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2001年09月01日(土)00時03分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


サクラ - 2001/08/31(金) 23:42<

おしらさまと瀬織津姫

おしらさまと瀬織津姫

エミシの国の女神
早池峰─遠野郷の母神=瀬織津姫の物語
菊池展明

『遠野物語』(柳田国男・佐々木喜善著)第二話に「大昔に女神あり」と出てくる、
この「女神」の名は瀬織津姫(せおりつひめ)といいます。東北の霊峰=早池峰(はやちね)山は、
宮沢賢治が愛した山でもありますが、瀬織津姫は、早池峰大神とも呼ばれ、
千年以上にわたって早池峰郷の守護神として大切にまつられています。
 この女神の名を、聞いたことがあるという普通の人はそう多くはないでしょう。
これは、神々の名の展示室のような『古事記』『日本書紀』に記されることがなかったからですが、
調べていきますと、名を変えられてではありますが、ちゃんと登場しています。
瀬織津姫という名を神々の歴史の表舞台に出してはならないとする大きな力が、
記紀の編集思想によって働いたことが、この女神の名が歴史から隠された理由でした。
このことを明らかにする話が本書の前半部分です。
 では、そのように隠された女神=瀬織津姫が、
どのように早池峰─遠野郷にまつられるようになったのでしょうか。
本書の後半は、これまでの民俗学で「謎」とされてきた東北の小さな神=オシラサマ
の背後に隠された神が瀬織津姫であることが明かされます。
遠野は、このオシラサマ・河童・ザシキワラシなどの里としてよく知られる土地ですが、
これらの小さな神々のルーツの神が、この瀬織津姫であることが明かされます。
 従来の歴史神話学および民俗学がよくふれえなかった領域は、
天皇制の発生の現場とその継続の過程でした。
瀬織津姫がこの天皇制の発生と継続の過程で、いかに消されようとしてきたかというのが、
本書の底を一貫して流れる、日本史全体を再考しようというテーマです。
 日本の庶民がこよなく愛してきた、おそらく最大最高の水の美神が瀬織津姫といってよいでしょう。
あなたの暮らす身近な場所のいたるところに、瀬織津姫はまつられています。
日本の歴史は、大事な部分が明かされていません。
瀬織津姫がわたしたちの国の歴史の根幹あるいは琴線にふれる、
すばらしい女神だということが、本書から伝わってくれることを望みます。
http://www5.ocn.ne.jp/~furindo/emishi.html

ピンクのトカゲさん!
こんな本見つけた...これは絶対に読まなければ!(わくわく)
大好きな鬼たちは、
零落し、鬼となったと言われるけれど、どっこい消されてなるものかって
太古の昔から、高笑いしながら生きている。
消されたって、あだなすものと言われたって、自分の血の中に、
鬼のやさしさや、愚かさや、強さ弱さがないまぜになって、流れてる...
封印なんかされないよ〜

無頼派・ンクのトカゲ - 2001/08/31(金) 22:18<

ポン吉さん始めまして

あっしは、三河の香具師のヤゾーの末裔でして、関西の地名は、あっしもなじみが薄く
タタラなんて難しいことは解りやせし、
そのあたりのことは、あかねさんに任せるとしやしやして、
古代史については、「ふでのまにまに」(菅江真澄)
伊勢の内宮なんて古いもんじゃありやせん。
持統以降のことですぜ。
もともとは、天照大神っていうのは、男神・天照大神(アマテルノオオカミ=天照国照彦=火明命)ですぜ。
この火明命=アヌさんがサンカの祖神ですぜ。
まぁいいやぁ話題になってた名前を亡くしたってのも、
記紀から名前を消されったってことですぜ。
持統(祖母)から文武(孫)の皇位継承っていう当時の政治的な思惑により、男神・アマテルノオオカミ(サンカの祖神)は、女神・アマテラスにされ、名前を亡くした(抹殺された)ってわけですぜ。
さわりの部分だけですいやせん。
あとは、なりゆき

ポン吉 - 2001/08/31(金) 20:14<

もっとわかりたい、but ポン吉

あかねさん、ピンクの蜥蜴さん古代史のカキコミ、カシコミカシコミ、見ております。
大変興味あるのですが、当方の浅学と関西地名のなじみ薄にてポン吉してます。
 一つお願なんですが、鉄の伝承をおおざっぱに解説していただけないでしょうか。
たとえば、国内産鉄原料の発見と製鉄、半島や大陸からの外来鉄との関係等。
 東では、8世紀の初めに新羅のひとが、上野国で国産銅を発見してわざわざ「和銅」と
改元してますね。でも鉄の普及はもっとさかのぼるようなのに、それほど騒いでる様に
みえません。
 タタラは、鉄だけに関連するのか、金属一般の技術なのか?
 今、「モリ」地名と金属伝承―続・日本山岳伝承の謎 谷有二を読んでるところです。
 よくわかってない故の大雑把なお願なのですが、よろしくお願いいたします。
 または、本を推奨してください。
   きょうかい でした。

きょうかい - 2001/08/31(金) 19:31<

かわいい

ポン吉は、タヌコのこどもなんですか?

にっちょ - 2001/08/31(金) 17:43<

トコブシ?

ポン吉、かわいいねヤゾ−さん。
野生の「たぬこ」でさえこんなになつくのに、姪のところのネコ(アビシニアン種)はゼンゼンなつきません。
野生の血が抜けきらないそうです。

消し去れない血の流れ、人間もおなじですネ。
議論、討論、意思の確認がお互いできるだけ人間として産まれた意義を感じます。
山窩歌謡に「陰陽法歌(かげひりのうた)」なんてのがありましたね。
山窩の血は精力絶倫だそうですから「マグヒノリ」なんてのがあったのでしょうね。

ヤナさん。
大皿にのっているのはトコブシですか?
ウマソ−ですね・・実は私も今年の夏は、素モグリまくりました。(漁業権を持つ方と一緒です)
箱フグはもうメチャクチャ美味かった。(食さない方には、なんてゲテモノなんだと思うかも?)

バリ師さん。
ホ−ムペ−ジの魚拓素晴らしいですね。
アイゴの引きはハンパじゃないですよネ、それを延べ竿でやりとりするところがオモシロソ−。
お子さま可愛いですね、将来やはり釣りキチかな?







バリ師 - 2001/08/31(金) 11:27<

和歌山のアイゴ釣り

きのう、サンテレビのビッグフィッシングで「和歌山田辺のアイゴ釣り」が放映されておりました。

私のバリ釣りは、筏や波止から延べ竿で釣りますが、和歌山は磯から、独特の田辺ウキやラセン仕掛けを使こたリール釣りであります。

小西会長が「グレよりもアイゴの方がシャープな引きをする」と言うとってでした。さもありなん!あれグレ師に言わすと「アイゴの引きは品がないでな」とかぬかしよるんですが・・・。

ウキのトップに赤い玉つけた田辺ウキをいっぺん使こてみたいなと自作しようと考えております。

ぽん - 2001/08/31(金) 09:47<

ポン吉の写真ありがとうございました。

こんばんは。ぽんです。
ヤゾーさん、ポン吉の様子、おかしいですねえ。りこうなんだか、馬鹿なんだか。
子供もそうですが、その間が抜けたところがかわいいですよね。
写真をとなりで見ていた子供が「けっこう細いんだねえ」と言っていました。
細面なのに、どうして、タヌキ顔て丸くされちゃったんでしょう。いつもいつも不思議に思ってます。

ひだる神に会ったら、何か食べるか、持っていなければ、手のひらに「米」て書いてなめると
良いそうですよ。ふふ。
うちは親、子、ともに水木しげるさんのファンです。
先日、NHKの公開番組に水木さんが出ると言うので、出かけました。
内容は子供ばっかりしゃべっていて、水木さんの面白い話はあまり聞けず、がっかり。
出演者は囲炉裏端に車座に座っていたんですが、、収録が終わり立ち上がる段になったら、
司会者も子供もさっと立ち上がったんですけど、水木さんは片手で立ち上がりにくいのか、
座り込んだままだったです。
そうしたら、司会者が「どうぞ立ち上がってくださってけっこうですよ」と声をかけたんですが、
手は貸さない。
水木さんは、見学者席を厳しい顔で一瞥すると、立ち上がりました。
(ここで、倒れるところを見られたらと気合を入れたたんだと思ったんですが)
「ひるどき日本列島」という番組もそうだけど、進行ばかり考えていて、人(素人のが多く出ます)を、
駒ぐらいにしか考えていない様子が見えるときが多々あって、気分が悪くなります。
見てるこっち悪いのか。
関係ない話で費やしてすみませんでした。考えすぎかもしれないけど、なんか悔しかったのです。

コスモス - 2001/08/31(金) 02:04<

爽やかな秋の風

ポン吉君の無邪気な顔を見ていると、心が和みますね。

それはポン吉君にはなんの邪念もないからでしょうか?

邪念のないアホな顔は、本当に大切なものを知っている顔のようにも思いました。

サクラ - 2001/08/31(金) 01:23<

このごろ..

涼しくなって、ついうたた寝してる...
      又今日も...

おゆきちゃん、見ました!映画!
    ここに来てると、いろんな見方が出来て、映画も楽しくなりますよね。

おユキちゃんのレスについ「うっそー」
だって、みなさんすごーい、書き込み量だから、
私だって気後れしちゃいそうで、うまくなんか書けないのですもの...

でも、いつのまにか忍び寄るのは
         秋の気配でしょうか...
あー、また天たかく馬肥ゆる秋が再び巡って来るのですね
         
秋の夜長には何思う?
         

やぞー - 2001/08/31(金) 00:01<

あははははは

おもろいです。
写真も見ました。
それ食べたら夏ばて治りそうです。

夕方前に子供のタヌキと遊んでいたら、
アホが移りました。
いや、もともとアホでした。

もしかしたら、子供タヌキに遊ばれていたのかも知れません。

ヤナギムシ - 2001/08/30(木) 23:35<

ケケケケ

うううん・・不景気やのに・・HAPPYなヤナの食卓
 ハニーの料理は、・・GOOODやねーーーぇ

   あははははは・・どや・・うらやましいやろ
  みなさん、すこしかわった・・カキコもええおもて・・画像掲示板にのしてみました

題名は、ネバネバ丼・・ご飯の上に、山芋やろ・なめこ・おくら・なっとう・・のり
  を、のせてできあがり・・・お醤油をかけて、めしあがれ・・

       おいちいい・・けけけっけけ
         どや・・うらやましいやろ

                 やなでした・・・なははははは
  

ピンクのトカゲ - 2001/08/30(木) 18:25<

名無しの神々

あかねさん
近所にも東栄町から出てきた人も多く、子供の頃、花祭り舞っていた人も多いです。
この花祭りも白山信仰との関連が深いことを指摘しておきます。
青玉の「湯立て」花祭りの湯立てと共通すれば、との意見
いずれにしても、記紀編纂時の持統の意思にもとに、男神・アマテルノオオカミを女神・アマテラスに変更する過程で名前を剥奪された神の系譜という点では、丹波(火明命等)、伊勢(瀬織津姫等)、穂(朝廷別王)とも共通の要素を含んでいます。
そうした可能性を持つ青玉神社が鎮座する播磨もまた名前を剥奪された神の地と言うことで興味あるところです。
とりとめなくてすみません。

とんちんかん小僧 - 2001/08/30(木) 15:56<

補足

おミヨさん
レス有難うございます。私も笛師銀兵衛が大好きです。
彼の表稼業である笛の音色は如何程のものか判らないですけど…。“楽聖”と呼ばれる
に相当する持ち主だったに違いないと思います。
銀兵衛とは関係ないですけど、現役のミュージシャンで私が敬愛している、イギリスの
JETHRO TULL(ジェスロ・タル)のボーカル兼フルート奏者のイアン・アンダーソンに
通じるものがあります。中山ラビやRENAISSANCE(ルネッサンス)のアニ−・ハズラム
と同じように…サンカ魂があるように思います。

あかねさん
>徳岡って馴染み深い名前なんですよ〜。
えっ?そうなんですか。知っている事を何でも良いですから教えて下さい。
戦国時代の忍びの話もいっぱいあるので順を追って書く予定です。
お楽しみに!!


 走りの一平(はしりのいっぺい) [生没年不詳]

 豊臣秀吉に仕えた忍び。近江国(滋賀県)醒ヶ井(さめがい)の透波で
“韋駄天”と称ばれていた。
 その名の通り速足の特技が買われた。
『見聞雑録』にある話で、
〈美濃(山梨県)より召し抱えた透波の名誉の者、変化の六平、龍馬(りゅうま)
の小八(こはち)ともうす者後直参の透波に召し出されるべく候。さりながら
拙者梅津在城の間はお預け下さるべく候、高坂弾正様に申せし候〉と。

 服部嵐雪(はっとりらんせつ) [承応三〜宝永四(1653−1707)]

 其角と並んで松尾芭蕉の双璧といってよい。江戸(東京)豊島郡の湯島に生まれた。
 壮年時、井上相模守に仕えた。当時は服部彦兵衛活助といったらしい。芭蕉の門に
入ったのはその頃という。俳名は治助、その句は質実、穏健。一派を雪門という。服部
の姓から伊賀忍者の名門服部氏の出とされ、ここから忍者説が出てくる。

あかね - 2001/08/30(木) 14:47<

霧の丹波

●「丹波 霧の里」というHPがあります。その中の「丹波由緒」で歴史について少し触れられてます。

   http://www.ne.jp/asahi/tanba/kirinosato/index.htm

 ここで色んな山や歴史をみてると、丹波人の心にちょっと触れられる気がします。
 といっても私の故郷は山を越えればすぐ丹波なので、気候は似ており、全般的な気質もやや丹波っぽい
 かもしれません。特に福知山とは言葉がそっくりですし。で、とりわけ兵庫の丹波は大変身近な地域で
 あり、帰省したら必ず、丹波へも出かけます。良い所ですよ〜。
 このHPからリンクしてる色々な山歩きのHPも、播丹但等の山々や各地域の歴史、地理・地形などを
 把握するために、かなり参考になります。

 過去ログを見てたら私、どうも特に天目一やアジスキ、道主女神の話を書き込むと、
 内容がダブる癖があるようです。ああ、もう…。すみません、です。

●ピンクのトカゲさま。確かテンショウと読むのだと思います。あんまり詳しくないのでよくわからないです。
 玉そのものは、玉の取れた地域(国)が近いので、神々や氏族の、玉の採掘地取得争いと、
 出雲、日本海連合国なんかとの関係もキーかなぁと感じます。
 青玉の湯立ては、伊勢系の湯立て神事ではないと思うのですが、そう感じるだけでホントのところは
 さっぱりわからないです。花祭りの湯立て神事と関連があれば面白い所ですが、いわゆる白山信仰
 そのものは、東播磨の奥播磨では全く聞いた事はありません。
 (丹波の白山には確か、加賀からの分社が今は麓に鎮座してるはずだけど。これも前に書いたなぁ)。
 ただ、“妙見山が兵庫県には5つあり、そのうち川西市の能勢妙見と、東播磨の奥播磨にある2つの
 妙見山、丹波山南町に位置する妙見山の4つが、一直線上に並んでおり”、とても興味深いです。
 ほんで故郷には「北辰神社」があり、戎さんともう一神(失念、豊受?)とともに、西向に三社並んで、
 同じ神域に同じ大きさの社殿で、祀ってあったりします。その並びは忘れましたが、社名は戎さんです。

●とんちんかん小僧さん
 完なのですか?もっと続けて続けて。楽しみに読んでます。
 特に戦国下での播磨の忍びの話には、その時代の播磨史の色んな大事な事が含まれてる気がして、
 ワクワクします。徳岡って馴染み深い名前なんですよ〜。

ピンクのトカゲ - 2001/08/30(木) 07:37<

しつこく青玉

あかねさん
崇神条の出雲(丹波)神宝献上事件の神宝→狭穂姫が燃え盛る稲城で掌に巻いていた勾玉→ヒカトベの子供の神託→ミカソの玉、なんていうのが、青玉かもしれませんね。桑田郡に出雲神宮(?)だったか鎮座してましたよね。また、教えてください。
それと、福知山のあたりにも『天照御魂神社』鎮座してましたよね。確か?
鎮座地の地名って、確か、天照って書いて、『テンショウ』って読むんでしたよね?
後に刃傷事件にまで発展した伊雑宮寛文事件。
伊雑宮でも、天照大神を「テンショウダイジン」って読ませてますよね。
伊雑宮の主張する「伊勢二社三宮説」、そして、「大成経」なんかひっかかります。
伊勢と丹波の繋がり、これからも情報お願いします。

あかね - 2001/08/30(木) 03:29<

かつての神々

 ヤゾーさん、神さまが零落して……に、の件ですが、書いててバチあたったらどうしょう、なんて
ちょっと恐くなってきました。一般にはそういう説が言われるそうですが、個人的にはめっちゃ、愛着の
ある大事な神さまたちです。何せ、曽祖母方の氏神さん達だったりするので(青玉さんじゃないのだけど)。
 零落というより、あまんじゃこなどは、縄文とか、かつての信仰の名残を現してるのかもしれない、
とも思います。忘れ石だったかな?がある山麓は、「日に向かう風信仰」の地で、縄文の太陽・鉱山信仰
の地ですし。さらに賀眉里の南部にある西脇市にも「天目一神社」があって、その社を中心として、
三方の山の頂きには「環状列石」も残ってますので。
 一本たたらについては、「鉱山跡に現れる」、あたりに畏怖される秘密があるのでしょうね。
以前、どなたかが書かれていたささやななえのマンガを思い出すナァ。

あかね - 2001/08/30(木) 02:59<

九頭竜さん

●ヤゾーさん
  夏バテ大丈夫ですか?私はようやく夏ばてから立ち直って元気。んで、暴れててごめんなさいね。
 滋養のつくものをいただいて、元気をつけてくださいね!
  井沢氏のご先祖が龍野の出だとは初めて知りました。出雲と宇佐だけが「死拍手」って、ホントに
 不思議なことですよね。色々、想像してしまいます。
  そう言えば、司馬遼太郎氏の父方(祖父)も播磨(姫路の飾磨<英賀(あが)>)で、別所氏と
 姻戚関係にあった英賀(あごう)城城主・三木氏(讃岐の河野氏の出)を盛りたてた、「英賀衆」の
 一つだったそうです。ほんで司馬さんのおじい様が出られた村の氏神は、確か天神さんだと思います。
 とすると、菩提寺は多分、あの大きいお寺だな〜。ビバ、姫路!

●諏訪大社の御柱
  って、本殿がなくて、方形の場に御柱を四本たてますよね。なぜ方形で四柱なのか。
 これは移動するタタラ場(「高殿」)が、四本の柱を立てた事にも由来があるそうです。ほ〜。
 方形なのは安來など山陰にある4隅が出っ張った方形墳墓とも関係があるらしい。
 そういえば、鎌足の墓とされるお墓や、カモツバだっけ?なんかも方墳ですね。 

●九頭竜
  役行者開基の天台修験大寺院「神峯山寺」(大阪府高槻市)がある「神峰山のお山」(寺山)は、
 地元では「九頭竜さん」と呼ばれてます。九頭竜さんとは「讃岐の金毘羅さん」のことだそうです。
 そうです、「えべっさん」なのです。
     http://www2.famille.ne.jp/~shindo/index2.html  ←神峯山寺HP
 何でも大昔はこんな内陸まで、お山の下は海だったから、という事だそうです。
 (そういえば京都の清水寺の下付近も、その頃は内海だったとか。よう、イメージしませんけど)。
 ちなみに同寺のご本尊は、日本最古級の毘沙門天像(北方を守護する)です。
  ほんで、神峯山寺近くの成合(なりあい)という所には、神戸あたりの浜に「像」が流れ着いた伝承が
 残ります。この像って何かナァ。不思議。
  それから、高槻は藤原氏の別荘かな?があった所で、藤原縁の地。鎌足も同地にしばらくおり、
 お墓も高槻に該当するらしきものがあります。確か鹿島神宮から移したお宮もあったと思う。
 継体天皇陵(オオドノ王←多)もありますね。
 前述の九頭竜さんをかつて祀っていたのは、藤原氏配下となった地元の海人系豪族で、その社は後に
 春日神社となりますが、神峯山寺麓の原村に今もあり、そこには「龍神踊り」?が伝わってます。
 藤原は尊称ですが、「葛原」の別名だともいうし、何か不思議ですね。
  きょうかいさんとふじこさんの書き込みから、こんな話を思いだした次第です。

ヤゾー - 2001/08/30(木) 00:41<

バスク語

バスク語は、スペイン、フランスなどの周囲の言語、つまりラテン語を母体とするスペイン語などの印欧諸語とは
本質的に異なる孤立言語であるのが非常な謎とされています。
文法的にはウラル・アルタイト語族に属していて、語順も日本語配列と一緒で、
語順やテニヲハの使い方は日本語と似ていて、民族的にはアジア言語が起源のアジアから流れてきた民族と推定できます。
ここにバスク民族と日本民族との不思議な接点が見出されるという説が語られています。

と、以下のページにありました。

http://www.sun-rise.co.jp/basque/MYSTERY.html

おミヨ - 2001/08/30(木) 00:24<

追記

>バスク人は黒い髪、黒い瞳、北欧にくらべ一様に小柄、この点からも日本人の血がはいっていると

バスク人全部がという意味ではありません。何人かに一人がということです。念のため。



ヤゾー - 2001/08/30(木) 00:05<

タタリ神

みなさん、こんばんわ。

ふじこさん、二度目の書き込み、ありがとうございました。
サンカの人たちが、自然を大事に思い、共に生きてきたことは意味のあることだと思います。
そのサンカの人たちを知ることで、自然を大事にする思いが芽生えれば、素敵なことだと思います。

おユキちゃん、お久しぶりでした。
サクラさんと同じくらい素敵な感想文だと思いましたよ。
クサレ神にするのも、もとの神さまに戻すのも人間次第なんですね。

もんむーさんも一年になるんですね。
ネットって時間の感覚が不思議な感じがしますね。
こちらこそ、よろしくお願いしますね。

あかねさん、そうですか。
神さんも零落すると妖怪になりますか。

先祖が播州竜野の出であるという井沢元彦氏の本に書いてあったことですが、
二礼・四拍手・一拝という拝礼作法があるのが、全国で出雲大社と宇佐神宮だけなのだそうです。
そのことを、井沢元彦氏は「死拍手」で、不幸な死を遂げたこよによるタタリ神を封じこめる意味があると考察しています。
そして宇佐神宮に祀られている比売大神をヒミコではないかとも考察しているようです。
菅原道真の例にあるように、神社の意味にはタタリを鎮める為のものが多いのかも知れませんね。

最近、猛暑の疲れか、なんだか元気がなくて文章にも覇気がありません。
じいじさん、お元気ですか。
たまにはお顔を出して下さると嬉しいです。

おミヨ - 2001/08/29(水) 22:33<

バスクandバローハ

min-minさん もんむーさん あかねさん 
いろいろ情報有り難うございました。
min-minさん
まとめて書いていただいて解りやすいです。

>バスク人に関するイメージで、なんか“重い石”を運ぶのが得意そうですよね。
>そんな伝統的なスポーツがあったと思うのですが。

バスクで尊敬される人は、よく走る人、草を早く刈る人、力のある人とか。
「力石」といって村の若者が112キロの砲丸状の石を肩にのせ競うというもの、つい最近、テレビで
放映しておりましたよ。これらのスポーツもバスク人の労働に関係しているようですね。

バスク人は黒い髪、黒い瞳、北欧にくらべ一様に小柄、この点からも日本人の血がはいっていると
いわれる所以でしょうか?フランコに抵抗する以前のバスク人は太古から臆病な民族で、ピレネー山脈に
上手に逃げ込む事ができたから、今もピレネー山脈のふもとで生活でき、残ってきた民族ではと言う事です

バローハはマドリッドで医者を2年程やっていて小説家になった人で代表作「知恵の木」の主人公同様、
厭世的悲観主義者で、ニヒリズムや無政府主義に共感、闘争や行動のうちに唯一の救いを見出し、
「冒険家サラカイン」などで行動の人をえがいたとか。また、「バスク」「マドリード陋巷図会」などもあり、私は、まだ、どれも手にしていません。「木賃宿の賊」面白そうですね。手にいれられましたら、また教えて下さいね
椋鳩十記念館如何でしたでしょうか?

おユキちゃんしばらくです。
「千と・・・・」私も早くみたいんだー、でも9月はいるまで我慢してます。ゆっくりみたいから。
雑誌ユリイカ 宮崎駿「千と・・・・・」の世界 買ってきましたよ。これから読みます。
内容、おもしろそうよ。

とんちんかん小僧さん つづき楽しみにしています。
笛師銀兵衛に胸トキメキ。





あかね - 2001/08/29(水) 21:57<

道主

●「一本タタラ」
 ヤゾーさん。
  そうなんです。アメノ(アマノ)マ(メ)ヒトツノミコト(天目一命)の零落した姿の一つが、
  一本タタラだとか、言われています。やがて妖怪になっちゃうんですね。
  大和鍛冶起源地に残る「大人(オオヒト)」伝承は、天日槍命(=海檜槍命←斉部氏など海人の神。
  アジスキタカヒコネノ命。多氏と関係深い)だと言われていますが、天日槍(矛)命=天目一命説や、
  宗像女神(道主女神)と天目一命のお子神が天日槍命だ、とも伝わっております。
  大人が、土地の「あまんじゃこ(天邪鬼←天探女)」伝説と繋がるのも、零落の形なのかもしれません。
  一晩で天への掛け橋が掛けきれなかったあまんじゃこの伝承に、その理由があるのかも。 
   それから前述した加美町には、紀州の「ひだる神」伝承もあります(南方熊楠が書いてますね)。
  南から北へとある地点まで歩いて行くと、疲れてある種、飢餓状態のようになって、
  「ひざるが憑く」というのですよ〜。「だ」が「ざ」になってるんですね。
  子供の頃にこれを聞いた時、どんなでっかいお猿さんが憑くのかと、メチャメチャ恐かったのを覚えてます。
  ひだる神伝説は、日本各地に残ってるそうです。

●「道主女神」
 ピンクのトカゲさん。
   そうでしょ!宗像女神となるのは、何だか不思議でしょ。でも宗像とするのに、兵主神社(青玉と
  同じ託賀郡にもあるのです)の各地への配置と、神功皇后の半島出兵への備えや、他にも一応、
  文献上で納得できる?理由付けはあるんですが、うろ覚えなんで資料で確認してみますね。
   今思い出せる理由としては、この地は「加古川上流に位置し、古代には瀬戸内海〜日本海を行き来
  できる海・川ルートでダイレクトに繋がっていた」事や、「大和朝廷直轄大杣山」(完成したのは7c
  .でも6Cから船材など山の幸を中央へ献上)地帯が近い事、加古川中流に「三木市の志染(しじみ)
  三宅」があったりして、「大和が中・東播磨を吉備制圧の足掛かり地とした」事によるようです。
   更に言えば「天目一と道主女神が婚姻せずにアジスキをもうけた」伝承に、わけが隠されてる
  のかも…。「針間鴨国造山(部)直の祖神が天目一命で、息長氏系」だとされており、賀茂配下として
  活躍し、青玉神社や、同地にある式内社も、この山直が祀ったものです。
   古代には丹波だった時期もあるので氷上の女神さんなんかも、関係あると考えるのが自然ですよね。
  まぁ、どうあれ、針間各地には古代、卑弥呼のように鬼道?によって地域を治めていた女神さんが
  首長としてあったようなので、この辺りに何か隠されているものがあるのやもしれません。
  バリ師さんがお書きの、日女道さんもそうです。日女、姫…。興味深いです。

●「バスク」関連再々
 もんむーさん
  前に書きました[ゴイハタ]という旅行会社のHPアドレスがありました。
  → http://www.goihata.com/Paginas/j.euskalherria.html
  それからこんなのも。→ http://www.alc.co.jp/mlng/wlng/basque.html
  やっぱり、あんまり参考にならないかも、です。既にご覧になってたらごめんなさい。

  「エル・スール」を見た事がありますが、バスクが舞台だとは全然、気付きませんでした。そうか。
  何を見てたんだかな。お父さんの時計と部屋の暗さ、土が白かったのばっか、覚えてる…
  でも前作の「ミツバチのささやき」の方がずっと好きだナァと思いました。
  あの女の子、メチャメチャ可愛いですよね!

 min-minさん
  どこかにあったと思ったのは、「バスク決死隊」だったのですね。すっきり。有難うございました。

もんむー - 2001/08/29(水) 21:06<

シブミ

Googleはパーフェクトな検索をしてくれていると思ってたんですが、min-min 
さんとおミヨさんのバスクについてのやりとりはヒットしてくれないんですね。
kumanolifeの掲示板ではおミヨさんの椋鳩十の話だけかヒットして、それだけ
かと思ってました。Google、意外とダメ。うーむ、ちゃんと過去ログには目を
通さなくては。

min-minさん
min-minさんの紹介されていたトレヴェニアン「シブミ」(ハヤカワ文庫)です
が、min-minさんのページや他の人の書評を読んだんですが、かなりの傑作で
あるという感蝕を得ました。バスクとアメリカ、日本との比較文化論として楽
しめるという評価もありました。早速読んでみます。

ヤゾーさん
もう一年ですか。僕がkumanolifeを見つけたのもちょうど去年の今頃だったと
思います。「戒厳令の夜」を読んだ直後で、ドキドキしながらヤゾーさんの文
章を読んだことを覚えています。ヤゾーさん、みなさま、これからもよろしく
おねがいします。

でわでわ

min-min - 2001/08/29(水) 17:37<

バスク関連再び

おミヨさん、あかねさん、こんにちは。

おふた方のレスポンスの良さには敬服いたします。
ないないとは言いながらも結構バスク関連書物があるものですねぇ。
ここでちょっとまとめてみます。

☆「フランス民話 バスク奇聞集」(堀田郷宏訳編/現代教養文庫1267・社会思想社)
☆ 狩野美智子著「バスク物語地図にない国の人々」渓流社
☆「バスクもう一つのスペイン」 現在・過去・未来 (増補版) 渡部哲郎 1987年 彩流社 
☆『街道をゆく22,23=南蛮のみちT、U』司馬遼太郎著 朝日文庫
☆『バスク人』ジャック・アリエール著 白水社新書クセシュ
                       ↑
                    訂正:文庫(実際は新書なんですけども)

To:おミヨさん

映画関連サイトで私が重宝しているのに次のものがあります。

http://cinema.media.iis.u-tokyo.ac.jp/

ここで検索かけて見当たらない場合には、あかねさんご紹介の「全洋画online」
が出てまいります。ちなみに「バスク」で検索しますと見当たらず、「全洋画online」
で一件『バスク決死隊』(1959)なんてのがひっかかってきましたが・・・(^^;;


バスク人に関するイメージで、なんか“重い石”を運ぶのが得意そうですよね。
そんな伝統的なスポーツがあったと思うのですが。
日本のどっかでも石臼みたいなものを何メートル運べるか、なんていう行事がありますね。

min-min@横浜

もんむー - 2001/08/29(水) 16:51<

バスク幻想

min-minさん、おミヨさん、あかねさん、情報ありがとうございます。私もこ
れからいろいろあたってみます。

きのう、おとといと飯田から天竜川にそって二俣にかけて行ってきました。飯
田の隣の喬木村では椋鳩十記念館を見学しました。そこでは7月に椋の山窩小
説をテーマにした宮下和男さんによる夏期講座があったそうです。記念館の職
員の方からその時のレジメを頂きました。それにはバローハの「バスク牧歌調」
のうち「木賃宿の賦」という短い文章が転載されていました。

「木賃宿の賦」はバスク人の木賃宿を切盛りする老婆とその客の話で、老婆の
同胞に対して愛情のこもったもてなしをする姿が描かれています。

またインターネットで調べたのですが、バローハ「バスク幻想」(芸林書房)が
入手しやすそうです。ただこの本はスペイン語の教材で、詳しい註釈があるそ
うですが、対訳があるのか不明です。それでも「木賃宿の賦」がなかなか味わ
いのある文章だったので、ヤフーショッピングで注文してしまいました。届い
たらまた報告します。

バスクに関する映画にはバスク出身のヴィクトル・エリセ監督による「エル・
スール」があるようですが、まだ未見です。アントニオ・バンデラス主演の
「暴走遊戯」もバスクが舞台だそうですが、ETAの話のようです。

百科辞典類を調べた限りでは、バスクの人々がサンカのような生活をしていた
ということではなく、椋氏はバスク人の精神的な側面を山窩小説にとり入れた
ということのようです。

芸林書房ホームページ
http://www.threeweb.ad.jp/~geirin/

でわでわ

とんちんかん小僧 - 2001/08/29(水) 16:06<

伊賀者・甲賀者とスッパ・ラッパ (3)

 ラッパとは、主として関東で使った言葉である。乱波などという字を当てる。
『北条五代記』に、その生態が明瞭に書かれてある。
「見しはむかし。(中略)この者を国大名衆、扶持し給いぬ。いかなる仔細ぞといえば、
他国へ忍び入り、山賊・海賊・夜討(やとう)、強盗して、物盗ること上手なり。才智
ありて、謀計調略をめぐらすこと、凡慮におよばず」
 のちに述べる有名な風魔小太郎は、相州ラッパの頭目だった。
 芸謡集“松の葉”の中にも、謡(うた)われている。ただし、ラッピとなっている。
「我ら都のラッピ洛外寅薬師(らくがいとらやくし)、しかも我らは申し子でな、浮
かれ者でござる」
 むかし、乱暴狼藉を働いていた男が、隠者の生活に入り、往時をしのぶといった歌だ。
 関西の歌だから、スッパというべきところ“洛外”に語呂を合わせ「ラッピ洛外」と
なったのだろう。
 このように、スッパもラッパも同じことだが、『爛カ〔木偏に可〕堂棋話(らんか
どうきわ)』にたいへん面白い話が載っている。
 秀吉が毛利攻めの陣にいて、本能寺の変を聞いた。さてどうしようと迷ったとき、
蜂須賀小六が進み出て、
「一六の了簡(りょうけん)」(一か八かの博打)
 でことを決すべきだ、と次のように言った。
「先年、筑前守殿もスッパ仲間の博打は御覧なされ、お手前にもおりおり、裸に
なっても御覧なされたるお覚えあるべし」
 秀吉と小六の出会いは名高い。
 この引用文によれば、小六の一党は、とりもなおさずスッパであり、秀吉はそこで
スッテンテンになるほど、博打をやったり、眺めたりしていたらしい。
 スッパたちの暮らしは、戦に雇われるか、盗賊を働くか、そうでなかったら、どうせ
博打ぐらいのものである。
☆彼らの生態の一例です、まだまだ謎が多いです。サンカとの結びつきも含めて。(了)

おユキ - 2001/08/29(水) 12:55<

千と千尋を見てきたよ!

日曜に千と千尋を見てきました。
夏休みが終わってからのほうが空いていると思っていたのですが、
思ったより混雑してなくて、ゆっくりと見ることができました。

前もってここでいろいろとお話を聞いていたので、
とても興味深く見ることができました。

クサレ神が翁の面に変身する場面は、
とても迫力があって印象に残っています。
人間が自然を汚すことで、名のある河の神もクサレ神になっちゃうんですね。
でも、そのクサレ神をもとの神さまに戻したのが人間の千尋なんですよね。

自然に対する強い思いや、抹殺された神々さまへの思いが、
作品の中に込められていたように思いました。

本当の名前を奪われ、取り戻すということにも深い意味が込められているのでしょうね。

サクラさんのように上手く書けなくてすみません。

おミヨさんも見てきたら嬉しいな。

ふじこ - 2001/08/29(水) 11:26<

80%山地

小学校のころ日本の面積37万平方キロメートルのうち、その80%が山地でしかもそのほとんどが山林であるといったようなことを教わった気がします。そのころは他の国のように広い平野がなく、山が海に迫るわずかな平野に大勢の人が住んでいることが他の国と比べて、非常に損しているような印象を持った覚えがあります。それから新田の開発にかけた昔の人の情熱を思わずに入られません。なぜなら水田の真ん中に、小さな盛り上がった丘のような部分があり、そこだけ雑木が茂っているので、何か祀られているのかなと思うと、お稲荷さんらしいお社がありました。ということは、そのまわりは初めはほとんど雑木林だったのだと思います。それから山中湖畔の国道の湖沿いのわずかな土地に水田があったりします。そうやって山野が開かれていくにつれ、漂白の民は住むところを奪われていったのかもしれません。また、日本の川も治水工事が行われていったり、汚れていったりしたため、漂白の民が野営できるような川はなくなっていったのでしょう、そんなこともサンカと呼ばれる人達が、常民と同じような生活をしていたなければならなくなった
原因ではないかと思います。でも、他の掲示板で、京都の山中に今でも戸籍も持たず言葉も通じず厳示唆ながらの生活をしている人達がいるといった書き込みを見たので、もしかしたらまだ、かつてのサンカのような生活をしている人達がいまでもいるのかもしれません。自然環境がよくなければサンカの人達が出来たような生活は出来ないと思います。サンカの生活は環境に負荷がなく、人間が自然と折り合って自然環境と調和して生きていける生活に仕方だと思います。

ピンクのトカゲ - 2001/08/29(水) 07:53<

道主女神

あかねさん
やっぱり、青玉神社オモシロイですよ。
『道主女神』宗像というのも不自然ですね。丹波の五姫、あるいは、天道日女あたりと関係があるのではと睨んでいます。
 丹波五姫ということになれば、日葉酢姫―倭姫というラインで縄文の水の女神・天知迦流美豆比賣<瀬織津姫>に繋がります。また、天道日女は、瀬織津姫の影が投影されています。
 津軽の『天后』は、天道日女が丹波から直接、津軽に行ったのでは、と考えています。
 道主女神についてもう少し続けてください。お願いします。

とんちんかん小僧 - 2001/08/29(水) 01:08<

伊賀者・甲賀者とスッパ・ラッパ (2)

副題:スッパ・ラッパの生態

 スッパとは、主として関西で使われた言葉である。透波、あるいは素波という字を
当てる。
 忍者的役割を表わす用例に、次のようなものがある。
「軽すっぱは、身を重く持たいで、ひょいひょいと躍り歩く者ぞ。そのようなものを
集めて置いたぞ。すっぱどもをぞ」(『蒙救抄(もうきゅうしょう)』)
「すっぱというは、唐国にてはこれを間者(かんじゃ)という」(『三将軍解』)
 甲斐(山梨県)の武田家では、スッパを七十人も抱えていたという。
 また、秀吉が抱えた近江(滋賀県)のスッパ、俗称“韋駄天”は、その異名のよう
に、早駆けの名手で、五人分の扶持をもらっていたという。
 だいたい、近江・美濃(岐阜県)にスッパが多く、二千人もいたという記録がある。
 盗賊ないし詐欺師を表わす用例もある。
「このあたりに隠れもないセッパ(スッパ)でござる」[狂言・女山賊(やまだち)]
「まかり出でたるは、都にすまいする大スッパでござる」[狂言・六地蔵]
「都にかくれもないスッパじゃ」[狂言・いくい]
「スッパ、盗人をいうなり」[『反故木』]
「盗人どもこれを聞き、よき物取りとて、信州のスッパと上州(じょうしゅう)の
ワッパ(ラッパ)ども集まりて」(『加沢記』)
 狂言のほうは、まず登場人物の身分をあかす口上が主である。そして、このスッパ
たちは、大仰な名乗りとは裏腹に、失敗をやらかす愛嬌者である。
 服部嵐雪(はっとりらんせつ)の句に、
「素波に出でて朝帰る月」
 というのがある。盗賊が朝帰るさまにかけた風情である。     −つづく

ヤゾー - 2001/08/29(水) 00:12<

RE 1年目・・

みなさん、こんばんわ。

そうですか、一年ですか。
もっと前から知っていたような気がします。
一年前の過去ログを見てみましたが、
とても懐かしい気がしました。
こちらこそ、今後とも宜しくお願いします。(ちょっとテレますが)

>鳴けない山鳥の詩より

きょうかいさん、白山について、ありがとうございました。
『鳴けない山鳥の詩』まで買っていたのですね。
僕も買って手元に置いておかなければ!

アカネさん、いつも貴重なお話、ありがとうございます。
天目一命って、なんだか熊野の伝説にある一本タタラをイメージさせる名前ですね。
一本タタラは 一本足で一つ目。獣のような姿をしており鉱山後に現れ、熊野山中に今もいると言われています。
熊野のどこかで一本足で一つ目の木彫りの民芸品を見た気がします。
玉置山にも一本タタラの伝説が残されているようです。
また大台ケ原の方にはタタラ力水というのもあるそうですよ。

あかね - 2001/08/28(火) 23:39<

稲荷と産鉄、縄文に続くかな

 にっちょさん。今、過去ログを確認したら、「簪」とお書きでしたね。
うわぁ、恥ずかしい〜。おっちょこちょいで、ごめんなさいm(__)m。かんざしは竹製なのかなぁ。
耳飾の玉、翡翠も一緒に出土してたりしたら面白いですね。縄文の交流・交易が見えそう。
簪も櫛・剣・弓矢・蛇なんかと祭祀繋がりがあったような。興味津々です。

ピンクのトカゲさん
 そうなんです。『青玉』って不思議でしょ。
 「青玉」は眼球の青い人、または片方の目を病む人(→天目一命)を表現したのだ、という説があります。
私は「銅を含む水は青い」事とも関係あるかも、と思ってます。不動信仰も盛んな郡なので、
時代はわからないけど、何かお不動さんの青とも繋がりがあるのかもしれません。
青玉の女との関わりについては何も伝わっていないので、関係は全然わからないです。
ただ、河内、特に北河内(枚方)や、摂津・北摂とも、古代から関わり深い地域ではあります。
 鎮座する村落は「鳥羽(とりま)」で、もろ鉱山系!付近には色々、古代からの銅山がありました。
近くのある山には、入ると戻って来れないという、ある種の「禁足地」のような所も残り、これは縄文に
栄えた地の名残、聖地でもあるのかもしれません。町には『縄文遺跡』も幾つか発掘されています。
また、付近の山には、大人(天日槍命)伝承と関わる「あまんじゃこの座り石」や「忘れ石」などがあり、
その石の並びは太陽信仰、レイラインかもしれないです(推測)。
また「血石」だったかな?という、重い死体を運ぶためにバラしたという大石も近くの山に残り、
死穢を嫌わない、更には死体と豊穣を祈る信仰(推測)との関わりもありそうです。
あ、でも金屋子神の名を祀る習慣は、中・東播磨では聞きません。不思議。鞴神はあるようです。
お書きの青玉神社と猿田彦、金山彦。更には火明への繋がりもあるのかもしれませんね。
 町名は「加美」(賀眉・賀美→神)といい、「紀伊や常陸」(常陸国風土記にもよく似た巨人伝承が
出てきますね)にもあるのが面白いでしょ〜!播磨国風土記にも、賀眉里と出てきます。
しかも“賀眉里は奈良初期には一時期、丹波だった”事もあります。国占めの嚢神話も面白いですよ。
 「青玉神社」由緒には、“鍛冶業のご神徳によって栄え(三国岳から鳥羽に遷座)、土地を拓き農を進め、
加古川流域の農業の繁栄をもたらせた”とあり、加えて、「交通安全」の神徳もあるとされているのが、
鉱山や山による人の流れをさすようで面白いです。この社の湯立ては狩人の安全を願ったのが始まりです。
 うろ覚えですが、同社には確か、天目一命の妻(同地の神話では婚姻してないけど)としての
「道主女神(宗像女神)」と「酒造り」、近くの清水で酒を醸した「清水信仰」も残ってたと思います。
これは「山姥信仰とか山神信仰」とも、重なってるのかもしれなくて、縄文伝来かも(推測!)…。
古代賀眉里には式内社「播磨二宮天目一神社」と「荒田神社(道主女神)」が鎮座し、無論、青玉神社と
関わりがあるそうです。
 それから「山神社」は多分、東播磨を平安まで支配していた「針間鴨国造山部直」を祀ってるのだと
思います。ちなみに、この鴨は賀茂なんですよ〜。興奮してキリがないので取合えずこの辺で。

min-min - 2001/08/28(火) 18:07<

祝:一周年記念

そうですか、ヤナさんはここへ来て一周年なんですかぁ・・・。

どうぞ今後とも独特な『ヤナギムシ節』でもって、私たちを楽しませてください。
ときどき暴走しちゃう“やんちゃmin-min”←(ブッブー、オ○ジだろ、オ○ジ、なんぞと
ツッコまないでちょうらいね。)ですが、今後ともよろしく、先輩!。 <(_ _)>

きょうかい - 2001/08/28(火) 17:16<

ヤナさんのメタモルフォーゼ?

  ヤナギムシさん、おめでとうございます!!!
 
  ヤナギ虫さんは、いつ成虫になるのですか?

ヤナギムシ - 2001/08/28(火) 16:07<

1年目・・

2000年8月26日にはじめて、PCにサンカなる言葉から、検索・・ここ熊野にやってきました
 私にとっての、1周年記念です・・

   今後とも、みなさんよろしく!!

きょう - 2001/08/28(火) 13:49<

鳴けない山鳥の詩より

サチのお爺さんのころ、この氷沢村の台地にわずかな人たちとともに生活の場を見つけ、立山信仰の山神、『オイノ様』を主神とし、これを心の支えとしながらの、山窩暮らしになった先祖たち。
サチの父・良作はまだ幼かったころ、その父彦七が毎朝の勤行と水行をしていたことを、かすかに覚えていた。杣仕事の合間に、彼らの祖先はもともと、天台宗・白山権現を主宗とした、天台・曹洞宗の当山派と称する九頭竜民族であった―と聞いたことがあった。元来、立山信仰を中心として、時の移ろいとともにその生活も狩猟、マタギ―木地師―仏師―曲げ物師―塗り師と、その生活形態を変える中で、一向宗、禅宗、曹洞宗と分かれたが自然崇拝を中心とする根元は、変わることもなく連綿と受け継がれていたのである。
  145頁
 ヤゾーさん
 とりあえずこんな記述を見つけました。

ピンクのトカゲ - 2001/08/28(火) 08:18<

青玉神社

あかねさん
青玉神社オモシロイですね。さすが眼の付け所が違う。
記考元条の河内の青玉の女・建波邇夜須毘賣なんかと関係があるんですか?
崇神条で建波邇夜毘賣の子・建波邇夜須毘古命が叛乱を起こしますが、楠葉の語源説明で糞袴などの逸話を載せています。埴安神なんかも伊弉冊尊の糞から誕生したってされてますよね。土に関する神は、記紀から冷遇されていますね。
大歳神は、縄文の女神・天知迦流美豆比賣の夫婦神として記載されています。大歳は、また、猿田彦と同神とも言います。
愛宕の祭神は、迦具土命ですね。この神の誕生も、本牟津別王の誕生と酷似してます。
また、青玉神社の情報お願いしますね。

あかね - 2001/08/28(火) 02:30<

海人、山人

●手元に「フランス民話 バスク奇聞集」(堀田郷宏訳編/現代教養文庫1267・社会思想社)があります。
 ISBN4-390-11267-8 C0139です。′88年当時480円。
 フランスバスクの常民文化を伝える民話・伝説集の、ジャン・バルビエ編「バスク伝説集」から主に
 抜粋した本。怪物タルタロや、妖精ラミナ、動物民話、熱心なカトリック信仰と土俗信仰が
 結びついた奇跡物語などが載ってます。挿絵が良く、P・ティヤック作です。

 また、ゴイハタ?という旅行会社のHPにこうありました。
 “バスクについて知りたいと思ったら、手軽に読める本として狩野美智子著
 「バスク物語地図にない国の人々」渓流社をお勧めします。”

 それから、バスクの映画紹介と音楽についてのHP、MSNで検索したら確か見かけたように思います。
 映画の方は、全洋画ONLINE(HPアドレスどっか行った)や、本なら「ぴあ シネマクラブ 洋画編」
 (3千円ちょいくらい)に網羅されてると思います。シネマクラブには載ってる確率が高いかも、です。

●ヤゾーさん
  播磨と熊野について、私もそう思います!播磨の開拓神である伊和大神は、出雲系末端氏族と
 される伊和族の神さんですもんね!それに紀州から多氏や物部等、播磨への人の移動が、
 播磨国風土記にいろいろ見られますもんね。

  先日、帰省した際に天戸間見命(=天目一箇命)を主祭神とする、元々は播州・丹波・但馬の国境に
 鎮座していた『青玉神社』(東面してます)へ参拝してきました。杉の大木(天然記念物の杉もあります)
 が立ち並ぶ杜にあり、厳かな神域でとても気持良かったです。
  他の祭神は大歳御祖命(合祀)で、末社には、本殿向かって右に『熊野神社』、左に『稲荷神社』
 『山神社』『愛宕神社』が祀られてました。
  お稲荷さんは、ここから車で30分くらい下った所にある、元来は天目一命を祀る鍛冶の宮と
 呼ばれる社でも、末社として祀られてます。そこには「金毘羅さん」と「大歳神」等も。

  この近くには鉱山・蹈鞴関連地名が多いンですが、熊野系地名もあるんですよ。大和鍛冶起源地で
 あり、天目一やアジスキ(特にこの2神はこの地方にとって非常に重要な神)、宗像女神と関わり深い
 この辺りに、熊野系地名もあるのは興味深いところです。
  青玉神社では7月15日前後に『湯立て神事』が行われ、忌湯を浴びて無病息災を祈る人々で賑わい
 ます。湯立て!面白いでしょ。忘れたけど、昔は「フイゴ祭り」もあったのかもしれません。


  あ、伏見稲荷には1月12日に、矢を射って邪気を払う「奉射祭」もありますね。
 弓神事は、農作物の吉凶を占う祭ですが、その起源は海人の太陽信仰と、鉱物を射て見つけるための
 山の神事にあるそうです。海人と山人が重なってる神事ですね。
 

ヤゾ− - 2001/08/28(火) 01:24<

天城超え

「流れ土工」というと伊豆を舞台にした映画『天城超え』を思い出します。

伊豆に泊まってサンカの話しに盛り上がったなんて、
とても羨ましいです。

さぞかし濃い話しが飛び出したのでしょうね。

今度、その時のお話を聞かせて下さい。

ミス蜜柑 - 2001/08/28(火) 00:21<

伊豆高原にて

皆さんが、心配されているDonguryさんに会ってきました。
元気でした。サンカの話で1泊2日、盛り上がりました。

その席には数人のサンカ通がいたのですが、一番印象に残ったお話を。

昔、といっても高度経済成長前は「流れ土工」という職人がいて、全国を流れ歩いていた。
彼らは、「サンカ」の連中とも仲がよく、しばしば「瀬降り」に泊めてもらっていた。
さて、サンカ通のIさんは、「元流れ土工」のKさんと知り合い色々な話を採取した。
その中ですごい話が、
「若いころ、新潟の瀬降りにいたとき、田×××子がまだ小さなころ、真紀子は母親に背負われて、瀬降りに遊びに来ていた」

んだって。


ヤゾ− - 2001/08/28(火) 00:03<

大国の主(オオクニヌシ)の国

みなさん、こんばんわ。

あかねさん、バチ師さん
播磨と熊野はどこか共通したものがあるみたいですね。
それはどちらも出雲や縄文と深い関係があるからなのかも知れません。

神話では、オオクニヌシは出雲、伯耆、因幡、播磨、さらに山陰地方から越の国、
そして信濃まで勢力下に収めたとあります。
また、出雲と熊野が深い関係にあったことは知れれていますから、
同じ文化が深層に流れているのかも知れませんね。

また信濃には三大縄文的祭の一つとされる諏訪大社の御柱祭があり、
忍者やサンカと深い関係があるところといわれています。
そういえば『鳴けない山鳥の詩』も信濃が舞台でした。

誰か〜『鳴けない山鳥の詩』の中で、
白山信仰についてなんて書いてあったかおせえて〜

>でも、映画のなかの不思議の温泉町に「生の眼」ありますって目のお店がありました。
>あれって、どの神様が食べられるのでしょうか?

ふぁ〜い、よいこのサクラしゃん、夏休み日記ごくろうさまでした。

目玉の看板のある不思議の町の風景は、
つげ義春さんの『ねじ式』の影響ではないかとの話しです。
だからメメクラゲが食べるのかも知れません?

おミヨ - 2001/08/27(月) 23:42<

バスク

もんむーさん min-minさん こんばんわ

「バスクもう一つのスペイン」 現在・過去・未来 (増補版) 渡部哲郎 1987年 彩流社 が
ありますが、未読なので内容はわかりません。

バスク地方は、漁業がさかんで、9世紀にはグリーンランドにまで捕鯨にでかけ、16世紀には
ニューファウンドランドまでタラ漁にいっているといいます。
マゼランがフイリピンで死んだあと最初の世界周航をなしとげたセバスティアン・エルカノは、
バスク海岸ゲタリアの出身だそうです。

バスク人についてはいろいろな仮説があって私も興味をもっています。

>『バスク人』ジャック・アリエール著 白水社新書クセシュ・・・・渋谷にて2店ほどあたりまし
                               たが見当たらず。もう少し探します
>『街道をゆく22,23=南蛮のみちT、U』司馬遼太郎著 朝日文庫

私も読んでみたいのでさがしてみます。
バスクに関する映画・音楽もさがしています。


サクラ - 2001/08/27(月) 23:12<

夏休みの日記

せんせい
えいがみてきたよ
「せんとちひろのかみかくし」ていう、えいがだよ。

大好きな妖怪さんや八百万の神々がフクロアライして
不思議の世界のお風呂に入りに来るの。
おしらさまは黙っているのに優しくて、
白龍の「ハク」も優しいのにやっぱり自分に迷ってる...
名前を取り戻すことで、本当の自分にかえれるんだって。
ブチャムクレな千尋はかわいくて、
描かれる現実の町々もなんて懐かしい感じがするのだろう...

宮崎 駿のえがく世界は、見れば見るほどいろんなことが
語られているようで...またまた見たくなってしまう。
なにより、楽しめるのがいいことだとおもう...もん

彼は日本を舞台にしたのは、民族的空間−物語−伝承−行事
意匠ー神ごとから呪術に至るまで、がどれほど豊かでユニークで
あるかはただ知られてないだけなので、
そんな豊かな伝統を持っていることを、私たちは根を失っていく子供たちに
伝えなければならない。
ボーダーレスの時代、
よってたつ場所を持たない人間は、もっとも軽んぜられるだろう。
場所は過去であり、歴史である。
歴史を持たない人間、過去を忘れた民俗はまたかげろうのように消えるか、
ニワトリになって喰らわれるまで玉子を生み続けるしかなくなるのだと思う
と語っている。

楽しい、美しい映像に酔いしれた後、
はっと、気づけば...

ハクの名の少年のまなざしは、過去の歴史を見据えようとするもの。
千尋のまなざしは、等身大の私たちも、前を向けるって語っているような
そんな気がした。
妖怪さんや八百万の神々のかわいさ、楽しさの後に、
ここで深読み解説聞けるなんて、これも一粒で2度おいしくて...!!!

でも、映画のなかの不思議の温泉町に「生の眼」ありますって目のお店がありました。
あれって、どの神様が食べられるのでしょうか?

せんせい、知ってる?

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/08/27(月) 18:32<

バスク

もんむーさん、おひさしぶりです。min-minです。

バスクとバスク人に関して以前おミヨさんともお話しして、関連書物を探さねば、と思いながら
忙しさにかまけ失念しておりました。(^^;;

もんむーさんがおっしゃるように、バスクといえばほとんどETA(バスク解放戦線)等のテロリズム
の話ばかりになり、バスクそのものの情報が非常に少ないですね。
僕がバスクに興味を抱いたのは前にも書いたかも知れませんが、トレヴェニアン著『シブミ』を読ん
で以来です。作品の後半に登場するルッコというバスク人がなんとも魅力的に描かれております。

さて、それで僕もちょっとインターネットで調べてみましたら、次の様な関連本があるようです。
またちょっと面白いURLなんかもありましたのでご紹介します。

『バスク人』ジャック・アリエール著 白水社新書クセシュ・・・・渋谷にて2店ほどあたりまし
                               たが見当たらず。もう少し探
                               します。

『街道をゆく22,23=南蛮のみちT、U』司馬遼太郎著 朝日文庫

これはありました。実際は「南蛮のみちT」が【バスクとそのひとびと】と題しかなり参考になる
内容が書かれておるようですが未読です。 
この本の中でちょっと面白いな、と思われる箇所があります。
『バスクには山バスクと海バスクがあります』という箇所。このバスクをサンカにかえてみて下さい。
面白いでしょ。

バスクって、山の民とばかり思っていたのですが、ナ、ナント十、十一世紀頃には
セミクジラをビスケー湾で捕っていたんですねぇ!
これを記述した次のようなURLがあります。
http://www.handmadejapan.com/sidestory_/sst017_01.htm
http://www.mnet.ne.jp/~whalenas/seisuiki/seisuiki_01.html

以上あまりお役に立てませんがご参考まで。

min-min@横浜

ピンクのトカゲ - 2001/08/27(月) 07:40<

これも偶然?

ヤゾー
フーテンの寅の姓が『車』っていうようなもんですよ。

バチ師 - 2001/08/27(月) 02:45<

日女道

少し時代が下りますが、明治になり廃藩置県の時に、江戸時代の藩の中心であったのに県庁が置かれへんかったのは姫路と弘前ぐらいですな。ほんで戦前に旧制高校があったのに、戦後、国立大学がないんは姫路だけやちゅうて、友だちは憤慨しとりますが、ま、私はそんな情けない姫路がええと思てます。

あと姫路城がいっぺんも戦争してへんのと、印度のネールさんにもろた釈尊の遺骨(?)が名古山にご安置してあるぐらいがお国自慢かなあ。

あかね - 2001/08/27(月) 00:09<

古代播磨はアジール

ヤゾーさん
 「播磨学講座@古代──神は野を駆けて」(姫路獨協大学播磨学研究会・編/神戸新聞総合出版センター
発行)を読んでたら、興味深い記述が目に付きました。その中の「愛と闘いの詩──播磨国風土記の世界
──作家・寺林峻氏」の、「山間地にアジールの原形」から抜粋します。
 『人間が人間を縛り、裁く上には、息ぬきとなるような例外を認めないことには秩序が保てないという
ことがあって、それがアジールを育てていったといえるでしょう。国のしめつけがきつくなるほど、そう
した治外法権の場所が必要になってくるのですが、その一番早いアジールが実は播磨ではなかったかと
私は思っています。それも寺院とかいう狭い区域ではなく、西播磨の山間部一帯が一種のアジールとして
の性格を帯びていたのではないかと考えるわけです。時の権力から追われた人と自分から進んで逃げて
きた人を播磨の歴史の中から拾いあげると思いがけないほどの数になるはずです。すぐに思い出される
だけでも秦河勝、芦屋道満、平智盛、源季房などが浮かんできます』。
『こういう人たちを迎え入れたことによって播磨に古くからあった豊かさに裏づけられた自立意識に、
はっきりと反骨のすじ金を入れることになったのです。めったなことでは大きな力にのまれないという
意気込みです。これは特定の誰というよりも古代播磨の気風となっていたと思います。追われた人も
逃れてきた人も播磨の地に来て土地の人と姻戚関係を持つなどして広がりを持っていったからです』。
『そして、この気風こそが播磨国風土記に中央政権の成立するプロセスに起った残虐な事件までも
平気で書きとめさせたと思うわけです。土地の気風というのは郡司とか国司とかいう立場を呑んでしまう
だけの力を秘めていたと受けとめて間違いではないと私は考えているのです』。
『播磨の気風を形成したものとして、先進技術に裏付けられた豊かさと気候の穏やかさ、そして時の権力
にそういうのをいさぎよしとしない人を迎え入れたことにあると申してきましたが、ここで「畿内に最も
近い畿外」という地理的原因も大きくからんでいたことを改めて強調しておきたいと思います』(まま)

 古代播磨人が反骨の精神だったかどうかは、私にはよくわかりません。ですが、物部守屋によって、
秦河勝のもとにいた渡来尼僧・恵便が、東播磨北部へ流され、中央に戻されて活躍した後も、すぐに
中播磨へと自ら好んで戻り、以後そこで生涯を送ったという事からも、渡来人が住み易い環境があった
のは確かだろうと思います。それと、西播磨だけでなく、山陽道沿い、更には播磨中部の「鉄の道」
付近も同様にアジールだったのかもしれません。
 同氏の他の記述に、『播磨は贖罪の地とみなされていたのです云々…。播磨に追いやられた人は何かの
罪を犯したのではなくて、時の権力にさからったとか、何か不敬な言動をしたとかいうのが原因になって
いたのです』というのもありました。なるほどなぁ。播磨(や丹波)でサンカへの差別を聞かない、と
いうのは以上の事柄にも、原因があるのかもしれない…、と思いました。
 あ、播磨各地にも、縄文の遺跡は結構、見つかっています。 

ヤゾ− - 2001/08/27(月) 00:09<

これって偶然?

みなさん、こんばんわ。

しぶとく『千と千尋の神隠し』についてです。

アマテラスの使者であるタケミカズチがオオクニヌシに国譲りを迫ったときに、
「この世の政治は我が子孫がし、おまえはあの世のことをしなさい。おまえの住む宮殿はすぐに作ろう。
“千尋”もある注連縄でゆわえて、柱は高く太くしてあげよう」と言ったとか?

出雲大社の神官は出雲国造と呼ばれ、82代も続く家系であり、
その名を“千”家という。

ちょっと無理矢理かなぁ?

>天河神社のこと瀬織津姫との関係あるいは知っているのでは
>知ってるんでしたら、メールください。

ピンクのトカゲさん、こんばんわ。
天川という土地の意味や、また弁財天という性格として、
抹殺された側の人たちや神々を投影することは知っていますが、
瀬織津姫のことは全く知りませでした。

あかね - 2001/08/27(月) 00:06<

ヤゾーさん、にっちょさん、悼む言葉、有難うございます。嬉しいです。
ホントに、釣り糸をたれてくれているといいなぁ…。手先が大変に器用な人で、大好きな叔父でした。

にっちょさん。だいぶ以前にご自宅近くで、縄文の遺跡が見つかった、というお話をされていたと
思います(もし間違えていたらごめんなさい)。
その中で、「箸が見つかった」と話されていたのが、私にとっては非常に興味津々でした。
箸の素材や形、サイズがどんなものであるかによって、意味合いが色々、変わってきます。
もしそれが「鉄製」であれば、「錬鉄(錫)の際に鉄を挟む道具」かもしれません。
鉄は残る可能性が大変低いけれど、保存状況によっては残ってたのかもしれませんね。
もし、その箸が銅であれば祭祀に用いたものかもしれないです。
高野マキやその他の素材でも、箸文化伝来の点や、ずっと々、後代の三輪信仰、更に後代の膳部や笹原直
・阿倍や高橋・足立氏等と「刀式」(刀式の起こりは、北摂・茨木市にある総持寺。藤原○○←失念)で
仰ぐ神様(女神名失念…)のそもそもの由来とも遠く関連しているかもしれなくて、非常に興味深いです。
ちゃんと、発掘情報をチェックしておけばよかったなぁ。素人ですが、興味はつきませんのです。

ピンクのトカゲ - 2001/08/26(日) 22:02<

天河神社

2000年11月26日からの掲示板参照しました。
びっくりしています。
あの前後で天河神社が話題に上がってますね。
どの程度まで、ご存知ですか?天河神社のこと
瀬織津姫との関係あるいは知っているのでは
知ってるんでしたら、メールください。

にっちょ - 2001/08/26(日) 21:12<

あかね様

叔父様の死を悼む。
心からお悔やみ申しあげます。
黄泉の国で釣り糸をたれることでしょう。(合掌)

関西で言うチヌ釣りは関東では黒鯛と言ってひじょうにポピュラ−な釣りです。
繊細さを求めてこの道に入る方もたくさんいるみたいですよ、

「千と千尋の」・・こどもと見てきましたヨ。
Kumanolifeで勉強したおかげで深く見ることが出来ました。
地下の風呂炊きは手足が長く『土蜘蛛』のようであり、また黒柳徹子風のオババは『八咫烏』で
お風呂は一般庶民にも施浴がほどこされた『寺の風呂』あの大きな風呂釜は『千日の温室』がはじめられた
大湯屋釜、などなど勝手に思いこみ楽しく過ごせました。

これもkumanoに書き込みをなされている方々のおかげです。
早くまた皆さんが揃うことを心から願っています。

サクラ - 2001/08/26(日) 21:03<

縁か?

三河手筒花火のニュースTVで見てました。
昔に生まれていたら、インターネットがなかったら、
手筒したことのある方の貴重な話も聴けませんでした。
花火はげの話も(^^)
    きゃ、うれしい...アノさんに感謝です!

いろんな話知ってらっしゃる、ピンクのトカゲさん
これからも、貴重なお話を心待ちにしています。
あはは、たまにはドジ話も似合いそう....(^^)
あっ、これは、私のことでした。

ピンクのトカゲ - 2001/08/26(日) 18:53<

煙火

昨日は、市の手筒祭りでした。
私の籍のある地区は、煙火やらないんですが、祭りで煙火やる地区は、年に2回お祭りできるようになったって喜んでます。
煙火=夏って思うかもしれませんが、
こちらでは、3月ぐらいから10月ぐらいまで
煙火の季節です。
サクラさん
また、手筒について話しましょう。

もんむー - 2001/08/26(日) 16:47<

ピオ・バローハ

やぞーさん、みなさんこんにちわ

今日書店をまわったのですが、歴史民俗学はまだのようです。批評社のホーム
ページにも特に告知がないのが気になるのですが。

以前、おミヨさんが椋鳩十の小説におけるピオ・バローハの影響について書か
れていましたが、たかしよいち「椋鳩十の軌跡」(理論社)にもそこらへんのこ
とが書かれてました。

それによるとピオ・バローハはスペイン、バスク地方の出身で、バスク人をモ
チーフにした作品を多く発表しており、椋鳩十の「山窩調」はバローハの作品
「バスク牧歌調」を意識しているそうです。

下宮忠雄「バスク語入門」(大修館書店)によるとバスク人はスペイン北東部か
らフランス北西部にかけて生活しており、彼らの話すバスク語の起源について
はあまりよくわかってないそうです。その骨格がクロマニヨン人に似ているこ
とから、イベリア半島の原住民だったという説があります。

それで今、バスク人について調べているのですが、Google などで調べても、
バスク地方の分離独立派によるテロの話ばかりで、彼らの生活について書いて
あるものはみつけられませんでした。政治的な活動ばかりが目立って、彼らの
生活そのものの理解が進まないというのはちょっと悲しいところです。バロー
ハの作品も日本では絶望的なくらい出まわってなくて、まだひとつも読めてま
せん。

特にサンカとバスク人との類似性を示すような資料を見出していないのですが、
どなたかバスク人の生活に関する資料をご存知ないでしょうか。

でわでわ

ヤゾ− - 2001/08/26(日) 12:05<

地域性

みなさん、こんにちわ。

アカネさんの叔父さんは相当な釣りバカだったんですね。
叔父さんのご冥福をお祈りします。
昨日も釣りバカとの会話の中で、『がまかつ』の竿の評判がよいのは何故なのだろう?
僕たちはまだ使ったことがないので、次ぎは絶対にがまかつの竿を買おうとな話してましたよ。
それとフライではなくて毛鉤を少しだけコレクションしていたことがありました。
使うというより小さくて綺麗なので?

サンカに対しての差別についてですが、とても地域性があるようです。
その辺りにとても重要なものが隠されているのかも知れません。
下北山での、サンカの人たちと親しく接していたお年寄りの話しでも、
全く差別心というものがなく、同じように学校に通い、お互いの家と瀬降りを行き来していたそうです。
またサンカの子供はとてもできが良かったと話してくれました。

沖浦教授が仰られるのは、それはサンカの人たちに対して、
どこか仲間意識のようなものがあったからなのだろうということでした。

それとは逆に、この秋に出る沖浦教授の『幻の漂泊民・サンカ』では、
最後のサンカといってもよい人たちを取材したものがあるみたいですが、
その中で、彼らが厳しい差別に苦しんだ話しがあるそうです。

また、利田ヤゾウが取材した、昭和50年頃まで戸籍のなかった松サンたちサンカの姿と、
下北山での話しの中のサンカ、沖浦教授が取材した最後のサンカの人たちの姿の違いは、
それぞれ地域性があったことを意味しているのかも知れません。


アカネさん、伏見稲荷では毎年11月8日に吹革(フイゴ)祭りというのがあるようですね。
稲荷神社が秦氏の氏神であることなどを思うと、タタラと稲荷、秦氏との関係が見えてきますね。
また、ご存知のことがありましたら、ご教授下さい。

あかね - 2001/08/26(日) 07:15<

バチ汁

↓の続き
 バチ汁、父も好きだそうです。よく母親が作ってくれたと、懐かしそうに話してくれました。
うちではバチ状のものは手に入らないので、普通の揖保の糸を使います。私も好き。
 バリ師さんの姫路弁でのお話、嬉しく懐かしく、これからも楽しみにしております。めんめら〜(笑)
東播磨の最奥は、同じ播州弁でも語尾が全然違い、スロ〜な感じです。全般的な気質も違うかも
しれません。女の子がしゃべるとかわいいけど、男性がその語尾を付けて話すとまったりしてて、
ちょっと眠くなってくる感じがします。のんびりまったりもっちゃり(-.-)で眠いのだぁ
 あ、東播磨中部のサンカのおばさんは、蜆も売ってらしたそうです。差別はやはり、ないです。

あかね - 2001/08/26(日) 06:55<

播磨の釣鉤

バリ師さん
 レス、大変遅くなってごめんなさい。京の鮎の毛鉤の件ですが、私にはやはり、ちんぷんかんぷんです
けど、職人芸の極みのような、値のはる美しい毛鉤も色々発売してるはずです。以前地元で、風格ある
品の数々を、写真で見た事がありますが、毛鉤も体裁も綺麗だナァと思っただけの奴です。ははは
ただそれは特別な職人仕事で、内職のおばちゃんたちが(それぞれ得意分野もあるらしい)担当する類の
簡単な品ではないと思います。でも内職の方々の仕上げの確かさとスピードも見てて驚きますよ〜。
あれは手先の器用さが要求されますなぁ。ちっこい釣鉤に巻くのなんて眼がじんじん痛くなりますもん。
 ほんでメーカー関連のHPも見てみました。「がま磯」なんてあるのですね。なんか良い名だなぁ。
 私事ですみませんが昨年、ちぬ釣が大好きな叔父が突然、亡くなりまして、焼き場に遺体をおさめる際、
棺に愛用の釣竿を一本、一緒に入れ(本当は入れちゃいけないんだけど)、骨あげの際、骨臺に竿の燃え滓
の欠片も一緒に入れるのを見て、涙が止りませんでした…。お墓に納める普通の骨壷とは別に、ごく小さ
な臺に遺骨の一部を分骨して、そこに釣竿も入れたのです。毎週のように出かけていた海に、その灰を
まくとの事でした。それがいいのかどうかわからないけど、叔父の人生にとって釣は大きな大きな要素
だったので…。グスン。叔父の釣った、特にちぬは美味しかったなぁ…
 朝から、暗い話題で失礼しましたm(__)m。しかも話の流れから脱線してしまいました。

ピンクのトカゲ - 2001/08/26(日) 01:14<

PS

正しい日本語
『天皇皇后がオランダ女王陛下夫妻の宮中晩餐会に招かれました』
これが正しい用法です。日本語の
この意味よく考えてください。
これはオウム以上にマインドコントロールされている証拠です。
神風&竹槍でB29追撃訓練
これ当時の最高レベルの学識者が指導したことですよ。

ピンクのトカゲ - 2001/08/26(日) 01:05<

さすがヤナさん

そうですよ。
でも、ちょっと、間違ってます。
天皇皇后は、陛下をつけてはいけません。
やっぱり、今のレベルこの程度か

ヤゾ− - 2001/08/26(日) 00:15<

歴史民俗学

もう出たのかな?
地元の本屋に注文していますが連絡はないです。

小さいグレはすべてリリースしました。
間違ってもヤナさんには釣られないようにと一言添えて(笑)

にっちょさん、釣果を心配するメールありがとうございました。
そうとうな釣りバカとお見受けしました。
次回は釣果を写真でお見せできるようにしたいです。

サクラさん、こんばんわ。

>それぞれの胸にあるサンカへの想いは山への憧れであったり、
>釣りへの憧れであったり、昔への郷愁や自然への憧れであったりします。

心にしみいる言葉だと思いました。
難しい問題にも取り組まなければいけないとは思いますが、
サンカを通して、シンプルに、失われつつある文化や自然を大切に想ったりすることに意義を感じています。

ヤナギムシ - 2001/08/26(日) 00:04<

もっと、敬語の勉強せなあきません

天皇皇后両陛下、オランダ女王陛下御夫妻の御主催による宮中晩餐会に御招きにあずかられた

           あかん・・舌かんで口の中痛うなってしもたがな・・

        うううん・・むつかしいな  わかりません!!?

          今の、若い衆・・敬語の勉強せんと

            訳判らんもんばかりになってしもて

  問題の、提起もでけへんように、なってしまうようになってしまうかもしれへんな!!


                    すんません・・ヤナでした

サクラ - 2001/08/26(日) 00:01<

こんばんわ!親愛なる

やぞーさん、無頼派桃色蜥蜴さん,min-minさん、ほか皆々さま

結論は出ないけど...
素直にいろんな方のスタンスでのお話聞きたいと思います。
白に関するいろいろな話も興味あります。
タブーによって隠される...それって闇の歴史を作るってことですか? 
私は闇の歴史が知りたいと思っています。

真っ青な空の下、山越えしているサンカの人たちの
一枚の写真に自由な憧れと明るさを見出している方々も居ると思います。
それぞれの胸にあるサンカへの想いは山への憧れであったり、
釣りへの憧れであったり、昔への郷愁や自然への憧れであったりします。

その中での差別の話や歴史の話もやはり欠かせないもののような気がします。
素直に利く耳があったらと思います。
そして、相手のことを認めながら語れたらいいのに...と思います。
前向きに...

やぞーさんやみなさんの大きな心で
こんな私にも、しらやまひめの話聞かせてくださいな。
そして、他の楽しい手筒花火や、釣りの話も
たたらのは話も聞かせて欲しいのですが...

ヤナギムシ - 2001/08/25(土) 23:39<

うんとこしょ・・どっこいしょ

おミヨさーーーん・・さくらさーーーん
  どこえいったん・・ええ・・なんですか・・
    すこし・・かたい・・なにがです?
  天王星ですか・・太陽から遠い・・光もあたらんから・・すこし暗いし
   寒いですね・・けけけけけけ

   おいしい料理食べてる時、だれや・・便器のふた開けるのは!!

     ねえねえ・・ヤゾー・・グレのこまいの釣らんといてや・・

   おおきなって・・」ヤナの釣り針にかかりたい・・ゆうとったんちゃいますか

              あらま・・電話や・・ほなまた


                     ・・やなでした  



     

無頼派桃色蜥蜴 - 2001/08/25(土) 20:17<

報道機関の去勢

この問題について、もう一言だけ書かせてください。
昨年のゴールデンウィークに新聞各紙で『天皇皇后両陛下、オランダ女王夫妻の宮中晩餐会に招かれる』って報道がありました。
これどう思います?
おかしいと思いませんか?
日本語には、謙譲語って言うのがあります。
身内には、敬語を使わないって言うやつです。
もう一度見てください。
おかしくありませんか?
これを万人がおかしいと思わないうちは、この問題自由な発言ができないのでは...

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/08/25(土) 14:42<

確かに重いですが・・。

みなさん、こんにちは。min-minです。

まず最初にこの掲示板を掻き回そう、というような意図で発言しているわけでは
けっしてない事を述べさせてください。

>>天皇制についての専用ページでも作って議論するのが良いと思います。

いえいえ、天皇制の是非やらシロクロ決着をつけるとか、そう言う問題ではなく
発言の中でどうしても「天皇」もしくは「天皇制」について触れざるを得ない
場合が多々あるかと思います。その時、必要以上に腰を引いて述べる必要は無い
のでは?と言いたいだけです。それが肯定する立場に立つか否定される立場に立
つかは個々人の自由なわけで、逐一ヒステリックに非難されるものではない、と
考えるからです。

私個人の考えでは、世間のマスコミについては、こと「天皇」もしくは「天皇制」
に関する報道姿勢は完全に“去勢”された状態である、と言っても過言ではありま
せん。
それは1961年に発生した深沢七郎氏の『風流夢譚』(中央公論)にまつわる
右翼陣営からの攻撃に屈服して以来、この国には「言論の自由」は死に絶えたのです。
だからといって、この掲示板でも「歩調を合わせる」必要は感じません。
けっして「パンドラの箱」を開けるなどと大それたことだとも思いません。自然の
流れの中で「天皇」「天皇制」の話題も語れる場であることを願うものです。

>差別をなくす行きつく先は天皇制解体です。

ピンクのトカゲさん、あなたのスタンスは了解致しました。これもひとつの意見
だと思います。また、ある意味で勇気ある発言だとも思います。

おそらくこの話題でやりとりしても結論が出るとは思いませんので、私からこの件
にかんする「書き込み」はこれにて終了いたします。

min-min@横浜

とんちんかん小僧 - 2001/08/25(土) 14:15<

伊賀者・甲賀者とスッパ・ラッパ (1)

副題:忍道を目ざした伊賀者・甲賀者
 *今後もスッパやラッパについては何度となく書く予定です。

「忍術とは偸盗(ちゅうとう)術である」というそっけない表現がある。
 技術的には、たしかにそうである。
 忍者の使命は、それが義理であれ、請け負いであれ、ある限定された目的のため
に偸盗術を使う。
 盗賊は偸盗のために忍術を使う、というのが差異といえば差異である。もっとも、
忍び込まれ、ものを盗られたほうからいえば、単に盗賊にしてやられたと思うほか
はない。
『万川集海(ばんせんしゅうかい)』には、
「そもそも忍芸は、ほぼ盗賊の術に近し」といい、だからこそ、“正心(しょうしん)”
[いずれ詳しく書きます]ということを強調したわけである。
 伊賀忍者・甲賀忍者は、そのように修行した。忍術を忍道にまで高めようとした事に
なるが、そのため、しだいに技量は落ちたのだろう。人格の完成を目ざせば目ざすほど、
使用し難くなる術だからである。
 けれども、そんな経緯を辿るものが忍者である。だから、忍者学などという大げさな
ものはないにしても、忍術を職能として、おそらく組織的に活用した忍者といえば、伊賀
者・甲賀者をおいてない。
 それ以外の忍者らしい働きをしたのは、
<スッパ、ラッパ、トッパ>とよばれる連中だった。
 むろん、混同はある。忍者として伊賀者が有名になると、忍者的働きをする者を、伊賀
の出身であるなしにかかわらず、“伊賀者”とよんだ。
 加賀の“偸組(ぬすみぐみ)”など、諸国に伊賀者が抱えられたというが、それらの多く
は、スッパ、トッパの類だったのだろう。逆に、伊賀者のことを“伊賀のスッパ”とよぶ
場合がある。
 こういうわけで、スッパ、ラッパは厄介な対象だ。けれども、戦国期から徳川初期の盗
賊は、彼らが主役だった。もともと、スッパ抜く、あるいはトッパなやつ、というように
、動作を示すのが語句の本義のようだ。
 意味合いとしては、忍者的役割を表わすほか、盗賊をさすこともあれば、無頼の徒をさ
すこともある。また、常民とは異なる一団(たとえばサンカ)を表わす場合もある。
                                    −つづく

ヤゾ− - 2001/08/25(土) 13:25<

解放とは歴史文化の尊敬から?

無頼派桃色蜥蜴さん、こんにちわ。

>差別をなくす行きつく先は天皇制解体です。

差別解放運動に携わっている方の中には、そういう考えの方が多いということは知っていますし、
その考えもよく分ります。
また、部落の権化といってもよい作家である中上健次氏と栗本慎一郎氏との対談の中にあるような、
「天皇というのはそういう闇の部分とストーンとつながっているんだな」といった親近感的感覚もよく分るのです。
(2000/11/26〜の掲示板を参照願います)

僕としては、何かを否定することによっての解放や名誉回復よりも、
闇に葬られた側の人たちの歴史文化を再認識し、
お互いが尊敬し合い、誇りに思えるようになればいいなと思ってます。
その為には、嘘に嘘を固めた歴史ではなくて、真実の歴史を明らかにすべく、
探究することはやって行きたいと思ってます。
と、大層なことを書きましたが、単に好きでやっているに過ぎません。

白山についてのお話をもっと聞きたいです。
どなたか聞かせて下さい。
山鳥の詩もお願いします。

無頼派桃色蜥蜴 - 2001/08/25(土) 12:05<

感性?

幸か不幸か私は感性というものを持ち合わせておりません。
先日の騒動にしても私には、どこがどう騒動だったのか未だ理解できていません。
そうした感受性欠如の人間ですので発した言葉があらぬ方向に行くのではとの懸念からの書き込みです。
以上の部分だけを捕らえてレスしないでください。
さて、ヤゾーも指摘の通り小説からこの世界に入ってくる人も多いと思います。
一方、現実問題(自分自身の問題)として差別と言うことを考えている人もいるのです。
今では、気にしてませんが、地方出身、地方在住、ただ、香具師の血筋というだけでアイツは、俺らとは違うという眼で見られたことがあります。
部落出身者については、地方では、現実の差別としての問題が横たわっているのです。
身分出自による差別、一種のカーストです。
その頂点に立つのが天皇と言うことです。
差別をなくす行きつく先は天皇制解体です。
天皇制を議論する掲示板を設けるのではなく、差別と天皇制解体は、表裏一対の関係にあります。
やっぱり話題変えましょう。

ヤゾ− - 2001/08/25(土) 09:30<

感性

みなさん、おはようございます。

ふじこさん、はじめまして。
慶隆一郎氏さんの小説を読んで、サンカに関心をもつ方も多いみたいです。
今後とも、よろしくお願いします。

朱奈さん、ありがとうございます。
後で、風の王国掲示板にレスをつけておきますね。

ピンクのトカゲさん、min-minさん。
岡山では、Donglyさんに僕のクルマに同乗して頂き、そうとう突っ込んだ意見を交換しましたが、
その時の僕の印象は、サンカや部落について、とても深く知っておられる方だというものでした。
殆どの意見が一致したことから、Donglyさんにしてみても、僕に対しても同じように思われたかも知れません。
知っているからこそ、語るのには順序もあり、時期というものがあると感じています。

>そのとき、長吏部落(穢多村)と向き合えるか、目を逸らさずに居られるか?

Donglyさんの文章を読み返してみて、充分に向き合っていたと感じています。

>何時までもこの問題を回避してはここの掲示板の存在意義もまた疑われかねません。

それこそここで天皇制を議論し出したら、中途半端に終わるのではないでしょうか?
生半可な気持ちで天皇制を議論するのは難しいと思っています。
天皇制についての専用ページでも作って議論するのが良いと思います。
単に天皇制についての個人的な意見なら、
特別意識しなくても、話の流れから話題になったりすると思います。

さんかうぶさん、お久しぶりです。
貴重なご意見、ありがとうございました。

ヤナさん、昨日はコッパグレの入れ食い状態でした。
濁りはまだ少し残っていましたが、うねりは殆どありませんでした。
行くのが1日遅かったみたいです。


僕が、サンカや被差別部落に惹かれ関心をもち始めた理由は、
なんら思想的なものによるものではありません。
感性によるものです。
それらの血を意識した時に、細胞の一つ一つが、
ワクワクとした喜びを感じたからかも知れません。

それと同じように、昭和天皇が好きだという想いも感性によるものです。
なんら思想的なものはありません。

天皇制については、僕にはよく分りませんが、
天皇というものに関心があった時期がありました。
それは、柳田国男が、サンカや被差別部落には、
日本の文化の古層に属する重要なものを表示していると指摘したように、
宗教者としての天皇に同じようなものを感じていたからなのかも知れません。

久しぶりの釣りから帰って、ホケーと惚けている時に、
難しい話しを振られるとレス書くのに難儀します。
それで、また釣りに行きたくなります。

さんかうぶ - 2001/08/25(土) 02:31<

アンモニア?

こんにちわ。
皮なめすのにアンモニア?ですか?。小水の中に含まれる胆汁成分ではないので
しょうか? ( 蛋白の固定でしょうから)。
以前、京都で甲冑作っている人から聞いた話では皮ナメシに牛の脳みそを
使っているらしいです。初めて聞いた時には驚き、それ以上の具体的な作業手順
を聞き出す気にもならなかったです。でも、大体、想像は出来ますがね。

サンカについてでも同じ事ですが、
別所、俘囚と穢多は(経過上、重複する部分も多いですが)やはり来歴由来が
違うはずですので、別々に論じるべきではないでしょうか?
短気になって、十束一かかえにしたら、重くて足がふらつき、タジタジとして
蛇行しそうです。


ヤナギムシ - 2001/08/25(土) 00:14<

むむむむむむむむ

minさん・・ヘビーやね・・
  むむむむむむ・・・
確かに、・・切羽詰った感じがしますね
   わたしの、思いとはかなり、離れた世界を
                  見ているような気がしますが

   いまここで、パンドラの箱開いてしまうのでしょうか??

        

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/08/24(金) 23:01<

無頼派桃色蜥蜴様

ピンクのトカゲさん、こんにちは。日和見min-minです。(^^ゞ

>>白山信仰ということになれば、あくまでも「しらやまひめ」が原義です。
「はくさん」で考える前に...
この神も瀬織津姫と同様(というよりオシラを介しリンクするものと思います)、記紀から抹殺された神です。

この辺り、ザックリと説明願います。モヤモヤするのは大嫌いです。

>>それと、この問題については、別所、俘囚といったあいまいな表現でなく、穢多というものと正面向き合わなければ、取り組めないと思います。

御意!
これは以前よりず〜っと、感じていた点です。「別所」、「俘囚」と言って、一体普通の日本人の何割の人々が理解できるでしょう?
「穢多・非人」として僕らは教育を受けたのです。はっきり言えば良いのでは?

>>生半可な気持ち(当然、天皇制の是非は避けて通れません。)では難しいものと思います。

これまた、賛同。
弊発言(8月11日付け)の
>>【天皇制】についてもタブー無しで行きたいと思います。

のとおり、この姿勢は変えておりません。「天皇」もしくは「天皇制」に関しては極めて
デリケートな問題である、という認識は持っておりますが、何時までもこの問題を回避
してはここの掲示板の存在意義もまた疑われかねません。
では自分自身の中で「天皇もしくわ天皇制」の問題が全て整理されているか?と問われると
答えは残念ながら“NO”です。でも、考え続けています。決論はまだ先のことかも知れませ
んが、この「思考」が今を去る十三年前の「昭和天皇崩御」の時のように、訳の分からない
『自粛』なる言葉で「思考停止」をくらった苦い思い出だけは忘れないつもりです。
そうした「暗黙の圧力」を感じる限り、抵抗を続ける所存です。

>>中途半端で止めるならこのあたりで話題変えましょう。

はい、そういうことです。みなさんの率直な意見を知りたいです。

min-min@横浜

ふじこ - 2001/08/24(金) 21:23<

松平忠輝

初めまして、サンカに興味を持ったのは弘法大師空海からです。彼が遣唐使として必要だった費用は山に住む鉱山技術者達の援助によってまかなわれたと言ったようなことからです。山岳修行者とも密接なつながりがあったのでしょう。そしてまた、この夏徳川家康の息子の一人である松平忠輝が母が鍛冶師の出で、やはり漂白民と密接なつながりのある人生を送ったという慶隆一郎氏の小説を読みとてもおもしろかったです。
 渡しは小学生のころ佐賀県にすんでいたのですが、そこには背振山脈と言う山脈があるのです。サンカと何か関係があるのでしょうか。またそのころ髪もひげも伸ばしナップザックを背負った異様な3人連れの男の人達を見かけたことを、あまりにも異様だったため覚えています。あの人達はサンカだったのでしょうか。

朱奈 - 2001/08/24(金) 18:19<

こんにちは

こんにちは、また来ちゃいました。今回は色んなページを拝見させて頂きました。
Photo ギャラリーでの写真、とても心が洗われるようでした。緑と水の組み合わせはとても素敵です。
他にも便利なページがたくさんあって、ビックリしました。
塩とか薬草とか...興味があるものだったので、じっくり読んじゃいました。

ヤゾーさん、風の王国掲示板にも書き込みさせていただきました。
それでは

kumanoの無頼派ピンクのトカゲ - 2001/08/24(金) 16:25<

まさしくそれです。

あかねさん
まさしくそれです。
これを避けては通れません。
そのとき、長吏部落(穢多村)と向き合えるか、目を逸らさずに居られるか?
最初にkumano来たとき、この問題には触れない方がいいとDonglyさんに釘刺されました。
ワルやってたときの仲間。
何人も部落出身者居ます。
やるならヤツラのためにも現実問題として、徹底してやりましょう。
中途半端で止めるならこのあたりで話題変えましょう。

ヤゾ− - 2001/08/24(金) 15:15<

河原と散所

「屠は、よろずのいきたるものを、ころし、はふものなり。これは、りょうしというものなり。
沽は、よろずのものを、うりかうものなり。これは、あき人なり。これらを下類というなり。(中略)
りょうし、あき人、さまざまのものは、みな、いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり。」

と、真宗門徒の聖典・五五三頁にあるようですが、

そのような賤民群の中に、河原と散所の二つの流れがあったとされています。
時代が下るにつれて散所の民も河原の民との区別なく賤民とされたようですが、
平安末期頃に、神社や寺院の所有する散所に流人や難民が入りこんできます。
そうした人々は雑業に従事する人々でありましたが、
散所に住居する条件として、支配社寺の所定の奉仕義務を負わされることになります。
それは巨大な支配力をもつ社寺に隷属することで、逆に保護を受けることでもあります。
それにくらべて河原の民には隷属の義務もなかったかわりに何の保護もなかったといいます。

台風の後にはバカ釣れすることがあります。
それで釣りバカが釣りに行こうと誘うので、
今から、釣りに行ってまいります。

サクラさん、きょうかいさん、こんにちわ。
あかねさん、稲荷と産鉄について、ありがとうございました。
釣りから戻ってきたら、報告します。

“お願い”

リアルにサンカの姿を描いた『鳴けない山鳥の詩』の中に、白山信仰について書かれていたように思うのですが、
白山についてどんなことが書かれてあったのか、本を買った方は教えて下さい。

あかね - 2001/08/24(金) 14:23<

稲荷と産鉄

>稲荷信仰とタタラには深い関係があるようなことを聞きますが
 ヤゾーさん、好きな話題をふって下さり、有難う。おミヨさんも! 稲荷には「稲穂が成る」や
「鋳成り」説などがあり、農耕の進展には鉄製道具が不可欠であるというのも大きな関わりですよね。
稲荷信仰についてはご存知、神奈備さんがわかりやすくまとめておられるのは、ご覧になられました?↓

   http://www.kamnavi.net/inari/index.html

 山砂鉄採取は赤鉄鉱を多く含有する山土を、水流で下方へ流して得るため、その初期には扇状地の
田の開発になりました(鉱山のある地は長石粘土に恵まれ、土地が肥沃で農耕にも適す場合が多い)。
また鉱山の水脈把握は、鉱石採掘の際に重要です(例えば武田信玄の弟配下となった産鉄の「百足衆」も、
水脈を見つける技術を持っていたそうです)。
加えて精練にも、水は不可欠ですね(もちろん田圃開発後には、農繁期に採掘・精練を行うと田が荒れる
ので避けるべきなのですが、中々そうはいかず、近世になっても、農繁期には山師等側へ農従事者から、
苦情が絶えない事が多かったそうです。と言っても、農民も農閑期には鉱石運搬に従事し、率の良い
金子を得る場合が多々あったとかで、難しいところなんですが)

 遡って褐鉄鉱(錫)の初期製鉄時代には、葦や蒲等の禾本植物の根元に成す錫を採取するため、同時に
湿地開発にもなったようです。産鉄にとって水辺、水脈を押さえる事と、農耕には深い関わりがあり、
漁民の道具と農具、鉱山道具(中には杣や伐採道具も)、大工道具(鉱山の樋大工等)に共通点が多く
見られるそもそもの理由は、この辺りにまで遡ります。

 本来の大地母神としての産神、原始宗教としての稲荷信仰へ、天台密教の『茶枳尼天』(天台密教は
学研エンテリカシリーズがわかりやすいです)、禅寺で見られる『ウスサマ明王(雪隠の神様。汚物を浄化する)』
等や、「掃く」から便所神・箒神・安産(白砂等)信仰、水神、山神(主に東日本)等も習合…。

 オシラサマや白山信仰も関係があったはず。白は産室の白や女性の白無垢の白で、生まれいずる際には
真白でなければ生まれないという考えもあったそうです。加賀白山のククリ姫がイザナギの汚辱を水で
生まれ清めさせた話も、関連あったかと思います。柳田説では、「シラ」は誕生または分娩と関係した
言葉で、沖縄等に残る産屋はシラとよび、特に「稲積小屋(稲の産屋)」も指していたそうで、生むもの
育つものをシダ、即ちシラと古語では言っていただろうと、確かあったはずです。
加えて和の建築歴史的には、この稲積小屋の神が、後に「納戸神」(納戸は元来は稲を積む部屋→納戸神
の場→夫婦の寝室→子をなす場)ともなっていくようです。←「積む」は、秦氏が秦を賜った起源、伏見
稲荷とも関連してますね。

 あ、タタラとダイレクトに関連してるのは、タタラが「ホト」に例えられる、という基本的な事を
忘れてました。鉄が何度も再生する、生み出される力がある→穀・稲霊へと。
他には、鍛冶屋の妻が、産婆を勤める場合も多くあった点も、ありますね。
 あ、汚物の話では、梅原猛説の葦原醜男の「シ」が、アイヌ語で汚物を指すという強引と思える説は、
掃く、白、清めて再生する、穀物神、生み出す力辺りの信仰とも絡めて考えているのかもしれませんね。

 話が飛びますが、「四谷怪談」縁の「お岩稲荷」は、鉱物採掘加工と関連してるようです。
武家ですが「伊右衛門」とは、江戸時代、優秀なマエビキ鍛冶に与えられる登録商標だったとか。
 仕事中に急いで書いてるので、話は前後するは、うろ覚えだわ、ですみません。間違いがあったら
ご容赦下さい。だいぶ、色々抜けてますが、すぐ思い浮かぶのは、こんなところです。

>ピンクのトカゲさま
「長吏由来」書と白山の関係を思い出しました。

きょうかい - 2001/08/24(金) 03:19<

ちょっとずれますが、白衣について

以前、何で医者、看護婦は、白衣なのかと考えてました。写真を見てると
大正のある時期までは、黒衣なのです。なぜかというと特に外科医は、
返り血を浴びるにで目立たぬようにしてたみたい。ということは、あまり洗ってない
ということ。ゼンメルワイスという人が、感染という事を発見するまでは、
不潔はどうでも良かったみたいです。きょう、たまたま「葬儀屋さん」(八尋一郎)
という本読んでたら、葬祭の正装が、もともと「白」だったそうな。たぶんそれが
今の「黒」に変わったために医療は、「白衣」にしたのかなと思いました。
 でもどうして葬祭は「黒」になったのかなあ?誰か教えてください。
20年くらい前、祖父の法事で白ネクタイで行ったら、従兄弟の嫁さんに、
まじで軽蔑されたのを思い出しました。単に知らなかったのです。

サクラ - 2001/08/24(金) 01:59<

ながれ...ながれて

昔、川は曲がりくねり
たくさんの水害をおこし、時には急に時には緩やかに自然を育んできたという。
いま、曲がりくねった川はなくなり...ダムが出来た。

言の葉が生き物として、移り変わりゆくなかに
昔の息遣いきこうとしている...

なんて思っていたら、
昔読んだ「もう一つの万葉集」イ・ヨンヒ著がめにとまった
万葉集を古代韓国語で読み解いてみた本ですが、
一つ一つの言の葉に込められた意味が今までとは違った形で読めそうで、
またよんでみようかなぁなんて思っています。

大泊瀬稚武天皇(雄略天皇)の
こもよ みこもち ふくしもよ むぶくしもち
が
狛よ 瑞穂の狛たちよ 復旧(ぼっく)よ 瑞穂の復旧の者たちよ
なんて読み解いた本です。
ちなみに瑞穂というのは「みちゅ」(水湾というと言う意味の古代韓国語)
「ほる」は郡(こおり)を意味した韓国語。
だからみちゅほる国すなわち広開土王に滅ぼされたびりゅ百済のことだそうです。
「復旧島よ」と言うのは「日本人よ」という呼びかけでで、
みちゅほる国の高句麗系の狛続が彼らの占領地を呼ぶ時の呼称だとかかれてます。

ね、韓国語で読み解けるなんて、ちょっと万葉集のイメージ変わって
面白いですね。今度読み直したら、新しい発見が有りそうで、わくわく...

ヤゾ− - 2001/08/24(金) 00:03<

白山は吐く山(火を吐く山)

なるほど、白山とは火山を意味した言葉でもあったのですね。

渡来系の人たちにとって、火山はなによりも嫌なものであったとの話しを聞いたことがあましたが、
確かに、渡来系の人たちが多く移り住んだ関西には火山がありませんね。
と、いうより、渡来系の人たちの中でも、火山を怖れたグループと、神聖視したグループがあったのかも知れません。
縄文系の人たちにとって、火山は身近なものであり、神聖視する存在でもあったので、
縄文土器に見る、火山の爆発をイメージしたものが多いのだという気がします。

それと、朝鮮半島で数少ない火山の一つが白頭山(中国名は長白山)であり、古朝鮮の開祖とされる檀君の神話の舞台でもありますね。
日本の飛鳥〜平安時代にかけて、朝鮮半島の付け根に渤海国(ぼっかいこく)と いう国があり、
歴史上10世紀半ばに契丹(きったん)により滅ぼされたといわれていますが、白頭山の噴火によって滅んだという学説も有るそうです。
また、朝鮮半島において、やはり皮を剥ぎ、漂泊する人たちの呼び名が白丁。

やはり『ハク、白』という言葉には、深いものがありそうですね。

>記紀から抹殺された神です。
>別所心の深層心理でしょうか。

ハク) 私の本当の名は『ニギハヤミ コハクヌシ』 コハク川の化身の白龍。

    本当の名前を取り戻すことの意味かぁ.....

『千と千尋の神隠し』に関したインタビューの中で宮崎監督は、
「途中から仏教や儒教が入ってきたけれど、結局、僕たち日本人の中には、原始的な宗教心が残っている」
というようなことを仰っているようです。

にっちょ - 2001/08/23(木) 22:52<

こんなのもありました。

白には1)長崎キリシタン語で神仏を奉ずる者、2)盗賊・女盗賊
とあり、「白波三人男」で知られます。多いのは」3)別所関連で、
白山(しらやま)、白峰、白子など枚挙にいとまなしです。白衣は
八十八ヶ所参りの死装束と死の直前お世話になる方の衣、明治期まで
の喪服で、褌も腰巻も汚れてても白、奴豆腐も白(坊主の作るゴマ豆
腐は黒色)、車も白色が多く、奥様だけが「しろない」と白のエプロ
ンをかなぐり捨てました。別所心の深層心理でしょうか。

何故か懐かしいDonglyさんの書き込みでした。

ピンクのトカゲ - 2001/08/23(木) 22:15<

しらやまひめ

白山信仰ということになれば、あくまでも「しらやまひめ」が原義です。
「はくさん」で考える前に...
この神も瀬織津姫と同様(というよりオシラを介しリンクするものと思います)、記紀から抹殺された神です。
それと、この問題については、別所、俘囚といったあいまいな表現でなく、穢多というものと正面向き合わなければ、取り組めないと思います。
生半可な気持ち(当然、天皇制の是非は避けて通れません。)では難しいものと思います。

とんちんかん小僧 - 2001/08/23(木) 22:09<

大間違い

『陰陽忍軍歌』で鉢屋七平とは鉢屋弥三郎の変名だと言いましたが、後で調べて見ると
違うことに気づきました。
 鉢屋七平なる人物は、鉢屋衆の棟梁となったので鉢屋の名字を名乗っているが、本名
は、なんと笛師七平といい銀兵衛亡き後に鉢屋衆の棟梁に任命されたようです。
 鉢屋衆について、新たなる事が判りました。いずれ発表します。

おミヨ - 2001/08/23(木) 20:26<

前につづく

お稲荷さんとタタラ深い関係があります。

白山も吐く山(火を吐く山)でやっぱり関係あります。

タタラにくわしいあかねさんしばらくです。

あかねさんいっぱい書いてね。

没義道法主 - 2001/08/23(木) 20:15<

台風、グズってましたね

台風の時や大雪の時は考えます。セブっている人やむかしの人は、どうやって雨風をしのいだのか、と。
考えてみるとコンクリの箱で安全に台風をやりすごせるようになったのは、長い人類史の中でも
ここ百年ちょいのことなんですよね。雨だの風だのを恐れるほうが間違いなのかも知れません。
でも文明に毒された私は、アウトドアライフとは対極の人生をあゆむしかないのです。
だからこそサンカとか別所とか、体制やシステムとは無縁の人たちに興味深々。

えっと、長年の疑問だった俘囚と武士の関係、関幸彦さんの「武士の誕生」NHK出版読んで
きっかけがつかめました。関試算で平安中期俘囚数は約三万。そのうち一万が関東にいたそうです。
当時の健児が千そこそこでしょうから、大変な数です。
確か正丁人口が六百万かそこらのころでしょ。(ここらウロ覚え)
人民人口の0.5パーセントが俘囚ということになります。
現在人口に換算すれば75万。自衛隊の三倍以上です。
俘囚は鉄技術者の面と、軍事専門家としての面もあったんでしょうね。俘囚の中から
侍大将になった者も多いと思います。悲惨な奴隷と言うより、やっぱローマ帝国のゲルマン人
じゃなかったのかなあ。

おミヨ - 2001/08/23(木) 20:13<

皮と川

昔、トイレの事を「厠」といっていた。流れ沿いに住居を持つ人々は、その流れに桟橋のような、張り出し
を設け、先端に囲い小屋を作って用をたし、天然の水洗トイレであって本来は、「川屋」だったらしい。
その昔、皮をなめすのにアンモニヤが必要なことから皮屋さんが荷馬車でお小水をとりにきていた。
皮と川つながりませんか?ちょっとあやふや。
雪隠は皮屋言葉で節が折れぬように展し乾かす事をいい、引っ張る棒杭のことですって。

Donglyさん復活で〜〜〜〜〜〜す。

ヤゾ− - 2001/08/23(木) 19:45<

再び『ハク』について

ハクという言葉を考えてみましたが、泥沼にはまってしまい、訳が分りません。
自白、白状の白と吐くには共通した意味があるように思います。
では色を表す『白』はどこからきたのか調べてみると、
ドングリのハカマを剥ぎとると、色が白いところからきたものだと言います。(本当かな?)
ということは、河をテリトリーとした狩猟民が皮を剥ぎ、ドングリを食べるのにハカマを剥ぐという行為から、
ハクという言葉が生まれてきたのかも知れません。(無茶苦茶言っていたらゴメンナサイ!)
その『ハク=白』が、やがて白山信仰として、主に原住民系の人たちの信仰になっていったのでしょうか?(もの凄い飛躍です!)

>皮屋がアンモニアを持ちにくるから厠

なるほど、言葉は奥が深いですね。

>ヤゾーさんの体も風で揺れてた

はい、飛ばされそうになりながら撮影してました。
ところで、稲荷信仰とタタラには深い関係があるようなことを聞きますが、
何かご存知ありましたらご教授下さいませ。

あかね - 2001/08/23(木) 09:37<

荒れる海

ヤゾーさん。フォトギャラリーの新作、拝見しました。
動画も見た。波が岩肌を激しく洗ってて恐いけど、ワクワクもしました。自然の凄さだぁ。
画面が揺れてる気がするのだけど、もしかして、ヤゾーさんの体も風で揺れてた?

ピンクのトカゲ - 2001/08/23(木) 05:37<

カワヤ

Donglyさん復帰すれば、直ぐレスくれるでしょうが、
カワってピンクのトカゲめが
現在のクロームなめしの前は、革をなめすのにアンモニアを用いていたから
皮屋がアンモニアを持ちにくるから厠
当然水も必要

とんちんかん小僧 - 2001/08/23(木) 01:08<

陰陽忍軍歌 (15)

 そして、高倉山へかろうじて駆け登り、上月城方面を一望して驚嘆した。
一ひねりで倒れそうな上月の小城を二重三重に取り囲んだ毛利の大軍――谷も山も田も
川岸も、すべて毛利の軍勢で埋まっている――。
 秀吉は、毛利の力の巨大さを、その時、たしかに見た。
 その同じころ、徳利老人も一族一党の総力をかけて上月城攻めにかかっていた。
 信長より派遣された播磨救援の大部隊約五万余は、徳利老人の放った手の者と、既に
毛利への内応が成立している荒木村重の側近にある池田宗次(池田のオゲ衆と呼ぶ素破
)一党との連携による流言飛語により、秀吉の総帥力が危ぶまれ、各将の意見、主張が
勝手放題となり、部隊は加古川近辺に滞留して動かず、秀吉は完全に孤立し、上月城救援
の軍勢は事実上少しも増加していなかった。
 徳利老人は、徳久以下忍役の腕の立つ者三十人ばかりを上月城内へ送り込んだ。
「尼子勝久の首を取れ」
 目的はそれ一事と心得よと命じ、さらに、子飼いの猫又ら若い組子ニ十人に、上月城
の水の手の砦を焼き払えと命じた。
「鉢屋に用心せいよ、鉢屋は捨て身じゃぞ」
 徳久にも、猫又にも同じことを言った。
 苦境というより一大危機に立った秀吉は、ついに上月城の尼子一族三千人を見捨てて
退却した。信長の諒解を得たといわれるが、退却より他に秀吉の助かる道はなかった。
 天正六年七月三日、孤立無援となった尼子勢はついに敗北。尼子勝久らは自殺し、山中
鹿介は降伏して捕えられた。
 徳利老人は、吉川軍が占領した大亀山陣地で数ヶ所の手傷を受けてもどって来た猫又の
手当てをしながら、その報告をきいていた。
「水の手で、鉢屋の待ち伏せにおうてわしらは全部やられた。徳久のお頭は鉢屋の頭と
刺しちがえて死んだと――仲間の一人が言うたが、その鉢屋の頭は、牛方宿の常吉じゃ
ったとョ。ほんまかなァ」
〈徳久が死んだ――常吉が鉢屋七平だった〉
 徳利老人は恐怖とも敗北ともわからない気分の中で、じっと動かずにいた。   終

ヤナギムシ - 2001/08/23(木) 01:02<

ヘヘヘへへへへーークション

だれや、、ふん・・好き好んでようあんなとこに・・いくわ!!
   あほちゃうか・・・
         なんでやなつれっててくれへんかったん・・

  なんて、アホの言えるヤナですが・・災害の時・・あまり冗談もいえません
    みなさん・ご無事でしたか!!

     じいじさん、donglyさん、いろいろ語りましょう、そして教えてください
  お二人は、がんじみたいですね・・・鳴けない・・山鳥だって鳴いてみたいでしょうに
         遠くでその声きいてる人だってあります

   ときには、すごく楽しみにしている・・雛鳥だっているんですよ
      親鳥の気持ちで・・鳴いてください

           楽しみにしている・・・ヤナギムシでした


          おおおおっと・・親鳥さん、ヤナギムシは、食べないで!!
                注・・・   下痢しますから・・けけけけ
       

ヤゾ− <http://www2.csc.ne.jp/~kumanolife/index.html> - 2001/08/23(木) 00:07<

河、皮はなぜ同音なのか?

みなさん、こんばんわ。
お陰さまで、これといった被害もなく、台風を無事に過ごすことができました。
でも、後始末が少し大変でした。

『千と千尋の神隠し』の中で、主人公のひとりである白が河の神であり、本当の名がニギハヤヒからきているのには、
どういった意味があるのだろうかと考えていました。
ある方に聞いた話によると、宮崎監督は映画を作る際に、膨大な量の資料を参考にし、
それらを上手く作品に生かしているところが、天才と呼ばれる所以であると聞いていましたので、
なにか意味があるはずだと考えていました。

カワという言葉は原始日本語だと言います。
では川と皮とでは全く違うものなのに、どうして同音なんでしょうか?
古代の人たちにとって、川は大地に被さる皮のように感じたからでしょうか?
それとも、皮を剥ぐ場所が川の近くであり、密接に関係していたからでしょうか?

ハクの同音語には剥ぐ、掃く、伯、白等があります。
剥ぐと掃くとでは、表面のものをはぎとるという意味があるのでなんとなく分ります。
では、伯にはどういった意味があるのかというと、長輩の男子、諸候の長という意味があるそうです。

それで、なんとなく河と白が関係のある言葉のような気がしてきましたが、
それ以上のことは思い浮かびませんし書いていて訳が分らなくなってきました。

Donglyさん、早く復帰してなにか教えて下さい。


朱奈さん、はじめまして。

あまり知らない僕が答えたら、嘘になるような気もしますので、
お知りになりたいことをメールで送って下されば、
知人のタヌキ憑きか言霊遣いかは分りませんが、
その人に答えを頂いてからメールで返事させて頂きます。
それを見て、自分の感性で判断して下さい。
今後とも、よろしくお願いします。

山ちゃんさん、はじめまして。
ありがとうございます。
今後とも、よろしくお願いします。

久しぶりに 【Kumanolife Photo Gallery】を更新しています。

http://www2.csc.ne.jp/~kumanolife/index.html

山ちゃん <http://www5c.biglobe.ne.jp/~qr3535/.htm> - 2001/08/22(水) 21:58<

前からみてた

このフォーラムに登録される前からこのページを見てたよ
相変わらず凄いページで感心致します。
フォーラムにページ紹介された記念にカキコです。

朱奈さんへ・・・
私も言霊関心派ですがどう言った意味でのご興味なのでしょうか?
もし私の知っている範囲でも言えますし、ヤフー検索エンジンで"井沢元彦""作家"で検索すると
井沢元彦先生(言霊研究家)の公式ページがあってそこそこ知れますよ。

朱奈 - 2001/08/22(水) 18:39<

初めまして

初めまして、朱奈と申します。
言霊について、探していたらこのページに辿りつきました。
私も言霊について大変興味を持っているのですが、私のまわりにはそんな風な人がいません。
この掲示板にこんな事を書いて良いのかかなり迷ったのですが、書かせていただきました。
言霊について私も学びたいと思っているのですが、もし宜しければ言霊について知っている限りで
いいので、教えていただけませんでしょうか?
メールでもOKなので、お願いします。

突然こんな事をお願いしてしまって、申し訳ありません。
それでは、失礼します。

とんちんかん小僧 - 2001/08/22(水) 14:56<

陰陽忍軍歌 (14)

うみさん
レス有難うございます。キャンプ楽しんで来て下さいね。
あと2回程で終わる予定です。次回作からは再び短編です。

もんむーさん
山田風太郎は、19、20歳の頃、よく読みましたよ。
本当に惜しい人を亡くしました。一度会いたかったなー。


副題:上月城落城と尼子氏の滅亡
 上月城奪回に成功した秀吉は、信長の諒解を得た通り、尼子勝久、山中鹿介ら
主従に上月城の守備を命じておいて、三月二十五日、姫路へ引き上げた。
 しかし、尼子がこの上月城守備隊につくことについて、尼子の重臣立原久綱(
鹿介の母の弟)は反対した。城として西方の地形が脆弱で、ここに立て篭もる者は
必ず敗北している事実を見ても、われらは、上月城に入るべきではない、というのが
、久綱の言い分であった。これと同じ判断を秀吉も持っていた。秀吉は上月城を廃城
にしようとしたのだが、山中鹿介のたっての願いを容れて、尼子の城として与えた。
 尼子一族は、城も土地も持たぬ漂白の牢人部隊にすぎなかった。鹿介は、その尼子
のために城が欲しかった。城が、たとえ“陣場借り”に似た預りものでも、御大将
尼子勝久に城主となってもらいたかったのである。
 上月城の復旧工事が慌しく始められた。本丸は半焼け状態で残っていて何とか使え
たが、ニの丸や南北の出丸、矢倉は焼失しており、特に重要な水の手、目高の集落に
ある菖蒲谷――そこには四季を通じて涸れることのない大量の湧水があった。鹿介は
水の手を守るために、目高の出丸に兵五百を詰め、水源地守備には盟友熊谷新右衛門
を隊長として兵三百を配した。
 日が経つにしたがい、旧地出雲や山陰各地から、尼子の旗揚げときいて譜代の臣や
牢人が集まり、総勢三千人を越える勢いとなった。
 四月十二日、京都出撃を計画していた吉川元春が、小早川隆景の再三の意見(宇喜多
直家に異心ありとの意も含め)に従い、京都出撃を変更して、小早川軍に合流して上月
城攻めに決した。その総兵力約五万六千余。
 これに宇喜多忠家(直家の弟。直家は病気と称して出陣せず)隊一万余騎が加わり、
まさに、怒涛の如く押し寄せ、たちまち上月城を完全に包囲してしまった。
 そのころ、秀吉は三木城の支城である加古川の野口城攻撃にかかっていたが、上月
城の尼子より救援の訴えが相次いで届いてきた。秀吉は緊急を要する上月城援護のた
め、三木城攻めを一時手控えにし、救援軍として姫路に到着した伊丹城主荒木村重を
副将に任じ、二万二千の兵力を編成して五月五日姫路より佐田郡へ向った。―つづく

きょうかい - 2001/08/22(水) 14:08<

去勢されし大河

15万年前海面は、今より100M低かったそうです。後に東京湾と言われるところは、
古東京川が、太平洋に注いでいました。当時の中州が湾内に残っています。
その支流には、多摩川、入間川、鬼怒川(利根川)という3つの大きな流れ。
 こんな時だけ、かすかに甦る、はるかなる大河多摩川。うれしい・・

ピンクのトカゲ - 2001/08/22(水) 11:11<

豊橋支局

さしたる被害もなく今は青空が広がってます。
今長靴はいて会社の周りうろうろしてます。
クミコさんご心配なく、
台風これから接近する皆様
ご無事を祈ります。

クミコ - 2001/08/22(水) 09:13<
ピンクのトカゲさん
長〜〜いです!
目がチカチカしてきたので、
少しずつプリントアウトしながら
ぼちぼちいきます。
台風無事をお祈りしています。

ピンクのトカゲ - 2001/08/22(水) 08:32<

豊橋支局

また、雨降りはじめました。工場の周り冠水してます。これはいつものことですが
ヤゾー
昔は、私も台風の前海行きましたよ。ボード持って

ピンクのトカゲ - 2001/08/22(水) 07:12<

台風情報

こちらクマノライフ豊橋支社です。
豊橋付近再上陸と言うことですが、今は、嵐の前の静けさとも言うべき状況です。

おミヨ - 2001/08/22(水) 06:21<
ヒナン(美男)が避難して非難されて撮ってきた写真

なんか雰囲気でてて、いいですねー。

なんか以前にもこんな写真見たことあるような〜〜〜。。(^^)

やぞー - 2001/08/22(水) 00:05<

爆睡してました

あかねさん、お久しぶりでした。
ご心配かけて、すみません。

もんむーさん、ありがとうございます。
なんか、今は風も雨も殆どありません。

あの怒濤の荒れ狂う海を見たからか、なんだかほんわかしてしまい、
沈静効果でもあるのか、久しぶりに爆睡してました。
頭は今でも寝ているようです。
どうやら雨はそうとう降ったみたいですが大丈夫そうです。
下の川の音がゴーと聞こえるだけです。

東海、関東地方の皆様は、これからだと思いますが、
お気をつけ下さい。
今度の台風はどちらかというと雨台風だと思います。

では、再び爆睡します。

もんむー - 2001/08/21(火) 22:10<

嵐のセブリ

台風の日のセブリってどうしてたんでしょうねー。

とんちんかんさん、こんばんわ

いだ天百里、山田風太郎が亡くなったことが契機になって、増刷しているよう
です。町の本屋さんでも手に入ると思いますよ。とんちんかんさんの感想も聞
いてみたいです。この作品、ハードボイルド風かと思うと脱力ギャクもあり、
良くも悪くもエンターテイメントなのですが、ちゃんと撫衆の自然観も描かれ
ています。自由民と歴史に縛られた人々との葛藤がテーマのように思いました。

やぞーさん、山小屋はだいじょうぶですか?
いまがまっさかりだと思いますが、山崩れとか気をつけてくださいね。

今日から南信濃の遠山郷に行く予定だったのですが、とりやめになってしまい
ました。残念。あそこらへんは椋鳩十の故郷で、子供の頃、遠山でサンカの話
を聞いたことがあるそうですから、そこらへんを調べたかったんですけど。
あと、長尾宏也さんもここらへんの杣人の話を書いています。

でわでわ

あかね - 2001/08/21(火) 21:44<

ハラハラ

皆様、ご無沙汰です。実家へ帰省しており、昨晩大阪へ戻ってまいりました。
北摂も、ますます雨風が強くなってきてます。みなさまも、お気をつけ下さいませ。

ヤゾーさん
ドアがもぎれてしまう、デジカムで撮影…そんな恐いこと、お止めになって下さいませー。
気持はちょっとわかるけど、読んでて、ハラハラしてしまいました。臨場感ありすぎ〜〜。
大変迫力のある海の写真で、まるで薄墨で描いたかのように美しく、厳かですらあるのですが、
危ないよぉ〜。もう、台風の海へは行かないでね。

ヤゾ− <http://www.kumanolife.com/Topics/8_21.html> - 2001/08/21(火) 18:25<

避難して非難されてきました

みなさん、ご心配して下さって、ありがとうございます。

避難を非難と誤字してましたが、
その通りに避難する積もりで海を見に行って、
パトロールのおまわりさんにアホかと非難されてきました。

アハハハ・・・ (-_-;)

少し前に山小屋に戻ってきましたが、
どうやら台風はこれからのようです。
また、なにかありましたら報告します。

台風の海をページにしています。

http://www.kumanolife.com/Topics/8_21.html

ピンクのトカゲ - 2001/08/21(火) 14:38<

ヤゾーそっち大丈夫か?

ヤゾーんとこの高原大丈夫か?
オレんとこの工場ある高原 名前だけで低地の田んぼの中だで周りの道路冠水し出したぞ〜
いま浜松から帰ってきたけど、浜名バイパス通ってきたら、遠州灘ウドまいていたぞ(うねっていた)
ヤゾー気をつけろよ〜
危なくなったら、ちゃんとバコシせろよ〜
三河の香具師のヤゾーも気をつけるから

きょうかい - 2001/08/21(火) 13:16<

お気をつけあれ

ヤゾーさん
特に何もなくても、ご自身の安否を時々、ご報告ください。
  

うみ - 2001/08/21(火) 02:17<

台風直撃ヤバイですねぇ〜

 こんにちは。久しぶりにカキコさせていただきます。
うみと申します。

私もじいじさんの書き込みを読んで、なんだか胸が熱く嬉しくなりました。
またいらして、色々なお話を聞かせてください。ぜひ!

 ヤゾーさん、台風直撃ですね。ヤバクなったらさっさと逃げてくださいね。マジで。
数年前、鹿児島のネット友達とチャットしている最中に台風が直撃したことがありました。
ちょうどチャットも真っ盛りの夜中の2時、
彼女の隣家の新婚の奥様が彼女の家に駆け込んできて
「車出してくださいませんか・・・主人が流されて・・」と泣きながら入って来られました。
一部始終をリアルタイムで書いてくれてた後、彼女は車ででかけたのですが・・・。
翌日のチャットによると、ご主人は見つからなかったようです・・。
モニターのこちら側でどうすることもできず、歯痒く悔しい思いをしました。
(不謹慎ですが、実は・・・興奮もしました・・・)

ヤゾーさん、実況中継もまぁ読む側としては楽しい?のですが、
命に関わらんうちにはよ逃げてくださいね。

>とんちんかん小僧さん
「陰陽忍軍歌」いつも楽しみに読ませていただいてます。
母方の田舎が上月町なもので。田舎の闇の濃さが脳裏によみがえってきます。
来週は南光町にキャンプに出かけます。千種川の支流の小川で水遊び。
蛍はもういないでしょうね・・・。 

・・・・ではでは・・・・

とんちんかん小僧 - 2001/08/21(火) 01:39<

陰陽忍軍歌 (13)

ピンクのトカゲさん
有薗教授の本、紹介ありがとうございます。探して読んで見ます。

もんむーさん
山田風太郎氏の『いだ天百里』面白そうな本ですね。
私も探して読もうと思っています。個人的にも、好きな作家の一人でしたし、
彼が忍び者を書くようになった時、日本で最初に『忍法』なる言葉を使った
ようですし、『くの一忍法』シリーズもいい味を出していると思いますよ。
サンガが外国で自由に暮らしていたって事、何か本で読んだ事あるような
気がするので、また次まで調べておきますので。


 熊見河原における残忍な処刑は大方終わっていた。老人はその方向に眼を向けたまま、
「これで、徳岡一族は、むかしのウラタタラ――にもどることが出来るかもしれぬな」
と呟くように言った。
 徳岡一族の祖は、山陽・山陰の西部一帯を支配した大内氏とその遠祖を同じくする、
多々良氏であった。百済聖明王の第三子琳聖太子が渡来して多々良氏を称したことに
始まると伝えられ、徳岡の祖は裏多々良としての任務に生きたが、その忍びの術は百済
の遁甲術といわれてきた。大内氏が家臣陶晴賢に討たれて滅亡、その陶晴賢を毛利元就
が討ち取った時、徳岡利兵衛は一族を率いて元就に仕官し、元就の信頼を得た。
                                    −つづく

バリ師 - 2001/08/21(火) 01:07<

三途の川にて

にっちょ様、ヤナギムシ様、同じ釣り師としてのお悔やみのお言葉、痛み入ります。

身内が亡くなると、忌明けまで殺生を慎んだりいたしますが、病床で「もういっぺんバリ釣りに行きたい」と願っていた師匠の心中を思い、近々、師匠の竿袋を持ってバリ釣りに行ってこようと思っております。

博打に博才があるように、釣りにも釣才があるような気がいたします。私の知る限り、たんと魚を釣ってくる人は、例え陽気で声高に喋ろうとも、その眼の奥には何か「深く暗い感じ」を持っております。それはそのままサンカの遺伝子であり、縄文人の遺伝子ではないかと睨んでおります。良い釣りを!

ヤゾ− - 2001/08/21(火) 00:03<

台風直撃か!?

>カスタムナイフ大好きです。ぜひ一度自分で作りたいです。

作るのは思ったより簡単だと思います。
問題は道具だと思います。
しっかりとした作業台と万力、ベルトグラインダー、ヤスリ類が必要です。
でも一番高価なベルトグラインダーでも3、4万位ので充分だと思います。
一度自分でナイフを作ってみるというのも貴重な体験かも知れません。
その気になれば、なんでも作れちゃう気になれますから。

>ヤゾー急に振ってごめん なんか知らない?

タバですか? う〜ん、聞いたことないです。僕もゴメン!


>台風接近のニュースに、直撃されないかと心配しています。

サクラさん、ありがとう。

そ、そうなんですよ。
台風が直撃しそうで大変なんです。
小さい頃から台風が来るとワクワクして、海を見に出掛けたりしていました。
でも、今では憂鬱な気分になってしまいます。
3年前の全国的に爪痕を残した台風では、こちらでも大きな被害が出ました。
山小屋も傾きましたし、地元では一週間も断水と停電が続きました。
都会だったらとんでもないことですが、地元の人たちは結構楽しんでいるようにも感じました。
僕は難儀しましたけど。

う〜ん、どうしようかな。そろそろ風が強くなってきたしなぁ〜
ロケーションが良いかわりに風当たりも強いから、
オズの魔法使いみたいに小屋ごと吹き飛ばれたりして?
そうなったら、ドロシーならぬアメリカまで飛ばされてドロンパになったりして?(あ〜しょうもなぁ それにちと古いです)
やっぱり何処かへ非難しようかな? ← 結構深刻に考えてます。
それともネットで実況中継してやろうかな。
3年前の台風の時には、山小屋が傾いて、小屋を捨てて逃げ出すまでを、
携帯電話で友人に実況報告してあげたら、後であんなに面白い電話はなかったと言ってたもん。


PS

じいじさん。サクラさんだけでなく、何人かの人が、じいじさんの文章からは、
とても素晴らしいものを感じましたとのメールが届いていますよ。

サクラ - 2001/08/20(月) 20:52<

おなじだなぁ...

今朝、じいじさんの書き込みを見て出勤。
絶対にかえったら書き込みしようと考えていました。
じいじさん、じいじって呼ばせてもらってもいいですか?
そして、沢山いろんなこと、話してください。
聞きたいのです...

やぞーさん、
台風接近のニュースに、直撃されないかと心配しています。
やぞーさんはしっかりした丸木小屋建ててるから、
ちょっとやそっとでは、大丈夫と思っていますが、
クギ一本くらいなら、頑張って送ります..
ひとでが欲しい時...ヤナサンでも送ります

タヌコもヤマガラも嵐の中、頑張って生きていくんだろうなぁ..

おユキちゃん、久しぶりです。
いい夏休み過ごせましたか?

そして、突然
NA-NIさん
この前のレス読んだ時、何故か木枯らし紋次朗(字があってるでしょうか?)思い出しちゃったのです。
「あっしには関わりのないことでござんす」って言いながら、
関わっちゃう...
あはは、聞き流して下さりませ...

ヤゾ− - 2001/08/20(月) 15:05<

じいじさん、おユキさん、本当にありがとうございます。
また、暖かい励ましのメールを下さった方々にも、この場を借りてお礼申し上げます。
じいじさんたちのようなお気持ちが、ここの掲示板を支えて下さっているのだと思います。

>若い皆さん、私どもを忘れないでくださいね。いつもみなとともに...

はい、忘れません。

>これからはそんなに書き込みはしませんが、

いいえ、そんなことを仰らないで、思い付くままに何度でも書いて下さい。
じいじさんの文章には、何か心にグっとくるものを感じます。
お願いします。


>ここの掲示板のことはとても大切に思ってきました。

おユキちゃんの投稿からは、
いつも優しい思い遣りを感じていましたよ。

おユキ - 2001/08/20(月) 12:39<

私もじいじさんのお気持ちと同じです。


私は事情もあり無知なこともあって頻繁に投稿したり、
皆様と深く交流することができませんが、
ここの掲示板のことはとても大切に思ってきました。

皆様の文章やヤゾ−さんの動物や自然を写した写真からは、
とても暖かいものを感じさせてもらって、
悲しい時や辛い時には励まされ癒されしてきました。
うまく言葉にできないもどかしさがありますが、
文書や写真はその方の心を写したものだとも聞きます。
ここが長く良い場所であることを願っています。

ピンクのトカゲ - 2001/08/20(月) 12:06<

タバ

じいじさん
『タバ』って音
頭の片隅にあるんですよね。
ただ、人の名前とかじゃなかったような
符牒かなんかだったような
ヤゾー急に振ってごめん なんか知らない?

ヤナギムシ - 2001/08/20(月) 09:50<

・・・・・・

バリ師さん・・・
         昭和一桁の人って、一本筋が通ってましたよね!!

           こころより、お悔やみ申し上げます。

                (合掌)

にっちょ - 2001/08/20(月) 08:50<

恩師の死を悼む。

心からお悔やみ申し上げます。(合掌)

ピンクのトカゲ - 2001/08/20(月) 08:31<

彼岸花&倭姫

とんちんかん小僧さん
『三河民俗談話会』での有薗教授の研究発表と、会誌『三河民俗』の書評がごっちゃになっていました。
有薗正一朗著『ヒガンバナが日本に来た道』海青社です。
豊川流域のフィールドワークによりヒガンバナの分布調査と縄文遺跡の関係を求めたものです。
照葉樹林文化帯の提唱者の一人故中尾佐助氏(愛知県豊川市出身、因みに生家はヤマジュウを屋号とし、広く鍋釜の製造販売を手がけていた鋳物屋)が、食用説に触れています。
クミコさん
倭姫ってあの天照大神の祭祀に当たったあの人ですか?
これ書き出すと止まらなくなりそうで... ピンクのトカゲの『毒宴会(誤字じゃありませんよ)』になっちゃいます。
ヤゾーやdonglyさん、とんちんかん小僧さんには、資料送ってあるんですが
そこそこの量で、かつ、長いこと手を入れてないので読みづらくてもよろしければ、送付しますよ。

じいじ - 2001/08/20(月) 06:20<

不思議なおじさんについて

くどいですが、小生の投稿が載ったので、気を良くしてもう一筆。
小生が子供のころにでも、「手品のおじさん」は珍しい存在でした。
くたびれた茶色の背広にノーネクタイでしたが、子供の目にはじゅうぶん大人に映りました。
彼はいつのまにか空き地に来て「竹笛」の慣らし方なぞ伝授し、駄菓子や煙幕なぞを5銭?程度で売って生活していたようです。
なぜか小生の出会ったおじさんも、娘の言うおじさんも「タバさん」という名でした。
「不思議なおじさん」の世界も、世襲制なのでしょうか。

若い皆さん、私どもを忘れないでくださいね。いつもみなとともに...

じいじ - 2001/08/20(月) 04:50<

こまかいことですが・・・

ヤゾーさんの暖かいお返事を、ありがたくいただきました。

ネット初心者ゆえ、調子に乗って若い皆さまの輪にズケズケと入ってしまったことを、
少々、気恥ずかしく感じております。
しかしながら、よくよく自分の書き込みを読み返したところ、打ち間違いがありました。
わが娘はもうじき30になるところです。
40とタイプミスしてしまったために、掲示板の皆さまに疑惑を生み出すのではないかと、
あわててしまいました。
幸いたれもご指摘なさるまえなので、自分で指摘したしだいであります。

なぜこんなことを言うかというと、掲示板によっては細かい指摘が目につくからです。
その細かい揚げ足取りのために、人間関係までくずれてしまっている掲示板を、見かけるからです。

小生にとってネットとは、コミュニケーションの場。
そのためには趣味や話題のあうところを探しだすのが、一苦労なのです。
こうして若者たちが知的好奇心を純粋に交換しあえる場所は、なかなか見つかりません。

小生は、掲示板に書いたのはここがはじめてです。??テレビ??を見て娘が夢中ですので。
娘夫婦に教わったサイトは多々ありますが、みんなけんか腰で気持ちが悪い。
夜な夜な秘密裏にアクセスしたものの、ふたたびこの掲示板を探すのにも苦労してしまいました。
しかし今回は「お気に入り」とやらに登録する方法を学びましたので、いつでも見ることができます。

年を取ってから、ついつい早起きになってしまいます。
朝いちばんで起きて、この掲示板を見るのが楽しみになりました。
これからはそんなに書き込みはしませんが、ヤゾーさんはじめ、若い人々の集いが成功することを
願っております。

クミコ - 2001/08/20(月) 01:19<
やなさん も-行ってきたんですか!
私は蚊には刺されません
携帯エレクトリック蚊取り線香持ってますから。
あんまり笑かさんといてください。
地がでてしまいますますから…
写真、良くとれてますね
>後から書いた?
それはないとはいえないですよね。
なんか ロマン薄れるけれど…
あんまり呼ばんといてください文才ないので…

>カスタムナイフ
お見事!すばらしいバランス感覚ですねェ。
カスタムナイフ大好きです。ぜひ一度自分で作りたいです。
大変やろなぁ 時間かかるかなぁ?
やなさんのせいです。関西弁になってしもうたわ。
昔、男性とナイフの話しをしていたら、それは男の感覚や!
と言われそれ以来 ナイフをみてよだれを流すような事はしないことにしました。

ここまで書いたらついでにリクエスト
ピンクのトカゲさん"倭姫”待ってるんですが…
三河との繋がり聞かせて欲しいのです。

ヤナギムシ - 2001/08/20(月) 00:10<

かいいいのん・・・・かいい

クミコさん、まいどです・・・
  今日のお昼、ナマズ探しに行きました・・
   ハニーとアインシュタインとで、芦屋の道登っていきました
 
谷筋にあるんかいな・・と思いながらさがしました
   もっと上かな??・・むむ行き過ぎ料金所のゲート見えたから
    引き返し・・・
     ヘアピンカーブの上ちゃうかいな・・???
      いや、下チャウ・・そやな・・下かもしれん??ガサゴソ

     あのなーーあぁ・今日のヤナ半ズボンなんよ!!
      なんで、藪のなかウロウロせなあかんねん・・・
  
  オヨヨ・・ガーブから30Mくらいの山側なんかあるで!!
    みーーーつけた
  
      フーーーンこれが、ナマズ石か!!
         なんとなく・・文字わかるけど・・これ後から書いたんちゃうやろな!!

          なんて、バカ話してたら・・

     うひゃーーーーーーーーーぁ・・なんや足に・・
         黒ごまが、いっぱいや!!
      なんやこれ・・むむむむむ・・

黒い体に白い点・・うひゃーーーーーぁ
   薮蚊のみなさんや、おませんか・・

        どひゃーーーこらあかん・・負けや!!
         はよ逃げよ・・    ん
            アインシュタインおまえは、毛皮のおかげでええやろけど
          あん・・ハニーあんたは、長ズボンやて・・
           もお・・はよ逃げようなーーーぁ

   あああ・・・ぁもう・・足ボコボコやがな・・・涙

         だれや・・こんなとこ・・教えよったんわ
           
         嘘よね・・

    でも荒地山にあったときは、表向きに文字書いてあったんやろね
     こんな、でかい岩ひっくり返されへんもんね

        なんていいながら・・足をかきかき・・逃げてきました

                 ヤナでした・・おしまい

           写真もあるでよ!

ヤゾ− - 2001/08/20(月) 00:08<

ウメガイとカスタムナイフ

みなさん、こんばんわ。

>そろそろ ウメガイを作ろうとおもいます

下関のGAKUさん、こんばんわ。
そうですか。それは楽しみです。
懐剣タイプのと、映画『瀬降り物語』で使っていた身幅の広い、
鉈として使えるウメガイを正確に再現して下されば嬉しいです。
僕以外でも欲しい方がいると思います。

もう10年近く昔になりますね。
始めて会った時から意気投合して、
当時渓流釣りに凝っていた僕は、
GAKUさんに渓流用のナイフを造って頂きましたね。
そのナイフを久しぶりに出してきて眺めています。

カスタムナイフに興味のある方は、そのナイフの写真を画像掲示板に掲載してます。


ヤナさん、いつも楽しい投稿ありがとう。

とんちんかん小僧さん、ご苦労様です。

もんむーさん、いつも貴重な情報に感謝します。

バリ師 - 2001/08/20(月) 00:07<

師匠

私事ですが、去る8月15日にそもそも私にバリ釣りを手ほどきしてくれた師匠佐野八州雄が亡くなりました。

昭和3年生まれの、予科練帰りの竿師でありました。

手元には、師匠の銘「大公」の入った和竿二振りと、いっしょにバリ釣りをしたたくさんの楽しい思い出が残りました。合掌

もんむー - 2001/08/19(日) 23:41<

山田風太郎「いだ天百里」(廣済堂文庫)

今、いだ天百里を読んでるとこです。まだ途中ですが、報告します。この作品
ではサンカのこと「撫衆(なでし)」と呼んでいます。熊野、伊豆天城、木曽で
ゆうゆうと暮らしていたの撫衆が徳川方の陰謀に巻き込まれる話です。

撫衆の話す言葉や道具の使いかたなど、三角寛の影響をもろにうけている作品
でした。

私がこういう本を読む場合、作者が提示している撫衆の知識が創作なのか、ま
たはどこかから引用したものなのか、つまり作者の情報源を探りながら読んで
いるんですが。なかなかうまくいきません。

先日紹介した泉鏡花「黒百合」の中に橋の欄干に傷をつけてそれを暗号とする
場面がありました。「いだ天百里」にも木の幹に傷をつけて仲間に知らせると
ころがあります。こういうのは漂泊者たちには一般的なことだったのでしょう
か。

また「黒百合」では最後に主人公の仲間達が集合して船に乗り込んで大洋に出
て行きます。サンガが日本列島を離れて、外国で自由な生活をめざしたという
ような話って聞いたことありませんか?

でわでわ


とんちんかん小僧 - 2001/08/19(日) 21:52<

陰陽忍軍歌 (12)

副題:徳岡一族と毛利

ピンクのトカゲさん
レス有難うございます。彼岸花が食用ですかー、スゴイッスネ!
その有薗教授の研究書、コピーしてもらえたら有難いんですけど、ダメですか?

 天正五年十二月一日、早朝から風に粉雪が混じって降りしきり、山野は薄い光の
中で凍りついていた。
 夜襲戦の情況を報告するために上月城へもどって来た芳賀半蔵(政範弟政直の家
臣)は、「秀吉を討ち損じたのが残念」とわめいたあと「奇妙なことに――」と眼
を宙にすえて、
「秀吉の山脇本陣が燃えさかる中に、目ざす秀吉が逃げ惑うのをたしかにこの眼で
見た――だから秀吉を見つけたぞ、と味方に報せたら――まるで反対の方角で、秀
吉はこっちだぞと叫ぶ者がおった。味方の衆はそっちの方へ走った――まこと、奇
妙なことだが、あの大事なとき、味方を謀ったやつが味方の中におった」
 半蔵は声をふるわせて言いつのった。
 その日の朝十時。
 上月城主赤松政範、高嶋正澄(政範叔父、上月城主席家老)、早瀬正義(政範叔
父)、宇喜多広維(宇喜多直家弟、政範の妹むこ、備前沼城主)ら上月城の最高責
任者四人は合戦の責任のすべてを負って自殺した。そしてその最後の願いとして、
城内生存者の命乞いを申し出たが、秀吉はそれを拒否し、生存者二百三十四人(そ
の大半が老人、女、子供の非戦闘員)を熊見川の河原で惨殺した。
 その凄絶なありさまを、焼け落ちた早瀬城(上月城の支城、城主赤松政直)の土堀
の陰から眺めていた徳利老人と徳久の二人は、ながい間沈黙していたが、やがて、「
秀吉もやり過ぎじゃな」と徳久が言った。
「秀吉の本性よ」あざけるような口調で老人は応え、「これで西播磨殿の赤松十六万石
はつぶれたわの」と、続けて笑い「次は、東播磨殿の三木城、別所二十四万石がつぶれ
るわの」
「それが、播磨つぶし?」まだ腑に落ちないらしい徳久に、
「赤松が、たとえ、今は毛利の味方でも、播磨国に赤松を生き残らすことは出来ぬ。いつ
、敵になろうとも知れぬ、いや必ず敵になる。だから元就さまは、播磨をつぶせと申され
た。毛利以外の者の手に播磨を開け渡してはならぬという意味のことを申された――」
「それにしては、上月城は、これで秀吉の手に入ってしもうたじゃないけ」
「次は毛利の手に入る。木陰弥右衛門と談合して決めたことじゃ」
「三木城の別所はどうなる?」
「三木城は、秀吉と信長とが死ぬことで毛利のものとなるわの」
「秀吉と信長が死ぬ?」
「山脇本陣の夜討ちでは、木陰の忍びが上月勢の中に潜んでおって、窮死寸前の秀吉を救
いよったが、秀吉も信長もそう長くは生きられん」
「わしらがやるのけ?」
「木陰がやる。木陰が秀吉や信長を殺さねばならぬように、わしがこしらえる」
「ならば毛利が天下取りかの」
「天下が取れるかどうか――いずれにしても大きな毛利によるわの、その大きな毛利の表が
毛利降元で、裏は徳岡利兵衛とその一族という都合に相成る」
 老人は珍しく声を立てて笑った。  −つづく

ヤナギムシ - 2001/08/19(日) 00:47<

ふああああーーぁ

きょうは、自治会の盆踊り・・年々しぼんできます
  地域の商売人が元気無いよってに・・あきませんな

   むかし、氷柱に花なんか入れて(36貫・1本を)・・ごしごしこすって、溶かしたもんです
    みんな、ゆかた着て、ひやしあめ呑んで・・射的したり・ウナギつりしたり
         輪投げに・・スマートボールに・・・ははははは

      色々おましたね・・

  彼岸花、あれむかし、うちのおやじなんか食ったそうです
    戦後に、・・もともとあれ、毒があるんやって
           水でさらして、毒抜くんやとのことでした

       赤いのんばかりでなく、黄色いのんもあるゆうてました

お米の実る頃、あぜ道にいっぱい咲いてました
   なんか、懐かしいです

                    ・・・・・・ヤナでした
  

下関のGAKU - 2001/08/19(日) 00:39<

その節は・・・

書き込み2回めですが何か熱いものを感じています 先ずはとんちんかん小僧さん こちらこそよろしくお願いします印象があります こちらでは相変わらず同じことやってます min-minさんありがとうございました ヤゾーさんと以前 サンカのことでいろいろ話したことを思い出しました そろそろ ウメガイを作ろうとおもいます  又いま竹のことも気になっています 竹がこれからは有害植物になっていくのではないかと言う事です 確かに里山遊びで竹炭や竹酢の製造販売をやってますが本当の竹文化はこんなものじゃないとおもいます   言いたいことをこのまま書けば夜が明けそうですでは又  あ・・・ヤゾーさん磯釣りは南紀の黒潮が1番ですねこの頃良く夢にまで出てきます

ヤゾー - 2001/08/19(日) 00:07<

みなさん、こんばんわ。

>少なくとも共通の知り合いとかはいそうな・・・

時間的なすれ違いはあるかと思いますが、
たぶん、いると思います。
その方のお母さんとは何度も話しをしたことがあります。
とても気さくで優しい方でした。
ここで特定の人のお名前を出すのもなんですので、
宜しければメール下さい。

バリ師さん、ご丁寧なメールを頂き、ありがとうございました。
リンクコーナーに登録しておきましたよ。

ピンクのトカゲ - 2001/08/18(土) 15:27<

RE彼岸花

とんちんかん小僧さん
いろいろな別名があるんですね。
ちょっと、ずれるんですけど
稲作以前は、食用に栽培していたって説もありますよ。
愛大の有薗正一朗教授が研究してます。
有薗教授からまとめたもの頂いた覚えありますから
探してみます。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/08/18(土) 15:26<

背振の里

下関のGAKUさん始めまして、min-minと申します。
ちょっと亀レスになりますが8/14付け貴ご発言の

>>九州の福岡と佐賀県の境目に背振山脈があり例のサンカの里です詳しくは
>>この秋口にも車で走ってみたいと思いますそこで

を読みまして再び五木寛之著『戒厳令の夜』の一場面を思い出してしまいました。
主人公の江間が冴子と共にこの地方の謎の指導者、水沼隠志に会いに行くくだり
です。一部改ざんして引用いたします。


「小倉を出発し背振山地を右手に久留米市内を抜け、さらに三潴郡へ入る。古代、
水沼県(みぬまのあがた)と呼ばれた土地。
闇の中から姿を現した水沼隠志は異形の老人であった。花柄の女の着物をまとい、
銀髪を肩まで届くほど伸ばしていた。深いしわを彫り込んだような長大な顔を持ち
唇には真っ赤な紅がさされ、頬は白く塗り込まれていた。額の生え際のあたりに
細く月のような人工の眉が描かれている。・・・

そして彼は長い独白のような調子で語り始めた。

『・・・歴史家たちは原始日本の姿を考えるに、陸地を基準に考えて九州だの、
 朝鮮半島だの、壱岐対馬だのと区分けする。そして日本から半島へ攻め入った
 の、半島・大陸から日本ヘ渡来しただのと論議する。これはばかげたことでは
 ないか。すくなくともわれわれ海人の立場に立てば、北九州と半島南部の民は
 一族なのだ。それを分断して自由な海人を国家の支配下に組み入れようとした
 のが、天皇族だった。・・・・・・・ 』 

『われら海人族は、われらと同じ古代にこの島に渡ってきて山を棲家とした山人
 族と、ひさしく同盟関係を結んできたのだ。われは海に生き、かれは山に生き
 た。峰から峰へ、山中から山中へ、この九州から発して日本列島の山々を鹿を
 追い、木の実を摘んで遊行した人々だ。我らが水行したごとく、かれらは山行
 した。海人は魚のように、山人は鹿のように、それぞれ海と山とを自由の天地
 として生き、愛し、死んで行ったのだ。そういう人々をかってわれわれは
 <シャンカ>と呼んでおった-山を神聖視し、山をトーテムとする部族の意だ-』

以上長々と引用してしまいましたが、僕が『山窩』という言葉を知ったのはこの
小説を読んだ1970年代の後半のことです。同書はあくまでもエンターテイメント
としての小説であり、サンカに関する記述も必ずしも学術的な裏付けがなされた上で
書かれているわけではありませんが、なんとロマンに溢れた語り口でしょう。

背振山地から有明海にかけ、僕も是非一度出かけてみたくなりました。
そういえば、この辺りには「吉野ヶ里遺跡」がありましたよね。

min-min@横浜でした。


とんちんかん小僧 - 2001/08/18(土) 13:43<

彼岸花

 前々から、気になっていた事なんですが――皆さん、彼岸花の別名って幾つもあるっ
て知っていました? それがまた、ひとつ、ひとつブキミなんですよ。
 まず一般的なのが、曼殊沙華(まんじゅしゃげ)でしょう?
 それから、生首花(なまくびばな)・鬼首花(おにくびばな)・死人花(しびとばな)
・幽霊花(ゆうれいばな)・葉無花(はなしばな)・子無花(こなしばな)・捨子花
(すてごばな)・仏花(ほとけばな)・墓花(はかばな)……etc
 この花だけではないと思いますが、土地土地によって、全国だと百以上も別名がある
ようです。

匿名希望 - 2001/08/18(土) 11:23<

ヤゾ−さんへ

>布田天神 
やはり何処かでお会いしているのではないだろうか?
少なくとも共通の知り合いとかはいそうな・・・
少し年が違うようなのですれ違いかも知れませんが・・・
しかしお写真を拝見する所、記憶には浮かばない・・・
確か布田天神は調布の方だったと思いますが・・・
ニコさんとかご存知ない?

ピンクのトカゲ - 2001/08/18(土) 10:59<

高市(タカマチ)

なつかしいですね。
昔は、いろんなバイありましたね。
文鳥しこんでお御籤引かせるヤツとか
ピンクのトカゲ一族にもいましたよ。手品上手い人とか、浪花節の初代天中軒雲月の一番弟子だった人とか
じいさん香具師辞めてからもじいさんの兄弟で囲碁のデンスケ賭博やってた人とか

ヤゾー - 2001/08/18(土) 09:55<

竹笛

GAINAさん、はじめまして。

そういえば熊野って何処から何処までを言うのでしょうね。
牟婁郡とつくところは間違い無く熊野だとは思うのですが、
十津川村、下北山村、上北山村のあたりも奥熊野なんて呼んだりしますから、
熊野なのかも知れません。

ちなみに牟婁とは、“穴の中に住む ”との意味があるのだとの話しを聞いたことがあります。

>山から山へ渡り歩いて生活をしていたと聞いておりました。

その方が話してくれれば、とても貴重なお話が聞けるかも知れませんね。

>熊野の人々は狩猟民族だ!

確かに(笑い)
釣りや猟、山に入って何かを採取したりするのがとても好きな人が多いです。

また、なにか気付かれたことがありましたら教えて下さい。
ご報告お待ちしています。
今後とも、よろしくお願いします。

じいじさん、はじめまして。

とても貴重なお話を聞かせ頂き、ありがとうございました。
じいじさんのお話で思い出したことがあります。
22歳頃から数年間、露店商のようなことをしていたことがありましたが、
確か深大寺の布田天神とかいう神社の縁日で、毎月一度ガラクタを並べて売っていました。
その時にテキヤの人たちに良くして頂いたことがありましたが、
半年に一度くらいの割合で、カバン一つでやってくる初老の方がいました。
その初老の方は、小さな土俵のようなものを作り、紙相撲を手品のようにして見せる人でした。
テキヤの人が、ああいう“バイ”はもうあのじいさんだけで珍しいのだと教えてくれました。
そのじいさんが何を売っていたのかまでは覚えていないのですが、
少し話しをした中で、竹で笛を作るようなことを言っていたような気がするのです。
今から思えばもっとお話を聞いておけば良かったと思います。
そのじいさん、お金儲けとかが目的ではなく、飄々としていて、
人間として、とても美しい気がしました。

>自然を保護する若者たちに魅入られて、一筆書きました。

強く励まされるお言葉に涙がでる思いです。
今後とも、よろしくお願いします。

じいじ - 2001/08/18(土) 03:54<

竹細工について

はじめて書き込みさせていただきます。
小生は戦後の東京生まれではありますが、当時は竹は東京でも簡単に手に入りました。
自分は竹細工をする技術は持っていませんが、亡き両親は近所の空き地から取ってきた竹で
器用にカゴなぞ編んでおりました。
竹は地下茎で繁殖するために、伐採してもなかなか根絶やすことができない、つまり、一度
根を張ってしまえば、たいへん強い植物なのです。小生も、毎日のように竹薮に行き、竹笛
なぞを作り、級友と音くらべなぞして、一番良い音が出せたもので悦に入っていた記憶があ
ります。
また、最近の遊歩道などに整備された植え込みで、ツツジやサツキを侵食するように、青竹が
繁っている様子もよく見かけます。

当時、紙芝居なぞの娯楽はありましたが、ヤゾーさんが言っておられるのに近いのは、手品使い
だと存じます。小生の子供の頃には、空き地に遊びに行くと、スーツケースを持った
「不思議なおじさん」がいて、紙芝居のおじさんのような派手な口上をせずとも、いつの間にか
われわれの竹細工を改良して良い音を鳴らして見せたり、われわれに付きあって竹林に入り、
良い竹を選んでピーピープープー。と、鳴らしてくれたりしたものですよ。

40になる娘の代までは、「不思議なおじさん」は整備された公園なぞにも出没していたようです。
でも最近は、「タナバタ様」にも遠慮する始末。
小生がワリバシで作った竹モドキが気に入らなかったのですな。

なにしろ、世代や時代なぞと言う前に、自然を保護する若者たちに魅入られて、一筆書きました。

GAINA - 2001/08/18(土) 03:43<

熊野とは?どこからどこまで?

はじめまして! 熊野、熊野と言っていますが、正確にはどこから、どこまでを指すのでしょうか?
確か旧和歌山県東、西牟婁郡と三重県南、北牟婁郡と聞いているのですが・・・。
今の和歌山県田辺市から三重県北牟婁郡紀伊長島町までと思いますが、
奈良県の十津川村、下北山村、上北山村は含まれていないのでしょうか?どなたかお教えください。
余談ですが、私は尾鷲の出身ですが・・・。
高校時代に尾鷲市の旧今町で喫茶店を経営していた出雲出身の女性の方(地方銀行員のNさんと結婚・ご健在なら60歳半ばと思います)が小さい頃(昭和20年初め)に
山から山へ渡り歩いて生活をしていたと聞いておりました。
今から思うとサンカなのでしょう。
高校時代には、熊野の人々は狩猟民族だ!
なんて思っていましたので、あまり気にも留めなかったのですが、
実家に帰ったら消息を聞いておこうと考えています。話を聞けるといいのですが・・・。
その時はこの掲示板で報告いたします。

ヤゾ− - 2001/08/18(土) 00:03<

縁日と竹細工

みなさん、こんばんわ。
少し思い出したことがあります。
山深い村で、竹箕などの竹細工を何処で手に入れたのか、
お年寄りから話しを伺ったことがあります。
戦前にはやはり、竹細工を持って巡回して売りに来る人がいたような気がするが、
どういった人だったのか覚えがないとのことでした。
では戦後はどうだったのかというと、
その村では竹細工のすべてを、お祭りの縁日で手に入れていたそうです。

ピンクのトカゲさん(三河のヤゾウ)、こんばんわ。
テキヤのヤゾウも動物好きでしたか。
ここは動物が好きな人が多いです。
それも血統書付きより野良(野生)が好きみたいです。
チビトカゲの話しは微笑ましかったですよ。

ヤナギムシ - 2001/08/17(金) 23:48<

些細な・・ヤナです

クミコさん・・あの長いもんは・・ハモでなく・・穴子です
  画像掲示板の上から・・メンドリ(おじさん)・コロダイ・タマメ?・穴子
              イサキ 奄゚んどり   
                       おおおっと・・ご存知タコもおりましたね

      にっちょさん・・うらやましいでしょう
            でもこれで全部ちゃいますよ・・これ大きいのんだけです
              半分もないねんでーーーぇ
          けけけけえ・・気持ちええ・・みなさんおおきに!!


     生まれる物に対しては、興味があるのに・・
       死んでいくものには・・なぜかそんなにきずかずにいる
         蝉たちです・・

        あちらにも、こちらにも落ちています
          蟻たちが、一生懸命群がっている

          何年も、土の中で暮らし
            ほんの、数日アヌさんを、おがんで
              消えていく・・

              そしてこんどは、オシイ・ツクズク
                        オシイ・ツクズク
                   と夏を、惜しんで
                     カナカナと鳴く

              さーー、あと少しの辛抱です


                  ナイトスクーープ・・始まります
                 ああああああ・リエちゃんだ!!

                        やなぎむし
      
                          

にっちょ - 2001/08/17(金) 21:57<

うらやまし−

ヤナさんこんばんは。にっちょ(新潮)です、
画像掲示板、拝見しました、すごい釣果ですねハリス10号切っていくモノはなんでしょうね。
真夏の夜釣り、あの磯の静粛さ右の耳と左の耳の穴がつながっちゃったカンジですよね。

夜光虫も本当にうつくしく、特に闇夜に光る夜光虫はナゼか幻想的です。
夜光虫のことで怖い経験したのを思い出してしまいました。
黒鯛の夜釣りに夢中だった頃の話です。

闇夜の中、沖の小さな磯で夜釣りの最中、はるか遠くで小型漁船のエンジン音が聞こえたのです、
深夜の2時頃だったかな、ごくあたりまえにずいぶん早い漁だな、なんて思いながら暗闇の中
その船は私の30mぐらい先を横切っていきました、黒い陰の漁師らしき人影が確認できました・・・
少なくとも私には・・・

私は横にいる釣り仲間3人に話しかけたところ・・その3人はゼンゼンそんなエンジン音も聞こえず
まして、船が横切ったなんて事実がないと、真顔で私を見つめていました。
私の見たモノ、聞こえた音は、いったい何だったのでしょうか・・
   
その日は早々と皆さん磯上がりしました。





ピンクのトカゲ - 2001/08/17(金) 19:40<

動物いいですね

ヤゾー
家のじいさんも動物好きだったよ。
犬に猫に兎、鳥と色々飼ってました。
俺が子供のころいた猫なんか、一五年ぐらい生きていて、俺が物心ついたときには、ものすごく大きいって、イメージ。近所の犬も一目置いてたよ。
おれも野良犬、2年ぐらい前まで飼ってたし、東京で下宿してるときは、野良猫餌付けしたり
チビトカゲ(俺の甥っ子(小四)で顔とか性格、仕種すべて似てる&チビトカゲって昨日呼んでやったら気に入っちゃって)も、蛇にトカゲ、すっぽん色々飼ってるよ。
妹も最初蛇飼うの反対したみたいだけど、今じゃ蛇の『ビーChan』とか名前までつけちゃって、結構可愛がってるみたい(どんな一族じゃ)。

クミコ - 2001/08/17(金) 19:10<

やなさんへ

やなさん今晩は
写真見ましたよ!すごいですね
あの長いのは何でしょう?ハモ?

やなさんは六甲山良くご存知ですね
荒地山はけっこうすごいところです
この前、手抜き登山を(いつものように?)試みたら
えらい目にあいました。
その時、実はやなさんの事思い出してたんですよ。ホント!
なまず石がやなさんをよんでいつかも?!
で、何でやなさんを思い出したかと言うと、
2回目ぐらいに私がココに書き込んだ時にみなさんがレスつけてくれていたんですが、
その意味とか、どうしたらいいのか全然分らなくて、
?!?!?って感じだったのです。その頃は。
で、です。今ごろアンサ−「風吹き岩」にはその時は行かなかったんです。
それをその時、書き込めなかったことがずっと気になってて
フトやなさんの事を荒地山の道なき道で思い出していたんです。
人間、些細な事が気になるもんです。これで気がスッ−としました。


ヤゾ− - 2001/08/17(金) 18:15<

ただいま !

五日ぶりに山小屋に戻ってきました。
う〜ん、やっぱりここが一番落ち着きます。
早速、無くなっていたヤマガラの餌をバードフィダーに入れてあげると、
どこからともなくヤマガラが飛んできて嬉しそうに餌を啄みだしました。
そして、今度はタヌキの餌のドッグフードをいつもの場所に蒔いてあげると、
タヌコちゃんたちが、いつものけもの道からのそ〜と出てきました。

ヒグラシがカナカナと鳴き、少し涼しい風が吹いています。
やはり自然は何物にも変えがたいものがありますね。
目を瞑り、心地よい風を感じながら、ヒグラシの声を聞いていると、
心が天空まで登ってゆくような感じがしました。
クミコさん、山小屋が楽園とまではいきませんが、やっぱりいいです。

ヤナさん、画像掲示板にあった一番大きいのはコロダイですか?
本当に全部一人で釣ったの?
だったら凄い!

ヤナギムシ - 2001/08/17(金) 02:24<

ありゃなんや!!

8時まで寝てたから、まだ寝られません・・
  バリ師さん、田辺でアイゴ釣れてました・30CM級4人で30数匹釣ってました

   ほなら・・きょうのお題(あっりゃなんや)
  夜光虫ってごぞんじですか??
    なみの中から、ホタルのような光がきらきら光る・・あれですね
 でも昨日のは、違っていた
   海のそこから、いきなりボワーーンと直径1M位の円い夜光虫のひかり
    完全にうきあがらずに、海面から1Mくらいの海中にとどまる
しばらくすると・・フッと消えるが・・またあとで現れる
  30CMほどの棒状の夜光虫が、海面でいきなりふたつに分裂する
そんな、夜光虫が10も20も泳いでいる   
   多勢のみんなで、見たら神秘的かもしれないが
      今は、私の近くには、人っ子一人いないのだ
  時折、空き缶が波に洗われてカラコロ鳴る・・・

        三日月の光でも影ができる・・時折視界に入る動く影
      やっぱり、お盆につりは、あきませんなーー
           でも大漁大漁・・写真もみてね


  クミコさんこの世の楽園・・
   静かな夜空を、眺められる峰の小屋
    たった一人で星空を、眺められる  磯の上
     そしてもっと、一番の楽園は
              クーラーのきいた自室なのかも

  なまず石・・芦屋ですかあの荒地山にそんなんおましたんかいな
     六甲でもあの荒地山、味おますもんね・・岩小屋あたりの景色すごいもんね
  こんど、行ってみますわ・・・

    詫び状の謡子さん・・みなさんお元気でねなんていわないで、またおいでよね


          けけけけ・・ほならモオ一度・・寝よーーーー亀いや・・かね



                    ・・・やなでした


     

ヤゾ− - 2001/08/17(金) 01:45<

ご報告

Donglyさんの件について、min-minさんが大変心配され、
直接メールを送り、もし自分が気に入らないのなら、掲示板から身をひくとまで書いたとのことでした。
そのことを、Donglyさんはとても気にされて、そういう思いなど全くないことを返事したとのことです。
Donglyさんにつきましては、しばらく充電の時間が必要のご様子なので、
戻られるまでは静かにお待ちしたいと思います。

Donglyさん min-minさんのご希望により、ご報告させて頂きました。

PS アカネさんまで傷付かせてしまったのかも知れませんが、再度の投稿を心よりお待ちしております。
   

ナイスタイミングさん、こんばんわ。
本当にお久しぶりです。

ヤナさん、画像掲示板 見ましたよ。
タコまで釣ってよかったね。
また、その時の様子を報告して下さい。

とんちんかん小僧 - 2001/08/17(金) 01:28<

陰陽忍軍歌 (11)

 木陰衆は、その藤吉郎を担ぎ出そうとしている。寄生木が、寄生木でなくなるためには
自らが木にならねばならない。木陰衆のそうした悲願は、同じ寄生木の徳利老人にもよく
判った。
 素破の称は種々解釈されているが、「兵家にして間者の称。忍び者、間謀」と当てるの
が最も近いものと考えられる。素破、突破(とっぱ)、乱破(らっぱ)等の言い方があっ
て、要するに遁甲偵察術またはそれを行う者のことである。〔詳しくは次回作につづく〕
 本源は中国にあるとされ、「孫子において忍術を間と言い、春秋にて謀と言い、戦国期
には細作(さいさく)、遊偵(ゆうてい)、姦細(かんさく)といった」と説かれている
が、日本では素破者のほか、芝見(しけん)、ヒキ猿、饗談(きょうだん)、草者、忍役
(しのびやく)などと呼ばれた。
 素破の語源は漢語の「素波」であろう。素波は白い波、しらなみ、白波、白浪――中国
の“黄巾(こうきん)の賊”の残党で西河の白波谷に篭って掠奪した“白波賊”の白波を
訓読して、白波=盗賊の異称とした――それから「白老五人男」などを河竹黙阿弥がつく
り出したが、「素破抜く」という言葉など素破の本領を見事にあらわしているといえよう。
 徳利老人は牛方宿の常吉を使って、木陰弥右衛門との会見を図った。常吉は老人が配置
した“里隠れ”だが、常吉は同時に木陰の間者でもあった。徳利老人の里隠れであること
を表芸とし、裏では木陰に寝返って毛利側の情報を流す――常吉は今、木陰弥右衛門の許
へ出向いている。徳利老人が猫又一人を連れて、久崎の自分の牛方宿に泊っていることを
詳細に報告していることだろう。そして、徳利老人が、木陰弥右衛門と会談したい意向を
持っていることも伝えているにちがいない。
 その翌日、常吉は帰って来た。
「弥右衛門も、お頭と談合したいというとりますでョ」
「ん」
 徳利老人は眼を細めて頷いた。       −つづく

クミコ - 2001/08/16(木) 23:58<

道を開く

もんむ−さんのお話しで思い出したのですが、
金鳥さんに登る山道に東に向かう細い道があります。
それは田中道と小さく表示されていて、あまり人が歩かない道です。
山を降りる途中に、一緒になった人が教えてくれたのですが、
「あの道は始めはなかったのだけど、田中さんという人が毎日笹を切りながら、
歩いて道にしたそうだよ。」と話してくれました。
その後、その後継ぎの人もいるとか・・・

サンカの人達もきっとウメガイ片手に道なき道を道にしていったのだと思います。

ピンクのトカゲ - 2001/08/16(木) 23:25<

忘れちゃ困るよ。

紀州も美味いし、愛媛も美味い
でも東三河の蒲郡と遠州の三ケ日も忘れないでね。
ミス蜜柑さん

もんむー - 2001/08/16(木) 23:11<

間道発見

間道
あまり人に知られていないぬけ道

今日、大楠山に登った帰りに、毎日散歩がてらに山に登るというおじいさんと
いっしょにおしゃべりしながら下山してたら。おじいさんは大楠山には山腹を
穿つトンネルがあって、そこから半島の反対側に抜けられるということを話さ
れました。このおじいさんはいつもその道を使って山に登るそうです。あまり
人が通らないので、道は草がぼうぼうだそうです。

だいぶこの山には登ってきたのですが、ぜんぜん気付きませんでした。家で地
図を開いてみるとトンネルがあるらしい尾根をはさんで両側に道が通じていま
す。車のないころにはたいへん便利な通り道だったのでしょう。だいたいの場
所は教えてもらったので、今度この道を抜けてみようと思います。

その大楠山ですが、頂上から眺めると、ゴルフ場開発も、湘南国際村の開発も
進んで、無惨な山面をさらしていますが、いまでも残っている谷間や尾根には
自然がいっぱいあって気持ちがいいです。大楠山に隣接する子安の村はここ横
須賀とは思えないほどの風情のある山里です。いちどいらして下さい。

でわでわ

ミス愛媛 - 2001/08/16(木) 21:41<

私もちょっと恐い

・・・・・・・・・・・・

謡子 - 2001/08/16(木) 21:02<
誤解しないでください。この騒動を続けるという意味ではありません。
去るべきなのは私であり、Donglyさんではないということです。
Donglyさん、よろしくお願いします。

実篤 - 2001/08/16(木) 19:48<

みかん あかかぶ いちご ・・・

  仲よき 
        事は
             美しき哉〜    
                     ですね ミス蜜柑さん

ミス蜜柑 - 2001/08/16(木) 18:18<

ちょっと怖い。

皆さん仲ヨクシマショウ。

謡子 - 2001/08/16(木) 16:05<

Donglyさんへ

ひとことだけかかせてください

Donglyさん、私はDonglyさん個人に抗議したわけではありません。そのようにとられたのなら
深くお詫びいたします。どうぞ、この掲示板に戻ってきてください。
今回のことは、私も反省しています。
ヤゾーさんにもその後電話をして、私の詫びるべきところは詫び、あるところまでわかりあっています。
私たちは問題を抱えてはいますが、この先も、友人として相手から逃げることなく向き合っていきます。
互いに成長するために出会った友人なのだと思います。
Donglyさん、不愉快だとは思いますが、どうか今回のことをお許しいただき、見守り導いてくださる意味でも、
必ず  kumanoに戻ってきてください。よろしくお願いします。





ナイスタイミング - 2001/08/16(木) 15:11<

まだまだ夏

管理人ヤゾ− 様、いつも楽しく読ませていただいております。
TV東京の番組は所用があって見ることが出来ませんでした。
実に残念です。

最近、朝方などはもう秋かと思えるような風が吹いていますが、
いやいやどうして日中は暑いです。

蝉時雨の降る中、Dongly氏のお話が読みたいと思って
アクセスしたのですが、お早いご登場を期待しております。(^ ^)

ヤナギムシ - 2001/08/16(木) 12:07<

どはーーー・お疲れ!!

ただいまーーー・・先ほど帰りました!!
  友人四人組で磯釣りに、行ってきました

  へへへ・・min-minさん、釣果が気になるでしょう
     その前に、・・・

   私の行った白浜の沖磯・・円月島の沖にある灯台がある島です
      3人灯台近く、私だけ一人反対の側の突端に釣座かまえました
       夜12時も過ぎると、温泉街の明かりも消えて、真っ暗!!

時折、大きな波が足元を洗う・・・空は天の川まで、見える夜空、星が流れる!
   ひとつ、又一つ。
  今日は夜光虫の怪しい光が異様だ!
 すこし、気持ちが悪い・・誰や!盆に釣りする奴は!!けけけ
  
     今日の目的の魚は、コロとタマミ・・仕掛けもデカイ
 竿5号、P・ラインにハリス10号のフカセしかけ
   こんな、太い仕掛け簡単に切っていく大物もいるんです
    今回は2回切られました・・・・切られてもHAPPYのヤナでした

   眠たい・・頭まわりません
     又後で・・・・・・・・
      
    

レコバ - 2001/08/16(木) 10:43<

工(?)

皆様に質問。
工氏(たくみし:漢字はあってるか自信ないです)って御存じですか?
飛騨の山中に住んでいた、平安〜室町時代くらいまで
大工みたいな仕事をしていた集団らしいのですが……
聞いた所によると、
逃げ出してもすぐに分かるように
顔つきの異なる人を大陸からつれてきたらしいとか、
それが河童の起源になっているとか、
御存じの方は、教えて下さい。
お願いいたします。

では、では。

ヤゾ− - 2001/08/16(木) 09:09<

うわぁああああ!!!

なんだかとても良いお話を聞かせて頂いたように思います。
バリ師さん、 ありがとうございます。

>庭先にタヌキなんか飼うとったりしとったな。

へぇ〜、面白いですね。
何日か山小屋を離れていますので、
今頃タヌコがどうしているのか気になってきました。

ここのところの騒ぎで言い忘れていましたが、
自動リンクコーナーに登録して頂けると嬉しいです。
やり方が分らない場合はコメントなど言って頂けば僕が登録します。

バリ師 <http://homepage2.nifty.com/TENKARA/index.html> - 2001/08/16(木) 08:02<

サンカと楮・三椏?

■行きつけの釣り道具屋のおっちゃんから聞いた話
・だいだい昔、シラサエビやブツエビを釣り道具屋に持ってきよったんがサンカちゅうんか、そういう人やったわな。そらいっぺんに五升から獲ってくるんやさかいに達者なもんや。何べんか家も行ったことあるけんど、庭先にタヌキなんか飼うとったりしとったな。
・シラサやブツばっか獲っとたんとちゃうで。ハメ(蝮)獲って焼酎に漬けたり、燻しとったな。冬はハエジャコの網入れしとったし、ほてからコウゾやミツマタの皮、剥いどったなあ。それぞれ卸す筋があったんやろな。
・わいら、どこでも寝れるさかいに言うて、シラサやブツ獲っとても、眠ぶたなったら、河原でも池の端でもどこでもゴロンと横になるちゅうとったなあ。いっぺん寝たら、川に掘り込まれるまで起きんさかいに言う話や。
・わし(昭和6年生)より、もう一回りも二回りも上の世代で、今、生きとったらみんな90歳から上ちゃうか。別に悪さするとか、乱暴もんちゅうこたあなかったで。みんな働きもんやった。もう後継いどうもんなんかおらんやろ。昭和の四十年代ぐらいで終いちゃうか。時代が変わってもて、食ていかれへんやろがな。

管理人ヤゾ− - 2001/08/16(木) 02:46<

皆様へのお詫び

今回の騒ぎで、皆様へご心配をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。
また同時に深く傷付いた方も何人かおりますが、その傷が早く癒えることをお祈りしております。
僕には、未だにこれという原因が分らず、また自分に対しても後ろめたいことは何もありません。
ですがこういう結果を生んだことは、僕の不徳のいたすとことであり、そういうことでは深く反省しています。

先程、Donglyさんからメールを頂きました。

ご自身の投稿により、人を傷つけたのではないかと案じており、
また、今回の騒ぎにより、ご自身も深く傷ついたとのことでした。
ご高齢であり、持病をお持ちですので、傷がいえるのには時間がかかると仰ってます。
それで傷が癒えるまで、もうすこし時間を下さいとのことでした。
Donglyさんは必ず戻って下さると思います。
それまで、Donglyさんが読んでも、納得してもらえるようにがんばりたいと思います。
皆様のご協力をお願い致します。

とんちんかん小僧 - 2001/08/16(木) 02:14<

陰陽忍軍歌 (10)

おミヨさん
レス何度も有難うございます。「陰陽忍軍歌」再開です。

下関のGAKUさん
お久しぶりです。以前、やぞーさんと2回だけでしたが和歌山の仕事場の方へナイフの
お話やジュースやビール缶で作った恐竜やクワガタ等の作品見せて貰ったのを覚えてい
ます。また、紀楽屋さんの方でも鹿の角で作ったベルトのバックル等の素晴らしい作品
を生で見る事ができたし、話をしてみると全くの知らない人でなく知っている人だった
ので、あの時は大変驚きましたよ。今後ともよろしくお願いします。


範頼は最勝寺に入り、教頼法師(のりよりほっし)と名乗った。
 ヒエンは範頼の子を生み、男子はひそかに源氏を称し、表向きにはヒエンの住む土地
の字名、木陰(このかげ)を姓として用いた。
 これが因州スッパ(素破)の持つ伝説だが、その木陰衆の中から、木下藤吉郎秀吉が
出たという噂が、その筋の者(忍びの者たち)の間に伝わっていた。
 九十九源兵衛の素は信州八ヶ岳のサンカ首領十弥放士(トミオジ)の一族であり、九
十九は関東一円、九十九谷(実数ではなく言葉の綾)からとったもので、源兵衛はその
九十九谷のソマ(木偏に山という漢字です)族の長をつとめていたという。
 しかし、源兵衛が出生したところは、大和葛城(かつらぎ)山の西域に広がる茫々たる
沼沢地――河内の一隅だったともいう。いわゆる河内サンカの棲息地域で、そこには平将
門の乱のころ馬谷(うまや)大坊と称する行者族の長がいたことが語り伝えられているが、
その地域から「河内売薬師(やくし)」と呼ぶ素破者が出、散所(さんじょ)の長といわ
れる楠木正成が出ている。つまり、木下藤吉郎秀吉は河内素破と因幡素破との血をひく純
然たる素破者であった――ということになる。木下の姓も、木陰を転じたものという。
                                 ―つづく。

Donglyさん、これ読まれましたら、また何か分かっている事ありましたら教えてください。

コスモス - 2001/08/16(木) 01:09<

>なまず石

クミコ様、お答え頂きましてありがとうございました。
早速教えて頂いたホームページを見てみました。
クミコ様のいうように私も古代文字についての説明には疑問を感じました。
それにしても、あんな大きな岩が数百メートルも転がったなんて、地震の力は恐ろしいです。
なにも知らない者ですが、またなにかありましたら、お教え下さい。

もんむー - 2001/08/16(木) 00:19<

泉鏡花「黒百合」

椋鳩十の研究書を読んでいたら、泉鏡花の「黒百合」でサンカが描かれている
ということだったので、早速読んでみました。しかし最後まで読んでもサンカ
のサの字も出てきませんでした。けれどもいくつかピンとくる部分はありまし
た。
ここから
---------
幼い頃から泥棒に手を染め、母の死によって富山の子爵の家に預けられた瀧太
郎は泥棒癖な直らないまま自堕落な生活を送っていた。ある日、富山県知事の
娘、勇美子は瀧太郎に黒百合を採ってくるように頼んだ。黒百合の自生する場
所は山中の大滝のさらに奥、魔所と呼ばれていて、ほとんど人が近づかない場
所である。

お雪は花賣りをしながら、盲目の恋人を介護している。お雪は勇美子が黒百合
のために大金を用意している事を知り。恋人の治療代のために黒百合探しを決
意する。

一方、瀧太郎は幼いころの盗みの師であったお兼と再開する。お兼は泥棒稼業
から足を洗っていた。お兼は瀧太郎を含む全国の仲間を集めて一旗揚げようと
していた。

お兼
「私がいふ寶物は、山の霊、水の精、また天道様が大事に遊ばすものもあろう。」

橋の欄干や、寺の門などにあるひっかき傷が仲間達の連絡用暗号なのだという。
お兼は欄干を見て、仲間の動向を知り、行き先を決め去っていった。その後、
仲間四五人と合流して笑いながら高岡をめざしたという。

お雪は山に入り、行方知れず。その後を瀧太郎がお雪を追って山に消えていっ
た。山では鷲と壮絶に戦い。黒百合を手に入れることができた。しかし突然大
洪水が起こり、お雪はその濁流にのみこまれてしまった。黒百合だけが勇美子
の元に流れついたという。

その後、瀧太郎は仲間と合流して冒険船に乗り込み、大海へ出ていった。
-------
ここまで

しょぼい要約ですみません。でもなかなかおもしろい作品でした。でもこれが
サンカかどうかは判断はつかないのですが。

でわでわ


ピンクのトカゲ - 2001/08/16(木) 00:08<

俺も一緒です。

おミヨさんやにっちょさんと同じ気持ちです。
独特な切り口、いろいろな示唆あります。
Donglyさんの意図と違う解釈もありますが、やはり、はっとすること、ありますよ。
いろいろな情報の共有ができて、自己のアイデンティティー確立できるのがインターネットの利点では、
そう思っております。

おミヨ - 2001/08/15(水) 23:58<

Donglyさん

私もにっちょさんと同じ気持ちです。
Donglyさんのお話、難しいところもありますが、猫糞やまむしの話、また、忍者の話し、その他多くの
面白い話しを楽しみにしておりました。とんちんかん小僧さんも多分同じ気持ちだと思います。それに、
毎日このページを訪れてくるくる方々の中にもDonglyさんの文章楽しみのDonglyさんフアンの方々の
為にも復活を御願いします。
にっちよさんの
>どうか識者の義務として、このできの悪い生徒を引率願います。
>授業料も払ってないのに勝手なこと言ってすいません。
私も同じ気持ちでおります。








にっちょ - 2001/08/15(水) 22:50<

Donglyさん。

donglyさん書き込みおねがいします。
ネットで検索すれば、ほとんどの情報は手にすることは出来ますが、
貴台のご賢察は他の方の書き込みも同様ですが、興味深く勉強さてもらい拝見してきました。

たまにユ−モアを交えたジョ−クなど、遊び心が見えて、私にとっては貴重な書き込みでした
皆様の意見を参考にしてきた私にとって、お一人でも欠けてしまうと困ります。皆様は蓄積された知識が
お有りでしょうが、私にはありません。

どうか識者の義務として、このできの悪い生徒を引率願います。
授業料も払ってないのに勝手なこと言ってすいません。
私は自分の言葉でしか、ものが言えず不愉快なこともおありでしょうが、ご容赦下さい。

                                        

没義道法主 - 2001/08/15(水) 21:27<

ごめんなさい

下記、誤字だらけですね。疲れて飲んでますので。ご容赦を。

没義道法主 - 2001/08/15(水) 21:25<

あ、あつい

ついに関西が亜熱帯になってしまった。
神宿る森を削り、ハコモノつくり続けたむくいです。
私が住む地域は「サンカ聖都」につかい山際ゆえ、大阪とは三度ぐらいちがうのです。
わたしが子供のころ、真夏でも窓開けて寝ると明け方寝冷えしたものでした。
昔語りをしだすとオッサンの証拠。やだやだ。

 みなさま、丁寧なレスおよび諸情報ありがとうございます。お返事しようと思いつつ暑さと疲れてで
今日にいたりました。運転疲れと日焼けと飲みすぎで、ちょっち頭が膿んでますです。

最近気になってるんですけど、京都学派の異端ながら、縄文文化に造詣の深い「唾姫」梅原先生。
京都に関する諸作に、どうも菊池的匂いがしてなりません。考えすぎかもしれないけど、梅原先生ほどの
碩学が山哉について知らないとは考えにくいのです。やはり知っていつつ「慎重に」明言をさけてるんでしょうね。

思いおこせば十ン年前、私は古田史学に夢中でした。しかしかまトンデモ。ファンタジー「ツガル某」で
疑いでしてからあとは土砂崩れ。今では九州王朝すら誤解と考えてます。
しかし神話研究はかなり影響受けたものです。学に志すなら、誤解をおそれずかつ誤解を極力さけ、
私情を抑え罵倒をさげすみ、極力冷静かつ妥当に論をすすめるべきでしょう。
そのてん、やきり山哉翁の淡々とした語り口は素敵です。「秦氏原住民説」は私的にはドヒャーですが、
他の説については現代形質人類学をもとに再構築してほしいほどです。自分に出来ないのがくやしい。

にしても今年は暑すぎる。た、助けて。

クミコ - 2001/08/15(水) 20:42<

なまず石

ヤゾ−さんほんとにお久しぶりでした。
コスモスさんはじめまして。よろしくお願いします。

震災の時に転げ落ちた石は、なまず石と呼ばれているそうです。

http://5525.hoops.livedoor.com/index.html

一度見てください。

>その巨石に刻まれていた古代文字に関する記事か本かなにかありましたらお教え下さい。

恐らくなまず石じたいの本は出ていないと思いますが、
上記のhpに解説者のブックリストがありました。

巨石に刻まれた古代文字となると限りなくカルトに近づいていく気がします。

>カタカムナ文字なんでしょうか? それとも豊国文字みたいなものなのかな?

上記のhpでは古代中国文字という解説でしたが、
なんとなくですが、私は納得していません。
もう少し涼しくなったら、色々な古代文字のリストを片手に自分の目で
確かめてきたいです。

では!


コスモス - 2001/08/15(水) 12:32<

あらためて初めまして。

皆様。突然現われて勝手な意見を書きまして申し訳ありませんでした。

クミコ様。初めまして。その巨石に刻まれていた古代文字に関する記事か本かなにかありましたらお教え下さい。
それって隠れていたものが地震によって現われた訳ですから、漢字が伝わる前に文字が存在していたという否定しようのない証拠だと思うのです。が?。

>どうも何者かにとって都合の悪い史跡の多くが、

ダムの底に沈んだり、破壊されて、その跡に大規模な工事がおこなわれたりすることはあるみたいですね。

ヤゾ− - 2001/08/15(水) 11:18<

山から転げ落ちた巨石に古代文字 !

クミコさん、お久しぶりでした。

>ク-ラ−の効いた都会のマンション暮らしが、やっぱり最高かも、と思う今日この頃。

そうですね。そういうことも言えますね。
自分なりに気に入ったところに暮していますが、
今年はなぜだか異常にムカデ(ゲジゲジも)が部屋の中に入ってきます。
それはかなり広い範囲で同じような現象が起きているみたいです。
虫の苦手な僕としては辛いものがあります。
ピーちゃんやタヌコが来てくれるのは嬉しいのですが、
山の中に暮している以上、ムカデの訪問も覚悟しなければなりません。

>震災でアシヤの山から転げ落ちた巨石に古代文字が発見されたそうです。

それが本当だとすれば大変なニュースですね。
やっぱりカタカムナ文字なんでしょうか? それとも豊国文字みたいなものなのかな?
いずれにせよ、そのことがあまり知られていないことを考えると、
故意に取り上げないのか、その事実を隠蔽したい力があるのかも知れませんね。

どうも何者かにとって都合の悪い史跡の多くが、
“村興し”等の理由の開発工事により潰されて(闇に葬られて)いる気がすることがあります。
そういう時には、もの凄い怒りを覚えます。


>私は魚釣りに軸足を置いてはおりますが、周りにサンカの話が出来る人がおらへんもんで、
>最近、ここを開けるのが楽しゅうございます。

バリ師さん、不思議ですね〜。
ここに来る人は妙に釣り好きな人が多いです。
地元でも最近話題のサメが多くて、
釣った魚を巻き上げる途中にやられることが多いそうです。
最近、釣りに行ってないなぁ〜。


>ちなみに北海道まで行くつもり。

min-minさん、いいな〜。
北海道での釣りの話し、帰ってから聞かせて下さいね。
もしかしてイトウなんか狙うのかなぁ。

>お詫び状

よく分りました。
僕に至らないところがあったのなら心からお詫びします。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/08/15(水) 08:58<

ヤナさんや〜〜〜い

餌撒きお○さん、今頃は「はなちょうちん」つくっておねんねでありましょうか?

>>だれや、餌だけやってこい・・なんておもとるのわ!!

は〜い、それはわたくしです。イヒヒヒヒ。

          >>まあええ・・行かれへん・・もんのひがみや、おもといたるから

こっちだって行くもんねぇ。ただもう少し経って、今月末にしようかなと思ってますが。

僕にとっての釣りは“心のオアシス”に行くようなもんです。でも、釣り糸を垂れてひがな
一日のんびりと・・・なぁ〜んてノンビリしたものじゃございまっせん!!
それはまさしく“ハンティング”。縄文の時代から受け継いだ?狩猟本能むき出しなのだぁ!
ちなみに北海道まで行くつもり。東京近辺には僕の血を鎮めてくれる自然がありません。
ひたすら、その時期に仕事が立て込まないことを祈りつつ・・・。

min-min@“癒し”に飢えたオオカミ・オヤジ???
              

クミコ - 2001/08/15(水) 01:05<

この世の楽園はどこに?

残暑 お見舞い申し上げます。

みなさま ご無沙汰しております。
なにか、いいご報告あればここにメッセ−ジを残したいと思いつつ、
さしたる変化なしです。
なかなか惚れ込める土地は見つかりませぬ。

Donglyさんにご指摘されたごとく、ク-ラ−の効いた都会のマンション暮らしが、
やっぱり最高かも、と思う今日この頃。
それで無理矢理?灯台下暗し!ということで
地元、六甲山あたりを聖地に観立て探索することにしました。
いろいろ調べていると、
震災でアシヤの山から転げ落ちた巨石に古代文字が発見されたそうです。
アシア族、アジア、アシヤこれってぜったい繋がっていますよね!

それにしても、この世の楽園は何処に?
どなたか ご存知の方いらっしゃいませんか?

 





バリ師 - 2001/08/15(水) 00:53<

追って

下関のGAKUさんのカキコを読んだ段階で、「おのころウロウロ」を打ち込んでおりました。
登録いたしましたら、話が三つほど進んでおりました。念のため。

バリ師 - 2001/08/15(水) 00:42<

おのころウロウロ

■二日ほど、子どもと嫁はん連れて、おのころ島に行っておりました。どこもかしこもえらい人で、セブリする場所を求めてウロウロ。最近、サンカワールドに迷い込んでいるせいで、サンカ的嗅覚がピクピクしたのか、まったく人気のない浜に何かに導かれるように落ち着きました。トワエモアの昔から「誰もいない海」が好きです。ウソみたい。今日は朝から型のええキスがたんと釣れました。

■前に対談や討論会の「テープ起こし」ちゅうのをやったことがあるんですが、あれ「会話」いうんは、けっこう無茶苦茶ですな。そのまま一言一句起こしますと、文法的にもおかしかったり、意味不明やったり、すれ違ごとったり、相手の話を全然聞いてえへんかったりして・・・。ほんでも相手の顔見て、手振り身振りで、その場の雰囲気でどうにかこうにか話は進んでいきます。あっ、ほんで文字通り「会うて話す」いうんかいな。ま、酒飲んで、議論して、挙句の果てはどつきあいなんちゅうこともありますが。
「道という道がローマに通ずれば ドンキホーテよ でたらめに行け」とか。(私の人生訓ですな)

■私は魚釣りに軸足を置いてはおりますが、周りにサンカの話が出来る人がおらへんもんで、最近、ここを開けるのが楽しゅうございます。脳細胞が活性化いたします。「背振の里ツアー」、休みがあったら行きたいなあ。

謡子 - 2001/08/15(水) 00:37<

お詫び状

みなさまへ

今回の一連の騒動で、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
意図したわけではなかったのですが、結果的に ひっかきまわしてしまいましてすみません。
自分の融通のきかなさ、心の余裕のなさを反省しています。
KUMANOに集われてるみなさま、今後とも、変わらずKUMANOの風を楽しまれて下さいませ。
ハリケーン仕様の私はもう、現れませんので安心していてくださいね。
ヤゾーさん、ビビらしてしまってごめんなさい!!こわかったデショ?
それから別に、誰かに悪口言ったとかそういうのは、怒っていません。
だってあなた、面と向かってもいつも私にボロクソに言うじゃないですか!?だからそういうのはいいのです。
とにかく私は消えますので、ますます理想的なサイトにしていってくださいね。
お世話になったみなさま、いままで色々ありがとうございました。
サクラさん、ヤナギムシさん、トンチンカン小僧さん、どうもありがとう。お元気でね。

ヤゾ− - 2001/08/15(水) 00:34<

ホピ・インディアンとアラハバキ

原子爆弾に使われたウラン鉱石が採掘されたアメリカ南西部の高原砂漠地帯は、
ホピ・インディアンが地球の心臓部と呼ぶ聖地でした。
ウランのことをホピは『母の心臓』と呼び、それを大地から掘り出すことを酋長たちは大反対したといいます。
それは大昔からホピのあいだ次の予言が伝えられていたからです。

『決して母親の心臓をえぐり出すようなことがあってはならない。もし、それを取り出してしまったら、
灰のびっしりつまったヒョウタンとなって空から降り、やがて世界を破滅させるだろう』と。
そして、悪魔の灰がつまったヒョウタンは広島・長崎に投下されて現実のものとなりました。

そのホピの伝えてきたシンボルとアラハバキの遺物にある石板のシンボルや絵文字がとてもよく似ているのだそうです。
アメリカ・インディアンも蒙古人種系の特徴である蒙古斑を持って生まれることから、
遥か昔には共通した先祖や文化を持っていたのかも知れません。



レコバさん、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。

>これからも、何度かお世話になると思います。

頼りない管理人ですが、よろしくお願いします。

下関のGAKUさん、ようこそ。

>振山脈があり例のサンカの里です詳しくはこの秋口にも車で走ってみたいと思います

そうですか。なにか面白い発見でもありましたらまた報告して下さい。
それとナイフ造りや得意の物造りに関する豊富な知識をお聞かせ下されば、
喜ぶ人も多いと思います。
 
※ 下関のGAKUさんは僕の古くからの知人で、ナイフ造りの名人でもあります。

>ジオジオのかんむり

サクラさん 僕も久しぶりに読みたくなりました。

>またの機会ということで。

謡子さん 会ってお話した方が良いようには思います。

サクラ - 2001/08/15(水) 00:13<

ジオジオのかんむり

ジオジオは
ライオンのなかでも
いちばん つよかったのです。
だから、とおくの ほうで、
ジオジの かんむりが
ちかっと ひかると、
だれでも、こそこそ
かくれて しまうのです。
 
ほんとうは、ジオジオは つまらなかったのです。
きりんを おいかけるのも、
しまうまを おいかけるのも、いやになって、
ジオジオは 水の なかを のぞいて みました。
だれかと、ゆっくり はなして みたくなりました。
 
五木 寛之著「鳥の歌」の中に出てくる絵本「ジオジオのかんむり」より
 
昨日からの一連のレス読み返しながら、
  むしょうにこの絵本読みたくなりました...
 
やぞーさん、謡子さん
お二人ともとても素敵な感性がある方と思っております。
 
やぞーさんはやぞーさんらしく、
謡子さんは謡子さんらしくと思っています。
 
ただ、どう見ても、今回のレスはBBS上ではなく、
お互いメールで交換されることだとおもいます。 

下関のGAKU - 2001/08/14(火) 23:50<

九州の背振の里ツアーなんかどうですか

始めまして このコーナーには前から気になっていましたがヤゾーさんの進めもありこれでいいのか少し不安ですが・・・

 この所気になっている事を書きます九州の福岡と佐賀県の境目に背振山脈があり例のサンカの里です詳しくはこの秋口にも車で走ってみたいと思いますそこでタイトルのようにとんでもない事を書いてしまいました 今日のところはこれで又参加させてください よろしく

謡子 - 2001/08/14(火) 21:36<
ヤゾーさんへ

この話は打ち切りですか?そうですか。わかりました。
この場でぜひともあなたにお尋ねしたい一件があったのですが、残念ですね。今回は諦めます。
それから メールをありがとうございました。今日は何度か携帯に電話もいただいていたようですね。
出られなくてすみませんでした。

>今日の3時以降、明日の午後からでしたらお会いできますが如何でしょう。

せっかくですが時間がありませんので、またの機会ということで。

NA-NI - 2001/08/14(火) 19:26<

こ・ん・ば・ん・は

min-min様、
>>私は器用ではありませんし表現が固いのは認めますが、簡潔に旨く表現できたところで
 −から−
>>わかる人には一定のご理解はされるのだろうとは思いますが、別に期待していません。
>というようなあなたの発言は出てこないはずです。理解を求めない、あるいは期待しない
>ような発言は敢えてこの場でする必要はないのでは。

別にそうはおもえませんけれどもね。
ここのBBSにはご自分なりのアイデンティティを模索されている方もおられるように思いましたので、
意義があるのでは、と思ったしだいです。
「意義なんか別にねぇ〜よ!」と思われた方、どうぞ流してください〜。

>>あなたにはわからないでしょうね
>これは僕の知能程度を問われているのでしょうか。
>ま、正直言って、分からないかも知れません。(^^ゞ

ご冗談を。博識でいらっしゃるのではありませんか(HPを拝見しましたが感服申し上げます)。
しかし、博識でいらっしゃってもご理解なさるかどうかは別だと思います。

サクラさま。
>今日のNA-NIさんいやに素直に見えちゃう...

すると、いつものスタンスは素直ではないと。。あちゃ〜(苦笑)!
まぁ、自分ではひねていると思っていますけどね。
しかし、基本的にスタンスはなんら変わっておりませぬ。

とんちんかん小僧さま。

>参考文献さえ教われば、あとは自分なりに理解するつもりでいたので、
>とても助かりました、有難うございます。

私は個人的に参考文献の前のレスを心にとめてくだされば、とおもっちょります。




チャンチャン

ピンクのトカゲ - 2001/08/14(火) 18:28<

マムシよけのお守り?

今日の中日新聞夕刊(ローカルでごめんなさい)の連載記事『いまどきの東海道』に三河二宮(一宮は、旧穂国の砥鹿神社→実質的に旧三河国(現西三河)の一宮)知立神社は、『マムシよけのお守り』で有名との記事。
神社とサンカの相関について関心がある私にとっては、興味深々。
確か祭神は、国造本紀の三河国造祖・知波夜命?だったと思うんですが
皆のいろんな意見(解釈)まってるよ。

とんちんかん小僧 - 2001/08/14(火) 14:11<

NA-NIさまへ

レス有難うございます。お返事遅れてしまって申し分けないです。
>興味があれば、わかりたければ素養をつけたらいいのでは?というのが私の考えです
私も、そういう考えです。興味があるから何度も質問し、疑問点を少しでも解消し、自分
の中で整理してから物事にとりかかるようにしているので参考文献さえ教われば、あとは
自分なりに理解するつもりでいたので、とても助かりました、有難うございます。

謡子さんへ
随分、ご立腹だと思っていたので謡子さんがそう言うのであれば、仲直りしましょうよ。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。また、やぞーさんと三人で会いましょう。

ヤゾ− - 2001/08/14(火) 12:05<

トホホホ

寝不足の眠たい目で掲示板をチェックしてみれば・・・思わず意気消沈してしまいました。

謡子さん、これ以上こういう話しは無意味だと思います。
結局はお互いを傷つけることにしかなりませんか。
確かに僕にも悪いところがあったと思います。
サンカに対する考えの違いから、あなたに対して排除するような行為に出てしまい、
傷つけたかも知れません。

明け方のケイジュさんからのメールでは、
僕がとんちんかん小僧にあんなことを言わせたように洗脳したのだと指摘を受け、
僕はとてもショックでした。

まあさんが来なくなってから、
とんちんかん小僧には一言もその理由もまた悪口も言ってませんよ。
大体にして、本当にはっきりとした理由が分らないのです。
件のとんちんかん小僧の投稿の後に、例の井上さんと僕の友人と4人で会う機会があり、
その時には僕も頭にきてましたから悪口は言いました。

もしなんでしたら、とんちんかん小僧と3人で会ってお話しませんか?
今日の3時以降、明日の午後からでしたらお会いできますが如何でしょう。

それと僕はサクラさんとヤナさんには、まあさんのことを随分悪く言いました。
でもそれは僕の愚かな思い込みから発した言葉かも知れないので、
今でもサクラさんもヤナさんもまあさんのことは好きみたいですよ。

これ以上〈公〉の場所である掲示板では、このような下らないやり取りをするのは忍びないです。(結構楽しんでいる人が居たりして?)
僕のエゴであり、管理者としての特権を行使して、これ以上の中傷はすべて削除します。
それはどちら側に味方する意見もです。

コスモスさん、はじめまして。
お気持ちはとても有り難いです。
今後とも、よろしくお願いします。

コスモス - 2001/08/14(火) 10:52<
私は半年ほど前から毎日のようにこちらを見させて貰っている者です。ここほど内容の濃い感じの良い掲示板はかつて見たことがありません。私もここに参加したい気持ちは強いのですが、まだ掲示板に書き込みをするまでの知識も勇気もなくて見ているだけです。でもここに投稿された文章は隅から隅まで丁寧に目を通しております。そこで思うのですが、こちらの管理人であるヤゾー様がいつ論議を否定したことを仰ったのか、どこを読んでみてもそのような箇所は見当たりません。私にはこの一連の騒ぎは、普段、関係のない方がいきなり土足で入り込み、ここの掲示板の意味も理解せずに、好き勝手なことを喚き散らかしたようにしか思えませんでした。それが管理人さんの無責任な発言や議論はお控え下さるようにお願い致します。の意味ではなかったのかと思います。

謡子 - 2001/08/14(火) 10:20<
ヤゾーさんへ

私が去った理由をご存知ないはずはないと思います。
そういう発言をされるのであれば、理由をここで書いたほうがいいのではないかと思うに至っています。
ヤゾーさんもご自分に自信がおありなら、問題ないと思います。私は話を誇張したり、ウソを並べたりはしませんから危惧しないで下さい。
みなさんがbbsとヤゾーさんとのメールだけで判断されるのは、危険だと思います。すべてを明らかにする過程をまず見て頂いて
その上でみなさんに御一考、御判断いただくというのは、いかがでしょうか。
ただ、そのことでこれ以上善意の第三者を傷つけてしまうかもしれないのであれば、私はそれができません。

トンチンカン小僧さんへ

あなたが謝ることはないのです。あんな暴言を吐かせてしまって本当に悪かったと思っています。胸を傷めています。
トンチンカン小僧さんは、純粋な魂の人だと私は思っています。たぶん、あたってると思います。
あなたの言葉には作為がないし、あの文章が私を傷つけたということはくありませんでした。
みなさんへの深い思いやりが伝わってきたからだと思います。
でも広く全体を見ないと危険な思想の落とし穴にはまっていても気がつかないということがあります。
純粋さを大切に守りながら、そのことも 共に意識していきたいです。今後ともよろしくお願いします。

レコバ - 2001/08/14(火) 10:20<

ありがとうございます。

没義理道法主様・min-min様、御丁寧なお返事ありがとうございました。
僕は、こういった類のことにものすごく興味があるのですがハッキリいって完全な素人です。
本当の歴史とはどういうものであったのか?
我々は何者なのか?
そんなことを考え調べているうちに、このページに辿り着きました。
これからも、何度かお世話になると思います。
時には、かなり見当違いな質問等をするかもいたしませんが、
その時は優しく諌めてやって下さい。
如何せん、ナイーブな人間ですので……(笑)

おミヨ - 2001/08/14(火) 08:15<

仕事のまえに

このクマノライフが大きく成長してきたのは、ヤゾーの主旨である「自然の中へ、そして心の中へ!」に
共鳴、共感される方々が多く集まり、今まで平和で和やかで暖かい空気の流れを維持できてきたのは
やはりヤゾーの毎日の心くばりがあったからだと思っています。
今回の件で、私も色々考えさせられ、反省するべきいい機会になったと前向きに捉えていきます。
いろいろご意見あるなかで、私は、きょうかいさんのお言葉に一番賛同できました。
私個人の見解としては、パンツ云々の表現の仕方は自由でありますが、自分の主張を一方的に相手に
押し付ける事は、お互いギスギスしたものにもなります。お互いの信頼関係を築きながらの議論は大いに
あつてしかるべきで、その中で自分の主張をうまく通していければ一番いいのではないかと思っています。
私達の職場ではお互い何か困った事があると、必ず話し合いを持ちます。カンカンガクガクまでは
いきませんが、ああしたらいいのではないか、こうしたらいいのではないかとお互いに意見の交換をします。建設的に捉えていく議論であればいいなとおもいます。一理あつたとしても、その前にお互いに
礼儀も必要かともおもいます。
とんちんかん小僧さんの反発する気持ちもわかります。

口角泡をとばしてまでの侃侃諤諤はまだまだ日本の風土からは遠いような気がしますがどうでしょうか?
穏やかにが一番です。

ヤナさん さくらさんムードが一番好きです。



ヤナギムシ - 2001/08/14(火) 08:03<

ヒャッホーーーーウ

グッド モーニン・・・おはようさん
  うううううううううううう・・・快晴
雨降って、痔がかいい・・
    なんて・・・ね・・はははは

     いそいそ、準備に取り掛からねばけけけけ
      磯釣りデーーース

   コロチャン・タマちゃん待っててね
       今行きますよーーーーーん
  
        だれや、餌だけやってこい・・なんておもとるのわ!!
          まあええ・・行かれへん・・もんのひがみや、おもといたるから


              ほなまた・・・・くくくくく・・ヤナでした

ヤゾ− - 2001/08/14(火) 03:12<

頭を冷やしました

KEIJUさん、どうやらメールが行き違いになったようです。
お気遣いとても嬉しかったです。

謡子さんに対して失礼な文章であったことを反省しています。
すこし冷静さを欠いていたようです。

謡子さんがどういう理由で突然来なくなり、そして突然に現われたのかは僕には分りません。
もしかしたらその理由を勝手に悪く取り過ぎていたのかも知れないと反省しています。
そこでどうでしょう謡子さん。
このままではあまりにもお互いに情けないです。
もう一度、前のようにやっていきませんか?
雨降って地固まるという言葉もあります。
少し勇気が要るかも知れませんが、
サクラさんやヤナギムシさんは今でも謡子さんが戻ってくることを心から願っているようです。
それが大人の行動のようにも思うのです。
そう言っている僕が一番おこちゃまだったりするので、
こういう事態を招いてしまいました。
反省してます。

わちゃ〜 少し投稿が遅かったかな。

それにしてもきょうかいさんと見事にシンクロしてます。
驚きました。
でもこれで一様この議論は終にしませんか?

きょうかい - 2001/08/14(火) 03:00<

KEIJUさん

暗黙のルールってありますよね。KEIJUさんが言われたドイツ人のお互いに尊敬の気持ちを持って上での
討論もそうですね。パンツを脱いでも、何処かルールは残ると思います。
日本人的発想は、そのルールを厳密に守って喧喧諤諤ではなくて、そのルールといかに距離をとるかという
バランスに重きを置く事だと思ってます。良い悪いは別です。
個人から付き合いを考えても集団から考えてもルールがないとだめだと思うのです。
 ただ難しいのは、本人はそう思わなくても、時々はずしてしまう時がある。ルールってみんなで作るから何処にも書いてないですから。そこで本人も結構それを気にしている時に
頭から批判されるとつらい場面もあると思うのです。
 でももっと難しいのは、文章だけでそれをやらなくてはならない事なのではと思います。
 でも「おとな」になれという日本語は、半分好きで半分嫌いです。
 「雨降ってクマノ楽しい」が、いいです。
 

KEIJU - 2001/08/14(火) 01:20<

ヤゾーサン 無責任な発言

って 謡子さんのこと言っているのでしょうか???
僕は、そういう風には取れないのですが とも僕がそういうと 
これも無責任な発言になってしまうのでしょうか????ねえ?

僕は彼女の言うこと 一理ありと思いますが。

ヤゾ− - 2001/08/14(火) 00:27<

誤解のないように

>サクラさん、大事にしたくない人が来るから問題なんですよ。
>知りたいとも思わない人が来ても面白くないのではないでしょうか。
>それにここにとっては足手まとい以外の何物でもありません。

サクラさんのことを言っているのではありませんよ。
サクラさんがここをとても大事に思っていることはよく知ってます。

ヤゾ− - 2001/08/14(火) 00:07<

やっぱり・・・黙っているのも変ですね

min-minさんのお言葉は非常に有り難かったです。
でも僕も少しは怒ってます。

掲示板が荒れてきたことや、少々見当違いな投稿により、
とても大切な方から、自分の投稿が原因なのではとの自責のメールを頂き心を痛めています。
ここは自然とサンカを愛する人たちが集まり、
自然の話しや、サンカに関することを話し合う場所だと思ってます。
そして、お互いを思い遣り、癒しあえるような場所でもあればと願ってます。
しかし、ここは同時に非常に難しい問題を孕んだ掲示板でもあります。←ココ重要です。
また想像以上の方々が注目し推移を見守っているようです。
メールは〈個〉の交流ですが、掲示板は〈公〉の場だという認識は必要です。←ココも重要です。
言論の自由と無責任な発言を垂れ流すのでは天と地ほどの違いがあります。
ですから無責任な発言や議論はお控え下さるようにお願い致します。

>大事にしたい人なら誰だってきたらいい

サクラさん、大事にしたくない人が来るから問題なんですよ。

>サンカ知らなくったって、

知りたいとも思わない人が来ても面白くないのではないでしょうか。
それにここにとっては足手まとい以外の何物でもありません。

仮にサンカには興味が無かっても、
自らのルーツを真摯に探究しようとしている方には参加して頂きたいと願っています。

min-min - 2001/08/14(火) 00:07<

レコバさん、いらっしゃいませ

没義理道法主さんも、始めまして。どうぞよろしく<(_ _)>

>>サンカには、彼らを束ねる長として「大本様」という人がいるらしいのです。
>>彼はサンカシノガラ資金という巨大な資本

サンカ筆頭のアヤタチ、これに次ぐミスカシ、ツキサキなどがいた、と三角寛氏
によればそう言われておりますが、果たして何時の時代までの話しだったのでしょう?

「サンカシノガラ資金」らしき話しが、藤原肇著『朝日と読売の火ダルマ時代』にも
ちょこっと出て来たような記憶(違ったらゴメンなさい)がありますが、それは戦後
いくばくかのサンカ末裔子弟達への“奨学金”的意味合いで集められた、という噂が
ありましたが、額からすれば数億円単位のものだったはずです。
これって一時話題になった「M資金」みたいなものでしょうかね。

min-min@横浜


やぞー - 2001/08/13(月) 23:51<

この暑さでタヌキも苛々?

この暑さでタヌキも苛ついているのか、
夕方、2匹のタヌキが激しく喧嘩を始めました。
これこれと止めに入ったのですが、
僕のことを無視して、お互い激しく噛み付いたまま地面をごろごろと転がる始末に、
唖然としてしまいました。

これで堪忍して下さい。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/08/13(月) 23:17<

冷静にいきましょう

kumanolifeにお集まりのみなさん、とんちんかん小僧さん、こんにちは。

僕が11日(土)の発言をし、それから続いて12日(日)で自己反省したポイントは発言内容
を問い質すにしても、いきなり“切りつける”ような方法を取ってしまったことへの“反省”
であったわけです。
物事の内容の可否にかかわらず、ある程度ワンクッション置いた質問の仕方が、大人であるならば
できるだろう、という観点に立った自己レスであったわけ。

そこで、同じ意味合いで、とんちんかん小僧さんが謡子さんの発言に対し、いきなり“キレた”
状態でレスを投げ返してしまったようですが、多少ゆとりを持って

>いろいろ浮き彫りにされてきて面白いですね。
>率直に言って、事なかれ主義的な日本人社会の縮図を見てるようです。
>知識の羅列と、お茶を濁すことはできても、意見の交換ができないのではお粗末です。

この発言の真意はどこにあるのか聞かれても良かったのでは?
自分自身がしなかったことを、他人に押し付けるな、と言われるともともこもないの
ですが、同じ失敗を繰り返さない、というのも人間の智慧ではありませんか?

NA-NIさん、
ここの管理人であるヤゾーさんは、僕が今まで接して得た感じでは、けっしてここの
BBSの書き込みを、「ああせえ、こうせえ」と指示されるようなお方ではないと思い
ます。恐らく我々の“良識”にまかせる形で「放任」されるやも知れませんが、我々
としてはそうだからと言って、無原則にあまえるわけには行きません。
時折、彼が発するシグナル、また我々の発言に対する皆さんからレスの表面的反応
ばかりではなく、時には行間から滲み出てくるレスポンスにも、心をくだきたいと
思います。そうすれば

>>私は器用ではありませんし表現が固いのは認めますが、簡潔に旨く表現できたところで
>>理解されるとは思えません。前概念のものもあるので。
>>わかる人には一定のご理解はされるのだろうとは思いますが、別に期待していません。

というようなあなたの発言は出てこないはずです。理解を求めない、あるいは期待しない
ような発言は敢えてこの場でする必要はないのでは。

>>あなたにはわからないでしょうね

これは僕の知能程度を問われているのでしょうか。
ま、正直言って、分からないかも知れません。(^^ゞ


min-min@横浜

サクラ - 2001/08/13(月) 23:10<

謡子さん、とんちんかん小僧さん

こんばんわ!

とんちんかん小僧さん、
このBBS大事に思う気持ち伝わります。
でもね、個人攻撃はいけないよ...
ここで、ずーと言われてる事は、
相手を思いやりつつ、自分の意見は素直に語ろうよ
って事だと思うもの...

違いを違いとしてみとめ、自分の感じた事、
感動した事を素直に話せたら、
気持ちいいのではないでしょうか?

やぞーさんのBBSだけど、
ここ、大事にしたい人なら誰だってきたらいい
サンカ知らなくったって、
釣り大好き人間だって、山大好き人間だってありだよ...
ピーコ大好き人間だって、ありでしょう?

ここで、語れる事は、その人のほんの一部のことだもの。
ここの短い言葉で、その人全てを否定しちゃいけないと思うけどなぁ?
ただ、
ここが、思想教育する場にはなってほしくないけどね。

謡子さん、
傷ついてない?大丈夫?
謡子さんの言ってる事は、すごく批判的にも励ましにも受け取れます。
そ、一つの事から世界が見えて、
いろいろな方々の意見から自分が見えて...

男は、馬鹿だから助けてとかごめんなさいと言うべき時に、
  「俺、こんな事知ってる」なんて言っちゃうとこあるんです。
         って、ある方が言ってらっしゃいました。

あはは、女も同じですよね。

これを機会にいい議論出来るBBSになるといいですね。
反省すべきは反省し、
素直に、気楽に、真摯に、そして知的刺激もちりばめた
何より楽しいBBSになることを祈ります。

今日のNA-NIさんいやに素直に見えちゃう...


  


とんちんかん小僧 - 2001/08/13(月) 22:53<

謡子さんへ

申し訳ない事を言ってしまいました。
普段は、物事の分別があるのですが、「もう二度と熊野ライフに来るな」
は自分でも少し言い過ぎたと思います。ごめんなさい。

没義理道法主 - 2001/08/13(月) 22:52<

レコバさまはじめまして

この濃く真剣な掲示板ではド素人の私。しかも昨日は九時間寝てしまっても
思考が分散する私が答える僭越と傲慢をおゆるしください。
シノガラ資金云々はおそらく三角ー八切系列の伝承と思います。
実は私の家は個人的に八切氏と縁なきにしもあらず、三角氏の裏の顔を知らないでもないのです。で、細かい論証ははぶいて、結論だけ言いますと。
あくまで私の結論です。シノガラなる秘密組織の存在ははなはだ疑わしいし、
まして莫大な隠し資産云々はきわめて信じがたいのです。
もとは八切説等「異端歴史」に衝撃を受け、いろいろ遍歴を経ました。
しかし三角サンカ説はかなり疑わしく、八切日本史は一部のみを信じるに値するとしか考えていません。
無論当「日本原住民史唯一の高濃度掲示板」においては諸先達のさまざまな意見があると思いますので、
そちらのご意見もぜひうかがい、レコバさま独自の史観を作るべきと思います。

正史または官製史がかならずしも史実とは限りません。しかし野史よりは穏当かつ最大公約数的な
歴史を語っていると思います。その正史が語りきれなかったこと、野史のゐ探査に隠された「なにものか」
を見出して「公認歴史」の「裏側」を補完することこそ、醍醐味と考えています。

戦前の「国史」を津田史学が否定し「定説」「史実」となったものの、
その津田史学すら近年は疑われ各方面からの修正を叫ばれているのです。
歴史に王道なんてないからこそ、歴史は永遠に知的好奇心をくすぐるんだと思います。

それにしても…………
山道必死こいて運転してるときに後ろのほうでグーグーいびきかいとる奴に、
天の裁きを! 京もしんどかった。

謡子 - 2001/08/13(月) 22:42<

色んな風

私が書いたおひらき・・の意味は、決して「解散」ではなくて
あらゆるワクを取り払って ひらかれる の おひらき です。溶け合う。
「おひらきまつり」は縄文の神とも言われるサルタヒコを先陣に立て、新しい精神文化の風を
起こそうと猿田彦神社で催されてるお祭りです。

縄文の神は、閉じている扉を開き 新しい世界に導く神さま・・・かな?
ちがったっけ?>ヤゾーさん




KEIJU <http://www.geocities.co.jp/Hollywood/7353/> - 2001/08/13(月) 22:32<
僕個人の考えですが I THINK です
謡子サンの言うことも ありではないでしょうか??? 真理をも突いていると思いますし。
でそういうショック があって MINMINさんしかり 僕しかり こういった苦言(??)をあえて言うということは  それなりに勇気もいることでしょうし 当然反発も買うでしょうね インターネットの性質上 自分でメデイアを選択できるとこですから 来るな! といわれる前に 自分で選択して来ているんですよねえ。 (そこに色々な流れが それも国境 血 民族を超えてくることも可能だし。 そういったいろいろなものが融合していくバックボーンがあって 新しい文化がうまれてくるのでしょう?)ぼく個人はこういうショックって すばらしいと思うのですがね!   NA−NIサンの言うように ひとつの風だと思いますね。 いつも同じ風にあたっていたら 病気になりますよ!

KEIJU <http://www.geocities.co.jp/Hollywood/7353/> - 2001/08/13(月) 22:11<

とんちんかん小僧へ

そういう言い方は ないんでないのかねえ???
ここの秩序ていうのはどういうものなんですか??

それこそ僕の言っている 議論の出来ない人物ですよ。
マアそれがあなたのパンツ脱いだ状態だ というのならいいのですがね。

NA-NI - 2001/08/13(月) 19:59<

いろいろ風が吹きまくっていますね。

とんちんかん小僧さま。

>私も忍びについて簡単にお教えする事は
>困難です。ここで書いている事はなるべく難しそうに思う事を避けて
>なるべく分かりやすく、興味のそそる内容を書いてるつもりです。
>何でもイイですから、俘囚や別所について書かれた参考書教えて下され

あっしは忍びについてはチンプンカンプンです。読んでもわかりません。
というか、忍び自体をあまりよく知らないのです。言葉自体は難しくないと思います。
興味があれば、わかりたければ素養をつけたらいいのでは?というのが私の考えです。

「俘囚」「別所」の文献ですか?私が読んだことがあるのをあげます。
菊池山哉氏の諸々の著書と柴田弘武氏の「鉄と俘囚の古代史」(彩流社)、
それから高橋崇氏の「蝦夷(えみし)」(中公新書)ですか。
あとは、ロードマップと地形図と住宅地図、それから角川地名辞典や
明治前期小字名・・失念(内務省作成―復刊 ゆまに書房)です。

地図で、地名と関連寺社をマークして小字名のリストで補っていけば、
配置の規則性やらが実感できると思います。

min−min様。
>僕はkumanolifeの掲示板が、けっして一部のひとたちの“ご高説”を聞くだけの場で
>あってはならない、と考えるひとりであり、にっちょさんのような人々も臆することなく
>発言に加わることが出来るような雰囲気の掲示板であってほしいと考えます。

その一人は私かもしれないので少し。私はエミシ関連以外はほとんどわかりません。
エミシ関連といっても恵比須瓦も知らんですし、サンカ自体もなんだかよくわかりません。
最初、「レベル高いよどぉーしよぉ〜」と思ってびびってたくらいです(笑
そんなカキコもしましたね。

ここのBBSのコンセプトやら暗黙の了解やら未だよくわからないのですが、カキコの規則でも
あって、ヤゾーさんが「あかん」とおっしゃるのでしたら従うべきと思います。

しかし、そうでなければ、分からなかったらとんちんかん小僧さんみたいに質問されればいいと思いますし、「違う風」を吹かせればいいのではないかと思っております。

ここはいろいろ風があって雰囲気として面白いです。こういうのがここの味ではないのですか?
あっしの思い込みかな?あっしは所詮ひとつの小さな風に過ぎません。

謡子 - 2001/08/13(月) 18:36<

おひらき・・ならず(沈)

とんちんかん小僧さんへ

違う意見を言うものは、来るな・・かな?ふーむ。ま、それはさておき期待以上の本音のレスをいただけたことは嬉しいです。
だってあなた、パンツ脱ぎましたもんねっ?素晴らしいです。(マジですよ。怒らないでね。)
それからトンチンカン小僧さんと私は、かつて仲間だったんですか??知りませんでした。そういう仲間意識が実感として
よくわからない人間だから理解できないんでしょうね。
私もあらためて、感じるものがありました。反省すべきところもありますね。不愉快な思いをさせてしまったようで ごめんなさい。

ヤナギムシさんへ

>謡子さん、お久です・・・いきなりヘビーですね   
>                  (でもないけど)
>    はははは

    うふふふ

ヤナギムシ - 2001/08/13(月) 17:12<

ふーーーーっ

本日、二回目・・はははは
  朝、大変いい天気・・でもさっき夕立・・どしゃ降り・・

   熊野の風は、どこまでも・・さわやかです
 旅人の方にはここちよい風を!
   ふるい友達は、いつでも私たちの友達であって欲しいし
    今の友達とも、長いお付き合いを望みます
  知識は、わが知恵として使いたい
      いろいろな発言は、自分の意見と違っていても
        認めるべきです・・討論の対象として

  我が家でも、小泉靖国問題で真っ二つに意見が分かれました
          それぞれの意見、大切です、誰もが同じ、右向け右の方が恐い
                (恐い話PART3)

とんちんかん小僧さん・・ごめん反論です
       謡子さんとは、お知り会いなのかな
        個人的に、言葉が過ぎたように感じます
      反論、ご意見大歓迎です
   おかげさまで、私の考える世界が広がります
       たまに、ショックも受けますが・・
    基本的に、自由発言でいきましょう


  謡子さん、お久です・・・いきなりヘビーですね   
                (でもないけど)
     はははは

            又楽しいBBSにして行きましょう
        熊野の風いっしょに感じましょう

                ほなま・・・ヤナギムシでした
   
             

とんちんかん小僧 - 2001/08/13(月) 16:03<

謡子さんへ

>いろいろ浮き彫りにされてきて面白いですね。
>率直に言って、事なかれ主義的な日本人社会の縮図を見てるようです。
>知識の羅列と、お茶を濁すことはできても、意見の交換ができないのではお粗末です。

 何か面白い事でも書いてありましたかな。謡子さん、あなたは今の熊野ライフの
問題に何かかかわりがあるのかな。隙を見て破壊しに来たわけではないでしょうねー。
 本当に困った方ですね。たかだか、数日の攻防だけを問題にするって、なんて心の
狭き事だと自分では思わないのですか。謡子さんこそ、感性を柔軟したらどうです?
 私の言ってる事は間違っていますか。ここに来る大半の方々は賛成してくれると
思いますがね。 すべての事柄にレスづけするつもりは、あまりにも情けなくて涙が
止まらないので止めますね。熊野ライフを愛して止まない私としてかつての仲間に
こういう事は言いたくなかったが、

<もう二度と熊野ライフに来るな!>

 ここには、ここの秩序があるのだから。それを他人がどうこう言う問題じゃないだろ。
 同じ思想、同じ血を感じる者達で群れてるわけじゃねえよ! 皆がそれぞれ、異なる
世界観を熊野風と融合させてその風に乗って、熊野BBSにはるばる訪れて、心地よい風を
吹かせているんだよ。
 私も、今でこそ忍び風を吹かせてるけど先人達の努力なしに風がなびく事はないんだよ。
 おミヨさん、利田さん、Donglyさん、サクラさん、ヤナギムシさん、もんむーさん、
min-minさん等の方々には大変影響を受けました。 特に、おミヨさんとDonglyさんには
色々と分からない事等を何度質問しても気さくに詳しく何度も丁寧に教えていただいきま
した。
 上記にあげた方々の努力の結晶を踏みにじることは絶対に許さないぞ!

レコバ - 2001/08/13(月) 14:57<

初めてですが…

初めまして、レコバと申します。
皆様に質問があります。
サンカには、彼らを束ねる長として「大本様」という人がいるらしいのです。
彼はサンカシノガラ資金という巨大な資本
(スイス銀行で岸信介・宮内庁と並んで日本御三家と呼ばれていたらしい)
を背景にサンカを統括、というか支えていたらしいのですが
その人はいったい何者なのでしょうか?

KEIJU - 2001/08/13(月) 14:19<

ooooH !!!

謡子さん! いうなあ!!!!!!!
さくらサン そういわれると ちっと 居心地が!! 
僕はあほですよ!!  そんな特別なことを 言っているつもりもないし
攻撃している気など ましてまったくも無い!
下では言葉多く 語ってしましたが ぶちゃけた 話 パンツ脱いで話しませんか ということ一言で
表現できるのですが。 どうでしょう??

謡子 - 2001/08/13(月) 09:09<

おひらき まつり

お久しぶりです。謡子です。
ここ数日、kumanoに注目してました。いろいろ浮き彫りにされてきて面白いですね。
率直に言って、事なかれ主義的な日本人社会の縮図を見てるようです。知識の羅列と、お茶を濁す ことはできても、
意見の交換ができないのではお粗末です。
難しい本から得た知識を、人間の奥行きや幅を広げ、感性を柔軟にするることにも役立てましょう。
ひとつのことを深く探求していく時には、同時に全体をひろく見ていく目を養わないと、同じ思想、同じ血を感じるものたち
だけで群れて、そこに排他的な選民意識が生まれがちです。サンカとは集団陶酔してる勘違いな人々だと思われるのは
残念です。ゆえに、 ひらかれましょ!

ヤナギムシ - 2001/08/13(月) 08:23<

ohayousann

大阪は、快晴です
  あのなーーーぁ、さくらさん・・読みにくい
   どこかで、切ってくらはい
   お願いします・・へへ
 ひとを、思いやる心、忘れないでくらはい
  なんでも、自分が中心でなく、違う考えの人も
   おるん、あたりまえやねんからね  
  でも、思う事なんでも書いてるらはい
 よまへん、自由もおますから・・・けけ

  はははは・・仕事の人・・がんばってね

    ほなまた・・・ヤナギムシ

サクラ - 2001/08/13(月) 07:18<

はーい、おはようございます!

あはは、KEIJUさんおひさしぶりです。

>反論 共感 中立なんでも歓迎です!!

KEIJUさん、日本は本格的にお盆ですよ〜
きっと、みなさんご先祖様のお墓参りに行っています。
里帰りしてる人もあるのかも?

>趣旨が 自然への回帰 心への回帰にある という クリアーな意見がある以上 そこにいたるまでに   

>たとえば 議論好きのドイツ人なんてのは、友人同士 日本人ならとっくに喧嘩になているだろうなくらい

そうですよね。
ギタリストKEIJUさん、ほんと教えられることばかりです。
タイは今日も暑いのでしょうか?

東京はここしばらく涼しいですよ。
さあ、がんばって、仕事行ってきまーす。!

KEIJU - 2001/08/13(月) 01:11<

あれれ??

ここは僕は 考えたい人 感じたい人 が集まる場所だと思っていたのだけども???

やぞー - 2001/08/13(月) 00:05<

お盆でやんす

>私も一言、

eiichi Hayashiさん、遥々アメリカからの書き込みありがとうございます。
ケーシーやホピの本は随分昔ですが読んだことがあります。

>つ、疲れた

白浜→上富田→大塔→中辺路→龍神→美山→金屋→海南→野上→美里→花園→高野山→九度山→橋本ですか?
それはお疲れ様でした。
こうして見ると地名も面白いですね。

>オゲってサンカ?

主に近畿から四国、中国地方へかけてオゲ・オゲゾー・オゲッタなどと呼ばれていたみたいですね。
サンカを意味した言葉が、悪い比喩として使われていた話しは時々聞いたりします。
無知と偏見による愚かな差別により、多くのサンカが子や孫に自分がサンカであったことを伝えていないようです。

>言論の自由???

世界中をあちこち回っているKEIJU さんならではの貴重な意見でした。
そういえばKEIJU さんは、相似象学会代表のおばあさんに会われているんですよね。

>オゲオーー・・オゲオゲオーー

金縛りより、ヤナさんのその無気味な雄叫びの方が怖いです。

>私自身は、決定的な遭遇はないですが、10代のころ、金縛りで・・・に襲われたことあります。(18禁です)笑・・

きょうかいさん、僕も10代の頃に金縛りに悩まされましたよ。

中学の頃の話です。
人の悪意ある言葉から僕の中に悪霊が入り込みました。(そう感じました)
それ以降、毎夜金縛りに襲われました。
時には金縛りと同時に何かの重みが足下から胸の辺りまで上がってきて、
息苦しいうえに声も出せないし目も開けられないといったこともよくありました。
また、そんな状態で身体が宙に浮いた感じになり、
天井近くでグルグル回されているような感覚を味わったこともありました。(エクソシストみたいでした)
そんな金縛りが一月ほど続いて心身ともに参ってしまったことがありました。
親に訴えたら一言『アホやからそんなことなるんや』でした。(身もふたもない答えに僕はグレました)
23歳頃までは、たまに金縛りになることもありましたが、
今ではまったくそんなこともなくなりました。
もしそんな気配を感じた時には、舌打ちをして『なめとんか わりゃ しょうもないことさらしとったら いてまうど』
などと言っても思ってもいけません。
最善の方法は『神であった時の記憶を取り戻せ』という言葉を発するなり、心の中で唱えるなりするのだそうです。
なにかの折りはお使い下さい。お盆でやんすから?

きょうかい - 2001/08/12(日) 22:16<

こんなこと考えてます

やなぎむしさんの遭遇からの連想
僕は基本的に、同時に複数の人が遭遇した怖い話を優遇します。一人で見たというのは、どうしても錯覚や
気のせいというのを除外できないからです。幽霊はいるかいないかという、設問をこう考えます。
実在(本当にいるという感覚)とは、五感で感じることができる何かです。だからお化けはこの定義から外れてしまいます。でも、目の前にある木や大地も、実は、五感が作った脳の電気信号です。だけどほぼ全ての人が同じ脳内反応をするのでいつしか現実という名で信じられています。ただ、だからといって、その現実感が作り上げた世界を軽視するのではありません。自然(人間を含む)を自然としてそれに出会う事が出来た我々の幸せを大事にしたいと思います。
 「二人の人が同時に赤い小屋を見た」→二人が同時に錯覚を起こす事は、難しいので何らかの光と音があったはず。でもこの見方だとテレビ番組でよくある、映像実証主義になってします。そんなので実証できるならそれは、いわゆるお化けじゃない。
やなさんたちが、遭遇した時って、「私が見ている」の「私」が、どっかすっ飛んでたのではないでしょうか? 「自然」と「私」との境界がなくなる時、何かが起こると思っています。だけど、そうだからこそ
これを言葉では説明できません。「私」のことを私が、証明するのは、背理だから・・
ヤゾーさんが、前に不思議な体験をされたそうですが、きっとそういう体験だったのではと思っています。
 
私自身は、決定的な遭遇はないですが、10代のころ、金縛りで・・・に襲われたことあります。(18禁です)笑・・
 また、私が居ないところで私に会ったという人がいままでに3人居ます。

 白状すると変な理屈こねてますが、実は、メッチャ怖がりです。

ヤナギムシ - 2001/08/12(日) 21:44<

オゲオーー・・オゲオゲオーー

まーーなんですねーー
  ようわ・・あたま・一杯・・
     あんまり、考えんヤナが・・ええのんちゃいますか

   恐い話2・・
    これもホンとぞ!
        ホントのはなしぞ!!

      夜眠っていた、いわゆる丑三つ時でした
        天井裏を、だれかが歩いてくるんです
    そして、わたしの寝ている、真上で止まった
      そこに、小さな節穴・・・・
   からだが、かたまった・・人の言う、金縛り!!
    目玉だけ、異常にはっきりしていた
     でも、動けない
  天井裏に、なにか・・・いる

        その殺気だけを感じる!!
   汗が、異様に流れた


       ただそれだけ・・
   数分後・・いごけるようになった

          そして、眠った
              そのときは、恐怖は感じなかった
                   でも今は・・・・


                  ・・・・・やなぎむし

KEIJU - 2001/08/12(日) 20:21<

訂正 1部分抜けでした!

確かに多くある日本語のBBS には先輩方が(?)牛耳って見たいな村社会的 雰囲気があるようですが(これが日本のいやな現実ですよねえ )

 です!!!はい!!

KEIJU <http://www.geocities.co.jp/Hollywood/7353/> - 2001/08/12(日) 20:01<

言論の自由???

ってよく問題になりますが。 根本的に日本は何でも言える場所だと思うのですよね。
ただ僕らの受けてきた教育は 前に習え 回れ右 休め!! でして 周りとの調和を乱さないような
態度が身に染みているように思えます。 これは海外で生活するようになってからわかりましたがね。
ただ,それを言っちまったら今日のお飯食えないとか! 其の出版社の上の投資者の都合が悪いことなので 控えてくれとか マアそういった部分は
民主主義でも資本主義である以上避けられないという現実があるようですね! 
ただ、これで召し食っていますから といえばなんでもできるような芸能ルポライターとか ああいった下劣なのがいますがね。 この‘めし食っていますから‘という表現は日本独特のものでは??

 でも。こういったBBSはなんでもあれでいいのではないでしょうかねえ??? 先日までタイ人フイリピン人 イタリア人の混合バンドで少し演奏してきましたが、これまたぜんぜん違う言論志向があり。みていて面白かったですよ。 チームワークを大事にするアジア人 これまた個性をもろだしのイタリア人。お互いなかなか融合しませんがね。 僕は日本人のせいなのか 其の真ん中で 其の違いをにやにやして見ていましたが。両方ともわかるのですよ!。 面と向かって意見をいえないアジア人 でも影口めちゃくちゃ言ったりするわけで そうしてバランスをとってるのですよねえ。
たとえば 議論好きのドイツ人なんてのは、友人同士 日本人ならとっくに喧嘩になているだろうなくらい
議論を交わします、で 建設的な意見が最後に出て来る。 ここでポイントなのは 友人同士お互いを尊重する基本がそこにあるのですよねえ。 友人でなけりゃ ああまたあほなこと言ってらあ 程度に距離をおく。ここらの態度は見習いたいと思いました。 日本は大和朝廷以来 違った民族が共存してきた土台があるのでしょうか?? でも今や舞台は世界。 更に和し 違いにを耳を傾け 議論できる必要があるのでは?? そこに日本の未来が左右されるのでは???

所詮 世界は白人に牛耳られているのさ!! 的な意見もあるでしょうが、 そういう白人ばかりでなく、違いを理解でき尊重する人もいるわけで 白人という境を作った瞬間に 理解からとうざかると思うのですよねえ。白人の意識を直接変えられるのも そういった白人だし そういった意識ってとても大事と思うのです。ましてや、ここは同じ事物に興味をもった同士、 何でもいえて良いのでは?? ただ自分の身の周りに操作を避けたいのなら別ですがね でも其の操作って言ったて、 所詮 ちっぽけなものだと思うのです それを小さいと捉えるか、大きいと捉えるかで 其の人の言動 行動に差がでて来るわけで。MINMINNサンの言う はっきり言ったら? というのはそう意味だと思うのですが??? たとえこの場の 流れに反しても そうかそうか
で捉えられればいいのではないでしょうかねえ?? 確かに多くある 先輩方が牛耳って見たいな 雰囲気があるようですが 、ここみたいな場所こそ いろいろ言い合えたら面白いでしょう! ヤゾーサンの言う
趣旨が 自然への回帰 心への回帰にある という クリアーな意見がある以上 そこにいたるまでに どんな意見がでてもいいと 思いますが。流れをこわす なんて 考えは ちっぽけなモノと思います。
流れが1つになったら、もう不自然ですよ! 色々な流れが一緒になって、大河に流れるのが自然でしょう??  あらら 多くを語ってしまいましたが!! 反論 共感 中立なんでも歓迎です!!

バリ師 <http://homepage2.nifty.com/TENKARA/index.html> - 2001/08/12(日) 19:35<

オゲってサンカ?

■お盆に千種の出の知り合いに会いましたら、「子どものころ、悪さしとったら、おじいがオゲみたいなことすな!言うて怒られた」と話しておりました。しかしオゲは見たことないとか。これは「又鬼と山窩/後藤興善」(現在私の手元にある唯一のサンカ資料)にも同じような話が書いてありました。

■懐は広く、懐刀は鋭く!・・・新参もんがえらそなこと言うてすんません。

- 2001/08/12(日) 19:01<

つ、疲れた

白浜大花火大会は宿の正面でした。魚はうまいし白浜好きです。
なんか、「どっこか無理してどこか素朴な、高度経済成長期型温泉街」が好きでして、
最近の白浜はちょっち私にとって若向き。
あと、網野や夕日が浦等、丹後もいいですね。
翌日は大渋滞とは逆向きに北上、黒沢ハイランド経由美里温泉。本日は高野山経由橋本でした。
しかも運転手はわたし一人だけ。疲れました。
濃い掲示板です。ここでいっちょう「熊野とは……」なんて書き込みたいけど、
思考が「ウニ」です。

eiichi Hayashi - 2001/08/12(日) 16:26<

私も一言、

エドガー=ケーシーという人をご存知でしょうか?
アメリカには一般のネイティブアメリカンとはまったく違った歴史を持つ「ホピ」という人々がいるのをご存知ですか?
相似相にも有ったと思いますが仏教で教える所の輪廻転生が関係していると思います。

まず、貴方がサンカに関心を持ったのは前世(何代前かは知りませんが)でサンカであったからでしょう。そしてこの世に生まれ変わってきた今、サンカの事について非常に関心を持つことになったのでしょう。そお言う私はカタカムナ人だったようです。子供のころから天皇家にまつわる行事にはまったく関心がなく尊敬するなどとんでもないと思っているのは天孫族に滅ぼされたころに生存していたのではないかと思いす。また、生まれ変わりは一度や二度ではなく何度も繰り返されます。私の一番新しい前世は女であったようです。その前はアメリカ開拓時代にガン・マンか何かをしていたようで、よく右手が拳銃を引き抜いて相手を撃つような動きをします。侍だったこともあるようで、太刀さばきをするような動きが時折出ます。中世にはヨーロッパで剣を下げていたようで、アイバン=ホー、ロビン=フッド、などに強い関心を示しました。そして「ホピ」であったことも有るようで、ホピの居留地を二度ほど訪ねました。これは超能力者や高貴な僧に見てもらったとか言うのではなく子供のころから何に関心を持っていたかどんなことに心を惹かれていたかを考えてみると想像がつきます。貴方はサンカだったと思われます。エドガー=ケーシーからは輪廻転生と失われた文明「アトランティス」を知り、「ホピ」からはこの世の中は神がこの世を創造してから三番目の世であるということがわかります。そしてこの世も滅び第4の世界がやってくることも言っています。理由はアトランティスと同じく驕り高ぶる人類が無節操な開発を続けそのしっぺ返しが行われると言うもの。「ホピ」の言い伝えには輪廻転生は出てきませんが過去に文明があったことを伝えています。エドガー=ケーシーも今の文明が滅亡して新しい文明がやってくるといってます。これからそれが起こるなら過去に起こったとしても不思議がないわけでカタカムナに代表される文明がかつて存在して広くアジアにも広がっていたと創造しても良いのではないでしょうか。カタカムナに関係する本ではアシア族のことが紹介されていますがその「アシア」がアジアの語源であったと想像してもおかしくはないと思いますがいかに?
地球が始まって石器、縄文、弥生、古墳などの時代が続いてきたのが唯一の歴史なのではなく、嘗て全アジアに影響を与えるほどの文明を持ち、それが何らかの事情で滅び去りそして今の歴史が始まったと考えるほうが自然であると思いますが如何に?
何かの本にありました。「戦前までは天皇家の力が強く色々な古文書の類は密かに引き継がれてきた。戦後やっと自由の世の中がきてそれらが日の目を見ることが出来るようになった」と。また古文書だけではなくいろいろな物が天皇家の抑圧から開放されて日の目を見ているようです。古事記、日本書紀は天皇家により捻じ曲げ改ざんされたものであるとも言われています。歴史は侵略者、勝利者に都合のよいものに書き換えられるとも何かに書いて有りました。もしゆとりがお有りなら「The Edgar Cayce・ジェス=スターン著・たま出版」「ホピ 宇宙からの聖書・フランク=ウォーター著・徳間書店」をお読みください。 
それでは
Eiichi Hayashi 林 栄一
P.O. Box 9452
Avon,CO 81620
USA

ピンクのトカゲ - 2001/08/12(日) 07:43<

遊びほうけていました

昨夜は盛り上がって?いたんですね。
私、昨日で仕事終わって、従業員連れて飲み歩いていました。
千と千尋から離れますけど、国民的映画って言われる『男は辛いよ』ってありますよね。
あの映画での寅さんの名台詞『それを言っちゃ〜おしまいだよ』ってありますよね。
日本人この台詞何の違和感もなく受け入れてますけど、これ疑いもなく受け入れるうちは、日本に言論の自由ないのではと考えています。
『それ』が言える掲示板 目指しましょう。

サクラ - 2001/08/12(日) 02:55<

サンカ賛歌

BBSに書き込みするのも初めてで、ただ覗いていただけの日々...
書き込みするまで、どのくらいかかったとおもいます?にっちょさん
何も知らなくて、飛び込んだ私を、暖かく迎えてくれたのがKUMANOです。

サンカへの憧れは
サンカに憧れる人々への憧れ、自然への憧れ...
サンカのことが知りたくて、ここの皆さんとの交流が楽しくて
いつのまにか、毎日覗いていたら、kumano病になっちゃいました。

kumano病の副作用...チャットも教えてもらったんですよ!
やった事なかったから...それこそボタンの押しかたからご指導いただきましたっけ..

そうそう、今日のチャットではmin-minさんの書き込みよかったねって話題になりました。
「器小さいなんて」ことなくて、大人だなぁ〜って、皆、大人なんですよねぇ〜。

やぞーさん、おミヨさん、他皆々さま
私こそ、たくさんのkumanoの風で心癒されています。

ありがとう....
                                             「戒厳令の夜」のカザロス聞きながら

とんちんかん小僧 - 2001/08/12(日) 01:37<

NA-NI様

≫また、難しくなりました。すみません。
≫簡単に話すのが難しい。

無理なお願い事でしたか。私も忍びについて簡単にお教えする事は
困難です。ここで書いている事はなるべく難しそうに思う事を避けて
なるべく分かりやすく、興味のそそる内容を書いてるつもりです。
何でもイイですから、俘囚や別所について書かれた参考書教えて下され。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/08/12(日) 01:07<

人間としての器が小さい

ということが自覚される僕の書き込みだったと反省いたします。>donglyさん、NA-NIさん。

ヤゾーさんが改めてここのHPの主旨が『自然の中へ、そして心の中へ!』である、と
述べられている点にも留意したいと思います。
僕はkumanolifeの掲示板が、けっして一部のひとたちの“ご高説”を聞くだけの場で
あってはならない、と考えるひとりであり、にっちょさんのような人々も臆することなく
発言に加わることが出来るような雰囲気の掲示板であってほしいと考えます。
そういう意味でもサクラさんやヤナギムシさんからの書き込みが、この場をある意味で
“うるおして”いる、との管理人の発言にも注目したいです。

min-min@横浜

P.S.
改めて「顔の見えないもの同士」の「活字だけのコミュニケーション」の難しさを噛み締めて
いる自分がおります。

ヤゾ− - 2001/08/12(日) 00:03<

主旨は「自然の中へ、そして心の中へ!」です

ここの掲示板で扱っている話題の多くは、「歴史」「民族」「天皇制」といった、
どれもデリケートな問題ばかりですので、まず何よりも相手の方の気持ちを尊重し、
ゆっくりと接点を見出さなければ、意見の摺り合わせは難しいのではと思っています。

また、話題とするものにどれだけ重要なものが込められているのか、
自分たちが賢いつもりで、実は錯覚していて、
その実、どれだけいろんなものに洗脳され利用されているのか、
そういうことも自覚してやって行きたいと思ってます。

僕の想いは自然の素晴らしさを伝えることで、
一人でも多くの人が自然を大切に想い、ゴミのポイ捨てなどをしなくなれば幸いと思っています。
そして、それが自然を愛し大切にしてきたサンカの末裔を意識する者としての使命でもあると思っています。

>やぞーさんが『僕は〇〇天皇が好きでした』と答えただけで、
>その場の誰彼が引いてしまったようなこと書かれていたのを覚えております。

min-minさん、えらいことを覚えていますね。
別になんの思想的影響を受けた訳ではないのですが、
感性として昭和天皇が好きだったんです。
僕の周辺では反天皇の人が多かったですから、
その話しをすると、とても受けが悪かったです。
天皇制については難し過ぎてよく分りませんが、
昭和天皇に好意を持っていたことがそんなに悪いことなのか僕は知りたいです。


>また、難しくなりました。すみません。
>簡単に話すのが難しい。

NA-NIさん、「わかりやすい」というのが、
単純に見えて、実はもっとも難しいんですよね。
読み手の素養にあわせて、
同じ文面からでも、伝わる情報量・質が大きく変わってくる文章が書けるくらいなら、
五木寛之さんみたいになれますもんね。


>しかしながら気を悪くされたようですね。お詫び申しあげます。
>「大謹慎」致しますので、お詫びにさせて下さい。

別に僕は何も感じていません。
そんなことよりDonglyさんも「千と千尋の神隠し」を観たんですか?
観たのなら感想をお聞きしたいです。

randyさん、こんばんわ。
『もののけ姫』のアシタカが、長髄彦に由来することは、
制作関係者の間で語られていることのようです。
それと宮崎監督自身も語られていることですが、
縄文というものを常に意識しているようです。

>私個人の意見としましては山窩についてもっと肌に触れた情報が知りたいのですが、如何なものでしょうか。

にっちょさん、僕もそういうのが一番好きです。
お互い高校を中退した者として、これからも宜しくお願いします。
ところで東大理学部を奨学金で卒業した利田ヤゾウにメールしましたか。

サクラさん、ヤナギムシさんの書き込みを見るとホッとします。

ヤナギムシ - 2001/08/11(土) 23:48<

言い出しっぺ

そうさなぁ・・もうずいぶん・・前の話やねんけども・
  これは、ほんとぞ!ほんとの話しぞ!!
   あれは、槍沢を、下った時の話しぞ
    昼を、かなりまわって、槍の肩の小屋を、あとにした
      もうだれも、私たちのあとから、来る人も無い
  7月の雪渓も高山植物も輝いていた

      遠く下には、赤い屋根の、小屋が見える
その小屋も、ぐんぐん近くなってきた
  友と二人・・夏山を満喫していた
      小屋まで数十メートルまで、近ずいた
 若者たちが、ボール遊びでもしているのだろう
     男女の声が聞こえる

その木をまいたら・・小屋だ!
   若者たちの声がさらに大きく聞こえた

  ええええ・・小屋が無い
    そこには、小屋の基礎だけ
     どこにも、人の気配も無い

 背筋に・・氷が付いたような悪寒

         あと、友と二人・・一目散に下った
                 
        よくある・・やまの出来事だった

                      ヤナギムシ

ヤナギムシ - 2001/08/11(土) 23:28<

じゃじゃじゃじゃーーーん  クウェクウェけけけ

ふーー・・お疲れさん
  そろそろ、お盆やね!
   故郷のPCで見てる人も、おるんかいな?

 このところ、熊野の方では、イカズチくん、おお暴れしてたりして
    ははははは・・・ヤゾーは、布団かぶって・・ブルブル震えてたなんて聞きました
      関東に行ったれよ・・雨欲しいねんから

   でも、雨のセブリは、退屈やもんね

    蝉の御遺体が、コロコロころがってます
       今年、いやここ数年クマ蝉100にして、あぶら蝉1・・ニイニイ蝉0でした

    お盆特集・・恐い話しませんか

               ・・・・・けけけけ・やなでした

にっちょ - 2001/08/11(土) 22:55<

突然ですが。

お互い批判があっても良いのでは?
私なぞ、きのうきょうのト−シロ−でございますが
でも皆さんの意見、知識を参考に勉強を楽しんでおります(学歴は高校を中退しましてオフコ−スしてしまいました)
私みたいなアマチュアが掲示板に書き込みをする、これはとても勇気の必要なことでした。

書き込みそのものが、専門知識を持たないものですから、(心の中では正直無視されて見下されているのかなとも、思いましたが)私は常に教えを受けるものの態度を持ちつつ参加させていただきました。

皆さんは各自専門的な分担が、お有りのようですので、お互い比較して知識を共有し、学者先生の意見とともに、また、それとは違う夢とロマンをもつ楽しい掲示板にすることを望みます。

船も、船長様ばっかりだと海を越えて山を登るそうです。

私個人の意見としましては山窩についてもっと肌に触れた情報が知りたいのですが、如何なものでしょうか。

randy <http://www12.freeweb.ne.jp/sports/randy2/> - 2001/08/11(土) 22:30<

見ましたよ、私も(^^)

千と千尋の神隠し。面白かったですが、もののけ姫の時ほどのインパクトはなかったです
ハクの本当の名前がニギハヤヒに類似することはわかりましたが、アシタカが長髄彦とは思いませんでした。
設定が室町中期で自由発想で書けると監督本人が言っていたと思いますので、
エミシだと言っているのですからそのままの設定として見る、で良いと思います。

以前、どなたかがハチヤの説明の中で鉢室韋について触れていたと思いますが、個人的にはそう
感じています。源流はそこにあるのではないかと。。。
ニギハヤヒは半島渡来系の人物ではないかと思ってまして、大体特定できましたが、
室韋が同時について来たのではないか?と考えています。ホアカリを信仰し、川に由来する名前をつける、
これはサンカも室韋にも共通することだそうです。さらに類似する部族を探すと南方系のボルボド族に
なるそうで、ホンミンガ(火明)の神様を信仰するのだそうです。
記述に間違いがあったら、ごめんなさいね。

サクラ - 2001/08/11(土) 22:10<

くもりぞら

雨が夕方に降ってきました。
  重く垂れ込めた空には雨雲がのこっていたけれど、
    なんとか花火があがりました...

瞬時に消える花火のはかなさに、おミヨさん、次の期待が高まるのですね。
 花火師の思いのたけの打ち上げ花火...
    華麗な花火の祭典がほんと、心慰めてくれました。
      今年の花火はまた、来年に期待の高まる花火となりました。

おユキちゃん元気!
  あはは、お盆休みはどうするの〜?
    私は、留守番....仕事です(-_-)
      でも、げんきだよー
        今日こそは、今日こそはと...「千と千尋」見に行くのをねらっています。
          まずは素直に映画そのものを、楽しもうと思っていますよ〜

雨が待ち遠しいのに、雨が降る事厭う気持ちのわがままさ...
  その時々で変わる心のかってさ、つらさ...
     雨のち、晴れあり、くもりあり...

雨も時には必要だよね....      

NA-NI - 2001/08/11(土) 21:23<

とんちんかん小僧さま

>レスありがとうございます。「俘囚」について知るのは難しいですね。
>書かれている事を全て理解するには、どういった本を参考にすれば
>いいでしょうか?教えて下さい。

私の表現は難しいようですね。
私のレスは私の考えをたぶんに含んだ内容となっております。
そうですね。要点を一言で申し上げますと、
「視点の置かれ方に注意する。(実際、どの視点でえがかれているか?とりわけ支配者側か被支配者側か?)」
ということです。もっとも、私も絡みとられている一人なのですが。

文献や資料を読むことは大切です。しかし、大多数が支配者ないし、大和王権の視点で述べられている
ことを頭におかれたほうがいいかと思います。これは「エミシ側、地方(?)側の視点で。」と意識してい
ても絡みとられているところから抜け出すのは難しいのです。

私は、試行錯誤ですが、先住民族の方々との交流を通じて、今、先住民族のおかれている状況、心境、歴史などを学ぶことによって学ぼうとしています。(そのために交流しているわけではありません。)

エミシと多くの先住民族が同化に晒されてきた過程には共通する要素があるだろうと考えるのです。
エミシを深く理解するためには、エミシが社会的に翻弄されてきた歴史、状況、感情などを知り、

自らが差別と暴力の傾向を持っていることを理解しなくてはいけないと思っています。
私はたぶんに差別的で暴力的です。叱られたりします。

また、難しくなりました。すみません。
簡単に話すのが難しい。

Dongly - 2001/08/11(土) 20:54<

すみません

MIN-MINさん。
 表現が不十分で申し訳ありません。皆さんや他人に押し付ける意図は毛頭ありません
自己への規制です。正確には「掲示板では私自身に対してはタブーとします」の意味です。
しかしながら気を悪くされたようですね。お詫び申しあげます。
「大謹慎」致しますので、お詫びにさせて下さい。

NA-NI - 2001/08/11(土) 20:21<

返信です。

min-min様

>言いたい事は何もわざわざ難解に表現する必要はありません。もっと簡潔にはっきりと
>おっしゃった方が精神衛生上よろしいのではないでしょうか?

人の事情を知らず、高台から見下ろすかのような物言いは私は好きではありません。
人様のことは言えないのではありませんか。

私は器用ではありませんし表現が固いのは認めますが、簡潔に旨く表現できたところで
理解されるとは思えません。前概念のものもあるので。
わかる人には一定のご理解はされるのだろうとは思いますが、別に期待していません。
あなたにはわからないでしょうね。

とんちんかん小僧 - 2001/08/11(土) 20:11<

九十九商会

Donglyさん
レス幾度もありがとうございます。
九十九といえば、地名ではないですけど、岩崎弥太郎[(1834〜85)実業家、政商]
の九十九商会も有名ですね。彼も別所に関係深い方なのでしょうか?
>「渡り素破」九十九源兵衛の本貫地は別所かも。
次回、公表しますよ。私も書くのが楽しみなんですよ。皆様の反応が楽しみです。


NA-NIさん
レスありがとうございます。「俘囚」について知るのは難しいですね。
書かれている事を全て理解するには、どういった本を参考にすれば
いいでしょうか?教えて下さい。


おミヨさん
レスありがとうございます。九十九谷の弘法伝説というのは初耳です。
他にも不思議なお話あるのでしょうか?あるならば教えて下さいな。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/08/11(土) 18:40<

言論統制?

みなさん、管理人のやぞーさん、こんにちは。min-minです。

「千と千尋の神隠し」僕も8日の夜に観てまいりまいた。理屈抜きに楽しかったです。
そこへやぞーさんからの映画評。いかにもやぞーさんらしい視点からの映画評で興味深く
拝見させていただきました。

ところで、Donglyさんからの次なる発言がちょっと気になるのですが。
>>サンカ・別所・修験・・・などの研究では「千と千尋の神隠し」の「クサレ神」の
>>考察は絶対不可欠ですが、掲示板ではタブーとします。ここまで踏み込んでいるか、
>>否かでおおよその研究水準が分ります。野史研究会では「常識」ですが。

野史研究会なるものが何を調べ研究しているかはそちらの勝手でありますが、そこでの
「常識」を他人へ押し付けるのはいかがかと思います。
ましてや映画の中で表現された「クサレ神」を語ろうが語るまいが、ここの掲示板では
自由でありましょう。こうした書き方(ものの言い方)が『エラソー』に感じられるのは
僕ひとりでありましょうか?


【天皇制】についてもタブー無しで行きたいと思います。かって、何かの書き込みかで
やぞーさんが『僕は〇〇天皇が好きでした』と答えただけで、その場の誰彼が引いてし
まったようなこと書かれていたのを覚えております。
それがどのような話しの前後関係があったかは分かりませんが。
逆に天皇(制)を否定される方だっておいでだろうと思います。しかし、ここではけっ
してアホな右翼がやるような“こけ脅し”があってはならないと考えます。

NA-NIさん、
言いたい事は何もわざわざ難解に表現する必要はありません。もっと簡潔にはっきりと
おっしゃった方が精神衛生上よろしいのではないでしょうか?

と、以上おせっかいかも知れない事を書いてしまいました。いつも書いてしまってから
反省するmin-minです。(^^ゞ

min-min @横浜





NA-NI - 2001/08/11(土) 14:35<

素朴な疑問

いくつかあるのですが、(モヤモヤしています)

ここでは、自分の帰属する(帰属意識のある)集団の当事者がどれだけ語られているのでしょうか。
と、言っても無論当事者がお答えになるわけではありませんでしょうが。

また、当事者以外の方が精通されていて当事者があまり精通していない場合、

または、系譜があってもアイデンティティを獲得するのが困難な立場にある人、

系譜を感じるが、決め手を見出せず、かといって衝動などが渦巻いている人、
「独自の集団」であるはずと声をあげたくても結局「日本」の下位的存在と規定され、
語られる(特に、−かつてはいろいろ出自があった、過去においてそうであったけども今は
「日本人」である、いろいろ混じって今の「日本人」がある−という暗黙の前提とい
う呪縛)ゆえに力を失う、という場合、

声高にアイデンティティを主張しても現在の状況を省みずに衝動的に語ったりすることで
無意識に自ら否定してしまっている場合、など。

結局行き詰まるか、何かに慰藉を見出したり、というのが多い気がします。

何だかうまく言い切れなくてもどかしさを感じますが。。。
よくわからないけど抑圧構造が日常的にあって、内在してもいると感じます。

トピずれですかね。私の妄想ですかね。

Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/08/11(土) 13:21<

泉に水汲みに来て

 娘らが話していた。千葉:夷隅←夷住=夷が住む、岩手:閉伊郡←閉夷=夷を閉じ込める
 など。渡島=戸島=へ島=閉島←閉夷島=夷を隔離する島か、和泉=泉=夷隅は間違いな
いか?確かめる事ができます。ただ海人系で白+水=泉の場合があり、注意が必要です。語
呂合わせだけでなく、俘囚にとって泉や清水など水の出る所は絶対必要条件ですから。
別所の古寺院には必ず清水があります。広島県安浦町中切では、井戸自体を「清水薬師」と
称します。別の所で、和泉と泉の相違・格の上下は?と聴くと、「和泉が下でしょう」。
しかし私も、学者や物書と同じ間違いをしてました。天皇側からみた場合と原住民側からと
では評価が真反対である事を。「八」の評価は真反対の典型です。この質問は回答者の意識
状況を推測する素材にはなります。
 ヤゾーさん。
>皇室出入の・・。賎民や奴隷もいたのです。平安期に貴人の家に「洗人:すましひと」
「下後の女」「みかようど」ひすまし」など掃除係りの奴婢(奴隷)がいました。
虎子(おおつぼ)という大小便器を扱うのは「かわよう」。古代の事とも思いましたが、
『裏切られた三人の天皇』の中で天皇を暗殺するために忍者槍かウメガイか?を持って
、表面は奇兵隊か力士隊の長州忍者黒手組の者が便所に侵入待機とあります。明治期で
も宮中便所には「かわよう」と同様「虎子」を持ち「落ちてくる物を受け取る」役の者
がいた事が知れます。このような方を決して「ウンの良い人」とは私は思いませんが。
 おミヨさん。
既記です。九十九=百ー一=白(歴史数学)。歯痛にきく白南天植える白山の地、別所
です。城山=白山もあり。「はくさん」=はくさ+ん=歯臭い として信仰するのも庶
民の知恵。とんちんかん小僧さん「渡り素破」九十九源衛門の本貫地は別所かも。
ピンクのトカゲさん。
 天皇制の呪縛は文献や史料に依存すればやむを得ません。研究動機・思想性・枠組
テーマなどを持ち、やはり実地調査でしょうか。もう一つはタブーを作らぬ事です。
菊池山哉は勉強しながら調査で検証です。まだ批判の水準に来ていません。
 またよろしくご批判とご教示下さい。批判される値打ちがあるときは。
ヤゾーさん。
 サンカ・別所・修験・・・などの研究では「千と千尋の神隠し」の「クサレ神」の
考察は絶対不可欠ですが、掲示板ではタブーとします。ここまで踏み込んでいるか、
否かでおおよその研究水準が分ります。野史研究会では「常識」ですが。


おミヨ - 2001/08/11(土) 10:53<

九十九谷

 とんちんかん小僧さん
九十九谷の伝説というのが各地にあるようですが、一つの型として弘法伝説として語られているのが、
弘法大師が諸国巡錫の途中、大小千谷もある起伏に富んだ山をみつけて高野山のような霊場を開こう
とするが、改めて数えるとどうしても一谷足りず諦めて去るというもので、これは、以前からそこに
棲むんでいる天狗、あまんじゃく、山姥、大蛇、狐狸、竜、蓑笠つけた人達によって一谷かくされた
という。完全無欠な名数への恐れや神秘観といったものが表現されていて、里に定住する人間に畏怖
される存在で異人や妖怪は完全なる秩序形成への妨害者であるという。
男鹿半島の神山、榛名、妙義、赤城、三輪山、鳥取八頭郡河原町・智頭町、西伯郡名和町、邑智郡瑞穂、
香川県大川郡大川町、徳島県三好郡池田町、祖谷山村、高知県呉川郡呉川村、大分県大分市、豊後高田、
遠賀郡遠賀町、長崎県川棚町、岩屋郷 その他もある。
男鹿半島の五社堂の石段。鬼が一夜にして999段きずいたという。

Donglyさんの猫糞おもしろいですね。昨今は猫糞のニュースが多いですが語源初めて知りました。

あかねさん
播磨は奥が深くておもしろいわー
日常、無意識に使ってる産鉄用語って結構おおいですね。
「山田のかがし」もなんだか産鉄民に関係あるとか・・あかねさん書いてね。。

「千と千尋・・・」は「タイタニック」を抜く勢いとか。

もんむーさんジャックロンドンの「野生の呼び声」「荒野も叫び」読んでね。
主人公の犬の名前はフラニーです。(名前はうそ)



ヤゾ− - 2001/08/11(土) 10:12<

伊勢と熊野

ピンクのトカゲさん、こんにちわ。
単にそういう本があるということを紹介しただけなんですが、
天皇制まで出てくるとは思いもしませんでした。
確かに天皇制のタブーによって深く歴史を掘り下げられないということはあると思います。
僕は天皇制については難しくてよく分らないので肯定も否定もできません。
ただ謙虚な気持ちでやっていきたいと思います。

>よく分りませんが

Donglyさん、こんにちわ。
僕もよく分りませんが、
十一面観音というくらいですから、いろんな顔を持っていたのかも知れません・・・(・.・?)

>紀和さんは亭主と同じ素性だから「キワ」としたのでしょう。

確か紀和鏡さんのお父さんは皇室に出入りするピアノの調律師であったと思います。
でも気持ち的には境界にいる方なのでしょうね。
なんたってマージナルの編集委員ですから。


熊野の神さんと伊勢の神さんは仲が悪いというようなことを言いますが、
確かに熊野に暮す者として伊勢へ行ったときには全く違う神聖さを感じたりしました。
そしてやはり伊勢には日本の祖となった神がおわしますのだという感じを受けました。
今までは国津神やそれに連なる人たちが不等な扱いをされたという歴史があったのだと思います。
そしてこれからはそれらのことから解放され名誉や誇りを取り戻すような動きになるのだと思います。
だからといって天津神やそれに連なる人を貶めていたのでは、今までの歴史を繰り返すことになるように思うのです
訳の分らないことを書いてすみませんです。

Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/08/11(土) 01:17<

よく分りませんが

 熊野の本宮、新宮、那智の各大社での祭神と本地仏の対応は、
本宮の上四社の若一王子社殿で、新宮の上四社の若宮社殿で、那智の若宮
社殿で、ともに
 祭神:天照命・・・・本地佛=十一面観音
本宮の上四社の中御前社殿、新宮上四社の速玉社殿で、那智の西御前社殿
で、ともに
 祭神=イザナギ・・・・本地佛=薬師観音
となっています。

ピンクのトカゲ - 2001/08/11(土) 01:13<

ちょっと違うんです。

ヤゾーさん
小椋さん苗字から興味持って東海地方対照した『真墨探当証』読んだんですけど違うんです。
小椋さん天皇制の呪縛から抜けてていないんです。
Donglyさん
菊池も抜けてないんですよ。天皇制の呪縛から
設楽は、奥三河(山間部ですよ 宝飯から割かれた)、平野部意識して調べてないか意識しなくして(天皇制の呪縛)調べてないんですよ。
設楽とか山間部にあったのは知ってますよ。でも、平野部(宝飯)の説明 菊池鵜呑みできません。呪縛(マインドコントロールされてるんです)。
更なる検討を...穂国キーワードですよ。

ヤゾ− - 2001/08/11(土) 00:07<

天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊

十一面観音や不動明王はニギハヤヒを投影したものか!?

覇王転生 十一面観音とニギハヤヒ / 小椋一葉/著

目次
第1章 誕生・十一面観会=ニギハヤヒ
第2章 聖徳太子と十一面観音
第3章 長谷寺の謎
第4章 藤原不比等の野望
第5章 不動明王とニギハヤヒ
第6章 お水取りの世界

詳細

神仏習合の千数百年の歴史に消された覇王の影を追う。古代日本の曙の王家=スサノオ一族、そして覇王ニギハヤヒ。
蘇我氏―藤原氏の歴史改竄によって正史から抹殺されたはずの出雲―物部系の王への人々の信仰は、十一面観音の形をとり、
神仏習合の裡に脈々と生きてきた。聖徳太子―弘法大師―長谷寺―二月堂のお水取り…。
仏教の背後に秘められた「消された覇王」の転生のドラマを描く衝撃の古代史。


白山と十一面観音

白山の開基(717)は越前の行者泰澄は白山を開山し白山神と習合させて
十一面観音に代表される変化観音信仰を普及させたと言われています。
また東北のオシラサマも類似の信仰のようです。

http://www.kumanolife.com/Topics/7_14.html

岡山作東町で、
サンカと思しき人が住み着いたというお堂にあった謎の仏像はやはり十一面観音か?

>ますますこれから全世界、ネットでつながり、グローバル化・均一化・単相化されるちゅうことは、
>それはそのまま滅びの道のような気もいたします。

バリ師さん、そうですね。
豊かな自然と接していると、多種多様であることが如何に大切であるかを身を持って知ることができますね。
それにしてもブラックバスを山奥のダムにまで来て放流した奴には天罰を願います。

>ヤゾ−さんのお話を読んでいたら『千と千尋の神隠し』を見に行きたくなりました。

おユキちゃん、こんばんわ。
他に土蜘蛛を彷佛とさせる釜爺やオシラ様なども出てきて面白かったですよ。

NA-NI - 2001/08/10(金) 23:45<

エミシ 2

Donglyさん
>「俘(浮)囚郷」は上野碓井・多胡・緑野、周防吉敷。「布師郷」は土佐安芸。
>「布師郷」は越中射水。夷が付く「夷計郷」常陸茨城、「夷守郷」は越後頚城、
>「夷俘」は播磨美袋・賀茂、「夷守駅」は筑前と日向にあります。当時の地名
>調査と分析をすればまだまだあるようです。

「布師郷」は知りませんでした。「伏O」は関連していませんでしょうか。

ところで、2日前の夜に房総・安房あたりの地図を見たのですが、「夷隅町」(市原の東。この辺りも別所・院内の匂いが濃厚ですな)、千倉町に「北朝夷」、「南朝夷」があります(この辺も別所臭い)。

>安楽寺・長楽寺なども関連しているようです。

やはりそうですか。
安楽寺は南北朝時代に天台宗と日吉神社が合祀されてできたとか聞きましたが。
長楽寺は知りませんでしたが、天台系ですか。長安寺も怪しい。というか天台系の古刹です。

とんちんかん小僧 さん

>「俘囚」は、虜、捕虜という意味がある蔑視語で大和主権側の政治概念です。
>そうだったんですかー、全く知りませんでした。私が、藤原氏が俘囚の上頭だと
>書いたのは『地方の楽園みちのくの王国』という本の中で、作家童門冬二氏がそう
>書かれていたので、疑わずにそのまま書いただけです。

何だかんだ言って視点が大和王権側、百歩譲ってエミシ側の視点に立ちきれていない
と思います。それから、「東北こそが『中央』に劣らない先進文化地域だった」と
誇示したがる人は藤原氏の栄華を示したがる傾向というのはあるようです。

奥州藤原氏のアイデンティティというのはもっと精妙に検証した方が言いと思いますが、
仮にエミシとしても、東北には階層分化、地域的差異、支配‐被支配関係もあったと
思われますので、特に大和王権(他の地域も)との政治的力関係や東北における庶民層
(和系、エミシ系、アイヌ系など)との関係も視野に入れたほうがいいと思われます。

Dongly - 2001/08/10(金) 23:36<

三河の別所

ピンクのトカゲさん
1)碧海郡安城町東別所・西別所 安城町東拾町、水田中にあり。一村両別所の例です。
 (一つの村に2ケ所の別所あり)。三河漫才発祥の地です。
2)北設楽郡設楽別所 延喜3宝飯郡から分れた郡です。本郷杜神社由緒所の中に「別所
村は神職の住み候所、氏神を本社明神(本宮明神は白山権現?!)と称し、・・・、本郷
別所同村にして」と別所が本郷なる地名に変っています。天保七『参河記』には北設楽に
奈根・三瀬・川角・下田・頼近・別所・自村・神田・平山・栗代・小林・中設楽・薗目・
御苑・足込・古戸・奥村があり、本郷はなしです。「別所は禰宜、祝部等神に仕え候者、
居住致し」。各部落には熊野神社(別所と熊野の変遷を暗示)あり。設楽式土器出土。
原始的な花祭りは有名で、本名は「木の根祭り」。神座にはヒイナ・ヒイゴゼ(女神)
と呼ぶこけし(オシラ様?)をおきます。・・・北設楽別所は五〜十戸、当初から分かれ
て配置されたものらしく・・・と菊池山哉は『別所と特殊部落の研究』に記しています。 

もんむー - 2001/08/10(金) 23:15<
おミヨさん、お久しぶりです。

両方ともジャックロンドンの作品です。僕も読んでみたくなりました。
日本の戦前から戦後にかけての動物文学や少年少女向き小説は宮崎作品
に影響を与えているように思います。

小山勝清の「王者の牙」に登場する、いのししの行動や考え方はものの
け姫のなかに出てくるいのしし達を連想させます。
「牛使いの少年」の中にはホイホイさんという山の小人達の話がでてきます。

Donglyさん。
大正5年の田山作品が掲載された雑誌をめくってみると、
ほかの記事はほとんどが軍事関係、植民地政策のはなしばかりで、
田山氏の記事は明らかに浮いていました。確かにこのようなご時世に
「帰国」のような作品はそぐわなかったと思います。

堺氏の文章を読む限り、堺氏はサンカについて、あまり知らなかったようです。
しかし「帰国」が当時の社会主義者やアナーキスト達の目にとまったのはたしか
だったようにです。

でわでわ

おミヨ - 2001/08/10(金) 20:45<

もんむーさん

ジャックロンドンの「野生の呼び声」「荒野の叫び」でしたっけ?
夢中で読みましたよ。

NA-NI - 2001/08/10(金) 20:09<

エミシ 1

連続投稿すみません。
ゆうべ、投稿したのですが「字数オーバー」で失敗・消失してしまいました。

没義道法主さん、鋭いご考察と思います。

もともと王民なんかではなく、大和と関係なく自治生活を送っていたのであって、
詭弁だと思います。

>俘囚移住と隔離管理の理由は、むろん金属関係業務や雑役のためでもありましょうが、
>屈強で弓矢に得意な者を「ゲルマン傭兵」「グルカ傭兵」化したこともあったんでしょうね。
>中世以降武士、もののふを「エビス」と呼んだのも、単に東国出身者が多かっただけでは
>ない気がします。

なんでも鎌倉武士でしたか。大量の白骨死体が発見され、人類学者が頭骸骨を測定したら、
長頭型で大陸系(弥生系ってやつですかね)の短頭型とは異なっていたという話です。
これだけでは何の証明にもならないと思いますが、示唆的ではあります。
えっと出典が思い出せません。確認します。(以前にも聞かれて調べていなかった。。)

>金田一(アイヌ語で「山の人」を意味するそうですね)説では
>「勇者エンジュ、エムチュウ」のなまりがエミシ、エビスだそうですから、
>やはり俘囚、夷俘、そのた「御味方エミシ」の子孫が多く「もののふ」
「武者」になったのでは。

金田一説は樺太アイヌ語の「エンチュ(人間)」という言葉が語源だとか言います。
諸説あるのですが、アイヌ語説は「エムシ(刀)」語源説というのもあります。
日本語「弓士」説「ユマサ」(?)というのもありましたかな?
「エゾ」は宮城県北部の伊治の転訛説とか。
ウラはとったのかよー!音が似ているだけではだめだぁ!

「お味方エミシ」は多分にいました。文室綿麻呂(ふんやのわたまろ でしたか)が北東北を
せめたとき自分の軍隊ではなくて「俘囚軍」を派遣して同士討ちをさせているんですね。
9世紀半ばぐらいでしたか。あと、北秋田エミシが一斉蜂起した「元慶の乱」というのが
9世紀後半にありましたが、雄物川南岸の3つの村は秋田城側に加担しています。
あげればきりがありません。

しかしながら、「お味方エミシ」も好きでそうなったわけではないと私は考えます。
生活や政治・社会的重圧、同化政策、差別その他絡んできていると思います。
この辺りのエミシの意識がどうであったかということに焦点をあてることも重要では
ないかと思います。8世紀後期に多賀城を焼いた砦麻呂(あざまろ)も豪族に相当する
位の高い地位を大和王権側から授与されて執務に就いていたわけですし。

>「俘囚」のことを配置先ではなんと呼んだのでしょう。平安初期中央官僚は漢音で「フシュウ」>と呼んだでしょうが、地方官庁では従来の呉音で「フジュ」と読んだ可能性はありませんか?

なるほど、これはレスが出ているようですが、私も探求してみましょう。

NA-NI - 2001/08/10(金) 20:07<

ハヤト

あかねさん、詳しいご教示ありがとうございます。
また、畿内ハヤトについてはおかげさまで、埋れていた記憶が浮かび上がって
きた気がします。

>朝廷で用いる焼き物(食器)を代々、献上してた人々もありました。
>京都府八幡市「石清水八幡宮」近くの、祖先を隼人に
>遡る村の話だったと思います。
>「八幡社」神戸の所在地あたり
>地名では大和・桜井の穴師や、穴師系の名が残るあたりでしょうか。
>これは兵主関連ですね。あと、土師の地名の地も。
>あ、隼人は犬養配下だった場合が多いので、大伴や犬養の関連地にも
>移住してるはず。近衛系連の下で使役されたのだったような。
>但馬の隼人地名は久美浜近くにもう一箇所かな?多氏のいた地とも、ダブってる気が。

犬養が関連しているというのは聞いたことがあります。また「氷室」や月読社も
関連していませんでしょうか。月読社は信仰の基底にハヤトの信仰があるのだとか。
月信仰ですね。そんな話も聞いたことがあります。

ピンクのトカゲ - 2001/08/10(金) 19:39<

そんなもんですか?

私の家の近くでは、結構ありましたよ。恵比寿
私がお祭りのとき笛吹いてる大山車の屋根にも載ってますし
私の住む牛久保 牧野候が吉田城(豊橋)築城する前は、穂国(東三河)の中心地でした。
別所のこと詳しくないので解らないんですけど、別所ってそんな規模の大きいものもあるんですか。
確かに穂国の成立から見て、先住民の色が濃いと思いますが、
別所の管理とか政策どうなってたんですか?なんか考えてしまいます。
ご教授お願い。

Dongly - 2001/08/10(金) 18:45<

脇が甘い

あかねさん。ヤゾーさん。
髭を剃る時に周りとの境目を剃る事を「キワ剃り」といい、油断する事を「脇が
甘い」と言います。また「極めつけ」という言葉もあります。
江戸期は本郷(本村)に対して、脇・枝・側などの付く「枝村」がありました。
本郷と枝村や新開地は木の幹と枝葉の関係でした。親分子分の関係を持つ場合も
あります。「枝葉」や「他の木の幹」との境界に住む人々は「帳外」とか「人外」
「界外」と呼ばれました。紀和さんは亭主と同じ素性だから「キワ」としたので
しょう。さすが物書、意味深ですね。本当はキワさんに極めてください。
もんむーさん。
「帰国」は若い人達にも読ませました。読めない漢字が多いのに驚きました。
この作品が発禁処分になった理由は、東北にはサンカがいない事になってる(
三角寛のように)のに、サンカが北関東弁?を使い、帰国先が福島か山形か宮
城辺りである事が、為政者には許せなかった事だったのでは?。
堺利彦などのサンカ逃避説は納得できません。サンカは何か大きな理想を持ってい
たような気がします。これを知りたい!!。社会主義運動に先立ち大正期に戦闘的
な無政府主義があった事、この無政府主義の地盤はサンカ的なものではなかったの
でしょうか?
 とんちんかんこぞーさん。
面白く読ませて頂いています。鎌倉に九十九(つくも)という地名がありますか。
千葉に、別所と思しき九十九里浜がありますが。「蒲の冠者」とは?また「皇后石」
とは?「こうご石」について歴史学者は「神々しい石」と説明したそうです。何故
こんな所にそのような石があるのか?学者の説明は可笑しいのではないか、ある種の
身障者がいたからではないか、と調査方法を説明し確認して下さいと現地の方に
いった事があります。
あかねさん。ピンクのトカゲさん。
屋根の瓦の下にある恵比寿(えびす)は、本来エミシの末裔、別所者である事を意味
すると考えています。勿論流行もありますし、瓦屋の都合(売上増加)のためにも設
置したのかもしれません。重要な事は瓦屋に別所の系統が多かった事にもよります。
この辺りは個々に調べないと分りません。
 東広島市志和町にある浅野藩の隠れ城を調査しました。この隠れ城の南に、藩主が
立ち寄る家老格のAさんの家があります。A家は、福島県喜多方(ラーメンで有名!)
が本貫地といい、何時の日にか西国に来て、戦国期は毛利の配下に入っています。
この屋敷の瓦の下にもエビスが沢山付いてました。驚いた事に屋敷の中庭にある柿の
木の美は、種の数が珍しく「八」個だったと記憶しています。もちろんA家は古くは
別所の「頭」の家らしく、戦国大名になったり、長吏になった者がいます。広島城下
の西方を警固した革田頭は後に「五ケ」と改名したAの一族のようです。


もんむー - 2001/08/10(金) 17:01<

山窩の夢

新潮文庫版「風の王国」巻末の解説の中で木本至氏は田山花袋の「帰国」とと
もに、この作品に対する貝塚渋六(堺利彦)の感想を紹介されていましたが、そ
の全文を読むことができました。

「山窩の夢」と題するこの文章は大正5年9月に雑誌「新社会」掲載されました。
現在は堺利彦全集第4巻(法律文化社)に収録されています。

当時、社会主義運動を実践していた堺利彦は「このセセこましい日本の国に、
政府の権力以外において、社会の連鎖以外、ほとんど独立した自由の生活を送っ
ている人間種族のあることに、一種の驚嘆と愉快とを感じた。」と述べるとと
もに、土蜘蛛や平家の落ち武者、台湾の原住民、アメリカインディアン、ジャッ
クロンドンの「野生の呼び声」などを連想したと述べています。

堺氏はこのことを友人の影一君(?)に話すと、影一君は、
「我々ももし志を得なかったら、いっそ山に入って、山窩にでもなるかなア。」
と言いだし、堺氏は、
「そうだ、愉快だろうなア。だがしかし、それもやまり一種の逃避だね。」
と答えたそうです。すると影一君は、
「もちろん逃避さ。しかし宗教に逃避したり、文学に逃避したり、酒色に逃避
したりするよりは少し男らしいだろう。」
と答えたそうです。

でわでわ



おユキ - 2001/08/10(金) 12:55<

『千と千尋の神隠し』見に行ってきます

ヤゾ−さんのお話を読んでいたら『千と千尋の神隠し』を見に行きたくなりました。
明日か明後日にでも見に行ってきます。
でも人で一杯なのかなあ。

サクラさんに呼ばれた気がしていたのですが・・・
夏ばて気味なので勘違したのかな・・・?

バリ <http://homepage2.nifty.com/TENKARA/index.html> - 2001/08/10(金) 10:18<

バチと鮎毛鉤

■あかね様:えっと「バチ」と申しますのは、ソーメンを作る時に二つ折りして干して乾かしますが、その折れ目(逆U字)のとこですな。三味線なんかのバチに形が似とうからやと思いますが、多分。どっちか言うと寒ぶいときに味噌汁の具にして、そのまんまほり込みます。少し汁にとろみが出ますな。

■近所のおばあちゃんというのは「鮎毛鉤」を巻いておられたのでしょうか?鮎の毛鉤は京を発祥に播州・加賀・土佐とございますが、私が感心いたしますのは、その技術もさることながら、何千とある鮎毛鉤の一つ一つにそれぞれ何やらおめでたいような、風雅な、雅びな、季節感のある名前を命名していった日本人の感性みたいなもんでございます。夕映・お染・するすみ・あけぼの・・・中には赤ランオン・イタリア中金てな名前もありますが。

■ヤゾー様:「千と千尋の神隠し」は未見ですが、食いもんでも方言でも各地それぞれ、熊野の杜と同じく多種多様。ますますこれから全世界、ネットでつながり、グローバル化・均一化・単相化されるちゅうことは、それはそのまま滅びの道のような気もいたします。
反面、釈尊入滅後五六億七千万年後にこの世界に現れて衆生を救うという弥勒菩薩は、めんめら一人一人の地湧の菩薩のような気もいたします。
「♪力を合わせて生きることさえ、今ではみんな忘れてしまった。だけど僕たち若者がいる♪」と唄っていた若者は、今ではおっさん・おばはんになってしまいました。
今度どこかでサンカのばばさまに会うたら聞いておきます。

ピンクのトカゲ - 2001/08/10(金) 09:02<

頑張ります。

あかねさん
あかねさんが『ロクロ首』にならないように頑張ります。
とりあえず、送った資料で許してね!

とんちんかん小僧 - 2001/08/10(金) 01:43<

陰陽忍軍歌 (9)

Donglyさん
レス有難うございます。そうですね、美作で興行団のポスター見ましたね。
阿国もまた、芭蕉のように情報伝達者として全国を漂泊したのではないかと、
私は思っています。


副題:木陰衆の謎と木下藤吉郎の素性

 木陰弥右衛門(このかげやえもん)――。徳利老人はこの名とその一族のことをよく
知っている。木陰は因幡の忍び、素破(すっぱ)者の集団である。その伝説的来歴によ
れば、建久四年(1193)八月十七日、伊豆修禅寺において悲惨な最後をとげた源範頼(
のりより)――源義朝の六男で蒲冠者(がまのかんじゃ)と呼ばれた彼は、平氏討伐後
九州にとどまってその経営に苦心したが、のち、兄頼朝に疑われ、伊豆へ閉じこめられ
た末、自殺したか、あるいは暗殺された、といわれているが、範頼は死の直前、鎌倉の
“隠れの里“の素破頭九十九(つくも)源兵衛の手で救われていた。
 源兵衛の娘ヒエン(飛燕)とその弟トギリ(戸切り)らが範頼を連れ出して因幡へ走
った。因幡国八頭郡河原と郡家とにまたがる霊石(れいせき)山の最勝寺が範頼の隠れ
家であった。和銅三年(710)行基上人開基と伝える最勝寺は霊石山の中腹にあり、山頂
には天照大神が西征の徒次しばらく住居した跡と伝えられる草原があって、いつの頃から
か「伊勢ヶ平(なる)」と呼ばれ、そこにある三個の巨石を「皇居石」と称していた。
 その、伊勢ヶ平は九十九源兵衛ら“渡り素破”の祖が衛士(えじ)を務めたといわれて
いる聖地で、いわば源兵衛らの第二の故郷であった。  −つづく

ヤゾ− - 2001/08/10(金) 00:16<

『千と千尋の神隠し』を勝手に読み解く

ニギハヤヒで思い出したのが『千と千尋の神隠し』。
映画を観てから随分経ちますが、今頃になって物語りの中に、
ニギハヤヒや白山が強く込められているように思ってきました。

千尋たちが不思議の町に迷い込むところから物語りは始まります。
両親は町の掟を破った為に豚に変えられてしまいます。
残された千尋は不思議の町にある八百万の神々が疲れと傷を癒しにくる湯屋で働かなければならなくなります。
そこを支配する湯婆婆という魔女が千尋の名前を千(賤民の賤を意味したものか?)に変えてしまいます。
千尋が不思議の町に迷い込んだ時から親身になって手助けしてくれる少年が現われます。
名はハク(白山のハクか?)といい、物語りのクライマックスで、千(千尋)の愛と勇気によって忘れていた名前を取り戻します。
その名はニギハヤミコハクヌシといい、ニギハヤヒを意識した名であることは間違いないと思います。
前作『もののけ姫』でのアシタカがナガスネヒコを意味したものであるならば、
ハク(ニギハヤヒ)に込められた思いには深いものがあるように思います。

また、クサレ神と思われていた神が、千のがんばり(自然を回復させることを意味する)で、
名のある河の神であることが分り、綺麗になったお礼にと河の神からダンゴを貰います。
そのダンゴが重要な意味を持ってきます。
神ではない不思議な存在にカオナシというキャラクターが登場してきます。
千に好意を持っているのか、色んな物をくれようとしますが千はそれを拒否します。
しかし湯屋で働く他も者は、カオナシから金を貰い、飲み込まれ、次第に怪物と化していきます。
それはネット社会や、グローバル化にひそむ罠を見越して「穏やかな警鐘」といったものでしょうか。(王子のマネです)
怪物と化したカオナシが暴れだしてどうしようもなくなった時に、千は河の神に貰ったダンゴをカオナシの口に放り込みます。
それでカオナシは今まで飲み込んでいたものを吐き出して大人しくなります。
また、ハクが呪いをかけられて死にそうになっている時にも、河の神に貰ったダンゴを食べさすことで命を救います。
つまりネット社会やグローバル化にひそむ罠から、また文明からもたらされた様々な禍いから、
救ってくれるものは自然を回復させることによって与えられる恩恵しかないということでしょうか。


きりぎりすさん、お久しぶりでした。
慧眼HPを復活、おめでとうございます。
また相互リンクして下さいね。


>紀和って、もしかして三重の鉱山のある紀和町から取ってるのかなぁ…。

何かの本では、“気は狂う”から紀和鏡と名付けたと書いていましたよ。
でも熊野出身の中上健次さんの奥さんなので紀州の紀と和歌山の和なのかもしれません。
しぶといくらい同じことを三回も書きますが、
紀和鏡さんの小説『邪星記』の中で、重要な存在であるニギハヤヒ教団の教祖がサンカだという設定には唸りました
そして物語りの舞台が下北山の山に隠されていたピラミッドだというのも面白いです。
サクラさんが紀和鏡さんの小説を殆ど読んでいますので、
内容はサクラさんにお聞き下さい。
僕は10年くらい前に読んだので忘れてしまいました。

没義道法主 - 2001/08/09(木) 20:27<

しばらく旅行します

明日は白浜花火大会です。

なんかニギハヤヒが話題になってましたね。
アマテラスクニテラスヒコアマノホアカリクシタマニギハヤヒノミコト。
関西人にとっては「デンボのイシキリさん」
私はひそかに、アマテラス信仰導入以前の最高神、もっというと日霊子ヒルコではないか、と
疑ってます。
天照御魂神社がたいていニギハヤヒなのも疑わしい。

ピンクのトカゲ - 2001/08/09(木) 17:16<

改めて見ると

改めて見ると、立て替えちゃって少なくなっています。
うちの辺は、三州瓦です。
エベッサマとかは、考えてみると、呉服屋の瓦に多かったです。
鬼瓦だけじゃなくて、棟の真中あたりに飾り瓦みたいなのもありました。
でも、呉服屋って、とんちんかん小僧さんの説によると、忍びとかに繋がるし、
うちの辺り、タンスやと呉服やすごく多かったんですよ。嫁入りの仕度揃うってことで名古屋辺りからも昔はきていたみたいだし
俺の弓の師匠も呉服屋ですよ。今度いろいろ聞いてみます。それに、古布やっていた人も知ってますよ。

あかね - 2001/08/09(木) 16:09<

いえ、私もヤゾーさんと同じように単なる火除けかなぁと思うんですけど、あらためて考えてみた事は
なかったので、瓦の歴史と地域性も面白そうだなぁと思っただけなんです。
瓦は寺瓦から最初は始まっており、瓦文様に古代寺院の名が様式名として付いてますが、寺域で焼かれた
事が多いそうです。近世以降、瓦が身近になって気候風土により、地域性があるようです。
播磨は一般に淡路瓦(地元で焼いてる所のあると思いますが)のようですが、丹波や但馬は石見瓦
(雪止めだったかな?が付いてる)。気候によって色々違うようですが、大黒さんやえべッさん、水の瓦、
鬼瓦の歴史って多分、土師なんかで共通してる気がします。全然、詳しくないです。

ピンクのトカゲ - 2001/08/09(木) 15:42<

そんなに珍しいんですか?

水の模様の鬼瓦って、普通のあれでしょ
そんなに珍しいものですか?
それに、エビスとかダイコクも
俺見慣れてるからなんとも思ってませんでした。
エビスとかダイコクって普通に商家に祀ったるもんじゃなかったんですか?
知りませんでした。
家の近所じゃ、店に神棚みたいにして、祀ってありましたけど
なんか俺勘違いしてるのかな?水の模様のって、あの鬼瓦ですよね ごく普通の

あかね - 2001/08/09(木) 14:51<

知恵熱、続行中

もう嬉しくって!興奮して知恵熱出てる感じです。皆さんの書きこみ、楽しくて勉強になってます(^o^)

ヤゾーさん
 紀和さんの本について有難うございました。読むのが楽しみ!図書館でも探してみますね。紀和氏の
紀和って、もしかして三重の鉱山のある紀和町から取ってるのかなぁ…。そのうち私にもわかりますね。
 虹の戦士、HPのご紹介も、有難うございます。あとでゆっくり見たいと思ってます。
 ところで水の瓦文様ですが、その瓦のある辺り、昔の水事情はどんな感じだと思われました?
吉野でも同じようなのを見た気がするのですが。違うかなぁ 瓦の歴史も面白そうですよね。
 瓦の大国さんの話では、東播磨にも屋根瓦に大国さんだか、戎さんだかがのってるお家はあります。
確か、表鬼門にあったような。裏鬼門は鬼さんが乗ってたと思う。多分、淡路瓦です。
 あ、鬼たちの歴史は好きですが、雷は私も苦手。恐がりです…

おミヨさん 
 続けてもっと書いて書いて)^o^( おねだりするのじゃ〜。つづくとあって喜んじゃいました(^o^)。

ピンクのトカゲさん  
 やっぱり。絶対、お得意の分野に違いないと思ってました。私も好き!!\(^o^)/
特に播磨・丹波・摂津との関わりで、海人、火明命などに興味を持ってます。
近江も越も穂の国も好きなんだぁ。↓に2つ、お書きのご意見、私も同感です。
系図がスラスラ再現できるってすごい!詳しい資料を是非、読ませていただきたいです。
アラハバキ、瀬織津姫、本来の男神・天照大神…。もうワクワクするじゃありませんかぁ。
HPの立ち上げを、首を長くして待ってますね!

バリ師さん
 初めまして。父は姫路の出身なんで、バリ師さんの播州弁を読んでると、嬉しくなってきます。
揖保港も古代から重要な地ですね。今は外材の集中する港として名高いそうですね。
方向音痴なので時々、姫路周辺の地理がこんがらがる時があります。その時は教えて下さいね!
 あ、東播磨中部のサンカの方々も、鰻などの川魚をとり、町で売ってらしたそうです。今はもう、
いらっしゃらないのですけど。私、釣りはさっぱりわかりませんが、テグスを釣り針に巻くのだけは結構、
上手いんです。何しろ、がまかつのお膝元なので、近所のおばちゃんのとこで触って遊んでました(笑)。
 それから、バチ汁ってどんなのでしたっけ?父が悲しむな、こりゃ。

きりぎりす <http://www5b.biglobe.ne.jp/~keigan/> - 2001/08/09(木) 13:11<

復活しました。

ヤゾ−様お久しぶりです。
このたび慧眼HPを復活することになりました。
これからもまた宜しくお願いします。

ピンクのトカゲ - 2001/08/09(木) 12:48<

バリ師さん
今の竹、ピン多いです。枯らしてないからだと思います。
じいさんの時代には、古い家、解体するっていうと、壁の骨組の竹とか、萱葺きの天井に使ったる竹、持ちに行ったみたいです。
笛、穴あけるから、そこからヒビが入るんですよね。今の売ってる笛なんかエアコン効いた部屋に1年置いとけば、バリバリですよ。でも、じいさん作った笛なんて、びくともしないもんね。
暇あれば、豊川(寒狭川)遊びにきてください。

バリ師 <http://homepage2.nifty.com/TENKARA/index.html> - 2001/08/09(木) 12:03<

バチ汁

■あのう・・・エビで出汁とったソーメンもおいしいんですが、私はソーメンのバチ汁が大好きです。

■どこの川にも「わぁとこの鮎が一番だっきゃ」という鮎自慢があるのですが、鮎師の間ではよく「味の千種、型の揖保」と言われております。しかし本来はタタラ跡の残る千種より、ヒガシマル醤油・揖保の糸を育んだ揖保の鮎の方が美味いと睨んでおります。結局、川のきれい・汚いは、川沿いにどれだけ人家や工場が建っとうかちゅうことなんだすな。

■竹を扱う職人さんは、竹を割るとき、節の中の空気を吸い込みます。ほんで元気なんやとか。また、大きく男竹・女竹という分け方もするようです。竹竿も昔はピンからキリまであったんですが、今はピンばっかになりました。サンカの人がこさえた竹竿でいっぺん魚釣りをしてみたいもんでありますな。

ピンクのトカゲ - 2001/08/09(木) 08:35<

得意な分野です。

あかねさん
近江、丹波そして地元・穂国(律令制以前の東三河を言う)、そして、火明命の繋がり、もっとも得意な分野です。
酒呑童子は、火明命に連なる越後弥彦山の生まれ、
近江は、木地師。丹波は、サンカ。火明命がキーワードです。
記紀から排除されたアラハバキ、瀬織津姫。本来の男神・天照大神(アマテルのオオカミ)と対で祀られた水の女神等など
そのうち、HP立ち上げます。そのときは、宜しくね。

おミヨ - 2001/08/09(木) 06:31<

おはようございます

Donglyさん あかねさん ピンクのトカゲさん 
色々勉強させて頂いてます。楽しく最高でーす。本当にクマノライフは面白いページですね。
いろんな話題が満載。

やっぱり、エビだしだったんやねー。
ピンクのトカゲさんは素麺だけではたりなさそうーー。

サクラさんお元気ですか?
夏の夜空にあがる花火の後、なんかしーんとして寂しい感じありますが、次の期待があってわくわく。
だけど、本当に終わった後の現実が寂しい。
ぽんさんは神宮の花火如何でしたか?

ヤゾーさん 利田ヤゾウもビデオみたんですね。

ヤナさんお元気ですか?

ほんやら

ピンクのトカゲ - 2001/08/09(木) 00:39<

アヌさん

火明命、これ重要ですよ。
天照大神(アマテラスじゃありませんよアマテルノオオカミ)、三輪神社には、男神としてかかれた掛け軸あります(ヤゾー伊勢行ったとき、朝熊参ってくるように言ったのもこの意味)。
太陽信仰、海人、魚採。
記紀の崇神・垂仁条の天照大神、アマテラスオオミカミなんて、一言も振り仮名振ってありませんよ。
倭姫、丹波道主王の血引いてます。天照大神の巫女になってますよ。
大田田根子。記紀の記載素直に読むとつながりますよ。先住民の黒速の四世孫に(詳しいこと知りたい人資料送ります。菊池山哉の天の朝よりもっとすっきり、磯城県主系図復元できてます。)
それと最後のキーワードは、瀬織津姫。

あかね - 2001/08/09(木) 00:08<

おミヨさん
 ったら、スルドイなぁ!\(^o^)/ わかっていただいてましたか〜(^o^)V 
そうなんですよ。大田々根子と多朝臣、多氏は、興味を持ってるテーマの一つでございまする。
多氏の歴史、移動も面白いところですね。
色んな説がありますが、鍛冶神や鋤き神なんかも関係あったりして、ワクワクするのでございます。

加えて、寝粉説も!嬉しくなるじゃあ〜りませんか(^o^)。
小和田氏も、田=油田・炭田のごとく鉱山、たね=種で鉱物、同じく、こ=砂鉄としてますね。
オオタタネコを産鉄族とみるこれらの説に対して、タダ=地名、ネコ=尊称とし、美しい田の立派な男と
解す説もありますなぁ。太=田が重なる美称、御田→屯田(みた)→屯田に所属する耕作部民、
太田部があったと。私としても大田々根子に、産鉄族のタタラの性格を指示しますが、
鉱物採掘採鉱の初期は、田の開発にもなりますから、田も産鉄も両方行ってたかも、とも思ってます。

揖保の糸、美味しいですよね。そうそう、ムキエビ、よく使いますね。
お醤油は、ニョクナムや東北の魚醤が原型といわれてるようですが、それって面白い。
関西味のベースは薄口。それが播磨の龍野だということは、関西はやはり味覚でも一つの文化圏だな。

ピンクのトカゲさん
 播磨の揖保郡に坐す天照御魂神社は、摂津の三島にある火明命を祀る新屋坐天照御魂神社(磯良神社=
疣<いぼ>水神社)と密接な繋がりがあります。そしてその磯良大神は安曇氏が奉じてました。
また、紀州から揖保へと移動した一群もあります。そんなこんなで、近江・越・尾張連合国にも
感心があります。また色々、教えて下さいね!

やぞー - 2001/08/09(木) 00:03<

僕もビデオ観ました

みなさん、こんばんわ。
今、激しくカミナリが鳴っています。
超重低音サラウンドシステム?で鳴り響いているので、
地震のように小屋が震えています。
僕も少し怖くて震えています。

テレビ東京の小林ディレクターより、追跡アイでの放送を録画したビデオが届いたので、
始めて自分が写っているテレビ放送を観ました。
で、な〜んか変な顔してました。もともと変な顔なのかも知れませんが、
照明やカメラの角度によって普段鏡では見れない自分の顔なのでそう思うのでしょうか。

特集の中で沖浦教授がサンカのことを
「自然を大事にし、自然と共に生きてきた、そういう集団で、日本民俗史の中では貴重な生き方である」
というようなことを仰っていたところが印象的でした。

>虹の戦士、素敵ですね。

素敵な話しでしょう。
下記のページに虹の戦士やホピのことなど詳しく載っていましたよ。

http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeBookPhoto/Rainbow.htm
http://www.ne.jp/asahi/wholelife.catalog/wlc-home/hopistory.html

>日本語には、そうした言葉少ないから、『このヤロー』、『馬鹿ヤロー』で後が続かないから直ぐ手が出るって

アハハ、ほんとにそんなところはありますね。
美しい日本語、でも内に秘めた狂気と書くべきでした。
まわりからやいのやいのと罵倒されても黙っているので、
調子に乗ってもっと言われたあげくに、
いきなり刀を振り回しかねないのが日本かもしれませんね。

Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/08/08(水) 21:22<

あ〜それで猫

おミヨさん。
 江戸期江戸や佐渡で私娼・売春婦を「猫」という語源かも?。別称「寝子」するだけ
でお金を招きますから。佐渡金山で「買石」が金鉱廃石を買い取り砂金を水と布で選別す
る子女を「禰子の子:ねこのこ」といい、買石配下の女現場監督「禰子婆:ねこばば」が
彼女らを監督しています(修験の女房比丘尼の流れかも?)。「佐渡金山絵図」では鞭か
杖のような持ち一段と高い所に坐っています。ネコババの語源でしょう。なにやら現在の
会社と同じような風景です。
とんちんかんこぞうさん。
 既報ですが、別所とサンカの関連を暗示するかもしれません。出雲の阿国は出雲大社北に
ある安養寺に墓があります。有名な鰐淵寺別所の山を越えた南です。阿国は江戸期初めまで
は「女歌舞伎」スターで、裏稼業(まず売春でしょう)もあって大人気。風俗を乱すとて
禁止です。「男歌舞伎」に変えたが、これまた後の「影間」「色子」「飛子」「舞台子」
「板付」など男色の坩堝です!!上野の下町資料館?にそのゲットーの模型があります。
 サンカ小説では、「鳥追い」などエラギ(サンカ芸能グループ)の頭は「お国」と名乗
る伝統があったようです。この伝統をひく有名な興行団は、先日訪問した美作町でも地方
興行のポスターを貼り巡らしていましたネ。

ピンクのトカゲ - 2001/08/08(水) 20:35<

そうめん

おミヨさん
大田田根子ですか。
古事記の崇神条には、大物主神の四世孫って記載されていますよね。そして、大田田根子は、大物主の神の祭祀にあたり、三輪山の神だって、
この大物主については、古事記の大国主命の国造りにおいて、少名彦が去った後、一緒に国造りをした神であり、海照(あまてら)らし、やってきた神とされています。
竜野の近くにもありましたよね。粒坐天照(いいほにますあまてる)神社っていうの
播州そうめんに三輪そうめん。米を食うと泥が溜まる。
晩御飯はそうめんにしますか。

おミヨ - 2001/08/08(水) 20:00<

つづく

醤油の歴史もまた、古いですね。起源は明らかでないが、龍野の酒造業者であつた丸尾、横山両家が
酒造業のかたわらてがけたのが始まりで、姫路藩主、脇坂安正が信濃から姫路藩に移った時に始まり、
それは天正年間(1573〜)頃からのようで、薄口が始まったのは(1661年〜)ごろからと。
その原料は播州平野の大豆と小麦、米、赤穂の塩、揖保川の水だそうですが、現在は、揖保川の水と
塩だけだとか。以前テレビで「醤油のルーツの旅」ようなものをやっていたような。インドの奥地で昔
ながらの製法で醤油をつくっている民族がいた????ちよッとインドかどうか定かではありません。
あかねさん播州そうめんも、又、美味しくて関西での出汁は、むきエビでとってましたよー

多田鉱山の地名は多田源氏以前に、オオタタネコ(大田々根子)一族の移住地で、そのタタが多田に
なる。その「大タタラ・ネコ」がタタラの頭領だったのではないかと。
この「ネコ」は「寝粉」で、河床に沈む砂金、砂鉄のことで、鉄穴(かんな)流しにより、土砂を押し
流したあとに採集される砂鉄のことを「寝粉」というそうで、縁起物の「招き猫」は、ほんとうは、
「寝粉招き」で寝粉とは砂鉄、砂金すなわちおカネの事だそうな。




とんちんかん小僧 - 2001/08/08(水) 19:36<

鈎の里 近江国安養寺

Donglyさん
 安養寺というお寺の名前随分前から気になっていたのですが、俘囚と何か関連性が
あるのですか? 忍び関連の話の中でも『鈎(まがり)安養寺の夜襲』というのがあ
りまして、それによりますと、
 長亨元年(1487)九月、足利将軍、義尚は近江の守護職、六角高頼(佐々木氏)
追討軍を指揮して、近江国安養寺、鈎の里(現在の草津市郊外の下鈎)に陣を布いた。
 六角高頼は、かねて甲賀者、伊賀者と親しかったので、甲賀忍び衆の武士に援助を
求めた。高頼の乞いに応じたものは、望月出雲守、和田伊賀守、山中十郎、美濃部源吾
、伴佐京介等の五十三家(いずれ書きましょう)の忍術家たちで、それぞれ下忍たちを
引きつれて、足利義尚将軍の駐屯する行営に得意の夜襲をかけ混乱におとし入れて驚く
ほどの戦果をあげた。
 二年後の延徳元年二月(1489)にはやはり奇襲作戦で足利軍を潰滅させ敗走させた。
 将軍足利義尚は一月の後、京都で逝去したが、行年二十六歳であった。
 正史には記載していないようであるが、足利義尚は、鈎の御陣で、甲賀忍び衆に槍で
突き刺されたとも、鉄砲で撃たれたとも、二つの説があるが、とにかく手傷を負い、そ
の疵が原因で逝去したのが事実である。
 
 という話もあります。それについてというわけではないですけど、近江国安養寺には、
近々探りに入ろうと思っています。何か分かればいいですけど。

とんちんかん小僧 - 2001/08/08(水) 15:03<
ナ・ニさん
勉強になります。

>「俘囚」は、虜、捕虜という意味がある蔑視語で大和主権側の政治概念です。

 そうだったんですかー、全く知りませんでした。私が、藤原氏が俘囚の上頭だと
書いたのは『地方の楽園みちのくの王国』という本の中で、作家童門冬二氏がそう
書かれていたので、疑わずにそのまま書いただけです。
 過去のBBSで、ナ・ニさんとDonglyさんの別所(俘囚やエミシ含む)談話を
興味深く読ませてもらっていたので、もっと詳しく知りたいと思っていたので
これからも、またご教授願います。

Donglyさん

>出雲・備中・美作・播磨・丹波辺りの山民(修験・サンカ・忍びなどの)絡みはどう
>なっていますか?

 ただ今、勉強中(研究中)なので答えられません。いずれ、[サンカ=忍び]の謎に
ついて解明したいと思っています。
 俘囚地名と呼称、面白いですね。勉強になります。

Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/08/08(水) 13:52<

俘囚地名と呼称

源順(911〜983)編集の『和名類集抄』(931〜938)によれば俘囚の移配先は
「俘(浮)囚郷」は上野碓井・多胡・緑野、周防吉敷。「布師郷」は土佐安芸。
「布師郷」は越中射水。夷が付く「夷計郷」常陸茨城、「夷守郷」は越後頚城、
「夷俘」は播磨美袋・賀茂、「夷守駅」は筑前と日向にあります。当時の地名
調査と分析をすればまだまだあるようです。「余戸」「余呉」や「刈」「苅」が
入る地名も、ある根拠で俘囚関連地名でしょう。地名が、別所などと変わるのは
仏教思想によることはあきらです。既出ですが「あの世の八ケ所地獄があって、
各地獄に十六又は十八ケ所の別所あり」『地獄草紙』など。出入り禁制の院内地と
して、東光(向)寺・薬師堂・塩釜神社・白山神・薬師堂・十一面観音・千手観音
・十三仏・荒神・六地蔵など、多様なものが「ある法則性をもって」置かれている
模様です。また安養寺・安楽寺・長楽寺なども関連しているようです。また必ずし
も産鉄業だけでなく、例えば産鉄資材調達・輸送・販売業にも関連しています。
サンカはその一部が箕作りをするだけで、番人(忍び)・産鉄・野鍛冶・伐木・木出
(筏師)・修験・薬売・芸能(猿楽など)・持子(連尺や荷物運搬)の形をとる者が
遥かに多いのと同じです。また別所地名も政治的理由で多くは別名に変化しています。
「ふしゅう」は現地周辺では地名や別所の者の外見的および性格的特長で呼んだと思
われます。なぜなら方言の中に俘囚とか別所とかの呼称が殆どないようですから。
現在の時点ではです。
例えば、「騙す」という特徴があったのでしょうか「オゲ」、スッポン(真亀)の如く
水面下で作業するからでしょうか「ポン」、セブリに住んでるのに野に臥していると土
着民が見て「野ぶすま」、山の岩穴に住んでるから「岩屋さ」、薬を売る傍ら痛い所を
ナデナデしたのでしょうか「なでし」、とサンカを呼ぶ地方があります。サンカ自身は
他の乞食を「サンキャ」と呼んだようですから、それを耳にした土着民がこのサンカ語
をサンカに転用して「サンカ」と呼んだのかも知れません。
古語「三ケの類」は佛教語のようですから「サンガ」が古いのでしょう。

ピンクのトカゲ - 2001/08/08(水) 12:28<

カブレ遍歴面白かったです。

没義道法主さん
カブレ遍歴面白かったです。
はじめて八切読んだとき、異伝承聞いてた私でさえ、衝撃受けましたよ。
ほとんど何かに憑つかれてる感じで書いてますもんね。
もっと、腰据えて、じっくりと量より質で書いて欲しかったな〜
そうすれば、私も二割じゃなくて、六割以上はいってると思うよ。
今でも

没義道法主 - 2001/08/08(水) 09:30<

うぅむ、レベルが高いなあ

なんか読むたびにこちらが萎縮しそうです。まだまだ私はアマい……。

気になっていた言葉、「俘囚は元王民」って奴です。
単純に読むと「もとは朝廷支配下の公民だった」と言うことでしょうが、それならなんで強制移住させたり反乱おこしたりするのでしょう。
これは支配者側の大義名分で「本来朝廷に服属すべき人々」てなことでしょうかね。
俘囚移住と隔離管理の理由は、むろん金属関係業務や雑役のためでもありましょうが、屈強で弓矢に得意な者を
「ゲルマン傭兵」「グルカ傭兵」化したこともあったんでしょうね。中世以降武士、もののふを「エビス」と呼んだのも、単に東国出身者が
多かっただけではない気がします。金田一(アイヌ語で「山の人」を意味するそうですね)説では
「勇者エンジュ、エムチュウ」のなまりがエミシ、エビスだそうですから、やはり俘囚、夷俘、そのた「御味方エミシ」の子孫が多く「もののふ」
「武者」になったのでは。河内源氏、摂津源氏等関西武士団をエビスと呼ぶ例、あまり見当たらないし。
いわゆる渡来人がほとんど皇民となったように、有益な縄文系はどんどん皇民化したと思います。

「俘囚」のことを配置先ではなんと呼んだのでしょう。平安初期中央官僚は漢音で「フシュウ」と呼んだでしょうが、
地方官庁では従来の呉音で「フジュ」と読んだ可能性はありませんか?
「藤生」と言う地名、素直に「藤の咲き誇るところ」だと思います。ただ「藤尾」地名には、なかなか興味深いところがあります。
たとえば兵庫県浜坂町藤尾。川の「どんづまり」近くの地名で、すぐ川下が「辺地ヘッチ」。
奈良県生駒市の藤尾も山の麓ぎりぎりにあり、すぐ北が「大門町」。山側には「鬼取」
いずれも地名だけの「あて推量」です。現地へ行く時間も金も気概もありません。暑さでまいってます。

ピンクのトカゲ - 2001/08/08(水) 08:10<

竹あれこれ

バリ師さん
矢は当然、矢竹を使います。
甲矢(ハヤ)、乙矢(オト)で一手。※甲矢、乙矢は、羽の向きが違い回転が逆になる。
普通二手、四矢1組で売られてます(高級なものは三手六矢)。
矢の節は、四節、一組の屋は、すべて同じ所に節があり、太さ重さも同一です。
やはり元々生きるか死ぬかにかかるモノ(もっとも、竿も職業漁師にとっては、生死に関るけど)タメがきちんとできてないと尾を振る等、的中率及び威力が半減します。話がそれますが、私に弓技のあれこれを手ほどきしてくれた長老の最初の一言は、あれはなんだと的を指し、マトと答えたら、あれはテキ=的=敵だでした。
本題の竹についてですが、確かホテイ、コウヤ等は、何かの変種でしたよね?ラッキョは、破竹(字これであってました?)の変種ですし
日本では、竹の種類としては、矢竹、真竹、ハチク、それに孟宗の四種ぐらいだと思いましたが...
今は、竹の矢なんて高級品でちょっともったいなくて、普段は、もっぱらジュラルミンの箆のヤツ使ってます。
因みに大鷹の石打(尾羽の両端のもの)に斑がでた矢竹なんて四矢1組で数十万ですよ。
話が大分それました。ではこの辺で 

あかね - 2001/08/08(水) 03:24<

夜更かし爆走中

おミヨさん
あ、そうだそうだ。多田銅山で、東大寺大仏鋳造といわれてるんだぁ。有難う。すぐ忘れる私。
大仏さんの銅でふと思い出したので、「古代日本の超技術」志村史夫著 を今、見てみました。
橿原考古学研によると、大仏さんの使用銅は山口県の長登、美東町産のものだったそうです。
何でも長門産の鎔銅塊は、異常に砒素濃度が高く(普通の銅鉱石の約百倍)、石灰分も多いからだとかで、
年代測定の結果、明らかになったそう。砒素が加わると熔解温度が100℃近く下がり、鋳造しやすい銅
なんだって。大仏さんは国中から国銅を尽くしてつくられたけど、天平時代の工匠=技術者たちは、
銅の性質をちゃんと把握しており、その中から長登の銅を選んだそうです。加茂岩倉遺跡の銅鐸も
扱いやすいこのような不純物の多い、山口・島根あたりの銅かもしれないそうです。
播磨の銅も大仏に使われてた伝承があるので、これってがっかり。すごい技術だけど。

ところで多田あたりには、確か、秦氏もいたと思うのですが。どうだったかな

あかね - 2001/08/08(水) 02:41<

鍛冶、精練

ピンクのトカゲさん
 初めまして。レス有難うございます。
>秀吉の母が美濃の鍛冶・関兼貞の娘っていう説があったと思います。
>また、小和田哲男さんの著作だと思いましたが、近江浅井郡草野郷の鍛冶屋・源兵衛に弟子入りした
>伝承があるって書いてあったと思います。
…ごめんなさい。秀吉の母と鍛冶伝承の地がこんがらがってました。小和田氏の本は「豊臣秀吉」ですね。
>野鍛冶について技術的な質問があれば聞いときます。
─有難い事です。またその際には宜しくお願いしますm(__)m。

『源頼朝』と、近江浅井町の鍛冶屋の村の起源
 ↑の、秀吉鍛冶伝承がある「浅井町(野鍛冶集落。ここは出作しない)の鍛冶村の起源は、源頼朝が
大和国宇多郡から、源四郎、源五郎という2人の鍛冶を連れて来た事に始まると伝わる。彼らは大和から
移り来る折に、神明様を背負ってきて、源四郎の流れを汲む家が代々神明社を祀ってきたという。
この村の鎮守は、延喜式にみる浅井14座の一つとされる草野神社である。だとすれば、条里制遺構の残る
この地には、源四郎・源五郎の定住以前、古くから人の定住をみた」「源五郎の家では秀吉を祀ってきた」
以上「むらの鍛冶屋」香月洋一郎・節子著より。

おミヨさん、Donglyさん、没義道法主さん(初めまして!)
○「灰吹き法」
 http://www.web-sanin.co.jp/orig/news/7-1031b.htm
 灰吹法は天文2(1533)年、朝鮮半島から日本で初めて石見銀山に導入され、石見を経て日本各地の
金銀山に伝わったそうです。この方法は動物の骨の灰、とりわけ人骨の灰を用いるのがベストだと
伝わるらしい…。きょわい

>たたら場が焼場をかね、鍛冶屋が温亡を兼ねる話は江戸期にもありました。骨の成分が
>溶け出し「よい品質の製品」ができるというのが理由だったかと思います。また人骨灰は
>染物色保持に効果ありは、もう出てますね。あと薬・調味料に使用した話も聞きました
>ので、鍛冶屋・藍染屋・薬屋などの「分捕り合い」だったのでは?
精練の場は、化学的な場でもあり、中国伝来の錬金術(錬丹術の鉱物派)などとは別に、色んな薬を
生み出した場でもあるそうです。人骨への執着?は、案外、錬金術のどくろ(人の力の源だそうな)
パワーへの信奉あたりから来てる面もあるかもしれないですね。ああ、夜中に気色悪い話を書いちゃった

おミヨ - 2001/08/08(水) 02:40<

秀吉の埋蔵金

多田銀山は奈良時代に東大寺の大仏鋳造のため銅を献じた由緒ある産地とかで、1570年には、
秀吉によって開発、銀山として栄えた。この山は、わき水が多く、埋増金を隠すのに、かっこうの場所で
水中の金庫となり、秀吉はそこに目をつけた。多田銀山の右手に金山彦神社があり、その階段を下りた
ところが「牢が屋」。秀吉は財宝を埋め終えると,口封じのため人夫をこの谷に埋めたと伝えられる。
朝鮮出兵用の軍資金と清国からの献上金合わせて時価にすると70兆円が、2箇所にわけて多田銀山に
埋まっているそうです。その根拠として「幡野家代々相続者に渡し置候者也」(慶長3年11月16日付)
と記された幡野三郎光照の覚書。終戦まで、多田銀山の総支配をしていた伊賀の亀井本家に秘蔵されていた。古い絵図面が残されていて、その正確さが住友金属鉱山により確認されたと。

Donglyさん
醤油にですか?カニバリスムの血が流れてる事になるやも・・・・・・・。

ヤゾーさんがベンツに乗っていた・・・・・・すごかぁ〜〜〜。。

バリ師 <http://homepage2.nifty.com/TENKARA/index.html> - 2001/08/08(水) 01:31<

虹のサンカ

■この掲示板の活きのええこというたら、ゾクゾクいたしますな。覗くたんびに情報量が多すぎて、私の脳細胞はずっとビジー状態であります。

■ピンクのトカゲ様:矢師の使う竹は、やっぱほとんど矢竹なのでしょうか?一方、竿師は矢竹を始め、布袋竹・真竹(穂先用)・高野竹(穂持ち用、こりゃ笹ですな)・淡竹・黒竹などをいろいろ矯めて釣り竿を作りますが、さてサンカの竹細工の竹はいったい何なのでしょうか?適竹適所?

■Dongly様:私の岡釣り用の竿は、短尺・極軟調でございます。但し虫食いはございません。

■「虹の戦士」:むむむ・・・。魚釣り以外のことはようわかりませんが、たぶん、かつての釈尊やキリストさんみたいな人が出て来て、道を指し示すのではなく、これからは、めんめら(播州弁かな?各々一人一人)が集まって一つの大きな力とか波になるような気がいたします。それまで「犀の角のようにただ独り歩め」ますかどうか。私自身は、サンカの精神・心のおきどころに妙に風通しの良さを感じております。

ピンクのトカゲ - 2001/08/08(水) 00:23<

そうばっかりとはいえませんよ。

ヤゾーそうばっかりはいえませんよ。
日本語には、そうした言葉少ないから、『このヤロー』、『馬鹿ヤロー』で後が続かないから直ぐ手が出るって、韓国人に言わせりゃ〜
実際、市場等の繁華街で何度か喧嘩みたことあるけど、最初は、いまにも殴り合うかとビクビク(ホントは期待の方が大きかったけど、結構、突破者やってたから)してると、いつまでたっても殴り合いならないんだよ。
そのうち、周りの人にどれだけ、俺の方が正当かってこと主張するんだよ。それで決まり(ガッカリ)
もっとも、手出さないっていうの儒教の影響からだと思うけど...
それにしても、その点は、日本人も見習うべきだと思うよ。

あかね - 2001/08/08(水) 00:07<

鉱物採掘加工民

NA-NIさん
 レス有難うございます。エミシの強制移住先については記憶からスパっと抜け落ちてますm(__)m
関連本も何冊か手元で行方不明中…。探して読んでみますね。ごめんなさい
 畿内隼人は咆哮儀礼や竹細工等の他に、移住させられた先で、朝廷で用いる焼き物(食器)を代々、献上
してた人々もありました。土ものは確か、京都府八幡市「石清水八幡宮」近くの、祖先を隼人に遡る村の
話だったと思います。で、隼人縁の場所は兵主の他にも、「八幡社」神戸の所在地あたりにも多いように
感じます。地名では大和・桜井の穴師や、穴師系の名が残るあたりでしょうか。これは兵主関連ですね。
あと、土師の地名の地も。あ、隼人は犬養配下だった場合が多いので、大伴や犬養の関連地にも移住して
るはず。近衛系連の下で使役されたのだったような。うろ覚えでごめんなさい。
 但馬の隼人地名は久美浜近くにもう一箇所かな?あるのですが、忘れました。これも確認しときます。
多氏のいた地とも、ダブってる気が。船材伐採や水夫、鉱物採掘加工としてかな。ああ、うろ覚え…
 丑−鬼の角、と寅−鬼のパンツ、大和から見た東北については、私もそう思います

おミヨさん
 鬼さんで、喜んでつい書いちゃいましたぁ。色については私、もともとデザイン系出身なので、
色の歴史も詳しくないけど、感心があります。
 産鉄民の話、「金屋子神の死体好き」ですね。死体を高殿(蹈鞴場)の柱に掛けたりしたそうな。そう
すると、うまく作業できるなんて話もありますね。これも死体を嫌わなかった海人習俗と重なります。
 それから、八瀬と聞くと、京都の「八瀬の釜風呂」(蒸し風呂←風呂の原型)を思い出します。
確か今も残ってます。土で塗りこめたカマクラみたいな形で、入り口は一箇所です。

ヤゾーさん
 虹の戦士、素敵ですね。アメリカへ最初に入ったのは日本の縄文系の人々の一派だ、という学説が最近
USAの大学で発表されたそうですが、ホントにそうかもしれないですね。だから米は、サンカに興味を
持ち、関する文献を集めた、という話があるのかも。という事は、昔からあった説なのですね。
アメリカ大陸への移動説から発展したのかもしれないけど。
 それにしても縄文の精神は時代に逆行するから、迫害されたのでしょうか。
だからコンプレックスかぁ。悲しい事ですね。

没義道法主さん
 多田鉱山の始まりは奈良だといわれますが、この当時は多分、銅でしょう。多田鉱山は、鉄そのものは
出ませんけど、硫化鉄なら出たかもしれないですね。
 多田源氏は鉱山開発や土木工事、土地開発などにも力を注いだそうです。川西だったかアヤフヤですが、
鋳物師の天満宮もあったと思うし、鉱物採掘加工民を押さえてたかもしれませんね。俘囚かどうかは、
詳しくないのでわからないですが、その一部に入ってる事はありえる気がします。
 それから多田鉱山が、銀山として盛んになったのは戦国期のようです。戦国大名は、みんな戦費調達の
ため金銀鉱山の開発に熱心だったのと、この頃、半島から「灰吹き法」と呼ばれる画期的な金銀の精錬法
が伝わったそうなので。これによって、新たな鉱山の開発が可能になり、秀吉の頃盛んに採掘された多田
銀山は、灰吹き法を用いないと精錬できないタイプの鉱床だと思う、と鉱山ニュースというサイトに
書きこみがありました。「灰吹き法」については後述します

管理人ヤゾー - 2001/08/08(水) 00:05<

今までの投稿は過去の掲示板へ移動しました

>奈良県御所市、国道24号線和歌山県との県境付近に「風の森」という場所があ
>り、そこに「志那都彦神社」があるそうです。

そんな神社があったなんて始めて知りました。
近いうちに行ってきます。
なんだかワクワクします。

>ヘー、ヤゾーってバブリーな人だったんだ。

話は大きい方が面白いかなと、少しオーバーに言ってしまいました・・・(-_-;)
今では500円以上の物を買う時には目眩を覚えるような生活です。
またオーバーでした・・・m(_ _)m

美しい日本語

外国語に比べて日本語には、相手を罵倒したり外国人を差別した言葉が極端に少ないといいます。
同じ膠着語であり一番近いとされる韓国語では辱説(ヨクソル)といって、
相手を罵倒する語彙がたくさんあるそうです。
そういう罵倒したりする言葉が少なというのは、
とても重要な意味を孕んでいる気がします。


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