過去のKumanolifeGuestbook

[過去ログ インデックス]   [KumanolifeGuestbookへ戻る]

2001年12月31日(月)23時55分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


キ(^^)ク - 2001/12/31(月) 23:03<
竹+本=ペン(本郷に字無し)はアチラでは
アホの意味でして、姫に「たけもとさん」と呼ばれて喜んでいてはダメ、
それから、大陸海沿いの漁民「蛋」の字(蛋)も軽蔑言葉で、「ペン蛋」、
「王八蛋」、と使い、ここにも(八)の字が見られる。

シェイシュンの紋ちゃん <http://www.you-i.org> - 2001/12/31(月) 16:38<

  ♪√ としの おわりの バカおとこ

 U-TURUKOT のあんちゃん、アマカネ
 年末ご多望のみぎり、いろいろ気ぃつかわせ、キー叩かせアマカネ。

 おらは、精力的に書くちゅうよか、大きな大ヒマもてあましちょるとです。
 ただ、ネパール語と日本語・アイヌ語のあいだにただならぬ関係をみつけたもんで、ア
チャラカ向いちょる学者がハガユーしてたまらんとです。

 あそこんにき(近辺)のひとは、み〜〜んな赤い紐で結ばれて暮らしちょんなるもんで、
あの板にはだぁれも落書きせんとです。
 あれ、掲示板まで作るとは思わんやったと。マタギとかシカリ(狩りの頭領)だの新発見
のあったたびに、近くの姐さんのパソコン〜ファクス借りて祖電さんまで届けてもらいよっ
たつです。

 明治期になって、どこかのマタギが5人、下北の山に入ったが1年半ぐらいで暮らしが立
たずに引き揚げたといいやすなぁ。
 狩猟だけでひとりが生きてゆくには広大な面積を必要としたということでっしょうか。

「マタンキ(猟をする)」ちゅうアイヌ語はオラシランばって、アイヌ語にシカリという地名
はあれど、シカとかシカルの発音で狩り・狩人をいう語彙がないので、もしそれがあったに
しても、それはアイヌが借用した語彙だとなりますな。このことから、「アイヌときいたら
なんでもかんでもメチャ古い」という日本人のへんてこりんなクセは矯正されなアカンっ
ちゃなかでっしゅうか、なも。
 
 罠猟(アキビラ)……おらシランカットンテン。いいこと聞いた。あがあが。マタギのシロビ
レ(鉄砲)の語源がワカランかったとです。

 苫小牧市に住んでいた明治30年うまれの砂川クラというフッチが書いた一代記のなか
で、その叔父さんがアマッポさひっかかって、並みのからだの3倍も膨れあがって死んだハ
ナシが出てきます。そげなん肉はあんまし食いとうなかかったっちゃねーでしょうカネェ。
 肉はよそんちにもわけてあげますきね。干し(栄養をつける)たりすると、どう化学変化
おこすかワカランですばい。だが、こりゃおれの推測だけ。石巻におんなさるばってん、実
験考古学やってる先生に食うてもろたが早いですな。

 八っつぁん、うんにゃ、あんぐりのアンチャン、ヒタチナイの松橋旅館(代々シカリ)の
大将は毎年天皇陛下にミズの実を送ることを、やっぱ誇らしげに話してくれたばい。
 どげなん賤民でん、殿様とかサムライとかに近い縁を持ちたがっていた。ちゃうかね。
 皇室にかかわる三男坊を、病気療養とかなんとかで地方に呼んで、娘ッコたちに子種受け
させる……みてぇなこと……ここの発掘も重要じゃなかろうか。
 インドには2000にも細分された階位が機能しています。
 子種を通じて、より良い遺伝子を子孫に遺そうとするなぁ、動物としての本能のひとつ
じゃあ〜りませんか? 日本の階級はインドのカーストの丸写しじゃろもん。
 ヒミコや童神(海神も)はインドのクマリ・クマルの日本版やろが。
 ウンジュの子供が精神病をもった青年と結婚したいと言うてきたとき、ウンジュは悦んで
同意しますカネ。これいっぺん訊いてみたかった。
        ♪√ と〜しの おわりの バァカ オートコォっとくらぁ アマカネ

*(^。。^)*ngly - 2001/12/31(月) 12:53<

NON無学者

NONさん はじめまして
 ここは何を書いてもNONは無しね。ただ河原か小路ですから誰でもきて
いいみたいだが、全国「板」皆がみてるという眼はあります。山の民は猪
を山鯨とか言ってたみたいですが、ドブロクなんて書かずにロクドブとか、
黒豚とか、風呂竈とか、の方がサンカらしいですね。
煎餅・黄粉アメ・甘酒・固焼き玄米煎餅・納豆甘酒みたいな危険な美味
しそうなサンカ的なものばっかり、創って、非サンカ的(一人占め)に
してるの?
にっちょさん
 ここは皆、嫌いな言葉ですが学者。だって無我夢中で学んでる者ばかり
糞爺から餓鬼まで、皆の意見に素直に耳を傾け、反発してキー叩いたり、理解
したり、了解したりしてるから。無我夢中で学んでる者をシンプルにすれば、
無学者でも学者でも同じでしょう。あっそうか、無我夢中がないのが学者!
turukotさん
歴史学者の古田学派の掲示板に、「多賀城はエミシの都」だったゆえに
占領軍が本拠をおいたとか、大きな古墳は砦も兼用とか、小さい古墳は
九州人が現地の人間を信用させるためとか、興味深い事も書いてます。
 仮説の場合が多いのでしょうが。ちょっと目を通しただけですが。
 http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jfuruta.html#Anchor451034

turukot - 2001/12/31(月) 12:14<

紋次郎アジョシ〜 

アンニョンハセヨ〜

>おらハァ、もう十年もあっちほう行がねハンデ、ウンジュはカンナリあたりのご出身かち
>カンちげぇしやした。

カンナリは多賀城を焼き討ちにしたエミシのアサマロのトコロに近いんであンすナ。
おラホは北上川上流域で岩手山に近いトゴロでガンス。
松尾・安比・浄法寺は北すぎますであンす。松尾は鉱山の毒水でオレンジ色だったなハ!
正になメェとと〜り赤川だったづ。いい温泉があっで、一つ地熱発電所もありあンす。

>沢内村の『碧祥寺・掲示板』でボチボチ「片目」ぇ煮詰めちいやすハンデ、ヒマがあった
>ら覗いちみちおくれ。
>ことしのハイライトのひとつは、あそこの真昼岳を蹴りあげたこってござんす。
>沢内村……日本でいちばん早く老人プレ・ケアを実施した太田祖電村長、
>いまはマタギ資料館のボスかなんかをやっちょんなさるっちゃぁねーだろーか。

早速チラと覗いて見たんだドモ、アジョシのリサイタル会場みてでござんすナ。
実は秋田のどこかの掲示板でアジョシをよ〜ぐみかげでおりあンすた。
はぁ〜〜、こんだげ精力的にかぐひたぁだなハ!と印象的でござんした。

沢内村は聞くとごろによりますど、阿仁などの旅マタギがよく宿をとっでいだったがら、
マタギ化したのだと聞きあンす。(おらホは、はァホンドかな?とおもっでるであンす。)
よぐ里マタギと呼ばれるであンすが、マタギも狩猟一本ではながったのが本来、っつーが、
旅マタギでさえも100%一本ではながっだでねべが?と思うんでガス。
狩猟一本。。つーのは藩の領主権力の影響もあるんでねべが?「叉(けものへん)」とかがれで
らったようだんども、蔑視されていたようでもありあンすナ。
また、藩政時代前期頃、マタギの様相は今とつがっていだども聞きあンす。密教の影響で後に
変わったようだともキクであンす。
マタギ語源は諸説あるようであンすが、アイヌ語の「マタンキ(猟をする)」という説もあるようで
ガンスナ。狩猟風俗はアイヌ民族のそれにも(三面のヤマンドも)よぐ似てるようであンす。
罠猟(アキビラ)は沿海州の先住民、ウデヘ族のドゥイにそっくりらしいであンすナ。

里マタギのページを見て目を引いたのは、ワラダ。。だげでねくて、アマッポどいう「仕掛け弓」
(やはりテッポの前は弓でがんしたナ)で、アイヌ民族にもあるでガンス。
この仕掛け弓の様式は世界の狩猟集団・民族の中でも少ないらしいであンすナ。

こごで疑問があるんだドモ、マタギはなしてアマッポさ、弓使っだのに、普通の猟(イタズは別としでサ)
で弓ツカワねっつーこだぁあったんだべが?このあだりフニおちねであンすナ。

ドングリアジョシ〜
例のお返事もうペッコ待ってつかぁさい。読み応えある文章しばらくぶりでぁんして。。

にっちょ - 2001/12/31(月) 09:37<

無学

なんの自慢にもなりませんけれど。

わたくしも立派な無学者であります。

無学なものでも 学者を引導する事もあります、人間の性根玉で真剣勝負するときは

お互いスッ裸ですから、被り物は邪魔になります。

KUMANOの風はとてもここちよいですヨ。 NONさま。




バリ師 - 2001/12/31(月) 03:20<

NONさまへ

私の場合、テンカラ(渓流和式毛鉤釣)を手ほどきしてくれた師匠が「サンカから習ろたんや」と話してくれた時、「えっ、サンカ言うて何だっか?」と訊きなおしたのが、そもそもの始まり。

いろいろ調べていくうちに、いつのまにやらここに辿りついておりました。そやから、今でもなーんも知らへん。チンプンカンプン・カンプンチンプン。

NONさま、ここのみんなはやさしいよ。それに風通しがええ。それがそのままサンカ的なもんやと認識しております。ネット上でも縁というものは存在するのでありますな。

21世紀、どんな時代が来ようとも、軸足を自然の中において、大いに遊ぶべし。

一度、納豆甘酒なるものを飲んでみたいもんですなあ。

ヤゾ− - 2001/12/31(月) 00:07<

もう消さないで!

みなさん こんばんわ。

NONさん こんばんわ。
どうして投稿を削除したのかなって残念に思っていました。
様々な知識も必要だとは思いますが、
いろんなシガラミを捨て、山に暮すNONさんの生活や感性が伝わる文章こそ、
サンカを語る掲示板にとっては大切だと思います。
ヤナギムシさんの言う通りです。
掲示板よごしなんて、とんでもありませんよ。
だからもう消さないで下さいね。
山暮しでの、自給自足的な生活の話し聞かせて下さい。

もんむーさん いつも面白いの見つけてきますね。
最近、自分たちのそう遠くない先祖が、
どこどこの洞穴で暮していたんだという話しを聞きましたよ。

ヤナギムシ - 2001/12/30(日) 23:58<

やほーーーう・おこんばんわ

NON・・さん・・はじめまして・・ヤナギムシです
  ほんま、みなさん、博識で博学、なんか自分が小さくなりますね
    ははははでもそんなこと、気にしない気にしない
        ここは、熊野です・・

       静かに、耳を澄ましたり
        時には、大声で叫んでみたり

           悲しい時には、だまって覗き見したり
        難しい話は、ないしょやけど・・聞き流しいや・・みながしです

   わたしも、昔ワインを、作りました
        絞りの時、雑菌がはいって、酢になってしまいました

      先人達に出来て、なぜ私にできないのか・・!!

    はははっははは・・いいではおませんか・・

     うまくいった時だけでなく・・失敗のときにもなぜ・・失敗したのか・・なんて!!

  おせーーーーてくらはい・・

                      ほなまた・・ヤナギムシでした  

もんむー <http://www.kyosai.or.jp/~jinseki/article.html> - 2001/12/30(日) 22:03<

帝釈峡の名勝誌

広島県神石町につたわる帝釈峡の名勝誌をみつけました。
サンカが暮らしていたようです。

これはその引用です。

---
岩屋谷川は堅巖を彫り削り幾百尺の底を貫流し幽谿をなして、岩床滑かにU字
をなし處處に圓潭を作り甌壺を作り、小瀑あり激湍あり變異極りなし。圓潭の
最も秀でたるもの三ありて雄釜・雌釜・兒釜 と云ひ耳を有する大鰻淵の主な
りと傳ふ。雄釜よりは深潭渉るべくもなく岩壁手懸り足場なく攀づるを得ず城
の谷より半里の深谿にして上流山腹斷崖下に方一間の堂宇建立され兒安の觀音
を祀り、冬季は諸方より流浪し來る山窩の住家となる。此の附近に露出する崖
岩には洞窟多し。岩屋谷川流入する廣瀬の邊よりは谿廣まり懸崖の聳立もの暫
く杜絶ゆ。三町許りを下り始めて杉樹の中に巖角露る。此處に地下の殿堂へ通
ふ洞門用く。
---

いつごろ書かれたものかわかりません。
でわでわ

とんちんかん小僧 - 2001/12/30(日) 13:56<

海神ワダツミ

おミヨさん
>航海民や海人の総師だそうですよ。
ワダツミって言葉、変換してみたら「海神」って出ますね。
総元締めに相応しい神ですね。
>限りなく河童に近い神々の系譜
うむむ!こりゃ、ドビックリ。(まだ、ちゃんと読んでないけれど)
神々の系譜に隠された謎が解ければ、サンカや河童のことも全部わかりそうですね。

担猿の話、とても興味深い内容です。
>サンカは、ほとんどが密教の心奉者である。
特に上の文が一番気に入りました。
部落(←だけではないが)の人々を匿ったのは、密教寺院が最初といわれるぐらい
だから。(サンカと)何らか繋がりがあってもおかしくないですよね。

紋次郎さん
ワァー!嬉しい\(^o^)/
是非是非使っちゃって下さい。
じゃあ、あと幾つか河童の話を書こうかな。
>「ふくろう」「蛙」「かまきり」…
ふくろうは飼いたいと思ったことありますが、彼らの呼び名はちょっと・・
ゴメンなさい、関心ないですね。河童については、水木しげるの妖怪の世界が大好きでして、
たまたまヤゾーさんが河童の話をチョロと書いていたのでノリで書いてみただけです。
いつも音楽を聴きながら何を書こうか考えているくらいですから。

ヤゾー - 2001/12/30(日) 07:50<

鹿児島弁と津軽弁

みなさん おはようございます。

ヤナさん おミヨさん ありがとうございます。
お漏らししないように早くギックリ腰治します。
ヤナさん ハードなお仕事 ご苦労様でした。
ゆっくり休んで、
正月にはいっぱいお魚さんと遊んできて下さい。

*(^。。^)*nglyさん 自然の流れに任せましょう。
あまりあそこへの投稿はお薦めできません。
アドレス入れるくらいの人は別の話しですが。

随分昔、不思議な光景を目にしたことがあります。
鹿児島出身の人と青森出身の人が酒を飲んで方言まじりに話をしているのですが、
不思議なことに意味が通じているみたいでした。
僕にはなにを言っているのかさっぱり分かりませんでした。
酒の力でしょうか?それともなにか共通したものがあるのでしょうか?

シェイシュンの紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/30(日) 07:05<

  東 北 の 渦  

 TURUKOT のアンニョン
 おらハァ、もう十年もあっちほう行がねハンデ、ウンジュはカンナリあたりのご出身かち
カンちげぇしやした。MAPHI(ネパール語;お赦し)RA(強調末尾辞)ね。
 んだば、松尾とかアッピとか浄法寺あたりかな?
 沢内村の『碧祥寺・掲示板』でボチボチ「片目」ぇ煮詰めちいやすハンデ、ヒマがあった
ら覗いちみちおくれ。
 ことしのハイライトのひとつは、あそこの真昼岳を蹴りあげたこってござんす。
 沢内村……日本でいちばん早く老人プレ・ケアを実施した太田祖電村長、いまはマタギ資
料館のボスかなんかをやっちょんなさるっちゃぁねーだろーか。

 おとといだったか TV で日本人の起源を追いかけ回す特集やってたが、学者のドタマん中
には「東北というと、まるで西南日本とは文化がちがう……」という先入観があるんだ
なぁ、これがアー。
 津軽に行っちみなせぇ、チョンチョンのこつをマンジューち言いますばい。そんイント
ネーションは鹿児島そっくりで、薄れながらもぐるーっと白石市まで来ちょる。それこそド
ン行列車に乗ってみたらワカル。(八重山もマンジューちいいやす)。
 遮光器土偶を見てんなっしぇ、目がチョンチョン割れ目で、両方の足が揃っているのは、
3体しかなかってすばい。こりゃデカン高原中央部に棲んでいるアディバシー族の神像と
そっくりですたい。遮光器土偶が造られたのは3000年前。
 TURUKOT アンニョンが「南のほうのご出身な?」ち訊かれたつは、イントネーションの
せいやろ紋に。

 ドングリー・アンニョン、おEメールもろたばってんが、MAIL HTML ちゅうヤツ、おら開
ける技術は持たんとです。カイトへのご偏執は八っつぁんに似いちゅう。
 だが、もし同一人物やったら、あれからかなり行間があいてきて、風通しがようなって文
字が読み易くなったなぁ。スマートになんなさったつやろか。その分だけガンが縁遠くなっ
たみたいやが、寝ちょらんなら変わらん。

△うぶ - 2001/12/30(日) 01:21<
みなさん
今、一ヶ月ぶりに、その{2ch}覗きに行ったら、私の旧ハンドルそっくりの
「サンカ素人」とのハンドルで、投稿している輩が居られますが、私では
ありませんので、誤解無き様にお願いします。(ビックリしました)。

△うぶ - 2001/12/30(日) 00:47<
:(@..@)*ngly さん、みなさん
カサ→(倒置)→サカ、サンカ。ううん!なるほど!。単純にサカサマ言葉。
私、素直過ぎてか、この手法思いつかなかったです。
笠=竹+立 なるほど。竹+本=ペン(本郷に字無し)はアチラでは
アホの意味でして、姫に「たけもとさん」と呼ばれて喜んでいてはダメ、
それから、大陸海沿いの漁民「蛋」の字(蛋)も軽蔑言葉で、「ペン蛋」、
「王八蛋」、と使い、ここにも(八)の字が見られる。
『衝撃のネパール語』三一新書;ここにソースがあったのか。それにしても
うまく当てはまりですね。
チョンチョン、アチラでは、「ちーちー」、同じ{Ch}で、流れが有りそう。
師走でか?師匠の面々足早で、生徒の私、追いかけるのに精いっぱい
ですワ。

*(~。。~)*ngly - 2001/12/30(日) 00:26<

かさねがさね

「酪農牧場」と言った学生は非騎馬系です。この手の語彙は日本で
最も収集してる者の一人でしょう。趣味でなく歴史解明のためとい
う崇高な目的です。「ちょんちょん」関連も女性が使わせてくれて
も教えてくれないので、国宝以上です。貴重な庶民の文化財なのに。
 感じの時間ですが、かさねは、重・塁・累なども使う場合があり
ます。例えばカイト地名の累地。国語や地理学と歴史学してはXXX
ですが、日本の真実の歴史としては@@@@です。
 沖縄の方に「君が代」を歌ってはいけません。何と言う、お下品
な方といわれます。佐賀で「ちょんちょん」は絶対いけません。
昔早稲田大学学生同士で大喧嘩の原因になったそうです。
 重ねがさねご注意をお願いします。

ya(^ε・)na - 2001/12/30(日) 00:04<

おつかれーーぇ

ハードですがな・・サメもお疲れバイト今日でおしまい・・
   ふーーー
    あしたは・・たまった自分の仕事・やっと出来ます

なんなん・・ヤゾーぎっくり腰かいな!?
  ぎっくり腰の名人・・ヤナから一言
      基本的に運動不足・・腹筋と背筋のアンバランスからきますんよ
         たいがい・・腹筋が衰えてくるとなりますねえ
  ヤゾー、腹出てきたんちゃいますか?
  背骨の横の筋肉こってるとおもいますんで・・そこんとこ、ほぐしてくらはい

     それと・腹ばいで本よんだりするのんも・・あかんみたいですよ
  鎮痛剤・・もききますねえ

ヤナは、メフェナム酸って薬つかいますが・・なんか副作用あるらしいので・・いかがなもんでしょうか

   デンキ風呂ってのも効くみたいです

          ヤナ・・テニスやっていた頃には・・全然なかったのに・・

  やっぱ・・運動不足が・・一番の原因やろね・・けけけ・・痛いモンね
         お大事に
                          ヤナでした

*(^。。^)*ngly - 2001/12/30(日) 00:03<

お願い

おミヨさん・あかねさん
次のサイトで東北サンカ関連の投稿があり、実に興味深いもの
です。ヤゾーさんもサンカされてますが、その板では東沢さん
にお気の毒です。あちらでも古代につての質問などしてみて
下さい。色仕掛けでも、何でもお好きなようにして熊野の里へ
つれてきて頂くのが最善です。お任せします。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/min/988420242/201-300
の281番から始っています。「歴史民俗学」以上の内容です。

おミヨ - 2001/12/29(土) 23:58<
きや、呼び捨てになつていました。すみませんドングリさん。

おミヨ - 2001/12/29(土) 23:49<

担猿

とんちんかん小僧さんの担猿の記載でちょっと思い出しましたので書いてみました。
信玄・謙信の使った担猿の実体は、山岳ジプシーの集団であるサンカだそうです。甲、信、越、武の四州は、古来からサンカの巣であり、彼等は平常は、箕作り、竹細工などをして、米塩の資を得ているが、諜報活動などと二重生活をして、山に住んでいた放浪種族で、このサンカの親分を手なずけて、諜報、敵国擾乱などに使ったのがラッパ、担猿のおこりで、野武士などより、ケタはずれに強暴で戦争に利用されたらしい。サンカは、ほとんどが密教の心奉者である。山伏修験僧と彼等は、共に山の中で生活する人間である。
修験者とサンカの関係は、きわめて密接である。修験者又は修験道場で兵法を研サしたその時代の野武士達
は、サンカを動かす方法を、充分にしっていたのでしょう。

:(@..@)*ngly
笠ね瘡ね、いろいろご教授有り難うございます。
「ちょんちょん」も「酪農牧場」も笑ってしまいました。

ヤゾーさん失禁しないように早く治してください。
お大事にしてください。

皆々様 
今年一年いろいろお付き合い頂いて有り難うございました。
もういくつ寝るとお正月〜〜〜。
来年も良いお年でありますように〜〜〜。

turukot - 2001/12/29(土) 21:18<

紋次郎ヒョン(兄)〜

おっと、二シパはご年配ですけん、ヒョン二ム(お兄様)と呼ばないかんクサ。

>turukot のあにぃ、藤原氏眷属の玖珠……尻ませんでした。

記憶が正しければあっこら辺であンす。
玖珠は気候が東北に近い感じだし、温泉はあるし、牧場はあるし、地熱発電所なんてのも
ありあンすナ。おらホの故郷にふた〜づありあンす。蒸気もくもくでさぁ〜。

>あにぃはアレ知っちょんなさいますか。登米ではどぶ酒を「マツイタ」と言うて、ほかの
>清酒を「ヒノキイタ」いう。MADIRA(ネパール語;酒……当時はドブか?)の意味が
>オカシクなって、松の木で造った板の器にドブ容れたンじゃねーだろーか。
>それがあんまし臭いんで檜に変えたらしい。

おら、すらネでガンス。んだっで、登米の人でネものナッス。おらホは北上川上流域の者であンす。
ヒノギどマヅ絡みの酒っこぁ、すらネんだドモ、ヒノギとマツの葉のエキスっこ使った入浴剤なら
2種類知ってるであンす。
この入浴剤は「元は一つ末は二つ」でおんなづ物がおんなづ値段でウラレデッゲドモ、どっづも暖がぐで、
2時間くれぇ、ながもぢするであンす。1缶¥3000だっだづも。ヒョン二ム(ヤクザの兄貴を呼ぶ感覚に思えてしまうのら。)どヤゾー二シパの足腰にエェデヨ。

なめぇはよぐ思い出せネんだドモ。「〜センス」っで名メェであンす。下関サ2箇所でうられでたったナ。
んと白に蓋がオレンジの方だっだづ。

ヒョン二ム(韓国語であンす)。宮崎の中東系若衆はハヤト系では??
おらホも九州サやっで来て、「南九州の人ですか?」などといわれだこだぁあっだドモ、
中東系にも見られるモンナァ。エミシ系は山間の方が中東系であンすなぁ。
肥沃な平野とは様相が違うようでガンス。いちがいには言えマヘンドモ。

韓国朝鮮はプヨ(夫余)・コグリョ(高句麗)系とマルカル(靺鞨)系などのツングース系が
入っているのでござんすが、南韓は土着系ではながっだんでネべか?
南韓土着系はナンかペッコ違うでガンス。
そりがら、三国時代のシルラ(新羅)にはイスラム商人がヨムポ(塩浦:今のウルサン)に来て交易しで
いたったづ。んだがらその影響もあるがも知れネ。

シェイシュンの紋 - 2001/12/29(土) 19:38<

八っつぁん

 ドングリーのあにい、ウンジュは、ほなこつ 八っつぁんあるか?

 別人でもかめへんけんど、朝の4時に起きるクセ、アマカネね
 
 

シェイシュンの紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/29(土) 16:35<

十時になったら、寝ましょう。

 トンチンカンのあにぃ、
 けふ荷物もってきた宅配屋の若衆の顔みたら、中東系でした。先祖はどこかと訊いたら宮
崎のザイだそうです。「宮崎=朝鮮系の先入観を破らなならんナ」と反省。朝鮮文化の向こ
うにはインドがあるのら。
* ヒュ−、ヒョ−という音が目につきますね。こんなのは一般倭人が嫌う音ですがねぇ。
* 「終」の文字が淋しい。このシリーズはまとめておらの HP でサイト造っていいです
  か? 「ふくろう」「蛙」「かまきり」には関心はお持ちじゃありませんか。こんなの
  を30〜50方言あつめて、世界中の言語で色分けすると、国家形成直前の氏族住みわ
  けが出るンですがねぇ〜。

 turukot のあにぃ、藤原氏眷属の玖珠……尻ませんでした。
 だどもクスっちゅうなぁ、「健康・喜び、幸福」みたいな概念が絡み付いて、そのひとつ
に「酒」の美称がありやしたよなぁ。
 あにぃはアレ知っちょんなさいますか。登米ではどぶ酒を「マツイタ」と言うて、ほかの
清酒を「ヒノキイタ」いう。MADIRA(ネパール語;酒……当時はドブか?)の意味がオカ
シクなって、松の木で造った板の器にドブ容れたンじゃねーだろーか。それがあんまし臭い
んで檜に変えたらしい。
 木枯らし紋次郎あにぃが早足に歩いた上州松井田の宿カネ。

 どんぐりちゃん、アマカネ(これニューギニア高地石器時代人の挨拶)
* 睡眠不足、夜更かしは、ガックンと抵抗力が墜ちてガンを引き起こします。世の中がオ
  モシロイキモチ分るが、「小夜」のときにはもう寝らなアカンばい。小夜っちゅうなぁ
  「夜、まっさかり」の直前の夜。五月(さつき)のサといっしょ。真っ盛りの直前。
  それよか、十時に就寝して4時に起きることを奨めやす。
* スス竹と篠竹はちがうとばい。http://ucgi.kamnavi.net/cgi-bin/yakbbs.cgi で。
* あと5册ぐらい手許に残っていますので、おエメ zik@you-i.org くだせぇ。ただし、
  目下おへまんやつが忙しいモンキ、発送は来年になります。

 きょうかいさん、足しびれのおらにも教えてぇな。Eメール・アドレス; zik@you-i.org
 

ヤゾー - 2001/12/29(土) 15:31<

山暮らしですか!

NONさん はじめまして!
僕も熊野の山小屋で独り暮らしをしています。
身の回りのことは、出来るだけ自分の力でやればやるほど、
新しい発見があったりして、ほんとうにワクワクして楽しいですね。
昨日、ギックリ腰をやってしまいまして、
少し難儀しています。
独り暮らしは特に、身体には気を付けなければいけませんね。
また、いろいろとお話を聞かせて下さい。
今後とも、よろしくお願いします。

紋次郎さん きょうかいさん お心遣いありがとうございます。
幸いにも足のしびれまではないようです。
何度か腰を痛めたことはありましたが、
ギックリ腰は始めての経験です。
朝、小便の為に立ち上がるのに30分もかかりました。
もう少しでチビリそうになり、
あまりの情けなさに笑ってしまいました。
イザナミが失禁してミズハノメ(水神)を生んでも、
僕が失禁したらお婿さんに行けなくなります。
こりゃ早く治さなければと思い、
不思議と紋次郎さんの書いて下さったことと同じことをしました。
首もぐるぐる回してみました。
それで少しは楽になり、なんとか座れるようになりました。
「ヤゾー」というのは親分を意味した言葉のようですが、
自分で使っていて恥ずかしい気もしてます。
ウガヤの八っつぁんって、もしかして:(@..@)*nglyさんのことでしょうか?

:(@..@)*nglyさん 今度、宮崎出身のあばーちゃんにいろいろと聞いてみます。

おミヨさん 招福落花生 ありがとうございました。

きょうかい - 2001/12/29(土) 13:27<
ヤゾーさん
 ぎっくり腰は、初めてですか?
 足のしびれは?
 いいのが、あるから紹介するよ!

おミヨ - 2001/12/29(土) 13:19<

再び河童どん

限りなく河童に近い神々の系譜
「古事記」によると、ワタツミのつぎに、アワ(泡)ナギ・アワナミが生まれる。アワ(水泡)に漂泊の
意が潜んでいる。つぎにミクマリ神(水を配分する神)、風神がうまれ、山の神としてオオヤマツミがうまれた。ヤマツミ(山の霊)は天狗に擬せられる神である。
河童は一年のなかば水中で暮らし、あとは山で暮らす。山入りした河童を、山童(ヤマワロ)とも天狗とも
いいワタツミとヤマツミは同じ神。
書紀におけるワタツミ・ヤマツミは「また海神らを生む。少童命(ワタツミ)と名付く。山神らを山祇(ヤマツミ)と名付くとある。次に大事な神々はあめのとりふね(天の鳥船)神、オオゲツヒメ(大宜都比売)神、ヒノカグッチ(火之迦具土)神である。
船神様は舟の形になぞらえてホト、そして食物の神といわれるオオゲツヒメには、尻のホト穴の意が、さらにカグツチ神には、ひのやぎはやお、ヒノカガビコの別名があるように、火の燃え盛る意が表現されている。そこでイザナミの身辺に、大事件が起きた。イザナミはホトを大ヤケドし、苦悶の果てに死んでしまった。イザナミは苦しみながら嘔吐した。そのゲロからカナヤマ(金山)ビコ・カナヤマヒメの鉱山神が生まれた。また苦しみながら放(ヒ)りだしたクソからは、ハニヤスヒコ(書紀ではハニヤマヒメ)・ハニヤスヒメがうまれた。<「ハニ」は埴土のことで、質のこまかい黄赤色の粘土をさす。この粘土は刀剣の焼刃土や、焼物用にももちいられた>この神は安産神とされている。一方で片目神の伝承も有し、手子后(てごさき)(天后・ニャンマ神)神としてまつるところもある(茨城郡桂村)もあり、ワダツミの鍛冶神。
さらにイザナミは、失禁した尿(イバリ)からミズハノメ(水神)をうんでいる。「水端の女」で、「形、小児のごとき水中の怪」をさし女河童。ミズハノメの次に生まれたワクムスビには製鉄神の性格がある。
炉の中で砂鉄をとかし(沸かし)、コロ(鉄塊)を結ぶ神である。次に生まれたのがトヨウケ(豊受)ヒメ天照大神に食物を供給する伊勢外宮の神。すなわちミケツ神、トヨウケ神はトヨウカ神でもあり「トヨ」には「ユタ」「ヨタ」の意がもたれ、神懸りして身体が揺れることで、同時に「たゆたう」(漂う)意味でもある。漂泊神の性格を「豊○○神」のトヨで、たとえば海神の女・豊玉媛なども、「呪術的巫女の性格を持った漂泊の真珠採りの女」また「塊振りの巫女」とその正体は容易にわりだせる。一方、トヨウカ(豊岡】神とみた場合、そこからは漂泊(トヨ)の宇賀神・宇賀女(ウカノメ)(いわゆるオカメ)。鎌倉の隠れ里”秘境”に「銭洗い弁天」がまつられている。祭神は人頭蛇身で宇賀福神。宇賀福神・宇賀女が弁天様とあるとするならば、これはミズハノメ、すなわち「形、小児ごとき水中の怪」につながり、いずれも女河童
ウカ神やウカノメは「倉稲魂神」「保食神(うけもちのかみ)」「稲魂女」とも表現され、この神が伏見
大社を総本社とする「お稲荷さん」これは、居成り、地付きの意、地主神の性格をもつので、いたるところお稲荷さんがまつられた。本来は土着の地主神を稲荷神に仮託したもの。また一方では「鋳成り」の意を含む製鉄神であった。伏見稲荷はフイゴ祭りをやります。)
お稲荷さんはなぜキツネがいるのか、それは倉稲魂の神が宇賀神であり、宇賀神はミケツ神であるところから、三狐津神と付会して、キツネは稲荷神の使神とされた。しかし、天狗、天狐、天后(天狗は河童に、天狐は天狗に、天后もまた河童に置きかえられる)を三狐神としたのが始まりと考える。
オオゲツヒメートヨウケ神ーミケツ神ーオカ福神ー弁天ー稲荷が、根源で結ばれている神でこれらの神々
はかぎりなく河童にちかい。                     つづく

:(@..@)*ngly - 2001/12/29(土) 13:08<

寝てないので失礼

茜さん サンカのツルの幕の色由来でしょうね。でもニクい人。
>小豆入り雑煮・善哉風雑煮のある兵庫県・・・メモを探します。たんま。
>四国の野菜だけの具・・・餅ろん餅入り。松山砥部町山下君も善哉雑煮で、堀江町
西原君ちは餡入餅+白味噌雑煮。苗字と地名と信仰とセットでないと、料理番組か
民俗学になって終しまいで、歴史に繋がりません。ネットで見る限り民俗学を勉強
する方の研究目的が不明、テーマも小さく、方法も甘くという印象です。指導する
側の問題といえばそれまですが、教師を乗り越えるような情熱が感じられません。
おミヨさん
>スケ51歳〜70歳、ハヤ21歳〜30歳・・・年齢をいう場合もあるようですが、確か
『上記』にある佐賀弁「ちょんちょん」の回数では?
>キュウリには蛇・・・・やはりここにもウガヤですか?記紀にはないですね。
>石上神社・・・・先住民族ウガヤでしょうか、同属の新羅が受け継ぐはずです。
一番数の多い古社では?
△うぶさん
>酪農牧場・・・・・TVでは必ずこの場面がでます。牛もこの時は快感を感じる
ようで、「モ・メ〜」と鳴くそうです。転じて、乳児の時「母の乳」成長し
て「乳吸いの命」になるからが語源と思われます。下手をするとセクハラと
して、善意と好意のつもりが犯罪に転化します。
「楽(珍?)の僕・女」とは夜這い女みたいね、今晩もでしょうか。
 高句麗系の笠石もありますが、笠・加佐・嵩・瘡・賀佐は皆同じでしょ
う。笠置・笠戸・笠岡・笠木・笠島・竹立は多分別所地名で、笠をリュウ
と読ませて、龍・竜・柳・立などと替字する位の悪智恵を、権力に隷属す
る頭のよい人はやってると、思う。和歌などで枕言葉や掛詞を彼らは好んで
いますから。坂は不思議な位、中世非人「坂の者」など別所関連ですがカサ
を倒置してサカの可能性もありです。サンカもこの技法真似ています。
turukotさん
>魔都のように・・・的?的を外したからとて、的はずれでは。待つとも読める。
紋次郎兄(勝手に篠竹ヤゾー)は完全に別所系サンカだとか。感激最敬礼!!
『衝撃のネパール語』三一新書3000円を買ってサインか箕を貰おう。
ヤゾーさん
宮崎のあばーちゃんちの竈は東・西・南・北向き?でも原子(はらこ)筋ですね。
昔、右翼通信社の時事通信社に解説委員に原子林二郎というのがいました。
とんちんかん小僧さん
明治40年まで刑事の補助となり犯罪捜査する者・諜者をサンカといってますから、
透破・突破・乱破を三家(サンカ)といった時代からの伝統でしょう。現在も警察
内部に多い事は想像に硬くないです。そうすると近世発生説は虚しい限りです。

シェイシュンの紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/29(土) 12:58<

ダイジなこと、書きわすれた

下の体操で、腰をかがめて、掌を床につけようとするとき、ゼッタイに反動をつける
ようなしぐさはしないでください。
 ムリに早く床につけようと焦ることは、とても危険なことです。これロマンと身体が
もっている原理のちがいあるね。
 山のなかにいると「情・ロマン」にとっては、とてもいいのですが、それが健康に直結
しているとは限らない。このへん、おれも錯覚して足が立たんごつなったとです。

 ウガヤの八っつぁん……、あの性格はガンを呼び込む。
 Eメール・アドレスが変わったらしい。ご存じでしたらお教えアマカネ。

シェイシュンの紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/29(土) 12:47<

キックラヘンキの治しかた

 ヤゾーさん、おら、先生じゃなかってすバイ。先に生まれたかもしれんが……おれ67歳。

 山のなかでキックラヘンキ(ぎっくり腰)はてぇへんだ。
 導引術の本を読んだだけの知識ですが、やってみますか?
 窓は開け放ち(あ、その必要ないか)時計、めがね、腰ひも、ゴムなど身体を締め付けている
もの一切を取る。
 最低、40分、普通1時間はかける。
 1回で良くなろうとは思わないでください(よくなる場合もある)。
 立った状態で、膝を曲げないで掌のつけねが土(床)に着いたら腰は治っています。
 「そんなこと、とてもできないよ」というひとが、ギックリ腰になっているのです。掌が床に
着くひとはギックリ腰にはならないのです。
 最初は腰をちょっと曲げただけでも苦痛でしょうが、そこを諦めてはイケません。
 鼻からゆっくり、十分に大きく息を吸う。このとき腹をだす。
 続いて口をつぼめて、静かにゆっくり息を吐き出す。
 半分吐いたごろ、やはり息を吐きだしながら身体を前にかがめる。少し両手をまえ
にだしてみる。おそらく、地上50cmもあって「おりゃ、ダメダ」と絶望を感じるで
しょう。そこで諦めたら、身の破滅。自分の身体と根気の両方をニラミつけながら、
未来を開発してください。
 満腹時、空腹時は避けてください。

 2〜3日経って少し落ち着いてきたら、5〜6分間うつぶせになって、子供の水
遊びみたいに足(膝から下)をバタンバタンさせるのをくり返してください。
 顔はどっち向けてもかまいません。両手は上(床につけてのアタマの上)に伸ば
しておきます。これは腰に異常を覚えるひと全員に向くカンタン有効な体操です。

 「ヤゾー」というのはサンカ用語の「仲間」ということですか? んならこれ町
奴の「YAR-KO」でんな。 YAR ……ネパール語で仲間です。R が促音おこしてもい
たんでんな。
 廣島のウガヤの八っつぁんはここには遊びにきてはいないのでしょうか? 今朝、
おエメ出しちょきました(あっ出戻りになってた!)。あの「八」もそれにありつったか! 

 津軽方言; キックラヘンキ…… KIR(髄)クラ(座)ヘンキ(センキ……病気)
 「セン」の意味はオラシラン。KIR(髄) はアイヌ語に見られます。美幌では“山”。
 キリマンジャロ、キリシマやろかね。

バリ師 - 2001/12/29(土) 03:37<

春来たりなば・・・

春先、イカナゴの季節になると、あちこちでイカナゴおばさんやイカナゴばあさんが出没し、やたら釘煮を配りまわりますな。この時期、私は釘煮の集中食になります。若干硬めのがええですな。

播磨の歌姫の「バイバイブラックバード」を聞きたいもんであります。

△うぶ - 2001/12/29(土) 02:37<
おミヨさん、みなさん
>この笠も儀式性がつよいようにおもうのですが。
笠で思い出されるのが、祇園山笠の名ですね。祭りですので儀式ですね。
又しても、{祇園}です。{瘡}も(かさ)と読みますし、疫病がらみダブルです。

「酪農牧場」、、、もう裏で回答流布されているのでしょうか?
(らくのぼくじょ)で→「楽の僕女」、、、、単純すぎるでしょうか?

ヤゾー - 2001/12/29(土) 00:03<

グットタイミング

ヤナさん お心遣い痛み入ります。
管理人があまりでしゃばらない方が良いのではないかと思うこともあり、
レスを付けることや、管理人として投稿することを少し考えていたところでした。
ヤナさんが仰るように、今後は管理人としてではなく、
みなさんと同じ立場で投稿することに致します。
幸いにもDonglyさんという良い先生がいらっしゃいますし、
最近では紋次郎さんという先生もできました。
風の王国風にいえば、遊行の先生 ヤナギムシさんもいます。
後は、自然の流れに委ねてみたいと思います。

おユキちゃん (≧∀≦)可愛いですよ。
本当に小鳥が好きなんですね。
こちらこそ 来年もよろしくお願いします。

アカネさん 播磨の生き字引目指してがんばって下さい。
こちらこそ 今後とも よろしくお願いします。

turukotさん いえいえ こちらこそ!
今後とも よろしくお願いします。

おミヨさん キュウリと祇園信仰は結びついているんですね。
いよいよ河童はサンカ臭いですね。

蜜柑さん いいな〜 その写真 正月用のページに使いたい!
箕のある一年でありますようにって。

な なんというグットタイミング (>_<)
ギックリ腰で座って文章が書けません。

おミヨ - 2001/12/28(金) 22:27<

いろいろ

*(@..@)*ngly さん(眠そうなお顔)
「兵衛」のお答え有り難うございました。スケは確かに女性の事らしいんですが、助兵衛は女性の事だったんですか。なんだか納得いかへんようなー。ならば、サンカ用語ではどうかと思い「スケ」のところを開いてみました。スケ51歳〜70歳、ハヤ21歳〜30歳、ちょと意味がわかりませんでした。
酪農家??何かの隠語でしょうか?教えて下さりませ。

とんちんかん小僧さん ヤゾーさん
ワダツミは大海津見(オオワダツミ)で大山津見(大山祇命)と同一神で、瀬戸内海・大三島の大山祇神社
は、航海民や海人の総師だそうですよ。

河童どんとキュウリ
キュウリは日本各地で祇園信仰と結びついている。岩手県江刺の八雲神社(スサノオ)では、旧暦6月14日の祭日に、キュウリを2本供えてくる風習があった。。類似の習俗は他にも多く、キュウリを祇園社の神饌とし、祭りの前後には食べなかったという土地もある。
神奈川県川崎などは、初なりのキュウリには蛇はいっているとして、川に流す習慣があった。祇園の神が
川を流れてきた瓜に乗って、出現したという伝えは多く、瓜の中の蛇を、祇園の神とする信仰があつたらしい。九州には、川祭りの日に、河童どんや水神にささげるキュウリを、川に流すたとえもある。祇園信仰
は水神信仰を基盤に展開しており、これらの伝承も、瓜類と水神との宗教的結びつきを根底にしてなりたっている。

蜜柑さん
加藤今朝松さん作の「箕」をゲット
今朝松さんも、一番嬉しいに違いありません。
治まるべき所え治まったという気がします。

播磨産鉄民の女王あかねさん
お雑煮の味付けいっしょやった。そう、思い出しました。大根や人参もはいってましたよ。
今日、職場でお雑煮の事聞きました。東北、関東人が多くて、おすましというのが大部分でしたよ。
ついでに酒粕汁も聞きました。塩味という人がいて、へぇーなんて驚いたりして・・・・。
おらー醤油味が大好きで、冬は身体あったまるよね。

△うぶさん
傘のお化けも産鉄民ですよねー。
笠ちがいですが、この笠も儀式性がつよいようにおもうのですが。

(≧∀≦)スズメです うん、これかわいいー

ヤナさん
お忙しそうですね。
繁盛してますね。








turukot - 2001/12/28(金) 22:24<

おらホのHNで話題になっちょりますなぁ。。

ども。おばんでガス。

ヤゾーの二シパ

>turukotさん サンカや別所の末裔を意識していないと、
>なかなかこういう話題には興味は持てないもんだと思います。
>誇りを持って、サンカや別所の末裔であることが言えるようにしたいもんですね。

ゆんべは失礼なこどを申したでごさンす。<(__)>
ドングリの二シパからお便りもいただいで、ご教示いただぎあンした。

しばしば、当事者でないのに語っているケースもあるんであンす(他でね)ので、
先の愚問を発したんでござんす。

とごで、おらホは北上川上流域のエミシの末裔を語ってるんだども、んだからおらホは
別所モンでもサンカでもネでがんス。(別所モンには関心があるんだどもナッス。)

んだがら、ヤゾー二シパのおっしゃるこだぁ、よ〜ぐわがルであンす。
おらホもドングリ二シパのお誘いでひたドモ、フラフラ〜と吸い寄せられで来てるでガンス。

おらホがひねくれスレをなげかげだこともあったドモ、やっぱ、問題意識ゆえであンして。。
(別に弁護でながンす。)

紋次郎のニシパ、
>* KOT ……と、末尾に T をつけたらアイヌ語的、その場合の TU はとうの昔……の TU
  あるか。「ツル」は谷間の平野の意味で地名になってる……デシタカ。
ドングリの二シパ
>turukot(剣または弦木または鶴来ヤゾー?)さん
kot(「〜跡」)と「コ」はエミシ(アイヌ)語→和語の過程で子音語尾音が脱落してしまったんであンすナ。
タプコプ(tapkop:たんこぶ山)→タッコ(田子、達子)なんかも。。ん?たんこぶもTAPKOPから??

tuは、おっしゃる通り「二つの」という意味もあるんだドモ、「峰・岬」、そして「古い、旧〜、元の」
という意味もあるんであンす。=フシコ(HUSKO)。RUは「足跡、道」の意であンす。
実はturukotだけでは字句的に「川」の意までは示さないんであンす。tu(husko)「pet/nay」ru-kotなんだドモ、省略されている(言わないまでもナンの(足)跡かわかる―当然、川の足跡やろも)ンではないか、
とおもっておりあンす。
またルコチrukot-iと接尾辞がついて「特定のナニカ」という形をとらネのは氾濫原・湿地帯ゆえに
複数〜多数あっだンでないか、と考えるンであンす。

んだがら、鶴来ヤゾー云々とは無関係であンす〜

>大分県玖珠郡……あの切り株山に大楠が急成長したことはタシカだと思う。それを切り
>に来た上がたの船大工あたりが子種播いたのが生田姓じゃなかっちゃろか。

う〜ん、よぐスらネドモ、奥州藤原氏眷族の末裔は玖珠ではありあせンでひたか。。

>広島市北部にあって、この辺りか、長利・八屋の三大部族ありと柳田国男がいってる。
 
なるほどであンす。広島は京都とともに魔都のように感じるンであンすが、おらホの妄想??
「八屋」は豊前市に地名があるんであンす。豊前市〜求菩提山はエミシ色が濃いであンすナ。

とんちんかん小僧 - 2001/12/28(金) 19:47<

山童と河童呼び名集(2)

九州・沖縄地方
● 福岡県:勢子・山叔父(ヤマオヤジ)・メラ
● 佐賀県:ヒョウスベ
● 長崎県:山童・山オロ・山ウロ・ヒョウスベ・川立神
● 大分県:山童・勢子・山勢子・セコンボ・モコンボ・モンキサン
● 熊本県:山童・ヤマワロウ・山者(ヤマノモノ・ヤマンモン)・山人(ヤマント)・
      山伯父(ヤマオヤジ・ヤマオジサン・ヤマのオジヤン)・
      山若衆(ヤマンワッカシ)・山ンコドン・山オロ・山オロシ・
      山の神の使い・山神・山ん太郎・クダン・アン人・アノシ・勢子・
      セココ・セコドン・ガゴ・山ケンニン・ケンニン・ヒョースベ・
      ヒュースンボ・ヒョイヒョイドン・ヒューヒューサン・ホイホイドン・
      ホイホイサン・ホイホイ鳥・旅の人
● 宮崎県:勢子・セココ・セコゴ・狩子坊・狩子坊主・狩子様・カリ・カル・ガゴ・
      ガグレ・カクレ・ヒョウスへ・ヒョースボ・ヒョース坊・ヒョースケ坊・
      ヒョースボドン・ヒョウスンボ・ヒョウ坊
● 鹿児島県:山童・童殿(ワロドン)・山オジ・オシドン・ヤマンボ・山の神・
       ヘンコロ・ノラ・ヒョースベ・ヒョウズンボウ・ガランデンドン・
       ウバヤケンモン・ケンモン・クンムン・クンム・イッシャ・ボージキ
● 沖縄県:キジムナー・キジムン・ブナガヤ・ブナンガヤー・ブナガ・ブナガイ・
      ミチバタ・ハンダンミー・精魔・セーマグ・ヤーマグ・ボージヤマ・
      ギルマアナ・インマーザァービ・アカガンター・キムヤー
                                      終

漂泊民サンカを表しているような名前のようにも、各地にいた忍び集団の中にも河童に
関連する呼び名があったことに昨日、お風呂の中で考え事していたら気づきました。
あくまでも僕の勝手な何の根拠もない解釈なんだけども・・。
昔、サンカ衆の中に忍びものとして活動する者がいた。それらの忍びは、戦国時代に
各国にいる有力大名に仕えた。上杉家に仕えていたのが担猿(のきざる)といい、
越後から信濃の山中を本拠とした忍びだ。また、甲斐の武田家に仕えた忍びを透波
(トッパ)・小田原に本拠を置く、後北条氏に仕えた忍びを乱波(ラッパ)といった。

名前だけで判断するのは難しいですけど、カンが働きまして河童(カッパ)に似てるナ
と思い投稿してみました。

とんちんかん小僧 - 2001/12/28(金) 19:39<
紋次郎さん
あくまでも呼び名の紹介ぐらいしかできません。
紋さんのように言葉をバラバラにして解明していく作業には頭が上がりません。
いろいろとまた、ご教授願いたいと思っています。

*(@..@)*nglyさん
>調べなくては
野史研究には、ピッタリあう調査ですよね。
九州地方の呼び名はこの後すぐに書きますのでビックリして下さい。
まさにサンカを指しているような呼び名が目白押しです。

*(@..@)*ngly - 2001/12/28(金) 19:26<

年賀状送れますぞ

turukot(剣または弦木または鶴来ヤゾー?)さん
>幕張。幕=テント布や桐油紙と思えばよいのでは。ただ幕内は幕=サンカ語か?腰巻
で、幕の内というと熊野ライフで金語。久保・程・貝須と同じ理由で別所になるの愚説。
証明法の一つは、修験ヤゾーの物識か霞みの、熊野本宮跡地へのご検察と賢察あれ。
広島市北部にあって、この辺りか、長利・八屋の三大部族ありと柳田国男がいってる。
篠竹ヤゾー(紋次郎)さん
>ホンネとタテ(うそ)MAE  上手い。なるほどね、「衝撃の」国語辞典入り決まり。
>クグツ 分らない事がいっぱいだが、置部海部系とか騎馬民族源氏蘇我系とかの説があり
元々はサンカ多数派と同じ新羅系では。また中世は長者宿の女主になって旅人の世話・クグ
ツ売春やら人身売買してたか?呼び名を辿るとそんな気が。勿論忍びもしてたと推測する
のは、くぐつけという地名を調べたら傀儡師は見えないが、別人が目付けをしてたようで、
伝統だけは受け継いでるようだった。本当の操りは別の所に20年前までいた(民俗学は
江戸初期に消えたとか)。徳島三好の人形操り末裔は大坂へ出て文楽国宝となり、昼間は
もぬけの殻。季節には吉野川の魚を食べに帰るから、空宿無しだ。仕方なく美濃田の滝ち
かくで背ぶったものだ。
穗國新羅 ピンクヤゾー別名サンカ本場の、三河ヤゾーに聞いて下さい。穂国=火国(筑
後・肥後北部・佐賀など)と同じ意味の新羅人系、愚説が残ってますが。
あかねさん
>達者行事。どんな行事。別所では?の疑問で佐渡北海岸の達者に下見に行った時、あの辺り
東北から来たという伝承を持ってた。江戸時代前は、米作りも漁師もおらず、狩猟や山稼だけ
だったが、流刑中の天皇が作った(嘘だろう)薬師などは古い物があったそうだ。相川という
酷い地名も、昔は北戎だったもの。達者でな=東北で元気でな(三橋美智也)。

あかね - 2001/12/28(金) 18:47<

お雑煮

*(@..@)*ngly さん
小豆入り雑煮・善哉風雑煮のある兵庫県北部とは、但馬のことですね?
但馬ならどの辺りになるのかしら?お教え下さい。豊岡市に親戚があるので、聞いておきますね。
豊岡から西播磨南部等へも、藩政の時代となっても武家の移動はあったようです。それと関係あるのかな。
それから、兵庫県南部というと、西播磨?
よくわからないけど、風土記に登場する讃岐神の時代、古代から播磨は四国とも、瀬戸内海を挟んで盛ん
に行き来がありました。摂津の三島明神も愛媛に移動してますから、古代から人の移動は盛んだったで
しょう。それ以降も、例えば戦国時代には河野水軍・三木氏なども、播磨全域・但馬・吉備などにも
入っています。産鉄絡みで、四国のお名前も、播磨各地に分布しておりますです。
あ、高松の遠縁(呉服屋さん)は、善哉風お雑煮です。

それと、四国の野菜だけの具というのは、お餅は入らないのですか?そのお家がもしも鍛冶絡みなら、
経済水準というよりも、近江鍛冶などが、お餅を嫌うことと、何か関係があるのかもしれません。
とか、思っております。あ、故郷の大昔に四国から移動してきたと思われる一統は、京風雑煮です。

*(@..@)*ngly - 2001/12/28(金) 18:08<

調べなくては

とんちんかん小僧さん
>山童と河童
この中にはサンカの名称とおぼしきものがありますね。
 他の名称もサンカを示すのかも。どこかの方言や民話や
伝承の中に、隠れているのでしょうか。町村史の中などを
めくり、また俗諺・方言調査にも行く必要があるのかも。
 雑煮の続きです。小豆入り雑煮・善哉風の雑煮は、訪れた
限りでは山陰の米子からと兵庫県北部まで分布しているよう
です。京都北部や兵庫北部は知られています。しかし四国に
もあります。これでその人がどこから移動してきたかが分り
ます。兵庫南部でも香川と同様の餡入餅を醤油や白味噌で雑
煮にする家があり、聞いて見ると香川から移住したそうです。
松山にも同じ雑煮をする家があります。どこそこではXX雑煮
では民俗学で、人間史になりません。何か歴史的背景があるは
ずと思いたいのです。土佐の??で刀鍛冶は切り餅雑煮です。
四国に多い野菜だけの具は経済水準を示してるのでしょうか?

あかね - 2001/12/28(金) 18:06<

合わせ味噌のお雑煮

おユキさん
(≧∀≦)うまい!かわいいスズメの顔ですね。お口もホッぺの=なんかもピッタリ!
うふふ、こういうの好きです(^_^)v。

ヤゾーさん
今頃ですが、二周年おめでとうございます\(^o^)/。これからもよろしくお願いします。
私、大胆にも播磨の字引となれたらいいなぁと思ってますが、道はものすご〜〜く遠いですじゃ。
マドコオオフスマをマオトコブスマとか、書いちゃうし…(T_T)。どういう記憶じゃ、恥ずかしー。

*(@..@)*nglyさん
今頃すみませんが、12月16日に書いた郡誌からの石上神社に関する抜粋で、達者行事としてますのは、
正しくは達者行司です。変換間違え、失礼しました。
それから石上神社ご神体は、別の写真で見ると花崗岩ではないかもしれません。笠形山西側〜神崎郡三辻
山辺り等は確かに花崗岩なんですが、石上の辺は石英粗面岩等の石英か、粒状安山岩のどちらかのよう
です。写真で見る限りでは安山岩のように見えますが、地質資料詳細が手元にないのでわかりません。
いずれにしてもご神体の大岩は、銅・銀などを胚胎する岩帯上にある小丘には違いないようです。
なんかご神体は、平地に突然、盛りあがってる大きなこぶみたいに見える小丘ですよ。

この地の石上神社も、縁起によると当然ですが布都御魂の剣に関り、勧請したのはやはり天津眞浦や
大和鍛冶起源地である地だからのようです。木綿で巻いたのは、土師・出雲系の地であったことを回復
しようとする印や、賊は新羅系山岳武士の末裔だったのかもしれませんね。
なまずおさえ神事は、天文11年(1542)に、石上神社を現在地へ移す時、神殿に奉納されていた白鞘の宝刀
一振がある夜、盗賊に盗まれたと口伝で伝わっております。社を移す事に反対する一派もあったのかも。

この辺は出雲系をベースにヤマト、大陸系サンカ等々がごっちゃになって融合してる地のように感じます。
どの血を強く意識するかで、考え方も色々異なって、争い事もあったのかもしれませんね。
山岳武士は別所だらけだと思っておりますので、きっと、その絡みもあるのでしょう(^_^)v。

さてお雑煮の話です。丹波も東播磨北部も京都文化圏だから、お雑煮も基本的には京都と似てます。
実家の辺りは焼かないけど、おミヨさんちと同じように丸餠を用い、白味噌と赤味噌を混ぜます。
混ぜる割合は各家庭の好みによるようで、白味噌オンリーだけのお家、赤味噌だけの家もあります。
ですが、もともとは、白味噌仕立てだったのかもしれません。
具は、縁起の良いように、丸く輪切りにした小ぶりの大根や人参などを入れます。
だんなの実家は京都市の市街地ですので、白味噌のみの仕立て。甘いから、良い白味噌を使わないと
あんまり美味しく仕上りませんが、出しをとってきかせて、味噌の質にこだわると上手く仕上るみたい。
丸餠は焼かず、具はこれにプラスして里芋の根芋(何というのでしたっけ。ど忘れです)を入れます。
故郷辺りにでも、この里芋を入れるお家もあります。
従って我が家はだんなに合わせて、白味噌仕立てだけど、私は甘くてちょっと苦手だなぁ…。

おミヨさん
踊る河童、傀儡集団で、ヤゾーさんの風の王国掲示板の、かわいい河童ちゃんを思い出して、
笑っちゃいました。きっと傀儡集団だぞぉ〜。
おかきの話、懐かしかった!実家でもよく作ってましたよ〜。
白いご飯を汚して食べると、確かに怒られる怒られる(笑)。
いかなごの釘煮も大好きさ!ねぇ、バリ師さん。

シェイシュン・紋次郎    <http://www.you-i.org> - 2001/12/28(金) 17:47<

  バイキング

 わァ〜、気がちぃちみたら、同騒宴会のなかじゃった。バイキング、キラ星かね。
 ミナシャンにはおシルシばかりの手土産(のつもり)持ってきたあるよ。右上の資料室に
入れちょいたので、ご利用々々。
 
 目眩んグリーおじさん、
* 秦氏はシナの秦、イランのハタミ(雷神)大統領の親戚だとおれ思う。
  これ、「そうじゃない」と思って生きるよか前進的ならまし。HATAWDI はトンチンカ
  ンの「鎚」。
* おら歴史も民俗もドブのシロートね。生まれて初めて「穗國新羅」なることばきいた。
  これどういうことか、教えてぇたぁ(香川弁;下さい)。じつはおれ、今朝「xo = 神」
  を発見して大コ−フンの真っ最中です。詳しくは『かむなび・掲示板』へGOOGLE。
* ボッカなることばをいい加減なことで使った……ら、さっそくの反応これありてびっく
  りカネ。チクニ街道(安曇野、塩の道)とか尾瀬沼以外でもボッカという用語は用いら
  れていますか? BOKーWA はネパール語で「運ぶ・ひと」。

 TURUKOT のニシパ、
* KOT ……と、末尾に T をつけたらアイヌ語的、その場合の TU はとうの昔……の TU
  あるか。「ツル」は谷間の平野の意味で地名になってる……デシタカ。
* 一般的にいうて、江戸期あたりではサンカは海辺まで 勢力圏を持とうにも、クグツの団
  結にあって邪魔されていたのではなかろうか……が、あっしのカングリですじゃ。
* 大分県玖珠郡……あの切り株山に大楠が急成長したことはタシカだと思う。それを切り
  に来た上がたの船大工あたりが子種播いたのが生田姓じゃなかっちゃろか。

 トンカチ鎚ニィちゃん、
 基礎作業にあたまさがりやす。
* タテクリカエシのタテは「うそ」なるらむ。ホンネとタテ(うそ)MAE < MAL(事)
* ゴーラはこれ、蒙古 GOR ネパール語 KHOLA(川)の混成語でんな。 cf.ムツゴロー 
* クヮーシャ(水。川)は南方氏族語で、あちこちで三つばかりぶっつかった。
  オーストラリア・アボリジニの一派にもあったよ。
 そのうち、3000年前イツキした氏族の原郷が色わけできます。チバリョ−。

おユキ - 2001/12/28(金) 12:56<

(≧∀≦)スズメです

おミヨさん、スズメの話しありがとうございました。
声を掛けて頂いて、とても嬉しかったです。
巣箱にシジュウカラが入ったら報告しますね。
ヤゾ−さん、巣箱がヘビに狙われないように工夫してみます。
私もヤナギムシさんの文章を読むと心が和みます。
サクラさんはお元気にしてますか。
ROMばかりの私ですが、来年もよろしくお願いします。

蜜柑 - 2001/12/28(金) 12:49<

ついにゲット

昭和55年まで山の洞窟に住み、箕作り、箕直しをしていた
最後のサンカ、加藤今朝松さん作の「箕」
ゲットしました。
ある農家が今も使っているものを無理言って譲ってもらいました。
「20年以上使っている」割にはいまだ「他の物より使いやすい」
とのことです。
デジカメの使用方法わかり次第、画像掲示板に載せる予定です。

とんちんかん小僧 - 2001/12/28(金) 01:56<

山童と河童(山童・カシャボ・兵主部)呼び名集(1)

東北地方
● 岩手県:カシャンボー

中部地方
● 新潟県:タテクリカエシ
● 長野県:サンソウ(ヤマオトコ)
● 岐阜県:サンソウ(ヤマオトコ)・ヤマガロ・ヤマンボ

近畿地方
● 大阪府:山太郎(ヤマタロ)
● 三重県:カシャボ・カシャンボ
● 奈良県:ヤマタロ・クサビラ(茸)・木の子・ゴウラ
● 和歌山県:火車坊・カシャンボ・カシャボ・カシランボウ・カシラ・
      ヒトツダタラ・ゴタワロ・山太郎・ヒョウズンボウ・ゴーラ

四国・中国地方
● 愛媛県:勢子(セコ)・タテクリカエシ
● 島根県:勢子
● 山口県:崖童(タキワロ)

海外
● 斉州島:トチェビ・分監・参奉・冶匠神
● 中国:サンソウ・サンショウ・冶鳥・五通神・五路神

九州地方の呼び名は次回、早めに書きますので。

とんちんかん小僧 - 2001/12/28(金) 01:52<

河童ッ遅レス!m(_ _)m

おミヨさん *(^。。^)さん
何度も何度もレス有難うございます。
河童の話が、これほどまでに奥の深い話題に膨れ上がるとは思ってもいませんでした。
今かなりビックリしつつ、レス書いてます。すごい本もあるんですねー。
>闇の日本史「河童鎮魂」 
探して読んでみますよ(いつに見つかるか分からないけど)。
とんちんかんなこと言いますが、「聞け!わだつみの声」ってのと関係あるんですか?
今、フト思いついたんですけども・・。違ったら御免なさい。
*(^。。^)さんの言うように山童のように、山窩のように、自然を肌で感じて生活をするのが
現代人には必要な気がしますよね。でも僕は超寒がりなので常夏の国でいるならば、自然での
生活もいいかなあと思いました。
本の名前は「季刊『怪』KWAI」第参号 カドカワムック(98/9/1)
税込で1050円です。その中の「妖怪ウォーカー・河童の巻」からです。
古書店でも置いていると思いますので読んでみて下さい。

ヤゾーさん
まるで、サンカっぽい感じの名前だと思ったので彼らの話を書いてみました。
三太夫といえば、伊賀者に百地三太夫がいますね。また今度忍びの話も書きませう。

ヤナさん
ゴメン。別にいい訳いうわけじゃないけど、ただ単にプレイステーションのゲーム『街』に
久しぶりにノメリこんでしまっていて、ネットに顔を出していなかっただけですよん。
心配かけちゃってすみません。m(_ _)m
身体を壊さないで下さいネ!それにしても毎度のこと、ヤナさんの文を読むと癒されます。
お互いに何時までも熊野風をふかせ合いませう。

ヤナギムシ - 2001/12/28(金) 00:21<

サメ1号全開です

わが心の地、熊野の風は・・
    今日も穏やかに流れているんでしょうか?!

   ヤナ・このところ・・メチャハードなしごとしてますよん

今日も仕事すんだん10時半でした・・ほんまよおやるわ・・ね!

       毎朝・・すこしハードなJAZZききながら・・

          やるぞーーーーーぅって言って・・
             がんばってます・・

 ヤゾー・さくらさん・リタさん・おミヨさん・きょうかいさん・seburiさん・もんさん・にっちょさん・
  どんぐりさん・・それから・・


        かけないみなさん・・ごめんなさい・・へっへへとんちんかん君もかかんとね!!

  ヤゾー大変やねみなさんにお答えするのも・・へへへへへ

     私・・おもうんですよ・・・・

          管理人さん・・しんどかったら・・やすんでね・・!!

               みんなに・・レスつけてくれるん・・

       ありがたいけど・・みてたら・・へへへへへおつかれみたいですね

  ぜんぜん・・ないのは・・寂しいけれど・・らくしてくらはい

          ながいながい・・熊野の風です・・

               いつまでも・・感じていたいから

                       よろしくね!!

あああああああ・・ええあんばいや・・

               きょうもレロレロ・・

                      後3日ほどや・・がんばあんべーー


                         ヤナでした

ヤゾ− - 2001/12/28(金) 00:05<

祇園祭と河童祭り

みなさん こんばんわ。

GAINAさん こちらこそ いろいろとお世話になり感謝しております。
今後とも 宜しくお願い致します。
先々日、玉置神社の宮司さんとお話をされた方が訪ねて来まして、
宮司さんから、とても面白い話しを伺ったと申しておりました。
その話しを聞いて、とても重要なものが伝承されていることを感じました。

△うぶさん 確かに!
点燈された一本燈籠、一つ目一本足(一本タタラ)が立っているように見えます。

紋次郎さん 宮崎県山奥出身の祖母が生まれた家も、
母屋(おもや)とは別棟にクド(竈)があったそうです。

あおきさん お雑煮の情報ありがとうございました。
そういえば、丸い磯部巻きってあまり見たことがありませんね。
銀座の屋台の磯辺巻きってよく食べましたよ。

Donglyさんが掲示板に顔を出されたときに、
蜜柑さんから広島のヤゾ−だよって聞きましたよ。

turukotさん サンカや別所の末裔を意識していないと、
なかなかこういう話題には興味は持てないもんだと思います。
誇りを持って、サンカや別所の末裔であることが言えるようにしたいもんですね。

祇園祭の日に、河童の大好物のキュウリを川に流して
河童祭りをするという習俗が全国的にあるそうです。
どういう関係なんでしょう?
祇園祭(スサノオ)河童(サンカ)と考えれば、
別段不思議でもないのかも知れませんね。

*(@..@)*ngly - 2001/12/27(木) 23:45<

失礼早く寝ましょう

とんちんかん小僧さん
サンソウ 山で騒ぐ獣のようなもの サンショウ 山に消える鬼みたいなもの
サンセイ 山に住む精(きよ)いもの
 片足・は片目の陽快。山童の類、勢子(セコ) とくれば皆サンカイメージ
 では?中には隠語でサンカを示す語もあるようです。出典を教えて下さい。
おミヨさん
>のん兵衛、助兵衛、アカン兵衛、等などの「兵衛」
 平を当てても同じでしょう。野史呼び名辞典には「べい」奴隷。「べー」下女。
「平人」へいにん・へいじんで庶民。「陪従」お供。「ぺいぺい」「ぺーぺー」
地位の低い者。従業員。でどんどん我々に近づいてきます。恐ろしい。早く管理職
にならないといけません。中辺路の弁慶餅で知られる「関東平」は東北・関東から
の熊野詣の者。茣蓙を背負い笠を被り、赤や青の毛布をまとい、田辺近くで山越餅
(弁慶餅)を搗く、とあります。古代は奴隷、後に賎民、現在の庶民でしょう。
 ただ助平は本来、女専用で、男向けは香川で姫近(ひめきん)です。今でも
「俺の助に手を出すな」です。姫は欧州のヒーメンと同一語源の説もあります。
 ある方も・ない方も姫と同じように呼ぶのは、いかがなものでしょうか?
 最近集めた言葉に「酪農牧場」があります。意味は判りますか?

turukot - 2001/12/27(木) 23:14<

連続失礼〜!

ドングリの二シパ、おばんでござンす。

>愛知郡海岸部や千葉幕張海岸などは海藻や貝類を扱う海サンカらしい。
>山伏配下のボッカはサンカで、紀州などの荷持ちもサンカがいる事は確かでしょう。
>お宅も一見岡山木地師だがやはり誇り高いバリバリサンカのようよ。
>この板サンカ筋が多いから「同騒快」したいね。
>私母方は野鍛冶サンカみたいだから、サンカ資格あり。入れて。

この板での疑問であンしたども、「サンカが語られているが、当事者は居られるのか?」
というのが氷解しあンした。別所の方もいらっしゃりますか?(ROM含む)

幕張のサンカね。。。 

花見区あたりはサンカのお方がおられると聞いたことがありあンしたども。。
椎名誠もサンカかな?(まさか〜)

turukot - 2001/12/27(木) 23:04<

おばんでガ ンス

ヤゾーさん、
う〜ん、東北弁。。というのは一枚岩にあらず、東北本線鈍行一人旅をしてみると、
イントネーションやら言葉使いやら違ってくることに気づかれるに違いありません。

それがら、おらホの育っだ環境では、テレビや都市化の影響でハ、あまりさベレネであンす。
おらホもコンドモ(子供)の頃聞いたったのは、ばぁさまの悪口ばがりであンす。
「あそごのわ〜らす、ハッパワガネ。」

んだなっす〜〜。

ところで、紋次郎のニシパ、アイヌ語をどの程度かご理解なさるようでござンすね。

turukotはエミシ(東北)語の地名であンして、おそらぐアイヌ語でも同じような言いまわす
するど思うんだども、「河道跡」をいうんであンす。
tu-ru-kot tu はアイヌ語の husko と同じ意味でござンしたか。

よく「鶴子」という表記でありあンすが、近くには「谷地」「川久保(和訳地名ですな)」など
ありあンす。「谷地→ヤチ→湿地・湿原」でアイヌ語でもそういうようでござンすなぁ。
「鶴子」のあるところ、やはり田圃になっていたり、元々河の氾濫原だったりするンですナ。

>香春岳に採銅所これありて、行橋〜中津に秦氏が応神背負って上陸したげなち。
>そして香春岳の南に「津野」があって、ここには優秀な血がみられます

ところで二シパは筑豊の方でござンすか?あっしは筑前の在住でござンす。
筑豊は炭坑やエミシや強制徴用され、がボロキレのように扱われ無念の魂漂う韓国朝鮮人の地、
李氏朝鮮時代に連行されてきた人々の末裔の方々が多くいるところでもありあンす。

香春の秦氏は新羅系ですナ。香春神社の宮司さんもそうでながったですか。
ここから奈良時代に奈良の大仏の銅が運びだされ(金はエミシの国―現在の宮城県涌谷町?から・・)
た模様でござンすナ。
 
>この地の解明には TURUKOT さぁのセンスがピッタシじゃと思いました。
 
?? おらホ、よぐわがらネであンす。筑豊はいろいろな意味で関心ありあンす。

二シパのルーツは豊後でござンスか。ひょっとしてシャァ。。あ、彼らは海っぺりの人たづであンしたか。

豊後といえば以前、奥州藤原氏の眷族で、藤原氏滅亡後移住してきた人々の末裔と名乗る人サ出くわした
こだぁあっただなハ!この話っこぁ、同郷の筑後ご在住のじぃさまもよぐ話てらったであンす。

ひょっとして。。。二シパも。。。




九州の竹は結構良質と最近ききあンした。





*(@。。@)*ngly - 2001/12/27(木) 22:43<

山窩と雑煮

紋次郎(関東ヤゾー)さん今晩は
 応神は秦(新羅)ですか?広島に応神天皇祭る地が多いです。
記紀からは、どこかに応神と河童の関係があるかもしれません。
山窩は明治時代鳥取の警察官がタタラ地帯の中国山地に多いと聴い
てこの漢字を当てたと三角寛がいってた筈。でも芸州では江戸時代
にサンカいたと古文書にある。サンカ語源は中世期の「三ヶの類」
の呼び名があるし、その職種も大体同じだし、何時付けたか不明だ
が三ケ・山家・山鹿地名があるから、近世発生説は眉唾だろう。
忍びに「三ノ者」「風魔」などもある。
 愛知郡海岸部や千葉幕張海岸などは海藻や貝類を扱う海サンカらし
い。山伏配下のボッカはサンカで、紀州などの荷持ちもサンカがいる
事は確かでしょう。お宅も一見岡山木地師だがやはり誇り高いバリバ
リサンカのようよ。この板サンカ筋が多いから「同騒快」したいね。
私母方は野鍛冶サンカみたいだから、サンカ資格あり。入れて。
 サンカは普段は七草粥やうどんを食べてたみたいだが、若水を汲んだ
り冷水を浴びたりして、小丸餅を醤油か味噌の雑煮か?金持サンカはス
マシか醤油だろうか?鍛冶屋サンカは鞴祭した後に切餅かあらかね(米
粒入り餅)を使ったのでは?分らない事だらけです。別所者は醤油だし
の説もあります。醤油の歴史を調べないと分りません。
穂国新羅(反百済・反南朝)ヤゾーにも助けて欲しいです。
 儂んとこは、丸大餅(昔は焼いて入れる)+だし+牡蠣+塩鰤+蛤+
大根+人参+三葉。美味いものだ。後は切餅・蓬餅・豆餅。別所の名残
か、余った餅は水餅(寒いとこでは氷餅)。祖父の名は「金市」。家紋
は菱形だから番多役はしてなかったようだ。サンカが六部の格好もして
きたが、嫌ったというから昔サンカしてたかも。江戸末期の居付きらし
く臼や杵はある。鰤や蛤は日保ちするから山奥でも金があれば買えた。
芸北へ行くとスルメ・酒・岩海苔を入れる雑煮がある。石見からタタラ
場へ来た炭焼が多いようだ。頼杏平偏?『芸藩通史』では四角餅とする
が、頼家は前紺屋で、元は鍛冶屋。だから仲間や配下(番多)の雑煮を
原稿に書いたのではないだろうか。
新潟出身の者に聞くと「四角に決まってるでしょう!」。
 △うぶさん 石楠花ですか。ヤブ紫は聞いてますが。石灰岩が多いと
こは蛍(といっても夜の女でない)と美人が多いように思いますが。
 GINGAさんありがとうございます。日本人と餅の関係調べます。

あおき - 2001/12/27(木) 19:17<

雑煮のくわしい情報

がここに在りました
    http://www.e-machi.gr.jp/inpaku/tokusyu/01zouni/index_main.html
餅の形はもち米の種類で決まったそうです
四角く切って食べる関東方面は つくと比較的早く乾くタイプのもち米だそうです
○餅は柔らかいのでああゆう形にしたのではないかとのことです
でも四角いお鏡はないっすよねー
磯部巻きは四角い方がいいとおもいます
きな粉餅は丸い方がいいな
広島ではいりこダシのすましじるに にんじん 大根 牡蠣など入れてました あと三つ葉

GAINA - 2001/12/27(木) 17:22<

めでたい時の「ぞうに」は「雑煮」とは

12月27日 午前11:30からの
NHK名古屋制作「おしゃべりランチ」で
「三重県は雑煮の宝庫」の放映がありました。
三重県内には15〜25種類の雑煮があるとのこと。
元々は京文化の雑煮に、海から陸から、東の雑煮が取り入れられたが、
鈴鹿・布引・紀伊山系に阻まれ三重県でSTOPしたため多くの雑煮が存在。
珍しいものには粟餅と米餅を金銀に見立てた
「金銀雑煮」なるものが伊勢にあり、末代までの家系繁栄を願う雑煮らしいです。
NHK名古屋に問い合わせれば、出演の方(雑煮を研究しているとのこと)の
連絡先が判るかもしれません。

NHK名古屋のホームページ「おしゃべりランチ」に
放送の簡単な紹介と出演者が出ています。



一級×× シェイシュンの紋   <http://www.you-i.org> - 2001/12/27(木) 11:02<

 てめぇ しょうごくち 発しやするは  

 TURUKOT のニシパ & ミナシャン
 てめぇしょうごくち発しやするは筑豊のチクざんす。
 香春岳に採銅所これありて、行橋〜中津に秦氏が応神背負って上陸したげなち。
 そして香春岳の南に「津野」があって、ここには優秀な血がみられます(遺伝因子は遺跡
のひとつ)。
 文化は僻地にのこると言われます。この地の解明には TURUKOT さぁのセンスがピッタシ
じゃと思いました。
 あっしにゃ、ひとの名前を詮索するわりぃクセがあって、失礼さんにござんすが、TURU-
KOT ちゃぁ「ふたつの道」ざんすけぇ? あるいは山窩が走った尾根の道……。

 あっしゃ、生まれ育ちは筑豊・シェイシュンの紋ざんすが、血はふた親の都合で、豊後の
山の中、童話の里でちくと売りだした森町の……その巨大な楠木が生えたと伝えられている
「切り株山」がネジロざんした。
 母方はもいっちょ上流で、代々スス竹伐採をやってきやした。
 いとこは全員、竹細工のウデ持ってるし、クド(竈)があるところは母屋(おもや)とは
別棟にして構えていました。このへん、山窩の文化に似いちゅう(土佐弁)。
 オヤジは明治34年うまれですが、名前は「一」とけぇち、ハジメち呼んぢいやした。

 いまごらぁ、スス竹の群生が子猫のうぶ毛を思わせて、キレイキレイあるよ。

△うぶ - 2001/12/27(木) 02:44<
*(^。。^)*ngly さん、ヤゾーさん
当然私も、雑煮のデータ、提供しようと思っています、(御安心を)。
其の地を訪ねて話して帰られた方々の内容、支障無ければ聞きたいなあ。
おミヨさん
山に帰る時に「案山子あげ」ですか、初耳です。春の{神迎え}では
石楠花の枝を山から採取して来て、田の畦に挿した事は知って
いますが。石楠花が咲く山には鉱物(金鉱)が多いそうで、何か
繋がりが存在しますでしょうか?
一級××焼尻紋次郎さん
私も、ニニギの降臨を導いた猿田彦伝説は、山道に詳しいサンカ
と重なる部分多いと思っています。

ところで、{一本足}ですが、{一つ目一本足}の傘おばけ、
昔、(神社では?)自然の荒ぶる神を治まらす為に、子供の
生贄を山の神に供えた。山から逃げない様にと、片足片目を潰した、
こんなオゾマシイ話、ご存知の方も多いと思いますが、私、古い神社
や寺(一例;唐招提寺)の一本燈籠を見ると、どうしても結び着けたく
なります。夕暮れ頃に御光の点燈された一本燈籠見ると、一つ目
一本足が立っていると見える。燈籠とは、生贄の昇華した形態では
ないかと。燈籠一本と両側二本では何に差が?。又、参道に並んだ
たくさんの燈籠は?。燈籠には何かが隠されていると思いますが。

GAINA - 2001/12/27(木) 00:27<

正月の行事

みなさん、こんばんわ!
先日から雑煮で盛り上がっていますが、
私の実家(三重県尾鷲)は、
丸餅(焼いていない餅)と澄し汁に少々のもち菜(ほうれん草のような野菜)を
入れた単純そのものの雑煮です。
母が志摩の出身なので、雑煮も混血かもしれませんが・・・。

ところで、小豆粥についても、いろいろとあるようです。
出雲系などいろいろに別れるらしいです。
「ぜんざい風小豆粥」「餅入り小豆粥」
「元旦に食べ、雑煮は食べない」「小正月(1月15日)に食べる」などなど
調べると面白いかもしれません。
変わった小豆粥があったらお教えください。

今年からこのGUEST BOOKに参加させていただきました。
ありがとうございました。
今後もどうぞよろしく。

ヤゾ− - 2001/12/27(木) 00:05<
みなさん こんばんわ。

△うぶさん 是非 お雑煮のデータをDonglyさんに教えてあげて下さい。

Donglyさん お雑煮の話しだけで30分は盛り上がりましたよ。
自分の家の雑煮が同じ地域の雑煮と違うので、
不思議だと感じていた人がいて、
それは先祖が幕末頃に三河から移り住んだからだという話しなどが飛び出しました。
また、90歳になる祖父から聞かされたサンカの話しなど、
生きた歴史民俗学の面白さを痛感しました。

おユキちゃん お久しぶりでした。
木に取り付けた巣箱をヘビから守るには、
幹にトタンを巻くと良いとかいいますが、
僕はサルトリイバラを幹に巻いていました。
要はヘビが木に登りにくくすれば良いと思います。
でも一番は、小さなものへの優しい思いが、
お守のような気もします。
ヤマガラが好きなくらいですから、
シジュウカラも落花生が好きかも知れません。

紋次郎さん 聞かしち頂きました。
僕もサンカは出雲王朝と深い関係があったと思います。
運搬屋(ボッカ)という説も
有名なサンカの炙り出し秘密分布表には
『みからわけやおよろずのものはこびのかず』
とありますから頷けるものを感じました。
ヤマガラは集団ではなく、番いか家族単位で行動しているような気がします。
今度、ヤマガラの雛が孵ったら、鳴き声を録音してみます。

おミヨどん スズメも可愛いですね。
巣箱は牛乳パックでも大丈夫みたいですが、
問題は穴の大きさを30ミリより大きくすると外敵に追い出されるみたいですよ。

turukotさん 東北の言葉は良いですね。
なんだか ホンワカとするものがあります。

turukot - 2001/12/26(水) 23:34<

おばんであンス

やぞーさん、お手数おかけしました。ありがとうございます。
パスワードをわ・す・れ・ず・に、と。。

おミヨさん
>漁民であるアマが、魚を獲る事を漁(スナドリ)という。本来は
>「砂採り」の意で、真砂とよばれる砂鉄を採集する産鉄民が、同時に漁民でもあったから「スナドリ」と
>いわれた。砂採りのなりわいは古くからイザリ(漁)と称した。足のたたぬ者もまた(イザリ)といわれ
>産鉄民の職業病で足萎え(アマツミカボシ→カガセオ→案山子→一本足)なった事による。
>また北九州地方では、魚の行商人や海士を「シガ」いう。「洲処」の意である。洲処は砂鉄が豊かであ
>る。これからも漁と製鉄が兼業した倭人の昔がしのばれる。 河童鎮魂から抜粋

スナズリだかスナドリだか言葉はよくわがんねぇんだども、なんだが北部九州のことハ
いっでるみテェだな〜。いたるところ産鉄の遺構がゴロゴロ。金クソっこやら砂鉄もでてるだぁよ。
鍛冶屋もあったでよ。んでもって別所もあちこちあるでよ。

焼尻紋次郎さん

はづめまスて。おらほサさがらうであンすか??おらぁそんな風に感じてネであンス。
おらほぁ、サンガなんてよぐわがらねぇもの。うんにゃ、ハッパすらね。
ただネ、ドングリの旦那の言われるこどには、なんだがエミシやアイヌ民族やニブフ族サ
似でるこだぁあるなっス、と思ったまでであンス。サンガも大和サ翻弄されただろうがら、
紋次郎の旦那のおっしゃるこどもあるかも知れないし、いろいろがも知れネなハ!

おミヨ - 2001/12/26(水) 22:07<

再び河童どん

*(^。。^)*nglyさん とんちんかん小僧さん
農耕民族には「案山子揚げ」と称する行事があり、案山子を田の神の神体と考え、稲の収穫が終わると、
田の神が山に帰って山の神になるという信仰に基く行事である。その山の神について、これを天狗と河童
の習性から眺めると、天狗は一年に一度、水辺にくだって河童になり、再び山に戻って天狗にかえるという伝承がある。山の神であるヤマズミは、すなわちダダ星様とダイダラ法師の関係のように、水神のワダツミ
(ダダ星)と相互変容する習俗を伝えたものだ。つまりそこには水辺から山中に移り住まざるを得なかつた
人々の歴史が秘められてきたのであり、彼等の歴史から肥沃な里での居住を見出すことができない。
山神と海神を産鉄民族の面からみると、漁民であるアマが、魚を獲る事を漁(スナドリ)という。本来は
「砂採り」の意で、真砂とよばれる砂鉄を採集する産鉄民が、同時に漁民でもあったから「スナドリ」と
いわれた。砂採りのなりわいは古くからイザリ(漁)と称した。足のたたぬ者もまた(イザリ)といわれ
産鉄民の職業病で足萎え(アマツミカボシ→カガセオ→案山子→一本足)なった事による。
また北九州地方では、魚の行商人や海士を「シガ」いう。「洲処」の意である。洲処は砂鉄が豊かである。
これからも漁と製鉄が兼業した倭人の昔がしのばれる。 河童鎮魂から抜粋

突然ですが、のん兵衛、助兵衛、アカン兵衛、等などの「兵衛」はどこからなんでしょうか ?

雑煮少し違ってました。
白味噌と赤味噌と半々でした。白味噌だけですと味が甘過ぎるんだそうです。
それから、餡餅もつくってました。これが一番の楽しみ。

いかなごがなつかしい。

おユキちやん
私も、雀の雛、手乗りにしたくて1階のベランダに巣箱つるしてました。藁が5〜6本はいってただけなの。えらいもんだよすずめさんは、頭のできが人間とはちがう。 
おユキちやんの巣箱シジュウカラ営巣してくれるといいですね。 



一級×× 焼尻紋次郎 - 2001/12/26(水) 14:31<

山窩 と 小鳥 で,ちょと  

 TURUKOTさんに逆らうみたいでキモチわりいが、ダイジなことなのでヤゾーさんも
聞いちょくれ。
 夏のあいだ、サンカは海辺とか、広い平野や市街地に出たんですか? 山窩という
文字を宛て字したのかどうか、そのへんオラシランばってん、三角寛さんは「あれで
よかったやろか」と気にしてましたよね……たしか。それゆえにこそ、山窩は海べに
もいた……となる可能性が高いわけです。

 しかし、おらの偏見によれば、山窩は出雲朝廷が滅んだとき、地方に組織を持った
まま取り残された運搬屋(ボッカ)だとおもう。運搬ルートは尾根伝いが普通ですが
この日本列島ではどうしても山脈をクロスして越える。
そして思うのですが、平原〜市街地には傀儡(くぐつ)が別個の縄張りを持っていた
んじゃないだろうか……と。
 このへんのこと、教えてつかぁさい(岡山方言)。

 CARA はネパール語で小鳥です。山ガラは集団をつくる習性は持たないのですか?
 ミソサザイはつかまえて塩焼きにして食ったらチョウうまいはず。名前にそう書い
てあります。
 6月ごろ聞いたあの甘ったるいひな鳥の声……もういちどテープでいいので聴きた
いのですが、なにかいいテープ、販売されていましたら、これも教えてぇたぁ(香川方言)。

おユキ - 2001/12/26(水) 12:54<

ヘビ怖いよ〜

ヤゾ−さん、巣箱にはまだ小鳥が来ていないようです。
観察していると、シジュウカラが巣箱の様子を伺っていました。
営巣してくれると嬉しいなって思うけど、
雛が生まれてもヘビに食べられたら悲しいよ〜と
今から心配しています。
シジュウカラも落花生が好きなんでしょうか。

*(^。。^)*ngly - 2001/12/26(水) 08:30<

鈍器這手

ヤゾーさん
>お雑煮に関した話しだけでも唸るような話
 そうなんですよ。既存の学問は、衣・食・住と性から遠ざかる事で
彼自身だけの客観性などを保証しようとします。著名な歴史学者の弟
子で50年以上も民俗学を研究してる方から「餅の形なんて」と10年前
揶揄されましたが、「そうか専門家ができないのなら、鈍器放手がや
ってやろう」と始めたのです。幸い歴史学や民俗学に全く「汚染され
ていない」工学系が常識を超えた所から着眼するようにしています。
素人調査ですが部分的には「本にない事実」が沢山見えてきました。
△うぶさん
>雑煮の形態の地方分布の番組
正月前後になるとスーパーや週刊誌にも載りますが、料理屋や民俗屋
の解説が多いようで、「なぜそうなのか?」が分らないようです。
とやく言わせない結論を出すにはデータと独自の方法も必要です。
力仕事をさせるには米。餅では美味で費用が掛かりすぎでしょう。
おミヨさん
>白味噌ですか。味付も階層的存在の反映ではないでしょうか?
 無味>塩>赤味噌>白味噌>醤油 かも知れません。京都では公家
筋辺りは白味噌を使うので、関西人はそれを真似したのでは。被差別
部系も江戸期に「都から来た上品な証に」茶粥や白味噌とするのかも。
土着農民や居付きの商工業者は土鍋、渡り・漂泊系は鍋なしか、サンカ
のように鉄鍋ではないでしょうか。塩餡入餅は多分、焼畑系(修験・山
家・山子など)。瀬戸内の穴子・河豚・目刺に醤油を使うのは、水軍なき
後入島した別所の民ではないか、とも思います。入れる具は、住んでいた
地方を反映するようです。江戸期正月に餅など食えなかった庶民が、同
じ地方でも家毎に違い、□・△・菱形にこだわる理由がわかりません。
ヤゾーさん 私も南京豆好きですから、やはり始終空なのですね。

△うぶ - 2001/12/26(水) 00:21<
*(^。。^)*ngly さん、みなさん  こんにちわ
雑煮餅の件ですが、未だに結論出ずで、調査続行中なのでしょうか?
TV等では、時々雑煮の形態の地方分布の番組何度か見たような気が?
それとも*(^。。^)*ngly さんのトアル関心事ゆえのでしょうか。
ところで、餅は庶民の食料で、ヤンゴトナキ人々は食べないのでは
ありませんでしょうか?なんせ{雑}煮。保存携行食。

ヤゾ− - 2001/12/26(水) 00:05<

ヤマガラとヘビの思い出

みなさん こんばんわ。

きょうかいさん 一度こんなことがありました。
どんなに懐いていたヤマガラも、子育ての季節になると僕のことなど見向きもしなくなります。
そんなある日、ヤマガラが窓のところでホバリングをして、
僕に何か訴えるようにして、今までに聞いたことのないような鳴き方をしました。
なんだろうと思って窓から顔を出したら、顔の近くへ来て激しく鳴くのです。
これは何かあるなと思い、外に出て辺りを見回してみたら、
ロフトの窓の上に取り付けている巣箱の近くまで、
蛇が壁をよじ登ってきていました。
その蛇を追い払うまで、ヤマガラは僕の頭の近くを飛び回りながら、
ずっと鳴き叫んでいました。
子育ての季節になると、僕のことなど見向きもしないと寂しい思いをしていましたが、
僕のことを頼りにしているんだと思うと、なんだか嬉しかったことがありました。

おミヨさん ピーちゃんたちにかわって、お礼を申し上げます。
ヤマガラは、生かされていることを全身で楽しんでいる生き物だと感じています。
学習能力も高くて好奇心も旺盛のようですよ。

とんちんかん小僧さん 河童の名前に竹本三太夫?
なんだか、三味線持って浄瑠璃唄いそうな名前ですね。

turukotさん 削除しておきました。
次回からは、パスワードお願いします。
「冬則宿穴、夏則住樔」 良い言葉ですね。

Donglyさん 昨日、3人のお客さんが訪ねてきました。
4時間ほど、とても貴重な話しをすることができました。
その話しを、僕の記憶からではなく、
直接御本人たちが掲示板に投稿して下されば、
とても重要な投稿になると思いました。
お雑煮に関した話しだけでも唸るような話しが飛び出しました。
やはり、実体験から得た話しは凄みがあります。

turukot - 2001/12/25(火) 22:13<

夏の村・冬の村

みなさん、こんばんは。

>秋の彼岸までは水棲、秋の彼岸から春の彼岸までは山に棲み。
>夏は川で過ごし、冬には山で過ごすというように。

どなたの台詞かよく読んでいないので分かりませんが(ゴメンチャイ)、
サンカもそんなスタイルを採っていた(いや、採っている??)のですね。

アイヌ民族やニブフ(ニクブン)族(サハリン北部・アムール河下流域の先住民族)も
伝統的生活スタイルは(地域や生業による差異はあったかもしれませんが。。)
夏、漁労のために海辺などに出て家や村を作り、晩秋には山へ移動して竪穴住居
(トイチセ)生活だったようです。

エミシ(東北)もど〜もそういう生活を営んでいたようです。
竪穴住居は山手でも検出されていますし、大和の記録でもそんなような言及をしている
記録があったと記憶していますが。。あ、『日本書紀』の、武内宿禰のせりふで、
「冬則宿穴、夏則住樔」とありましたね。

*(^。。^) - 2001/12/25(火) 20:43<

21世紀ライフ

とんちんかん小僧さん・おミヨさん
>1)倭人・ワダツミは、海童→小童。2)河童は山鉄民。
 2)は間違いないでしょう。これがサンガの始りかもしれません。
 但馬の国ではサンカよりもこの類が多いと聞きます。1)そうです
か広島県世羅郡甲奴町に有名な小童(ひち)があります。非地・卑地
と思ってますが。
>秋の彼岸までは水棲、秋の彼岸から春の彼岸までは山に棲み。
>夏は川で過ごし、冬には山で過ごすというように。
 これこそ21世紀に実現したい生活です。本の上で楽しまず実践し
たいサンカライフです。現実に目を向けると、夏も冬も地震に怯えなが
ら健康に悪いビルの一室で、いつものどうしようもない顔ぶれと顔を付き
合わせながら、クーラーからヒーターへ切替える事だけが季節のうつろい
を知る哀れな生活。一体これが本当の人生なのでしょうか?
本当の青い鳥なのですか? 
ヨーロッパの哲学者はうまい事いいますね(新聞記事より)。
「一神教を生んだ砂漠の民がに自分たちの記憶を思い起こさせた」
「20世紀は経済の時代だったが、次の世紀は言語や宗教が重視される」
「なぜアメリカが傲慢に振舞うのかを解く鍵は神にもある」
「哲学者の仕事は万人に対して一人で闘うようなもの」
もうひとつ加えますと
「摩天楼の破壊は、21世紀アメリカ社会の不可避的崩壊を確実に
予言する」食わざる者の奢れる者への「さとし」である。

おミヨ - 2001/12/25(火) 16:24<

いろいろ

とんちんかん小僧さん
闇の日本史「河童鎮魂」 沢史生 彩流社 2500円
八世紀始め、八百万の神々は記紀の世界に封じ込められ、神の座を遂われた神々は鬼や天狗、河童に
おとされた。「河童鎮魂」は古代王権に「くろがね」を奪われ、闇の世界に葬られた神々、妖怪とされた
ワダツミたちの流亡史である。
河童は当初から河川や湖沼を栖み処としていたのではない。彼等は遠い昔、海の彼方からやってきて、我が国の開発に貢献したワダツミである。すなわち海霊・海神と崇められる倭人であった。だが、どうしたわけかワダツミは、海童と表現されるようになった。その海童たちを、ことさら「小童」と表記して、ワダツミ
と訓ませたのは、720年に成立した「日本書記」である・・・・。ワダツミはなぜ小童におとしめられ、あげくあのような河童の姿にかえられてしまったのか。その理由として挙げられるのは、彼等が山鉄民だった
ことである・・・。
記紀の世界に閉ざされた古代史の、闇の部分にあって、海を越えてきたワダツミたちが、単なる稲作農幸民
にすぎなかったのであれば、彼等は少なくとも河童などという異類の扱いは、受けないですんだであろう。
彼等が凡庸なオオミタカラなどではなく、古代鉄文明のすぐれた担い手であったがゆえに、小ワッパ扱いさ
れたワダツミの悲劇が、ことさらに歪曲され、後世につたえられたのである・・・。
そして河童におとされ、異界に封ぜられたワダツミこそ、実はわたしたち庶民大方の、祖先であった。
この「闇の日本史」に「河童鎮魂」と副題を付したのは、そうした祖先神への、慰霊の意味もあった。
                                       (帯より)
古本屋さんでみつけて、ぜひ読んでみてくださいね。

私も何時も同じ景色の夢をみます。記憶に全然ない場所なんです。
深層心理からすると何か意味があるのでしょうか。

子供の頃のお雑煮は白味噌で○餅 中位 少し焼いてこげめをつけていました。
お雑煮餅以外は、なまこにしてあおのり、エビ等をいれおかきにしていました。
最近、離婚した友達の夫、「お雑煮食べた事がない人なのよー」というてましたが・・・
そいう方もおられるのですね。

白いご飯よごして食べると祖母などはうるさかったですよ。

やぞーさん
お礼状書こうと思ってなにも書けずでした。
クマノライフのスターヤマガラさんにクリスマスプレゼント、ひまわりの種とピーナツお送りしましたのであげてくださいね。

ヤマガラは学習能力が高くて好奇心も旺盛なんでしょうか。

私のサイフの中みはシジュウカラ。     



とんちんかん小僧 - 2001/12/25(火) 14:46<

山童(ヤマワロ)と河童

 九州地方を中心として、河童は春の彼岸から秋の彼岸までは水棲で、秋の彼岸から春の彼岸
までの半年間は山に棲み、「山童」という同類の別物に変身する(猿人のようになる)とされ
た。だが「山童」の起源は河童とはまったく異なり、中国の「サンソウ(山+けものへんに上
に品、下に木という漢字)」「サンショウ(山+左が鬼右が肖という漢字)」「サンセイ(山精
)」と呼ばれる片足(場合には片目)の妖怪であった。日本でも山童の一種「勢子(セコ)」
や「タテクリ返シ」は一ツ目、もしくは片足だとされる。
 片足だとされる理由は、サンソウがもともと「キ(草かんむりに左が止で中が自右が巳、
そして下に変の下の字)」→漢字が無い字が多くて分かり難くてすみません。
という竜神であったからにほかならない(直立した蛇のイメージ)。山童の一種カシャボもある
地方では片足の妖怪「一本ダタラ」と呼ばれていた。
 日本で河童と山童がなぜ同一視されたのか?それは中国のサンソウやサンショウが疫神の一種
とされたためで、祇園(疫)神の眷族である河童と、習合することはたやすかったのであろう。
南西諸島のケンムンや沖縄のキムジナーもまた、本土の山童以上に中国のサンソウ・サンショウ
に近い性質を持つ。中国ではさらに五通神という淫神とされるが、片足と陽根との連想か?それ
は河童が人間の女性に懸想するという伝承にも繋がりそうです。


>同じように九州では、夏は川で過ごし、冬には山で過ごすというように、
>河童は移動するものだとされているそうです。
と上記にヤゾーさんが指摘されたように、移動するがゆえに九州には山童(=河童?)の伝説
が数多く残っている。
 例えば、大分県中津市寺町にある円応(えんおう)寺に伝わる話で江戸時代の中頃に寂玄上人
が、三匹の河童を仏の道に入らせて、修行の末に戒名をつけた。河童は感謝の気持ちからか、
以後は火災から寺を守ると誓い、境内の池に守り神として住んだという。
 この三匹の河童には、それぞれ国本宇兵衛、竹本三太夫、蔵本要助という立派な名前があり、
戒名を記した位牌もちゃんと残っているそうで、数百年経った今でも毎年供養されています。

きょうかい - 2001/12/25(火) 02:45<

やまがら

 こんな文章たまたま今日見つけました。1991年のある雑誌の生物学系の学者の文から
「シジュウカラにはヤマガラのおみくじの芸は演じられない・・」
 もう一つ気になる文章
「・・爬虫類も、とても柔軟な行動を見せる。獲物を捕まえやすい場所を
 すぐに学習してしまうし、人間が一度でも触れた鳥の巣は、
 きわめて高い確立でヘビに襲われるという愛鳥家たちの証言もある・・」
    

きょうかい - 2001/12/25(火) 02:25<

雑煮から

 雑煮、協力いたします。が、餅の形などは、オリジナルではないと思いますが。
 それと連想して、白いご飯の風俗を考えた事があります。
  関西の人は、ごはんを口に入れるとき、
 極力白いままで(おかずで汚さないように)食べないですか? 
 小さい頃、焼き海苔でご飯を巻いて食べる時に
 醤油をつけた面を下にして食べたら、大阪出身の祖母に「ご飯を汚すな」と叱られて、
 それを見てた父が、「すみません、ぼくが教えました」と祖母に謝ってた。

ヤゾ− - 2001/12/25(火) 00:05<

うんこの夢はうんがつく ?

汚物の夢は基本的には吉夢だと思うけど・・・。
うんこに追いかけられる夢ねぇ・・・うんんん〜こりゃ何ともいえまへん!
ヤナさんもウンコの夢みたら 宝くじ忘れずに買ってくらはい!

Donglyさん マスコミの前での公言だったようですが、
なぜかマスコミが一切報道しなかったということらしいです。
雑煮餅のデータなんて、正月らしくて良いですね。


>河童と馬についての話・・あるの?

河童ときゅうりくらいに、馬も深い関係にあります。
なぜ 河童が馬を水中に引き込もうとするのかは、
馬は古くから神の乗り物として神聖視されており、
水の神の使いである河童にとっては必要であったとの話しがあるそうです。
一方、猿が馬の守護神とされるのは、
猿が山の神の使いであるからだといいます。
水の神と山の神が馬を巡ってなにやら複雑な因縁がありそうです。
前にカリコボーズの話しを書いたことがありますが、
同じように九州では、夏は川で過ごし、冬には山で過ごすというように、
河童は移動するものだとされているそうです。


※ GAINAさん「玉置神社監修のCD-ROM」素晴らしかったです。
  ありがとうございました。

*(^。。^)*ngly - 2001/12/24(月) 23:32<

雑煮餅のお願い

皆さん 実は7〜8年前から、雑煮餅のデータを集めています。雑煮餅と
日本人の関係をデータを使いはっきりさせたいのです。現在数千のデータ
と100枚弱の写真を戴きました。プライバシーが少し入りますので、
できる方はご協力お願いします。下記は調査項目の例です。
項目は、☆雑煮する、☆しない(しない場合は、寿司・空揚・豆など)
☆雑煮の餅形、〇・□・△・菱形・楕円形・月形・半円形・短冊形など
☆餅のサイズ 直径 縦 横 または 大・中・小
☆料理法 生・蒸す・焼く・煮る
☆雑煮の味付けと具 だし・醤油・味噌(白・赤)・酒・塩・牡蠣・蛤
 鶏肉・海苔・川海苔・岩苔・鰤・鮭・穴子・目刺・河豚・鯊・スルメ
 ・豆腐・小豆etc
☆その他の正月餅 草餅・黍餅・粟餅・あらかね・高黍餅・黄粉餅など
☆ 本家に 臼と杵 ある なし
 などなどです。アンケート用紙をメールで送りますので、上のアドレ
ス当ご連絡下さい。なおデジカメで取った写真を添えて戴ければ幸甚で
す。統計的方法などを使い、時間が掛かりますので、戴いたデータはHP
上で公開を許される方は、名前を伏せて写真と共に公開する予定です。
 焼く料理法は、サンカ以外の非定着系とみています。山口厚狭の漁民は
月・日形と民俗学にありますが、元漁民かは疑問です。瀬戸内で河豚・穴
子・目刺を使うのは非漁民のようです。芸州で□餅を使うとありますが、
それは著者の周辺だけで、一般には〇形が多いようです。高知南部に、最古
とされる団子を生で雑煮とする家があります。理由は不明ですが雑煮の前に
豆を食べる家が松山にあります。金沢の旧家?では焼き餅に塩を振り掛け湯
を注いで雑煮です。
 最もシンプルな雑煮は、京都にある焼いた餅だけの「雑煮」です。

 

ya(^ε・)na - 2001/12/24(月) 23:22<

夢枕

まえに・・味噌買いばしみたいな夢みました

  日本昔話に出てくるような、神様が夢に出て

      言いました・・明日起きたら・・

   宝くじ3枚だけかってきなさい・・

      いいね3まいだけやでーーぇ

             その日は、年末ジャンボのラストの日でした


                    ヤナ買うの忘れました




       神様がいいました・・

            運のないやっちゃなーーーぁ

*(^..~)*ngly - 2001/12/24(月) 21:46<

タブーだったとか

ヤゾーさん
>昭和天皇も韓国の大統領が来日されたときに
>同じような発言をされていたと、サンプロで放送
 今日の新聞では、初めての発言とかありますが?
公式と非公式の違いですか。
とんちんかん小僧さん
えんこうは猿猴と書きます。獣偏ではないようです。
この川を東西に京橋がかかり、京橋通りは繁華街だった
ようです。原爆で死んだ遠縁の叔母は「京橋小町」と
いわれました。小学生の頃下流で溺れた事があります。
そして生き返りましたので、不死身なのでしょう。
 何度か蛇の夢を見ましたが、豊かにはなれません。
もしかしたら心だけでも豊かな人になれの、祖先ウガ
ヤ様のメッセージでしょうか。

直箕 - 2001/12/24(月) 20:47<

夢日記

僕も、数年前「夢絵日記」をつけていました。
よく見た夢は、傘をさして空を飛ぶ夢と
うんこに追いかけられる夢です。

とんちんかん小僧 - 2001/12/24(月) 18:36<

メリー!クリスマス!

あおきさん *(^。。^):nglyさん
今、『中学校社会科地図』で見ていますが、あまりマイナーな(失礼)川は
載っていないようなので昔、旅行をした時の中国地方の地図で確認します。
猿候(エンコー)川・・すごい名前の川ですね。覚えやすいです。

夢日記は、7,8年前から細々と書いています。
最近、見ている夢はナイショだけど、もう4回ぐらい一つの夢の続きを見ています。
でも、明恵上人のように夢と現実に繋がりを持たせて夢を良い方向に(現実的に)
するようなことはできてません。できたらいいけど・・ね。

ヤゾーさん
河童と馬についての話・・あるの?
僕は河童博士じゃないので分からないです。┌|∵|┐└|∵|┘

おミヨさん
>河童は山鉄民
どうしてなのでせうか。教えて下さい。
僕にはサッパリわかりませ〜んのデ。

ヤゾ− - 2001/12/24(月) 00:08<

河童と猿回しの関係

みなさん こんばんわ。

クミコさん ありがとうございます。
焼き物は、お世話になっている人たちに差し上げましたよ。

おミヨさんと利田ヤゾウを始めとした人たちの存在があったからこそ、
ここまで育ってきたのだと思っています。
おミヨさんの投稿は、とても大切に感じていますよ。
あまり掲示板を個人の所有物として扱わない方がよいのではないかと、
最近、掲示板の扱いについて少し考えていました。
それで、これからはなるべく個人に対してレスを付けないようにしようと思っていました。
でも付けちゃいました。

Donglyさん 昭和天皇も韓国の大統領が来日されたときに
同じような発言をされていたと、
最近、サンプロで放送されたようで、
あちこちの掲示板等でも話題になっていましたね。
天皇の方が、進んでいらっしゃるのかも知れませんね。

ヤナさん 釣りバカがグレ3匹釣れたって、一匹お土産に持ってきましたよ。
風の王国掲示板に写真入れときました。

河童が馬を水中に引き込むのなら、その馬を守るとされているのが猿ということになっているようです。
猿が馬の守護神とされたのは古く、平安時代の歌にも歌われているそうで、
近世において門付芸・大道芸として知られる“猿回し”は、
正月の厩(うまや)祭りに、猿を回して各家の厩を祈祷して回ったものが始まりであるともいいます。
この辺りに、とても興味深い意味が込められているような気がします。

ヤナギムシ - 2001/12/23(日) 23:21<

それは・・わたしです

おミヨさんの発言で・・サンカ・・ん・・としましたか
  サンカファンを、んんんんんん・・って考える時間あたえてるんや!!

  さすが・・おミヨさん・・奥が深い・
          んんんんん・・納得です


  河童の話が出るのに、なぜか・・水木しげるの話がでんですねえ
   私の好きな・・松谷みよ子さんの話もない

  坊やよい子だ、ねんねしな・・
     んんんん・・ねてられへんがな・・


        

*(@。。@)*ngly - 2001/12/23(日) 22:54<

サンカと天皇発言

びっくりです。今日の朝日新聞に現天皇の言葉として記者会見で
「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると
続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」
とあり。歴史修正主義者や保守的な人々の押す「新しい歴史教科書」
に対しての韓国側の反発への政治的な配慮もあると思いますが、前の
天皇にない突っ込んだ、率直な言葉です。サンカの歴史に興味ある者
としては、北朝系の万世一系でなく百済系中心の南朝系に触れている
とも思えます。百済サンカ系の皆さん、喜んで下さい。私は母は百済
賎民系ですが、父は新羅賎民系ですから、大変複雑な気持ちです。
 なおさまざまな歴史学者の反応も興味あるところです。共通なのは
自己のルーツに引き寄せて考えていない点でしょうか。

おミヨ - 2001/12/23(日) 21:09<
ヤゾーさん
ダイヤルQ2廃止で、メールがうまく繋げていません。
手紙出しますが、取りあえず有り難うございました。

ヤナさん
私の下らない書きこみで、このBBS閑散とさせてしまいましたよー。

クミコ - 2001/12/23(日) 16:37<

kumanolife2周年おめでとうございます!

みなさんのお話しこれからも楽しみにしています。

ところで ヤゾ−さん
このまえアリさんのせいで停電になった時のやきものは
いったい どうなってしまったんでしょうか?

ヤゾー - 2001/12/23(日) 12:15<

ヤマガラ爺

昨夜は、二年目を迎えて、何を書こうかと考えていたら寝てしまいました。
うちのピーちゃんたち(ヤマガラ)は、木の実も虫も食べているようですが、
落花生が大好物みたいです。
落花生を持っている振りをして、手の中に落花生がなかったら怒ります。
首を傾げてから指を噛みます。ひゃひゃひゃ なんだかおもろいです。
ヤマガラ爺目指して、がんばります。

管理人ヤゾ− - 2001/12/23(日) 11:20<

二年目を迎えて

『自然の中へ そして心の中へ!』というホームページを始めて二年目になりました。
自然が好き!サンカが好き!という想いでスタートしましたが、
サンカというものが注目されるようになるにつれ、
このホームページも随分と注目されるようになってきました。
参加して下さっている独り独りの想いが、ここまで育ててきました。
今後とも、よろしくお願い致します。

ヤナギムシ - 2001/12/22(土) 23:01<

なははは

どんぐりさん・・なんなん・その・・顔文字
  あはははは・・最高ですね

   おミヨさんおひさです・・
     かたさが・・大ぶんに・・へへへへぬけてきましたねえ・・
         しっかりがんばってね・・へへへ

  このところ・・忙しくって・もう・・大変!れす
  さくらさんも・・忙しいねんねえ・・がんばってくらはい

    まだ、アジアの国々には・・少数民族って
   たくさんいてはるんですねえ

    美しい大地に、部族のハタムラ!
       いまも、守ろうとする人々・・
         日の本わが国の・・不安!!
             

         自然の脅威・・街に居ては感じられません
            深々深々とふきつもる雪・・

            かじかむ手・・・・
             そんな思い・・感じなさい・・ってゆうほうが・・

                むりかもね・・・・



                    へへへへへへ・・やなでした
           

おミヨ - 2001/12/22(土) 21:15<

「ヤマガラのおみくじ引き」

小沢昭一さんの本に、豊川稲荷の「ヤマガラのおみくじ引き」のおじさんが最後の人で、もう絶滅したそうです。そのおじさんが亡くなられたあと、娘さんが跡を引き継いでしばらく店を出していたそうですが、ヤマガラがにげてしまい、それでやめてしまったとか。ヤマガラに芸を仕込むのは大変で、手間隙かけて
やっても「ヤマガラ芸」による収入はタカが知れているからだそうです。ヤマガラは雑食性で、木の実も虫も食べるそうですが、一度虫を食べると、その虫の味が忘れられず、虫がほしくて逃げ出すというケースが
多いんだそうです。小鳥の大道芸は中国にあるとか。   (95年1月)

河童は山鉄民。
踊る河童は傀儡集団かもしれない。

*(^。。^):ngly - 2001/12/22(土) 19:17<

小鳥とおみくじ

 昔といっても何年前か忘れました。シジュウカラかコマドリに
お御籤を選ばせ食わえさせて客に渡す人がいました。小鳥はお辞儀
をして、ぶら下がった鈴を引いて鳴らした後、おみくじ選びをする
のです。小鳥のしぐさや動作に廻りの見物人は見入ったものです。
これは何という職業でしょうか?オミクジ売りでしょうか?
 鹿児島ではハナシジジイと呼んでいたようです。ハナシは小鳥の事
で、ジジイは爺でしょう。反リストラ策として復元したいですね。
 あおきさん
 JR広島駅から南へ5分の所にあるえんこう川で、確か猿猴と漢字で書き
ます。猿猴は河童の事です。その南の的場は段原小学校があって、江戸期
は処刑場だったはずです。数十年前は学校の周囲に「連れ込み旅館」が
いっぱい建って教育上よくないとされました。サンカの大人がする事で
子供に見せていけない事は、一切ないようです。

おミヨ - 2001/12/22(土) 15:35<

{こまどり}

こまどりの話、何週間か前の「週刊文春」にのっていたのかもしれません。
読み流してしまって何も頭に残ってません。残念! 恋愛、結婚問題いろいろ書いてあったような・・。

「鞍馬天狗のおじさんは」の本の中の嵐寛寿郎の相手に対する返事がいつも「はいなー」。

すみません。関係なかったです。

  一級×× シェイシュンの紋   <http://www.you-i.org> - 2001/12/22(土) 06:08<

  し り こ だ ま   

 むかし……といっても太古々々の大昔……のひとは、いきなり「ない」とは言わなかった
みたいです。やっぱ、これには迷信みたいな考えかたがまつわりついているのでしょう。
 「ない」を、「ある・ない」の形で表現しているのです。
 沖縄での会話をきいていますと、相手が喋り続けているときでも、そのちょっとしたスキマ
に「あらん、あらん(いいえ、そうじゃないんですよ)」と、短く入れます。
 豊後浄瑠璃に「だんな、だんな、だまんねぇはよ(早く)からなにごつかえ」があります。
 すなわち「DAM(こころ・キモったま)あるない」……「キモがなくなる」をダマンネェ
と表現しています。
 ネパール語では「ない」は HOINA ……「ホ」は「はい」、イナは否です。
 「いいえ」は CHAINA……CHA が「ある」、INA は否です。
 「しりこだま」とは尻のこだま……屁ではなく、尻 KO(ネパール語;○○の)DAM(キモっ玉)。

 シリの語源はオラシラン。

△うぶ - 2001/12/22(土) 02:38<
ヤゾーさん、みなさん、
カッパが馬引き好きは、河童と猿の同一視に関係有るからでは?すばしっこい事の
例えで「狐を馬に乗せたような(人)」と言うはずで、それの流れかと?。
てっぺんがカッパに近くなって来て、遠からずエンコーと呼ばれそうな私、
どうせ呼ばれるなら援交のほうにしてくれ!、、、、と独り言。
ところで、お稲荷さんの白狐ですが、「しろきつね」→「しらきつね」→「しらき・つね」
→「しらぎ・つね」→「新羅・常」、、、、、、、、、、、、これかも?
Kumanoではタヌキといいヤマガラといい、丸々太っていて健康そうで、、、、、、、、
とても、オイシソウで。今度料理して皿に盛り付けたところの写真も見せて
下さい。{こまどり}の話も、もっと聞きたいなあ。
今回は動物シリーズでした。

ヤゾ− - 2001/12/22(土) 00:03<

河童と馬

みなさん こんばんわ。

△うぶ さん  昨夜 かわりに言って下さってどうもです。
僕も子供の頃「すばらしき世界旅行」楽しみにしてました。
久米明さんのナレーションの声が印象的でした。

直箕さん 池のほとりで 沢山の河童がダンスを踊っているのを
想像しただけでも なんだか凄い!そんなの見てみたい!

おミヨさん 日刊夕刊「ゲンダイ」の五木寛之のコーナー 
Donglyさんにも教えて頂いたけど こちらでは手に入りません。う〜 難儀な!

紋次郎さん 復旧おめでとうございます。よかったです!
PC使って どんどんシェイシュンして下さい。

あおきさん 尻から肝とられたら痛そうですね。
そういえば 子供の頃に盆を過ぎてから川に泳ぎに行くと
河童に『しりこだま』抜かれるぞ!と言われたような気もします。

ヤナさん そう言われなかった!

とんちんかん小僧さん 河童と馬についての話しがあれば
今度 教えて下さい。

河童といえば なぜか馬に目がないとされていますね。
水辺に馬を曳いていくと 水中から河童が出てきて馬を水中に引き込むという話しはよく聞きます。
また 頭の皿が渇いて力が無くなり 逆に馬に引っ張られて人間に捕まったなんて話もあるようです。
河童の絵で有名な小川芋銭の絵にも馬に乗った河童の絵が多かったように思います。
河童は なぜ馬が好きなんでしょうね。
正月の門付け芸の春駒なんかも関係あるのでしょうか。

ヤナギムシ - 2001/12/21(金) 22:40<

しりこだま

記憶だけで・・書いてますけど

    しりこだま・・なんてのもあたりして

あおき - 2001/12/21(金) 21:00<

とんちんかん小僧さん

広島市には6本の川がありますが 一番東側にエンコウ川という川が
ありますよ いかにも河童に尻から肝をとられそうな水が淀んだ川
ですよ 広島の民話にエンコウの話があります

運命のダダダダ−ンというテレビでやってましたが イタリアにはローマ時代から
ロトの予想屋がいて 予想して欲しい人の昨日見た夢を聞き 
その夢を1から90までの数値におきかえるそうです
そのイタリアの予想屋は今までに何度も大当たりを予想して
人気ナンバー1だそうです 
スモルフィアという6万項目にもおよぶ夢を数値におきかえた本が
本屋にあるそうです
夢をメモっておくといいことありそうですよ

とんちんかん小僧 - 2001/12/21(金) 19:00<

河童になった動物の呼び名集(2)

四国・中国地方
● 徳島県:〈猿〉エンコー・エンコ
      〈川獺〉高入道
● 香川県:〈猿〉エンコー・エンコ
      〈川獺〉カブソ
● 高知県:〈猿〉エンコー・エンコ
      〈川獺〉カワウソ
● 愛媛県:〈猿〉エンコー・エンコ
          〈川獺〉ノビアガリ
● 岡山県:〈猿〉エンコウ
       〈鼈〉ダンガメ・オオガメ
● 島根県:〈猿〉エンコー・テナガ(手長)
      〈川獺〉カワウソ
● 広島県:〈猿〉エンコー・エンコ・淵猿(フチザル)
      〈川獺〉カワウソ
● 山口県:〈猿〉エンコー・エンコ
     
九州地方
● 福岡県:〈猿〉エンコーサル
       〈鼈〉ガメ
● 佐賀県:〈水虎〉スイコ
       〈川獺〉カワウソ・カワソー・カワッソー・川僧
● 長崎県:〈水虎〉スイコ・河虎(カワコ)
● 大分県:〈水虎〉スイコ
● 鹿児島県:〈水虎〉スイコ

☆次回は、サンカを表しているかもしれない河童の呼び名が続々登場。

とんちんかん小僧 - 2001/12/21(金) 18:53<

河童になった動物(獣類)の呼び名集(1)

東北地方
● 青森県:〈水虎〉スイコサマ・シッコサマ・オシッコサマ・セッコーサマ
● 岩手県:〈猿〉フチザル
● 山形県:〈川獺(カワウソ)〉カワウソ

中部地方
● 静岡県:〈猿〉猿候(エンコウ)・川猿
      〈川獺〉カース
● 愛知県:〈鼈(スッポン)〉ドーツン
● 新潟県:〈川獺〉カワウソ
      〈海獺〉ウミカブロ
● 長野県:〈猿〉エンコ・エンコ様
● 富山県:〈猿〉エンコ猿・テガワラ
      〈川獺〉カワウソ・カワソ
      〈鼈〉ガメ
● 石川県:〈川獺〉カワウソ・カワソ・カブソ
      〈鼈〉ガメ
● 岐阜県:〈猿〉エンコ・エンコ様
      〈鼈〉ドチガメ・ドチ・ドチロべ・ドチロンべ
● 福井県:〈猿〉エンコ

近畿地方
● 滋賀県:〈水虎〉スイコ
      〈川獺〉カワウソ・カワソ
● 三重県:〈猿〉エンコ
      〈水虎〉スイコ
● 和歌山県:〈猿〉エンコウ
       〈川獺〉蒙古高句麗(モクリコクリ)
       〈鼈〉ドンガス

―後半へ続く。

△うぶさん 紋次郎さん
河童の名前の語源って何なのか難しいけど面白いですよね。
次回作の河童の呼び名の幾つかは中国に近い名前が多いので期待していて
下さいネ!

  シェイシュン の紋   <http://www.you-i.org > - 2001/12/21(金) 11:31<

  カッパ の 語源   

秋田ではうわあごのことをアゲタといいます。五箇荘あたりではカマゲタというそうです。
 ゲタというのは“骨”のことですので、ぬかるみ田んぼに履いたのはイノシシの頭蓋骨だ
ったかもしれません。
 カマゲタの KAM には英語の CAP がピッタシじゃあ〜りませんか。そしてネパール語では
ひたい(額)のことを KAPAL いうんですがな。
 カッパの語源は川(>カ)TSU(の)WARA(童<*BALA)パ(?)やろか? ここの分析は
どうも入り組んでまんなぁ。
 やっぱ、額に偏執した KAPAL ではないでしょうか。

 あずみさん、「ほにゃらか掲示板」http://ucgi.kamnavi.net/cgi-bin/yakbbs.cgi で
安曇野のチクニ街道を書きましたよ。刺激強すぎるかなぁ。

おミヨ - 2001/12/21(金) 10:15<

思い出せない!

極最近そのこまどり姉妹の話、何かで読んだような気がするー。
竹中労の「芸能人別帳」「くらま天狗のおじさんは」最近、買ってきて読んだです。
その中に、のっていたのかなー
思い出せない、ぐやじぃー。

「くらま天狗のおじさんは」の中に蛇食う役者や監督がおって、くらま天狗のおじさんの話えらい面白かったですよ。

杉作「おじちゃん マッチ一本買っておくれよー」
鞍馬天狗のおじさん「杉作がんばるのだー、もうすぐ年明けだ、年明けがくるのだよーー」  幕

日刊夕刊「ゲンダイ」の五木寛之のコーナ、最近一週間ぐらい沖浦和光との対談話が続いてています。


 

直箕 - 2001/12/21(金) 02:16<

思いだせない!

ちょっとまえに、本屋で「山小屋の管理人の思いで話」ばかり集めた単行本を立ち読みしたのですが、
その中にリアルな河童の目撃談がありました。
池のほとりで、沢山の河童がダンスを踊っていたというような記述だったと思う。
心当たりあるかた、その本のタイトル教えてください。

「こまどり姉妹」って、若かりしころ、「門付け芸人」やっていて、野宿しながらあちこち廻っていたんだって。



△うぶ - 2001/12/21(金) 01:10<
みなさん、こんばんわ。
昔、日本テレビ系列の教養ドキュメントで日立KKスポンサーの「すばらしき世界旅行」と
言う番組での{河童特集}見たことあります(古い!年がばれそう!)。
最後のほうで、千葉県の潮来地方の河童で、土木作業に使役されて、又、強制的
に連れてこられた{中国人}が御役御免になって捨てられて河童になったのでは?
との一推測で締めくくっていましたのを思い出します。
とんちんかん小僧さんが列挙した各地での名称を見てみましたが、殆どが日本語
由来ですが、一つだけ気になります、島根県での{サンバイ}です、漢字が不明です
が、これだけ中国語に関連有りそうです。「山伯」の読みが中国語で「サンバイ」と
なるからです、たまたまの偶然かも知れませんがね。
岡山県の「ゴンゴ」も、光っていますね。名前の漢字から由来推測も面白そうです。
カッパは楽しくて、おかしくて、可愛くて、悲しくて、可哀相で、、、、、、、、、、。

ヤゾ− - 2001/12/21(金) 00:22<

エスキモーとサンカ

>それぞれが自分なりの信念を持って参加しているのだから気にすることなんかない
 
もんむーさん 早とちりでしたが 結果 とても良い意見を聞かせて頂くことができたので
蜜柑さんの投稿は とても意味のあるものだったのかもしれません。
管理人として とても参考になりました。

>あれから考えて考えて分からないから日本河童協会に電話してみたの。
>その寺の入り口にある河童の像はヤゾーさんにそっくりですよ。

とんちんかん小僧さん 面白すぎるではないですかい!
じゃ 今度 会いに行ってみようかな。
河童の瓶の話し 面白かったです。

ヤナさん 辛さを乗り越えたところに きっと 素晴らしいこともありますよね。
がんばりましょう!

昨日 遠方から突然の来客がありました。
その方とは 十年程前に 共通の人からナイフ作りの手ほどきを受けた際に知り合い
同じ時期に渓流釣りにはまっていたのと 僕のサンカ話しに興味を持って下さったこともあり
とても気の合う方でした。 でも 長い間 一年に一度会うか会わないかのおつき合い程度でした。
それで 訪ねてきた用件というのは ある人を連れて来るから 話をしてあげて欲しいというものでした。
その人とは カナダに滞在して エスキモーに関した研究をしていた人で 帰国後 なぜか熊野に興味を持ち 
さらにサンカに興味を持ったそうで 熊野にしばらく滞在して調べたいことがあるのだそうです。
その方の知人が たまたま ここのページを知っていて その知人というのが訪ねて来た方の友人であり 
そして紹介して欲しいという人というのが僕だということが分り いろんな偶然が重なっての訪問でした。
偶然も重なると いろんなことが起こるものですね。

ヤナギムシ - 2001/12/20(木) 23:20<

にぎりこぶし

おもいっきり・・強く
  握りこぶし作ってみた・・
   ぎゅーーぅっと・・もう一度・・握ってみた!!

       少し開いてみると・・カサカサの手に赤いウシオが・・

  また・・握ってみた・・このカサカサの手で・・
   いったい何が出来るんだろう

         眼を・・閉じてみたら・・
               頭が  グルグル廻った・・


     ぐるぐるぐるぐる・・少し気分が悪くなった

             小心者には・・
               なぜか・・辛いものがある

         ぎゅーーーーーっ・・
           もう一度・・さらに・・もう一度
              握ってみた・・みんな・・辛いんだ!!!!!!
                   わたしだけ・・じゃない・

                         みんないっしょや・・

                 わたしだけやない・・

とんちんかん小僧 - 2001/12/20(木) 18:03<

河童になった動物たち

「川虎」の名はさらに、「水虎(スイコ)」に由来すると思われる。「川虎」は中国の湖北省
の川に棲むとされた水怪で、全身が鱗に覆われた、禿(ハゲ)頭の小児のような動物で、足の
膝頭が虎の掌手に似ていることから、その名がついたといわれている。後に日本にも出没した
ともいわれている。
 水虎は虎とは異なる形態である。
ところで対馬で「川虎」と呼ばれたモノの正体はその目撃談から、どうやら対馬山猫(ツシマ
ヤマネコ)に擬せられていたと思われるフシがある。河童が人を取って殺すとは別種の「魍魎
(もうりょう)」という妖怪と同一視され、さらに「魍魎」が山猫の化けものである「火車(
カシャ)」と同一視されたためだ。河童のオカッパ頭は魍魎の頭髪が由来であり、火車は人間
の魂を盗む地獄の死神とされていた。山猫の類は水辺で魚を捕る習性であり、これが河童の誕
生に深くかかわっているらしいです。中国では山猫の総称を「狸(リイ)」と呼ぶ(日本では
狸(タヌキ)は狢(ムジナ)と同一視され混乱している)。

今回の呼び名(獣類の)についての前書きは妖怪について興味の無い人や知らない人にとって
分かり難いものだと思います。興味ありましたら図書館等で魍魎の絵とか見てみて下さいネ。
とても河童ちゃんに似てますよん。

とんちんかん小僧 - 2001/12/20(木) 17:29<

フンゴロボシ?(+おまけ話)

あれから考えて考えて分からないから日本河童協会に電話してみたの。
そしたらねー、「あまり深く考えないでネ!」って返事もらったの。

気を取り直して、河童の話を・・海水浴場や温泉地として知られる伊豆半島の河津。
その河津川のほとりにあるのが栖足(せいそく)寺で、この寺こそ知る人ぞ知る
「河童の瓶」を所蔵する寺なのである。

 その昔、栖足寺の裏手には、裏門の淵とよばれる淵があった。淵には一匹の河童がいて、
水遊びの子供を引っ張ったりと、イタズラばかりしていた。
 しかし河童はある夕方、馬を引き込もうとして失敗、あたふたしているところを村人に
捕まってしまったのだ。
「このバケモンめがっ!!」
 村人は河童のイタズラに業を煮やしていたから、もう殴るわ蹴るわでさすがの河童も
ヒイヒイといってのたうちまわった。そこを通りかかった栖足寺の住職、見るにみかねて
止めに入った。が、すでに河童は虫の息。そこで住職は、
「よいか。イタズラが過ぎるとこのような報いを受けるのだ。二度と悪さをしなければ、
見逃してやろう。」
と河童に約束させると、淵に帰してやったのである。
 その晩、すっかり寝入った住職は、ホトホトと板戸を叩く音で目が覚めた。
「どこの誰じゃ。今ごろ何か用か……。」
住職がしぶしぶ戸を開けてみると、そこにはさきほどの河童が立っていた。そしてバツが
悪そうに、
「……今日は、どうも……。そのお礼といってはなんですが……。」
といって、ひとつの瓶を置いていったのである。河童の話によると、この瓶はどこで聞いて
も川のせせらぎが聞こえる珍しい瓶とのこと、なるほど、瓶の中から川のせせらぎの音がする。
 このことはたちまち評判となり、以来、栖足寺では「河童の瓶」を寺宝として大切に扱う
ようになったのだという。

*この瓶は栖足寺の宝物なので、いきなり行っても見せてはくれないのデ。

その寺の入り口にある河童の像はヤゾーさんにそっくりですよ。

もんむー - 2001/12/20(木) 08:31<

言葉

直箕さん。こんにちわ

悪気がなかったことはわかりました。
NOMIさんが直箕だとは気づきませんでした。
早とちりしてすみません。

ヤゾーさんやヤナさんのいうとおり、言葉だけのコミュニケーションて難しい
ですね。かといって掲示板では言葉に頼る以外ないので、言葉は大事に使わな
くてはいけませんね。

最近になって思うのは、他人を語るということは、その他人のこと以上に、語
り手である自分の心象を曝けだしてしまうということです。そういうことを考
えると、自分にとっては他人であるサンカというものを語ることが、ちょっと
恐くなってきます。だから余計、みなさんの発言にもナーバスになっていたの
かもしれません。

お騒がせしました。

直箕 - 2001/12/20(木) 04:38<

もんむーさんへ

英語書いたのは、わたしです。
いらいらした?
英語で書き込めば、もしかしたら海外の方が検索でひっかかってサンカしてくれるかなと
思い付きです。
暇潰し(飛沫武士)で書き込みました。
お騒がせしてすいません。

今日、国会図書館でサンカを調べまくりました。
広島県でも、地面に穴掘った「焼き湯」の情報ありました。
サンカの記述がある資料で興味深かったのは
「彼らは、食べ物に困ると馴染みの農家に手をついて、施しをこうた。農家がお金を上げると、その金で御菓子などを買ってきて、農家の子供などにあげたりしていた」といういかにもサンカらしい記録がありました。
サンカって奥行き深いね。

ねぇーオミヨ!

ヤゾー - 2001/12/20(木) 00:00<
みなさん こんばんわ。

きょうかいさん  熊野では 星はとても綺麗に見えますよ。
でも 星を眺めるには 少し寒いです。 
「波動」という言葉ですが なかなか言語化するのが難しいですね。
例えば 文章にも波動があり よい波動を放つものは人を穏やかにしますが
悪意のある荒い波動のものは 人を苛々させたり 苦しめたりするように感じます。
そして 悪い波動は悪い波動を呼び寄せるようにも思います。
また 悪意のない文章でも 荒い波動のものもあり 批判していても良い波動を感じるものがあります。
蜜柑さんの言うところの『信念のある批判』などは そうなのかもしれません。
言葉や文章は とても力のあるものだと思いますので 心して使いたいと 日々是反省しています。なんちて(^_-)☆

NOMI MIKANさん アハハハ・・・(-_-;)
何度も言いますけど  AumのMr. Hirata なんかに 似てへんちゅうねん!
も〜 おちゃめなんだから!

もんむーさん いつも貴重な情報 ありがとうございます。
それぞれが自分なりの信念を持って参加ですか。
よい言葉を聞かせて頂きました。

あおきさん 正調五木の子守唄 なかなかよいですね。
その変わった人と ほんやら洞へ行ってきて下さい。
気さくで とても話しが楽しい方ですよ。

Donglyさん いろいろとご苦労様でした。
サンカというものを通して 現実問題の解決への接点が見いだせるような
そんな Donglyさんのあり方には共鳴する方も多いと思います。
物語りは これからが始まりのように思います。
ぼちぼちと導いてやって下さい。

ヤナさん 言葉に また文章から 心が感じられるって素晴らしいですね。
どんなに優しい言葉でも 心のないものもありますし また 逆もありますね。
ヤナさんの文章からは 『のほほお』とした よい波動を感じることがありますよ。

ya(^ε・)na - 2001/12/19(水) 23:26<

のほほお・・けけけ

なーーーーーんも・わからへん!!ねんよ・・ね!
   みんな、話たんかいなぁ??(直接に)

  文字とか言葉とか・・
    んんんんんん・・なんや・・視覚だけで・・なんやはんだんしてるんやないやろか??

   ことば・・
    ことばって・・ほんま!
           ふしぎですよね!
  
      自分では思いもしなかった世界へ・・

               いざなってくれますよね!

         それは・・本当に不思議な世界なんですよね

             私の夢を・・本当に大きくふくらませてくれるんです・・よね


    そして人の心の奥ふかくまで入り込んで・・
   その心を・・覗かせてくれるんですよね

           でも覗く側の目・・によって・・

           見えてくるものって・・ちがうんですよね!

   あまくて・・セクシイで・・やったり!!

     またあるときには・・辛くて・苦くてなんてこともあったりして




            本心でないのに・・

               ことばは、・・一人歩きします!!









       そんな時・・わたしは・・


          すこし         悩んでしまうんですよね・・


                           ふうう・・また酒でものもうかいねえ



            けけけけけけ
                      っへへへへ
                            やなでした        

*(*..*):*ngly - 2001/12/19(水) 22:59<

迷惑をおかけして

 歴史民俗学に、「詰まらない」「自らの身勝手なイデオロギーを
投影させて」「下手な」「読み難い」文を書いた者がいるからです。
 政治を見据え、環境と時代を両立し、将来を考える時、サンカに
関する知られざる「事実」を意図的に繋ぎ合わせたものでしょう。
 でも「あれくらい刺激的でなくては」「竹細工で回遊者に限定し」
たり「三角寛の文献の発表会にすぎな」かったり、「三角寛しかない
のでは・・」「読みたかったのはこれだ」の意見もあります。 
お陰で熊野生活も注目されて来ました。
なお秋風と冬風には気をつけましょう。

あおき - 2001/12/19(水) 21:23<

なんかいろいろ

変わった人がいらっしゃいますが
きのうニュースステーションでやっていた川辺川のある
五木村の正調五木の子守唄をリアルプレイヤーで聴けるサイト
がありますよ
  http://portal.kumamoto-net.ne.jp/vill_itsuki/komoriuta/music.htm
です
蜜柑さん取材とかしたんですか?
ほんやら洞いきましょうね 

もんむー <http://bunshun.topica.ne.jp/jicho/sanka/sanka.htm> - 2001/12/19(水) 20:25<

「サンカ」は日本文化の地下伏流

沖浦さんが、自著を語っています。
http://bunshun.topica.ne.jp/jicho/sanka/sanka.htm

確かに「苛々させる謎の波動」が飛び交ってますね。しかも英語で。
でも、それぞれが自分なりの信念を持って参加しているのだから
気にすることなんかないでしょ。

でわでわ

NOMI - 2001/12/19(水) 18:58<

english

People just called "SANKA" till recently were in Japan. They were bleaching every place, carrying out a bamboo ware. There are also people of the posterity of "SANKA" among people gathering in this homepage. The janitor of this homepage resembles Mr. Hirata of Aum Shinrikyo.

きょうかい - 2001/12/19(水) 18:32<

「いたずら好きの精霊」「苛々させる謎の波動」

ヤゾーさん
 どうも、この「波動」という言葉が、妙に引っかかってます。
 「いたずら好きの精霊」ならいいのですけど・・
 クマノの星は、プラネタリウムみたいに見えるのですか?

ヤゾ− - 2001/12/19(水) 00:05<

みなさん こんばんわ。

この季節 星がとても綺麗です。

きょうかいさん 文章を読んで『真我 我にかえる』という言葉が浮びました。

直箕さん ハハハ 旨いこと言いますね。 でも 実物は 崇高で穏やかな顔した河童です。

とんちんかん小僧さん フンゴロボシ? 河童がどうしてフンコロガシみたいな名前なんでしょう。 

turukotさん 僕も なるべく よいものが伝わる文章が書けるように心がけます。

たらった・らたらたウサギのダンスのヤナさん。
魚も 年々釣れませんねぇ〜。
大金つんでも戻らない買えないものほど 大切にしたいですね。

ya(^ε・)na - 2001/12/18(火) 23:31<

たらった・らたらた・らたらたらたた

おこんばんわ・・やなどすえ・・
  まいど・・
 なんや・・おもろない・・毎日ですねえ

        世間は冷え冷え・・さぶーーーぅ

     国土庁のおばさん、川辺ダム作るんやてぇ?・・やめときいなあ
      一度なくした自然、大金つんでも・・もどらんようになるのになぁ

       はよ、気が付きいなあ・・国民あほちゃいますよーーぅ

      女やから、とか・・男やからと・・ちゃうねんけど・・

            たなかさんも、おおぎさんも周りに左右されんと信念でかんがえてや!

    たのむ・でえ・・あんたら・・アホやなんて・・ゆうたら
             女ゆうだけで、救援隊が・・言いたい放題ゆうもんね

          男もあかんけど、女もええかげん・・いやになるほど・・

               なんですねえーーーぇ


    さくらさん・・おミヨさん・・お忙しいのんかいなぁ

            へへへへ・・サメって休めませんねんもんねえ

                   はははあしたがおます・・

                       さあて・・へ


                              やなでした

turukot - 2001/12/18(火) 20:03<

感想

今日のヤゾーさんときょうかいさんのスレッド、
いい感じでした。気持ちが晴れ晴れしたような。。

私も心がけます。

とんちんかん小僧 - 2001/12/18(火) 16:36<

つづきです

近畿地方
● 滋賀県:〈水神〉河伯
● 大阪府:〈水神〉河伯
● 兵庫県:〈引抜〉尻曳き饅頭(シリヒキマンジュウ)
      〈小坊師〉ガイタルボーズ
● 三重県:〈小坊師〉コボシ・川小坊師・川原小坊師・尻小坊師・
      フンゴロボシ・ゴラボシ・ガロボシ・カンカラコボシ・
      カンコロボシ
● 奈良県:〈小坊師〉ゴーラボシ・ゴラボシ・ガロボシ
● 和歌山県:〈小坊師〉甲羅法師(ゴウラボシ)・ゴランボ・ガランボウ・
       ガイラボシ・ゴンゴロボウシ・インガラボシ・イガラボシ・
       オンガラボシ・ガッタラボシ・ゴッタレボーシ・ガイタルボシ
       〈川人〉カワトノ

九州・沖縄地方
● 福岡県:〈川人〉カワント・カワントン・川殿(カワトノ)
● 佐賀県:〈水神〉川神サン
      〈田の神〉田の神
● 長崎県:〈水神〉川の神
● 大分県:〈川人〉カワヒト・カワノヒト・カワンヒト・カワントン・カントン・
         ガントン・カントロ・ガントロ・カンチョロ
                 川者(カワノモノ)・川殿(カワノトノ)・川ノ主
● 熊本県:〈川人〉カワヒト・カワノヒト
● 鹿児島県:〈水神〉ミズシカミ・ミズシン・スジンドン・ミズチ
       〈田の神〉ミッツドン・田の神
            〈引抜〉川取(カワドリ)・カワトイ
       〈不明〉磯ん子・へヂゴ郎
● 沖縄県:〈禿〉カムロー・カワカムロー・カーカンロー

これで半分終わりました。また続けて書きませう、お楽しみに!

直箕 - 2001/12/18(火) 15:33<

河童?

「河童みたいな仏像」
どう見ても、うっかり、弁慶の泣き所(スネ)をぶつけたおっちょこちょいなジジーにしか見えません。
「イテー」と言う声が聞こえてきそうです。

とんちんかん小僧 - 2001/12/18(火) 14:52<

再びカッパちゃんです!

前回、水神になったカッパ(+その他)について書かなかったので今日書きます。

● 北海道地方:〈水神〉ミンズチ・ミンツチ・ミンツチノトノ・ミンツチカムイ・
              フンドチカムイ
        〈引抜〉駒引(こまひき)

東北地方
● 青森県:〈水神〉メドツ・メドチ・メトチ・メードツ・メットゥチ
      〈不明〉渡り神
● 秋田県:〈水神〉メドツ
● 山形県:〈水神〉メドツ
      〈引抜〉川駒(かわこま)
● 福島県:〈引抜〉駒引

関東地方
● 東京都:〈水神〉水天宮・河伯

中部地方
● 山梨県:〈不明〉カンチキ
● 静岡県:〈水神〉祇園坊主
     〈小坊師〉コボッチ
● 愛知県:〈水神〉ヌシ(主)
     〈小坊師〉コボッチ
         〈不明〉カワババ
● 新潟県:〈水神〉スイジン・シイジン・シージン・スジンコ・ミズシン
● 長野県:〈水神〉セージン・セエシン・川の神
● 石川県:〈水神〉スイジン・ミズシ・ミソシコベ
     〈田の神〉田の神
● 岐阜県:〈水神〉ノシ(主)

四国・中国地方
● 徳島県:〈引抜〉イドヌキ
      〈天狗〉芝天狗(シバテング)
● 高知県:〈天狗〉芝天狗・芝天(シバテン)・芝天小坊主・坊主子・
      坊主ノ子・子ノ葉天狗
● 岡山県:〈不明〉アワ
● 島根県:〈田の神〉サンバイ

 ―つづく。

きょうかい - 2001/12/18(火) 13:29<

ひとりごと・はけ口

 私の場合、日常において仕事にしても生活にしてもある種の「したたかさ」を常に求められています。
 「おとな-さ」と言ってもいいかもしれません。これは、人と人、集団が、うまく共同生活していくため の知恵としての「礼儀」とは違います。 
 自然を離れた、都市民のなれの果ては、よくいえば、「一人で生きられず常に誰かの世話になって」
 います。
 この都市民は、隣近所のくまさん、はっさんではありません。
  一人一人が、自立を放棄した結果は、助け合いではなくて、「隙あらば」の巧妙な「だましあい」
 と感じています。
  しかたなく、無意識的な対象療法は、「本音と建前」です。でもこれは、むちゃくちゃズルイくて
 情けないのです。それは
 「どこかに本当の(無垢な)自分がいる」ということを、前提としています。
  なんとかならんのか!!
 また日常のなかへ、帰ります。(これも欺瞞だ)
  

ヤゾ− - 2001/12/18(火) 00:05<

独り言

みなさん こんばんわ。
これといって書くこともなかったので
独り言でも書いてみました。

【A氏からのメールの一部】

一昨年あたりから、
人を苛々させる謎の波動が頻繁に飛び交っているようなので、
踊らされないように、ご注意ください。

常に、自分が「冷静」で「誠実」であるか、
ことあるごとに自問自答してみることです。

私も時々、そうしていますから(^^;)

【B氏からのメールの一部】

最近世界的にMD(Mental Disese)という精神障害が話題になり、
日本でも「突然無関係な人」を殺傷する事件があって、関心をよんでいます。
私もインターネット上でかなり勉強しました。

【A氏からのメールの一部】

そういう場合、
『無言』であることが、誰に対しても一番のメッセージになるでしょう。

固執すると「いたずら好きの精霊」に目をつけられますよ。

それから、この↓部分ですが、

> 最近世界的にMD(Mental Disese)という精神障害が話題になり、
> 日本でも「突然無関 係な人」を殺傷する事件があって、関心をよんでいます。

私が言うところの、
「いたずら好きの精霊」「苛々させる謎の波動」とも関係しているので、
どうかヤゾーさんは胸に留めておいてください。

感度の高い人や、真っ直ぐな人、幼稚な人ほど、影響を受けるようです。


ウッ!“幼稚な人ほど”というあたりに とても思い当たるところのある僕としては
う〜ん どうすればいいのだろうと考えました。

そういう波動を受けて苛々することがあっても
山の中で ヤマガラやタヌキと戯れたり
綺麗な海や渓流なんかへ行くと
そういう残った悪い波動のようなものが静かに消えてゆき 
かわりに穏やかな心になっている自分を感じることがあります。

でも 夜中に苛々したり 
あまり自然のないところで苛々したらどうすればいいのかなぁ。

そういうときには 心の中に豊かな自然を持っていたら
その自然を思い起こすことで 悪い波動のようなものが
同じようにして静かに消えてゆくんです。

やはり 自然というものは有り難いものです。 
幼稚なヤゾ−の独り言でした。

ヤゾ− <http://denshin8.esprix.net/> - 2001/12/17(月) 02:58<

ウイルスについて

WORM_BADTRANS.B ( W32/BADTRANS.B@mm )が猛威を振るっているそうです。

未対策(下記参照)のマシンでは、OutLook/OutLook Express 等でメールをプレビューしただけで感染します。
このワームは、MAPI対応アドレス帳または見に行ったウェブページに書かれているアドレスに汚染メイルをばらまきます。
すでに感染したマシンでこのページをみた人から、汚染された伝染用メイルが多数送られてきて迷惑しています。
電信八号のアドレス帳( Alias.exe )は、意図的にMAPI対応にしていないので、その点は安心です。
また、トロイの木馬を仕込んで、キー入力を監視記録し、あなたのパスワードをワーム作者に送ってしまいます。
駆除できても、それだけで安心しないで、そのパソコン上で入力したすべてのパスワードを変更する必要があります。

http://denshin8.esprix.net/ より

可能性のあるネットの世界を守るためにも 是非 リンクしているページの参照をお願いします。

ヤゾー - 2001/12/17(月) 00:05<

“いろいろ”

みなさん こんばんわ。

あかねさん それにしても凄いですね。
まるで播磨の歴史民俗の生き字引です。
密教や修験道なんて 拝火教(ゾロアスター)の影響なんかもあるのでしょうね。
そういえば 高野山の奥の院には景教(ネストリウス派キリスト教)の大きな石碑もあったりします。

蜜柑さん 了解しました。
もしかして 今日も釣りですか。
また 釣果 教えて下さい。

もんむーさん いつも面白い話を見つけてきますね。
三角寛の復刻版が出たり その内容を否定する本がでたりと
まあ“いろいろ”な事情もあるのかもしれませんね。

とんちんかん小僧くん 今度は伏字なしで 
サンカを指していそうな河童の各地方の方言を書いて下さい。

ヤナさん 風の王国掲示板の写真いいね。

*(|$\。。$)*NGLY さん なんというお顔に・・・(笑)
サンカ近世発生説と被差別部落江戸期発生説は政治説ですか。
水平社宣言で『エタである事を誇り得る時が来た』と宣言してから
80年近く経っていますが なんだか矛盾していますね。
まあ“いろいろ”な事情もあるのかもしれませんが
その誇り得る時のためにも 
歴史の真実を追求する勇気と真摯な態度が求められている気がします。
南北朝動乱期に サンカから箕作りを教わったという村の話しは
薩摩半島南部にある 阿多隼人の流れを汲む人たちの村で
竹細工で有名な時吉さんの話しによるものだそうです。
沖浦和光氏の『竹の民俗誌』に書かれていましたので
買って読んでみて下さい。とても良い本だと思います。

※ Donglyさんのパソコンが ウイルスにやられたとの連絡が入りました。
  FixBadtr.exeを使っても駄目のようです。
  ウイルスに対しての対策を怠らないようにして下さい。

とんちんかん小僧 - 2001/12/16(日) 22:50<

遅レスすみませんでしたm(_ _)m

あかねさん
レス有難う。風琳堂さんにお尋ねしてみます。
いつも播磨の話を楽しく読ませてもらってます。
ジャズといえば、ケイコ・リーってボーカルしか知らないなあ〜。

ヤゾーさん
調べてみましたがありませんでした。残念・・。でもネ、後少ししたら続き書くので読んで
下さい。カワ○○、カワ○○○等(伏字でゴメンなさい)よく似た名前もあります。
もっとサンカを指してるような名前も九州地方に多くあります。ビックリしちゃうよ!
カッパの各地方の方言がサンカを指している可能性は十分ありそうな気がします。

*(=。。=)*nglyさん
何度もレスして下さったのに遅れてしまってすみません。
>百済サンカの一部は南朝系天皇を陽に当てる事が目的だった、それに
>連なる忍び筋も同根のような気がします(勿論仮説です)。
忍びは陰忍・陽忍の2種類に分類されています。
いわゆる、光にあたるか(後世に名の残った者)、闇から闇へと生きた者のことです。
散所の主として有名な楠木正成は前者の者だったのでしょう。*(=。。=)*nglyさんの
いう説は僕もそう感じ取っています。まだまだ、分からないことだらけですが、楠木一族
と根来衆の関係(まだ調べている所です)を考えると・・<百済サンカの一部は南朝系
天皇を陽に当てる事が目的だった>というのは大いにあり得ることだと思います。
(断言するのは難しいけれど…)


あっ、それとヤゾーさん! ウイルスに犯されていないか心配の電話どうもありがとうー☆

もんむー <http://www.shueisha.co.jp/shinsho/kikan/0120-f/index.html> - 2001/12/16(日) 14:03<

日本の異端文学

川村湊「日本の異端文学」(集英社新書)
http://www.shueisha.co.jp/shinsho/kikan/0120-f/index.html

この本では文学の立場から三角寛について論じられています。著者は三角寛の
作品の文学的価値にも三角の言うサンカの出自についても否定的です。国枝史
朗との比較は興味深いものでした。

でわでわ

*(|$\。。$)*NGLY - 2001/12/16(日) 13:24<

ご馳走さまです

turukotさん
 すみません、近江雅和氏の本は未だ見ていません。
あかねさん
大盛のおかわり有難うございます。いま口の中に食物が入っていますので
せっかくの据膳ですが、もうすこしタンマ。また石上神社も全国に分布し
てるんですね。でも出雲系や大陸系サンカが集合した地のようですね。
ヤゾーさん
>沖浦教授が 何故にそのような近世発生説を?
 被差別部落江戸期発生の政治説を補完するためでしょう。その意味では
歴史の真実を追求する枠組みと方法論と姿勢の問題でしょうか。
>南朝系前豪族の落人が困窮時、山の民サンカが教えて以来 箕作りが生業
となったとの部落伝承。
 どこの伝承ですか、貴重ですね。今はどうなってるのか調査したいですね。
 敗軍の将の名前は、地名になってますね。歴史の鉄則でしょうか。
「烏」はご近所の大社のシンボルです。他では明治とか大正とかの地名です。

蜜柑 - 2001/12/16(日) 03:24<

批判

批判は非常に簡単です

が、自分の信念がないままに批判する人は「無視」したほうが絶対いいと思う。

議論しても時間の無駄でしょう


あかね - 2001/12/16(日) 01:32<

石上神社で追加

*(^。。^)**ngLY さん
鯰信仰伝播は、製鉄技術の中近東からの伝播足跡と重なるというわけですね。石上の相撲は5cに東播磨
へ来た韓鍛冶と、大和鍛冶が混ざった後裔縁の話かもしれません。播磨へ入った法道仙人はインド人。
高野山の山伏にはイスラム系もいたという話も聞いた事があります。あの辺は真言が一番、多いんです。
で、平安には藤原が押さえ、土地もかなり肥えた地域なので、豊穣祈願も入ってると思います。

郡誌を読み進めていると、「村社 石上神社」の別項があり、以下の記述もみえました。

「重春村板波宮の後に鎮座す祭神布都御魂神建御雷神経津主神なり永承五年六月十六日の勧請にかかるとの
ことなり又別記には一條院御宇正暦三年鎮座ともあり。例祭当日『ナマズオサヘ』と称する神式を行ふ 
ナマズオサヘと称するは役の者褌一條の裸体にて白布を持てる者と太刀を持てる者各神前にて
三○(○部分は手ヘンに口+耳)し次いで達者行事など云ふもの出で来りて『モウ一子オカリ申サウ』
『ソノ子オカリ申サウ』など交互に唱い声に應じて児童出場相撲して式を終る」
「境内末社左の通り  東照宮 東照大神  三柱神社 健速須佐男命 火産霊神 大物主神を祭る」(ほぼまま)
とありました。

板波宮については、郡誌に載ってるのかもしれませんが、今は解らないです。この宮が鍵なのかも。
これによると、布都御魂神(最初の書き込みで郡としたのは誤字です)が祭神の中心のようです。
『白布』なので、やはり産衣の真床追衾や、鉱物の成りを願う神事とも絡んでいる気が。
西脇市の隣町には袁布(おふ)地名もあり、前述した津萬(つま)は、風土記では都麻と書きます。
掛合いの言葉の意味も気になります。借りるって何でしょう?子って粉で寝粉、鉱物?漕ぎ手、酒、甕…?
「どの子が欲しい あの子が欲しい あの子じゃわからん」という、子供達が手を繋いで横一列に広がって
二列となり、言い合いながら前へ出たり後へ下がってメンバーを取合う、古くからの遊びを連想しました。
それから、末社が前に書いたのと異なっています…。帰省したら、確かめてみます。
勧請は10c末か11c初め,或は11c半ばで、託賀に藤原氏の荘園が色々あった頃の事のようです。

尚、西脇市に残る源頼光の鵺退治伝説は、平安中期の話でしたm(__)m(頼光の荘園があった話も多いです)。
多田源氏は、摂津にも近く、銅山だらけのこの地も押さえた可能性があるそうです。

郡誌を見てたら、俗謡、田植歌の数ある中に、こんなん、ありました。
「畔越しに水はゆらゆら ヨイソリャ 此の田のお米が八石、
八石で三斗御上米 ヨイソリャ。七石七斗は我物よ」←…江戸期は天領と飛地のみの地でした。
「十七がかまや入りして、何を手織りに覚えた もみ皮の黒足袋はきしめ、たたら踏むのを覚えた」

ヤゾ− - 2001/12/16(日) 00:05<

ウイルスに対しての対策

みなさん こんばんわ。

Donglyさん 沖浦教授が 何故にそのような近世発生説を持ち出されたのかが不思議な気がします。
氏がお書きになられた『竹の民俗誌』には
南北朝動乱後 南朝側についた豪族が賎民に貶められ
山深く隠れ住み 困窮していたときに それを見たサンカが親切に箕作りを教えてくれ
それ以来 箕作りが生業となったとの伝承が残る部落の話しがありました。

香良洲と書いてカラスですか。典型的な三角デルタ地帯にある町みたいですね。
確かに名前が気になりす。出雲を逆に書いて 雲出の里というそうですね。

あかねさん 僕のは マトモなことが苦手な分 好きなことが少し出来る程度です。
それで 今は何が好きかというと ヤマガラやタヌキと戯れることですから
ある意味 救いようがありません。
一時 少しだけ刀というものに凝りましたが 今の科学を持ってしても
古刀に及ぶものが出来ないということを知ったときには 少し感動しました。

min-minさん 凄いフットワークですね。
常に移動していて まるで漂白ミンミンさんです。
僕も 始めて富士山を目の辺りにしたときには
思わず 手を合わしてしまい 柏手まで打ってしまいました。
二十歳の頃 オートバイで奥多摩へ行ったときのことでした。

turukotさん まあ 難しく考えずに 楽しくやりましょう。
とは言っても 閉鎖的でも 無菌室のようなところでも駄目ですね。
真摯な姿勢での 批判や意見は歓迎したいと思っています。
しかし 煽り荒らしの類いと 批判意見とを 見極める必要があります。

代カキさん ご苦労様でした。
PCが壊れた原因がウイルスによるものではないとよいですね。

僕たち大多数の ネットに関した知識は 
数学でいえば精々1+1程度のものだといいます。

知らず知らず 違うサイトに繋がっていて 
PC内のデータが抜き取られていることも現実に起こっているようです。

ウィルスメールを送り込んで個人情報を抜き取ったり
システムを破壊することを平気でやる人たちがネット上には大勢います。

またページを見ただけで ウイルスに感染し 情報が抜き取られたり
システムを破壊するようなサイトも近頃は多いようです。

そういう被害を未然に防ぐ為にも ウィルスについての対策や
初心者の方はJavaやプラグインは切っておいたり
大切なデータは 別に保存するなどの対策が必要だと思います。

それから そういう被害にあわないには マイノリティになることがコツだそうです

WINの方は、これが無料でおすすめのメールソフトです。

http://denshin8.esprix.net/

turukot - 2001/12/15(土) 23:27<

おっと、連続すみません。

Donglyさん、質問がございます。
>近江雅和『記紀・解体・・』彩流社から
>「なまず信仰の起源は中近東で、蒙古・満州の黒色信仰地帯からの渡来」

これはモンゴル、満州族の伝承などにあるのですか?
また、中近東は民族。宗教越えて(イスラム、キリスト、宗派)あるのですか?
どうかご教示ください。

turukot - 2001/12/15(土) 23:23<

こんばんは。

ヤゾーさん。
>Donglyさんも仰っているように
批判は具体的に書かかないと単に誹謗になります。
Donglyさん
>舞さんの投稿は、内容を示さない限り、非常識で人間を愚弄した言動となります。
>まだ返事がありませんが、反省がなければ、いくら知識があっても、他人は受け入れな
>いでしょう。私は、反省のない方とは、お付き合いしない事をお勧めします。人間は知識
>だけでなく、失敗からも学んで自己を高めるものだと思いますが、いかがでしょうか?

おっしゃることはわかりますし、実はそうあることを望んでいます。
私もレスは必ずする方針でいますのでね。
それにヤゾーさんたちは丁寧な言葉づかいで具体的提示を求められている。
私もその点はお二方と同じように考えています。

ただ、焦点が異なるだけの話で。

DONGLYさんがおっしゃるように失敗から学ぶということであることの大切さを
知るものとして(失敗・不詳多し。。苦笑)、舌足らずなスレッドでも学ぶ機会というのはあると
思っています。

私の姿勢としては他者のスタンス云々は二の次で、言われたことが的を得ているのか
自問しますが。(強迫的。。ではなしにホントにそやろか?ぐらいな感じで)どうでしょう?
「状況が自分にとっての教師である」という感じかな?

*(^。。^)**ngLY - 2001/12/15(土) 21:04<

ありがとうございます

あかねさん
お忙しいのに長文をいただきまして。今日夕食は魚の塩焼と味噌汁でした。
母の言う事には味噌汁なんてのは、貧乏人の食物だそうで、家族には作るなと
の厳命だとか。百済系野鍛冶の末裔のくせにですよ。
 西脇のこのあたりサンカのにおいがしますね。質問された方に、あかねさん
のメールを送らせて頂きます。ただ質問者は近江雅和『記紀・解体・・』彩流
社から「なまず信仰の起源は中近東で、蒙古・満州の黒色信仰地帯からの渡来
」と引用しています。
 

あかね - 2001/12/15(土) 18:24<

追加m(__)m

>或は新技術を持つ民を押さえた話なのかもしれないです。
押さえようとして(刀を造る技術?を盗もうとして)、賊が失敗した話のような気がしてきました。

あかね - 2001/12/15(土) 18:12<

北播の石上神社

*(^。。^)*ngly さん
あ、。。!かわいい〜 西脇市板波(いたば)・石上神社の「なまずおさえ」について有難うございました
この社はよく前を通りますので、知ってはいますが、お参りしたことはないです。
で、郡誌を見てみましたら、「石上神社」の祭神は、「達御雷神」「経津主神」「布郡御魂神」で、境内末社には
「八幡神社」「住吉神社」「皇太神宮社」があります。勧請年月は不明ですが、板波の氏神です。
西脇辺りには7Cに大和、後に住吉社領となった大杣山地帯「椅鹿(はしか)山領地」があったので、潜水夫
がその民話に出て来るのは、山の材を運ぶ加古川流域の水夫(かこ)関連の民があの辺にもいたからなの
でしょう。ですから板波とは、加古川(支流含む)の流れを使って、材を運んだ事に因むようです。
確か、この辺には船着場もあったはずです。

で、この辺りにも中国地方から大花崗岩帯が走っておりますので、御神体の巨岩は多分、花崗岩だと思い
ます。ご神体からすると、佐伯連か佐伯直配下の「石作部」が、「播磨鴨国造山直」のもとで奉じたのかも
しれませんが、山直は中世になっても、託賀地方では在地勢力の一つとして、それなりに力を持って
いましたので、社のその祭と関りがあるのかもしれません。山直は本来は鴨ではなく、土師氏・出雲人の
ようですから、全国的にも類例が少ない「ねってい」の相撲神事が残るのも、もっともな事なのかも。

託賀(たか)郡にも物部はいましたので、物部系なら尾張物部かもしれないです。
板波から少し北へ行くと、安坂(あさか)という地もあり、これは安積、安曇からくる地名らしいので、
色々、習合してるようですけど、海人縁の神社だとは思います。多氏系地名も多いですから。

それから、神殿に奉納されていた宝刀は、天目一命、或は天津眞浦の宝刀の可能性もあるかも。
西脇市大木(おおき)にも、天目一神社はありますし(天目一と道貴主伝説あり)、同市津萬(つま)は、
天津眞浦の名から来ており、津萬は天津眞浦の本拠地で、託賀郡は大和鍛冶起源地であって、山直も
天目一を祖神としてますので。加えて西脇には鵺退治伝説も残り、何度か書きましたように、同郡賀眉里
の的場(まとば)・式内社天目一神社後背にある塚から、天目一ご霊刀とされる刀も出土してます。
石上の宝刀は通常の刀か、山刀か、材質がどんなものなのかも全然解らないけど。
ちなみに、天津眞浦は大和鍛冶の祖であり、天の魔鏃を鍛えた作鏃部曲の長と云われておりますね。
あ、託賀郡の天目一神社の中には、相撲を奉納する社もあります。

弓を持ったのは多分、賊、或は敵?を捕まえる意味と、鉱物を射る意味かな。布にくるまれた小刀、と
いうのにも、鉱物採取加工の際の麻とか、マオトコブスマ等とかと関係あるのかも。よく知りませんが。
占い師というのは多分、民間の法師陰陽師なんでしょう。
賊が南から侵入し、宝刀を鞘から抜いて木綿に巻き、川の中を遡って逃げる途中に、更に北の野間川、
姫滝に落ちて死んだという逸話にも意味はあるのでしょう。姫滝のある野間谷には「貴船神社」が3社ある
ので、この滝の姫は瀬織津姫かもしれませんね。鵺退治伝承は平安末のようですが、なまずおさえ神事の
発祥時期が近いならば、新旧勢力の交代、旧技術と新技術を持つ鍛冶・土師の交代、或は新技術を持つ民を
押さえた話なのかもしれないです。この地の古い神、姫滝の神が族を成敗したのかしら。
大きな鯰の話は、同じ託賀郡の北部・禁足地の唐滝にも、鰻を取ると雨が降る伝説が伝わってます。

盗まれた宝刀を探している事を神に報告するのは、山神、大岩の神の加護を失わないためかな。この地の
相撲は鋳成、焼き物の土(奈良期の瓦窯跡も多い)、鉱物の成り、豊穣への願いもあるのでしょう。
中世という事は東国武士の東播磨での台頭、更に後の播磨武士が暴れた事とも関係あるのかも。銅山等、
鉱物を押さえたそうなので。調べて考えますね。散漫な憶測ですみませんが、あまり外れてはいないと思う

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/12/15(土) 16:42<

真白き富士山

みなさん、こんにちは。

今日午前10時頃、九州・熊本空港から羽田へ向かう途中、眼下に真っ白に冠雪した富士山が
くっきりと見え、しばし見とれてしまいました。
北からの強い寒気団が入り込む時期には富士山の全貌が見えるチャンスが多いです。
先週末台湾からの帰りにはより富士山に近いコースを飛んだため、噴火口がバッチリ見えまし
た。この時も非情にくっきりと見え、2週続けて素晴らしい富士山を見る事ができラッキーで
した。「富士は日本一の山」♪〜という感じです(^^)

何故にこうも富士山は日本人の心を惹き付けるのでしょう。

このところPCのウィルス駆除に忙しかったのですが、とうとう本人にまでウィルスが感染
したみたいです。先週から「その気」はしていたのですが、ついに喉をやられました。
みんさんもどうぞお気をつけて!

ヤゾー殿、
スペイン語の「オーレ」は昔、サラセン人にイベリア半島の半分が占領されていた時代の
「アッラー」が語源とされる、という説もありますね。

舞さん、
いつもこうした発言があると思うのですが、「掲示板」に投稿し、そしてその発言に
対し賛否それぞれ真摯なレスがある以上、少なくとも返事をするのがどんな場合でも
ルールであり礼儀です。
あなたの発言は内容的にも誰の、どの発言に対するレスなのかも定かではなく、これ
では「幼稚」とか「稚拙」という言葉を使う資格はあなたの側にこそ有さないのでは。
「書き捨て」にならないよう留意願います。

min-min@横浜

*(^。。^)*ngly - 2001/12/15(土) 13:35<

そらっなまずがきた

あかねさん
 名古屋の方から禁忌の鰻と鯰(なまず)について質問がありました。
 知らない私は無を搾り出して知ってる事と憶測はお知らせしました。
 兵庫西脇市の石上神社のサイト
 http://www.topbannet.com/minwa200110.htm
を見ました。ここは物部氏に関係するのでしょうか。また相撲の事も知り
たいですが、ご存知の事がありましたら教えて下さい。
 ヤゾーさん・とんちんかん小僧さん
岡山県探訪時にに鯰地名がありましたね。時間がないので調査はしません
でしたが。

あかね - 2001/12/15(土) 13:04<

♪♪

ヤゾーさん
私、ギターは物凄く初心者です。だからとてもじゃないけど、ポールのブラックバードは
引けませんです。ピアノの方がだいぶマシかな。20年くらい弾いてないから、もう指は動かないけど、
ピアノなら、レットイットビーなどだったら、また弾けるようになるかも。
ヤゾーさんはギターも上手いのですね!多芸?多彩!!だぁ
あ、ブラックバードは、ジャズボーカルのスタンダードのバイバイ・ブラックバード♪♪の事でした。
でも曲名に気づいてもらって、とっても嬉しかったです。

代カキ - 2001/12/15(土) 01:40<

トラブル

 紋次郎さんのPCが、こわれたそうですアマカネ。
 23〜25日くらいに復旧するそうです。

*(=。。=)*ngly - 2001/12/15(土) 01:14<

BBSの中にも心あり

紋次郎さん
木枯紋次郎は「上州新田郷・・」とせりフで言ってませんでした?新田郷字徳川は徳川
家康の本願地で関東水平社発祥の地と八切はいいます。女のかけ込み寺満願寺がある
そうです。ならば「ヤクザ」仲間でも紋次郎は一目置かれたのではないでしょうか?
ヤゾーさん
 「木枯らし」は何から命名したのでしょうか?もし子烏由来とすれば、当時の留置場
の看守(多分非人)となり、非人仲間で顔が利いたのでしょう。ところで三重県に川の
中州に香良洲があります。町史を手に入れていないのですが何か臭いませんか?
蜜柑 直箕さん 
先ほど文春を立ち読みしました。谷川さんの書評。近世民俗からの近世発生説は
疑問ですね。喜田貞一柳田国男説の両方のほうが検討に値すると思いますが。
ヤゾー・とんちんかん小僧さん
 サンカが注目される理由は谷川氏が書いています。もうひとつ「サンカの志は何か
?」が知りたい。百済サンカの一部は南朝系天皇を陽に当てる事が目的だった、それに
連なる忍び筋も同根のような気がします(勿論仮説です)。この意味でとんちんかん小
僧さんの忍び、小説からは推論が難しいとは思いますが、大いに関心を持っています。
 また天皇制を支える基底は日本的親子関係のようです。最近流行の子殺の根幹にある
のは、日本的親子関係とそれを思想的に支持する天皇制イデオロギーでは、の憶説を持
っています。理由は親子関係を律する法がないからです。一方昔「天皇の存在を知らぬ」
サンカの親子関係は日本的親子関係と違うように見えます。この方面を研究されてる方が
おられましたら、ご教示下さい。
 自らが賎民の末裔である事を除外した歴史民俗学は「単なる知的な遊びである」という
立場からは「歴史の真実はみえない」という見解をメールで戴いています。同感です。
turukotさん
 舞さんの投稿は、内容を示さない限り、非常識で人間を愚弄した言動となります。
 まだ返事がありませんが、反省がなければ、いくら知識があっても、他人は受け入れな
いでしょう。私は、反省のない方とは、お付き合いしない事をお勧めします。人間は知識
だけでなく、失敗からも学んで自己を高めるものだと思いますが、いかがでしょうか?

ヤゾ− - 2001/12/15(土) 00:03<

初雪

みなさん こんばんわ。

紋次郎さんは やはり『木枯らし紋次郎』から取られた名前だったんですね。
『木枯らし紋次郎』といえば 上州新田郷三日月村でしたか。
Donglyさん的にいうと 別所地帯でしょうか。

きょうかいさん こちらでも ちらほらと初雪が舞いました。
「寒さに向かうおり 気いつけろ」という瀬降り物語のセリフが浮びます。
雪化粧した富士山 綺麗でしょうね。

クミコさん ルミナリエはテレビで見ても綺麗ですね。
夏に 岡山での野史研究会に参加するのに 
神戸の街の中を通過しましたが
綺麗な街だと思いました。
あまり 街の明かりは好きではないんですけど。

turukotさん Donglyさんも仰っているように
批判は具体的に書かかないと単に誹謗になります。

蜜柑 直箕さん 

月刊現在の1月号に 「失われた日本人のこころ」を求めて と題した
五木寛之さんの特別インタビューが掲載されていました。

その中で インタビュアーが 沖浦教授の出された「幻の漂泊民・サンカ」について
三角寛と柳田国男をうめる決定的なサンカ論であると評価していました。
また 底辺から 日本の歴史を見ることが いまこそ求められていると強く感じるとも書いていました。

五木寛之さんは 賤民と呼ばれた人たちへの思いとして
戦後 つねに抑圧されてきた被害者という一面的な捉え方しかしていなく
一方では この国の文化を生み 育て 担ってきたということにも目を向るべきだというようなことを仰っていました。

最後に次のような文章が書かれていて
「日本の各地を回ってみると 貧しく名もない人たちが 
これほどまでに気高く 誇り高く生きていた。
崇高といっていいような情熱や精神性の高さがあった。
そういうことに出会うのは感動的であり 日本人でよかったという気持ちになれました。 」
なんだか じ〜んときてしまいました。
五木寛之さんのお言葉は 分かりやすく 深く心にしみるものがありますね。
他にも 面白い記事がありましたよ。

とんちんかん小僧くん
茨城県北部では サンカのことを「カワッペタ」と呼んでいたと歴史民俗学にありましたが
とても河童的な響きの言葉のように感じました。
そういう河童の呼び名はなかったですか。

turukot - 2001/12/14(金) 21:40<

書きそびれて遅くなったんで。。。

蒸し返すようですみません。
私も舞さんのスレッドに関してレスしようかと思っていたら
ピンクのトカゲさんが同じご発言(2001/12/12)をされていらっしゃったのですね。

普段ROMされている方のカキコは舞さんに限らず結構貴重な声ではないかと
思っております。

クミコ - 2001/12/14(金) 18:59<

ルミナリエ

みなさま こんばんわ
神戸では今年もルミナリエが始まりました。
寒空に浮ぶ光のイル‐ジョンは予想以上に美しいです。
それに今夜はふたご座流星群が十時から見れるそうですね。

風が冷たくなってきましたので
風邪など召されぬようお気をつけくださいね!

きょうかい - 2001/12/14(金) 17:59<

冬らしくなってきました

 風が冷たく、すっかり冬らしくなってきました。多摩川を渡るときに見える真っ白な富士山は
 なんど見てもいいもんです。
 
s(*^-^)ノ☆ さん、元気ですか?   

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/14(金) 08:12<

お礼いうの忘れちいやした   

 けけけけけけ に始る JANA のカキコ、あれ、感心しました。
 おらは17歳から文学無用論者を気取っていて、まして“詩”なんち、縁遠い存在
でした。だども、お蔭で、見直した。
 有り難うございます。あがあが。

 ばってん、そういえば、『木枯らし紋次郎』だきゃぁ、文学として認めちいたなぁ。
 矛盾のカタマリカネ。

直箕 - 2001/12/14(金) 03:53<

週間文春

今週号に、沖浦先生の本の書評出てます
同じ出版社の割りに
かなり、辛口です。
立ち読みしよう



ヤゾ− - 2001/12/14(金) 00:03<

オーレ オーレ デーライター

みなさん こんばんわ。

紋次郎さん 河童の頭から 月代に辿り着くあたり とても興味深いお話でした。
「おまえ、こことこことここを指でよっく抑えとかんと死ぬでぇ」は傑作でした。
そういえば 弁髪と月代って 逆パターンですね。
中国南西部や朝鮮半島南部には 倭人がいたといいますから
彼らが 追われて渡来したのかもしれませんね。
むかし見た何処かのページには 河童は縄文人の末裔に違いないともありました。

ヤナさん インディアンの独り言 良かったです。
大自然を前にしたら 人間の知識なんて たかだがしれているように思うことがありますね。
その たかだかしれている知識も 大勢の知識(普遍的)になればなるほど 自然と調和した知恵のように思います。

河童の姿と宣教師との関係ですが ずばり そのような説があるようです。
紋次郎さんの仰っている「デーデー、デーラッタ」は
熊本の河童祭りで 「オーレ オーレ デーライター川祭り」というのだそうです。
「オーレ オーレ」とは ポルトガルの古語の囃子言葉で 
スペインの闘牛のときの「オーレ オーレ」と共通した言葉のようで
「デーライター」とは みんなで遊びましょう という意味なのだそうです。
水辺に隠れ住んでいた南蛮人のキリスト教宣教師が河童に間違われたのではないかとのことです。
詳しくは 下記のページに書いていました。

http://www01.u-page.so-net.ne.jp/fa2/pskubota/newpage1.htm

また 最初に河童が登場したのは九州ではないかとのことで
河童の伝承が多い場所は キリシタンが多く 最も弾圧が激しかったという話もありました。
宮崎県では キリシタン弾圧のときに亡くなった信者が 河童となって生き返ったとの伝説もあるそうです。
そういえば カッパを「メドチ」と呼ぶ青森県も キリスト教とは不思議な関係にあるところですね。
河童ひとつとっても いろんな話しがあるもんですね。

焼尻紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/13(木) 09:47<

カッパの皿

 オウムのガキ大将、ことアサハラショーコーと谷川健一さんのふる里……八代。
ここに「ガラッパ2000匹上陸」の言い伝えが残っています。
 それをうたった歌のうたい出しは「デーデー、デーラッタ」。
 大阪弁ではドエロウというので、ドと「えらい」が別々に機能してるみたいです
が、岡山ではデェロウというので、もともとは DE と ER-AI は分離してはいけな
い関係にあったんじゃないだろうか……なんてなことを考えるうちにネパール語の
DEHRAI(とてもたくさん)に逢着しました。末尾の -AI は強調末尾辞ですので
それ自体には意味はおまへんのや。dehr はドイツ語の SEHR(非常な)そっくり
だそうです。
 
 上のハナシはホンモノだと思います。
 そうすると、これはシナで大規模な戦争があって、それに負けて捕虜になってい
た朋友を助けだした……まではよかったが、行き先もなく「ままよ」と噂にきいた
東方のシキシマとやらをめがけて、八代に上陸したということにならへんやろか。

 へば(弘前弁)、アタマの皮を剥ぐというのは、どういうことだったか……。
 捕虜の血をその場で抜くべく頭皮を剥いで、「おまえ、こことこことここを指で
よっく抑えとかんと死ぬでぇ」と言うて、手の自由を奪うことも目的だったので
は? また、それは奴隷のシルシにもなった。
 
 2000匹のガラッパの行く先は決まっているような紋です。今の熊本県、佐賀
県、長崎県に発達していた人工流路を奪って、そこの支配者になること。
 
 「あのひとたちだけに、あたまボーズのスタイルさせてたんじゃ申しわけない。
おらたちも真似ごとだが、アタマの毛を剃って復讐を忘れないようにしようじゃな
いか……」。これがサムライの「前面頭髪切り」の起源ではなかろうか。

 月代……サカヤキ。漢字の当てかたの意味もサカヤキという発音の意味もまるっき
しワカラン。だが、このサカヤキのバックにある言語こそ、主要な日本語の大本たらめ。

ya(^ε・)na - 2001/12/13(木) 00:28<

けけけけけけ  私は・インデアン

私は、インディアン
  ある日・・男が・・わたしの先祖の山に・・水晶があると言った
   わたしは・・掘ってみた・・確かに水晶があった

  また、別の男が・・ヒスイがあるといった・・
      また・・かわらに行ったら・・確かにあった!!

   大きな化石が祖先の山に埋まっているとまた・・誰かが言った

  わたしは、考えた・・

      考えた・・   そしてまた・・

        考えた・・    それがいったい・・私の為に・・

  どうだというのだろうか?・・

        いろんな人の為に、荒らされた・・山が残るだけ!やないか!!

    本当に、わたしの求める何かって・・なんなんだろう

        最後に行き着くのは・・緑豊かな、自然溢れる

             この大地なのかもしれない

           個人の知識でなく・・大勢の知恵であって欲しい

                あああああ・・酒でも呑もうかいな・・

                  インディアンの独り言

                         やなでした
                 

ヤゾ− - 2001/12/13(木) 00:05<

河童の皿ってなんだろう?

みなさん こんばんわ。

紋次郎さん ようこそいらっしゃいました。
マック共々 お元気そうでなによりです。
「メドチ」という言葉が印欧祖語と関係があるのですか。
あまり詳しくないのですが 古代カラ族とか関係しているのでしょうか。
それに沖縄の言葉やネパール語にもカッパに繋がる言葉があるなんて
楽しくてとても為になる話し ありがとうございました。

バリ師さん 蛇足って面白い言葉ですね。
蛇に足って書くんですね。
なんだか 想像しただけでも蛇足って楽しそうです。
バリ師さんの蛇足話し 大好きですよ。
ヤナさんの話しも大好きです。

あおきさん ありがとうございます。
僕も あおきさんと同感です。
夢って とても重要な意味を秘めていたりしますね。
餅つきとクラプトンの話し楽しく読ませて頂きました。
それと 書くの忘れていましたが *(〜。。〜)* 面白いですね。

あかねさん ポールのブラック・バードが弾けるんですか。
ギターは 20歳くらいまでは 毎日3時間くらいは弾いてましたよ。
ビートルズの曲は殆どコピーしましたよ。
今でも「ヒアカムズサン」とかなら 半分くらいは覚えているかも知れません。
ブラック・バードのイントロ部分もオッケーです。たぶん(・_・?)

Donglyさん 河童の皿の話しの続きですが
河童の皿と 宣教師の頭の格好 
それと河童の親分みたいな人が描かれた掛け軸と河童みたいな仏像の頭から
なにか 閃くものはないでしょうか。
もともと 河童の皿の由来って なんなのでしょうね。
調べても分りませんでした。
キリシタンとカッパって なんか繋がる気がします。
十代の頃 中世の聖フランチェスコを題材にした映画「Brother Sun Sister Moon 」を観てとても感動し
トモダチに 僕も真似して 頭の上だけ剃った髪型にするって真剣に言ったら
それじゃ カッパそのものやんか と言われたことがあります。
しなくて良かった。無気味な奴だと思われて逮捕されていたかも知れません。

あかね - 2001/12/12(水) 23:16<

ブラック・バードがおはこだい

おミヨさん
なんだか、せかしたみたいで、ごめんなさい。お気を使わせてしまって、申し訳なかったです。
でも、色々、考えて下さったのね。ご親切、とっても嬉しいです(^o^)。ありがとう!!
あ、明日の発送でなくてホントにゆっくりでいいの。
ヤゾーさんにおミヨさんのメルアド、聞いてい〜い?

とんちんかん小僧さん
磯良神が河童へ…の話は、不勉強なんでよく知らないンです。ごめんなさい。
よかったら、風琳堂さんへたずねてみて下さい。
ジャズも好きでして、特に女性ボーカリストには亡くなって悲しかった人が多いです。
で、大昔、ジャズのハリウッド・ボーカルをかじっとりました。

バリ師さん
関西人は「アホちゃうか」と言われて妙に内心喜び、で、ちょっと受けたんやわ〜!
なんか、もろたで〜って気分ですね。アホちゃうか、そうでんねん、わて、アホでんねん(笑)
ぼけのテクでんな。でも、あたしはどうも、天然ぼけのようですねん。

あおきさん
同感でございます。でも、やっぱりもっと勉強しようとも、思いました。悲しかったです。

焼尻紋次郎 - 2001/12/12(水) 22:17<

カッパ・ばかの一つ覚えで追加……なるかナ?  

 オジャマシマス。ここに来たのは1年半か2年振りデシタカ。
 先回もなんだかキカイ・オンチを発揮して、オカシな迷惑かけましたね。

 青森県のへじ町が中心なんだろうか、カッパを「メドチ」といいます。ME は印欧祖語の川、水と完全に一致。
 蛇行性流路をメアンダーリング・リバーというそうですが、その「メ」が川。アンダーは腸。
 メドチの「ドチ」は童子の訛りやろか?
 
 朝鮮にはカッパがいないんですよね。するってぇとやっぱ倭人大衆は筏暮しの水上生活者が基本だっしゃろか。

 ガラッパ(カッパ)のガラは沖縄の「川」へ、そのまた先はネパール語のコーラ(川)。

あおき - 2001/12/12(水) 21:24<

ほんとほんと

もう十分正常進化してると思います 
ぼくなんか勉強したわけじゃなく 夢と言う
本能がきっかけなんですから
ここの掲示板はみなさんが色々調べてくださったこと
じっくり見るだけでなかなか楽しいし
ときどきギャグがはいっていると 息抜きにもなるし
毎日の出来事でそれぞれみなさんの出身や 人となりも知ることが
できるし・・・
ピンクのトカゲさんのHPもすばらしいと思いますよ
いろんな人のレベルに合うのがヤゾーさんのHPじゃないでしょうか
人間ですから これからも衝突はあるでしょうけど
いい意味で全進のための衝突にすればいいのではないでしょうか
難しいことも 楽しいことも 日々の生活も
色々書きこんでくださいよ 毎日楽しみに見てますから

蛇足だらけのバリ師 - 2001/12/12(水) 15:59<

Freedom!

蜜柑さま:友よ、夜明けは近い。夜明けは近いと言いながら、いつの間にやら30年がたちました。
答えは未だ風に吹かれたまんまて、ガイコツがゲラゲラ笑っております。
あの頃、凄じくも面白かった便所の落書きが懐かしゅうございます。最近は妙に清潔で・・・。裏の掲示板の雰囲気が何か似ていると思ったら、あの頃の便所の落書きでした。(誉めております、念のため)

皆の衆、皆の衆〜:やれ幼稚だの稚拙だのと言われて、くれぐれも、もうこれ以上難しくレベルアップしないで下さいませ。小生などは、毎日の内容とそのスピードについていくのにやっとさでございます。ようやく図書館で日本民俗文化資料集成「サンカとマタギ」を借りてきて1ページ1ページお勉強しております。

関西人は「アホちゃうか」と言われて妙に内心喜び、関東のお人は「このタコ!」と言われると腹が立つようでございます。

そしてこのサンカつながりの「連帯感」。これもつい昔を思い出してしまいました。
ついでに私も久々に大きな声で「Freedom!」ってか。(意味ないジャン!)

とんちんかん小僧 - 2001/12/12(水) 14:30<

皆様レスの雨アラレ有難うございました

河童の呼び名はまだまだありんすよ。でもちょっと頭の中が混乱してきたので少し時間を
おいてから書きませう。
実はまだ、4分の1しか呼び名書いてなかったんです。

あかねさん
ジョンが亡くなった時も・・ジョージが亡くなった時もかなりショックだったでしょう。
お気持ち分かります。僕も、98年の4月5日にコージー・パウエルというミュージシャンが
亡くなった時、涙が止まりませんでした。今までで一番ショックが大きかったです。

>海人の磯良神が河童になる説
わあー!僕にも教えて下さいよ。お願いしまーす。

*(-。。-)*nglyさん
河童の呼び名がサンカに関係するんですねー。
それはスゴイことですよね。
またいろいろ教えて下さいませ。

ヤゾーさん
>サンカ カッパ キリシタン  略してサカキ 
ハ〜イ!特別に座布団3枚あげチャオ〜と!

ヤゾ− - 2001/12/12(水) 13:05<
舞さんの投稿に対して 少し冷静を欠いた返答を書いてしまったのかもしれません。
申し訳 ございません。

しかし 顔の見えないネット上でのやり取りには
まず 相手に対しての思い遣りと礼儀が大切だと感じています。
その上での 批判や意見はおおいに歓迎致します。

ピンクのトカゲさんの一連の 礼儀を弁えない態度や文章を少し腹立たしく思っていたこともありました。
実際に会って 議論するなり熱くなってドツキアイをするのは結構ですが
ネット上での喧嘩ほど 後味も悪く 男らしくないものはありません。

ですから ネット上では 最低限のマナーと 思い遣りと礼儀を大切にしたいと思ってます。
ピンクのトカゲさん 僕は無学な人間です。
難しいことは分りません。
だから こういう言い方しかできませんが
礼儀を弁えない人間は嫌いです。

昼から 忙しいので もうレスしないよ〜だ!

*(-。。-)*ngly - 2001/12/12(水) 12:55<

教えて幼稚さ・蛇足・礼儀

舞さん
 礼儀知らずですが、ご批判大いに結構です。大歓迎です。
>あまりに内容が稚拙であることにがっかりしました。
>幼稚な憶測、蛇足が多すぎてとてもまともに読めませんでした。
>人類学の勉強をもう少しなさったほうがよい?
 批判は具体的に書かかないと単に誹謗になります。誹謗や中傷は他
の人を傷つける事で、誤った、良くない事です。お分かりですか?
誉める場合だって中傷になる場合があります「あなた綺麗ですね」。
「お利巧ね」とか脈絡なく「頭のいい人ね」は江戸弁で人を馬鹿にし
た言葉でしょう。
 庶民史を扱う場合、庶民があほ・馬鹿であるという事実を先入観を持
って臨めば何も得られないようです。いくらプライド高い人でも、歴史
的には賤民であったという事実を直視した時、我々は謙虚になれます。
謙虚になれない場合は、無知か、病的な場合でしょう。前者も後者も多
いようです。
 人類学的知見とは具体的に示して下さい。日本の人類学は貧困すぎる
ような印象です。この掲示板参加者は、いろんなアプローチで「真実に
向かって」いるように感じます。ぜひ自分の物を開陳して、参加する勇
気を出して下さい。とにかく、ギブ・アンド・テイクが「人間の」付き
合い方でしょう。


ピンクのトカゲ - 2001/12/12(水) 12:29<

舞さんへ

舞さんはじめまして
私も人類学的な基礎のある発言を求めていました。
奇しくも昨夜
管理人のyazooにフレーザーについてのメールを送ったところでした。
そこに舞さんの書き込み
同じようなことを感じている人がいるんだと思いました。
yazooのいうように楽しく学び合うことは必要です。
しかし、インターネットという性質上、
掲示板の書き込みだけが一人歩きすると言う事も事実です。
自分も含め、舞さんのご意見謙虚に受け止めるべきだと感じています。
yazoo
俺は、舞さんの書き込み
不愉快な思いをさせる書き込みだとは思わないよ。
まずは、謙虚に受け止めて何処がどう稚拙か自分で考えてみるべきじゃないかな。
これは、yazooだけじゃなくてみんなで考えるべきことだとも思うけど
楽しく学び合うこと、それに伴う幼稚な憶測これは、yazooのいうようにしかたがないことかと思います。
しかし、先ほども書いたように掲示板の性質からすれば、それは、掲示板ではなく、メールですべきと私も思っていました。
舞さんは、興味深い問題を扱っていると言ってくれています。
俺は、舞さんの投稿は、貴重な忠告だと思ってます。
yazooのレスの方が俺は問題があると思うよ。

ヤゾー - 2001/12/12(水) 12:06<

幼稚で稚拙なヤゾーです

みなさん こんにちわ。
幼稚で稚拙なヤゾーです・・・(^_^)v

蜜柑さん サンカブルースいいですねぇ〜シビレました。
今度は 明るい歌で 替え歌作って下さい。
それか 詩を書いて下さい。 曲 作ってみます。

舞さん はじめまして。
どの辺りが稚拙なのかを お教え下されば大変有り難いです。
僕自身は 高校時分に 頭にきた校長と差し違えて 校長共々学校を追われる身になりましたので
学はありませんし 性分がもともと稚拙だとも思っています。
しかし ここに投稿されている方の中には 将来 学会からも高く評価されるであろう方もいます。
それに楽しく学びあっている場所なので 多少の幼稚な憶測があってもよい気がします。
誠実さのある 辛辣な批判でしたら大歓迎しますので 宜しくお願いします。
このままの投稿で終わったなら あなたが単に 人に不愉快な思いをさせる為の投稿をしたということしか残りません。
人に対しての 思い遣りも礼儀も知らない人が 何を言ったところで説得力がありません。
知恵や思い遣りの伴わない知識なんて 1万円もしないメモリーほどの値打ちしかありませんよ。
それに 自分が利口だと思っている人ほど 利口ではない人はたくさんいるものです。
以後 誠実さのない只の不愉快な投稿ならお控え下さいね。

おミヨさん ほんとうに全部読んだのですか。
そんなに慌てて送らなくてもよいですよ。

おミヨ - 2001/12/12(水) 08:47<

何度もすみません

紀和鏡の本とりあえずヤゾー家に14日にお送りいたします。
ヤゾーさん長い間有り難うございました。

おミヨ - 2001/12/12(水) 08:01<

ヤゾーさん
紀和鏡の本長い間ありがとうございました。
お返ししなければと気になっておりました。
いかがいたしましょうか?
一旦ヤゾー家へお返しいたしますか?
それともあかねさん家へそのままお送りいたしますか?

あかねさんおはようございます。
すぐ送れる準備しておきますので、少しお待ちになってて下さいね。

- 2001/12/12(水) 04:45<

ごめんなさい。

せっかく興味深い問題を扱われてるのに、あまりに内容が稚拙であることにがっかりしました。
幼稚な憶測、蛇足が多すぎてとてもまともに読めませんでした。
人類学の勉強をもう少しなさったほうがよいのではないでしょうか?

蜜柑 直箕 - 2001/12/12(水) 02:08<

サンカブルース

今日の場越しは辛かった
後は、瀬降りを張るだけさ
どうせ、どうせサンカの仮住まい
他にあることありゃしない

一人、居つきで飲む酒に
帰らぬ昔がなつかしい
泣いて泣いてみたってなんになる
いまじゃ、山河がふるさとよ

ハタムラ破ればそれっきり
シナド送りの俺たちサ
いいさ、サンカのネナシグサ
世間恨んで、なんになる

人はサンカを悪く言う
だけど、俺たちいなくなりゃ
笊も笊もササラもできゃしねぇ
誰もわかあっちゃくれねぇか



*皆さん忘年会シーズンです。是非歌って、ヒンシュクかって下さい。
サクラさん、デュエットしましょう。


ヤゾ− - 2001/12/12(水) 00:00<

頭の皿が熱っぽい河童のヤゾーです (;g;)

みなさん こんばんわ。

きょうかいさん ありがとうございます。
必要に迫られれば 誰だって大概のことはやると思います。
でも 昨夜は本当に寒かったです。
僕は 賤民の血を意識するようになってから
妙な自信のようなものが芽生えました。
その替わりに 時折ヤクザな血が 顔を覗かすところが困りものです。

あかねさん ありがとうございます。
アリンコは年中 部屋の中にいます。
アリンコに噛まれたら 長い間痒くて後も残るので嫌いです。
紀和鏡さんの本 是非に読んでみて下さい。
中上健次さんの奥さんだけのことはある小説家だと思います。

△うぶさん アレッてなんだか分かりませんが ありがとうございます。

蜜柑さん ツチノコだのカッパだのが好きですね〜僕も好きです。

とんちんかん小僧 たくさんカッパの呼び名があるんですね〜ご苦労様です。

Donglyさん 少し前に キリシタンとサンカとの関係について仰っていましたね。
ふと思ったのですが 河童の象徴である 頭の皿ってなにを意味しているのでしょうか。
宣教師や修道士も 宗派によっては頭の上を剃るのと剃らないのがあるのでしょうが
中世に 日本に訪れた宣教師って 頭の上だけ剃っていたような気がします。
宣教師の真似をして 頭の上だけ剃った人たちが河童のように思われたということはないでしょうか。
それと 前にお尋ねした謎の掛け軸ですが やはり 頭の上だけ剃っていて河童みたいです。

http://www.kumanolife.com/History/kakejiku.html

それと 珍しい仏像を持っていますが やはり頭の上だけ剃っていて河童みたいです。

http://www.kumanolife.com/History/butuzou.html

宗教(修験道)と河童の関係も気になりますね。

サンカ カッパ キリシタン  略してサカキ 
う〜ん なんのこちゃかわかりませんが なんか匂います。

*(-。。-)*ngly - 2001/12/11(火) 22:18<

河童あられ

とんちんかん小僧さん
 川太郎/サンカ系の川番。かわら/1)室町時代の河原者。作人。3)河原の乞食。
河原乞食/サンカ。かーら/河原。かーらのやすど・かーらのやつ・かーらのかん
ば/東北で被差別部落の者。かーら者/不浄の者。川子→川子衆=川越←?川越人
夫。がったい←かったい(片居またはどす)。がたろ/大正時代に川底の金屑拾
い。かんこ/1)古代の社や官庁の奴婢。2)官戸で国家奴隷。3)関西の祭の踊りで
鞨鼓(かっこ)を付けた者。4)無職。とくれば河童の実像に近づけそうですね。
 他からも攻めないといけませんが。

あかね - 2001/12/11(火) 20:23<

河童も寒い関西の夜

ヤゾーさん
大変でしたね。自力で直せるなんて男性的〜。カッコイイかも。
ありんこ、部屋の中へ広がりませんでしたか?
紀和鏡さんの本の話、どうも有難うございます。お借りしたいです。嬉しい!
それから、かっぱやで〜と、最初にお書きでしたね!(笑) 船の免許もお持ちだし、釣りが上手だし、
きっと泳ぎも上手くて、手先も器用なんですね!ヤゾーさん、やっぱり河童だぁ〜(笑)。
私は釣りも出来ないし、小型船舶でも乗るのは恐いんですが、泳ぎは得意で、器用だぞ。河童もどきかな
あ、賎民についてのお話、同感です!

おミヨさん
紀和氏の本、読み終えられたら、是非、次にお願いしま〜す。
でも、ゆっくりゆっくりで、かまわないですー。今、中々、落ちついて小説を読めないのです。

サクラさん
大阪もさっぶいさっぶいです…。おコタに入ると、出るのが嫌になってきてます。豚さん一直線…

turukotさん
有難うございます。おっしゃってるHPだったかもしれないですね。探してみますね!
行ってみたいです。片埜神社神域にあるって面白い気がします。
それにしても、なんで竹薮の持ち主がいないんでしょうね。不思議!

*(@..@)*ngly さん
川に捨てたのは、激しい労働で亡くなった方たちを、水葬したのでしょうか?
京都の鴨川に水葬の死体が溢れたように…。
それから、笠置は笠族を配置したの意味ではないか、との事、有難うございました。
石灰といえば、高槻・芥川源流部にある出灰川は、丹波層群(この辺りでは一番古い地層。そこへ花崗岩
層と、大阪層が加わってる)の石灰岩から来ているようです。
穴御前へ青い旗を奉納するのは何ででしょうね。銅を含む水は青い、青は五行では陰・暗い色、水銀の
狸掘りの坑道内の暗さ・黄泉でも表すのでしょうか…。あ、竹の緑、緑も古代の色の観念では「青」ですね。
三瓶町ですか。国引きの三瓶山って、ありますね。

△うぶさん
疱瘡まじないで、猩々!猿は牛頭天皇とも関り深いからかしら。猩々って、面白いなぁ!
お説、当ってるように思っております。淀川が境目に関係多く、それに大昔の内海湖もかも、とは
おっしゃる通りではないでしょうか。楽しいな!
大阪・平野がサンドイッチって、まさにそうですね。具とパンとトッピングの例え、解りやすかったです。なるほどなぁ。あの辺、加美とか、色々地名を見ても面白いですね。
すぐ南の八尾はもう物部みたいですが。平野や加美、久宝寺、八尾ってよく仕事で行きました。

とんちんかん小僧さん
ジョン・レノンが亡くなった日は、はっきり覚えています。そのニュースも。とっても悲しかったなぁ。
ビートルズを子守り歌にして育った世代です。小学生の頃は、涙の乗車券が大好きでした。アルバムも
殆ど持っています。ジョージ・ハリスンも好きでした。亡くなって悲しくて、ヒヤ・カムズ・サンを
物凄く久しぶりに聞きました。いい曲だなぁ。

河童のお話、楽しく拝見しています。面白いな。共通してるものも多いですが、それでも
地方によって色々な呼び名があるものなんですね。
風琳堂さんに、海人の磯良神が河童になる説を教えてもらいました。

とんちんかん小僧 - 2001/12/11(火) 19:32<

河童呼び名集(2)

四国・中国地方
● 徳島県:ガタロウ・ガダロウ・ゴタロ・ゴタコ
● 香川県:カワラ・ガワラ・ガーラ・ガタロウ・ガータロ・ガタロ
● 高知県:ガワタロウ・グヮタロー・カタロウ・ガタロウ・ガダロウ・カダロウ
● 愛媛県:カワラ・ガタロウ・ガダロウ
● 鳥取県:川子(カワコ)・川子坊主
● 岡山県:ガッタロー・カウコ・カウゴ・コウコ・ゴウコ・コーゴ・ゴーゴ・
          ゴンゴ・ゴンゴウ
● 島根県:川子・川子坊主・ゴン・ゴンブチー
● 広島県:カワッパ・川太郎・ガタロウ・ゴゥゴ
● 山口県:ガタロウ・ゴンゴ

九州地方
● 福岡県:カワラ・甲羅童・コーラワロウ・カワワロウ・クワッパ・
      ガッパ・ガースッパ・川太郎・ガワタロウ・カーバコ・ガッコ
● 佐賀県:クワッパ・クワッハ・ガワッパ・川太郎・ガワタロウ・川小僧
● 長崎県:川童(カオーラ)・クワッパ・ガワッパ・ガラッパ・川太郎・
      カワンタロ・ガワンタロ・ガウタロ・ガータロー・ゴータロー・
      ギャタロ・ガッタロ・川子・川坊主
● 大分県:クワッパ・ガッパ・ガワッポ・ガーッポ・ガースッパ・カワタロー・
      ガワタロー・ガータロ・カーダラ・ガントロー・川子
● 熊本県:カワロー・カワッパ・クワッパ・ガワッパ・ガラッパ・ガワンバッチョ・
      ガースッパ・カワタロ・ガワタロー・ガッタロ
● 宮崎県:ガワラ・ガワウ・ガーロ・カワッパ・クワッパ・ガワッパ・ガラッパ・
      ガラッポ・カワタロ
● 鹿児島県:カワロ・ガワル・ガワロ・ガーロ・ガーロー・ガラル・ガウル・
       ガラヨー・ガラン・カワッパ・ガワッパ・カンバ・ガラッパ・
       ガースッパ・ガースパ・ザラッパ

おしまいダス。ワタスも故郷のカッパ星へかーえろっと・・

とんちんかん小僧 - 2001/12/11(火) 18:46<

河童呼び名集(1)

河童・川太郎・川子の地方での呼び名をとり上げてみると、

東北地方
● 岩手県:河童(カッパ)・ガタロ
● 宮城県:カッパ・カッハ・カアパ
● 秋田県:カッパァ・カッパ
● 山形県:カワワラス・カワラゴ・カッパァ・カッパ・カワダロウ
● 福島県:カッパ・カッパゴ

関東地方
● 栃木県:カワワラワ・カワッパ・カッパ
● 群馬県:カッパ・カダロウ・カタロ
● 茨城県:カワッパ・カッパ
● 埼玉県:カワッパ・カッパ
● 東京都:カッパ・カッハ・川太郎・ガタロ
● 神奈川県:カワッパ・カッパ・ガ―ッパ

中部地方
● 山梨県:カワワラワ・カワッパ・カッパ
● 静岡県:カワランべ・河原小僧・河小僧
● 愛知県:カワラ・カワランべ・カワランバ・川小僧・カァコゾー・ガタロウ
● 新潟県:クワッパ・ガワッパ・カワダ
● 長野県:カワランべ・カーランべ・河原小僧
● 富山県:カワラ・ガワラ・カーラ坊主
● 石川県:カワラメ・川太郎
● 岐阜県:カワエロ・カワイロ・カオロ・ガオロ・ガワロ・カーランべ・ガワタ
● 福井県:カワラ・ガワラ・川太郎

近畿地方
● 滋賀県:カワラ・カッパ・川太郎・ガワタロウ・ガワタ
● 京都府:カワタロ・ガラタロウ・ゴータロ
● 大阪府:カウッパ・ガワタロ・ガータロー・ガイタロー・ガタロ
● 兵庫県:カワラ・ガワラ・カウッパ・カワタロー・ガータロウ・ガワタロ
● 三重県:カウロ・河原小僧・川小僧・カワタ・カンコ
● 奈良県:ガロー・ゴーラ・ゴーラゴ・カワタラ・ガワタロ・ガタロ・カダロ
● 和歌山県:ガワロ・ガオロ・カワタロ・ガワタロ・ガタロ・ガッタロ・
       ガッタル・ガイタル・ガッタイ

きょうかい - 2001/12/11(火) 13:40<
>こういうことも 自然の中での生活の一部なんです
 そうなんですよね、憧れだけでは、真似できませんね。
 お疲れさまでした。

ヤゾ− - 2001/12/11(火) 12:01<

蟻りりり〜 の バカタレガ!

みなさん こんにちわ。

朝一番に電器屋さんに電話しましたが 直ぐに来てくれそうにありません。
これは 根性だして自分でなんとかしなければなりません。
本当は ブレーカーなどは 絶対に素人が触ってはいけないものなんですが
田舎の場合は そんなこといってたら生活してゆけません。
よく 電気製品を分解しては感電することはありましたが
落ちたままのメインブレーカーには 3相200ボルトが来ていますので 
どうしようかなぁ 感電するのはちょっと怖いなぁ と思いつつ分解してみることにしました。
そのブレーカーは 200ボルトの陶芸用の電気窯が使えるように設置したものなので
一般家庭の何倍もの電気を使っても 漏電していない限りはブレーカーが落ちたりしません。
すべての回路を遮断しても ブレーカーがオンにならないということは
ブレーカー内に問題があることは間違いないと思っていました。
今年はカメムシが多いのと 蟻が多かったので 多分 ブレーカーの中に虫が入って悪さしているに違いないと
恐る恐る 少し難儀してブレーカーを外して 部屋の中で分解してみました。
そしたら裏カバーを外したとたん 蟻が大軍で出てきました。蟻が中で巣を作っていたのでした。
慌てて外に持ちだして 蟻と蟻の卵を取り払いました。
中を奇麗にしたブレーカーを元に戻して やっと電気が使えるようになりました。
自分の力で なにか問題を解決したときには 少しは達成感のようなものがあったりしますが
昨夜 BS11で「ゴッドファーザー」を見ている最中に停電になったことが腹立たしいです。
おまけに そのブレーカーは外のボックスの中にありますので
寒い中 釣り用のヘッドライトを頭に付け ああでもない こうでもないと
2時間近く 外でブレーカーを触っていたので なんだか 風邪をひいたのか頭痛がします。
バカタレ蟻に巣を作られたブレーカーの写真 画像掲示板にあります。
しょうもないことで 話しの流れを止めてしまって ごめんなさい。
こういうことも 自然の中での生活の一部なんです。

ヤゾ− - 2001/12/11(火) 00:39<

ブレーカー落ちたままで停電してます

電気釜で焼き物を焼いていたら 途中でブレーカーが落ちてしまい 
どうしても元に戻らなくなってしまいました。
なんででしょう? これはちと困りました。どうすればよいのでしょうか?
今 真っ暗けのけです アハハハ
ノートパソコンの明かりだけが やけに眩しくて情けないです。
ファンヒーターは駄目です。アラジンのストーブがよいです。電気なくても暖かいから。
寒いのでもう寝ます。おやすみなさい。

とんちんかん小僧 - 2001/12/11(火) 00:36<

ジョン・レノンとジョージ・ハリスンの死

 ニュースステーションで、ジョンが亡くなる何時間か前の声と最新のビデオクリップを
見て、すごく目頭が熱くなった。というのも先月の30日に亡くなった、ジョージ・ハリスン
の死が重なってみえたからです。音楽を聴くようになってから今年で10年。初めて購入した
CDは、ジョン・レノンの「イマジン」。聴きはじめの頃は、まさか、ジョン・レノンが既に
この世からいないなんて思っていなかったから後で知って残念に思った。1980年12月8日の
正確な記憶は、僕にはない。何故なら、まだ小学生にもなってなかったから。ジョージが亡く
なったことを知った時はすごくショックを受けました。あるラジオ番組で、ジョージのもとを
訪れた、ポールとリンゴが最初楽しく談笑していたのに、しばらくすると三人が肩を組んで
泣いていたという記事があったと聞き・・(長い沈黙)・・自然と涙が頬を伝ってきました。

これからもこういうことが何度も訪れることだろう・・その度に悲しみだけが私を覆うのだろうか。
生きている以上、人間にはいつも死の影が付きまとう。永遠に時が止まってほしいなあ。

サクラ - 2001/12/10(月) 23:18<

サムトの婆

めっきり、寒くなりました。
  遠野には、もう寒戸の婆はたづねて来きたのでしょうか...

ぬくぬくとした部屋の中
  木枯らしの音が懐かしく、悲しげに聞こえるとき
       戸籍にもない、サムトの婆を思い出します。

あっという間の一年が過ぎようとしています。
    あと少しの今年、考えるべきことは、逃げないで考えようと思います。

そして、やぞーさん、
    しっかり、食べようとおもっています!・・・あはは、もちろんタヌキ汁ちゃいますよ!
健康第一、お酒は第二、最後のおやつは...おもいつかなんだ...

s(*^-^)ノ☆    






*(@..@)*ngly - 2001/12/10(月) 21:13<

河童・再考・最高

ヤゾーさん もう少し考えてみます。伝説による河童の起源。
1)匠とか左甚五郎など神格化された大工が神社仏閣建築時、人手不足。鉋屑で人形
を作り働かせ、不用になり川に捨てたのが河童に
2)島田丸が春日神社造営で、九十九体の人形作り、秘法で人形を童子に変え使役。
不要人形の童子を川に廃棄も、人馬家畜を侵す世禍の元。造営奉行島田丸が鎮圧。
3)阿部清明が式神人形を作り、不用になり一条河原に捨て、人間に変化して人と
交わり非人が生まれた
1)大建築物造作の際、多くの丸太を修羅で曳く必要があります。東大寺建立時に
その重労働で多くの死者がでて、都は死体が沢山散乱た『奴隷経済史』。仕事が終わ
れば、優遇された匠でさえ帰郷には艱難を極めたため各地に布施などを設けました。
伐木し、大神楽を使って移動し、川を塞き止め、木を流すのも重労働で、山口佐波川
上流(今の徳佐町)に、当時の重源法師(準国司ともいわれる)が作った東大寺修復
材木搬出作業者用のサウナ(石風呂)とセギ(水溜用の堰)が残っています。この
奴隷作業は野史呼び名辞典表紙裏にある古い絵図を参照下さい。日本の古代奴隷は
「東大寺奴婢帳」ほか『日本奴隷史』に考察があります。
2)橘諸兄は反乱罪のかどでなった初の非人。橘諸兄の孫とは非人筋の事か、兵部大輔
という警備治安の親玉(奴隷を鞭か丈を持つ番人?)になっています。江戸時代でも
賤民の一部が特権を餌に番太をしていました。秘法とは平安期の奴隷制度「五色の賤」
でしょうか?秘法とは大ぴらには言えない法(律)ですね。祈祷やまじないでは人形を
河童に変えられません。人形これは何と読むのでしょうか?「にんげ」なら四国方言で
人間とあります。「人下」でしょうか。
3)東北サンカ情報に、サンカが石神を崇拝とあります。気になります。阿部姓と式神人
形で浮かぶのはやはり別所の者。四国の土佐は捕虜となったエミシ・俘囚のうち「荒夷」
を流した地『三代実録』で、ここの被差別部落に特有の信仰は石神『四国部落史』。
河原者の言葉のように河原は人間の住まぬ所。人間の住まぬ所に住むと人間になる!!
 憧れの誰かと同じではありませんか。交わったという事は、天皇など為政者以外は、
人間として仲良く生きたという事でしょうか。ただ不用になり、なぜ「川に捨てた」の
か分りません。やはり「境界」のことか?

turukot - 2001/12/10(月) 18:32<

枚方といえば。。(2)

あかねさん
>その話は、載ってなかったかもしれませんが、どこかのHPで
>アテルイ・モレの首塚が枚方にあると読んだ事があります。
>どこだったかな。思い出せないです。

以前、検索したことがありましたが、井沢さんがなにやらおっしゃっていたページでは
ありませんでしたか。

なお、首塚とされていますが、考古学的には別に証明されているわけではありません。
「『蝦夷塚』というべきだ。」という意見もあります。

付近に竹薮が散在していますが、なんでか土地所有者がいないそうです。(今でも?)
HPはあまりありませんが、本も少ないながら触れているものがあります。

ふ〜ん、平泉の方が河童を見ている。。。
河童伝説は遠野が有名ですが、それは知らんかった。

とんちんかん小僧 - 2001/12/10(月) 17:39<

河童の名前の由来

 河童の名称にはおよそ四百以上の方言があり、河童の変種である山童にも二百以上の
方言名が確認できるが、もともと関東方言にすぎなかった「カッパ」の名称の標準語化
にともない、地方の方言名は急速に消失しつつある。

「カッパ」とは「河ワッパ」の訛で、ワッパやスッパは「童(わらわ)」の転で子供を
ののしって悪く言う語である。もともと「河童(カワワラワ)」という名称であったが、
東京弁の「カッパ」に圧倒されて駆逐されてしまった。「河童」はさらに福岡県の「川童
(カワワラワ)」や長崎県対馬の「川童(カオーラ)」を語源とする。

 対馬では「川虎(カワコ)」という方言もあるが、もともと、「川童」も「川虎」も同一
のものだったらしい。というのも「川虎」を韓国語で発音すると「カオーラ」となることを
新発見したからだ。対馬は朝鮮半島に近く「川童(カオーラ)」は対馬の日本人によるアテ
字であるようです。「カオーラ」の発音から、「河原(カワラ)」「甲羅(コーラ)」など
のアテ字もされたようで、そこから甲羅を持つ川(河原)に棲む童(子供)というイメージ
が定着したのかもしれない。  ――つづく。

あおき - 2001/12/10(月) 15:54<

昨日餅つき

をやりました 六月に庭付きの ボロ貸家に引っ越したので
仲間と一緒にやってみました
ダスキンで石臼とセイロ 杵を借り5臼つきました
実家で毎年の様に昔やっていたので 体が覚えていました
つきたての餅を大根おろし きな粉 あんこ 雑煮でくいまくり
あとかたずけは後回しになってしまいました
有給をとってなんとかやりきりました
クラプトンの話ですが フルアコギターで jazzスタンダードの
オーバーザレインボーを来日メンバーで唄った時
クラプトンはこれからも 新たな世界を開拓し
座りっぱなしの静かなライブを見せてくれると思います
もう武道館で ノリノリ観客総立ちライブはクラプトンにそぐわないなー
と思いました 良い曲をじっくりと聴かせる 良いメンバーの
すばらしい演奏に酔う そうゆうライブを小さなホールで
生ギターの音は マイクでちゃんと拾って 汗なんか見える
そんな感じにならないかなーと切に思いました

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/12/10(月) 12:51<

愛と平和の3日間

こんにちは、min-minです。

>> ウッドストックにクラプトン出てたのですか?

はい、出てたんですよ。曲の名前は失念してしまいましたが。
先月tsutayaでなにげなく“ウッドストック”のビデオ(ディレクターズ・カット版)を見かけ
借りてみました。
ホント、今では懐かしい顔ぶれがゾロゾロ出てましたね。J.ジャップリンやジミ・ヘンの印象が
強い人達も多いでしょうが、私にとっては何と言ってもサンタナが衝撃的でした。
彼らはこのウッドストックが実質上のデビュー(この頃L.Aではライブでけっこう名が売れていた
らしいですが)で、その強烈なラテン・ロックのリズムは目新しく、あの場で演奏した『ソウル・
サクリファイス』が収められたファースト・アルバム『SANTANA』を買いに走りました。
世に一躍有名になったのはセカンド・アルバムにある「ブラックマジックウーマン」からでしょうか。
そしてテン・イヤーズ・アフターのアルビン・リーがリードギターを弾きながらシャウトする
「アイム・カミング・ホーム」に粟肌がたった記憶があります。
他のオジサン世代同様、私もビートルズ世代ではありますが、この1969年に劇場公開された映画
“ウッドストック”はその後の私の音楽愛好傾向を形作る“原点”とも言えるイベントでした。
60年代終わりから70年代初頭にかけては真の意味で“あらゆる形態の音楽”が百花繚乱とばかり
咲き乱れた素晴らしい時代だったと思います、音楽的には。

“愛と平和の3日間”という副題がついてますが、この当時の長引くベトナム戦争に反対する40万人
を超える若者が一同に会し平和を願った、という歴史的事実を今の若い世代にも伝えたいと思います。
今回の「同時多発テロ」以降の米国の若者達は、今、何を感じ、何を考えてているのでしょう?

min-min@横浜

きょうかい - 2001/12/10(月) 03:11<

大阪に行かねば!

>自分の中に流れる血筋を知り その中でどの血を意識するかによって
考えや生き方が変わることってありますね。
ぐぐっと、来る言葉ですね。先月、母方の80歳近い叔母(八切止夫の本に出てくる化粧品レディ)に祖父、祖祖父の時代の話を聞く機会がありました。期待に裏切らぬ、庶民系で笑っちゃいました。髪結い(祖母の母、この人実家は九度山で私の父方と同じ苗字)、料理人(大阪屋;朝鮮併合時に京城で開店、祖母の父)、医師(祖父の親戚で京都の千原)、大工(祖父)、京城大学教授の妾(祖父の姉)
 朝鮮併合時に母方の祖父と祖母は、京城で出会い駆け落ちしたそうです。当時の京城大学の教授は、妾を始めその兄弟の面倒をみる位の力があったのですね。我が祖父は、日本に引き上げた時その教授の芦屋の別荘で世話になったそうです。
 あかねさん
 暖かい御気配り、ありがとうございます。
min-minさん 
 ウッドストックにクラプトン出てたのですか?知りませんでした。ウッドストックの確か3枚組のレコードの1部だけはよく聞きました。CSNYです。青い目のジュディばかり聞いてました。ああ、いまだにMARTINがほしい!
 

△うぶ - 2001/12/10(月) 02:17<
あかねさん、レス前後しまして(遅れまして)すみません。
直接(あかねさんを)指名して、レスする程自信なかったのですが、私の推測合っていそう
ですね。(それにしても郷土の歴史に御詳しいです。)
例えれば;大阪平野はサンドイッチでして、東大阪あたりの高句麗系の{具}を南北から百済の
{パン}が挟んでいまして、京都からの流れで新羅系が{トッピング}されています。
トッピングの部分が北摂で、複雑に両方伺える状態で、白黒(いや白百か)つけ難い、と
いったところです、しかし南の方は又、事情ちがってくると思います。どうも淀川が境目に
関係多いみたいですね、それに大昔の内海湖もかも。
河童が金属神の理由説明いただいた方々、ありがとうございました。
ヤゾーさん;お疲れさまです。アレにもめげずに、今、ここ、大変たくさんの投稿続いています、
この事実、何をか物語らんです。

サクラ - 2001/12/10(月) 00:48<

師走・・・

師・・・走っています?
  ゆっくり、ゆっくり教えてくださいね。

たくさんの書き込みに目を白黒させてるのは、
  熊野のタヌコばかりじゃなさそうです・・・

何気ない言の葉の奥に、
   深い意味を見つけたときに、
      その、言の葉の意味知りたいと思います。

kumanoは暑くも寒くも、いつも根の国の深さで
  いろんなもの包み込んでくれそうな気がします。

     s(*^-^)ノ☆    



とんちんかん小僧 - 2001/12/10(月) 00:38<

河童になった水神 

河童(=ヤゾーさん)の話が続きますねえー。

「水霊(ミズチ)」、「水神(スイジン)」、「水使(ミズシ)」という名は最も古く、
「主(ヌシ)」や田の神である「サンバイ」も河童以前の呼び名である。「祇園(ぎおん
)坊主」は祇園神(武塔天王=牛頭天王=スサノオノミコト)の眷族の意で、祇園(疫神
・御霊神)の神紋がキュウリの割切面に似てることから河童のキュウリ好きの由来となっ
たようです。

「丘主部(ヒョウスベ)」系の呼び名は、丘主神(しゆう、漢字変換できず)の眷族の意で、
丘主信仰は相撲の発祥、武器製造、鬼門信仰の起源、御霊(怨霊)・疫神信仰の源流であり、
土師(はじ)氏・菅原氏・渋谷(しぶえ)氏の三氏同族が関わり、祇園信仰へと合流している。
宮崎県の「ヒョウスボ」は「丘主部」を語源としながらも「山童(ヤマワロ)」と習合して
独自の進化を経ているようです。

次回、河童の名称について書きます。

ピンクのトカゲ - 2001/12/10(月) 00:36<

マスコミ関係いるって言うから補足で書いたまでだよ。

俺暑くなっちゃいないよ〜ん。
マスコミ関係の人間もこの掲示板来てるって言うから
補足で書いたまでだよ。
どなたか知らないけど
ああいう報道いいかげんにしたら
ディレクター様

蜜柑 直箕 - 2001/12/10(月) 00:22<

河童

「河童を見た人々」
高橋貞子著

これ、絶対のお勧めです。
多分、図書館にあります。

岩手県、平泉の老人は、殆んどが河童の目撃者で、
著者は丹念に聞き取りをしています。

平成になってからの目撃談もあります。

ヤゾ− - 2001/12/10(月) 00:05<

河童と清明

みなさん こんばんわ。

あかねさん どういたしまして。
河童のヤゾ−ですので 河童については少し勉強しました。
自分の中に流れる血筋を知り その中でどの血を意識するかによって
考えや生き方が変わることってありますね。
紀和鏡さんの本ですが 殆どの本を持ってます。
今 おミヨさんのところにあると思いますので
よかったら おミヨさんが読み終ったら借りて読んでみて下さい。

Donglyさんの仰っている通りだと思います。
河童は非人などの賤民を意味したものに間違いないと思います。
九十九=白が暗示するは Donglyさん指摘されて今気付きました。

阿部清明の出自についてですが 身分の高い父の阿部保名が白狐を助け
その白狐が葛の葉というお姫様に化けて結婚して 生まれたのが清明という話しが歌舞伎や浄瑠璃にあります。
葛の葉(白狐)も賤民を意味した言葉だと思います。
河童にしろ清明にしろ そういう伝説が残るというのは 
賤民層の人たちに対して どこか聖なる力を秘めているとの思いがあったからなのかも知れませんね。

最近買った古本に次の文章が書かれていました。

「差別された人たちは もっとも崇高で偉大な先祖の子孫だった」と

*(@。。@)*ngly - 2001/12/09(日) 22:33<

河童の素性

ヤゾーさん 意味深な話ですね。河童の起源.
1)匠とか左甚五郎など神格化された大工が神社仏閣などを建てたときに人でが足
ら なくて カンナ屑で人形を作って働かせ用がなくなり川に捨てたのが河童に
2)柳田国男の伝説。橘諸兄の孫の兵部大輔島田丸が春日神社造営のため、九十九
体の人形を作り秘法により人形を童子に変えて使役、意外に思いの外早くできた。
後 用済み人形の童子を川に捨てたが人馬家畜を侵して世の禍いとなり造営奉行
の島田丸に鎮めさせた。
3)阿部清明が式神という人形を作り用済みで一条河原に捨てたところ人間に変化
して人と契り生まれたのが非人の始まりだという記録。
1)屑(恐らく人間の)を働かせて仕事がなくなったから捨てたら河童になった。
2)(九十九=白が暗示する)別所の人間を寺奴隷(童子)にして働かせたが要ら
なくなって解雇したら(狩猟系だから)家畜などを取って食べたので成敗した。
3)式神(石神でしょうか?)信仰の者を河原へ捨てたのが、非人の初めである。
 どれも非農耕の民(恐らく当時の賎民)への扱いと素性を物語っているのでは
ないでしょうか。文献の時代も状況も分りませんが憶測です。
 あかねさん 笠置は笠族を配置したの意味では?
 大和にも笠置があり、菊池山哉によれば別所。仲間を裏切ったために重疾にな
ったという伝説がある地です。愛媛宇和町にも別所(山田薬師あり)がありますが
、その北部は以前、笠置地名でした。笠置から八幡浜にかけての山嶺は石灰石脈が
続いていますが、各所に穴御前という祠を祭っているそうです。なぜか青い旗を奉
納するとのこと。水銀を掘っていたとか。西隣の三瓶(みかめ)町に鴫山(しぎや
ま)に流れてきた癩病のお姫様の墓があり有名。この町にも穴御前があるそうです。

あかね - 2001/12/09(日) 20:49<

ヤゾーさん
河童の起源について有難うございました。そうでした。さっぱり忘れておりました(T_T)。
う〜ん、記憶力減退を実感。お魚、もっと食べよう…
うちの先祖にも色んな系統の方がいたようですが、私、その中で、鋳師の血にとっても愛着を持ってます。
全然知らなかったのですが、それを知ってから、世界が開けた感じがします。

*(@。。@)*ngly さん
あはは @@ お目々、グルグルだぁ〜。。。鼻も戻ってる〜 受けましたよ〜(笑)。

>但馬多紀郡大岡山のは瘡薬師です。また「箕と笠」は「蓑と笠」の間違いでした
あ、多分そうじゃないかと思ってました。
詳しい情報を教えていただいて有難うございます。そう言えば、笠置山というのもありますね。
別所とも大いに関連あるとのこと、大変興味深いです。ホント、意味深だなぁ
枚方市の西、寝屋川(ネヤガワ)市には、鉢担ぎ姫伝説(発祥地)も親しまれています。
高槻にも、JR高槻駅の北東・安満(あま)町の西隣に、別所町があります。
芥川ではなく、檜尾(ひよ)川のほうが近いですけど。

>以上出典は中山太郎『日本民俗学辞典』ーー古本で安価です。
有難うございます。探してみます。あったらいいなぁ。
前に紀和鏡さんの本を古本ネットで注文したら、売れた後でした(T_T)。

△うぶさん
天川は高槻から流れているのではなく、高槻には天川町や東天川町があり、檜尾川が近くに流れている、
の間違いでした。ごめんなさい。この川は淀川に注いでおり、古代には淀川から檜尾川を遡って高槻北部
原村・神峰山〜丹波〜但馬〜出雲へと行く、川の道として利用されたそうです。飛鳥へ行く際にも、この
道が利用されたとか。今は水量も少ない細い川ですが…。オオドノ王もこの川から南下したようです。

turukotさん
ご紹介ありがとうございます。その話は、載ってなかったかもしれませんが、どこかのHPで
アテルイ・モレの首塚が枚方にあると読んだ事があります。どこだったかな。思い出せないです。

turukot - 2001/12/09(日) 20:34<

枚方といえば。。

話の流れとは直接関係ないのですが。。。

>枚方市HP http://www.city.hirakata.osaka.jp/ 枚方の紹介をご覧下さい

このHPにはのっていないだろうなぁ。
アテルイ・モレが斬首されたという首塚とされるのが枚方市北部、片埜公園
(もとは隣の片埜神社の境内だったそうな)内にあります。

私が枚方に赴くときはここを訪れるんだよね〜。さて来年は1200年忌です!

あかね - 2001/12/09(日) 20:05<

枚方宿

おミヨさん
わけ解らないこと、ないですよ〜。解る!阿武山からは今でも、晴れた日には高野山まで見渡せるとか、
という話を聞いた事があります。鎌足と思われる遺体が最初に出た時の話は、まさにその通りです。
この遺体は確か、当時の方としてはかなり背が高くて(約167pだったと思う)、鍛えた武人の体躯で、馬に
乗ることを好んだ特徴が骨から見うけられたそうです。で、死因は確か、砒素中毒だったような…。
詳しい資料が手元にあるはずですが、どこへ仕舞い込んだか、見つからない…

茨木(いばらき)市や高槻には、海人系・藍(あい)氏もおり、藍氏は鎌足の時代に中臣藍連と名を変えて
配下で勢力を持ち続けたといい、鎌足の側近になったという話も残ります。
茨木には他に、卑弥呼の里といわれる地(高槻には卑弥呼の墓説がある安満遺跡が)や、三嶋氏の巨大な
古墳(かつては継体天皇陵とされていましたが、最近大規模な発掘が行われて隣の高槻にある今城塚古墳
が該当する説が有力)、「新屋座天照御魂神社」「疣水神社」など、面白い史蹟がたくさんあります。

あ、茨木市千提寺(センダイジ)にある、かつての天台大寺「忍頂(ニンチョウジ)寺」には、修験者の星神(太陽)
信仰の「星の精」である「九曜の薬師如来」があります。この如来は行基菩薩によって安置され、行基はこの
寺で初めて「星祭り」を行ったと伝わります。この寺はもとは竜王山山頂にあり、そこは銅山でした。
“寺ある山は鉱山である”といわれる通り、やはり特に密教系にとって鉱山を押さえることは、とても
重要だったようです。錬丹術や、鉱物探しに用いた錫杖・独鈷が銅製なのとも、関係あるのでしょう。

さて茨木市にも椿の本陣が残り、大名行列は通っていました。川向うの枚方宿は京・大阪の中間地で
あり、東海道53次の一つの宿として、または淀川水運の中心地として栄え、枚方宿本陣がおかれて
いました。この本陣は例えば紀州の殿様なども参勤交代に利用していたそうです。
枚方市楠葉(クズハ)には、オオドノ王の楠葉宮跡もあります。八幡社も多いようです。
枚方市HP http://www.city.hirakata.osaka.jp/ 枚方の紹介をご覧下さい

きょうかいさん
地軸の話は大事みたいですね。私は理系×なので、これからも色々、教えて下さいね!
ちなみに私の故郷の北辰神社は西面しており、二キロ?くらい離れた所にある天神社と向かい合ってます。

△うぶさん
北河内の枚方と交野市は、かぐや姫伝説発祥地といわれており、北の高槻から続く「天川(甘川)」が流れ、
肩野物部氏が最初?に開発したそうです。凡河内(オオシコウチ)氏の地でもあります。
どうも、淀川を挟んで高槻・茨木・枚方・交野も元来は新羅系、海人系の地であったけれど、藤原氏が
交通の要衛地、銅山地であるこの辺りを押さえて、その支配者を配下とし、百済系の地となったようです。

ヤゾ− - 2001/12/09(日) 19:51<

ピンクのトカゲさん なにをそんなに熱くなっているのか分りません。
ピンクのトカゲさんの掲示板に天皇を賛美するような書き込みしたことも
また 天皇制についてメールしたこともありませんよ。
それに 礼節というものを弁えない人が
何を言ったところで説得力がありません。

いろんな人と接してきて 一番信用できるように感じた人って 純粋右翼の方だったりします。
でも アホな勘違いした右翼は大嫌いです。
一度 右翼(エセ)と喧嘩したことがあります。
しょうもない事がキッカケといえばそうなんですが
釣りに懲り始めた頃 近くで釣りをしていたオヤジが 魚が釣れなかった腹いせだと言わんばかりに
あまりにもポンポンと海にゴミを投げ捨てるので そんなことをするから余計に魚が釣れないのだと意見したところ
逆ギレされて喧嘩になりました。なんとなくそれっぽい人だとは思いましたが後の祭りで
こちらも頭にきていましたから 事務所に来いと言うのでついて行きました。
事務所には 昭和天皇の写真が掲げてありました。
そこで僕は 仮にも右翼と名乗っているのなら 国体そのものが神聖なご神体であり
そのご神体にゴミを投げ入れるとはなにごとか 陛下が如何に自然を愛し大切にされているお方であるか
ゴミを捨てるということは その陛下の顔に唾するのと同じことだと言い切ってやりました。
相手は言葉を失い あんた何者やというので 釣り人やと答えて事務所を出てきました。(半分格好良く作ってます)

ピンクのトカゲさんの掲示板に投稿されていた紋次郎さんの次ぎの文章に強く感銘を受けました。

写真やテレビでは立体的な奥行きが写らないんだなぁ、これが……。
 おらは、昭和38年じゃったか、浦和で3mの近さで昭和天皇の顔を見たことがある。
 そのころ、おらは選挙のたびに共産党に投票していた。しかしセールス道で人相も読める
ようにもなっていた。
 「オッ!」と深い衝撃をうけた。それは永いあいだ「ワッハッハ」を忘れた顔だったが、
そのとき、「こんないい顔が地上に出現するのだったら、戦争もまた悪いだけのもんじゃな
いぞ」と、思った。
 われわれは「気高さ志向」を、あのひとたちに押しつけて、我が身の「気高さ志向への磨
き怠慢」を肩代わりさせて、くちを拭っている。これじゃあブタ・ニンゲンだ。
 天皇制なんかやめてしまって、個単位で「気高さ志向」を実現させなければならん。
 だから、「気高さ志向」を練ったあと、その方法論を実践面でスタートさせたあとに天皇
制度を廃絶させねばならん。それもホントだ。21世紀初頭人カネ。

問題は 天皇制をとやかく言う前に それぞれが崇高な精神を持つこが大切だと思います。 

とんちんかん小僧 - 2001/12/09(日) 19:18<
*(~▽~)*nglyさん
「河童族」ってことは、水神の妖精みたいなご先祖さんですね。もしかして、いざなぎ流
とか関係あるんですか。そういえば、ニ、三日前の深夜テレビで、いざなぎ流の『宅神祭』
がやっていましたよ。

おミヨさん ヤゾーさん
レス有難う。アハハ、あのまま出てもよかったなあ。
『特集人物往来』は大切に置いておくヨン。ホンマに古い本だし貴重な資料だもんね。

△うぶ - 2001/12/09(日) 14:39<
疱瘡まじないで、人形と前述しましたが、猩々でして、まあ{猿}の一種、
一緒に祭ったのが{箕}らしい、総じて黄檗山に関係
深いらしく、福建系らしい(日本では)。資料「本草綱目啓蒙」より。
「白猿伝説」というのが有るらしい。{摂州の一比丘}の単語も見える。
{梅花}の単語も、福建系は梅花崇拝です、猩々顔赤い、
、、、、、、、、かなり繋がる。
Dさんは笠とレプラ云々、それでは虚無僧も顔見せていませんが
これもそれ?   日曜なのに仕事で、もう出ますので乱文失礼。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/dokusho_10.htm> - 2001/12/09(日) 13:46<

いいなぁ、おふたりとも!

きょうかいさん、こんにちは。あおきさん、始めまして。min-minです。

いいなぁ、おふたり共クラプトンのコンサートに行けて・・・。
>>ハムスターの○んこ
みたいでも生で見たかったぁ(爆)

ここのところますますクラプトンにハマッてます。最初の出会いは’68年のウッドストック
のTHE WHO。それからロックオペラの『TOMMY』。
アルバムとしては『アンプラグド』以来、昨年の『RIDING WITH THE KING』に熱狂。
そして今年の『REPTILE』に涙。
老いて、枯れて、ますますその魅力を発揮するクラプトンは偉大です。個人的には一時薬物から
抜け出すにのに苦しんだり、最愛の息子さんを亡くしたり極めてハードな人生を歩んできた
みたいですが、それらを全て乗り越えてたどり着いた今のクラプトンには後光が射している
みたいです。

もう、彼のコンサートは一生見れないのだろうか・・・。(涙)

min-min@横浜

にっちょ - 2001/12/09(日) 13:22<

平和祈願

此の国の平和を願い思う。

国の安定を今一度思い深く望み世界平和を望みます。

安全はタダ 空気もタダ・・・

黙って座って PCのモニタ−を覗いていられる時間も 「依食住」の安定も

現実的に「平和」の上に立っての実生活です。

国家混乱の中明日も知れない命だとしたら誹謗中傷批判の前に自信の行動を

真剣に模索出来るだろうか。

出来るならば今の生活を捨てて走るべき道がある。

ピンクのトカゲ - 2001/12/09(日) 12:37<

天皇制を考える。

俺も天皇が文化的なものを継承してるって思ってる。
それを遺す方がいいと思ってる。
ただ、これを現代の天皇制という形で残すのがいいか否か。
ここが問題。
文化の継承ということについては、
自分の掲示板に書いたように
弥生文化の継承者として人間国宝にすればいい。
それでもって、バチカン化する。
そうすれば、天皇が「玉」として利用されることもなくなる。
天皇を「玉」として利用しようとしている天皇の信奉者がいる。
ほんとに天皇のこと考えているのかね。
天皇のこと好きなら、この感覚理解できるはずだが
どうだyazoo

*(@。。@)*ngly - 2001/12/09(日) 11:17<

笠にかかって

 あかね・おミヨさん  へーえ、瘡森を笹森に、ですか!!!
 瘡神と瘡守伝説化の続きです。但馬多紀郡大岡山のは瘡薬師です。また
「箕と笠」は「蓑と笠」の間違いでした、修正させてください。
1)肥後鹿本郡米田村大字南嶋に、そこで死んだ在原業平を慕う女百人が身を
投じた際に笠を架けた森を、笠掛の森、近くに笠仏、剣屋敷。瘡神の伝説化。
2)上総君津郡長浦村大宇久保田・笠上正福寺に行基作の観世音本尊あり。
 遠藤氏の子が疱瘡時に祈って効験あり。堂に笠と髪、椀蓋と髪を架ける。
3)三河田原町近くに瘡神。神体は花色木綿布に包んだ玄根。砲烙を供える。
4)若狭大飯郡和田村大字下車持・式内社正五位香山神社に西神(瘡神)。
5)紀伊橋本町菖蒲谷・加佐塞神社は、俗に瘡神。
6)伊豆田方郡松ヶ瀬字神田・軽野神社。祭神は三島明神と同じ八重事代主
の命。社前の松には常に笠が掛かっていた。
7)近江滋賀郡園城寺内の尾蔵寺(十一面観音)は、参詣者多く笠が擦れ合っ
きしみ脱げる。津波礼笠の観音、笠脱ぎの観音ともいう。
8)美作苫田郡一宮村大字東田辺・黒澤山万福寺(本尊:虚空蔵菩薩)。大和
の笠置伝説系。
9)越後南魚沼郡石内村大字上一日市・天神社境内に凡字を彫った石(4X1尺)
あり、土俗は瘡神という。元は四所明神と称す。
10)上総長生郡水上村笠森の伝教作なる十一面観音菩薩、笠森観音で瘡神。
 以上出典は中山太郎『日本民俗学辞典』ーー古本で安価です。
なぜ笠に掛かるか、実は別所とも大いに関連があるから、もちろん賎民サンカ
にも。でも実に上手に伝説にしてますね。意味深ですよ。

おミヨ - 2001/12/09(日) 08:42<

みなさまおはようございます。

あかねさん
枚方宿も大名行列が往来していたのでしょうか?
なんだかわけのわからない事を書いてしまいました。削除で〜す。

「瘡森神社」
>攝津三嶋郡清水村の瘡森神社
詳しく書いていただき有り難うございました。

尼崎、西宮、武庫川おおいに気にしています。

「ささら」が可愛い。



ヤゾー - 2001/12/09(日) 08:17<

皇太子 浩宮さんも好きなんですよ

みなさん おはようございます。(このパターン始めてです)

クミコさん お久しぶりでした。
ウィルス退治できてよかったですね。
買った皿は 伊万里か江波皿辺りでしょうか。
僕も焼き物には 一時はまりましたよ。
これから 電気窯で焼き物を焼こうかと思ってます。


ピンクのトカゲさんの掲示板に書いてあった

>タブーにしちゃいけないんです。賛成でも否定でもいいんです。
>ただ、今の賛成が当たり前を前提とする皇太子のガキ生まれた報道
>(全員が喜ばしいなんて思ってるわけねぇだろ。ちゃんと、反対意見も報道せろ)
>これが問題なんです。

僕も 皇室に対する報道のあり方に疑問を感じたりします。
あの報道のあり方では 例えば天皇制があるから差別があると主張している人たちの
気持ちがよく分かる気もしました。

でも僕は 天皇制があるから差別があるというのは違うように思ってます。
天皇制のない韓国の方が 賎民に対する差別意識は強いと聞きますし
中国はもっと差別意識が強いとも聞きます。
また 天皇制のない国にも 先住民に対する差別は強く残っています。
それとサンカが反天皇というのも違うと思ってます。
僕は 誰の影響を受けた訳でもなく サンカがとても重要なものを継承しているように感じたように
天皇というものにも同じようなものを感じています。

僕は 天皇制については 人知では計り知れないものがあるような気がしてますので
なんとも言えませんが 昭和天皇には とても崇高なものを感じていました。
それと同じようなものを浩宮さんからも強く感じたことがあります。
最近 再び崇高なオーラのようなものを皇太子から感じて
とても嬉しい思いがしました。
そして 素直に愛子ちゃんのことは可愛いと思いましたよ。

にっちょさんと従姉妹の方が来られたときに 
昭和天皇が亡くなられたときの悲しさと 大好きだったジョン・レノンが亡くなったときの悲しさは
同じタイプ(魂が泣いている)の悲しさだったと話しました。
そして そのことを僕の友人でジョンの好きだった人たちに言うと受けが悪いのだとも言いました。
にっちょさんの従姉妹の方は 「そうね」 と答えてくれましたが
それは 同じように 両者に崇高な魂を感じていることを意味した言葉でした。

僕は 自分の中に流れている血が また先祖が 武家だとか旧家だとか言うのはあまり好きではありません。
また そういうことを言う人も あまり好きではないです。
誰でも 辿ってゆけば それなりに立派とされる家の血も入っているものだと思っています。
僕は サンカや賎民とされた血の方に 無性に親しみと誇りを感じています。
天皇家には いろんな血が入っているから それは 半島からの血も
縄文の血も サンカの血も賎民の血も流れているからこそ 綿々と続いてきたようにも思うのです。

クミコ - 2001/12/09(日) 06:01<

今から奈良に行ってみよう

ピンクのトカゲさん 暴れてますね。

ヤゾ−さん この前、須磨寺に行ったら 骨董市していました。
龍のお皿一枚だけ買って帰りました。
その方ね、紀州から20年も須磨寺に来ているそうです。

やっとウィルス退治できました。

ピンクのトカゲ - 2001/12/09(日) 03:40<

ついで

男性陣に質問
ノリノミヤ
見て立つヤツいる?
立ったら立派
俺は立たねぇ
そんな変態じゃないから
yazooどうだ
ノリノミヤ
抱いてみろよ。

ピンクのトカゲ - 2001/12/09(日) 03:37<

趣味悪い

雅子って趣味悪いよな
あいつに抱かれたんだよ。
Hしてガキできたんだよね。
女性陣に質問
あの男に抱かれたいやついる。
あいつとHした雅子って最低って思わない?
それは、美智子についても言えるけど

蜜柑 - 2001/12/09(日) 01:41<

やられた!

雅子の子供の名前が「愛子」だと?
ふざけんな!
それは
俺が、子供につけようと考えていた名前だ。

ちくしょう。

というわけで、
僕の子供の名前は「ナオミ」にします。


直箕です。

いいでしょ。

おミヨ - 2001/12/09(日) 00:12<

芥川と藤原鎌足

あかねさん ドングリさん
芥川について有り難うございました。
書き込み読んでいるうち高槻の地名でふと思い出したのですが、
茨城市と高槻市にまたがる標高214メートルの阿武山の山頂近くから、偶然に七世紀の古墳がみつかり
漆塗りの棺のなかから、まばゆいばかりの金の糸を身につけたなかばミイラ状の老人の遺体がでてきたのが藤原鎌足だったらしい。「遺体に対して非礼」と憲兵隊を動員して埋め戻されたままという。
飛鳥時代、七世紀の王陵はいずれも中国の哲学である陰陽道をもとにその場所をえらんだという。阿武山も
東には古くからの街道・山陽道が走り、西には安威川が谷をつくり、南には大阪平野が見渡せ、北にはもう
一つ高い頂きがあり、風水にかなった最適の場所らしい。晴れた日には100キロも離れた高野山まで望めるという壮大な景観で、貴人の奥城としてふさわしいところとか。今はどうなんでしょうか?

枚方宿も大名行列が往来していたのでしょうか?
淀川の「くらわんか船」「道中膝栗毛」に物言いのがさつさが名物で・・・・
「飯くらわんかい、酒のまんかい。サァーサァー皆おきくされ。ようふさる奴らじゃなー」だって

>民間伝承では河童は金気を嫌がるので、ではなぜ金属神なんでしょうか?
へそから金が出る、伝承がありましたね。これだったかな?
蓼もきらい。
以前「蓼」でドングリさんなにか書いておられましたっけ。

とんちんかん小僧さん
写真みましたよー
是非「お宝鑑定団」にでてください。





  




ヤゾ− - 2001/12/09(日) 00:01<

カッパやで〜

みなさん こんばんわ。
山小屋を3日留守にしてたら 
タヌキに顔を忘れられて寂しいカッパのヤゾ−です。

ヤナさん あれは刺又と違いますよ。
持っている本人も 刺又だと言ってましたが
後で「袖がらみ」と呼ぶことを思い出しました。

あおきさん 僕も梅とサンカは何か関係があるような気がしてます。
サンカの大切なものに テンジンと呼ぶ自在鈎がありますが
梅干しの種の中身をテンジンと呼びますし
菅原道真とも 何か関係があるような気がしてます。
うちの爺さんの生まれたところの人たちの墓の紋を見ると
不思議と梅鉢の紋ばかりです。

きょうかいさん あかねさん 十文字の槍 カッコイイよかったですか。
僕は ウメガイに造りかえてみたかったです。
でも くれませんでした。

とんちんかん小僧 『特集人物往来』5月号 面白くてなによりでした。
その手の本は あまり残っていないので大切にして下さい。

あかねさん Donglyさん 河童の起源についてですが
飛騨の匠とか左甚五郎などの神格化された大工が 神社仏閣などを建てたときに
人でが足らなくて カンナ屑で人形を作って働かせ
用がなくなり川に捨てたのが河童になったという伝説が多いと聞きます。

それについて柳田国男が 興味深い伝説を紹介しています。
橘 諸兄の孫の兵部大輔島田丸が春日神社造営の命を受けたときに
九十九体の人形を作り 秘法によって人形を童子に変えて使ったので
思いの外早くできあがたといいます。
その後 用済みになった人形の童子を川に捨てたところ
人馬家畜を侵して世の禍いとなり
造営奉行の島田丸に鎮めさせたというものです。
同じような伝説に 阿部清明が式神という人形を作り
用済みになり一条河原に捨てたところ人間に変化して人と契り 
生まれたのが非人の始まりだという記録が残っているのだそうです。

あかね - 2001/12/08(土) 23:57<

笠森三昧

*(~▽~)*ngly さん
あ、お顔がまた変わってる(・o・)。うひゃひゃ(^o^) 顔の両側はお花か、リボンか、おさげみたい〜

教えて下さって有難うございますm(__)m。ヽ(^o^)丿。さすが!図書館にあるはずなので見てみます。
ほんで、京都の丹波・田能は、併合されて高槻市田能になってます〜。
大冠村は今も大冠とか西冠とかの町でーす。阿久刀神社は何回も行ったことありまする。対岸でその少し
南だったかな?には、大工さんたちが聖徳太子を祀った「太子堂」もあります。ここって、家々の合間に
紛れるようにして、ちっちゃなお堂だけがポンと建ってます。丹波多紀郡にも田能地名はあり、どちらも
大工の地だし、街道も通じてるから同系の人々がいたのでしょうね。

>攝津三嶋郡清水村の瘡森神社
おミヨさん、おっちょこちょいでm(__)m。なんでか笹森稲荷でなく、芥川でばっか探しちゃったよー。
三嶋郡の瘡森で、やっと『笹森神社』を思い出しました。笹森とお書きなのに〜。
この社、うちから結構近所にあって、参拝した事はないのですが、そばを通った事はある…。
神社名は見てなかった不信心者。ひゃー。行って見てこよう
祭礼の夜々、お尻をまくって河原の石の上に座る…なんて、今もされてるのかなぁ。回りって家だらけよ。

『笠森神社』は、高槻市西真上町にあり、「瘡除け神社」「瘡守稲荷とされる疱瘡神」として信仰を集め、
通称『笠森稲荷』と云われています。知らなんだ。豪族の「笠氏」にちなむ神社ですが、瘡と訓読みが同じ
事から、おでき等に悩む人が多く訪れたんだとか。本殿や拝殿のほか、高さ約20mの椋の巨木があります。
江戸の谷中感応寺西黒門際、谷中大円寺境内、小石川御薬園北の3か所に勧請されたといわれ、ほかに
駿河にも『瘡守(かさもり)稲荷神社』があり、その境内に疣神様もあるそうです。この疣神さんはきっと
隣の茨木市に鎮座する『疣水神社』からの勧請かもしれませんね。神功皇后を守るために、そのお顔を
半島出兵前に疣だらけにして、帰ってきてからその疣を取ったというお社です。
笠森神社は岡山市の近くや、近江にもあるようですが、関係あるのかまでは調べてないでーす。

>但馬多紀郡大岡山、近くに瘡の痂峠がある。
あ、そうか。聞いたことあります。健在なんですね。地元の方、ごめんなさい。
>文献を教えて下さい。
兵ではなくて、兵主だったと思います。奈良・桜井のWELCOMEさくらいHPで、桜井いろいろという
コーナーに確か、京極夏彦氏の小説絡みで、解説されていたと思います。
http://www2.begin.or.jp/sakura/

>祖先が兵庫から四国にきた「河童族」はタテを沢山持ってました。
あ、竹のタテ!水軍?
筏流しの雇人夫で、播磨・加古川の加古が、海人の水夫もあらわすことを思い出しました。

三河の久兵衛 - 2001/12/08(土) 22:17<
俺んとこの曽爺さんの
一の子分が、中柴(地名)の重兵
通称・三河の虎
こないだまであった三虎一家の初代
俺んとこは、それまでは、神道
重兵さんが曽爺さんの葬儀
人集まるからってそのときから仏式
だから、過去帖ねぇから
うらづきゃとれねぇ
解るよな
香具師研究会の旦那
事実は、もっと生くせぇ
くだらぬロマンおうんじゃねぇぜ
なぁ
皆の衆

*(~▽~)*ngly - 2001/12/08(土) 22:08<

河童よ〜ん・私も

あかねさん
>兵には人形、大工を表すとか。 文献を教えて下さい。
 ひょーすべは筏流しの雇人夫を「ひよ」「ひよー」とも言いますのでその
訛かもしれません(紀州で言う関東兵衛のように)。でも河童はどうもレプ
ラの匂いがします。九州筑後川沿いに水天宮があり対岸に豆津があります。
例えば私など上から見れば年々皿が大きくなり、誰が見てもその筋の証明の
ような感じもするそうで、胡瓜が好きですし、特にプールに入ると肛門(本
当は反対側?)を抜くのではと畏れられています。ただ日本では多数派であ
る事は間違いないようです。
 とんちんかん小僧さん
 祖先が兵庫から四国にきた「河童族」はタテを沢山持ってました。
ただ戒名、「地獄の沙汰も金次第」というように有徳人は良い戒名をつけて
いますので当てにならないかもしれません

あかね - 2001/12/08(土) 20:21<

想像は広がる…

*(^。。^):ngly さん
お顔の。。可愛い!ところで河童、兵主とくれば、人形、大工を表すとかいうのも、ありましたね。
うろ覚えなので間違ってたらすみません。私もよく解らないです。物書きさんも含めて色々、考えられる
のが楽しいって、ところかなぁ。それが、いいのかどうかわからないですけど。
あ、ひょうすべは宮崎?の方言で、ひょうすべが正しいのですよね。失礼しました。
それから、水辺のライ者だけを指すのでしょうか…。色々な民が従事してた気もします。
それはともかく、TVでお猿の全身濡れた姿を見たら、ホント、河童の絵みたいで、ちょっと不気味でした。
ほんで、精錬士しかなれない、というのも、特に播磨や丹波では一概に言えない気がしてます。
農民も鍛冶も杣も何もごちゃ混ぜの感じがあります。サンカもきっと暮しやすかったでしょう。
播磨って全国一、一揆の少なかった地ですし、山合まで条里制の跡が各地にそのまま残ってます。

△うぶさん
>京都から大阪北部(北摂)、美濃、播磨、東京、出雲、等新羅系ですので、スサノオ、八坂、疱瘡神、
>金屋子神、稲荷に繋がりますね
すんなりとした解説、有難かったです。そう、こう言いたかったのでした。へへへ

>酒呑童子と疱瘡病は関係深い。
そしてその配下の一つ、茨木童子伝承は、高槻市の西隣・茨木市にもあって、親しまれているのでした。
ちなみに、茨木市の茨木童子は、床屋に生まれて、親の仕事を手伝ってました。

>しかし大阪北部が百済系との事実も有り、その境界がどこか分かりません。
>これが稲荷の有る無しに関係あるのかも。
なるほど!有難うございます。北摂の高槻市や、淀川の川向う・北河内の枚方市辺りは藤原の地となった
ので、この辺りが境界なのかもしれません。枚方の河内惣官鋳師も、百済系としているようですから。
高槻って新羅系勢力も多いのですが、彼らは藤原期には配下の氏となり、姓も中臣系へ変更して、地元で
勢力を持ち続けたそうです。ササ福神の話も、忘れておりました。
おミヨさん、楽しい話題をふって下さって有難うデス。

>民間伝承では河童は金気を嫌がるので、ではなぜ金属神なんでしょうか?
へそから金が出る、伝承がありましたね。これだったかな?

とんちんかん小僧 - 2001/12/08(土) 20:18<

Re:位牌

*(-..-)*ongly さん
位牌の話って多分、僕のことだったと思います。
職業も身分も分かっていますし、過去帖も自宅にあるので確かめてみます。
>関西の漂泊・渡り系がもつ位牌は「タテ」というそうです。
その「タテ」ってどういう意味か判らないんで教えて下さい。
もしかして「立」って漢字が戒名に入ってるんですか?

とんちんかん小僧 - 2001/12/08(土) 20:05<

画像掲示板見ましたよ!

 また、目立ってしまいました。ヤゾーさん、いろいろとありがとさん。
槍を加工して、ウメガイにしたって説(ヤゾー説)、まんざら当っていないとは思えない
ですよね。やっぱり、目のつけどころが違うね、ヤゾーさん。
2日前のことだけど、ヤゾーさんとよく行きつけている古本屋へ行ってみると、店主が
「○○君(ヤゾーさん)、三角寛の載った本あるよ」って、ちょっと古めかしい本を出
してきた。ボクもそれを見て「いいなー、いいなー、欲しいなー」って言っていたら、
渋々ながら優しいヤゾーさんは譲ってくれました。その本というのは、

『特集人物往来』5月号(昭和32年版・定価80円[地方売価83円])

放浪の民・山窩の生態探訪→『歴史はマージナル』(現代書館より)の「山窩の瀬降りを
訪ねて」再録をそのまま書いています。それと、もう一つ短文だけど『九重山麓の旧蹟』
という題名で書かれた文章がありましたが内容が分り難く説明できません。それと、開 
真(ひらきまこと)という作家の『警察を笑う影なき怪盗』というのがありました。それは、
説教強盗の手口をまねた小説で犯人を元山窩出身とした話でした。まだ読んでいる途中です。

*(-..-)*ongly - 2001/12/08(土) 19:58<

korede

あかねさん
ご苦労様です。手元の文献を紹介します。まず芥川。
 芥川は水源丹波国南桑郡田能村より出て南流す、長五里、大冠村の
西に至り淀川に注ぐ。芥川村は高槻村の西北なる一駅なり。嶋上郡
阿久刀神社あり。その他古事記、太平記、名所図会など引用有り。
 攝津三嶋郡清水村の瘡森神社は、瘡守に通じる所から、近畿地方で
も下の病を守る神として信仰さる。七月十七日から四日間の祭礼、子
なき婦人は夜々尻をまくって河原の石の上に座ると子が授かる云々。
 東京谷中の瘡森稲荷はこの分霊との伝え。
 但馬多紀郡大岡山、白山権現の本尊は薬師仏。白河院を病んだ際
参篭したが効験なく、歌を供えたのに対し、薬師の返歌「村雨は唯一
時の物ぞかし、己かみのかさこそ脱ぎ置け」とあり、そのようにした
ら平癒したとか。近くに瘡の痂(かけ)峠がある。
それで神社にはその病の方が箕と笠を供えます。
吉田東伍『大日本地名辞書2』、中山太郎『日本民俗学辞典』引用

あかね - 2001/12/08(土) 18:45<

芥川再び

おミヨさん
まず、芥川国衙と書いてるのは郡衙の間違いでしたm(__)m。トホホ
そんで高槻市を南北に流れ、淀川へ注ぐ芥川(1級河川)は、淀川水系の支流の一つですが、源流からの
総延長25.6km、流域面積は43.97ukmで、桂川・宇治川・木津川合流後の淀川の支流としては、大きい方
に属します。大河ではないですけど。その源流はいくつかあって、一番延長を長く取った場合の源流は、
府境を越して京都市西京区大原野外畑地区に源を発する支流・外畑川の水源。上流では、外畑川・二料川
・出灰(いずりは)川などの支流を合わせながら、北摂山中に渓谷(摂津峡)を穿って流下しています
(以上、幻の芥川城探訪HPより抜粋)。高槻から丹波方面へ向かって山越すると、そこは亀岡市です。
高槻は大阪梅田へ快速で18分という近場なのに、自然に恵まれた地。約45万人のベッドタウンですが。

上流の中畑には「田能樫船神社」(鎌倉初期に造営)という、木彫のご神像三体と船の模型が祀られる社が
あり、その末社として同じ地区に、同地の産土である「大神宮社」も鎮座しています。
大神宮社は、「弁財天宮」とも呼ばれ、豊受姫命を祀っています。これ、ちょっと面白いでしょ〜。

芥川は西国街道、山陽道の芥川宿のあった地です。古代からの街道ですが、宿としては鎌倉時代には既に
宿場が営まれていたそうです。芥川宿は、信長の焼き討ちでいったん衰退しますが、次第に復興し、
江戸期には山崎道という参勤交代の脇街道として整備されて再び発展したそうです。今でもその面影を
残す家並みは、ほんの少しだけですが残存しており、高槻の歴史街道として整備されています。

ちなみに徳川期の西国街道は、山崎(高槻の東隣の島本町含む)〜西宮まで、約44kmの道のりでした。
すると、西宮や尼崎が気になってきますね。「武庫川」(兵庫県多紀郡丹南町南部の山地が水源<兵庫県の>br>丹波でこの町は近年、篠山に併合されて篠山市となってるハズ>)に、芥川という別名があるのだろうか?
あれば面白いのにな。高槻市成合(なりあい<釜鳴り合いの意もある>・安満<卑弥呼の墓かもとされる安満>br>遺跡縁>・安曇の地)には、神戸辺りの浜に、像が流れついて成合の民が祀った、とかいう話もあるし。
でも武庫川上流の武田尾渓谷辺りには、清水の地名があるし、塵芥って感じじゃない…。阿刀氏がここにも
いたのかな?けど、鉱物は丹や鉄・銅など、色々出てたようですから、芥田とついてもおかしくはないか。
とくれば、お書きの丹成りで、伊丹も気になります。
能勢妙見あたりかも、と勝手に想像してばかりでごめんなさい。ああ、詳しい地図が欲しい…。

秩父は戦国期まで播磨と関り深く、興味はつきません。私は、播磨有数の銅山であった妙見山を仰いで
育ちました(幼年期は賀毛郡でしたが)。白山はありませんが、北辰神社ならありますよ〜
(隣町には白山という山はありますが、社や信仰は全く残っていません。加賀白山を江戸期に領主が勧請
した丹波の白山神社も、どうも寂れてるようです)。

あかね - 2001/12/08(土) 18:41<

神霊刀

サクラさん
そう言っていただけて嬉しいです。有難う!!久しぶりのネットなので、またまた爆走してしまいました。

ヤゾーさん、サクラさん
ドクターコパさんのお話で、そのお父様から、女性運が悪かった彼の運を上げさせるために、温泉で
(どこでもいいそうな)、太陽に向かって生殖器を見せたらいい、と実行させられたそうです。
すると途端にコパ氏の女運は上がったそうな。んで、女性は月に向かって同様にすると、男性運が上がる
そうです。ほんまかいな…。そんなら太陽は女性で、月は男性かいな。面白いけどようわからん話です。
そんで、山神は女性で、海神は男性ということになるんやろうか。ほんで船神は女性なんかなぁ…。

ヤゾーさん
十文字の槍、拝見しました。カッコイイ〜!横の刃を取ると、気のせいか、故郷で「マヒトツさん」と
呼ばれる石積の塚から出土した、「天目一神霊刀」と云われる刀とちょっと似てるように思います
(マヒトツさんは、式内社天目一神社と比定される「播磨二宮荒田神社」後背の小丘に小祠としてあります)。
神霊刀の柄と鞘は木製で、刀先部分と、何と言うのだろう?中高なのは同じです。刃は細身で結構長く、
神霊刀の方が少し長くて、柄は短いです。80年代半ばに盗まれたので、確かめようもないのですが、写真
で見る限りでは似てる気がします。刃の中央部辺りが若干、緩やかに細くなってる気も。
あ、天目一社のある地からすぐ南の町は、福知山と同じ方言語尾です。

バリ師さん
そんな、とんでもないです。私、播磨の釣り場も釣りの事も全然わかりませんもん。色々教えて下さいね!
播磨や丹波がサンカの活躍した地って、山がそれほど深くはないからかも、なんて話を実感していただける
のは、バリ師さんや、播磨・丹波の地形や人情を体験してらっしゃる方たちですもの。
めんめら〜や、ハメ(=蝮、刃目・破目・羽目・食め・填め・交合かいな?)なんてのも、サンカと関係
あるかも、なんてローカル話題もバリ師さんにこそ、させてもらいやすいです。

*(-..-)*ongly - 2001/12/08(土) 11:29<

位牌の話

 ごめんなさい、どなたでしたか?
 位牌の異称、関西の漂泊・渡り系がもつ位牌は
  「タテ」というそうです。
 ご宅の祖先の位牌を調べて下さい。また戒名により
当時の職業と身分(ランク)が分る場合があります。
戒名は寺に行けば過去帖にあります。「焼けた」「ない」と
坊主がいえば「金を持ってきますから、よろしく」というと
「探しておく」となります。ない場合は帳外の人となり、それ
以外の別冊を探す事になります。

*(@。。@)*ngly - 2001/12/08(土) 11:06<

かまととトカゲ

いうまでもなく三河のヤゾー筋・ピンクのトカゲさん
>通称・三河の久兵衛。三河の香具師の元締兵衛。商人?
>高市張る商人=香具師。
 これだけ分ってれば野史は不要。羨ましい限りだ。久兵衛の配下
や彼に覆い被さる連中を知りたい。野師の大元締、三河の坊主、
その上は恐らく寺社か勘定奉行が上納金のルートだろうか?
公務として横目付け(隠密や忍者)の役割をしてたはず。どこの
神社や祠が連絡先=信号所だったのか。知りたい。
中世は城主だった手腕を見こまれて、城主を辞めてからは長吏筋かも
しれない(このケースはままある)。また姓からすれば新羅と百済の
習合ともきいた事がある(百済系は久の字を入れてる事がある)。
「’」を取ったのは賎民でもランクが上だという事かもしれない。
相撲取りのあけぼのには、’が付いているそうだ。
通称だが久兵衛とは見事な名前だ。配下も商圏も広く、大商いをし
てたみたい。何が主力製品だろうか?茄子(遮部)もあったのか?
古代は http://www.joy.hi-ho.ne.jp/atabis/ 
に問い合わせて欲しい。
 
 

きょうかい - 2001/12/08(土) 02:38<

見ました!!

 ヤゾーさん
 十文字の槍は、いいですねえ、痛そうです。初めて見ました。十文字だと突きで失敗してもすぐに横にはらえば確実に殺傷できますね。実践的な武具に見えます。やるかやられるか、という気持ちが伝わるようです。
来年は、ルーツ調べに九度山に行きたい思ってます。
 オミヨさん、あかねさん
 お蔭様で、所々話についていけます。
 ・妙見で思いついた事で、多分はずした仮説
  南向き(北を仰ぐ)の神社が多いのですが、なぜか少しだけ北北東にずれてるのが多い。
  仮説:その神社もしくは、祭祀場が出来た時代の地軸に合わせて造ったため。
  地軸は2000年で4度くらい違うそうです。
  反省;10度近くずれてるのが多いのと、有意なデータは、まず取れなそうもないので検証不能。

ピンクのトカゲ - 2001/12/08(土) 02:10<

俺が解るように説明してくれ

>明治初期までは村の身分高き者や
>大商人には、左衛門・右衛門・兵衛とつけ、本家筋は左衛門、分家なら
>右衛門が多く、神主や旧家は左京・右京・左近・右近・左門・右門や国
>名を付けた事が多い。吉・助・松・郎・蔵や数字のつく者は多くは身分
>の低い者、と宮本常一が書いています。江戸時代や明治の集落の階層構
>成を知る上では参考になるでしょう。久三郎・久助・久三・久七・吉蔵
>などは『野史呼び名辞典』にあります。

俺の祖祖父は、本名・荘五郎(一応戸籍上は)
通称・三河の久兵衛
俺んとこは、前から言ってるように元は三河の香具師の元締
兵衛は、何になるんじゃい?
商人かい?
高市(たかまち)張るのが商人の原像って言やァ解るけど
じゃぁ香具師は、どうなるじゃ?野史の何処に位置するんじゃ
香具師研究会の旦那
しっかり、落とし前つけてくだせぇ
これじゃ野史もクソもねぇですぜ。
俺にも解るような説明願いやす

*(〜。。〜)*あおき - 2001/12/08(土) 02:02<

いいっすねーウメガイ

刃が両方にあるというのは合理的ですねー
ぼくも欲しい 多摩川で焚き火をしたり キャンプの時使いたい
ほくが良く行く拝島橋近辺の河原に セブっているホームレスのようなおじさんがいるのですが
もしかしてサンカ?
ウメガイって梅となにか関係が?
なぜウメガイというのですか?
梅の好きな男?
梅のようにすっぱい匂いのする野郎のことでしょうか?

△うぶ - 2001/12/08(土) 01:35<
先ず、追加と訂正します
源頼光の酒呑童子退治に加勢したのは、住吉、八幡、日吉、熊野です、(肝心の)熊野を
忘れていました。四天王の由来?。山伏系ですね。
坂上田村麻呂ですが、坂上→坂神→逆神→逆髪→権現→不動明王→大日如来→→→修験
と繋がり、葛城修験→箕面山伏→{きよみず}寺、の線だと推測されます。
*(^。。^):ngly さん
疱瘡まじない、については、此地では真っ赤に塗った人形を藁船に乗せて川に流し、病の穢れ
を委託して流してしまいます(今は廃れてしまった習俗ですが)、人形を販売していた店は
追分に存在し、道の辻、境、で、塞の神にも関係あるみたいです、やっぱり{赤}です、
御腰も赤です。酒呑童子の顔の色の象徴ですね?
神社所属の下級山伏、神賎の一つですね?

y(^ε・)na - 2001/12/08(土) 00:42<

へへへへ

こんばんわ・・ヤナです
  おミヨさん・・おそくまで・・ごくろうさんです

 掲示板になんや・・恐いお兄さんが、写ってましたなあ

   サスマタ・サルマタ・・ちょっとまったあ!・・なんてね

    あんなんが、お家にあるなんて・・伝統のあるお家なんですねえ・・すんげぇ

 日本一の柿の産地、なんどでもなんどでも・・おとずれて・・ウメガイでもなんでも調べてくらはい

    そして・・ああやない・・こおやない・・ってゆうのも

      ヤマコはりも・・九度までにしといてや・・なんてね

                  やなでした

ヤゾ− - 2001/12/08(土) 00:03<

槍と袖がらみを持つ頓珍漢小僧?

みなさん こんばんわ。

サクラさん 海の神様が男神で山の神様が女神だとしたら
なかを取り持つ川の神はなんでしょう?

Donglyさん 分かりました。
今度 人名も調べて こっそりお知らせします。

バリ師さん 渓流は冷えますので 
パンツ下ろしてお腹を壊さないで下さいね。

おミヨさん 古代中国の斉の時代って  漢民族だけでなく 
蒙古系 チベット系 満州系 遼(契丹)渤海などの国々が入れ替わり立ち替わり興亡する 
いわゆる「五胡十六国時代」と呼ばれる時代のことでしたっけ?
どの民族の神なのかが問題ですね。

三角寛の本の写真に 「ウメガイを持つ福知山のサンカ」といういうのがあります。
そこに写っているウメガイとまったく同じ物を10年位前に見たことがありますが
最近 あれは槍を流用して造ったものではないかという思いがあり
それを確かめる為に 槍等の武具のある友人の実家に 
とんちんかん小僧を伴って尋ねてみました。
その友人の家は きょうかいさんのルーツの地 九度山に近いところです。
画像掲示板にとんちんかん小僧が槍と袖がらみを持った写真があります。
見てやってくんなせい!!!

おミヨ - 2001/12/07(金) 23:41<

疱瘡神

あかねさん
濃厚な書き込み嬉しいな。

谷中の笠森稲荷が大阪府摂津芥川から移ってきたとしか、いまのところわかりません。
フキデモノに効く疱瘡神はタタラのカネを吹くから転化されたもので、あかねさんのかきこみどうり稲荷神も鉄からの「鋳土丹神(いなに)」、あるいは「丹成り」からきている説があり、本源は京都伏見の稲荷神社だそうで、秦氏の氏神だそうです。
京都・伏見稲荷の「火焚き祭り」は「ふいご祭り」ともいい、当日は鍛冶、鋳物師、鉄工関係の参詣人が
あつまり「鉄吹き」の行事、つまり吹き出物ー吹き出る「富貴出る」の商売繁盛の神様(福の神)だそうです。
「摂津名所図会」には、美しく粧った男女が絵馬を携えて、笠森稲荷に参詣する場面が描かれているそう
ですが、芥川なんでしょうか?これもはっきりした場所まではわかりません。
芥川って歴史ある町のようですが宿場町なんでしょうか?

ひょうずべ
ひょうず神は中国からの渡来神と考えられ、ひょうず神は、古代中国の斉(せい)の国の八神の一つで
しゆう(漢字だせません)ともいわれ、しゆうは鋼鉄の神であり、また兵器の神でもあるそうで、それが、
なぜ河童の異名と関連があるのかはっきりしないとか・・・の記録もみられます。
妙見というのは北辰(北極星、北斗七星)をいい、中国の民間信仰では妙見尊星王で、国土をまもり民衆
の苦悩を去る神とあり、日本ではこれに仏教が習合して妙見菩薩なったらしい。妙見も金属とかかわる例
は各地におおい。秩父盆地には妙見社がおおく宝登山があります。
星を航海の目標とする海神族の信仰神でもあるそうです。

ピンクのとかげさん きょうかいさん
伊豆のコトシロヌシ興味あります。
「富永さんの話」 「鬼の太平記ーまんじゅう伝来史」おもしろそうですね。
「伊豆物語ー天狗と河童の話」もおもしろそうです。




*(^。。^):ngly - 2001/12/07(金) 10:18<

またまた失礼です

△うぶさん この手の話はできるだけ人間と関係付けて考えるようにしています。
>ヤマワラ(山童、山神)は冬の間で、春に山から降りてきて河童(水神)に衣変
 春には食料となる川で魚が捕れ川魚漁夫、水辺に野草が芽生えます。秋になると
山人は山に帰る(神)となります。江戸時代には、木の産地では樵・筏師で、
そうでない所は里へでて乞食や他地方への樵・杜氏・下女奉公など出稼でした。
>ではなぜ金属神なんでしょうか?
 河童=人間も食うためにはやむを得ず、金属精錬や加工に従事したからでしょう。
 リストラ時代に頭が皿状の人は職業選択の自由がありえないのと同じです。
>下級山伏(女)
 石上氏は兵を下級巫女とし、山伏女房は比丘尼の、両方の顔をたててそう記しました。
 兵生には、春日神社がありますからそこへ隷属してたのなら、下級巫女でしょう。
 疱瘡は近頃はハシカや天然痘ですが、昔庶民は癩病との区別がつかず、畏れていました。
赤飯もそうですが、道端の地蔵に赤布前垂をかけたりするのはその名残でしょう。関西の
商家や宿の接客用の赤前垂とは違います。しかし「あたし、大丈夫よ!」の合図かもね。

バリ師 - 2001/12/07(金) 07:04<

竿納め

■ヤナギムシさま:私の周りには「竿納めや、竿納めや」と言いながら、12月に4回も「竿納め」に行くのがおりますので、全然、信用しておりませんが・・・。ほんでそんな人に限って、年が明けるとすぐに「竿始めや、竿始めや」と出かけます。結局、年末年始も何じゃらほいちゅうことですな。

いよいよ冬型の天気図とにらめっこしながら、寒のハエジャコ釣りですなあ。「津山ビク」というハエジャコ用の素晴らしい竹ビクがありまんな。

■ヤゾーさま:来シーズン、渓流で失せものをしたら、パンツ下ろしていっぺんやってみます。「ほんまかい!!!」

■あかねさま:いつもあかねさんの文章を読んで、なぜか一番、肩身の狭い思いをしております。ほやかて播磨のこと、何も知らんさかいに・・・。

△うぶ - 2001/12/07(金) 04:08<
アッ、そうか! 湯立て巫女の事か!

△うぶ - 2001/12/07(金) 04:00<

半分寝ています

京都から大阪北部(北摂)、美濃、播磨、東京、出雲、等新羅系ですので、スサノオ、八坂、疱瘡神、
金屋子神、稲荷に繋がりますね、酒呑童子の退治に住吉、八幡、日吉が同行しました、
酒呑童子と疱瘡病は関係深い。天日槍は新羅の王子でしたはず。
百済系は吉備津製鉄系でササ福神、鳥取の日野川流域タタラがそうですね。ササ福神は片目だったかは
忘れました。しかし大阪北部が百済系との事実も有り、その境界がどこか分かりません。
これが稲荷の有る無しに関係あるのかも。
坂上田村麻呂も新羅系ですので当然播磨に関係しますね。
ヤマワラ(山童、山神)は冬の間で、春になると山から降りてきて河童(水神)に衣変えするのでしたね。
民間伝承では河童は金気を嫌がるので、ではなぜ金属神なんでしょうか?
下級山伏(女)っていったい何でしょうか、山伏は皆男じゃないのですか、同行巫女の事ですか?

きょうかい - 2001/12/07(金) 03:50<

シンクロとマージン

あおきさん、はじめまして・
 ハムスターの○んこは、おもしろい。ホント、そんな感じでした。でも、コンサートが終わった時に、
100%よかったと久しぶりに感じたコンサートでした。私の音楽の擦り込みが、10代で決まっているようです。その塑型に近いものを聞くと反応するようです。僕の塑型は、クラプトンだったみたい。
コンサートの始めは、高田順次が弾いててもわかんないよね、なんて冗談言ってたのですが、途中からは、
視力2,0の如く中指の動きまで見えました。初来日のときは、ステージにへばりついて狂躁状態だったのを思い出してました。
 躁の時と同じく、鬱の時も同じように摺り込み的に来るのかなあ、などと考えています。クラプトンの塑型をルカサーで代用するが如く、つまらないことでクヨクヨする時があります。
 夢の話は、驚きました。あんなリアルな夢があるなんて!
 元々、その系統が好きなのですが、あえてこの10年否定的に考えてきました。それで、どこまで否定できるか、ということが少々わかってきたので、今度は肯定的に考えようかと思っています。
 中山ラビさんの当時のバックバンドは、スラッピージョーではありませんか?そのピアノやってた確か小林さんと即席バンドで遊んだ事あります。※上手だった友達の代役でぼくは超下手でした。
 

*(^。。^)*ngly - 2001/12/07(金) 00:36<

忘れぬうちに名前

ヤゾーさん ありがとう
 地名も大事ですが人名も重要です。明治初期までは村の身分高き者や
大商人には、左衛門・右衛門・兵衛とつけ、本家筋は左衛門、分家なら
右衛門が多く、神主や旧家は左京・右京・左近・右近・左門・右門や国
名を付けた事が多い。吉・助・松・郎・蔵や数字のつく者は多くは身分
の低い者、と宮本常一が書いています。江戸時代や明治の集落の階層構
成を知る上では参考になるでしょう。久三郎・久助・久三・久七・吉蔵
などは『野史呼び名辞典』にあります。
 山の神、猴神は森林を狼は狩猟を司る。狼は男身で大猿は女身と相場
 そうですか、それで褌をはずして喜ぶ方と嫌う方のがあるのは。
 でも前者と後者で同じ山神を祭る、部族が違うという説もあります。
兵生は「兵が生きてる」でやはり下級修験からの流れのサンカかもね。
苗字が知りたいものです。春日神社に何かありそうですぞ。

サクラ - 2001/12/07(金) 00:11<

あは!

やぞーさん、
女子衆は海の神さんに、すそ上げて見せて、
豊漁と恋人の無事を祈ったとか・・・

そんなん、おもいだしました。
頭に残っているのが「土佐の一本釣り」のワンシーンでした。

あかねさん、
お久しぶりです・・・あかねワールド楽しみにしてる人って
多いんですよね。
またまた、楽しいお話聞かせて下さい。
あかねさんの文章が踊っているようで、こっちまで元気もらえそう・・・

ヤゾ− - 2001/12/07(金) 00:00<

山の神って?

みなさん こんばんわ。

きょうかいさん あおきさん 寄寓でしょうか?
実は僕も 1977年に来日した時に見に行きました。
始めて見たコンサートがクラプトンでした。
今でもその時のチケット持ってますよ。

あかねさん お久しぶりでした。
お元気でなによりです。
Donglyさん 「兵」にはそういう意味があるのですね
少し前に書きました「臼切ってくんせい」の廃村になった村のことです。
そこには春日神社があり 木地師(サンカ系?)の末裔の村といわれていますが
村の名前が兵生と書いて「ひょうぜい」といいます。

紀州の山の神には猴(猿)と狼とがあり 猴神は森林を狼は狩猟を司ると信じられていたそうで
この場合は猴と書いて大猿を意味したものだそうです。
不思議なことに狼は男身で大猿は女身と相場は決まっているそうで
狼がオコゼを好くと同様に 大猿は色男を好くということです。
ことに色男が手淫をするのを見るのが好きだということを南方熊楠が書いています。
今でも年配の人は 山仕事で鉈やノコギリなどを無くすと 
ズボンとパンツと下ろして おチンチンと見せ 山神に祈るといいます。
そうすることで山の神さんが喜んで 無くなった物が出てくるのだそうです。
ほんまかい!!!

ya(^ε・)na - 2001/12/06(木) 23:26<

けけけけ

へへっへ・・松居慶子やったかいなあ・・エエピアノきかしてくれますよん
  JAZZお好きな人・・聞いたってや!!ぁ

  なんや・・ウイルス・・いいいぱい・・やね

        友達から・・堪忍やら御免やら・・メールたくさんはいります

     バリさん・・こんどは・・三重の島勝です

       きっと、納竿になりそうです

          坊主・・こんどこそ・・返上したいです


                よおおおおおし・・やるぞう

                         ヤナでした


    

あおき - 2001/12/06(木) 20:52<

きょうかいさん昨日はぼくも

エリッククラプトン見に行きました
ハムスターのうん○みたいに小さいクラプトンでも 本物でした
あのスティーブガッドを一ヶ月も拘束するなんてクラプトンぐらいしか出来ないでしょう
まわりにjazzミュージシャンに囲まれて ”エリック ジャズもたまにはいいぜ”
なんてそそのかされたのか フルアコ フラットワウンドをひく彼は
ギタリストの正常進化形だなとおもいました
武道館でなく 3万円払ってもいいから ブルーノート東京でやってほしいなあ

*(-。。-)*nglyさん妙見ってなんですか?

*(-。。-)*ngly <http://www7.0cn.ne.jp/~iyasi> - 2001/12/06(木) 10:52<

兵神をこうすべー

あかねさん
河童と妙見の関り。これは、ヒョウズベは山の神(=常世神なる海神)
の眷属(猿)が、水の神の眷属にという説と関係か。同時にヒョウズベ
は兵主神の眷属かも、河童は山の神・鉱山神としての兵主神の眷属で
、金属神・風神とも云える。
 いろんな事実があり、また物書が憶測を含めていろんな解釈をして
るみたいですね。一体何かは混乱してkきて分りません。当然私も。
 以下はトンデモ説と受け取って疑って下さいね。
 ヒョウスベは河童の方言にもありますが、山伏姓の語源になってい
る節があります。河童はさまざまな地方での風俗から水辺の癩者だろ
うと思います。それらが山稼ぎ・採掘業・金属業・竹細工業・運搬業
に従って携わっていました。ふいご祭りを想起すれば風神(龍田神も)
分ります。関連文献も分りません。「江戸時代の暮しの巻」の七福神信
仰関連して「天平七年春海外より来る船中にて病人の枕辺に現れし疱瘡
神の図」に、疱瘡神・山伏神・盲神・・・に魁神・兵神・刑神・・を対
比させています。したがって「兵」はこの場合下級山伏(女)でしょう
『野史呼び名辞典』。常世神は同類のようですが千葉県小見川の織幡別
所のサイトを見ると別所に関連しています。ひょうすべ関係は勉強して
いませんが、庶民の実像としては日本原住民史の視座からは重要でしょ
う。妙見・毘沙門天あるところに「女」ありという話もうなずけます。
 調査をすれば多分「確信犯」になるでしょう。

あかね - 2001/12/06(木) 08:17<

ひょうずべ

おミヨさん
続けて書いてごめんなさい。下の上宮(北山)天満宮の境内にも、稲荷神社があるかもしれません。
天神町にありますが、芥川町のすぐ隣にあるので、芥川に近いとも言えます。
でも方位からいくと、疱瘡を流行らせる疫鬼を封じ防ぐ地は、八坂神社辺りだと思う。続日本紀には原村
・神峰山は、丹波・但馬・出雲、山城・播磨・大阪奈良への街道・川の道が交差する地とあるようです
ので。京から見れば裏鬼門、大阪から見れば表鬼門かなぁ。地元なのでつい、たくさん書いてすみません

だいぶ前、河童と妙見の関りについて書いておられたと思います。
これは、ヒョウズベは山の神(=常世神としての海の神)の眷属(猿)が、水の神の眷属になったという説と
関係するのだったような。同時にヒョウズベは兵主神の眷属も意味するらしく、とすると、河童は山の神
・鉱山神としての兵主神の眷属で、金属神・風神とも云えるようです。そう言えば弥彦神は目一つですね。
星辰は亀蛇に乗って百済?から天武帝の頃、渡来して航海と産鉄にも絡み、鉱山の地には妙見社(北辰)
や、鉱山としての妙見山がある。百済から播磨・摂津へと鍛冶を伴って来た王子恵の話も連想します。
だから河童は海人・産鉄族の神の異形の姿なのでしょうか。よくわからないけど。

あ、播磨の加東郡社町にある「清水寺」には、坂上田村麻呂が太刀を奉納して戦勝祈願した話が伝わってる
そうです。これも今頃、すみませんm(__)m

あかね - 2001/12/06(木) 07:06<

芥川の稲荷

ご無沙汰です。用事で帰省してまして、しばらくネット生活から離れて健康的な日々を送っておりました。
で、帰って来たらウィルスメールが届いており、ビックリ。幸いバージョンアップしていたので、
事無きを得ましたが、メカ音痴なので今も何となく不安です。多分、大丈夫だと思うのだけど。

おミヨさん
>平癒祈願の神様は東京台東区谷中にもあります。
>「谷中の瘡守稲荷」、宝永年間に攝津芥川(大阪府)からいらしたのだそうです。
摂津で芥川と云えば多分、大阪府の北摂、高槻市の中央を流れる芥川(1級河川)界隈のことだと思います。
実は私、この芥川付近の住人なんですよ。
芥川(淀川に流れ込んでいます)沿いで、稲荷の名を持つ社というと、芥川上手の左岸、原村に鎮座する
「八坂神社」(祭神はスサノウ)境内社の「稲荷神社」がぐらいしか、思い当らないのだけど、どこかなぁ…。

この八坂神社は、もともとは春日神社でしたが、春日社は末社となっています(境内末社は他に事平神社・
多賀神社が)。藤原氏がこの地を牛耳っていた頃に、どうも天津麻良(天目一箇神)を祖とする海人の
「阿刀(あと)」氏(芥川周辺に稲と鉄の文化をもたらした)がその配下となって祀ったようですが、元来は
大綱を月神に供えた?「綱引神事(蛇の目から来る蛇踊り)」が残っていますし、この辺りは播磨とも関り
深い地なので、スサノウを祀る今の社は、藤原以前の姿に戻った、という事なのかもしれません。
芥川の地名は、この阿刀連に因むと云われますし。
でもスサノウ=天目一=天児屋根=尺の発明者・八意思兼命=天日槍命等とされるから、わけがわから
ない。阿刀は、新羅からの渡来民で出雲と同系とも云えるから、スサノウなのかなぁ。ややこしい

ちなみに、原村には伝・役行者開基の天台古代寺院・神峯山寺があり、神峰山(寺山・この山神は九頭竜)
のお山の入口には、触ると疱瘡や足痛が治ると云われる「牛地蔵」があります。何度か書いたかな?
恐らく、疱瘡神とされる牛頭天王信仰からも来ているのでしょう。
近くには古くからの大規模な石切場があり、周辺では銅が出たので(高槻北部や茨木市北部)、稲荷の
「鋳土成」から考えると、芥川沿岸では、この八坂神社の稲荷社となるのかなぁ…。九頭竜さんもいるし。

そのやや南、芥川国衙跡近くに奈良期、氏寺であった芥川廃寺跡(高槻市清福寺)に建つ「素○鳴命神社」
(漢字出ません)の可能性もあるかも。スサノウは当地の氏神だそうなので、やはりスサノウは中臣・藤原
以前からのこの地の神のようです。同町には大工の祖・太子を祀るお堂もあります。
高槻には土師の大集団が住んだ工房跡(市内の継体天皇陵へ収めた)があり、JR高槻駅近くには野見宿禰
の墓と伝わる古墳もあって、そこには天満宮では一番古いと伝わる「上宮天満宮」があります。末社には
野見宿禰を祀る野見神社があり、更に市内にはもう1社、高槻城跡に野見神社(信長から社を守るために
牛頭天王社と名を変えた事も)が鎮座し、その社の境内にも戎神社が祀ってあります。高槻や隣の茨木市
には、事平神社等鉱物神系の神社も多いのですが、芥川沿いには稲荷そのものは一社しかないの。不思議

あと、気になるのは、芥川下流、淀川に合流する辺りにある、全国三大三島社の元宮「三島鴨神社」です。
大山祇神を祀ってるし、三島は事代主妃・三島溝織(キヘン)姫の祖・海人の三島氏らしいし、この辺りは葦
が繁っていたし(淀川をほんの少し上へ行くと今も鵜殿と呼ばれる広い葦原がある)、鴨の要素が強い社で、
秦とも関連がうががえるし…と、どうどう巡りしてます。
そんで、この社って、うちから近いのよね。でも一度も行ったことがないのでした。近々、行くぞ!

きょうかい - 2001/12/06(木) 02:59<

そういえば、富永?

ピンクさん
 10月、西伊豆の土肥金山へ行ってきました。金山は、富永さんの支配下でその由来がガラス越しの
資料に書いてありました。それによると富永さんは、小野・佐々木の一族で鉱脈、水脈探しを得意として
全国を渡り歩いていたということが、書かれてました。
おミヨさん
 伊豆歴史散歩には、こんな事(土肥金山とか)が、書いてあるのでしょうか。西伊豆の戸田(へだ)に行く途中に葛城山がありました。なんでも巨石信仰で有名だとか。
 ヤゾーさん 番外(うれしい自慢話)
今日、最後の?クラプトン聞いてきました。これも25年前の初来日以来です。レイラをアンプラグと
オンプラグで2回もやってくれました。イッテしまって泪が、あごにたまるくらいでした。
 

ヤゾ− - 2001/12/06(木) 00:05<

みなさん こんばんわ。

△うぶさん *(-。。-)*ngly さん
美人の町(村)といわれているところが紀伊半島に何ケ所かありますが
サンカ臭いところであったり 海賊臭いところだったりしますね。
そんな海賊の末裔だといわれているところの人に聞いた話しですが
「美人を攫ってきては子供を生ませたからとちゃうやろか」などと言ってました。


>母親の太い首を不器用にかかえた赤子が、海水を飲みながら泣いていました。

きょうかいさん その情景が浮ぶようです。
25年以上前の 海外旅行は 今とは違う情感があったのでしょうね。
うんにゃ 日本旅行だって 情感があったと思います。

>一冊一冊がいろんな世界へつれていってくれるんです。

おミヨさんらしい よい言葉ですね。
沢史生の「鬼の日本史上・下」
何年も前から読もうと思いながら未だに読んでません。
アマテラスを信仰した人たちは海洋民であり また産鉄民でもあった。
そして大和朝廷が 先住の彼らを土蜘蛛と呼び その鉄を収奪した。
などと書いているそうですね。確か?

ピンクのトカゲさん 
「首無の冨永」の話し 反骨精神を感じました。

ピンクのトカゲ - 2001/12/05(水) 23:13<

沢史生

おミヨさん
沢史生くわしいようですね。
「鬼の太平記」
あれに出てくる富永氏
俺の母方の冨永氏(誤字では、ありません。母方先祖は、菅沼家にお家を乗っ取られ、首をはねられたことから、それ以降、富の「テン」をとり「首無の冨永」とした)なんです。
また、饅頭の話でもしましょう。

おミヨ - 2001/12/05(水) 21:53<

皆様こんばんわ

ピンクのトカゲさん
>韓国語だとコンブハダ。工夫するです。
考えをめぐらせて工夫する・・・・ですか。
ふ〜ん、なんかいい言葉ですね 。

きょうかいさん
沢史生の「鬼の日本史上・下」「闇の日本史」「閉ざされた神々」面白く読ませてくれます。
知らないで使ってる名詞の語源などへぇーなんんて感心することしきりで、一冊一冊がいろんな世界へ
つれていってくれるんです。
「伊豆歴史散歩」沢史生 この本も読みたくて目下さがしています。

*(-。。-)*ngly - 2001/12/05(水) 16:09<

順序はお好きに

△うぶさん
 美人→サンカの方が実益と趣味を兼ねて、一石二鳥かもしれません。
ただし田舎では旧とか元とかの形容詞がつく方ばかりに目立ちます。
 農家娘も泥んこまみれの仕事と男尊女卑の習慣を嫌って非農業の人に
嫁いだと宮本常一は紹介しています。いくら田畑や金があってもです。
今都会では「別れたいけど生活できないから仕方なく」という女性の
話はよく聞きます。食べるだけでいいのでしょうか我慢強いものですね。
昔の人気職業では石工、大工、鍛冶屋、商人など非農業のようで、非農
耕・非漁労を伝統とする別所の末裔をの方が多いようです。髪毛が黒やら
茶色やらに富んだ山間地の小国や川上はその候補地と聞きます。そのせい
でしょうか、巨人の人気が衰えないのは?

きょうかい - 2001/12/05(水) 02:19<

懐、悔?

min-minさんの文から懐かしいポナペを思い出していたのですが当時のもう一つの忘れる事の出来ない、
観光地(当時)について書かせてください。それは、フィリピンのミンダナオ島のサンボアンガです。
宿泊したホテルは、水上生活者の木組の住居の間に根こそぎ立っていました。窓からきれいな海を眺める我々観光者に手漕ぎのカヌーで10人ばかりの人達の絶叫「Service Please!!」が、今だ耳に残っています。
素直にコインを海に投げ入れる大人達の間で何も出来ずじっとそれを見ていた自分を思い出します。今なら
多分、それなりに計算してコインを投げ入れる事でしょう。母親の太い首を不器用にかかえた赤子が、海水を飲みながら泣いていました。
 VIP待遇の観光者のガキは、得意になって現地のバンドをバックに覚えたての「英語の歌」を歌いました。
ニール・ヤングの「オハイオ」 Tin soldiers and Nixon are comming♪

 

きょうかい - 2001/12/05(水) 01:22<
おミヨさん、遅まきながら沢史生の鬼の日本史「上」を見っけて読んでます。おもしろいです。
つたない断片的な疑問がつながるようで、うれしいです。たとえば、「蒲田の諏訪神社の横になんで金山彦がまつってあるのか」とか、「そのとなりの神社がなんで三輪神社なのか(ちなみに北向きなのだ)」とか、いろいろ想像させてくれてます。この流れから氷川神社とか熊野神社が繋がれば最高です。

△うぶ - 2001/12/05(水) 01:07<
*(-..-)*ngly さん
高台に居つく云々由
やっぱり高梁川の情報は本当みたいですね、ただし現時点では
具体的地名不明です、地名推測又は聞き取りでしょうか?
美人探しでしたら体力の限界を超えてでも実施します。
鈴鹿山中の村で、雑談の最中に探りを入れてみたら、相手の表情変わり、
話題をそらされてしまいました、やっぱり何か知っているみたいでした。

△うぶ - 2001/12/05(水) 00:41<
Ya(^z^)oo さん
○うぶめでも、◎でも△でも×でも××でも、熊野から流してください、
伊勢湾へ拾いに行きますから。(発言の場所が違うか!?)
気恥ずかしくなったので、{△}にかえました、ユサバリと思ってください、
{さんかく}の変換で出ます(クリップ不要)。

Ya(^z^)oo - 2001/12/05(水) 00:05<

ヤマガラとタヌキ

みなさん こんばんわ。

久しぶりのヤナさん節 良かったよ!

△うぶさん 瀬降り物語で「うぶめ流し」というのがありましたが
漢字では「処女流し」と書くそうです。
ですから △処女ですね。

おO(*^・^*)Yユキちゃん 巣箱掛けてきたんですね。
小鳥が営巣してくれたらいいですね。
神社だと シジュウガラあたりが営巣するかも知れませんね。

おミヨさん ピンクのトカゲさん サクラさん
楽しく学び合うことが一番大切ですね。
 
ヤマガラやタヌキはどうやって人間を識別しているのかと思うときがあります。
そこで簡単な実験をしてみました。
赤や白の色の違う服を着たり 帽子や眼鏡を着用したり
また匂いのするものを持ってみたりと いろいろと姿や匂いを変えてみて
ヤマガラとタヌキに接してみました。
すると ヤマガラはどんな格好をしていても同じようにして飛んできますが
タヌキは格好を変える度に驚いて逃げてしまいます。
う〜ん どっちが賢いのでしょう・・・(・_・?)
ヤマガラは 雰囲気(波動のようなもの)で何かを感じているような気がしました。
タヌキの方は 単にアホなような気がしました。
でも 一番のアホは Ya(^z^)ooかも知れません・・・(^_^)v

サクラ - 2001/12/04(火) 23:30<

勉強ですか・・・

おミヨさん、おゆきちゃんこんばんわ!

ピンクのトカゲさん、
強いられて勉める→痛い目にあう→身につく
ウィルスは痛い目にあって勉強しました。
あーん、こんな勉強よりやっぱり楽しんで工夫して身につけたいよ〜

ピンクのトカゲさん、どんぐりさん、やぞーさん
  ここは強いという皆様・・・
     是非にご教授楽しくお願いします・・・
                 ドジs(*^-^)ノ☆    



ウィルス騒ぎでめっきりメールが減ってしまって寂しい限りのサクラでした。

ピンクのトカゲ - 2001/12/04(火) 22:16<
おミヨさん
俺、勉強っていう言葉ダイ嫌いだから、勉強不足なんて言うのは俺の方です。
勉強って強いて勉めるってことですよね。
強いて勉める→嫌々やる→身につかない
同じことでも楽しんでやれば、身につく
韓国語だとコンブハダ。工夫するです。
強いて勉めるうより工夫する方がいいですよね。

おミヨ - 2001/12/04(火) 17:07<
ピンクのトカゲさん
いろいろ勉強不足ですみません。

おユキ - 2001/12/04(火) 12:53<

O(*^・^*)Y

ピーちゃんの新しい写真、首を傾げた姿がとってもカワイイですね。
先週の日曜日に近くの神社に巣箱掛けてきましたよ。
神主さんをしているお宅に巣箱の事で声を掛けたら、
そこの息子さんが手伝ってくれたので助かりました。
日曜に少し覗いてみたけど、まだ小鳥は来てないようでした。
早く巣箱に小鳥が入ってくれるといいな〜

△うぶ - 2001/12/04(火) 03:07<
MIN-MINさん、すみません!間違いです。
カレン族ではなくて苗族でした。(なんかおかしいと思った)

ya(^ε・)na - 2001/12/04(火) 01:02<

また・・1ばんや

こんばんわ・・ヤナです

  今日、車やさんに・・修理を・・おねがいしました

      息子さんが・・くるまの下に潜り込み

   修理してるんやけど・・難しい事態になった・・

      初老のおとうちゃんが・・息子の横にもぐりこんで

  ああやない・・こおやない・・ってしゃべりながら・・

          車の修理してくれました

                技術のある親子ってええですね

           商売人のヤナには、なかったおやこの・・接し方やねーーぇ


      おもいっきり・・羨ましい・・気持ちで

   おやこの口ケンカ・・見せてもらいました

            歳があけたら・・ヤナ・・一周忌です

                       おやこげんか・・みなさんしてくださいね

管理人ヤゾ− - 2001/12/04(火) 00:00<

今までの投稿は過去の掲示板へ移動しました

みなさん こんばんわ。

映画『瀬降り物語』のシナリオから

黙々とユサバリ(天幕張り)を始める親分(やぞー)と太(ふとし)。
二本の風木(ちき)竹を、ほぼ四十五度に打ち違いに立て、
その交叉した処を、藤づるでカンムズビに結く。
その上に、棟木をのせ、他の端を、背後の岩場の岩に刺し込む。
次に、この棟木に、風木竹の角度に合わせて天幕を張り、
その端を木の枝の二又で土に刺し、踏みつける。
門口に竹筒を吊すやぞー

う〜ん 瀬降りを張る様子がとてもリアルです。
それに ヤゾ−に木下一(35)という名前が設定してあったなんて始めてしりました。
ムサシのクズシリ利田ヤゾウ ありがとうございました。


きょうかいさん 被害がなくてなりよりでした。
それにしても 恐ろしいくらい 
ウイルスメールが毎日届いています。

>焼いたハヤ(ハエとも?)を手指状に串刺して売ってたので、
>冗談を言いながら男に話し掛けたら逃げられました

今年の夏 伊勢に行く途中に 海と平行して流れる川?(沼)のようなところで
初老の男性2人が胸まで水に浸かって何か捕っていました。
クルマからそれを見て むむ! 雰囲気がなんかサンカ臭いぞ!と感じ
Uターンして その漁を近くで観察しました。
その男性たちは和歌山ナンバーの軽の箱バンに乗ってきていて
クルマの中には ちょっとした生活ができるくらいの炊事道具など積んでいました。
これは増々サンカ臭いと思い 勇気を出して「何を捕っているのですか〜」と声を掛けましたが無視されました。
Donglyさん 話を聞き取るのも難しいものですね。

min-minさん 流石にお詳しいですね。
バヌアツ共和国で発見された土器はオックスフォード大学で分析した結果
土器作製年代は約5000年前の物で 青森県で多数出土している縄文式土器とそっくりだそうですね。
縄文人たちは 海流に乗って外洋まで漕ぎ出す航海技術を持っていたのかも知れまでせん。
そういえば「カヌー」という言葉は 縄文が語源だという説があったようですね。


[過去ログ インデックス]  [KumanolifeGuestbookへ戻る]



当サイトが使用しているレンタルサーバーです!信頼性が高いです!


12522726572231