着く。
ならば、のっけから別の人間が“犠牲になって”リクツを練っておいて、ほかのひとがハミ
出そうとしたら「そりゃイカンぞ」とケチ(警告)つけてあげる‥‥ケチを受けたひとはリ
クツ抜きでそれに従うようにする。でないとヘンテコリンなことになる。
 晶吉っつあんの踊り見るひとが「あの裏にはすげえリクツがあるのだ」などと考えて、そ
れで踊りになりやすけえ。
 
 イモを洗うが如しのせまッ苦しいこの世に生まれ落ちて、クソだらけの環境に暮らさせら
れるとき、てめえを造ったナニモノか(……神)へすなおに感謝できやすけえ。

 開発途上国でひとが生れるとき 西洋でひとが生れるとき ‥‥拠って立つリクツの場が
違っている。
 反論書いちゃ〜イケねえ〜〜イヨッ 書いたらウンジュのロマン(文学)が壊れる。
 犠牲‥‥こういう特攻隊の生きざまもありやしょうで。

 あっしのパソコン、キー板が壊れていやす。テン打ちふのうで URL 書けやせん。

紫門 - 2002/01/20(日) 00:00<

こういうことを平然とのたまってみたい(全文引用)



>         地球が人類の聖地なんです
>         それは皆わかっているはず


 やはり目覚めるんだよね。自分の音楽が出来上がる。そうなると父が伝統音楽をしていて、そのよいところや苦労を見てきているから、親孝行というか、伝統音楽の孝行をしたくなる。そうすると伝統文化の根っこを探求せざるをえなくなるわけですね。それでだんだん神までいってしまう。そこからさらに普遍的シャーマンの世界を見るようになる。そういう世界で共通する少数民族を見ていくと、そこに非常に広大な魂を見てしまうわけです。その魂の海の文化に目を向けると天まで花が咲くんじゃないかと思ってしまう。そして民族音楽が整理されてくる。クラシックも本当は白人の民族音楽から出てきている可能性を見るわけです。
 そうなると今度は人間の棲み方の問題に目がいく。凄む時には感謝を持って凄んだ方がいいでしょう。少数民族は何か食べる時でも感謝を持って棲みますよね。感謝を持って棲まない連中が侵略的な文化にしてしまっているわけです。だから、私はそれも思い出させようと思っているんです。あらゆる宗教は、基本的にはシャーマニズムから発達していっている。最初は感謝があったはずなのに、感謝のない人達がのさばるようになっていったんですよ。そこに今の原理宗教の爆発もあるし、支配宗教の問題もある。もう一度根っこを深くすれば理解しあえますよ。調和の花が咲くはずですよ。本当にそこまでものごとを掘り下げていけば調和の花は咲くはずなんです。だから、私はずっと音楽でそれをやり続けているわけです。

    ☆ライブでアップテンポな曲になると 
    一緒に踊ってくださいと呼びかけていましたね。
    一緒に踊れば切れることもないと。

 東洋の文化にははずれる文化がある。西洋は切れちゃうわけですよ。なぜ切れるかといえば、大地から切れているからなんです。西洋の文化は切ったところから始まっていますからね。我々の文化ははずれるところから始まっている。これは大事なポイントだと思うんです。だから、私は天と地がまじわるのを祭るんです。そして、大地に根をおきなさいというんです。神が来るのを準備しなさいというんです。大地に根を張れば、神は天からおのずと降りてくるんです。アースがつけば雷も降りて来るでしょう。それと同じですよ。地球こそ人類の聖地なんですから。

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◇ 喜納昌吉インタビュー MORGEN 2001年12月号
http://www.asyura.com/sora/bd16/msg/360.html

tuya - 2002/01/19(土) 17:36<

画像掲示板

いま、画像掲示板をのぞいてきました。

GAINAさ〜ん>五郎ちゃん、かわいい〜♪私、以前同じ色のインコ飼ってました。エサをついばんだあと、よく鼻の穴にエサが詰まったままになっていたので、ほじくってあげねばなりませんでした(笑

とんちんかん小僧さん>お顔を拝見するに、メールでお聞きした年齢より、シッカリしてはる感じですねぇ。多分会って話したら、年の差関係なくなると思いますよ^^

ヤナさん>今晩から明日にかけて豚の角煮を作るので、デジカメ撮影してお送りしますよって。飲めそうな顔と一緒に写しますよって(笑

きょうかいさん>そうなんです。「これから」なんですけど・・・。春からのトレーニングコースに行けるかどうかは、実習の曜日によるんです。息子の塾の曜日にあわせることができるなら、受講申込しようと思うのですが、あわせられなかったら、「おかぁちゃん業」を優先して、お休みしようと思います。前途多難です。。。社会人になってからの勉強は、たいへんですね。

とんちんかん小僧 - 2002/01/19(土) 00:16<

残念ながら…

きょうかいさん おミヨさん
…デジカメもっていないから無理です。
どういう風な写真なのか見せられなくてすみませんね。

>その方は、何者だったのでしょうか?
単なる私のヒイヒイ祖父さんの弟ですよ!
今になっては何も本当の事は残念ながら判りません。
長男であれば伝わるものは多いけど、次男、三男と下になる程に
伝わるべき内容がないです。
名前は公には書きたくないのでメールします。

>写真興味あります。
有難う。でも今の僕には誰にも見せることはできないなあ〜。
残念だ、残念だ、残念だなあ〜。
そういえば、僕も>「百年前の日本」って本もっていますよ。
随分前に古書店で購入しましたよ!
お二人サマ、
見せることができない以上この話はこれ以上書けないっす。

きょうかい - 2002/01/18(金) 23:37<

僕の方がいいかげんに書きました

百年前の日本だと思います。手元に無かったので適当に書いちゃった。
tuyaさん
 20年くらい前に河合先生の本読んでからファンになったのですが、
 講演はホントに面白かったです。それで人体科学会という変わった学会に
 当初入りました。初めのうちは面白かったのですが、少しずつ離れてしまい
 とうとう、3年くらい前にやめてしまいました。落第です。
 セクションが多すぎて、当時の私では、中に入れませんでした。
  tuyaさんの「これからっていう感じ」がとても伝わってきてうらやましいです。
 

おミヨ - 2002/01/18(金) 21:58<
「百年前の日本」でした。

おミヨ - 2002/01/18(金) 21:50<

わっ!写真

私も持ってる「百年前の東京」「蘇る幕末」「幕末・明治」とか・・・

とんちんかん小僧さん家の写真興味あります。

tuya - 2002/01/18(金) 20:52<

サンカに詳しい友達がいた!

3年前に野球関係のサイトで知り合って以来とても仲がいい友人に、こちらのHPを紹介したら、とても喜んでくれました。彼女は何年か前にサンカに興味を持って、集中して勉強した時期があったのだそうです。彼女とは一度もそんな話をしたことはありませんでした。でも二人ともスサノオ様に縁があるので、神様の話などをメールでよくしてました。それが、こんなふうにつながってくるなんて、もうびっくりです。しかも最近、「サンカがらみで先日おもしろい出会いがあったところで、ただの偶然とは思えない、近いうちに長いメールを送るね!」と言ってきました。その長いメールが、とても待ち遠しい私です。

>あかりさん、きょうかいさん、あおきさん
 おっしゃること、確かに全部思い当たります!やっぱり私は彼女のことが好きなんだと思います。私達は最初会ったときから、おおぜいの中でお互いを見つけ出し、声を掛け合いました。たとえ表面の「考え」は違っても、魂の質が似てるというか、置かれてる環境を入れ替えたら、そのまま相手の姿になるんじゃないかと思うような、そういう点にも気づいていました。それくらい色んな意味で「気になる」存在でした。
きっと、このまま終らないような気がします。彼女も私も、同じ神様に毎日祈っているのだから、神様が二人の願いを聞き届けてくれて、意義あるタイミングで仲直りのきっかけをつくってくれそうな気がします。心を開いて、待つことに決めました。ありがとう^^

>turukotさん
 私は恥ずかしながら、これからやっと実習を受けようか、という段階なので、みなさんの方がきっとたくさん勉強されてることと思います。色々教えてくださいね。
 私が通っているのは「関西カウンセリングセンター」というところです。河合先生は何度か特別講義でお呼びしたことがあるらしいですが、私が入学する前でした。それで河合先生の言葉は、本でしか知らないのです。(対談集が好きです^^)
 前の書き込みの先生は、NLP(神経言語プログラミング)の国内第一人者であられる若本勝義先生です。この先生はヤゾーさんのおっしゃってた「ホリスティックな治療」をされる先生で、カウンセリングにボディデラピー他、いろんな技法を組み合わせた独自のセラピーを施される方です。

ののの - 2002/01/18(金) 20:23<

タヌキって面長なんですね!

ポン吉くん、カワイイ!
偶然、このページを発見。しゃーわせ!
また遊びに来ます。

きょうかい - 2002/01/18(金) 13:25<

くわしくないです

 100年前の東京とか、そういう写真集が好きで、たまたまそこに書いてあったのを写しただけです。
 でも銀盤写真の実物なんてみたこともないし、博物館がほしがるのではないですか?
  その方は、何者だったのでしょうか?
 「ワシを調べてくれ」とおっしゃってませんか?

とんちんかん小僧 - 2002/01/18(金) 13:04<

本当にすごいの?

きょうかいさん
銀盤初期の物ってそんなに無いものなんですね。
この方は若くして亡くなったからか、木箱に銀盤写真が納められていました。
ひいひい祖父さんの写真は晩年の頃の写真(明治41.8.7撮影)しか無いのになあ。
うらやましいですよね。今、銀盤撮影(?)ってできるのですか?

(‐,.‐)turukot - 2002/01/17(木) 22:54<

遅まきながらレス。。。

tuyaさん、はじめまして。

>・・・僕は、クライエントさんとそのクライエントさんを守り導く大きな存在との間の契約に、
>違反することはしません。
>もし催眠状態で過去生の記憶が出てきた場合、それはとても真剣なものです。
>こちら側から興味本位で引き出すものではありません。
>だから僕は、あなたには催眠を行いません。それは必要ありません。
>あなたは現在のところ、ちゃんと「機能」しているからです。
>これからも今までどおり、ありのままに生きてください。
>波乱万丈な人生・・・素敵なことじゃないですか!

遅まきながらですが、心が洗われた気分でした。

催眠療法は応用が多様なのですが、クライエントとセラピストとの信頼関係が
必要不可欠と聞きます。催眠暗示の療法は特にそうではないかと思われます。

私も中途半端ですが、人間性心理学のセミナー・ワークを
渡りあるいていたことがありました。(交流分析とかゲシュタルト療法など)

河合隼雄さんのは山王心理研究所でしょうか?
日本でも数少ない大学外のスーパーヴィジョンの実習が受けられる
定評のある養成施設と聞きます。ユング派ですが、上智大学の学生
さんが出いりしているのでは?

お固い話ですみません〈(__)〉

*(^。。^)*ngly さん、ご無沙汰です。

あの、ご依頼の件は。。。お忙しいですか。。。
荒神と別所の関係についてもう少しご教示ください。そこまで知りませんでした。

あおき - 2002/01/17(木) 21:57<

tuyaさん

その関係は お互いを認めあっているがゆえに お互いのことを
コントロールしたくなった状態だと思います
人間同じような経験を するものだとおもいます
その人を気に入ると その人をコントロールしたくなるものですよね
それで喧嘩になったりしますね
聖なる予言に同じようなことが かいてあったような・・・

きょうかい - 2002/01/17(木) 21:54<

すごい資料かも

 トンチンカン小僧さん
めったにあるものじゃないでしょう。
調べたら、すごい物かもしれないですよ。

 tuyaさん
 もしかしたら、好きだったのでは・・。
 

とんちんかん小僧 - 2002/01/17(木) 21:00<

きょうかいさんへ

どうも有難うございます。
ガラスの盤を銀盤というのですね。知りませんでした。
あまり古くからってわけでもないんですね。
では、ひいひい祖父さんの弟の写真での年齢は10代後半から
20歳代前半でないと時代があわないかー。
どうやらかなり早死にだった模様。

あかり - 2002/01/17(木) 20:00<

確かに言葉は無力とも言えるし・・・

言葉が無力と言うこと、よくわかります。同じ事を言ってもだれが言ったかによって説得力があったりなかったり、結局それは言葉を発する人のそれまでの行いというか、そういったことによって左右される面もすごくあるような気がします。その一方で、そんなつもりで言った言葉ではないのに誤解されてしまったり、
物言えば唇寒しということもあります。正しい言葉を使うことそれ一つとっても人生の大きな課題になりそうです。tuyaさんは自分を映す鏡のような方に出会ったのかも知れませんね。

きょうかい - 2002/01/17(木) 19:27<

写真

1854安政1 来日のペリー艦隊の従軍写真家E・ブラウンJrが日本各地の人物を銀盤撮影する
1857安政4 島津斉彬が日本で最初に銀盤撮影される(現存する最古の日本の銀盤写真)
1858安政5 上野彦馬が長崎のポンぺの医学伝習所へ入門、やがて写真研究が始まる
1859安政6 上野彦馬、堀江鍬次郎は長崎来日の職業写真家ロッシェから湿板法の教えを受ける
1860万延1 咸臨丸の勝海舟、福沢諭吉らがサンフランシスコで撮影させた自像写真を持ち帰る
1862文久2 下岡蓮杖が横浜野毛で、上野彦馬が長崎で日本最初の職業写真家としてそれぞれ開業する

とんちんかん小僧 - 2002/01/17(木) 18:52<

教えて下さい!

皆さんの話の腰を折ってしまいますが、質問したいことがあります。
写真を撮影する技術は何時頃、日本に来たのですか?
何方か教えて下さいませんか。
我が家にかなり古い写真があります。ガラスに人を写した写真です。
私のひいひい祖父さんの弟を写したものだから明治初期か江戸時代末期
のものだと思います。服装は羽織り袴姿です。
チョンマゲはしてません。丸い机に花瓶(花はなし)があり、椅子にゆったりと
座っています。20歳代から30歳半ばの頃の写真です。この人は40歳になるまでに
この世を去っています。(明治15年没)生れた年は今のところ不明です。

tuya - 2002/01/17(木) 18:31<

言葉はたった5分の1

きょうかいさん・おミヨさん、はじめまして。
>言葉がなくても・・・
本当にそうですね。コミュニケーションのうち、言語が占める割合は、たった5分の1程度なんですってね。人と人は、ほんとうは言葉以外でたくさん交流してるのですよね。箱庭、近いうちに私も習います。とても楽しみです^^

河合隼雄先生。河合先生の語り口は、ヤナさんに似てるかも。かわされてるようで、受け入れてくれてるようで。

「関係ゆうもんはそら、めんどくさいもんですがな」

 私は年明けに、大切な関係を失いました。私は以前、とあるスピリチュアル・グループに関わっていたのですが、その世話役の立場にある同い年の女性と、去年からメールの交換をするようになりました。
 彼女との関係は、フクザツでした。組織を大切にする彼女と、組織から自立したい私。
 互いに節度を持って接し、傍から見れば仲の良い関係に見えていたと思います。でも、内心では互いの(求道者としての)姿勢を好きになれず、批判しているところがありました。その一方でもし今よりもっと、うちとけあうことができるなら、最良の友人になれるかもしれない、という期待もありました。そういうデリケートな関係だったのです。
 その緊張に先に耐えられなくなったのは、彼女でした。ふとしたきっかけで彼女はとてもきつい言葉を放ち、それに応えて私が「そこまで言うことないでしょう!」と返したとき、関係は終りました。
 このやり取りは携帯メールで行われましたが、もし誰かがその場にいたとしたら、私の方に味方したかもしれません。でもそれは、表向きのことです。実際には、どちらがどちらの立場になっても不思議ではありませんでした。彼女が先に黒いカードを引いたので、結果として私の手元に白いカードが残った・・・そんな感じです。私たちは互いに、本当はよく知らない筈の相手の価値を勝手に切り下げ、手間隙かけて嫌悪感を肥え太らせていたのです。

 私は一〜二週間のあいだ、彼女の言葉を反芻して怒ったり、あるいはある種の勝利感に浸ったりして過ごしました(一体何に勝利したというのだろう?)。でも今は、言いようのない淋しさを覚えています。
 彼女との関係は確かに重荷でしたが、私達はその中で、生きていました。私は自分の一部を失ったように感じています。二人の関係を美しいものにしたいという思いは、たしかに、たしかにあったのです。彼女の中にも、私にも。

「関係ゆうのんはそら、めんどくさいもんですがな・・・・・・」

この言葉に、泣けてきます。
 

きょうかい - 2002/01/17(木) 10:19<

関係

おミヨさん
 箱庭療法は、クライアント(子供)に箱の中の家のミニチュアを並べ替えさせるだけで
 治療者は、横で見ているだけなんです。ちょうどアリスの症例の配置を同じですね。
  実証主義的な(科学的な)考えでは、説明できないのです。なぜなら観察者自身が
 装置の1部になっていますから。
  
  

おミヨ - 2002/01/17(木) 06:42<

関係はいかにして確立されるか

tuyaさん始めまして きょうかいさん
アリスの症例
何ヶ月もの間、病者と外界との関係が断たれたまま毛布の下にくるまり、瞳と唇は閉じられたままのアリス
が、数日間いつも同じ時刻に30分ベットのかたわらに来て静かに座っていくだけの治療者に、ある日、2つの暗い目を用心深く毛布の端からのぞかせ、不安と深く傷ついた虚ろな表情のアリスは「あなたは私のお姉さんなの?」「いいえ」と治療者「でも、毎日あなたは私に逢いにきてくれたじゃないの、今日だって、昨日だって、一昨日だって!」
静かに座っていくだけの治療者に心を開いていったアリスの症例を読んで感動しましたが、言葉がいらない事ってありますよね。

きょうかい - 2002/01/17(木) 03:03<

言葉が無力なとこもある

 tuyaさん、はじめまして
 tuyaさんが学んでる事は、たぶん日常のわれわれにも大変勉強になるのではと思っています。
 言葉、問診、自白などは表層のことで言葉の裏には僕も含めて自分でも隠したいような何かを
 皆がもってるのかなぁなどと思っています。turuさんのやってるところとは、わかりませんけど
 河合ハヤオさんの箱庭療法の考え方に共感しています。先日は、depressの人と無言で
 15分間対面しました。心の中で「頑張れよ」とずっと唱えてました。
  いろいろ、教えて下さい。
 

ya(^ε・)na - 2002/01/17(木) 02:06<

静寂のなかで!


  静寂と闇の中で・・
   なぜか、目だけがさえるんです・・

      フラジャイル・・のメロディーが今も流れています  
        
          ヤゾー・・かけて見て下さい

           見失いかけた・・なにかが・・また

    静寂の闇の中から、戻って来ます

      わたしの、求めるもの・・って!

        そして、熊野に訪れる仲間たちの・・やさしい・・気持ち!

             ・・自然の中へ・・そして・・心の中へ・・

                でしたね・・・・


                         ヤナギムシ

           

tuya - 2002/01/16(水) 00:13<
あおきさんの夢のお話を読ませていただいてメールしたあと、勢いでこちらの過去の掲示板を古いものから読んでいます。まだ半分ほどしか読めていませんが・・・・
中山ラビ!つげ義春!カムイ!サイババの灰!・・・・・・持ってたりします。。。。。

ヤゾ− - 2002/01/16(水) 00:03<

夢の話

みなさん こんばんわ

おユキちゃん  ども ( ゚(エ) ゚)ゞ クマちゃんです!

tuyaさん 良いお話し ありがとうございました。
日本の医療現場での 魂や霊をも視野に入れたホリスティック医学は遅れているといわれていますが 
そういう先生がいらっしゃると心強いですね。

あおきさんの夢の話しはとても印象的でした。
物語りが書けそうな夢でしたね。
ぼくも変わった夢をよく見ますよ。
夢の話しといえば 数日前の蜜柑さんからのメールに
とても興味津々な内容の話しがあって
ドキドキして読み進めていったら
最後の「という夢を見ました。」で
おもいっきり ひっくりかえりました。

きょうかいさん お陰様で 腰も殆ど治りました。
ゴムバンド ありがとうございました。

訂正とお詫び!

弘法大師作と伝わる三面大黒天は 暁山寺ではなくて第12番札所の焼山寺にあるものでした。
開基は役小角で開山は弘法大師だそうで本尊が虚空蔵菩薩です。
弘法大師作といわれる三面大黒天と午頭天王があるそうです。

にっちょさん お身体に気をつけて四国八十八ケ所巡りしてきて下さい。

*(^。。^)*ngly - 2002/01/15(火) 23:44<

パラノイアは私

難しい事は分りません。いまやるべき事で、できる事にとりくんでいるだけ。
偏執って変質でなく拘り屋かパラノイヤ?変質の繰り返しも偏執なのだろうか?
綜合俯瞰ってグローバリズムって事でしょうか?
 それなら熊野ライフの覗子や書子はみ〜んなパラノイア。でも生き生きして
るみたいですね。何をいっても腹立てないから日本型グローバリズムか。
「過去生退行」も大事。調べてるとみ〜んな江戸時代から気質が変わってないよ
うな気がする。何人かは祖先と本質では同じような仕事してるみたいだ。いくら
高学歴になっても金持ちになっても、XX筋としては変わらない点もあるから。
気質から人種や部族を発見することもありうると思う。これ何学なんだろう。
 癒しなんてのも、賤しい歴史を力づくでまさぐる事が私の、強烈な、最高の良
野史。相変わらず卑しいね。ド ヒ・ヒ・ヒ・ヒ。
これが何時かは世界的にも必要になる見通しがあるのが私の強いグローバリズム。
 おミヨさん 大国主がなんで大神神社に歪な形相で存在しているのか? 
 奈良平野も古代は出雲系が強くて、大国主は大物主で、国譲り時代の名残では?
 別所を調べる時も荒神探しから始める場合もある。荒神も本来は怖い形相をして
た所があるし、そんな怖い顔の神様を自分の家に祭る地方も、結構ある。大寺院は
どうしても政治の圧力で変化したり、すりかえたり、合祀したりして難しいみたい。
太子とか青面金剛とか荒神は仏教宗派が見捨てた庶民レベルだけど見落とせない。
調べて分布地図を作るだけでもいろんな発見があるみたい。小字地図作りはとても
来たり人にはできないので、地五郎さんにお願いするしかない。やっぱし♂(点)
で考えるよりも♀(面)だね。


 

turukot - 2002/01/15(火) 22:28<
>* 国境廃絶の目で朝鮮人の基幹意識を書いたらすぐにロマンだけで反発したヒト。

ステレオタイプな見方をして、ハヤ合点してロマンと決め付けるスタンスでは果たして
きちんと俯瞰できるのかね。

相手の心情を推し量ってちょいと配慮するだけでよかろうも。
私には依然日本人が見下すのを正当化しているとしか思えない。

他者をどうこうおっしゃる前にご自分のあり方を問うたらどうか。



とんちんかん小僧 - 2002/01/15(火) 21:44<
やっぱ、そうですよね。現実から逃避したいがために退行催眠で別の自分を出すようなこと
は、逃げの人生だもんね。ありのままの自分を受け入れて自分自身を飛躍させないと駄目だ
よね。tuyaさんの先生の御言葉とても胸に染みました。どうも有難うございます。

あおき - 2002/01/15(火) 19:59<

めじろいいすね

かわいいすね ヤゾウさん まんまる白い目が
漫画みたいすねー 
tuyaさん ぼくも不思議な夢をたくさんみるので
エドガ− ケーシーみたいに退行催眠受けようかとおもっていましたが
先生の言うとおりだと思いました 過去の掲示板(11月ごろ)
にぼくの不思議な夢のいきなり投稿があります 興味があったら
ちらっと見てみてください 
たしかに今この瞬間をしっかり生きることに
全エネルギーを注ぐことが大切だと思います
いい話またお願いします

tuya - 2002/01/15(火) 18:18<

退行催眠

ヤゾーさん、とんちんかん小僧さん>レスありがとうございます。
セラピーの場においては、退行催眠で出てきた過去生が本当に事実かどうかには、あまりこだわらないようです。夢と同じで、その人がそういうイメージを見ていること、そんなふうに人生を意味付けしていること・・・そこに焦点を合わせて、カウンセリングを進めていくのです。

そして私も実は、下の書き込みに登場する先生のカウンセリングを受けたとき、退行催眠をかけてくださいとお願いしてみたのです。そのときの先生の言葉がとても印象的だったので、ちょっと書いてみます。

・・・僕は、クライエントさんとそのクライエントさんを守り導く大きな存在との間の契約に、違反することはしません。もし催眠状態で過去生の記憶が出てきた場合、それはとても真剣なものです。こちら側から興味本位で引き出すものではありません。
だから僕は、あなたには催眠を行いません。それは必要ありません。あなたは現在のところ、ちゃんと「機能」しているからです。これからも今までどおり、ありのままに生きてください。波乱万丈な人生・・・素敵なことじゃないですか!

その先生の言葉で、わたしは「癒し」というものを誤解していたことに気づきました。
「癒し」とは苦悩から解放されることでなく、苦悩に向き合う力を取り戻すことだったんですね^^

とんちんかん小僧 - 2002/01/15(火) 16:30<

四天王寺どやどや祭り

昨日は成人式が各地でありましたが僕はやっぱり四天王寺のどやどや祭りが
行われたことが一番印象に残りました。
下記に詳しい説明があります。
http://www.freedom.ne.jp/tetsu/pursuit/doyadoya.html
毎年、テレビや現場で彼らの勇姿を見るたびに過去の思い出が甦ってきます。
あの時は、嫌で嫌でたまらなかったのに今に思えば良い体験をしたと思います。
実は、高一、ニ年の時に参加しているんです。

tuyaさん
はじめまして、これからもよろしくお願いします。
僕も「過去生退行」をやってみたいと思っています。
輪廻転生は、仏教徒となり私の師僧だった方や色々と学んでいる内に信じざるを得ない話
(実話だし、その人のプライバシーを守りたいからナイショです)を沢山聞いていく中で
そういう事がこの世にはあると悟りました。だから全面的に信じています。
私も、どうやら祖父の生れ変わりのように思います。自分でそう思ってる訳じゃなく母(
祖父の娘)や母の姉妹らにもよく言われます。食べ物の好みや性格だけでなくちょっとした
仕草にいたるまで最近は特に相似しているらしいです。因みに私は祖父が亡くなって、4年
後に生れているので残念ながら祖父とは会っていません。

きょうかい - 2002/01/15(火) 13:46<

賛同と意見

 紋さんへ
>とても大事なことはこの全部の価値観(優先順列)を見る目…33番めの目を持つことです。
 価値観とは、4つの意識の優先順位であること教わりました。そして大変大きな視点を持つことは
 大切だと思います。あとは、その方法だと思います。
 1にも2にも3にも4にも縛られない独立した視点という言葉の共有が必要です。
 それと、言葉は、紋さん言うように
「個が言語修得のときに、いちいちの語彙や統語を拒否できなかったように、習慣となった偏執をも強制され」るならば
 総合俯瞰を語る言葉も、1から4の意識から自由ではないはずです。
 わたしが、今思うことは、1〜4に縛られていることを自覚しつつ、総合俯瞰を意識して
 「生命史は35億年、複数細胞となってこのかた10億年。ヒトらしい形態になってこのか
た500万年。それに比べたら農耕開始は1万年前、青銅精錬は早くて八千年前、地球規模
で普及した(國・階級出現)のは3000年前。除夜の鐘が鳴りはじめてのことだ」
というように徹底的に1〜4を語ることです。そして「総合俯瞰」という視点を浮かびあがらせること。
 直接に総合俯瞰という視点から発言するとそれは、超越、権威(人間を越えたという意)に
 なってしまう恐れがあると思います。
 生命史を人間は見ることができないと思うのです。

おユキ - 2002/01/15(火) 12:53<

(^ェ^) ワンワン!

あかねさん、遅れましたが (^ェ^) 誉めていただいてありがとうございます。
ak*(^a^)*ne さんのもとても素敵です。
ヤゾ−さんの ( ゚(エ) ゚)  も可愛いですよ。
でも、タヌキというよりクマちゃんみたいです。
ヤナギムシさん、お身体、大切にして下さい。


おミヨ - 2002/01/15(火) 10:46<

ヤナさん

寝違いで首傷めて大丈夫ですか?

病院にいってレントゲン撮って整形で診てもらったほうがいいと思います。

大事な身体、お大事にしてください。

シェイシュンの紋 <http://www.you-i.org> - 2002/01/15(火) 08:22<

一億一心 火の玉になれた   

* とにかく情・ロマンに浸っていたいヒト。
* 先祖は威張っていられたんだと、騙されたいきさつを訴えながら泣くヒト。
* 虐げられた階級に思いを馳せて、そこからしか人類を観ようとしないヒト。
* 国境廃絶の目で朝鮮人の基幹意識を書いたらすぐにロマンだけで反発したヒト。

 なんだか、人類を観る眼が近視眼てきになっちょるんとちゃうカネ?
 生命史は35億年、複数細胞となってこのかた10億年。ヒトらしい形態になってこのか
た500万年。それに比べたら農耕開始は1万年前、青銅精錬は早くて八千年前、地球規模
で普及した(國・階級出現)のは3000年前。除夜の鐘が鳴りはじめてのことだ。
 人類といえど、ついさいきんまで1(肉の意識)と2(自然・情・ロマン、ヤオヨロズ
神)だけで暮らしてきた。3(イズム・論理体系・組織・集団形成)や4(経済)が出現し
たから、ヤヤコシくなってきただけだ。5から先はまだ出現していない。

 ヤヤこしくなってはいるが、理解するはムズカしいことではない。現代人の意識とはお猿
さんに3と4が付着して、それをメチャ発達した言語でトグロ巻いているだけだ。
 も一つ、従来のリクツはすべて世界観(生命科学・自然科学)だけだったが、ヒトの優先
選択順位とは、上の4種の塊の優先選択順位のことだった。
 だからフツーの成人の意識は24通りもあるが、24通りしかない。その事実を総合俯瞰
する眼は1種類しかないのだ。

 ここを理解しないと「ヘタをしたら……」という、そのヘタな人生しか待っていない。
24種のうちの1ヶ所から声を出すしかなく、ほかの23種の意識は理解できず、一生かけ
てケンカしなければならない。
 「価値観の多様化」は群れを作っている生命体すべてにとって危険思想です。ナチスのあ
つものに懲りてナマスを吹いて食うアホをやっちゃぁ〜イケねぇ〜〜イヨッ。

 第二次世界大戦のとき、日本は、世界観は神道、天皇(3)第一主義、東亜協栄圏建設
(4)のため、身(1)を挺(犠牲)する優先選択順で、一億一心になれた。
 みみずのような片隅の人生でいいというなら、まずことばを捨てるこった。

ヤゾ− - 2002/01/15(火) 01:14<

みなさん こんばんわ!

tuyaさん こちらでは始めまして!
臨床心理学を学んでいるんですね。
ぼくも変なトラウマがありそうなので 退行催眠して貰いたい気もします。
輪廻転生については 物心ついてから当たり前のように思ってました。
父親は 頑に そういうことを否定する人間でしたので
否定する人の気持ちも理解できます。
豊かな自然を前にすると 思想や貧富 卑賎などという
人間の作り出したものに振り回されていることがアホらしく思えることがあります。
今後とも よろしくお願いします。

turukotさん ホローした投稿 ありがとうございました。
決めつけは差別と同じことですから いけませんよね。

クミコさん 大神神社の祭神 大物主大神はニギハヤヒのことだといいます。
大物主は大国主の別名であると書いてあること事態が嘘のようです。
大物主が大国主なら どうして大己貴神と並んで祀られているのか変ですね。
そうやって訳の分らないように神隠しのようなことが行われてきたのかも知れませんね。
大神神社の宝物収蔵庫にある三面大黒像?絵?は誰の手によるものなのでしょうね。
弘法大師作と伝わる三面大黒天の絵は微妙な雰囲気でした。
呪詛の思いが抜け切っていない福の神みたいな表情でした。
それは空海の出自と関係があるのかも知れませんね。
父方が大和朝廷の征服によって捕虜となった蝦夷系の佐伯で
母方が朝廷とも関係のある帰化系だったと思います。
日本人の殆どがそんな感じなんだと思います。

ヤナさん はよ首 良くなるように願ってますよ。
メジロ可愛かったでしょ。
早く元気になって小さな自然楽しんで下さい。

ya(^ε・)na - 2002/01/14(月) 23:37<

いてててて・・ぇ

ほんまに、痛いもんですねえ
  寝違いって、こんなんやったとは・・
   頭、動かせませんねえ・・寝返りもうてませんねえ
    すぐに、目が覚めてねれませんねえ
     こんなん初めてや・・・・・
       いてててて・・

 メジロ・・かわいいですねえ・・あいつは・・ワタリでしたよね
   街中の公園につつぞや、群れできてましたよ

    小さいながらも、自然を、みつけて・・
      その小さな自然の心・・を・・たのしみたい!




  狂牛病・・本当に牛さんの目を、見ていると・・
    本当に申し訳ない・・って気持ちです
   農家に対しても、何とかしてあげたい気持ちでいっぱいです

     だれもが、いろんな事考えていかなあかん今やのに・・

  なんとも、嘆かわしい成人式・・
    
        あんなん、ばかりやないやろ・・まともな成人もおるんやろに・・

   ほんま、日本のマスコミももっと明るい、まともな、大多数の・・
    私たちの、求める若者の報道をしてください

     新成人のご両親ごくろうさまでした
      今日、たくさんの成人見ました・・みんな・きれいな着物きせてもろて
    首に真っ白なえりまきまいて・・
      個性のない、同じような化粧して・・
       携帯電話耳に・タバコすいながら・・歩く女の子・・
   
         ほんまこんなみてたら・・

            情けノー--なりますねぇ

                            ヤナギムシ

クミコ - 2002/01/14(月) 14:54<

ひつこく大国

おかしいとは思いませんか?
大神神社の祭神は大物主大神 大己貴神 少彦名神
大物主大神と大己貴神は大国主大神と同神ということになっていますよね。
大黒は神仏習合の過程で大国主大神と同神とされている

その大国主がなんで大神神社に歪な形相で存在しているのか? 

tuya - 2002/01/14(月) 13:53<

生まれ変わりと、学びということ

こちらでははじめまして。先日チャットでお世話になった者です。
ずっと前からこちらのサイトが好きで、皆さんの書き込みを読ませていただき、
たくさんのことを学びました。そしてもし自分にも参加できそうな話題になれば
皆さんの輪に加わりたいな、と思っていました。

私は30代の手習い?で、今働きながら臨床心理学を学んでいます。
数年前から催眠による「過去生退行」が話題を呼んでいますね。
私の先生も、クライエントさんが抱える問題のケースによっては、催眠療法を
用いる治療をされるのですが、やはり過去生の記憶が出てくる場合があるそうです。
(以下は、輪廻転生を認める立場からの意見なので、認めない方々にとっては戯言
に過ぎぬものです・・・)
ところで過去生退行の記録を見てみますと、興味深い一致点が見出されます。
それはどうやら、私たちは「学び」のために、この世に何度も生まれ変わってきて
いるらしい、ということです。

私たちは通常、いろんな国、民族、性、職業、役割そして性格などを入れ替わり立
ち代りして、人間としての学びを経験しているようです。
支配階級に生まれることもあれば、虐げられる側に生まれることも、傷つける立場に
なることもあれば、傷つけられる立場になることもあるそうですし、支配的な夫を経
験したあとで、依存的な妻に生まれ変わることもあるようです。
聖職者として生き、肉体的なものを否定したあとで、それを補うように後の生で娼婦
を経験したりするケースもあるそうです。

私も差別や虐待を経験してきた人間ですが、最終的にうらみつらみを乗り越えること
ができたのは、生来の負けん気の強さもあって
「痛い辛いと言うばかりでは自分は犠牲者だ。犠牲者として終るのは、嫌だ。
必ず自分の人生に意味を見出してやる。必ず、(苦しんだ分の)モトを取ってやる」
という形で、憎しみのエネルギーを生かそうと思ったからです。

そして、憎しみを乗り越えたあとで見えてくる世界・・・それは同じ世界であるはず
なのに、何かがすっかり変わってしまいました。
肉眼で見えるものは同じでも、見えてくる相が異なっているような感じです。
それで、思うのです。
憎しみは、それを乗り越えるために経験しているのだと。

turukot - 2002/01/14(月) 11:40<

レス・レス・レス

>“恨”という字をハンと呼ぶのは朝鮮語です。「グル」はエデン語です。

同音であンしたナ。。韓国語においてハングルの「ハン(Han)」は漢語でなく、いわゆる固有語で
「大いなる」チ意味です。ちなみに韓もハンですが、密かにこの意味も含んでるのかな?
意味を込めていらっしゃる御仁はおられるんでせうナ。恨も同様。。
以前、韓国の友人とカラオケ行ったときに「ハノベンニョン(恨五百年)」を歌ったら、
「俺(この歌)キライ」といってました。若い人は演歌がお嫌いですなぁ〜。
さらに漢もハンなんですが、ややこしいなぁ。。

クル(GEUL)は文字チ意味ですわ。ダンナ。エデン語にもそんな意味あります?
文字のことをクルシ(GEUL‐SSI)とも言います。*韓国語は平音の子音の場合、語頭にくると
無声音で語中・語末は有声音です。

とごで、ダンナ。このスレは表現まじぃぜすゼ。最後辺りはいいと思うけど、最後の御文の
気持ちがうまく伝わらないように思いますが。。。 反論はメールでどんぞ。

ヤゾー - 2002/01/14(月) 11:35<

サイドミラーに恋をしたメジロくん

みなさん こんにちわ!

最近 クルマのサイドミラーに よく糞が付いていると思ったら それはメジロくんの仕業でした。
どうやら ミラーに写った自分の姿に恋をしているようです。
せつなく囀りながら ミラーに言い寄っている姿を見ていると
意地らしいやら 「それは鏡やちゅうねん」 と諭してみたり なんだか複雑な心境です。
ヤマガラは賢いので 鏡に言い寄ったりはしないようです。
その様子を デジカメで撮影して リアルプレイヤーで見られるようにしました。

弘法大師作と伝わる三面大黒天の江戸時代の版画の掛け軸を持っています。
オリジナルは確か 四国八十八ケ所の中の一つ 暁山寺に伝わっているものだと思います。
なぜか 一時 そういう物ばかりが集まってきたことがありました。
三面大黒天は弁財天と毘沙門天が合体したものですが
呪詛の色合いが強いのかも知れません。

以前の仕事柄 いろんな物を持っていました。
あまり物には執着しない方なのですが
置いておけば良かったかなと思う物もあります。
山下清さんの絵 後光が射してしました。
戦時中の山下清さんの日記に 殆どの国民が鬼畜米英と呪縛されたように唱えていたのに対して
日本にも 良い人も悪い人もいるんだなぁ だから米英にも良い人もいるんだなぁ などと書いていました。
お互いの悪いところを指摘しあうより 良いところを認めあう心に 良い未来があるように思います。

シェイシュンの紋 <http://www.you-i.org> - 2002/01/14(月) 09:13<

恨(ハン)グル(人々)

 “恨”という字をハンと呼ぶのは朝鮮語です。「グル」はエデン語です。

 あっしが国民学校4年生、敗戦の前の秋、15歳の朝鮮人の少年がクラスにはいってきま
した。朝鮮人からケンカ負けるなんてグヤじいです。なんとかこいつをとっちめてやろうと
すると、こいつ平和的手段としては、自分の肛門に指をいれて、それをこっちになすりつけ
てくる。殴り合いのケンカをしたら、コイツからまともに平手で耳を狙い打ちされた。
 あっしが紋次郎となったなぁ、このとき空いた鼓膜孔から海水がはいって、みみかきを離
せなくなったからにござんす。

 ことほど左様に朝鮮人は、やっぱどこかが朝鮮人だ。このきみょうな偏執を作ったのは、
歴史時代に入ったあとだけでも、外国から800回も侵略を受けたからだと思う。
 ミナシャンは北朝鮮のご仁と文通が可能だということは御存じだろうか。朝鮮全土には日
本語にたんのうな年寄りがいます。当時「ふだん記」にいたあっしは、岩手のおばちゃんか
ら紹介してもらって、北鮮のぢぃさんと文通を開始しました。
 ところがアキサミヨー(沖縄;びっくり)、日本人に何かをタダで贈らせるのは当然のこ
とだと思っている。「侵略したんだから、おまえも責任とれ」と言わんばかりだ。
 古本屋で探すもむずかしい本を指定してきたこともありました。
 
 すこし調べてみて更にアキサミヨー、朝鮮は全域に亘って「言うて言うて言いまくる弁舌
力」が高度な美徳だとされていることを知った。やっぱ朝鮮は大陸抗争の域内にあった。
 アイヌは相手に逃げ道を作ってやったあとに、責めます。
 日本人はモンクを言うときはオワリだと思っているので、リクツは後回し、人の顔をたて
ることに最高の気遣いを展開する。いきおい、他人様へ迷惑をかけないようにと自重する。

 言いたいことを言いまくるので、ハン(恨)はなかなか消えない。新羅が唐の力を借りて
百済を滅ぼした。根強いハンが残った。気分のうえでは統一朝鮮など夢のまた夢なのだ。
 そのハンを解消するには共通のハンを強力に意識に浮上させるのがいちばんいい。
 南北朝鮮になんとか会話が始りそうです。おおいに祝福してあげたいが、当分間、日本へ
のハンが増幅されるは必定。

クミコ - 2002/01/14(月) 04:34<

三面大黒

大神神社の宝物収蔵庫に三面大黒があります。
それはそれは恐ろしいお姿でゾッとしました。

あの歪な感性は何故産まれたのだろうか?

turukot - 2002/01/13(日) 18:17<

一考。。

ヤゾウ親分さん
>呪詛の神から福の神に変わってゆくあたりが
>よい意味での日本だという気もします。
>恨みつらみを捨て去り それでいて先祖の誇りを失わないことが
>気高さのようにも思います。

搾取と同化を受けた憤りと悲しみは世代を越え、時代を超え伝わっていく。
捨て去られも忘れ去られもしない。
しかし、年ガラ年中しても結局自分自身を呪縛してしまうように思う。
だから普段よく笑い、よく楽しみ、人への情けを忘れないようにも見える。
いっぽうでどこかで悲しみと怒りにも繋がっている。

ヤゾー - 2002/01/13(日) 13:50<

呪詛の神から福の神へ

みなさん こんにちわ!

ぼくも吉田大洋さんの本は読んだことがあります。
また 中世以前の大黒天像は 忿怒の相をしていたといいます。
国を奪われたときには 当然 憤りや恨み 虐げられた人たちも生まれたと思います。
しかし いつまでも恨みつらみを持って生きるのは あまりにも寂しいです。
大黒天(大国主命と習合)だけでなく 呪詛神といわれた弁財天や稲荷神が
呪詛の神から福の神に変わってゆくあたりが
よい意味での日本だという気もします。
恨みつらみを捨て去り それでいて先祖の誇りを失わないことが
気高さのようにも思います。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/01/13(日) 06:51<

『波動の極み』・気高さの極み

あんぐりシャン、おらもその本読んだし、持っちょるばい。欲しいひといたらあげる。
 おら、本読んでイヤァ〜になるクセがあるとやろか、その本みて「直系子孫を名乗るイッ
パシの男が当時記者だった著者に泣いて『騙された』ち訴えた」とこみて、アタマさきた。

 おら著者に手紙出した。「その泣きべそは、ひたいに汗して働きたくねぇんだろ」と。
 直系もクソもあるか、われわれの血が何人の共通先祖を持っているか、小学校の3年生に
なったら誰でも計算できるこった。

   ……………………
★ 「海軍精神投入棒」ちゅうのがあった。船の中が狭いせいか、せいぜい40cmぐらい
  だった。それ見ておらは“文字を「投入」の「投」と決めたところのナマぬるさ”と、
  “そんなもんじゃ叩かれてもたいして痛くはねぇだろう”の2種の感慨を持った。

★ 海賊精神を継ぐヤマトンチューはキヤイのかかった生きざまをします。村の入り口にサ
  イの神を立てて邪悪の侵入をゆるしません。しかし、「キヤイかかった」といっても、
  それは静かなキヤイです。
  『波動の極み』(たま出版刊)出した加藤喜八郎さんは、ときどきおらのベッド脇にき
  ていっしょにショーチュー飲みます。飲もうとしている水などにキヤイいれてくれるの
  ですが、「イエ〜〜イッ!」などとは叫ばない。「は」ぐらいな紋だ。
  加藤喜八郎さん(寿宝院さん);http://www.juhouin.com/top.htm

★ 死ぬ技術……。古代人はそれを「足きり(柱)」に象徴させたっちゃねーだろーか‥‥
  が、古代語追求の成果のひとつとして浮上してきました。
  蛇という生き物は神に手も足も捧げたがゆえに尊く、大地の神だった‥‥とナ。

★  YANAさんさん、先日は「さん」落として書いちゃった。アマカネ。
  わが子に恵まれたおやっさんのきもち、ことばにしたらウソにしかならん。万感だば!

★ ミナシャ〜〜ン あんたかてばかやろ、わてかてアホや。

*(^..^)*ngly - 2002/01/13(日) 00:22<

ありました

吉田大洋(1980)『謎の出雲帝国』副題ー天孫一族に虐殺された出雲神族の怒り
徳間出版。大国主の末裔の元産経新聞編集局次長・富當雄(とみまさお:67歳
が4千年前からの口誦伝承された内容が含ます。天孫族(天皇家の祖先)軍団の
タケミカヅチの命が砂浜に矛を突き立て「否、然」と迫り、大国主命が降服を決
意、とあります。出雲神族(亀甲に並び矛紋:蛇、神魂神社秋上家)がホヒ族(
新羅・花菱紋:牛、国造後裔北島・千家家)と天孫族(唐:鳥・牡丹)に侵略さ
れた事件に関連してるそうです。これには伊予や淡路の百済人が加担。出雲系高
貴な人は、藤と竹で編んだ籠に死体を収め高山の樹に吊るす風葬、子供などは宍
道湖に沈める水葬で、葬式には出ない、サンカも同じです。また阿国はサンカエ
ラギ、また神子集団と共に出雲族の諜報機関。また出雲族は反体制日槍・南朝系
とも手を結び、一貫して反体制とあり、神火の乱では「王者の印である並び矛を
旗印に、エゾと共に進軍した」の伝承が富家にあり。頼まれても「渡来人のため
に天皇はださぬ」。また古事記はシュメール語で解釈するのがよしともあります。
 凄い。いま読めば、エゾもサンカもヒボコもでて大変興味深いものです。

紫門 - 2002/01/12(土) 23:08<

千家の祖先はアマテラスの子となっています

>出雲神社宮司の千家と氏子の間でかなり長い間激烈な争い

グーグルで「大鳥居を建てた寄付魔」を検索してください。
明治に千家尊福が神道大社教を起こし多額の借金を起こしたことが載っています。

さて、文中の小林徳一朗も砂鉄採取民の末裔となっております。

おミヨ - 2002/01/12(土) 20:57<

出雲国は旧倭国への賎称

*(^..^)*ngly さんお答え有り難うございました。
*(^..^)*ngly さんの話はいつもユーモアがあって面白くて好きです。

出雲臣は王権に逆らった土蜘蛛として「八雲たつ 出雲八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を」
の雲は土蜘蛛ではないかと、その解釈として「土蜘蛛どもが一斉蜂起(八雲立つ)した。刃向かって現れ
い(出)でたクモ(出雲)は、十重二十重押っ取り囲んで殺し、捕らえよ。女どもは徹底的に犯せ、手篭め
〔妻篭み)にして王権の兵士のタネを孕ませろ、絶対にクモの血をつがせるな。クモは根絶やしにするのだ。そのためにもクモを囲う柵は厳重(八重垣作る)にせよ。絶対に逃亡できぬよう、いやがうえにも厳重な柵(その八重垣を)をつくれ」
上記ほんの一部ですが「鬼の日本史」上 ご紹介します。

*(^..~):ngly - 2002/01/12(土) 19:13<

修正します

気になってました。家紋は「二本の交叉した銅鐸」X→「二本の交叉した銅剣」〇
です。確か出雲で多数の銅剣が発見される前に出た本。著者は男性です。書庫を探
しましたが暗くて分りません。見つかりましたら紹介します。出雲王朝は神武以前
のウガヤフキアエズを祭るサンカのルーツとも言われる朴炳植(パクビヨングシク
)『日本原記』情報センター出版局、ので重大です。吉野ケ里の出土の家紋・巴形
銅器は明らかに、太陽を象っていますがインドアユダ国の王女を娶った「アラカヤ
」の王・首露王も太陽信仰と考察しています。

あおき - 2002/01/12(土) 16:40<

*(^..^)*ngly さん

ぼくもその話聴いたことあります 向田 邦子の本にかいてあったと思ったのですが
ある男の人が酒を飲むと 自分の一族はオオクニヌシノミコトの子孫で
祖先が国を奪われた恨みを忘れないよう ずっとその恨みを伝えていかなければ
ならないこと 国譲りなどはでっちあげであること 因幡の白兎はウサギではないこと
などくわしくはあまり話せないが すごい秘密がたくさんあるなど
かいてあったような気がします もう本の名前も忘れましたが
確かにあるそうですその話
でもあまり表には詳しく出さないようにしているらしいのですが

ヤゾーさん 海の写真いいですねー 感動した!

*(^..^)*ngly - 2002/01/12(土) 15:31<

軍人精神の秘密

ヤゾーさん
何が理由か分りませんが出雲神社宮司の千家と氏子の間でかなり長い間激烈な争い
があったと聞いています。ご存知の方は解説して下さい。それと関係あるか否か不
明ですが、出雲本家の末裔でどこかの出版社編集長をした方の伝承では、国譲りは
武力を使った恐喝によるものと主張。先祖が恐喝された地は言葉「否さ」から由来
の「稲佐」浜で、時折深夜白装束で祖先を慰めに行くそうです。[国譲り」以来、彼
の家紋は「二本の交叉した銅鐸」から「二本の交叉した大根」に変えられたと、
その数千年来の怨念を語り継いで書いています。出雲の神様「にっこり笑って国譲り
」、偽りかもしれません。(この本はどこかに持っていますのでお貸します)。
 紫門さん
英国では民主主義はPublicとセットの概念で、民主主義で切捨てられた少数者を、
全体の意思で補償する事をPublicというそうです。日本では公と翻訳する事で
「偽り」の民主主義原理となったようです。「少数権力者」が「多数」を支配す
る?現状はあります。外国人は、この多数者が悪い少数者をなぜ追放しないのか
不思議に思うそうです。単にマスコミ情報操作だけではありません。庶民の水準に
問題ありという考えから、この秘密を現在研究中です。同じ問題意識を持った桜井
如一は、歴史研究から離れ、食物により縄文人に帰る事を志し、近年の無農薬・有
機農業・自然食品志向のルーツになったと八切止夫は書いています。
 紋次郎さん
 軍人精神は如何に形成されたか?私が聞いたのは「海軍棒」です。その話詳しく
聞かせて下さい。また死の島ガダルカナルへは、ビタミンCのほか麻薬を飲んで夜間
特攻をしたそうです。まだいろんな話があります。日本軍人精神はその志において、
反ナチバルチザンや戦後のアラブゲリラとは、スッポンと月の関係にあるように思
われるのですが?なぜなら日本軍は捕虜になるより自決(自殺)を奨めましたから。

焼尻紋次郎 <http://WWW.YOU-I.ORG> - 2002/01/12(土) 13:00<

  優先選択順位のちがい と モノの取り合いがあるかぎり

 ヤゾー親分、会話がおこる場とは「相手も自分もいいかげんにアホや」という共通認識があって
 かつ、会話する双方の考え方やシガラミ面で矛盾があるからこそのこって……、なも。

* 会社の社長がどんなに叡智に秀でていて、それに基づいて最大の努力を投入していても、企業
  が潰れる要因は企業内部の経済法則によって潰れます。経済を貫く原理は叡智や情の原理とは
  まったくちがった氷炭あい容れない原理です。
  フツーのどろぼう社長に仕えて、メクサレゼニもろて食いつないでいるサラリーマンには、ほ
  とんど絶望的に「怪物経済」は理解できないでしょう。人生の総合俯瞰もでけしまへんがな。
  あ、おれ、またキッツーイこと言うたカネ。だがこれホンマやでぇ。

 おらには、サンカおっちゃんがきったタンカは、「あまりにも日常的なこと」を、冷ややかな目で
観ることの重要さを教えてくれます。「シヤーセ志向」なんざ、やりだまに蹴っとばされるんとちゃうか?

 資本主義というが、底辺には農耕生産が厳然として続いている。
 サンカもそれにタカった芸人の一派だ。
 おらのセールスも食糧生産者にタカってこそ成り立つ。

 だから、地球規模で現存する人口を食わせきれないときには、良いも悪いもあるもんか、戦争はおこるのら。
 そこに“國”がれば国家規模の戦争となるし、氏族規模だったときは氏族のあいだでコロし合いがおこった。
 ロマンだけじゃぁ、解決できねぇ〜〜イヨッ

 過酷なひとべらしに耐えて50年、シナの人口政策は賢策だ。
 沖縄のたれ流しは今に破産するだろう。

ヤゾ− - 2002/01/12(土) 11:02<

サンカこそ平和な集団

みなさん こんにちわ!

深夜 ふと目を覚してチャットを覗くと 紫門さんと始めての方が入室していました。
その後 ぼくもヤナさんも入室してチャットをしました。
その中で 始めて来て下さった方が 『サンカこそ平和な集団なのにね。』
『出雲の神様は「にっこり笑って国譲り」懐が広いです!』という
とても心に残る言葉を投げかけて下さいました。
ぼくも 争いごとは好きではありません。
意見の違いを話し合う為には お互いの信頼関係がないと どうしてもピリピリとした雰囲気になってしまいます。
先ず お互いの共通点を見つけだし そのことによって信頼関係を築くことが大切なようにも思います。

紋次郎さん 制限時速60キロの下り坂を130キロで飛ばしたなんて 青春してますね。

おミヨさん *(^..^)*ngly さん 油の話し とても面白かったです。

>特攻隊員の使命は「人間が戦争を滅ぼさなければ、戦争が人間を滅ぼす。」ということを知らせることであった。
>平和を求める「英霊」の心は、二度と「英霊」を作らないにこそあります。

あかりさん *(^..^)*ngly さん ほんとうにその通りだと思います。

もんむーさん いつも貴重な情報 ありがとうございます。

ya(^ε・)naさん 紫門さん 昨夜は遅くまでおつき合い ありがとうございました。

*(^..^)*ngly - 2002/01/12(土) 10:24<

惜しかった

紫門さん
 戦争や政治や経済云々は価値観やイデオロギーの相違や認識の違い、利害の相違を
反映します。従って一般論での議論は平行線で終わるでしょう。結局バリケードを挟
んでの銃撃戦やミサイルの撃合いが、現在の所世界的な決着方法のようです。事実の
捉え方とか、何かの事実に基づいて議論する(局地戦)に留めた方がいいのかもしれま
せん。紫門さん・・・「伝統のよいところ?」「祖先の大切さ」これらの内実を若い
人に展開して下さい(私も未だ分っていません)。
 現実の問題(現実の否定)→現実の把握する→問題を絞る→改善案作る→案と現実と
の評価→改善案実行などシステムズアプローチからは、現実の否定が重要です。企業の
中の保守的な方は、これが分らず、企業倒産に追い込んだとみます。
 常々思うのですが、研究調査結果を読む側と研究調査をする側のギャップがあるよう
です。ある文を作る側は膨大な時間を要しますが、読む側は少しの時間で読めます。
紫門さんも言われたようにサンカの研究が十分ではありません。願わくばこの板の参加
者がサンカ調査・研究者になられる事です。南伊予からサンカ情報を取りに来いの手紙
がきました。70歳を越えた方ですから急がねばなりませんが。
 何をすべきか・何が変わるか・何ができるか・何を残すか。びっくりしました。
何年も前から私が考え微力ながら実行している、積もり。もちろんビジネスではないで
す。研究仲間と共に真実の、ネガティブ日本原住民史解明のためです。
 この観点から紫門さんは、何を思考・志向・嗜好・試行されてるのでしょうか。

紫門 - 2002/01/12(土) 02:37<

え〜

紫門はイエローカード頂いたのでもう少し勉強しなおします。
皆様お騒がせいたしました。m(_ _)m

ya(^ε・)na - 2002/01/12(土) 01:12<

へへへへ

んんんんん・
  私の父も予科練におりました
   べつに、高等教育受けるにいたってませんでしたが・・
  二枚羽にのせられて、訓練させられたそうです

    父は、ゆうてました・・
     かっこよかった・・血がたぎっていた
      若かった・・

         それだけの、勢いやったんやねえ・・
             後先のことなんか、なんもかんがえられへんかったって

               宝塚で英霊が白木の箱にはいって帰ってきたとき
                おれも、ああして送ってもらえるんや・・
           ああして、大勢の人達におくってもらえるんや
             おれも、ひとのために死ねるとおもたそうです

      国がどうのこうの・・なんってはなしやなかった
           淡路の阿那賀のおきで、予科練の若者が大勢機銃掃射によってなくなったそうです
             50年以上ったった、そのときでも・・
                  忘れられないでいる・・人間が居る事

             んんんんん戦争知らない・・世代が本当の意味で
              語れるんやろか・・?
            
                   どやろか?・・
                   
                 

*(^..^)*ngly - 2002/01/11(金) 23:02<

NOMORE WAR

紫門さん
>公教育を受けぬ人間が飛行機に乗れるか?
この部分意味が不明です。「公」の実際は歴史的にも「負の意味」が
多いです。この国の民主主義は多数で少数を切り捨てる偽りの原理で、
PUBLICがないこと。PUBLICを公とするのは誤訳でしょう。「官」「民」
については元官僚の加藤秀樹さんが12月26日朝日新聞で面白い事を書
いています。
>「バカヤローあんなとこに行ったらニンゲンがナマっちまワァ」
 サンカ反戦運動に従えば「英霊」にならずにすんだのでは?皇(=公)
民化教育でなりたくもない「英霊」になったと考えたい。叔父も上海から
海軍要人をのせたボーイングを操り、グラマンに邀撃され東シナ海のもくずに。
 平和を求める「英霊」の心は、二度と「英霊」を作らないにこそあります。
 国のいいなりだけになる人間こそ、ナマチョロい人間でしょう。

あかり - 2002/01/11(金) 22:33<

特攻隊員の使命

特攻隊員の使命は「人間が戦争を滅ぼさなければ、戦争が人間を滅ぼす。」ということを知らせることであった。ということを聞いたことがあります。

焼尻紋次郎 - 2002/01/11(金) 22:26<

ちから抜いて気楽に 読んでちょ なも

おらの・友人の・大黒さんが、サンカと遭ったのでした。
サンカは大黒さんじゃないのです。

おらの友人の大黒さんがヒコーキ乗りだったのです

おらはサンカとは遭ったこともないのれす。

もんむー <http://www.music.co.jp/studio/pm11/index.html> - 2002/01/11(金) 19:51<

中山ラビ

以前、ここの掲示板で話題になっていた中山ラビですが、

今日(1/11)の23時からのインターネットラジオに出演するそうです。

とか知ったかぶりしてますが、まだ彼女の歌を聞いたことがないんですね。
いい機会なのでどんな人なのか聞いてみようと思ってます。

でわでわ

☆(^..^)ngly - 2002/01/11(金) 15:06<

油をかう

おミヨさん
 かつて昼間に親が「これおミヨ、油を買いに行ってきておくれ」と言われて
おミヨさんは油屋へ二合瓶(酒なら五合瓶か)を持って油を買いに行きました。
油屋も心得たものでおミヨさんに冗談を言いながら油を売ったそうです。その
間に家では、お母さんとお父さんまたは他所の叔父さんが「一大事」をしたと
か。「油を売る」時間がいかに大事だったか、よ〜〜く分ります。
 紋次郎さん  「バカヤロー学校こに行ったら人間が鈍っちまワァ」。
 家で仕事をしてる親の多くは自分の家で「教育」をして十五・六になると丁稚か
下女奉公で、よくて遊郭で茶の子見習。サンカは、既に所帯を持たせて、完全に
独り立ちのようです。近年、大学出の親でも家庭で教える事が何も無く、勉強は
塾や学校にお任せ。学校で教える事は究極大学入学のための知識教育で、最近は
実験さえもしません。母親がパートに出てお母さん料理も少なく、性教育も学校に
お願い。サンカは幼少の頃から性行為を実見させたといいますから、学校の性教育
と雲泥の差です。人間教育の場はなし。愚かな親になると軍隊入れたがりますが、
軍隊は人間を奴隷にする場です。大学教育も企業組織の中でしか使えない物ばかり
で、生きていく智恵や腕は身につかず、すぐ銭になる技は教えません。多くの親は
憑かれた様に「大学位出てないと人間で無い」の思いこみ。が高い教育を受ければ
受ける程「人間が馬鹿になる・馬鹿の証明する事」と信州大学の教育者はいいます。
 20歳過ぎても家でゴロちゃんが増えています。自分の足で立てる人間は学校教
育では養う事は難しいのでは。やはり昔のサンカ教育の復活が必要かもしれません。

おミヨ - 2002/01/11(金) 11:19<

油の話し

あおきさん
満員電車の禿親父の仇名、昔なら行燈、今ならアノさんでしょうか。
油の話しから江戸時代の町内の明かり、家庭内の明かりはどうだったのだろうかと興味が馳せてしまいました。黄昏時(他は誰ゾ?)というくらいだから夕方になると真っ暗で人の顔の見分けもつかなかったのでしょうね。
油から社会背景など興味がひろがり面白そうです。
♪母さんが夜なべをして〜〜の「夜なべ」も「油なべ」からのようですよ。
それからサボルことを「油を売る」などといいますが、これはちよっといまのところ語源がわかりませんので、あとで調べておきますね。なんていいながら
*(^..~)*ngly さんなら、すぐ答えてくれそうなんて横着きめこんでいます。
*(^..~)*ngly さんおしえてください。
油も、ゴマ油、菜種油、綿実油、魚油、クジラ油といろいろあり、播州三木町の銭屋藤九郎なる者は朝顔の実から油を取ることを考えたといいます。でも、朝顔油なるもの、今に残っていないから余り実にならなかったのでしょうか。
油も興味を持ち出すと奥がふかそうです。








焼尻紋次郎 - 2002/01/11(金) 09:15<

  ある サンカおやじ の タンカきり

 昭和43年ごろと思われるのですが、あっしの友人・大黒さんが秩父から甲府のほうに峠
を越えようとしたとき、山の中でサンカに出会ったんです。
 オヤジと10才ぐらいの少年と二人で暮らしていたそうです。
 初めはサンカなどとは気がつかず、ウイーク・デイなのに少年が家にいるので、大黒さん
が「学校はどうした? 休んだのか?」と訊いたところ、横合いからオヤジが「バカヤロー
あんなとこに行ったらニンゲンがナマっちまワァ」とどなったそうです。

 いま、中国ではかなりな高級住宅が売れているそうです。そこをルポしたT.V 放映のとき
あるシナ女性が人間のありようについて「ちゃんとした教育をうけて‥‥」と言うのと聴い
た瞬間、あっしとおへま(女房)はワッハッハ!! の大爆笑‥‥。

 教育を享ける……、あまりにも常識的な人格形成。
 メチャクチャに圧倒的多数派のわれわれと、わずかひとりのサンカのオッチャン‥‥。
精神的にカタワ‥‥という線で敢えて線引きしたら、カタワなのはどっちのほうやろカネ。

 大黒さんは軍隊で飛行機を乗り回していました。
 運転免許を43才で取得するまで、あっしは大黒さんが運転するクルマに乗って、よく二
人で営業のドサまわりをやったもんです。
 大黒さんは唄が好きで、運転しながらしょちゅう唄を口ずさんでいました。

 その日は早く仕事も片付いたので、午後2時ごろから帰路につきました。軽井沢から松井
田を抜け、安中にかかろうとしていたときです。おらたち二人は歌っていました。

 ♪√エンジンの音 ごうごうと ハヤブサはゆく 雲のはて
   翼(よく)に輝く 日の丸と 胸に描きし 赤鷲の 
   しるしは われらが 戦闘機           《 加藤隼戦闘隊の歌》

 ふと気がついたら、真っ昼間の、制限時速60キロの下り坂を130キロで飛ばしていた
んです。
 習い性って、コワイ紋ですネ〜〜。

Ya(^z^)oo - 2002/01/11(金) 06:26<

( ゚(エ) ゚)  タヌキ です!?

みなさん おはようございます!

ヤナさん エンヤ とってもエエンヤでした。

紋次郎さん 特攻を待つ若者が家族や友人に宛てた軍事郵便を持っていたことがあります。
戦争は絶対に避けなけれならないものだと思いますし正しい戦争なんてあるはずがないと思います。
でも 特攻で死んでいった方たちの文章を読んで とても純粋にして崇高な魂を感じて泣きました。
政治的な難しいことは分りませんが 特攻で死んでいった方たちには敬意を感じると共に
映像で特攻のシーンを見る度に心から手を合しています。

おユキちゃん その(^ェ^)ちゃん 可愛いですね。

ケイミさん こちらこそ リンクして下さって ありがとうございました。

あかねさん アハハ その角のあるのは何でしょう?
おじゃる丸の子鬼のキスケみたいにも見えるし天狗にも見えます。
でも なんだか面白いです。

*(^..~)*nglyさん いまなぜサンカなのかは 
生き方への疑問 環境問題等が サンカへの感心をよんでいるようにも感じています。
人間や自然にとって どう生きることが幸福なのか
サンカは それを教えてくれる存在のようにも思います。
サンカの末裔を自覚していた方の手記を読んだことがありますが
その自然観や自然の中での生き生きとした生活の描写は素晴らしかったです。

メイさん はじめまして ですよね?
年に何日かは河原で瀬降り生活を体験したら
そこからいろんなことを学ぶかも知れませんね。
河原でしばらくテント生活していたことがありますが 
今思うと その頃が一番楽しかったように思います。
今後とも よろしくお願いします。

メイ - 2002/01/11(金) 01:23<

はじめまして

 自分はこの国の文化がしりたい、和の国に生まれて
輪の部分ばかり見ても和は見えない、嫌な風が吹く
ありもしない権力に自分は応じたくない
コンクリの部屋で生まれたが みんなでうまくやれる方向に進みたい
サンカが知りたければ、サンカになろう。

*(^..~)*ngly - 2002/01/11(金) 00:19<

なぜサンカか

紫門さん こんばんは。横レスになりましてごめんなさい。
>サンカ研究も、信仰的熱望1)ではなく、2)原日本人考?3)縄文への憧憬?
4)純粋右翼的愛国感?
 1)歴史民俗学には一部この流れがあります。だから”サンカ”内閣を批判するのは
やめようとか。マスコミも若干そういう感がします。4)これはサンカブームにのって掲示
板への関心度を高め様とする自称右翼の掲示板にあります。3)縄文について、懐も感性も
貧しい私には分りません。私自身は2)です。「天皇?それ何?誰?」といった話が三角寛
の小説にも出てきます。戦前から、徴兵を拒否し、税金支払いを拒否し、公教育を否定し、
戦後戸籍制度と米穀通帳制度確立の直接の対象にあげられた、「ほんものサンカ」に興味
があります。また列島改造とオリンピックで環境を破壊され、熊本で機動隊に逮捕された、
サンカ。その子孫は、セブリならぬマイホームの支払いで一生を「台無し」にして、サン
カとしての自覚もなく、自らのルーツも知らず都会で生きています。悲しいです。
 彼ら祖先の歴史と蔑まれながら持ち続けた大いなる志は何か、それを私は知りたい。

あかね - 2002/01/10(木) 23:59<

ありゃぁ

角、1本だと、ずれるナァ  うまくできんなぁ…

     △
\(=^◇^=)/ 

ちびっと、遊んでしもうたです。すんません。

ak*(^a^)*ne - 2002/01/10(木) 23:51<

umaku

おユキさん
うんまい!ですねぇ。ワンコが格別にカワイイ(^_^)v。
真似してつくってみました。
   △
 (=^◇^=)      似てないかぁ…

ケイミ <http://homepage2.nifty.com/kei-mi/> - 2002/01/10(木) 14:06<

リンクさせていただきました(^v^)

今日も寒くて一日家におこもりのケイミです。「思いやり」っていいですね。
リンクさせていただきました。これからも熊野の自然とラブリーな野鳥の写真、楽しみにしています♪
>おユキさん
はじめまして!熊野の写真に惹かれてます(*^v^*) 。
本当に生き物は掛け値なしの愛情を教えてくれますね?!
思いがけずこちらで野鳥or鳥好きな方と知り合えて、とてもHappyな気分です。どうぞよろしく♪
>紫門さん
レスありがとうございます。
すみません。名前間違えてました。これからも執筆がんばってくださいね!

おユキ - 2002/01/10(木) 12:56<

(^◇^)  (^ェ^) 

ケイミさん、はじめまして。
こちらこそ素敵な文章に感謝しています。
今は何も飼っていませんが、セキセイインコと犬を飼っていたことがあります。
動物の健気な姿を見ていると、ホントにいろいろと教えてくれますよね。
これからも、よろしくお願いします。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/01/10(木) 12:19<

  赤 と 黒 の ブ ル ー ス  

 おらは24歳から29歳までフツーの会社の事務員で過ごしやした。
 そのときの専務が「おまえ(おれ)はカタワだ」と言ったことがありやす。
 すでにそのとき、おらはセールス技術を身につけていたので、日本ヒエラルキーの枠の外
にいたわけで、首きられるなんざ全然モンダイにしてなかった。
 だから、そういう言動が出たものと思う。
 おらもウタ歌うべ

 ♪√ 夢をなくした  奈落の底で  なにを喘ぐか  影坊子
    カルタと酒に  ただれた胸に  なんで住めよか  なんで住めよか
    ああ あのひとが

    赤と黒とのドレスの渦に  ナイトクラブの 夜は更ける
    妖しく 燃える 地獄の華に  つらい心が  つらいこころが
    ああ  また疼く

 赤と黒……敵弾炸裂し飛び散る機体と肉塊と血沫。
 鶴田浩二さんはいま、海からみての那智の瀧の奥に眠っておられます。
 神風特別攻撃隊で戦死した若桜は N H K 資料で6300柱。大分の河野さん資料によれば
18900柱です。

 特攻で死ぬよか無惨な、生き残った者の苦しみ……、考えたことあるかね。
 考えたことなくてもいい。鶴田浩二さんらの特攻隊や特攻の生き残りの人々にイッパシの
人間として、姿勢を正していつでも答えられる生きざまや、存念を持っているなら……。

 熊野いうたら日本精神文化のメッカじゃんけ。ここはその大衆文化の場じゃんか。

 ヤゾー親分 ワアーるいが、あっしとこの宣伝になる。
 意識をみがく自己鍛練「ふだん記掲示板」;http://www69.tcup.com/6928/fudangi.html
 意識を形成する言語……ことだま等;http://ucgi.kamnavi.net/cgi-bin/yakbbs.cgi
 意識・価値観・自我現象など;http://cgibbs.mmjp.or.jp/bbs/show/www.you-i.org/bbs

 もし、飼いコロされに気がつかず、あまったれて物理〜生理的にのみ生きているのなら……

ヤナギムシ - 2002/01/09(水) 22:52<

けけけえけ

NONさん
  男は、・・そのあたたか・・そのなかに・・あたたかさと・・安らぎおぼえます
   それを、まもるために・・男のエゴを・・とうします

ケケケケケ・・RURURURU
  紫門さん、ストレートやねえ!

 ヤナは、あんまりストレート好きやおません

  でも、だれかが、ストレートださんと・・甘えが、生まれてしまいます

   私も、心のカタワもん・・好きやおません

ほんま、心が通じ合わんとあきません

  熊野の仲間、信頼できるなかまで、あらんことを!!

差別・・って・・なんなんやろねえ・・

    きっと・・自分が劣ってるってゆう・・劣等感からうまれるんとちゃうやろか

     そんな自分でも、人より優れたなんかがある・・・・


   人に感じれない・・美しさは・・私でしか・・感じられへん

  そんな気持ちが、私自身を解放してくれる

       んと・・ちゃいますかいなあ

           わだつみの心・・わたしも海神やおもてますよん

    <アホゆうもんコロス・・そんなあほなことゆうもんがおるから

        仮面のひとたちが・・いっぱいになるんですがな

            いろんな人の、気持ちになる事・・

             大切です・・熊野では一級でも二級でも

                  関係おません・・

                     ええ意味で・・楽しんでください


             けけけけっけえええ・・れろれろのやなでした

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/01/09(水) 21:35<

  ぬーん あらんしがよ〜〜(沖縄)

 ぬーん(NO)あらん(ある・ない……結局ない)

 ドイツの戦艦が敵砲弾をうけて沈むとき、最後までめくら撃ちに大砲を撃ちまくった……
国民学校4年生ごろ聞いたハナシです。
 永年文学とか小説から離れていたアタマには、それを受け容れるにはゆっくりした時間
が必要かと。
 ベッドに上がったり、ベッドから降りたりできなくなったときにはゆっくりした時間しか
ありません。
 それまで何ヶ月かかるのか、何年かかるのかはワカリやせん。それまで紫門さん、ガンなど
ならないように、そのときは是非文学を教えてやっちおくんなせぇやし。
 総合俯瞰による人類論なら、今すぐにでもとびつきたいのでここに入ってきただがネ。

ヤゾー - 2002/01/09(水) 20:20<

思い遣り

ここの掲示板で扱っている話題の多くは どれもデリケートな問題ばかりですので 
まず何よりも相手の方の気持ちを尊重し ゆっくりと接点を見出さなければ 
意見の摺り合わせは難しいのではと思っています。
そして 個々人の思い遣りが 
これから本当の意味でネットを育てていく要になるのではと感じています。

ケイミさん 映画『Brother Sun Sister Moom』の中に
小鳥を喩えた説話がありましたね。
小鳥は幸せになれるコツを知ってるぞ!ですね。

クミコさんもバイク乗りだったのですか。
ハーレーに跨がって神社巡りも良いかも知れませんね。
でも ハーレーは高いので 国産でも良いから欲しいです。

NONさん 自然と共生してきた人達や女性の解放こそが環境問題の解決にもつながり
体内に生命を宿すことの出来る女性こそが 本当に生命連鎖を実感でき
環境保護の理念を実現できるのだとするエコフェミニズムに賛成です。

クミコ - 2002/01/09(水) 19:58<

もっと自由を

NONさん
真実でしょうか?
子宮云々。

少し前に
NHKで中国奥地の女系家系の少数民族のドキュメンタリ−を見ました。
今でいう男、女全く逆転していました。
ウ−マンりヴ以上です。

彼女達は男を遊ばせて、女は彼らを養う責任を負おうとしていました。
そもそも父親という概念そのものがなかったそうです。
入れるか入れないか部屋の鍵を大切にしていたようです。

日本の通い婚もその名残りのようにも思えます。

古代、凄い女が日本にいたのではないでしょうか?






あおき - 2002/01/09(水) 19:30<

目黒の油面

油面という交差点が 目黒通りに在ります 今日ニュースで大事故
があったらしく 油面 油面と頭の中を駆け巡り
そういえば 昔から何で油面というのか不思議だったので
しらべてみました あぶらづら とは読まず あぶらめん と読むそうです
満員電車のはげ親父を思い浮かべてしまいますが
江戸時代に菜の花畑がたくさんあって 菜種油を絞っていたそうです
畑の持ち主が近所の神社の灯篭用の油を献上すれば 油税が免除されたので
油免が油面に変わったそうです
昔からある地名には 理由があるんですね
インターネットはほんとに便利

NON - 2002/01/09(水) 18:26<

女は子宮で地球を思う(感じる)

女は子宮で地球を思い,地球を思う男は女の思いを知った男だけ。サンカを考える人達は「人」を考える人達だから関心を持ってくれそうな気がして書いてみる。男と女は本当は行って来るほど違う。コトが終わった時,男は幸せそうに,実にさっぱりそそくさと身を離し,コトの終わりを宣言する。このことは本当に女にとっては驚きで永遠の謎でしかない。女にとっては,この時がはじまりなのだから。男の放出したものの名残りは女の体と心をかけめぐり,早くても最後の痕跡が体内から消えるのに数時間から場合によっては10ヶ月もかかる。この間,女の心と体にどれほどの影響を与えることか。女は自分の体と心の変化に驚き,受け入れ。新しく命が芽生えれば,いつくしみ育てる。女は食べ物をつくりまわりの命を育てることに心をくだき,わが身をいたわり命をつなぐ仕事が得意。男はわが身をかえりみず,数打ちゃ当たる無謀な性でもあるけど,環境を整え,愛するものを守るために争う。権力闘争,かけひき,徒党を組む。これらのことは学習した女もいるけど,女の血にはない。どこかの女性大臣がたたかれているけど,もともとうまくやってのけることなんて血にないのだから仕方がない。完全なトップに据えておいて理想だけを語らせ,実務を男がこなすか,一番下におろし日々のごはんの仕事(目先の毎日の大切なことを心温かくこなしていく必要がある仕事)をやれば力を発揮すると思う。彼女自身が気づき体をいたわってはやく降りた方がいいと思う。中間管理職は一番男の能力が必要なところだから。そして何だかわからないけど子宮感覚からくる,地球存続への不安,多分自分の孫たちが生をまっとうできそうもない不安,多くの子宮感覚が今悲鳴をあげている。

クミコ - 2002/01/09(水) 18:14<

アングラ芝居

とんちんかん小僧さん
本当にがっかりです。

パソコンに向かう青年は、
ボブ・ディラン『時代は変わる』を聴きながら
内親王誕生を思う。
現代を象徴している面白いシ‐ンです。
昔 良く見ていたアングラ芝居を思い浮かべてしまいました。

ヤゾ−さん
ハ−レ−に乗って神社巡りするというのも
この芝居の中に盛り込みましょう!

その結末はそれぞれの心の中に・・・

とんちんかん小僧 - 2002/01/09(水) 14:35<

クミコさんへ

愛子内親王の話とボブ・ディラン(ではなく、ブラックモアズ・ナイトのヴァージョンで)
の話って約12時間余りの時間のずれがありまして。
『時代は変わる』を聴いていたのが深夜1時20分ぐらいにラジオで聴き、愛子内親王誕生話
は、12時20分頃に本で見たことなのです。ハハハ、僕にそんな奇妙な感性はないですよ。
がっかりさせてしまってすみません。

ケイミ <http://homepage2.nifty.com/kei-mi/> - 2002/01/09(水) 09:37<

おさむうございます

ヤゾーさん、おはようございます。今日の熊野の寒さはいかがですか?
静岡は風が強く、温暖とは程遠い寒さに凍えてます(@_@)
昨日、ガンジーを検索したら、癌爺さんという方のHPに会いました。
その名の通り、癌でお亡くなりになっておられます。
ガンジーとはどういう人だったのか、それで検索してたのですが、癌爺さんにちょっと引き込まれてしまいました。
いえ、ちょうどたまたま「真っ赤なシェイシュンの紋次郎」さんがガンで亡くなられたお友達のことを書かれていましたので。ふっと思い出しました−たった昨日のことだものね。
わたしは脳みそのシワが少ないので、むずかしいことはちっともわかりませんですが(^^ゞ、小鳥は幸せになれるコツを知ってるぞ!と感心しました(してます)。
>柴門さま
文章もしっかりして読みやすく、内容も奇抜でおもしろいですね。本当のこと?に思えました(ホントにホント?まだ途中です)。わたしは日々生きるのに精一杯で?最近小説はほとんど読めなくなりました。

真っ赤な シェイシュンの紋次郎   - 2002/01/09(水) 08:08<

 日本人だけの十字架

 紫門さん、小説呉れちあんがとさん。
 おら17歳のとき『凱旋門』読んでいて怒りだし、それ以来小説とか文学のジャンルには
足を入れないことにしたんですよ。そしたらその後、木枯らし紋次郎にふれたり「ふだん
記」の津軽にかかわって、太宰さんの小説読み返したりしたことがありやした。
 そのころ、50歳前後でしたので、こりゃ人生のたそがれどきのテーマでヨカじゃんちゅ
うち、放り出しちょったとですよ。
 小説・文学に関しては、近くにおない年のヤツがいて、こいつを先生にしようと思ってい
たのでしたが、3年前にガンで死んでしまいました。
 ノーベル賞もろたご仁がなんぼ原爆反対訴えても、ごまめの歯ぎしりしかならんでっしょ
うが。情念(文学)で経済とか主義主張の領域までなんとかしようとするのはとーろーの斧
で、そげなんなもんは神風特別攻撃隊の付託に応えるナニモノもない……、あるかもしれん
が、オレのほうの時間がないわけです。

 イエスさんは人類の罪業せおって死んだげな。おらその場に立ち合ったことないもんで、
それがホントの「他人の罪かぶり」とか「死んだら他人が救われる」とかのことになるかど
うかは尻まっせん。
 バッテン、神風特別攻撃隊のミナシャンは、オレが生き残るためにいのち捨ててくれた。
あの人たちがどういうことを希っているかは、ツブサにわかろうという紋じゃァござんせん
けぇ。
 いまでも年に一ぺんぐらい、子供の介添えで「かねよし」という呑み屋に行きます。そこ
には特攻の生き残りさんがいます。
 少しでもあやふやな発言をすると「アンタ、その目で確かめてのことか?」と、逆襲され
ます。………、日ユ同祖論も“この目”で見たあげくが、ウサン霧消……ですたい。

 おら、なぁ〜〜んも博学じゃありまっシェんと。ただ神風特別攻撃隊の亡霊から逃げきれ
ないだけの、ただのクセってぇ紋で‥‥。これ、アホいうたもんコロす。
 バッテン、沖縄で身の髄割って十年、そろそろお迎え。そろそろ文学やろカネ。

 紫門さんも夜は早めに寝て、抵抗力つけてガンにならんようにしておいてくださいネ。
 ミナシャンに申しあげます。夜ふかしやると抵抗力がガターッと落ちるんですゼ! 
 思念も悪魔ごのみの薄暗ぁ〜〜いもんになる。『薄明の中の思索』カネ。

や( ̄ii ̄)ぞ - 2002/01/09(水) 07:25<

さぶーーーぅ

みなさん おはようございます。
外はうっすら雪化粧。
ピーちゃんもタヌコもさっぶいさっぶいとは言いませんが
ぼくはさっぶいさっぶいと言いながらストーブに火をいれました。
でも 雪の日の朝は 外に出て深呼吸をすると
空気が新鮮な感じで気持ちが良いです。
雪の上に タヌキの他 何種類かの動物の足跡を見つけました。
そういうのを見ると なんだか嬉しくなります。

ケイミさん 小鳥ってほんとうに可愛いですね。
ヤマガラ見てると 寒くても暑くても雨の日も風の日も
いつも楽しそうにしています。
なんだか見習いたい気がします。
手の上で チィーチィーと甘えるように頭を揺すって鳴かれると
可愛くて食べてしまいそうです。アレッ(・_・?)

>これって、ソ連時代の「ユダヤ自治州」ですかえ??

満州に隣接したところですからソビエトですね。

クミコさん ぼくもバイクが欲しいよ〜
ハーレーの一番新しいカタログだけ持ってます。

ヤナギムシ - 2002/01/09(水) 00:01<

・・・・・・・・・・・

おおおお・・さぶーーーぅ
  
   えらい、風が吹いてさぶいですねえ

     霜柱・・もう何年も前に、常念に登った時

      おもくそ、寒くって

        土を、踏んだ時・・ゴソッっておとがしたとおもたら

           霜柱が立っていた

         10Cm以上もあったろうか・・

     おもくそ、風も強くてエビが、山頂の岩についていた

        その夜、満天の星空だった・・

         そんな自然が、またいつか、訪れた時

           そこにあらんことを・・

                     やなぎむし

クミコ - 2002/01/08(火) 23:42<

アンジ−

とんちんかん小僧さん
ボブ・ディラン聴きながら 愛子ちゃんのお誕生お祝いするなんて
凄い感性です!
私はスト−ンズ派だったので、今でも転がっています。

バイク欲しいなぁ!

turukot - 2002/01/08(火) 22:36<

ユダヤ人国家??

こんばんは。

紋次郎ソンセンにム、ヤゾーさん
>満州国にユダヤ人特別自治州を設置するという“フグ計画”のことですね。
>昭和10年代の高等中学の世界地図を持っているのですが
>それには満州に隣接したところに“ユダヤ人自治州”とはっきりと印刷されたところがあります。

これって、ソ連時代の「ユダヤ自治州」ですかえ??首都がビロビデジャンの?
これは、当のユダヤ住人の意思というより、ソ連国家の理念の為と国内ユダヤ人の
ソ連への忠誠心を削がない為、というのが理由でしたそうな。

1930年代、イディッシュ語公用語で、イディッシュ語の本と、図書館と劇場が作られ
、いくつかの地方共産党の党員はユダヤ人でしたが、シナゴーグ(ユダヤ教礼拝堂)は
認可されなかったので、宗教を基とする文化の保持が困難だったらしい。

マルクス主義ソ連下のビロ=ビジャン移住計画(自治州がビロとビジャンの二つの川
流域に設定された)では当初、1938年−12万人とされ、自治共和国昇格も構想にあった。
しかし、実際は多くて2万人程度で、あまり定着しなかった。
やがて、ビロ=ビジャンもスターリン共産党粛清の対象となっていった。
こうして。新しいユダヤ人の「母国」計画は失敗に終わった。。

参考:ジェームス・フォーシス 「シベリア先住民の歴史」彩流社

>また神戸のユダヤ人居留地を描いた油絵を持ってますが
>少し調べたところ 神戸には一時一万人を超えるユダヤ人がいたそうですね。

公的記録にはないが、日本に帰化したユダヤ人とロシア人がいると聞いたことがあるのぢゃが。。
関係ありますかナ?
え?青森県南郷村?おら知らん。

紋次郎のダンナ。

あっしは人称代名詞の比較なぞ(人称代名詞と人称接辞との違いの説明は比較
に入るとですかね?)シテマヘンデス。ハイ。
一人称は知ってる範囲に過ぎませんデス。ハイ。

>此れが全貌について言及しているわけでもありませんデス。ハイ。タラチネの「チ」は霊または乳、
>NE(‥‥のような、‥‥である)は「そりゃアイヌ語だ」と
>TURUKOT ニシパが声をあげそうな気配ですが、これもネパール語にありやす。

確かにあったかな?とごで、「タラ」は何でござんしょう??
荒汁に入ってるアレでっか?? 


ケイミ <http://homepage2.nifty.com/kei-mi/> - 2002/01/08(火) 17:50<

ピー(^v^)

ヤゾーさん、こんにちは!おユキさん、はじめまして!
ピーの日々、読んでくださって、ありがとうございます。
ピーは、わたしに鳥の愛らしさと、愛と優しさ、ホントにいろいろ教えてくれました!
おユキさんは何を飼われているのでしょう?
ヤゾーさん、Kumanolife 135416の意味を考えています(?o?)。

とんちんかん小僧 - 2002/01/08(火) 16:33<

ダンテの『神曲』

少し前に紋次郎さんが、ダンテの『神曲』についてチョロと書いてましたので
是非皆様にオススメしたい本があります。

故山田風太郎が書いた『神曲崩壊』は面白いです。いわゆる『神曲』地獄編のパロディー
なんですけども。
それと、僕が大好きな漫画家である→『永井豪の世界文学講座−ダンテ神曲−』(講談社)
は、非常に読みやすいものです。
漫画でも『ダンテ神曲(上・下)』(永井豪・講談社漫画文庫)を描いています。
どちらから読んでも面白いし、すごく考えることが多い書物です。

気に入った(気になる)詩歌があったので書きます。

煉獄編第三歌

 三位一体の神が司る無限の道を人間の理性で行き尽くせると

 期待するのは狂気の沙汰だ。

 人間には分限がある、『何か』という以上は問わぬことだ。

この詩の意味はあえて書きませんが、よく読んでみると意味がすぐに出るでしょう。
人である限り思いあたることもあるし、それをうまい具合に利用する人だっているしね。
たまに僕自身も『それ』に当てはまってることもありますが。(気を悪くしないで下さい)
どうしても分からないんでしたら直接メール下さい。公に書くつもりはないのデ。

赤々一級×× 焼尻紋次郎 - 2002/01/08(火) 11:19<

たらちねの が お蔭さまで今ワカッタ!

 続けて書いて済みもはん。
 
 したが、御胸借りたお蔭をもちまして、永年のどチンコにひっかかっていた「タラチネの」
という枕ことばの意味がたった今解り、分析できやした。ありがとさん ありがとさん!

 古代語で星のことを TUTU と言ったことがあるのです。これは破砕され飛び散った残滓だと
おもわれます(TUTU は破壊)。この TUTU が原音 *dudu にそっくりじゃあ〜りませんか!
 タラチネの「チ」は霊または乳、NE(‥‥のような、‥‥である)は「そりゃアイヌ語だ」と
TURUKOT ニシパが声をあげそうな気配ですが、これもネパール語にありやす。

 ♪√ たらちねの 母がなりたる ひとつ星 ‥‥誰かさんがウタっちいやしたなも。詩人の直感やろかね。

ヤゾ− - 2002/01/08(火) 10:45<

フグ計画

紫門さん 朝早くから?いや徹夜あけなのに ありがとうございました。
ユダヤの風俗と日本の山伏などの類似点などには 確かに何かあるような気もしますが
仰るように日猶同祖論者の言っていることには胡散臭さを感じますね。
少なくとも今のユダヤ教徒国家イスラエルと日本には 直接的には何の関係もないように思います。 
古代ユダヤ人とは何らかの関係があったのかもしれませんが
どちらかというとシュメールからの流れの方に 日本の成り立ちと深い関係を感じたりします。
と 書いたものの 難しいことは判りません。
高野山奥の院にある景教の石碑は何度も見たことがありますが
そこからいろんな物語を紡ぎ出せせるなんて凄いですね。


紋次郎さん 満州事変以来の米国等の対日圧力と生存圏確保という方策として
満州国にユダヤ人特別自治州を設置するという“フグ計画”のことですね。
昭和10年代の高等中学の世界地図を持っているのですが
それには満州に隣接したところに“ユダヤ人自治州”とはっきりと印刷されたところがあります。
また神戸のユダヤ人居留地を描いた油絵を持ってますが
少し調べたところ 神戸には一時一万人を超えるユダヤ人がいたそうですね。
政治的にいろんな学説(歴史)をでっち上げたり 闇に葬ったりと
昭和になってからの歴史でさえ なんのことやら判らないのですから
真実の歴史を学ぶということは ほんとうに難しいですね。

一級×× 焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/01/08(火) 10:41<

なまえ まちがえちゃった

 紫門さん、名前まちがえちゃった。アマカネ。

 日本の精神文化の軌跡をたどるとき、景教は避けて通れない拠点のひとつでしょうね。
 したが、今のおらの目を捕らえているのが仏教(サンスクリット語)流入以前のインド語
の群れです。これまで仏教で「サンスクリット語の音写語とか訳語」として処理された無数
の語彙が、「そんなサンスクリット語よかナマのネパール語」で直截的に響いてくる……。
 シャバ、ダ(燃やす……荼毘)、ミロク、ダン(奉納・布施・財産)、ハンニャ(がいこ
つ)、ホトケなどの重用語……これらはモノノベ語と考えたほうが早いです。
 ところが、シャリ(銀めし)、うらぼんなどはペルシャ系で解釈するのが本筋……も出て
います。ここらが景教が絡んでくる領域でっしゃろ。
 大秦寺景教流行中国碑について少し解説アマカネ。

 turukot のあにぃ、おらは言語を比較するときは、よほどのことがないかぎり、人称代名
詞の類似は取り上げないことにしてる。それくらいに「オッさん、おばちゃん、オトッチャ
ン、オッカチャン、ヂヂババ、などなど、地球狭しとモザイクですばい。

 その場合、男と女が入れ替わって出てくる現象に目を惹かれやす。日本語の父はエデン語
の「乳・母……*dudu」と同根だとおら思う。
 KU(おれ)は台湾のどこだったか……にもある。

 “縄文語”どころか、エデン語がすぐに顔をだすとですばい。アンタ。

きょうかい - 2002/01/08(火) 10:16<

どうも

turukotさん、お忙しい中、お答えありがとうございます。

一級×× 焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/01/08(火) 09:14<

日 ユ 同 祖 論

 「日ユ同祖論」は紫雲さんがおっしゃるとおり、母音がないを幸い、ロマンで構築し、満州をユダヤ人
の國にしようと謀った暴論です。かなりまえのおらのファイルにありやしたハンデぶちまけやす。

      ……………………

 諸賢は「日ユ同祖論」というのをお聞きになったことがおありでしょう。あれはマッカなウソです。ダマサれちゃぁいけませんぞ。あっしゃダマサレた気になってヘブライ語辞典を1ヶ月半かかって読んだことがありました。その結果は“読んだ辞書18語のなかで、もっとも「実入り……類似語」が少ない言語”でした。
 当時の記憶の一つですが、なんでも……KSKLH という子音ばかりの連なりしか得られないのに、日ユ同祖論を提唱するご仁はこれを「くそくらへ」と読む。この原意は「クシ族よ滅ぼされてあれ」ですが、これが「くそくらへ」になったんだとのことでした。
 ことの起こりは、ある商船大学の名誉教授が言語に関心を持ったところへ、ヘブライ語関係の百科事典をみたことにあったのでした。
 「日本語とヘブライ語には2000もの共通語彙がある」、「そのた慣習の近似はこれこれ……」と、横浜〜神奈川県下の大公開堂や公民館で演説をぶち歩いていたのでした。
 「共通語彙が2000とは ! 」……これにはさすがのあっしもビックリ・デングリ返った。10日ばかり息をのんで考えこんでいました。でも、結論はカンタン。オレの、この目で見ればいいのだ! “名誉教授”……肩書きに騙されちゃァ〜いけねぇ〜イヨッ。

 日露戦争のあと、ユダヤ人は満州を欲しがっていたらしい。そのとき『われわれユダヤ人が日本に行くと、なんだか里帰りしたような、穏やかな気分になれる』という記事とともに、「共通語2000」もそのとき刊行された百科事典で捏造されたらしい。
 名誉とか国家形成とかで、アタマがサンカクになると、ネツゾウがおこるのれす。

ヤゾ− - 2002/01/08(火) 01:15<
みなさん こんばんわ

NONさん 感謝に(⌒人⌒) 感謝です!

紋次郎さん 神学博士の故川茂田英二博士の本によると
ヘブライ語と日本語には 1200語の類似語があるそうです。
紫門さんがお詳しそうですが どうなんでしょうか。
ぼくも 縄文人は東アジア全域の原住民族のような気がしてます。

nikoboさん こちらこそ ありがとうございます。

おユキちゃん 巣箱にピーちゃんが営巣するように祈ってます。

あかりさん はじめまして ですよね?
そうか 今日は七草粥でしたね。
そういうものを食べる風習って いいですよね。
七草粥が目に浮ぶような文章でした。
今後とも よろしくお願いします。

turukot - 2002/01/08(火) 00:40<

取り急ぎ

きょうかいさん、お返事おくれましてスミマセン。

>人称接示って、なんだかわからないけど、主語を作らないというのは、1人称
 を含めてですか?

人称接辞というのは、動詞(形容詞)、名詞の前または後に接辞としてついて、
動詞(形容詞)の主語、名詞の所有主(ここでは、他者に譲渡できないモノの場合)
をあらわします。よく抱合語という呼び方がされるらしいですが、北米先住民の
言葉も似た文法の特徴があるとか聞きます。

さてご質問の答えですが、私は一人称は ku‐(接頭辞)とKani(強調の意で用い
られる「私」。形の上では代名詞に近い Kani anakで「私・は」)しか知りません。
また、日常語とユカラなどではまた違ってきます(これは複雑だし、アイヌ民族の精神世界を
深く知らないと無理と思います。)

ku-は母音の前では u が省略されて K'-となります。

あかり - 2002/01/07(月) 20:22<

七草粥

今日は七草粥でしたね。私はほんのお印程度草が入ってればいいと思っていたのですが、義母がかってきた七草セットでは足りないと小松菜どっさりと近くの田圃からわざわざ芹を探してきてお盆いっぱい載せてありました。最初は刻みながらこんなに草ばっかり入れて大丈夫かなと思っていたのですが義母の説いておいて水を張ったお鍋の中に入れると、だいたいお米と野草が半々程度に炊きあがりました。多分昔の庶民は普段このお米の部分が雑穀のようなお粥みたいな物ばかり食べていたんだろうななどと思いながら七草粥を食べました。

とんちんかん小僧 - 2002/01/07(月) 12:54<

時代は変わる

昨年も世界各地で戦乱の絶えることはありませんでした。
それに記憶に新しい『同時多発テロ』により多くの尊い命が失われた・・。
また、我が国は経済が良くなくて(説明しなくてもわかりますよね)失業者も過去最大に
(たぶん)膨れ上がりと良い話題がありませんでしたが、一つ明るい話題がありました。
愛子内親王の誕生です。今月号の『婦人公論』(7日発売)を読まれた方は御存知かと思い
ますが、高松宮妃が誕生を祝う文章を寄せ、その中で女性天皇について「不自然ではない」
と書かれています。詳しくはご本をお読み下さい。
僕も117代の後桜町天皇以来なので実現すれば嬉しく思います。久しぶりだから。


♪ボブ・ディラン原曲、ブラックモアズ・ナイトのカヴァーヴァージョンでの
『時代は変わる』を聴きながら・・。

おユキ - 2002/01/07(月) 12:52<

ピーちゃん

皆様、あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
ケイミさんの『ピーの日々』を読でグスンとしてしまいました。
優しい気持ちが伝わってきて、とても良かったです。
ヤゾ−さんのお山のヤマガラもおミヨさんちのインコもピーちゃんという名前でしたよね。
私も巣箱に小鳥が営巣したらピーと呼びます。

nikobo <http://www.tim.hi-ho.ne.jp/picamama/index_001.htm> - 2002/01/07(月) 11:31<

ヤゾーさんへ

お言葉に甘えて相互リンクさせていただきました。
誠にありがとうございました。

一級×× 焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/01/07(月) 09:59<

 ありゃ ホラふいちゃった  

 「伊吹」は「言う」ではなく「ホラ吹き」の吹くのほうでしたネ。おら万事この調子ぞな。
 ミナシャンご興味あるかないかワカランあるが、お詫びに「ホラ吹き」の語源をホラ吹くべ。

 じつぁ、去年の9月にぼつぼつ気がついてきて、年末に「まちげぇねぇ」となった“とんでも”
があるんざんすよ。そこでミナシャンの御胸借りつつおらほうの脳整理ぞな。
 そのトンデモとは、ネパール語の KHOKRA……。意味は「(木のウロのなかに)なんにもな
い」、「からっぽの」。
 ところでネパール語のKHUTTA(膝から下の足)は英語の FOOT と同根を示しています。ネ
パール語といわんか……インド語の KH は挟擦音の x だったと判ります。
 年末に「まちがいない」としたキーワードは古代日本宗教用語の「神庫(ホクラ)」でした。
 これ、祭く(ほく)ともなるが、祝ぐ(ほぐ)ともなる。八っつぁんの好きなホイト(ルンペン
<祝ぎびと)の語源はこれだ。
 多くの例を挙げて説明すべきですが、このような KHOKRA の中間の K は脱落しやすいのです。
KHOKRA は XORA ……すなわちホラへ音転可能なんです。
 ヤゾー親分のところにも、ときどきホラ貝の音が聞こえてきるのでしょうか? あれ XO (神)RA(強調末尾辞)の音でもあるわけです。

 日本語によく似た言語で有名なのは、大野晋教授のタミル語ですが、大野晋教授は10万余語が
掲載されている大辞典から、二人の日本語に精通したタミル語喋り手を助手にして350ペアの類
似語彙を挙げられたのでしたが、あっしゃ5800語彙が掲載されている基礎ネパール語事典から
日本語とのあいだに1100ペア、アイヌ語との間に440ペアの類似語彙を拾えたのでした。
 関連語がありますので、じつにネパール語の三分の一〜半分が極東に流出しているのです。
 そして、これによって解釈すると、多くの日本古代の神名、地名、人名、制度名などが当時の社
会状況を写しながら素朴な内意を顕わしてくるのです。
 
 その他日本語に似ている言語はレプチャ語約200、ブータン東端のメンパ語200、朝鮮語
140です。日本語とアイヌ語の類似語彙は約350ありますが、日本語からの流入ということが
考えられますので、この数値は「数えられない……unaccountable」というのが実情です。

NON - 2002/01/07(月) 09:18<

どうも

感謝 m(__)m

ヤゾ− - 2002/01/07(月) 07:45<

自然斎

みなさん おはようございます

ケイミさん そうですね。
小さい頃から ペットとして小鳥やインコを飼っていたことがありますが
野鳥はまた違った可愛さや美しさがありますね。
自然に育まれた力なのかも知れませんね。
野鳥と戯れることができることは とても幸福なことだと思います。

あかねさん こちらこそ よろしくお願いします。
熊野は南国なので 雪は直ぐに溶けてしまいました。
紀和鏡さんの小説 気に入って下さったようで嬉しいです。
闇に葬られた事件等 かなり真相に迫った話しがあったり
主人公の殆どがサンカ等の末裔みたいな感じで ワクワクして読みました。

紋次郎さん 「一=萬(よろず)」感性として理解できます。
萬言伊吹命はヨロズコトイブキノミコトと読むそうです。

ヤナさん ほほ〜い 釣りバカも正月から風で釣りにならなかったそうです。
それで昨日は南紀の地磯で やっと45センチのグレを釣ったものの
スカリに入れておいたら逃げられてしまったそうです。
それで その釣りバカに付き合って やけ酒ならぬやけ温泉巡りをしました。
湯の峯温泉へ行って これでもかってくすり湯へ浸かって 
温泉たまご食べて帰ってきたら 昨夜は直ぐに寝てしまいました。

紫門さん 大和言葉に「自然」という概念が無かったのですか。
昔は 今のように 自然という言葉を使わなかったのでしょうね。
自然といえば 室町時代の連歌の宗匠として芭蕉などに影響を与えた
飯尾宗祇という人の誕生地とされているところの地方歴史研究会に
縁あって参加していたことがあります。
その飯尾宗祇の別号が“自然斎”というものでした。
出自が不明ということもあり 卑しい身分の出でもあるとも記録されていたのですが
町を代表する人物として売り出そうとした時に
その地方の豪族の所縁の者という風にして小冊子みたいなものを作っていました。
僕は その誕生地とされている近くに白山という山をご神体とした神社があることや
“自然斎”という号を名乗っていたことから 
きっとサンカ等の賤民とされていた人に違いないと主張しました。
それで えらく浮いてしまいました。

ya(^ε・)na - 2002/01/07(月) 00:44<

たらった

ひゃーーー、
  ただいまーーぁ
    今帰りました
  足摺の自然満喫してきました
   自然の力ってほんま、大好きです

     4日と5日の風は、ほんますごかったです
       頭の上から、突風と潮の洗礼を受けてきました
         そこまでしても、いきたいねんねえ
    
         大切な道具まで風にふっとばされても・・いきたいねんから

        しゃあないかねえ・・

  釣果のほうは、とほほほほほほ・・でした
       でも・・また明日からの仕事にも力が出せそうです
            あたらしいいみなさん・・よろしくです

                           やなぎむし

一級×× 焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/01/06(日) 18:07<

  よろずごと言うたろかぁ〜〜い  

> もしそうだとしたら 萬言が どうして一言になったんでしょうね。
★ おらは、ひでぇ漢字オンチですじゃ。「萬言伊吹命」は、「よろずごとイフキのみこ
と」と発音するのでしょうか?
 20年も前のことです。比較言語学者の村山七郎さんが、“一つ”の語源を巡って「ひと
(つ)に全部とか“みんな”という意味があればいいのだが、周辺言語にはそういう語彙は
見当たらない」と書かれたことがあったんです。
 そこでおらは「なにこくだ、アイヌ語に OBITTA(総ての)があるじゃんけ」を、おら並
みでの丁寧な言い回しで手紙書いてだしました。
 村山七郎さんからは「あがあが、おらのファイルにしまっとくだ」という意味の手紙がき
ました。
 萬言が一言になるたぁ、まだ「一=萬(よろず)」が息をしていたころの現象たらめ。

 しかし、なんでここで「伊吹」が顔をだすのやろか。メンヨーな。
 すぐそこの台湾には「口で吹く」という意味の MI-YUP , I-YUP という語形がありま
す。これが高文化のネパール語 PHUK(口で吹く)に逢着し,I-PHUK(金属をふく)……イ
フキという日本語が造語された……としか思われません。
 いっぽう、ネパール語の PHUL-(膨らませる)は朝鮮語に見られる BHUL(ふいご)や、
日本語のイブリ(=イフキ……地名;胆振)を産んでいます。

 だから、「萬言伊吹命」は、「すべてのことば・金属精錬」と解するが基本であって、こ
んなところに「伊吹」をもってくるのはチグハグなんです。
 しかししかし、やっぱやっぱ、台湾語の“YUP”がここに「言う」と懸け言葉として使わ
れている……と考えるべきでしょうか。
 
 ミナシャン、こんなのオモシレェかなぁ〜。おらはオモシレェから書いたんだが……。

あかね - 2002/01/06(日) 16:22<

謹賀新年

皆様、遅らばせながら、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

ヤゾーさん
もう、熊野に戻られた?今、熊野の雪はどんな感じでしょうか。
タヌちゃんたちや、ピーちゃんも、さっぶいさっぶいだろうなぁ。
関係ないけど、京都市内に今熊野って地名がありますね←今、熊野で思い出した(-_-;)。
熊野関連の地名も、各地にたくさん残っていて、誠に興味深いです。

紀和鏡さんの小説世界にはまっています。ヤゾーさん、ありがとう!
いやぁ、もう、イヒカとか、好きな世界が広がっていて、楽しいのなんのぉ〜〜
なかなかに過激な表現もあって、その思いきりの良さと姿勢に、ある種、憧れを感じました。
でも、出版当時は、色々、大変だったことと思います。
紀和鏡さんのファンになってしまいましたよ!

紫門さん
わ〜い、紫門さんだぁ。これからも色々、教えて下さいね!楽しみにしてます。
>死と食と生と排泄と生殖が統合されてこそ命の意味も感じられるのではないかな・・・
クミコさんと同じく、です。誠に素適な言葉です。ほんとにそうだと思う。

NONさん
書いたあとで落ち込む感じって、わかります。
色々、考え始めると疲れちゃうので、最近はあまり悩まないようにつとめてます。
私も、削除されても気にしないで、感想書きますね。
削除する、しないは気になさらないで、また是非、お話、聞かせて下さいね!

ケイミ <http://homepage2.nifty.com/kei-mi/> - 2002/01/06(日) 16:03<

鳥が教えてくれた

ヤゾーさん、こんにちは!ケイミ@熊野に行ってみたい!です(*^v^*) 。
かわいいヤマガラ(ですよね?)とタヌキくんの写真をありがとう!
今日、NHK教育「こころの時代」に三宮麻由子さんという方が出てらっしゃいました。普段はほとんどテレビを見ないわたしは、「鳥が教えてくれた世界」というタイトルに惹かれて見たのですが、よかったです!三宮さんは全盲の方ですが、サンコウチョウとの出会いによって、「生かされていること」を感じ、大きな安心感に包まれたそうです。その感じ、すごく懐かしく、共感を覚えました。
小鳥はかわいいです(*^v^*) 。今うちで飼っている文鳥の文ちゃんは、ものすごく狂暴で、小指がないんじゃないかと思えるほどです(笑)。鳥にもいろんな性格があるんですね−文ちゃんが悪い、といっているのではないですが……(いってる?!?)。でも、どこかペットとして生まれた鳥と、自然に生まれた鳥とは違うんじゃないか……という気もします。今日テレビに出ていた鳥たちもステキでした!

クミコ - 2002/01/06(日) 10:56<

紫門 さま

>この意識は古代日本に限らずインディオやアフリカ原住民、アボリジニー等、世界中にあまねく存在した意識ですね。
>死と食と生と排泄と生殖が統合されてこそ命の意味も感じられるのではないかな・・・

忘れてしまうところでした。
大切なこと思い出す事ができました。
最近「気高さ」を思う時、意識が日本的な方向に傾き過ぎていたと反省です。

ヤゾ− - 2002/01/06(日) 08:45<

おはようございます

あおきさん 至らないところをカバーして下さって ありがとうございます。

紫門さん 素敵な言葉 ありがとうございます。

アポリジニーの絵を見たことがあります。
とても稚拙で幼稚な絵なんですが とても素晴らしい絵だと思いました。
自然(神)と直結してなければ あんな絵は描けないのだろうと感動して
思わず小さな版画を買ってしまったことがあります。
純粋な太古の魂を失わずに持ち続けているからでしょうか。

クミコさん ありがとうございます。
素戔鳴命が主祭神なんですね。

>體骸居命 医師頭 天燿日向女尊 
>萬言伊吹命 上津国 美蕃登 言極命
>という神々とは今で言うどの神をさすのでしょうか?

古史古伝の上記(ウエツフミ)の中に
萬言伊吹命が天之言之葉と国之言之葉を教えたとありますから
言霊の神様といわれる一言主命になるのかも知れませんね。
もしそうだとしたら 萬言が どうして一言になったんでしょうね。
他のは よく分りませんでした。

クミコ - 2002/01/06(日) 00:28<

サンカの神

>敏馬神社の主祭神はどなたでしょうか。

素戔鳴命 天照皇大神 熊野座大伸ということです。
ここの神社は身近にありすぎてあまり気に留めていなかったのですが、
かなり古い神社でご鎮座1801年になるそうです。
この三神以外にも元々の神らしき古いお社もありましたよ。
また調べておきます。

ところで歴史民俗学no20のp119に書かれている
體骸居命 医師頭 天燿日向女尊 
萬言伊吹命 上津国 美蕃登 言極命
という神々とは今で言うどの神をさすのでしょうか?

あおき - 2002/01/05(土) 23:02<

NONさんこたつは

ありがたいっすよねー ぼくも学生時代 ビンボーしてた時
広島の温暖な気候から 関東の空っ風の吹く小平に来たので
寒さに慣れるまで こたつだけで寒い思いをしました
部屋が暖かくないので鼻が冷たくてたまりませんでした
畑の霜の長さや 積雪の多さにびびってました
質屋で中古のガスストーブを買った時 全身の 筋肉が緩んだものです
NONさんの話 良い話でした また いろんな 生活の話を投稿してください
削除しても こうやって感想かきますよ

ヤゾ− - 2002/01/05(土) 21:33<

今夜も早寝

NONさん こんばんわ
投稿の削除は別に駄目じゃないですよ。
でも 円滑な交流をお望みでしたら
やはりなるべくは削除はしない方が良いと思います。
NONさんの投稿に対して レスを投稿しようとしたら
もうその投稿がなかったなんて なんだか寂しいもんです。

流石に3時に起きたらもう眠いです。
今夜も早寝します。

NON - 2002/01/05(土) 20:22<

時代に飛び乗って生きてきた割には人とは会って話したい派

ニフティのパソコン通信の時代から掲示板で私自身はまき込まれたことはなかったけれども,多くの喧嘩や揚げ足とりを目にしてきました。その後のインターネットのメーリングリストでも会話言葉で書く手軽さもあって,日常的に参加し,多くの人が気軽に,人の言葉を引用したり,そのままペーストして反論に利用したりするのを見ました。人は大切なことは会って話をしてきたのだと思う。人格にかかわること,大切なことを伝えたい時。,苦情,お金のこと等。相手の顔や様子をみながら勢い込んで出かけていっても,相手の様子で言えなくなったり,妥協して帰ってきてしまったりする。又手紙は時間をかけて書くのでメールよりも言葉をゆっくり選べる。文章上手派は難なく乗り切ってうまくやってるのかもしれないけど,そういうのがいいなあという思いがずっとあって,それに少し加えてると,物言えば唇寒し病というか,よく思われたい心,偉そうに言ってしまったのではないか,心が後を追っかけてきて,アップした後は気が気ではない悲しい性。削除はあまりないシステムで喜んでいたのですがやっぱり駄目ですか?削除についてちょっとメールをいただいたので。チャットならということもいただいたのですがますます遠ざかりそう。別に書き込みしなくてもみなさんの文を楽しませてもらってるからいいけど。最後の削除かな。

とんちんかん小僧 - 2002/01/05(土) 19:11<

続きでーす。

 この環境改善に大喜びした住民たちは、新堀川にかかる橋を合羽橋と名付け、そこから
下谷に向かう道を合羽橋通りとよぶなど、合羽屋喜八の徳を慕っていたが、文化十一年(
1814)、喜八は人々に惜しまれながらも鬼籍の人となり、菩提寺である曹源寺に葬られた
のである。
 ところで、不思議なことはもうひとつあった。作業中の河童を見た者は何人かいたが、
その者たちが商売をはじめると、なぜか大繁盛するようになったのである。そのうわさは
たちまち評判となり、いつしか商売繁盛の河童神として喜八が眠る曹源寺に祀られるよう
になったのだそうです。
 以上は曹源寺の河童堂に祀られている「波乗福河童大明神」の由来である。この河童神
は、商売繁盛のほか、水火災難除け、芸道上達など、あらゆることを叶えてくれそうです
よん。河童堂の手前には喜八の墓もあり、「てっぺんへ 手向けの水や 川太郎」と刻ま
れた墓石の上部は、河童の皿にちなんで穴があいている。合羽と河童の洒落なのだろうが
、喜八は合羽川太郎とあだ名されていたのである。
 河童堂の見学は事前に連絡が必要となるが、喜八の墓は自由にお参りできるようなので、
浅草見物のついでに是非立ち寄ってはいかがでしょうか?
 ここには、先に書いた治水工事を手伝っている河童の絵巻物があるし、安藤広重(知っ
てますよね)が書いた河童の絵もあるので、私も一生に一度は行ってみたい所でもありん
すよ。あっ、それと「水虎の手」と書かれた河童の手のミイラもこの河童堂にありますよ。
 たぶん一番、河童に関するグッズの多いお寺だと思うので一度は行ってみて下さい。

とんちんかん小僧 - 2002/01/05(土) 19:02<

水の妖怪である河童が治水工事を手伝った!?

◎ 東京近郊にお住まいの方にお奨めのスポット発見!

 今回ご紹介する波乗福河童大明神【東京都台東区松ヶ谷、曹源寺(通称・かっぱ寺)】は、
東京浅草にある寺です。
 大体、河童の話の多くは恩を返す話が多いけど、この話にある河童はさらに人々に福をまで
も与えるというユニークな話が伝わっている。
 時代は文化年間(1804〜1818)の話。
 当時、この新堀川にかかる橋のたもとに(現在の合羽橋交差点あたり)、雨合羽を商う喜八
という者が住んでいた。元来まじめな彼は、商売で巨額の富を貯えていたが、私財をなげうっ
てでも出水をなくしたいと思い、日々その方法を考えていた。
 そんなある雨の日。喜八は隅田川のほとりを歩いていた。ふと、歩みを止めたその先に、何
か小さな生き物がうずくまっている。
「……河童だ。」
 見ればそれは傷ついた子供の河童だった。喜八は何もいわずに優しく介抱すると、川へと逃
がしてやった。そして、
「そのまま捨ておくのも不遇だからな……。」
と、独りつぶやき、何事もなかったように帰路についたのである。
 しばらくすると、新堀川では大工事がはじまった。喜八がついに川を掘り下げる工事をはじ
めたのだ。付近の住民たちも手伝って、工事は順調に進んだ。しかし、工事が進むにつれ、不
思議なことが起こった。工事のスピードが異様に早いのだ。それと、夜間は誰も作業していな
いはずなのに、現場から夜毎かけ声やらが聞こえ、かなり騒々しい。
 不審に思った人たちが様子を見に行くと、なにやらたくさんの人が月の光に照らされて忙し
そうに動いている。それが何者かであるのかはすぐにわかった。
「……河童が、河童が俺たちの仕事を手伝ってるんだ……。」
 それは大勢の河童たちであった。子供を助けてくれた喜八への恩返しだろうか、それぞれが
クワやモッコをかつぎ、人間と同じように作業をしていたのだ。おかげで新堀川はあれよあれ
よという間に堀削され、思ったより工事は終了した。 ―つづく。

ヤゾ− - 2002/01/05(土) 11:57<

二度寝しなかったんヤゾ−

>文明の担い手は大衆ざんす。
>大衆がうごいてこそ「一歩の前進」が問える。

この言葉にシビレました。
それぞれが言動に責任を感じ 行動して行けば 
どんなに素晴らしいことかと思います。

自分の発言に責任を持つという意味では紋次郎さんの仰る通りだと思いますし
ネットが大衆にとっても意味のあるものである為にも
匿名での無責任な発言は足枷になっているように思います。
蜜柑さんとお会いしたときに どうして実名で投稿しているのか訊ねたことがありました。
そのときの答えが サンカというものにリアリティを持たせたいからというものでした。
その答えを聞いて凄い方だと感心し それ以降は僕もそこらへんに実名を書くようになりました。

それと メールは〈個〉の交流ですが 掲示板は〈公〉の場だという認識は必要だと思います。
メールでは 例え筒抜けであっても 何を書いたところで訴えられることはありませんが
掲示板ではそうはいきません。
言論の自由と無責任な発言を垂れ流すのでは天と地ほどの違いがあるように思います。
そういうことも踏まえて 信念を持って 間違っていることは間違っていると 
堂々と発言できる場にしなければならないと思います。

なんだか成り行きで管理人してますが 
大層なことを書いてしまいました。

只 ネットも なかなか恐ろしい世界ですので
誰も彼もが名前を入れる必要はないと思っています。
ここに参加して下さっている殆どの人たちは
住所氏名を教えて下さっていますし
それで充分のようにも感じています。

>人間らしくその日その日を暮らしていけたらと思っています。

シンプルな言葉ですが 心に響くものがあります。
人間らしく・・・ 本当にそうありたいですね。

nikobo <http://www.tim.hi-ho.ne.jp/picamama/index_001.htm> - 2002/01/05(土) 11:41<

キ(^..^)クngly さんへ

キ(^..^)クngly さん、ごめんなさい。
私は書のプロではないんです・・・。弟子の中でも末弟子で、まだまだの者です。
ただ神代文字で表現するのが好きでサイトを開いています。
ですからご質問の件、ちゃんとした事をお答できません。本当にごめんなさい。
こんなんですけど、これからもよろしくお願い致しますね。

おミヨ - 2002/01/05(土) 10:15<

大黒舞

大黒さんという人は この界の人ではない 天竺てんまの人じゃげな この界わたる時 潮風にもまれて
川風にかさとれ お色もちっくりおくろいな お背もちっくりお低いな 大黒さんという人は 一に俵を
ふんまえて 二つニッコリわらうて 三で酒つくって 四つ世の中よいように 五ついつもの如くに
六つ無病息災に 七つなにごとないように 八つ屋敷をうちひろげ 九つこ倉をたてならべ 十でとっくり笑うた。

皆々様
人間らしくその日その日を暮らしていけたらと思っています。
今年も、いろいろご指導の程よろしく御願いいたします。

メール、まだ修復できていなくてすみません。いろいろご迷惑おかけしています。

一級×× 焼尻紋次郎 - 2002/01/05(土) 09:21<

日本を訴訟社会にしては ならねぇ〜〜イヨッ

 おらの名前……赤で出るのかなぁ(キカイに振り回されてみっぺぇか)。
 ミナシャン、おらのタンカほざきへ真面目に取り組んでいただき、感謝申し上げます。

 覆面っちゅうなぁ、いつ、何をほざいても訴えられねぇの、アメリカ訴訟社会の悪習を写
したものたらめ、なも。だがな、ことばでもひとは傷つけられてカッパ並みに死ぬもんだ。

 いま、われわれは I.T.という広範囲かつスピードのかかった会話手段を得たばかりざんす。
 ここでワ〜るい習慣が定着して5〜6年たって、それを修正するとなると……てぇへんな
努力が要るんじゃァござんせんけぇ?

 あっしゃカタワもんだハンデ、大きな口は叩けねぇんだが、十年ほどオトナの綴り方運動
みてぇな「ふだん記」にドタマァつっこんでいやした。

 学者や政治家がどうホザこうと、文明の担い手は大衆ざんす。
 むかし、ダンテの『神曲』なんざは一世を風靡した名叙事詩ざんしたが、いま街にでて聞
いてみりゃいい。「ダンテ? それってオイシイの?」ぐらいな反応だべよ。
 大衆がうごいてこそ「一歩の前進」が問える。

 「ハンドル・ネームを使うのは一種の権利」ぐらいに思ってるご仁はいねぇだろうな。ど
でぇ権利っちゅうなぁ、飼い殺しを受けている事実を認めるからこそ発生する。
 サンカ・バンザイのスジ持つ当掲示板は、少なくとも“自由人”の気概カネ。

 こんなこと、あんまし書いちゃぁならねぇんだろうが、ときどき書かざぁならねぇのも、
われら21世紀初頭人の宿ウンたらめ。

 文法とか代名詞などは、学者に訊いちょくれ。たかだか3万年このかたの現象やろもんに。
 そのへんのこと、オラシランと。
 単細胞の生き物は、常時その内部で30〜60の有機モーターを組み立てたりバラしたり
している。LUCK , WANT , MISS にかかわる“ある種の意識”が言語の始原だとおら惟ふ。

ヤゾ− - 2002/01/05(土) 03:45<

ブラザー・サン・シスター・ムーン

みなさん おはようございます (^-^;)

ケイミさん はじめまして!
好きな映画の第一位に『ブラザー・サン・シスター・ムーン』があって驚きました。
ぼくにとっても『ブラザー・サン・シスター・ムーン』と『瀬降り物語』は特別な映画でした。
それと『ピーの日々』を読んで泣いてしまいました。
ぼくもピーは神様の贈り物だったと思いました。
ケイミさん家族の愛に育まれて
短い一生でしたがピーは幸福だったと思います。
愛されたピーの魂は きっと天国で幸福に過ごしていると思います。
今後とも よろしくお願いします。

紋次郎さん 全然 ワーるないですよ。
名前等は それぞれの考えもあるのだと思います。
でも せめてメールアドレスくらいは教えて欲しいなと思うことはあります。

9時に寝たら3時に目が覚めました。
今年から 早寝早起きを目指そうと思ったのですが極端でした。
なんとかして もう一度寝よう!

きょうかい - 2002/01/05(土) 01:36<

人称代名詞

turukotさん
>普通、独立した形での主語を作らず、几帳面に人称接辞がつくのであンす
 人称接示って、なんだかわからないけど、主語を作らないというのは、1人称
 を含めてですか?日本語は、一人称代名詞が多いですよね。印欧系だと大体
 「ego」から派生した「I」だとか「Ich]だとか一つしかない。東方でも
 日本語に特有なのだと思ってたのですが、アイヌ語はどうなのですか。
 紋さん、ネパール語ではどうですか?
  日本語の人称代名詞「ぼく、おれ、わたし、わたくし、小生、おのれ、など」は
 習慣に埋め込まれて自然に使い分けてると思うのです。これは身分制度のせいには
 出来ないと思うのです。これは、「自分」が、いいかげんな証拠だと思ってます。
 いいかげんというのは、悪い意味ではありません。この日本人のいいかげんさと
 アメリカ輸入のフランクさの齟齬が、近々大変良く見えると思ってます。
 A:揺るぎ無い1人称「I」→私の身体は私のもの→私の生産物は私だけのもの→私的所有権→私の腹で
   誰の受精卵育てようと私の勝手だわ!
  
 B:いいかげんな1人称「わたし」→私の身体は時に妻のもの、お国のもの→もしオラが不治の病に罹っ黙っててね、もしお前が不治の病に罹ったらオラ嘘ついて黙ってら 

  こんなこと考えているので、人称のことが知りたいです。
  もともとは、かつて慶大の鈴木・夫教授が、提起してた話です。

turukot - 2002/01/04(金) 23:17<

な、名乗れとですか、、(汗 冗談)

紋次郎の二シパ。。アマカネ(博多弁ぽいと思うのであンす)

>なんでぇ なんでぇ てめぇら みんな覆面野郎かね。
>すくなくとも席亭の親分サァにゃ、本名、本住所、本電話番号ぐれぇは
>報せておきなせぇよ。

〈(__)〉ごめんくなせぇ〜。あっしも覆面野郎でさぁ〜。
ちなみに故郷にはメキシコ・ルチャ仕込みの覆面レスラーが居られますがな。。
ルチャ・リブレのごとく正義と悪の戦いをペルソナで演じてはぁ〜??
(自分でも何を言ってるか分からなりあンした)

せめてメルアドだけでも許してチョ。(捨てアドではありませんです)
ンだドモ、スレ、スレ、ス、ス、スレの中では大まかには名乗っているでガス。

親ビンにはHP作ってリンク貼らせていただくときにでも名乗りましょうか??
でも今はHP作るほどの蓄積がないの。。(ToT)ふぇぇ〜ん。

文法のレスですが、アイヌ語は人称接辞というのが特徴的であンして、そこが
インド・ヨーロッパ語族やウラル・アルタイ語族疑惑の日本語とは大きく異なりますナ。
普通、独立した形での主語を作らず、几帳面に人称接辞がつくのであンす。

接辞がつくのは名詞・動詞でありあンすが、動詞と形容詞の区別がありません、というより
区別する必要がなかったのではないかと思っちょりあンす。動植物も物もカムイとしてきた
からでネでしょか?

逆に韓国語と日本語を見ると、「元々動詞と形容詞は一緒だったんでネべか?」と時々思う
んであンす。俗物的に世界を捉えるようになってから動詞と形容詞って分けたんでネべか?
そ〜んいえば、ハ!日本語には形容動詞という品詞があっただなぁ〜。分かれる前段階の名
残りか、分けてから「あぁ!やっぱきっつり分けるのは都合わりぃ〜ぢゃ。」と思ったんだが。。

あおき - 2002/01/04(金) 21:52<

まあまあ焼尻紋次郎さん

そう熱くならないで下さいよ
過去の掲示板を見ると 今は名前が赤い人も
青い名前になってますよ
ぼくも本名だし いまどの辺に住んでいて 実家は広島宇品
なんて ちゃんとかいてますよ
メールアドレス一度入れたら何度も入れるのが
面倒なだけですよ それだけのことだと思います                          焼尻紋次郎さん 過去の掲示板まめに見てると
過去のいろんな人間模様が楽しめます
いろんな情報満載ですよ 
今年もよろしく

ケイミ <http://homepage2.nifty.com/kei-mi/> - 2002/01/04(金) 21:39<

はじめまして

はじめまして!nikoboさんのところから参りましたケイミ@静岡と申します。
「Brother Sun and Sister Moom」にハッとしましたが、美しい幽玄な川の写真に昨年夏まで2年間住んでいたアトランタを思い出し、「野鳥も懐くと手乗りピーちゃんになります」に目が釘づけになりました。わたしも昨年夏、自宅の庭でヒヨドリを見つけ、手乗りピーになり、しばらく蜜月を過ごしました(*^v^*)。残念ながらピーはおよそひと月後に帰らぬ鳥となってしまいましたが、未だにあの可愛らしさは忘れることができません(今は文鳥を飼ってますが、性格は違って、ものすごく狂暴です(笑))。本当に小鳥の可愛らしさは経験したものしかわかりませんよね。自然との共生、うらやましいです。またこれからも遊びに来させてください!どうぞよろしく!

一級×× 焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/01/04(金) 20:46<

てめぇの本当の名前いうのがなんでこわいのか 

なんでぇ なんでぇ てめぇら みんな覆面野郎かね。
 すくなくとも席亭の親分サァにゃ、本名、本住所、本電話番号ぐれぇは報せておきなせぇよ。

 おれか?
 アマカネ(これニューギニア高地石器時代人の挨拶語、至便にしてイミシンです)
 
小生は 浦和市太田窪 4〜4〜3 一級身体障害者  生田淳一郎(67歳) 電話(Fax)048-882-4901 URL; http://www.you-i.org  です。 古代語・心霊・価値観などを趣味としています。

 ひと呼ばず、てめぇから焼尻紋次郎ち名乗っちいやす。
 生まれ育ちは筑豊の「筑」にござんすが、血はふた親の都合で豊後の山の中……大きな楠の木伝説で有名な森町の、その「切り株山」ざんず。ほかに質問あるかね。

 ーーじゃがね。
 人間の常道守ろうな。赤い顔は恥ずかしい顔なんだぜ。
 ヤゾー親分、ワーるかったら削除してくだせぇ なも

ヤゾ− - 2002/01/04(金) 20:05<

サンカ文字

nikoboさん はじめまして!
優しい波動のホームページですね。
いのちへの祈りの言葉からは言霊を感じました。
サンカ文字を神代文字として認識されているということが
とても嬉しく思いました。

下関市彦島で発見されたペトログラフ(古代岩刻文字)が
古代シュメール文字と驚くほど類似しており
発見された当初 サンカ文字で解読できたとの話しを聞いたときに
とてもワクワクしました。
隠された歴史を紐解くのは 
神代文字や石に刻まれた文字なのかも知れませんね。
今後とも よろしくお願いします。

クミコさん 珍しい名前の神社ですね。
敏馬神社の主祭神はどなたでしょうか。

紋次郎さん 名前が赤いのはメールアドレスを入れてないからです。
赤や青があった方が綺麗です。

キ(^..^)クngly - 2002/01/04(金) 14:30<

教えて

nikoboさん
 書道のプロの方ですね。漢字で「川」の字と「洲」の字は
書く場合に間違えやすいものでしょうか?
広島市安佐北区高陽町に「深川」地名があり、古い古文書では
「深州」で、それよりも新しい古文書では「深川」となってい
るそうです。歴史の専門家達は古文書の流れに沿って「州」から
「川」への変化を考慮しないで、歴史書には「川」を使います。
 古代は「州」であるなら問題が残ります。『高陽町史』による。
 オリジナルな「州」のコピーは今度探してきます。

一級×× 焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2002/01/04(金) 12:49<

UTURUKOT だったらカッコいいと惟ふよ

 UTURU-KOT のおっさん、アマカネ
>ネパール語と日本語・アイヌ語のあいだ、三者文法がじぇんじぇん違うんだドモ?
★ 人間が人間らしゅうなったは500万年ぐらい前かな? そのず〜〜っと前から言葉は
  あった。キャァ〜とかウウウとか、その前は身ぶり語の「好き好き、イヤイヤ」。
  おらは、文法ができたなぁ、ヒトが犬飼うようになった3万年まえからじゃとの方法仮
  説を置いています。
  きのふ、『かむなび』の瀬藤という席亭が、日本の神社にヒポクラテスの名前で祭られ
  ていることをカキコしちょる。
  ケース、バランス、政治、補完、手段……文法のちげぇ飛びこえち、ウンジュのカキコ
  にも英語シナ語がワーワー姿を顕わしてござるばい。

★ ビラ・ビレのちがい……あがあが。一字まちがやいのちとり、なも。
  東北の地名の場合、ビラは「川」でよかっちゃろなぁ〜。枚方の榎本さんカネ。
 「 潰す猟」がウッチョウ、オソにござんすけぇ? オソ……おおいにあがあが。

★ トリカブト(スルグ)はいちおう毒ざんす。したばってん、おら、しびれの治療薬にそ
  の微量を混ぜて呑んだ。
  やっぱ、自分でためしてみるが、いちばんよかっちゃ。

★ なんで U- をつけたか、わっかるあるか、これ現代流にいやぁブラック・ホール。
  古代流にいやぁホクラ(神庫)ぞな。 ナァ〜〜ンでか? UTURUKOT のほうがカッ
  コよかばい。イラン心配かね。
★ なんでなんでなんで、どうしてどうして僕の名前の色だけ青いんだ? 
  差別だ。ヤゾーさん、赤色にするヤリクチ教えてぇな。

nikobo <http://www.tim.hi-ho.ne.jp/picamama/index_001.htm> - 2002/01/04(金) 12:01<

はじめまして

みなさま はじめまして。 nikoboと申します。
知り合いの方から玉置神社を紹介され、それからリンクを辿っていくうちに
こちらのHPにまいりましした。

私は安藤妍雪先生に師事しながら神代文字を修練しております。
神代文字については歴史的背景も何も知らず、
ただその美しさにひかれて書き始めたのですが・・・
昨年末になってようやく文献なども当たってみなければなぁ、と
思い始めたばかりのゆっくり者です。

サンカ文字もずっと先に修練する予定です。
ここでご縁があったことに心から感謝しております。

歴史はものすごく苦手な私ですが、何卒よろしくお願い申し上げます。

turukot - 2002/01/04(金) 02:06<

謹賀新年

新年明けましておめでとうございます〜。

紋次郎のおどっつぁん。
>ネパール語と日本語・アイヌ語のあいだにただならぬ関係をみつけた

??三者文法がじぇんじぇん違うんだドモ??

>明治期になって、どこかのマタギが5人、下北の山に入ったが1年半ぐらいで暮らしが立
>たずに引き揚げたといいやすなぁ。
>狩猟だけでひとりが生きてゆくには広大な面積を必要としたということでっしょうか。

このケースはワガラネでガス。ただ、生業というものは重きの差はあれども、一種だけ、と
いうのは稀といいあンすか、何だか政治的なチカラが及んでいるンでないかとハ、考えたり
するんであンす。栄養のバランスや生活の安定を考えると、補完的な手段を組み合わせる、
ということは考えられるこどでネデござんせんか??

>罠猟(アキビラ)……

これは舌足らずでござんシタ。罠の中でもトラバサミと違って、「ヒラ」という重しで獲物を
潰す猟でござんして、秋の小動物(ウサギなど)へのそれは「アキビラ」。冬は
「フユビラ」と言うでガンス。熊は「クマビラ」でござんしたか。。
阿仁のマタギでは「ウッチョウ」三面のヤマンドでは「オソ」と呼ぶそうであンすナ。

参考:佐藤宏之氏 罠猟とマタギ―土俗(民族)考古学の射程から「東北学 VOL3」作品社

>苫小牧市に住んでいた明治30年うまれの砂川クラというフッチが書いた一代記のなかで
>その叔父さんがアマッポさひっかかって、並みのからだの3倍も膨れあがって死んだハナ
>シが出てきます。

おらホは矢口高雄さんの「マタギ」で辰次郎シカリが犯した炭焼き小屋の娘っコのしかけた
アマッポさひっかかって半金になってすまう話っこぁ知ってるんだドモ。
砂川さんのアチャがかかったアマッポさはハ!ど〜んやらスルク(surku:トリカブト)が矢先
に塗ってあったんでねべが?
半金の辰次郎シカリはシロビレのアマッポだったんで、温泉療養で命取り留めだみてぇだなハ。

スルクといえば、シャクシャインの戦いっつーアイヌ民族の蜂起が江戸時代に
あったんだドモ、そんとき秋田本荘から数人、水主(かこ)稼ぎにいってらった
人数人がスルクの矢に射られて亡くなってますナ。
スルクは直接服用すたら死んでしまうづが、毒矢は大丈夫でねがったでねすがネ?
でなぎゃ、猟さ使わねっで。

ドングリのおっどっつぁん、古田氏学派のサイト拝見したンだドモ、
多賀城云々がどこサあるんだがハッパワガラねでガンス。
和田家文書を積極的に擁護のご姿勢でござんすナ。

NONさん、はづめまして。おらホはつるこ申します。ROMで拝読したんで
あンすが、改めで「女性は強い」と実感したであンす。強い女性は華奢な
方が多い?昔そっただ方と関わったことがありあンした。悪性腫瘍とほと
んど失明状態と劣悪な社会環境の中、生死をさまよいながら気丈に生きて
おりました。今は境遇がよぐなっだとは思うんだドモ、おらホは今はワガ
ラね出がンス。
それど実践でされている方がウンチク並べるシトより言葉の重みが違うグ
感じますナ。ちなみにおらホは後者でガンス(苦笑)。

クミコ - 2002/01/03(木) 23:26<

雑煮と初詣

*(^。。^)*ngly さん
年末忙しくて遅くなりましたが、
うちの雑煮は澄まし汁で、□く切った餅を焼いて煮込みません。
具はかしわ(鶏肉)穴子 なると(かまぼこ)三つ葉にゆずです。

子供の頃、
お正月に岡山市の父の知人の家に連れていかれた事があります。
そこのお雑煮
細くさいたスルメや菜っ葉や野菜、餅にへばりついていました。
凄いカルチャ−ショックで今でも忘れられません。

初詣は
敏馬神社(みぬめ)へ行ってきました。
みずはめのかみの井戸があり、そこからの名称とのことですが、
漢字の当て字嫌ですね。
美奴売 美奴面 三犬女 などとも書くそうです。

一級×× 焼尻紋次郎 - 2002/01/03(木) 22:52<

  瑞 の 実 百 姓

  わがマッキントッシュくん、トラベルこきやがった。電線をしめつけたら治っちゃった。

 オングリーさん、秋田のあのへんのひとに文字を書かせたら「みずのみ」と書きます。
 だども、発音させてヨソモンが聞いたら100%「みんず」ときこえますだ。
 むかし、国民服作ったラミ−という、紫蘇に似た一年生の草を知らないかなぁ〜。葉は桜の葉に似いちゅう。
 瀧の落ち口の飛沫に濡れながら育つので、「水」だんべ。ただし、水にはいのちが溶け込んでいる。
 その葉に、角っぽいみどりの玉がモロにつく。大きさはタヌキのきんたまぐらい、噛むとねちょりんこが少し。

 質問申し上げたきことこれあり。
 百姓ということばは秦王朝にでてきて、あとはシナ・朝鮮には名前(苗字)がみごとに稀薄だったとか。
 この現象は日本の秦氏につながると思うが、アンタ(語源;わが親戚)しらんカネ。

 紫雲さん、それって「気高さ志向」でないだろうか。
 起源地はヒマラヤ。その霊峯に対峙したヨギの精神。666年、百済崩壊後、富士山麓を通過したとき、
 その精神文明を止揚した百済びとが、鎌倉武士の精神的中核(の一部)を形成した……と、おらは観る。
 おらたち、賤民やホイドの末裔でもかめしまへんが、「気高さ志向」わすれたら、ブタ・ニンゲンだべ。
 資本主義やしィ、民主主義やしィ、男女同権やしィ、思想発言の自由やしィーーー。衆愚政治やしィ。

ヤゾ− - 2002/01/03(木) 19:21<

初詣

みなさんは初詣には行かれましたか!
僕は、神馬を祭った須佐神社というところに初詣に行ってきました。
そこは、須佐神社としては最も古いともいわれており、
銅鐸や多くの鉄刀も出土していて、
出雲との関係をうかがわせるように、
近くには出雲という小字名もあったそうです。
今でも少し離れたところには出雲という地名が残っています。
神馬の白馬が可愛いかったので写真に写してきました。
風の王国掲示板にアップしています。

にっちょさん 僕も神馬の頭を撫でて
戦争が起こらないようにお願いしてきました。

GAINA - 2002/01/03(木) 18:07<

完全なる処分を

にっちょさん

賞味期限、あるようで、ないようで困ったものです。
冷凍食品のように解凍して、試食しようなんてもってのほかです。
毒味もさせられないように、
代々伝承されている独自の味を、
もっともっと表に出さなければ、
試食の誘いが、後をたたないのではと思います。

毒味もせずに、
美味しいものを「美味しい」と食べられるような
新しい年にしたいものです。

本年もよろしくお願いいたします。

とんちんかん小僧 - 2002/01/03(木) 14:10<

皆々様、明けましておめでとうございます

本年もいっぱい書こうと思っていますのでよろしくお願いします。
昨年は、ネット掲示板という世界に最初中々馴染めずでしたが、
いろんな方からアドバイスを戴いて、一つ一つ自分のものにできた
から今の僕がいるのだと思います。
でも、今年もいろいろと諸先輩の声に聞く耳をもちつづけていくよう
にするつもりです。
ヤゾーさん、パソコンやるようすすめてくれて本当にありがとう。

紋次郎さん
レス有難う。
何かしら役に立ててすごく嬉しく思います。
僕は単に好奇心旺盛な若者です。
また、いろいろと今年もお世話になるかと思いますのでよろしくお願いします。

にっちょ - 2002/01/03(木) 14:04<

賞味期限

戦争道具の賞味期限て何年でしょうか。

毒味をさせられる役回りに次はアジアかな、そんなこと思ってしまいました。

そうならない事を祈り続けます。

クミコ - 2002/01/02(水) 19:01<

さむらい

紫門さま はじめまして

>たとえ血によらずとも集団や民族を超えて伝播、継承されていくか?
このことをずっと考えてきました。
人類の未来にとってとても大切なことと思っています。
?をつけてしまう私は悲観的なのでしょうか?
物質化されない精神の出会いを大切に思います。

実家に帰って血の重み
ひしひしと感じて帰ってきたばかりなので勇気づけられました。



ヤゾー - 2002/01/02(水) 17:07<

日本人らしさとは

みなさん こちらこそ 今年もよろしくお願いします。

紫門さん こちらでは はじめまして。
チャットで何度かお話させて頂いてから
いつ来て下さるのかと お待ちしておりました。
これからの紫門さんの投稿を楽しみにしています。
今後とも よろしくお願いします。

>集団、民族、及び個人の持つ卓越した思想は、
>たとえ血によらずとも集団や民族を超えて伝播、継承されていくものだと思われます。

年末に NHKを見ていたら
前田日明さんが出演していて
日本刀や茶碗についての話しをされていました。
信長や信玄が使っていた刀を持っていたこともあるそうで
日本人の魂や武士道について語っていました。
それを見ていて 日本人及び日本人らしさとは 
この国や文化を大切に思っている人のことなのだと思いました。

GAINAさん 玉置山でカモシカを見れて良かったですね。
鹿はよく見ることがありますが カモシカは珍しいと思います。
縁起が良いかも知れませんね。

紫門 - 2002/01/02(水) 01:46<

あけましておめでとうございます。

そしてみなさま、はじめまして。

大晦日に「戒厳令の夜」手に入れました。面白いです。
戦争について考えました。
相手よりも強力な武器を持ち、相手を殲滅したからと言って勝利とはならないと。
集団、民族、及び個人の持つ卓越した思想は、たとえ血によらずとも集団や民族を超えて伝播、継承されていくものだと思われます。
我々、現代に生きる日本人は諸外国の目から見ればごった煮の無宗教に見えても、我々には宗教によらずとも「日本人らしさ」という他国ではまねのできない美徳を継承してまいりました。
この「美しき日本の心」とは古代縄文より育まれ、文字や法や宗教に拠らずに記憶、継承されてきたものだと思います。
あえてこの洗練された共存意識を「日本教」とすれば、古代より日本に渡来した諸外国の卓越した宗教、例えば仏教とかキリスト教に日本人が染まりきらない大きな要因となっていると思います。
これはその「日本教」の底辺の広さと許容力と懐の広さがあらゆる宗教を包含できるあいまいさを持ちながらも根源的な人の道に合致している故だと思われます。

私はこの「美しき日本の心」の根源を探してネットを放浪するものですが、このサイトの皆様や管理人さんにもそれを感じております。
末永くこの「あたたかみ」がこの場を盛り上げていくことを願っております。
そして皆さんの投稿の行間から忘れていた大切な何かにふれることを楽しみに今年もこちらへお邪魔させて頂きたいと思います。

きょうかい - 2002/01/02(水) 03:22<

nonさん

説得力あります

ya(^ε・)na - 2002/01/02(水) 00:29<

こんばんわ

この頃の小学校の運動会、徒競争のゴールおててつないで、みんな一緒にはいるんやてぇ
 

    平等、本当の男女の平等っていったいなんなんだろう
     そして、元気な者とそうでないものの、扱いは!

 自分は、病気には無縁と考えていた時がすぎ・・
   体力そして能力が少し低下してきた今・・
     本当に色々考えます

  そして少し重荷になるのが、これまでの自信
   男のなすべき、仕事が満足いくように発揮できなくなってしまった事
  近視で乱視のところに、老眼・・・ふううううう

     山でも町でも、決してあまえては、生きていけない事
      知ってるつもりです・・

  そや、どんぐりさん・内の雑煮は丸もち焼かずに
      白味噌そこに、にんじんとだいこん、三つ葉を添えて出てきました
     三日の日は、丸もちを、焼いて吸い物味・・だし汁に薄口で色つけ、と三つ葉だけです

GAINA - 2002/01/02(水) 00:10<

明けましておめでとうございます。

みなさん
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
大晦日から元日は
「玉置神社」で一生懸命に働いてきました。
驚くほど暖かく、
人なつっこいカモシカが日向ぼっこしながら、
「よう来たの」(熊野弁?)で迎えてくれました。

今年こそ、今年こそ・・・・・。
いい年にしましょう。

もんむー - 2002/01/01(火) 15:58<

丸くまん丸おめでとう

ヤゾ〜さん、みなさん
あけましておめでとうございます。

小泉首相の口ぐせのこと、年末のテレビでやってましたね。


今年もよろしくおねがいします。

Ya(^z^)oo - 2002/01/01(火) 15:00<

まん丸丸く 丸くまん丸

みなさん おめでとうございます。
新年 如何お過ごしでしょうか。
年々 正月らしさもなくなり
風情のあった昔を思い出して
古い写真など見ておりましたら
あまりの自分のアホ顔に笑ってしまいました。
笑う門には福きたるで 僕の顔は福笑いか!

>ぎっくり腰は怒りというメンタルなストレスがたまるとなりやすいそうです

あおきさん 確かに!
怒りや妬み嫉み恨みなどというネガティブな想念を発したりすると
覿面に身体に跳ね返ってきますね。


まるまると
 まるめまるめよわが心
  まん丸丸く 丸くまん丸


木喰上人の有名な歌のようにありたいですね。
因に 上の歌は小泉首相の口癖だそうです。

こんなのもあります。

旦那様氏も系図もいらぬもの お前も俺も非人こつじき

*(^0^)*ngly - 2002/01/01(火) 14:35<

おめでとうございます

 先生と上級生の皆様
 熊野教室に入学して今年でようやく二年生です。
肩のランドセルにはまだ読まない教科書が沢山入って
るし、宿題も残っています。でも僕は外で遊ぶのが大好
きです。昨年はミスで一時期停学になり自宅謹慎になり
ましたが、上級生様のとりなしで退学になりませんでした。
たいへんありがとうございました。
考えが他の生徒様と違う「とんでも」「奇人」ですけど、
卒業するまでよろしく「頭添え」をお願いします。
今日の雑煮はサイズ中の矩形餅を焼き塩鰤、大根、人参
三つ葉に澄まし汁で食べました。牡蠣はフライにしました。
本来丸餅ですが今日の餅は勧進で戴いたものです。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2002/01/01(火) 14:32<

年賀

管理人のヤゾーさん、そしてこの掲示板に参集されるみなさん、

明けましておめでとうございます。

  2002年が皆さんにとりまして良い年となりますようお祈り申し上げます。

さて、関東地方は朝より素晴らしい快晴です。一年の出だしとしては幸先が良いのですが
今年一年、また何が起きるか予測はできないでしょうね。
でも暗い世相に押し流されるばかりでは芸がありません。ここの古いけど?新しい風を
ネット上に吹かせてください。

ヤゾーさん、いつも素晴らしい画像ありがとう!今年も楽しみにしております。

min-min@横浜

ya(^ε・)na - 2002/01/01(火) 08:56<

力添え

 力添えを、お願いします!

  なんとこのことばが使われなくなった事か

   おや、兄弟、親戚、友人そして、意を同じくする人々など

      なんでも自分で、やってきた

       人の世話なんかになっていない・・

  そんな思いの若者が、なんと多くなった事か・・・・

     でも違うねんなあ・・・・

   それだけやない・・力添えが、必要になった時お願いする者・・

    お願いする者の心は、清いだろうか

           そのことが、一番大切だ!

         


    おかげさまで・・・
                              やなぎむし

焼尻紋次郎 - 2002/01/01(火) 08:35<

めでたいハナシ トンチンカン小僧さんの大手柄  

あけまして、おめでとう ございます。

 おめでたいハナシです。
 小生がメーンにかかわっている『かむなび・掲示板』にかかわることで、元旦早々大発見
に恵まれましたので、ここにお披露目カネ。

 きっかけはトンチンカン小僧さんが教えてくだすった「キ=立上がった龍」でした。
 ここに深く深くあがあが申し上げます。
 一部重複しますが、大略は……

    ……………………
 ミナシャァ〜〜ン 大めでたぞな

 『かむなび』席亭・瀬藤ドン永年、ご執心のイタキソ様の意味。
* イ……「ダを言い易くする助音のイ」と「神を示す語頭のイ」の、二つの懸け言葉。
* タ……DA(柱)とDHAR(水の流れ)の懸け言葉。
* キ……立上がった龍(昇竜)
* ソ……神

 「イダキ」だけでも昇竜を柱にみたてた神という意味になっていました。
 そこへ、再び当時流行の SO(神)を添えたのでした。
  解明の大きなキーは『 KUMANO LIFE 掲示板』の「トンチンカン小僧」さんが、
キとはシナ語にもある“立上がった龍”だと教えてくれたことでした。
 トンチンカンな発言は宝の泉あるね。こんごもアマカネぞな。

 全文および関連記事は;http://ucgi.kamnavi.net/cgi-bin/kambbs.cgi
 ことばの分析は;http://ucgi.kamnavi.net/cgi-bin/yakbbs.cgi

久美子 - 2002/01/01(火) 07:20<

2002年賀春

あけまして おめでとうございます。

皆々様のご健康とご多幸を

心よりお祈り申し上げます。

△うぶ - 2002/01/01(火) 01:55<
みなさん。新年おめでとうございます。
キ(^..^)クngly さん
アチラとは共通中国語の世界で、大陸、台湾、東南亜はじめ世界中の華語圏の
つもりです、各地の方言では判りませんが、恐らく導入して使用してると思います。
{竹+本}の漢字JIS{7B28}に存在しました、{笨}です。調査不足すみません。
「王八蛋」=(ワンパータン)です。
昨夜、フトンの中で思い出しましたが(これも興味深い!)、女性を罵る時に
「三八婆」(サンパーボ)と言います、なぜか(三)と(八)です!。(これ、お好き
でしょ?)。
(私、フトンの中で、某女性を罵ったわけではありませんので、、、。逆に
罵られる方です)。
「臭Y頭」も女性罵りの言葉で、→(臭い、バイタの蜂の巣頭)。
向こうでは「九」は悪い字では無く、九=久(チョウ) で長寿や縁起良しです。
「四」は(スー)で、やはり「死」に継がるようです。拙い知識ですが、ここの世界
で、何か役立たんかなと投稿してるんですが。

にっちょ - 2002/01/01(火) 01:42<

新年

謹んで新年のお祝詞を申し上げます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

世界人類の平和を祈願いたします。

あおき - 2002/01/01(火) 01:05<

あけましておめでとうございます

今年も皆さん色々教えてください
そしてお体に気をつけて 
ヤゾーさん ぎっくり腰は怒りというメンタルなストレスが
たまるとなりやすいそうです ニューヨーク市立大の医学博士が
長年の研究でデータを集めたそうです 瞑想などが効果的だそうです
ちゃんとHP見つけたら報告します

バリ師 - 2002/01/01(火) 00:23<

大吉なれど・・・

おみくじ、大吉なれど、「殺生をつつしまないと、大禍に見舞われます」ちゅうて・・・。

ヤナさん、これやったら、わし魚釣りでけへんがな。

(そない言うほど釣れてないちゅうてか?タハッ!)

ともあれ皆さま、本年もよろしくお願いたもります。あけおめ!

ヤナギムシ - 2002/01/01(火) 00:08<

末吉

みなさん、今年もよろしくお願いします

  ほんで・・なんでやねん・・末吉かいな!・・

  こら、前途多難やなーーーぁ

                やなでした

管理人ヤゾー - 2002/01/01(火) 00:01<

今までの投稿は過去の掲示板へ移動しました

謹賀新年

みなさん あけましておめでとうございます。
  
      今年もよろしくおねがいします。

蜜柑さんが 「最後のサンカ」加藤今朝松さんが作った
箕の写真を送って下さいましたのでページにしました。

キ(^..^)クngly - 2001/12/31(月) 23:57<
△うぶさん
>竹+本=ペン(本郷に字無し)はアホの意。「蛋」の字(蛋)も軽蔑言葉で
>[ペン蛋」、「王八蛋」と使い、ここにも(八)の字が見られる。
アチラとは中国?台湾? 「本郷に字無し」とはどういうことですか?
 「王八蛋」はどう発音しますか?
紋兄さん
 「ミズの実」は何の実ですか?実たい。食べても実たい。
>なんとかで地方に呼んで、娘ッコたちに子種受
これが名門の名「門」たる秘尻(秘密のミス)ですか。
 ついでに女が生まれて狂喜する、なぜか姉さん相続、瀬戸
内やサンカの末子相続もね。多人種なるゆえと思いますが。
>子種を通じてより良い遺伝子を子孫に遺そうとする動物本能
 同族結婚のルーツでしょうか。でも野合いが私好きです。
数年前生物学者が「蜜蜂が兄弟姉妹のうち唯1匹を女王にして他
は働き蜂。それは遺伝因子を残すため」と発見しました。子孫を
残すため卑民・賤民となりかースト制度に泣く泣く入り、奴隷層
は奴隷主との混血を残し、今でも奴隷精神が元気です。それに自由
サンカを加えれば日本列島は何と三大派閥となるかもしれません。
源平橘藤+αの歴史学リストラは2002年に始まるのでしょうか?
 ミスしました直前のを消して下さい。
 


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