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2001年04月22日(日)13時05分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


KEIJU - 2001/04/22(日) 09:30<

FIESTA

にほんもFIESTAを導入したらよいのにねえ!!!
あの昼休みの駆け込みご飯はよくないです! 食事が全ての元!!!
ゆっくり 味わって食べないとねえ これなんか 一番手ごろに自然を感じれ
自分に取り入れる作業でないでしょうかねえ?
て いいながらも僕も食うの 未だに早いようで! ここらの日本での癖
そう簡単に取れるようでないみたい〜〜〜〜〜!!!

スペインにいたとき 真昼間から ワイン飲んで食事して 町をふらふら歩いていたけど
これ実に気持ちよかったねえ!! マアこれしたら確実にGNP落ちますがねえ
それでも幸せ になれるのでわ? どうでしょう皆様???

ヤゾー <http://www.medianetjapan.ne.jp/two/kumanolife/index.html> - 2001/04/22(日) 02:34<

新しいHPです

min-minさん、こんばんわ。

そうですね。
西暦を取り入れた頃から、自然から離れていったのかも知れませんね。

今日、昼間HPに繋ごうとしたらサーバーの調子が悪かったのか、
なかなか繋がりませんでした。
そんなこともあって、緊急用にもう一つHPを開設しました。
掲示板もありますので、皆さんご利用下さい。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/04/22(日) 01:32<

めまい

がするほど話題満載ですねぇ。ちょっとの間、留守にしたらいろんな話題に満ち溢れ、
なにからレスして良いのやら・・・。

そのなかでも“暦”のことが最も話題性が高いのかな。暦といえば、日本はいつの時
代に旧暦を捨ててしまったのでしょう?
僕が子供の時分(ということはかなり以前)には旧暦の正月を祝う地方がかなり残っ
ており、必ずマスコミ報道された記憶があります。
東南アジアを歩くと、まだまだ圧倒的に旧暦の方が色濃く残っているんですよねぇ。
あれだけ“電脳国家”となってしまった台湾でさえ?普通の陰暦のほか、「農暦」と
いう暦があり、それぞれ伝統的な祝い事が今でも催されています。

月の満ち欠けが多大な影響を及ぼすのは農業分野だけではなく、個人的な関係でいう
と釣りに大いに関係があります。
大抵の場合、満ち潮にむけて魚の“食いがたつ”という表現をするのですが、我々釣
り師にとっては月は太陽と同等のあるいはそれ以上の意味合いを持つ存在なのです。

ところで、                                 
ヤナギムシさん、お久しぶりです。花粉症はもうOKですか?             

インカやマヤがお好きとのことですが、 
>min-minさんなんかおませんか?

って、あなた、急に振られたって困るんですぅ。なんてね。
マヤ文明に関しては一時夢中になった時期があるのですが、ほとんどの事柄は
もうすでに忘却の彼方です。
多少、片鱗を覚えているとすれば、マヤの人々が異常に“暦”に興味を持った
ということでしょうか。もちろん、暦は農作物のために利用されたのは間違い
ないところですが、その関心の度合いが“異常”であったということも指摘さ
れておりますね。
さてこのマヤ暦をつくりだした背景には高度の天文学があるのですが、素人目
にも異常なくらい、レベルの高い天文学であったようです。あ、それと「脳外
科」手術を施すほどの高度な医学も有名ですね。
でも天文学が何故かくも異常に突出して発展したのか大いなる疑問です。
マヤ暦がマヤ文明を築き上げ、そしてマヤ暦がマヤ文明を崩壊に導いたとも言
われております。真相は分かりません。

もんむーさん、                            
良い旅をされたみたいで羨ましい限りです。それにしても『とほ宿』、いいで
すねぇ。これは知りませんでした。ユースホステルだとかなり構えてしまいそ
うですが、こちらはもっと自由そうですね。
日本番、B&B(ベッド・アンド・ブレックファースト)といったところでし
ょうか。
加入リストをみると圧倒的に北海道が多いのですね。いかにも自由の地、北海道
らしい発想かも。といいながら、長年こうした宿泊施設が求められていたのです
よね。特にバック・パッカー連中には。だって、外国にはたくさんあって、日本
にはなかったのですから。
僕も今度是非、利用してみたいです。

あらら、またダラダラと長居をしてしまいましたぁ。こんばんはこの辺りで
失礼します。






やぞー - 2001/04/21(土) 23:18<

なにがはじまるのか おせーて


Dongly さん、どうもありがとうございます。
箕のことはおまかせします。
家宝と致しますので、Dongly さんの目に叶った箕をお願いします。

Keijuさん、来てチョンマゲ。
ギターとシンセを用意しておきますので、
なんか作って帰って下さい。
なんて言ったらえらいことなるよと謡子さんにいわれそうだ。

もんむーさん、いつも面白い情報をありがとうございます。

謡子さん、今度、縄文、祭り、久高島、イザイホー、それにサンカが一つの物語りになった本を貸します。

サクラさん、大江町も少し前の天川のように人が集まってきているようです。
しかし、天川の時とは少し違うみたいです。

おミヨさんにヒナの様子を見せてあげたいです。
誰かCCDカメラセット頂戴!

ヤナさん、マヤとかインカとかって極めて遺伝子学的に縄文人に近い人たちみたいですね。

昨夜から、色んな方から様々な情報が立て続けに入って少し混乱しています。
どうやらあちらこちらで何かが始まりそうな気配です。

Dongly - 2001/04/21(土) 21:40<

そうですか おせーて

おミヨさん おどま勧進々 あん人達やよか衆(私たちは乞食 あの人
達は金持) 放送禁止?何時頃のことですか? ヤゾーさん 今日は箕作りを尋ねて広島志和・福富・志和口へ2つも3つも峠を越えて行って来ました。会えませんでしたが一昨日前来たという人にも会いました。成果は、大きな蕨(明日まで木灰に浸します)と山の花紅葉など、もう1つは川魚漁夫集落で、二人の女性にあって箕作の有無・来訪を聞きました。一人の方は「怖い顔してここにはそんな人いません・来ません」。もう一人が「兄は80歳ですが昔プロとしてやってました」と笑顔で言うので「お元気なら作って、お願い!!」というと、もうだめでしょう。「かずみ」と呼ばれる所で地図でも分りません。美しいがとても臭い鳥の事で、春をひさいでいたのはどこでも同じ筈です。2時間掛かりますが県北で撫子が作ってるのでも良いでしょうか。兵庫木地師の箕なら安いと仲間の連絡あり。こちらは高いかもしれませんが。

KEIJU <http://www.geocities.co.jp/Hollywood/7353/> - 2001/04/21(土) 19:13<

琴線

がたくさんあるかどうか 知らないのですが? そう言う詩的な表現をしてくれると
かっこ良いですねえ!! 旅で見てきた風景とか人物が そう言うものになるのかなあ?
最近は旅の興味もちとうすれているのですが、 音でトリップ状態ですが.
(僕のSTUDIOの名前が決まりまして STUDIO BIRTH です.)
物価の高い日本国内は反対に全く知らないのですよねえ
灯台下暗し というやつでしょうか??????  ヤゾーさんのとる熊野の写真には郷愁を感じますねえ
やっぱ日本という国は美しいところです. あの色彩かんかく 日本独特のものですね 他のところでは見たことありません. 山が多くて. 今度ゆっくり日本を見てそう言う音にも挑戦したいです
今度ヤゾー小屋に行こうかな????????

もんむー <http://www.toho.net/> - 2001/04/21(土) 18:09<

とほ宿

先日の旅の宿泊先で同宿の人から「とほ宿」なるものを初めて聞きました。草
の根版ユースホステルのようなものです。くわしくは上に掲げたページに書い
てあります。

こんな宿泊施設があるなんてまったく知らなかったので、最初何を言っている
のか理解できませんでした。こういうのって旅に出なければ一生知らなかった
かもしれません。というか私が世間知らずなだけなのか!?


KEIJU - 2001/04/21(土) 15:05<

おはよう

美女に呼ばれ やってまいりました! CD喜んでもらって 僕も嬉しいです!
YAZOOさんへのぶつは日本で!! 縄文ですか?? タイに近いのでは???
この国は本当に素晴らしいよ 日本人の忘れてしまったもの沢山残っているし!
そこがもしかしたら 日本の方が共感できる部分かもしれない.
ですねえ. デモなんなんでしょうか こういった郷愁とかいったものって???
インドでもそういうもの感じたし 炭を焼くにおいとか 牛糞の燃料のにおいとか・???

謡子 - 2001/04/21(土) 00:46<

keijuさんおすすめヤナセさんのHPで、喜納昌吉さんとの対談を読みました。
喜納さんは、縄文の探求者のひとりだと私は思っているので、真っ先にそのページに目がいきました。
生きている縄文(アイヌ)を探求して生きた叡智を知る。そこにエネルギーを入れて爆発させて、日本の あるべき姿を作る。
権力や戦争や破壊の方向に持って行かれたエネルギーをもう一度創造の方向に持っていく。
そして弥生についても、自分たちがどこから来たのかというルーツを知り、縄文と弥生の断層をどのようにして繋ぐかという
ことが肝心だと・・・言われているように受け取りました。喜納さんは祭をそのための起爆剤として考えておられるようです。
祭にはそういう力があると私も思います。古代の祭と魂がつながるような祭なら。
今年の 『時間をはずした日』 にはどんな祭がこの地球で展開されていくのでしょうか。
余談ですが、辺境の地の冬祭、夜通し神楽で縄文魂はユーモラスだと感じました。日本人は本来ユニークなのですね。私見なんですが。
私は縄文を学ぶ以上に、縄文を体感したいと思います。めざすは魂の覚醒・・なんですけど??知性もいるわなぁ・・やっぱ。
みなさん色々教えてください。で、ヤナギムシさん、お帰りなさい。長いことなにしてたん?
おミヨさん、サクラさん と続いたので私もつらなってみました。あしたはおユキちゃん?

サクラ - 2001/04/20(金) 23:56<

きゃ!

うーん!とれびあん!

keijuさんのCDはニライカナイもマントラもすーと心に染み渡ります。
きっと、沢山あるkeijuさんの琴線に少しでも共振出来る時、
すごくなんて言うか、空っぽの心に
音だけが、染み渡る感じで、只、そんな空間に漂っていられる気がします。
大事な時間です。私には....
ぜひ、私の大事なお友達にも聞かせてあげたいなって思っています。keijuさん。

上田 正樹さんが見えるのですか...ここに!
そう言えば、ここってライブや映画が手軽に覗けるところでした。
あはは、、、夢の21世紀の建物群と夢がいっぱいの観光地だってこと、ちょっと忘れてました!!!
そうですよね。あとで詳しく教えてください。

やぞーさん、あの写真大江山の方で写されたのですか?
うーん、大江山も行きたいところだと、メモしておこう!!
心優しい、鬼が好きです。
誰にも理解されずに、恐れられ、暴れまわる鬼がすきです。
人間って、怨んだり、憎んだり、妬んだり...
そんな部分が自分の中にあってこそ、人の痛みや哀しさがわかるのでは...なんて思います。
そんな、心の中の鬼...それに苦しむ人にも、いえ、そんな人にこそ、
本当に、優しい曲は優しく、美しい言葉は美しく、共振できるのかななんて思ったりします。

おミヨ - 2001/04/20(金) 23:49<

五木村

おどま勧進勧進
あん人達ゃーよか衆
よか衆よか帯よかきもんー

放送禁止歌だそうです
目の不自由な宮崎康平さんの作詞作曲(?)
卑弥呼九州説?(だったか忘れましたが・・)の本をだした人でもあります。
五木村がダムの底に沈むのは残念です。

ヤマガラの写真、子育てしている様が、いじらしくて可愛いー。


ヤナギムシ - 2001/04/20(金) 23:25<

ラトゥーン・バトゥーン

マヤとかインカとか好きです
巨石の文化・自然の神様を、信じ恐れる
  サンカにも通じますね
  マヤの日付は、ある王様の生まれた日より何日目といった
     考えであるそうです

  マヤのピラミッドの冬至・夏至のヘビのはなし・・・フムフム
     天文学は、どの文明にも進んでいたんやね

        このはなし・・マヤ・インカ・・面白そうですね
min-minさんなんかおませんか?

箕作りサンカ - 2001/04/20(金) 23:16<

やぞーです

>野史呼び名辞典では【やまきり】は関西・四国で樵夫・そまです。
>やまきり→やまき 三木→山木 かも知れません。

さすがにお詳しいですね。
利田ヤゾウも参考になったことだと思います。
ところでDongly さんも自動リンクで相互リンクのところに登録しては如何ですか。
それにしてもDongly さんのHPに【箕作りサンカ】をクリックしたらここへ飛んできたのには笑ってしましました。

>面白いシンクロがぼくのHPで起きはじめました!

Keijuさん、 こんばんわ。

そうですか、たまたま指が滑って面白いHPを見付けましたか。
芸術家のたまたまには恐ろしいものがありますからね。
無意識を表現することに長けているから?
後でゆっくり見てみます。
とはいうものの、今日は少し身体を動かしたので眠くなってきました。

KEIJU - 2001/04/20(金) 16:24<

面白いシンクロ

がぼくのHPで起きはじめました! 時をはずした日という マヤ暦のことなのですがね
僕とやぞーさんの最近のやり取り (メール上ですので ここでは内緒〜!)となんかしら シンクロしていますし そのほかの知人との話などにつながる話が たまたま指が滑って押したとある HPにたどり着きまして! そこがこのマヤ暦 時をはずした日 になるわけですが! 
そこにあった ホゼさんという 宇宙学者? マヤ学者? 知りませんが 彼の言う時間の科学?
これは実に面白そう! ここらへんに ヤゾーサン 最近の話題の 答えが あるかも????

さくらさん CDはいかがでしょう? こんど MYBROTHER の上田正樹さんが お台場でLIVEをするそうですよ! 彼のLIVEは熱いよ!!!

Dongly - 2001/04/20(金) 00:04<

やまき

利田さん 初めまして。貴兄の事は「お宝衆」の専門家から伺っています。野史呼び名辞典では【やまきり】は関西・四国で樵夫・そまです。やまきり→やまき 三木→山木 かも知れません。愛媛にヤマキは醤油メーカーか鰹節か調味料メーカー、焼肉屋か矢磨喜(漢字ですが不正確かもしれません)があります。分ればお知らせしましょう。 ヤゾーさん 椎葉・諸塚村あたりでは「サンカはいるけど、差別語でない」と椎葉博物館の永松氏(民俗学)は言ってました。五木寛之とは意見が違うかもですが、今の社会はやっぱし「他力本願」が絶対至上命題で「自力本願」を許さないのかもしれませんね?。居付きでなくテンバサンカの目の高さからみれば。

ヤゾー - 2001/04/19(木) 20:23<

巣箱の写真を最新情報にアップしました。

min-minさん、お久しぶりでした。
Keijuさんとこの投稿読ませて頂きましたが凄い筆力ですね。

>役場の人に「サンカ」のことを訊ねたら「うちの村にはそういう被差別部落はありません」といわれて閉口しました。

居着いたことにより、地域により重層していたり、まったく別の存在であったり、難しいところです。
でもサンカを通して差別を考えることに意味があるような気もします。
こんなに魅力のある人たちを何ゆえに差別してきたのかと。

>駐在もパトカーに乗って飲みに来ていました。

いいな〜、そういうところ。


>大江山辺りでは今でも鬼は尊敬去るべき存在

信頼できる全然別々の二人が、今の日本で一番清浄な土地は大江町だと言い、
奇妙な一致に驚いたことがあります。
サクラさんが好きだといった写真も大江町で写されたようです。

知人の若者に大江町って知ってるかと尋ねたところ、
僕、そんな名前の鳥は知らないと言いました。
その若者とはトンチンカン小僧です。

>サンカから、あしたの日本を学ばないといけないと思います。

う〜ん、少し分らない箇所もありましたが、心に訴える名文でした。
僕も強くそう思います。


巣箱の写真を最新情報にアップしました。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/04/19(木) 17:24<

春だなぁ

みなさん、こんにちは。min-minです。

ここにカキコするのも久し振りのような気がします。

ヤゾーさん、
写真のこと、みなさん誉めてますけど本当にすばらしいっすよ。
特に上の二枚は見ているうちに既視感を覚えるような、なんとも懐かしい気持
ちにさせる不思議な光景です。

ヤナさん、もんむーさん、お帰りなさい。また楽しいお話を聞かせてください。

実は今、名古屋に出張で来ており、インターネット・カフェから書き込みしてます。
新幹線からみえる外の景色はあまりの高速さで過ぎ去りよく見えませんが、明日は
長野県、塩尻付近まで車で移動しますので、新緑が美しい山間の景色を堪能できる
のではと楽しみにしております。
今頃の季節の緑って、ほんとみずみずしいミドリで気持ちが良いですよね。

でわ、でわ。 min-min@ 名古屋でした。

Dongly - 2001/04/19(木) 16:39<

居付き村が沈む

本年中に熊本県五木村がダムの底に沈みます。山江村辺りで聞きました。日本の歴史が
消えるという事です。サンカチーズのふるさとです。非常に残念です。ホームページで
見ることが出来るはずです。夏には行ってみたいと思いますが、臼太鼓踊りは11月初め
に集中していますが。

Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/04/19(木) 16:31<

サンカの目の高さ

やぞーさん それは学者(私も同類とされてますが)のよくやるミス(または失礼です)。だから政治無理解な学者のデータが当てにならぬのです。大江山辺りでは今でも鬼は尊敬去るべき存在、諸塚村も同じでしょう。サンカ語か?「さんきゃ」は漂泊の家なき人。セブリも立派な移動自由な家で、固定資産税も不要、建築費も不要。住宅ローンの為に一生を棒に振り、高額の教育費を払っても、高級官僚になる意外元が取れない、生きる目的もない現在の生き方がもっと惨めでは。台所と便所が隣り合せのいろは長屋に比べれば、家賃不要なセブリは清潔な家です。頭を下げて泥々になった貰い風呂するより、セブリの風呂が健康で、血圧にもよろしいようです。学校では役立つ情報は教えませんが、知識があれば野菜や薬を買わずにすみます。サンカの教育は明日から役立つ教育です。サンカが昔公教育を否定した事は当然です。戦後にも延べ十万人が納税拒否・否・住民登録拒否の運動をしました。紀州でしょうか千戸単位の戸籍なき村ありと聞きます。サンカから、あしたの日本を学ばないといけないと思います。

ヤゾー - 2001/04/19(木) 15:23<

ヒナがいっぱい

なんやらそこら辺からヒナ鳥の鳴き声が聞こえるので、
注意して観察してみると、
軒下に取り付けている巣箱の他に、
まさかと思っていた四阿(あずまや)の中に取り付けた巣箱でも、
知らないうちに営巣してヒナがかえったようです。
また小屋の正面にある少し大きな檜の木に取り付けた巣箱でもヒナがいるみたいです。
なんだか嬉しくて午前中ずっと外で鳥の様子を見ていました。

>新しい写真良いね!!
>やぞーさんの写真のUPは本当に気持ちがすがすがしくなります。

利田ヤゾウ、サクラさん、ありがとう。

問題は今のデジカメには光学ズームがないことにあります。

愛鳥家のおミヨさん、おユキちゃんに巣箱から顔を出すヒナ鳥の写真を見せたくて、
朝からがんばりましたが、巣箱から1メートル以内に近付かないと、
なんのことやら分りません。
それにあまり近付くと親鳥も嫌がります。

でもなんとか、巣箱にヤマガラがいる写真を写しましたので、
今夜、何処かにアップします。

う〜ん、いっそのことデジタルビデオカメラが欲しい。

利田 - 2001/04/19(木) 14:26<

椎葉村のこと

>サンカチーズ1)は注文先は宮崎県東臼杵郡上椎葉村 那須初さんです。

 以前,椎葉の隣の諸塚村に行ったときに、役場の人に「サンカ」のことを訊ねたら「うちの村にはそういう被差別部落はありません」といわれて閉口しました。その,諸塚村には居酒屋が1軒だけあって、3人で焼酎のボトル2本飲んで、いろいろ食べて3000円でした。
御通しは店の前を流れる「耳川」で採ってきたという二枚貝を茹でただけの素朴なものでした。
駐在もパトカーに乗って飲みに来ていました。

椎葉まで足を伸ばせばよかったと後悔しています。


おユキ - 2001/04/19(木) 12:53<

春のよう

おミヨさんサクラさん謡子さん、こんにちわ。
それからヤナギムシさん、お久しぶりです。
Donglyさんの文章、楽しく読ませて頂いてます。

私も花粉症が治まったら、もんむーさんのように旅に出てみたいな。
利田さんに誉められるなんて、ヤゾーさんの写真は凄い。

ついつい、おユキも仲間に入りたくて、
意味のない書き込みしてしまいました。
すいませんでした。

サクラ - 2001/04/19(木) 00:01<

あらあら

あらあら、みなさんおかえりなさい

もんむーさん、
アヤシのフタカミヤマのはなし、楽しみにしています。
それから、長島、八瀬...う〜ん魅力的!
もんむーさんは、勉強家だから、きっと資料を調べてから、旅に出られたのでは?
と勝手に思っています。

一度行ったところのことは、知らなかった時よりも、その場所その風景が
そしてそこに生きづく人々の息吹まで身近に感じられ、読む本の印象までもが
変わってしまうことがあるって思いませんか?

やぞーさんの写真のUPは本当に気持ちがすがすがしくなります。
そう思いません?
そうだ!
久しぶりに、おみくじ引きに行こう...
あの雲の写真お気に入りなんだもん...

Dongly - 2001/04/18(水) 23:08<

我慢、私も

サンカ狂いの方多く困っています。実は私の母方百済系で野鍛冶サンカでは。まだ状況証拠だけですが。冬なら九州のサンカ系?温泉、夏なら紀州のサンカ禊場、本人は知らないがサンカ系の美女・美男など。サンカ石を除けばBSではとても出すわけに行かないのが、残念です。飲料CMでみるAさんを見ると私年甲斐もなく(北海道生まれ新羅系サンカ系樵夫の娘)純子と叫びそうになります。またスチュアデスBさんに会うと(山口萩出身の新羅系番人サンカ)美代子と声をかけたくなります。でもサンカ系ヤシ・オリジナルのハヤシライスに紫(サンカ醤油)をかけて、ぐ〜〜と我慢しています。人生ってそんなものでしょうか。

利田 - 2001/04/18(水) 21:49<

ヤゾーの写真

ヤゾー
新しい写真良いね!!
特に上の二枚。
神社の前の大木の下で「箕直し」をしているヤゾーの姿が入っていれば
小便ちびるほどの傑作になるのでは?

利田 - 2001/04/18(水) 21:46<

おせーてください

「ヤマキ」民族と言う言葉に心当たりのある方いませんか?

ヤゾー - 2001/04/18(水) 20:08<

もんむーさん、おかえりなさい。
旅の報告楽しく読ませて頂きました。
それにしても、いろんなとこへ行ってきたんですね。

スミレの花は確かに可憐で綺麗ですが、
どちらかと言うとタンポポみたいな野草として、
極普通にその辺に生えています。
そんなものまで根こそぎスコップで掘って持って行くとは、
都会とは恐ろしいところですね。

Dongly さん、本物のサンカが作るものなら何でも欲しいです。

サクラさん、本、届きました。
ありがとう。

また後でなんか書きます。

おミヨ - 2001/04/18(水) 19:50<

春はなんとなくだるだる・・・・

Donglyさん お答えいただいてありがとうございました。
ポンポン地名がでてきて全国隈なくお歩きになってらっしやるんですか?
菊地山哉さんの本でした。
サンカチーズ興味があるので注文してみます。
「野史事典」もそのうち購入します。その時は泣く泣く1個つけてくださいね。

もんむーさんお帰りなさい。
長期に旅行ができて羨ましいです。

ヤナさんは本当にお花を愛していらして
心おやさしい方なんですね。
折角の紫のスミレが・・・がっかりでしょうね。

サクラさんが動いてくれないとさみしいぞな。
サクラ節御願いしますねーーー。

もんむー - 2001/04/18(水) 14:40<

帰ってきました

みなさん、お久しぶりです。先日旅行から帰ってきました。

はじめてユースホステルに泊ったのですが、場所によっていろいろ個性がある
んですね。アットホームな所、90歳の老人が切盛りしている所、移動しない寝
台列車のような所、、、

いろいろな人と話ができました。一ヶ月で日本を全て見て回ろうというサンフ
ランシスコの青年。スキーアルバイトの帰途の青年。ほかにも一ヶ月近くユー
スをつかって旅を続けている75歳の老人にも出会いました。

社会が変って、放浪することが難しい世の中になっても、しぶとく放浪を続け
ている人が多いのだなと認識を新たにしました。

行ったところをちょっとメモします。

伊勢長島
長島一向一揆の舞台。独特な輪中(わじゅう)によって守られた田畑によって構
成される、長良川、揖斐川、木曽川の中洲。寺内町や一向一揆の本拠地は見る
影もなく、町内の「輪中の里」という施設に資料が展示されていました。

比叡山+八瀬
京都側の八瀬から比叡山に登りました。八瀬はなにもない山里なのですが、ど
の家の庭もよく手入れされ、品があります。八瀬のコンビニの女性店員さんの
京ことばが印象に残りました。比叡山への道中は霧の雨の中で、いまにも行者
が現れそうな幽玄な雰囲気でした。途中、九龍寺では山門に猿の群がたむろし
ており、私に気が附くとそそくさと山の奥へ消えていきました。その反面、坂
本側は拍子抜けするほど俗化していて、わたしはそそくさと後にしました。

二上山+仁徳天皇陵
ついに登頂しました二上山。五木氏が登ったころの二上山とは、やはり違うの
でした。雌岳の周辺は公園のように整備され、ハイカーで賑わっています。そ
れでも当麻寺から馬の背に至る道はよくわからない石積みや石塔が立ち不思議
な雰囲気です。そのあと仁徳天皇陵をの周りを回って、堺市立博物館を見学し
ました。例のボストン美術館収蔵の出土品の写真や、税所厚による発掘の資料
も展示されていましたが、疑惑云々についてはなんの説明もありませんでした。

ほかにも駿府城、美浜、小浜、三國などを見てまわりました。

でわでわ



Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/04/18(水) 13:05<

サンカチーズと大箕

★おミヨさん サンカチーズ1)は注文先は宮崎県東臼杵郡上椎葉村 那須初さんです。なお『野史呼び名辞典』購入の方には、泣く々1ヶお付けします。なおこの辞典では【青屋】はお説の通り【藍屋】【青物米や】【紺掻】で、磔・晒・処刑にも従事、です。貴女がみたのは八切止夫『野史辞典』ですか。八百屋は【青物屋】。京浜急行の品川の次が青物横丁です。金沢に「近江青物市名場」。★サンカ系の多い吉野川流域・池田町に「櫛博物館」があり行って見たい所。★ヤゾーさん 愛媛宇和島の寺に秘蔵の太子像、恐らく紹介者所有の物で、紹介者は宮県城七ッ宿近辺から来たか言葉語尾が「なし」で、苗字に三画(=三角!)の「偏」がつくからサンカでしょうか。どこでもやりますがもったいぶって「聖徳太子由来記」をつけてました。太子と大子では大違い。ところで箕の話。野史研究会の知人に高齢ですが箕作りがいます。播州生地師の大箕ではどうですか。近中に写真を公開予定。備後箕作りは純サンカのようですがまだ情報が入りません。お待ちください。

サクラ - 2001/04/18(水) 00:50<

春!春!

やなぎむしさん、こんばんわ!
きゃ−−−−
やなさんぶしが戻ってる....なんてね。
春だからいってみた。

春の夜長に思う事。春眠暁を覚えずと....
でもねぇ、この朝のほんわかさわやかさも捨て難いので
思い悩んでしまう、寝床の中で.....

donglyさん
櫛は竹じゃないのです
木曽路のお六櫛は持っているけど、なぜか大事にしまってあるの。
そんでもってサンカチーズも食べた事はないのです。

やぞーさん、おミヨさんブツ送りました。
                                   そろそろ、動き出したサクラより

ヤナギムシ - 2001/04/18(水) 00:20<

へのへ

おミヨさん・・・ありがとさん
   もどれました・・・ヤゾーなんかしましたか?

  へへ・・春です

ヤナギムシ - 2001/04/18(水) 00:08<

はーーーーぁ・・へへへ

     スミレの花
  昨年の春、道端に紫の花を、たくさんつけたスミレの花を、みつけた!!
十分花を、楽しませてもらった後、種子を、取り!!
  あちこちの、空き地に蒔いて廻った!!

     我が家の前にも、少し蒔いた!!
その種が、今年・・・10日ほど前に、やっと紫の小さなたくさんの花を、着けた
   毎日、一つ二つと・・すってきな花を、つけていった
雑草の中に咲く、紫の花は、たいそうわたしは、かわいく感じてました
  昨日も・・・ジーーート見てました

    そして今日・・・いつもの場所にスコップの痕・・・・

  あれーーーーー?  
   だれかが、根こそぎスコップで掘っていきよった!!
           無言・・・・・

あーーーぁ、種だけにしてよね・・・無言
    せめて・・1株くらい・・・おいといてえなーーーぁ

          ・・・・・落胆




ふーーーーーぅ・・・ま・・ええか、またどこかに種あるやろ・・・から
    また探してこよーーーーと


  ふーーーーー・・・・・ヤナギムシでした

おミヨ - 2001/04/17(火) 22:06<

おせーてください

Donglyさんの「野史事典」に青屋=会津・・・・八百屋とも・・となつておりましたが
青屋は青物染屋または紺屋とおもっていたのですが、この青屋と又違うのでしょうか?
すみません。ちよっと疑問に思っていたものですから聞いてみたかったのです。 

ヤゾー - 2001/04/17(火) 20:30<

信仰とサンカ

久しぶりに、
ヤナさん節を読ませて頂きました。

>人は一人では本当に『ノル』ことはできない・・
>人にかかわらず・・・生きる事なんて、できません
>なんで何十年生きてきた、たった2.3年の付き合いの仲間がこんなにも、

人と人とが一つの心で結ばれる瞬間ってあるんですよね。(一心無私)
人とだけではなくて自然そのものと結ばれる瞬間もありますね。
それはどれだけ長く付き合ったりしても、またどんなに素晴らしい自然の中に身を置いても、
結局は自分自身の問題なんでしょうね。
だから時間ではないんでしょうね。

Keijuさんは本当に色んな人とお知り合いなんですね。
山に生きた人の中には、自分で笛を造って、
上手に吹く人が結構いたようです。

>化粧品つかわない人は歳とっても肌がきれい・・・・と。

お金使ってよけいに悪くしていることって、
いろんなところであったりしますね。

>以前宇和島で竹製のミミズとりを持った太子像(精巧なものです)を見ました。
>多分流れてきた居つきサンカの証でしょう。

原始真宗門徒が山の民であったことはよく言われています。
また鎌倉期に聖徳太子信仰が親鸞に投影されたことで、
山の民や川の民に太子信仰が盛んであったとも言われていてます。

越後荒川に「タイシ」と呼ばれ人たちが、江戸時代から明治時代にかけて、
筏流しや箕作りを生業とし、農民たちから卑賎視されていたとのことです。

                『山の民・川の民』 井上鋭夫著 より

Dongly - 2001/04/17(火) 11:07<

おせーて

★おミヨさん!竹で笛を作る人か、まだ文献では見ません。笛吹きは牛馬飼で、信州に笛吹川があります。餌は草ですから草刈(草刈正雄・草薙大蔵も仲間か?)もします。野史呼び名辞典を見ると、羽賀は「はがらし」からみたい。知合い竹屋さんで聞いて。笛吹きはKenjiさんがご存知か。生豆腐チーズは最高の味です。★サクラさん そーいうの二度寝。今朝使った櫛は竹製ですか?★ヤナギムシさん 柳につく虫は食べれるなら食べたい。確か江戸期の芸人語から柳虫がでたようですね。★Kenjiさん その山人の料理法は釣瓶ですか五徳ですか竈ですか?「おせーて」先日聞取りで聞かれました。地名の「猫落し」「猪落し」?仮説は立てていますが確かめていません。恐らく猫=猪=??人です。ここ深川に「お着(ちゃく)さん」なる鯛を抱えた竹竿持ちエビス大国木像があり、以前宇和島で竹製のミミズとりを持った太子像(精巧なものです)を見ました。多分流れてきた居つきサンカの証でしょう。皆さんの近くにあったら教えて下さい。

おミヨ - 2001/04/17(火) 06:29<

おはようございます

Donglyさん 瓶詰の生豆腐、デパートの物産展でみた記憶があるような気がします。
えー豆腐の瓶詰???へぇーなんて目丸くしてみたような気がします。
保存食として栄養価といいサンカチーズですね。

皮膚科のDrが歳とって皮膚の色のどす黒いのはみんな化粧品のせいといっていました。
化粧品つかわない人は歳とっても肌がきれい・・・・と。

皆様の文章でそれとなく気持ち伝わりとても嬉しいです。

ヤナさんしばらくです。

「かもしか道」さがしていますがみつかりません。
「帰国」も・・・・・・・。。

笛師銀兵衛に興味もっています。
Donglyさんおしえてください。笛師について。

 



サクラ - 2001/04/17(火) 04:03<

あ〜よく寝たこと

ひさしぶりに、夜の8時に寝てしまったら、今ごろ起きた....
もう一眠りするべきかしらん?

ここに来て、おミヨさんや謡子さん、オユキさんに会えるとほっとしてしまうのよ、
もちろん、やぞーさん、keijuさん、やなさん、他の素敵な方たちにも....(^^)

おとといは久しぶりに高校時代の友達たちとフクロアライ...
なんで何十年生きてきた、たった2.3年の付き合いの仲間がこんなにも、
自然に、昨日あったように語れ楽しむ事が出来るのか...
みんな、この集まりをすごく大切にしてるのがわかるもの...

そんな思いがここでもするのです。
会った事もない人たちが、とっても大切な人になっているのです。
久しぶりにレス見るとあっ、元気なんだなってうれしくなっちゃうの

みの虫バック...去年、確か初島のお土産屋さんで見かけました。
しっかり、自分を主張していました。
そう言えば、北海道には鮭の皮で作ったお財布なんかが売ってましたね。
新十津川村の本読んでたら、アイヌの子が鮭の皮で作った靴を犬に食べられて、
困ったなんて言うエピソードが書かれていましたっけ.....

ねむねむ...はるだねぇ.....

keiju - 2001/04/17(火) 01:04<

炭焼き

何年か前bkkで日本のとある山で 炭焼きをしているという 青年に会いました
親父サンもずっとそれが仕事だそうで 話っぷりからみると 代だい山に住んでいるような人でしたね
独特のヴァイブを持った人でしたが。 どうしているか?????

笛を吹く人でしたねえ  やはりその仕事から海外に出るお金を稼ぐのは 大変だといっていましたが
いったん出たら へばりついてでも 生きていられそうな人でしたねえ! 今思えば きっとサンカのひとかもしれません。 

ヤナギムシ - 2001/04/17(火) 00:43<

へへへ・・

    男は、仕事せなあかん・・   
      だれが、言うたんやろね?

   ヤナギムシです・・
  山を、登る時、だれも助けてはくれません
    山へ登るひとのことを、最大限許してくれてます
       でも、万一の事が有った時・・助けの手を、差し向けていただけます
      登山者の甘えと、現実の場合における・・ひとのこころについて
       何故か・・なんなのか・・

人ってなんなのか・・・
  山へ、向かう時・・わたしは、自分の為にだけ歩を、進めます
   山頂を、踏む喜びは、ただ自分の為にだけあります・・その為にだけ歩を、進めます
 それなのに・・・・です

  人にかかわらず・・・生きる事なんて、できません
 でも・・生きれるなんて・・思う人も居ますよね
     
  なんか春・・へへ・・です

アシタカヤゾー - 2001/04/16(月) 23:03<

シシ神に会いに行く

>景気とか財産には決してこだわらない。そういう生き方おじさんもしたい。

そういう人が確かにいますね。
若い頃から山仕事や土方仕事をしていて、
ここしばらくは景気が悪くて仕事がないので、
山に行っては葛などを取ってきて籠を編んだりしていますが、
別に売れなくても、我関せずといった感じで生きている人が。
持ち家で自動車もなく、子供も成人していて、
小さな畑で野菜を作り、山の幸を享受する術にたけているので、
殆どお金は必要ないみたいです。

>ココって淡々と参加してられるBBS・・って感じで私は楽なんです。マメにレスもつけなくていい感じで・・
>深いところで互いに思いやっているから、表面は淡々としていられるような。そんな感じ・・かなぁ?心地よい距離感です。

そういうのが理想かも知れませんね。
あんまり不必要なレスばかりになると肝心な情報や文章がノイズに隠れてしまうこともありますし、
レスをつけなくても、書いた人の文章から、伝わるべきものは伝わっていますからね。


今日、隣村に用事があって行ったついでに時間があったので、
そこから幾つか山を超えてカモシカを見てきました。
それにしても『もののけ姫』のシシ神にそっくりでした。
詳しくは最新情報にアップしてます。

Donglyさん - 2001/04/16(月) 16:47<

サンカ・チーズの名は

おミヨさん★私がつけた名前。3種類?あって1)7×7cm黄色・高野豆腐みたいでさっぱり味。¥3602)7×15cで昆布巻・島原一揆味噌つきちょっと塩味、¥650。3)瓶詰め生豆腐+昆布+合わせ味噌、¥800。1)は人吉郡岡原村、3)椎葉村物産館で購入。2)椎葉村藤崎商店といっても露天に近い。「豆腐の味噌漬」と言わないと通じない。サンカチーズなんて言ったらシノガラが鋭い目つきで出てくるかも。他にも豆腐の梅酢漬を売ってたが、死んだ親友の野史サンカは筍酢漬を作ってからその筋の文化かも。サンカコロッケは店で売ってる芋からは作らない。芋を収穫した後に残る小芋から作る。これは只。金を使うようではサンカになれない。化粧してもダメ(こういったら誉めた積りだったが同居人に殺されかけた。でも何十年も化粧全くしないからお化けではない)。このお婆さん蓑虫皮財布作る兄貴を嫌ってるが文化は同じ。お茶も貰うのでなく川土手にある何やらを摘み取って作る。とにかく金はあっても使わない、景気とか財産には決してこだわらない。そういう生き方おじさんもしたい。でも先がない。

謡子 - 2001/04/16(月) 14:23<

ありがとう

おユキちゃん おミヨさん、どうもありがとう。
おミヨさん、私が書き込みしなくても、なにも気にしないで下さい。でも私も長いことおミヨさんや他の方が現れないと気になりますので
おんなじですね。
ココって淡々と参加してられるBBS・・って感じで私は楽なんです。マメにレスもつけなくていい感じで・・
深いところで互いに思いやっているから、表面は淡々としていられるような。そんな感じ・・かなぁ?心地よい距離感です。
今日は、一日中家でお仕事です。ずっとパソコンに向かっているのですが、まだ慣れないので疲れます。
だからすぐネットにつないで何度もここ覗いてます。新しい書き込みあるとうれしいので、誰かなにか書いてください。
・・・って、たぶんレスつけないけどね。ごめん〜。

おユキ - 2001/04/16(月) 12:45<

よかった

おミヨさんやサクラさん謡子さんの文章が読めるとなにかホッとします。
男性の方もそれぞれ文章に味があって好きです。
これからも楽しみにいろいろと学ばせて頂きます。

むかしの話を聞くの大好きです。
祖父からむかしの話を聞くことがありますが、
今の生活なんて、とても想像できなかったといいます。
それだけ短い時間で激変したのでしょうか。

おミヨ - 2001/04/16(月) 07:13<

おはようございます

謡子さん おはようございます。
きょうも私はお休みです。久し振りの友達と池袋で待ち合わせです。

浅学非才な私故皆様のお話にのっていけない時もあって、ごめんなさいね
でも、いつも楽しく読ませて頂いていますので書いてくださいね。
これからもよろしく御願いします。

ヤナギムシさんお元気ですか?

謡子 - 2001/04/16(月) 00:20<

シナドの民へ

おミヨさん、お声かけていただいてありがとう。
私は、なんだか最近ロムっています。でも・・、います。

そういえば、人は一人では本当に『ノル』ことはできない・・。と 『風の王国 』 で哀さん 言うてましたねぇ。

 − アヤシヤ  タレカ  フタカミノヤマ−

         風の民の皆々様 末永くよろしゅうに。

ヤゾー - 2001/04/15(日) 23:22<

炭焼き生活

Keijuさん〜
そういえば住所を教えていませんでした。
メールしましたので楽しみにしてますよ〜

Dongly さんの真のサンカの姿に迫った文章は面白いです。
サンカ風の籠の編み方ってどんなんだろう?
やはりサンカ系の人には手先の器用な人が多いのかな。

おミヨさんがいっぱい書いてくれたので、
では地元で親しくしている方の話しでも。

80歳近い人で戦争から帰ってきてから、昭和30年頃まで炭焼きをしていた人の話しです。
炭焼きというのは切り出した樫などの木を五尺ほどの長さに切って、赤土で作った窯に詰めて焼きます。
切り出した木を運ぶのは大変なので、切り出す山の近くに窯を作って、その近くに小屋も作って暮らします。
切り出す木がなくなったら、また次ぎの山へと、山を転々とすることになります。
ですから小屋といっても本当に粗末なものだったそうです。
当然のことながら電気も水道もあるはずがありません。
夜が明けたら起きて馬車馬のように働き、日が暮れたら寝るという生活だったそうです。
ランプやローソクはあってもそんなに使わなかったそうです。
水は近くの沢から竹を割って節を取ったものを並べて小屋まで引いてきたそうです。
食べる物も粗末なものばかりで、時間のある時には沢でアマゴを捕ったり、
小鳥や(;o;)山菜なんかも捕って食べてたそうです。
楽しみといえば一月に一度、山道を3時間ほど歩いたところの村へ
頼んでいた食料や嗜好品を取りに行くことだったそうです。
小さい子供を抱え、親子3人でそんな暮らしをしたそうです。

その人が言います。
自分が車を運転して何処にでも出て行くようになるなどと、
その当時には夢にも思わなんだと。

YAZOOさん〜 <http://www.geocities.co.jp/Hollywood/7353/> - 2001/04/15(日) 15:06<
元気かい?? なんか ここで最近僕の音楽が 話しの種になってきているようで
嬉しいです! でそのブツですが 送りますので! 秘密のアジトの 住所を送ってください!
他言無用 秘密厳守 幻覚性充分 日々之精進でございます~~~~???

おミヨ - 2001/04/15(日) 14:17<

春は眠い、猫はネズミを獲ることを忘れ、人間は借金のあることをわすれ・・・

Donglyさん、お答えいただいて有り難うございました。
タラの芽、サンカチーズ(かまんべーる?)コロッケ、お茶、好物ばかりです。
タラの芽一つでもいろいろな意味がふくまれているのですね
ベッタラ漬け、石焼、芋飴ets 上野のアメヤ横丁もサンカシノガラが戦後の時代に発展させてきた町
と矢切さんの本で読みましたが、芸能界、野球界と地下マグマのパワーは凄いです。

蓑虫は丈夫なんですね。バッグにされるぐらいですから・・・。。。

播磨は伝説の宝庫、興味深い話がぎっしりで、いろいろ知りたいことがいっぱいです。
小野は播州そろばんで有名ですが、木地師の仕事でしょうか?近江大津からはいってきたとか・・
北条町東高室に 石屋三分に百姓が一分残る六分はみな役者 と江戸から昭和の始めまで「高室役者」
で知られていて「播州歌舞伎」の草分けだそうですが・・・。。。

サクラさん謡子さん、お仕事おいそがし?
おユキちゃん職場移動慣れました?

Rainyさん お元気なんでしょうか?
はやく戻ってきてください。

seburiさんお元気ですか?

ヤゾーに利田ヤゾウはお元気そうだし・・
「歴史民俗学」19号のぞいて、次回の予告見て
利田ヤゾウの名前だけ拝見してきましたよ。

min-minさん トレヴェニアン「シブミ」上下みつけてきました。これから読みます。
これからスペインを勉強するのだ。

もんむーさん 旅の収穫きかせてくだい。

KEIJUさんのCDも聴いてみたいしーー

皆様の書きこみ楽しんで読んでいます。
今後ともおミヨをよろしくおねがいいたします。


Dongly - 2001/04/15(日) 11:41<

一宮・千種はおまかせ

失礼します。おミヨさん!小野市辺りは地名の通り凄い所というのが私の印象。高室=鷹室でしょうか。粟生=あお、の地名から谷川民俗学とは違う意味で「青」の語源がある、と一宮町の野史研究会で調査と議論中。文献・資料だけなら学者で十分、野史研究会は不要です。一宮・千種町は但馬の旧鉱山地帯を控え、鮎・猪・鹿・タラの芽・山が者・サンガ・サンカ・木地師の宝庫で、赤松氏→別所長春の本貫地です。この北の村岡町には昔「サンカ風呂敷」、今は京都で作っていますが、畳2〜4枚分の大きさで、5人位相手にしても大丈夫な大きさでWベッドのシーツにも、屋外での野合(サンカの意でなく野愛)にも使える白物。今からのファッションになる誇り高いサンカの文化。今、古物屋に頼んでいますけど。

Dongly - 2001/04/14(土) 23:51<

タラの芽・イカ

食べ物ばかりで失礼します。おミヨさん!5年位前佐渡ケ島へ資料購入で渡島時、蝦夷はアイヌかエミシかの判断尺度か?、前者は鯔(とど)の肉と行者にんにくの炒め物。佐渡人は「草木もなびく〜」時代は米もなく魚も食わずで、近年金山見物人の薦めでタラの芽を食べ始めたそうです。なぜなら「脂っこいから」で海産物は瀬戸内海の島でも多いのですが雑魚か牡蠣とか海草のみです。サンカ系ヤシはタラの木から水中花を作り夜店で、フレンチドッグ(サンカ系の発明)と共に売ります。とげとげのタラの木蝮よけには使えぬと思いますが。ヤゾーさん!蓑虫のパンツはお持ち?東臼杵郡辺りはサンカ系が多く差別語ではないと椎葉博物館学芸員が語ります。尾前でサンカを【あり××】といいます。××でルーツが分るのは野史研究会です。宮崎・熊本の山法師踊り・団七踊り・臼太鼓踊り・荒踊りは直感で古くからの居着きサンカ系とみます。蓑虫は黙って他人の家の庭に入り収穫します。広島豊島小野ではビニール紐で竹籠ならぬ籠を編みますが編み方はサンカ風で、見事です。ところで山陰と瀬戸内ではイカ釣り方法がまるで違うとか。イカが。

ヤゾー - 2001/04/14(土) 22:28<

あっと驚く「蓑虫バック」でした

小さい頃、宮崎県出身の祖母が蓑虫でできた巾着をもっていたのを記憶しています。
ふんわりした独特の手触りで不思議な模様の物だったように思います。
今度祖母に会ったら聞いてみます。

>ずいぶん気持ちが救われたと思いますし

こういうことは、お互い様だと思います。
馴れ合いの掲示板からは何も生まれませんよと、
ある方から忠告されたことがありましたが、
馴れ合いではない暖かいものを求めていきたいと思います。

祇園の雛菊さん(笑)、お久しぶりです。

八切止夫さんって黙殺というか、抹殺された存在でしたが、
アメリカでは結構評価が高いようですね。

>私の文は悪文です。

どんな上手な文章より、気持ちや想いが伝わる方が好きです。

さっき、イカ釣りから帰ったところです。
先週のリベンジならず、残念無念。

ヤナギムシさん、紀南の海、結構荒れていました。
気をつけて行ってきて下さい。

おミヨ - 2001/04/14(土) 20:42<

あっ すみません

祇園の雛菊はおミヨでした。
よろしくお願いいたします。

「野史研究」の宍粟群千種 一宮 東高室の役者村 たたら など播磨に興味あります。

「タラの芽を食べないので・・・・ 」 とは
どういう意味なんでしょうか?
「野史事典」にはそのような事ものっているのでしょうか?

Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/04/14(土) 18:19<

こんいちは

おユキさん。祇園の雛菊さん。私の文は悪文です。新聞に数十回連載したときは八切止夫の真似で連体止めでした。歴史に興味を持ったのは八切の影響ですが、野史研究会で俘囚・別所の研究をしています。女性が多く教えて貰うことばかり。女ですごいな。私は呼び名→地名→苗字と研究しますから、サンカ関連の地名も分る事がありますが、何と言っても実地調査です。野史研究は最近欲しいと言う方がおられますので今印刷しています。自分の原稿もあるので馬鹿にしていましたが、結構レベルが高いそうです。ヤゾーさんお待ちください。主な内容は上のURLにあります。今日は深川(古文書では深州。タラの芽を食べないので佐渡ケ島もそうですが別所かもしれません)へ聞取りでした。竹細工は越原集落でした。

祇園の雛菊どすぅー - 2001/04/14(土) 15:15<

皆様おげんきどすか?

Donglyさんはじめましてよろしく御願いします。
ホームページ拝見しています。矢切さんの御遺志をつがれ地道に研究なさっておられ
感激してしまいました。
マイノリティ日本史研究のカリスマ・矢切止夫さんのかくれファンはおおいようですね
上野の古書店に矢切コーナの棚があり、高値でも売れているようでしたが、最近では大きな
古書店でも矢切さんの本は見かけなくなりました。

私も「野史研究」注文したいと思っています。

「天保蘇民伝」もなんやら読んでみたい。

おユキちゃん元気?

サクラさんいい本みつけました。
「逆立ちする子供たち」
  角兵衛獅子の軽業を見る、聞く、読む,
         好評発売中 阿久根 巌  2300円 小学館

謡子さんの書きこみ私は楽しく読んでいますのよー
だからどんどん書いて読ませて下さいね。

ヤマガラの写真も熊野の海の写真も載せて見せてください。




おユキ - 2001/04/14(土) 12:12<

心配です

私は投稿もそんなにできないのですけど、
ここのホームページのことを大切に思っています。
ずいぶん気持ちが救われたと思いますし、
私にとっては画期的な存在でした。
それに人間的に魅力的な方も多くて見ていて勉強になります。

ヤマガラのヒナが巣箱から顔を覗かせた写真を楽しみにしています。

私もDonglyさんの文章に興味があります。

Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/04/14(土) 11:48<

よろしくお願い

します、サクラさん。デジカメがあれば私の秘宝「大箕」「篩:とーし」「非人十手」なども上のサイトに入れたいのですがもう少しお待ち下さい。また近くに住んでるサンカ系の方の作品「蓑虫バック」「コロッケ」「お茶」、今冷蔵庫に入ってる熊本・宮崎産「サンカチーズ」もお見せしたい。本居宣長(神代文字否定者)の弟子が調査用に持ち歩いた「神字箋」は上のサイトに入れています。宣長は否定したけど弟子は研究してたようです。私達は本や史料を見るだけでなく、見る・聞く・匂う・触る・舐める・噛む・飲む・作る、そして考えるなど実地調査・実験しますので、本にない新発見をして、いつも興奮しています。

やぞー - 2001/04/14(土) 07:11<

ほんとうにありがとう

なにか辛いことがあったり、しんどかったりして、
なにをするにも身が入らなくて、気持ちが荒れたりしている時って、
親しくしていた人から冷たくされたり、また離れていくことってありますが、
そんな時にこそ、ほんとうの優しさが心身を癒してくれます。
優しい言葉をありがとう。

窓の上に取り付けた巣箱に、ヤマガラが一年ぶりに営巣しそうです。
ヒナ鳥が巣立ってくれたら、これほど嬉しいことはないのですが。

さくら - 2001/04/14(土) 01:26<

おもしろいです

はじめまして,Donglyさん。カキコ面白く読ませて頂いています。

久しぶりに、休日前夜に音楽なんぞ聞きながら、のんびりとしています。
やぞーさん、体の調子はいかがですか?
人間はけっこう環境に適応するものだけど、体のどこかはなかなか適応仕切れずに
日常生活に戻るのにも時間がかかるみたいです。

朝早起きになっちゃったやぞーさん、
たまには、ヤマガラさんの写真でもUPして熊野のすがすがしい朝を見せてくださいね。
そして、はやく花粉がなくなって、みんな元気になるといいなぁ

やぞー - 2001/04/13(金) 21:56<

野史研究

野史研究の購入方法を教えて下さい。

時宗の開祖を描いた『一遍聖絵』には多数の「乞食」が描かれています。
ですから一遍がどのような人々から支持されていたのかが伺えます。

一遍上人は鎌倉中期の僧で時宗の開祖。伊予の人で法然の門弟証空の弟子聖達を師としたが、
のち熊野に参籠し、衆生往生は決定しているとの霊告を得て以後踊念仏を民衆に勧め、
阿弥陀名号のフダを配って諸国を遊行したので、世に遊行上人、捨聖と称した。

Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/04/13(金) 09:53<

すると鉢屋は時宗

でしょうか。【鉢叩き】【鐘叩き】【金叩き】と同じ時宗ならば今も残る念仏踊の地を調べる必要ありか。調査・分析力ピカ1の野史研究会にお願いします。『鳴かない山鳥の唄』の黒姫サンカは西近畿地方で「大呂者」「サンガ」【山稼者:やまがもの】と方言・文化が同じだそうです。ただ北陸出身か否かは未調査。三角寛などの【箕作り】とは異なるようです。多分古代オロチたる出雲スサノー系「大呂者」は今は消えた鉱山地帯のサンカかも。蘇民将来は【別所】との関連がありそう。調査結果は『野史研究7号』に出る予定(市価千円)です。本年は6号刊行予定。【】は『野史呼び名辞典』参照。

やぞー - 2001/04/12(木) 23:05<

天保蘇民伝

未曾有の飢饉と酷税に苦しめられ、ついに蜂起する義民たち。――丹波篠山の百姓一揆と江戸城大奥の騒動を結ぶ一本の糸とは?
『元禄蘇民伝』に続く、正統の大王スサノオの末裔たるソの民の物語。

【目次】

 一  穴太衆 二  神隠し  三 世直し大明神  四  一揆  五  お救い様
 六  後宮の女 七  占い師 八  蘇民将来 九  偽情報 十  飯母呂お葉 十一 戯れの終わり

【著者紹介】

本名=黒須孝治 1932年、千葉県生まれ。1955年、早稲田大学文学部卒業。日活株式会社入社。
映像本部企画部長、テレビ本部企画部長を経て現在フリープロデューサー。
著書に『元禄蘇民伝』(河出書房新社)『役小角』『続・役小角』『外伝・役小角』『覇王 不比等(全3巻)』(作品社)など。


スサノオ-穴太衆(出口王仁三郎が生まれた所が確か亀岡町穴太村)-役小角-飯母呂-大本教初期の信者

僕の頭の中でも一本の線で繋がります?

Donglyさん、面白そうな本ですね。

Dongly - 2001/04/12(木) 19:01<

サンカは反体制

という事は三角寛は記しませんが、八切止夫が指摘しています。恐らくその中核となるのが鉢屋(江戸期は出雲で警察役です)などのサンカ戦闘部隊と見られ、戦国期は忍者扱いですが、トロイの馬の戦法をとる尼子・加藤清正・島津軍の先鋒のようです。各地にある勇壮な臼太鼓踊りと伝承がその証でしょう。江戸期は徳川と妥協して細川・島津藩への押さえだった内藤藩(俘囚の末裔か)の隠し兵団だった可能性があります。従ってサンカ源流について柳田傀儡説・山民説、喜田貞二郎?坂の者説がありますが、傀儡説を除けば二説とも部分的には正しく、さらに菊地山哉の俘囚→別所・散所までに遡ると見るのが私説です。歴史修正主義者の中に飯母呂衆の末裔がいるとも。ところでこの飯母呂を主体とした小説に黒須紀一郎『天保蘇民伝』作品社(1800円で未だ呼んでません)では丹波多紀郡市原村(兵庫県多紀郡今田町市原)にこの神社があるそうです。どなたか今田町に詳しい方おられませんか?鉢屋の家紋は○に橘で有名です。

やぞー - 2001/04/11(水) 23:03<

飯母呂(いぼろ)

>別所→三所→飯母呂衆(サンカ戦闘部隊の鉢屋衆)

のDonglyさんの投稿が気になったので飯母呂(いぼろ)についてネットで調べてみたら、
数少ない検索結果に、ここの過去の掲示板のおミヨさんの投稿がヒットしたりして、
他に忍者関係のサイトに詳しく解説していましたので要点だけ。

平将門の謀反に組した山陰飯母呂一族は関東の筑波山に安堵の地を与えられるが、5年後に 将門が追討されてしまう。
関東を離れ、山陰へは向かわず京の都に留まり、洛北八瀬の山奥の岩屋(ほら穴) に隠れ棲み、
畿内のあちこちで夜な夜な集団強盗を働いていた。 その後、名僧空也上人の住居に押し入ったが、
逆に諭されて四条・五条 河原辺りに苫屋(とまや・萱葺きの小屋)を立て居住するようになったという。
そして、空也上人の教え通り念仏を唱え托鉢で生計をたてたが、 托鉢で使う鉦がなくかわりに鉢を叩いて歩いたので
「鉢屋者(はちやもの)」 あるいは「苫屋鉢屋(とまやはっちゃ)」と呼ばれるようになった。
上人の 推薦で盗賊捕方の役に付けてもらい、諸国の大名からも勧誘を受け諸国に 散ったという。
その後、因幡・伯耆・出雲・石見の鉢屋を束ねていた者を 鉢屋角兵衛という。
鉢屋衆の 鉢屋弥之三郎は、浪人の身である尼子経久の要請を受け、京極家の塩冶 掃部介の護る月山冨田城奪回に乗り出した。
旧領を取り戻す為に集まった 尼子旧臣50人余りと、笛師銀兵衛率いる鉢屋者70余名が参戦した。
毎年、正月に月山富田城へ祝賀に訪れる習慣のあった鉢屋衆は、初日の出 とともに武器を隠し持ち、
「万歳」の舞と囃子で難なく入城を果たした。 刻を見計らって鉢屋衆が合図の狼煙を上げると、
待ち構えていた尼子勢が 乱入し、あちこちに火をかけ一気に本丸を落とした。

>海底から見つかってしまった遺物は、依然として認知することの意思がない現われとしても「ムー」なる
>語彙を被せる事で、見事に成功してしまう。

誰かさん達に都合の悪いことは、歴史だって何だってみんなあやふやにしてしまうんだから、
確かにムーなる語彙を被せる事でリアリティを無くさせているのかも?

ふぁる=エムボマ - 2001/04/11(水) 18:49<

ちょっと待ってうぇんずでー


通りすがり2のふぁ婁ですが、少し気になるんだな。

「ムー」とやら。

この語彙の含みえる、史的発見やら、人類学的な同期が、今後とも継承されたく無いのです。
そもそも、「ムー」とやら言い始めた「論拠」、あのイギリス人は、実在したのか。
我々の知っている、沖縄周辺に見つかる文明らしき形跡は、「ムー」なるものと別物と位置付けるべきでは
なかろうか。
海底から見つかってしまった遺物は、依然として認知することの意思がない現われとしても「ムー」なる
語彙を被せる事で、見事に成功してしまう。

皆の衆はいかが、お考えか。


Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jo/home/h-tatsuta/> - 2001/04/11(水) 03:38<

やらねばならぬ事出来る事

ゴミの研究によれば都会の方はゴミを出さぬ事は不可能です。個人でできるゴミ=0の努力は買物は一切しない事です。製品を作る側がゴミ=0の思想を持つ事、ゴミ=資源の行動を取る事です。山を歩くと良く分りますが、枯葉の枯方が何年か前とはまるで違います。悔しいが環境汚染は外国政府にお任せが明治以来の教訓です。空港やダム一つ日本の為政者は合理的解決は無理。都会近郊の山を借りて皆で手入れして、ガスや油が切れても良いようにしましょう。私は自家用の薪と炭を作っています。今のところ焼き豚専用(市販のハムや焼豚より数段上)ですが、そのうち石風呂用にに。畑には芋と大根を植えましょう万に使え保存可能(ハーブなどはお腹が膨れません)です。都会近くなら葱を百坪位植えて出荷日銭が入り何と食べれます。果物は手入れ不要の柿や野苺で十分。最も厄介なのは人間です。会社の様にいかなる組織もよい人間とダメ人間の並存を前提です。ダメ人間を高める教育とダメ個人の努力で一人ひとりを高める工夫が肝要。金に換わる価値を示し教育しても百年から二百年掛かるでしょう。その鍵は上のURLにあり。

やぞー - 2001/04/10(火) 22:32<

自然破壊

農業とは本質的に自然を破壊する行為だといわれています。
また農業のはじまりこそが自然破壊の第一歩であるともいいます。
森を切り開き土地を耕したり牧草地にし、作物や家畜を守るために柵をつくり自然との間に線を引きました。
結果、食物が安定して得られるようになり、文化や技術がる発達し人口も増えました。
人間の欲は留まるところを知らず、欲を満たすために自然を痛めてきました。

とは言うものの、はてさてどうすればいいのか、自分に何ができるのか?
せめてゴミを出さない生活を心がけるくらいしかできないのかな〜
そろそろ自然と人に優しい農業や産業が開花しないと手遅れもいいとこだと思う。

ほんの一昔ほど前には、どこの磯でも沢山いたイボニシという貝が本当にいなくなった。
環境ホルモンが原因だそうですが、あれだけどこにでも沢山いたものが無くなると気味が悪いです。

適度に宇宙線を浴びると人間も賢く成長すればいいのに。

min-min - 2001/04/10(火) 18:08<

農の再生

みなさん、こんにちは。min-minです。

ヤゾーさん、すっかり元の生活ペースに戻ったのでしょうか?
でもしばらく留守にしたわけですから、いろいろすべきこと(もっちろん釣りもね!)があったのでは?
と想像いたします。

ここしばらくKEIJUさんのところに“瀬降り”していたのですが、なにせ彼の地は気温が40度にも達し
ますんで、桜の花も散ってしまう前に気候の良いkumanoへ戻ってまいりましたぁ。(^^)


さて、先週の日曜日に我が家の近くで“有機栽培”を実践している『アップル・ガーデン』という実験
農場を訪れ、そこで生産された野菜を使った「生サラダ」や「野菜汁」をいただきました。
ここの理念は【自然を最大限に利用したハイレベルの発酵技術を使い、質の高い有機堆肥を創る。
基本的には土壌が健康であれば一切の農薬は必要ではない】というもので、論より証拠、出された野菜
は洗わずとも全て生で食べることができます。かじるとほのかに甘い味がするから不思議。
ここで食べた野菜サラダはひとつひとつの野菜がそれぞれ“美味しさ”を主張しておりました。

オーナーの方がおっしゃるには、今の農業ほど“野放し状態”になった産業はない。これが化学工場や
その他の工場だと定期的にも公害汚染の監視があるのに、農業に関してはあって無きに等しい状態だ。
皆さんは、農作物に使用される化学肥料や農薬の中味をご存じですか?これを逐一明らかにしたらみな
さんはさぞびっくりするでしょう。
今日本に必要なのは最悪の政治基盤を立て直すのと同じくらい農業基盤を立て直すことが必要なのです
と、熱っぽく語られておりました。やる気になれば10年も経たずして日本の農業を根底から変えるこ
とができるそうです。

安全で美味しい野菜が欲しければ、近くに越していらっしゃいな、と言われてしまいましたぁ。


PS。
ところで農作物がよく育つ要因のひとつとして「宇宙線」の存在を無視できないそうです。
適度に宇宙線を浴びると成長が早くお味も良くなるそうです。
それじゃKEIJUさん作曲のCOSMIC BIRTHあたりを作物に聴かせたら、もっと美味しい野菜
に育つかも > ね、KEIJUさん。

人間に対しては催眠効果があるそうですね。 > ヤゾーさん!(爆)

                             min-min @横浜でした。

サクラ - 2001/04/10(火) 01:02<

十津川村

おひさ...謡子さん・おミヨさん

今、川村たかし著作「十津川村出国記」読みはじめています。
明治22年の山津波から100年。
新十津川村の切り開いた人々のドキュメントです。
一気に引込まれています。

先日読んだ、「東京灰塵記(関東大震災)」もそうですが、
なんと自然の猛威の恐ろしい事か...
                         おおきなことか...
(もっとも、関東大震災は火災被害のほうがひどかったのですが...)

そんな中に、生きた人々のことが心に残ります。
ごく、平凡な人々が、悩み苦しみ、人を愛しみ、ささやかな宴を楽しみ
子孫を残し...

2000年前はすぐ近くの昔なのか・・・
                             遠い昔なのか・・・

人の心は2000年前も、いまも同じように思えてしまう...

そして時がたち.....
                  時がたち・・・・




謡子 - 2001/04/10(火) 00:50<

COSMIC BIRTH

聴きました。笛の音もいいですね。気持ちいいです。
アインシュタインの相対性原理だと物質って最後に膨大なエネルギーになって滅ぶんでしょ?(ちがったっけ?)
人間も消費活動をして汚染を出して滅んでいくという滅びの構造に従って滅んでいってるようですけど・・・
でも、大宇宙の仕組みって実はそうじゃないんだってね。膨大なエネルギーを失ったらそれをブラックホールに全部集めて
重力波で丸めてブラックホールの裏側のホワイトホールから新しい星をポンと生み出す。
汚染を集めて蘇生化して新しい星を生む・・・らしい・・この分野が解明されたら、人類だってまだ可能性あるんとちゃうん??
そんなイメージが浮かんだ曲でした。う〜ん。なかなか創造的でよろしいかと思います。

謡子 - 2001/04/09(月) 23:50<

A列島

以前なにかで読みましたけど、縄文時代なんてずっと昔のように思えるけれど、しかし、たかが2000年ほど前のことにすぎない。
その間にめまぐるしく変わってきたものもあったが、心なんてそれほど変わるものではない。
私達が 3・5・7 の奇数を好むのも縄文人から始まっていて、そういうことはあげればキリがないほどあるのだと。
残念ながら私は新モンゴロイド顔なので、縄文の血は薄いかもですが、やはり、3・5・7 は好きです。
ここ数日、縄文についてあれこれ思いをはせていると「日本」だとか「国民」なんてフィクションみたいに感じてきます。
かの岡本太郎さんも 「日本というのはイヤだ。仮に A列島とでも言おうか・・」と言ったそうですよ。好きだなぁ〜 岡本太郎。

ところで おミヨさん、どうされていますか?

ヤゾー - 2001/04/09(月) 19:16<

メンメシノギ

もんむーさん、旅ですか〜 いいですね〜
気を付けて行ってきて下さい。

>私は出自云々よりも彼らの営みそのものに魅力を感じます。

地球的な規模でおよそ2000年前に始まった人と人、
人と自然を差別する生き方を改めること、
自らのうちなる差別を消すことなくしては、自由になることもできないし、
縄文人と呼ばれている人たちのことを理解することもできない。
問題なのは血ではなく、生き方である。縄文人と弥生人の生き方の違いは、
白人とインディアンほどにことなる。 

とこれは口頭伝承哲学研究家の北山耕平という方の文章の一部です。

>伝えます大箕

Dongly さん、ありがとうございます。
楽しみに待っています。

>これは「めんめ思想」でサンカの思想だそうです。

メンメシノギ、それは各自が独裁独立自由の生活をすることで、誰にも支配されず、誰の干渉も受けず、
自己の思うままに生活し、しかもサンカの仲間として自主的に掟を破ることなく自由に生きることを意味した言葉で、
僕もそれが一番サンカ本来の姿を表しているように思います。

>僕もそのうちの一人である事を願っていたが、
>不幸なことに「シノガラ」とは無縁です。残念!!

速見卓のように先輩か上司の人にいて、
見守っているもかも・・・?

利田 - 2001/04/09(月) 13:46<

ドングリころころ

Donglyさんはじめまして。

歴史民族学20号楽しみにしています。

私の拙文も載るかもしれません。




>シノガラの末裔がマスコミでもスポーツでも
 大活躍中です。

僕もそのうちの一人である事を願っていたが、
不幸なことに「シノガラ」とは無縁です。残念!!

今後とも宜しくお願い致します。


Dongly - 2001/04/09(月) 00:21<

伝えます大箕

「めんめ」かって気ままの意味で、渡来人福沢諭吉の造語?では自由です。これは「めんめ思想」でサンカの思想だそうです。銘銘皿、めいめいの語でよく使います。ところで宮崎臼杵郡・熊本人吉郡辺りに史料購入に行きましたが、ある所では今でも鉱工業用の孟宗竹細工の箕作りですが、史料には全くのらず、学芸員もサンカ系はいるが差別用語ではない(それ位多い)そうです。BSを見ていると農業用の竹細工ばかりですが、何と行っても鉱工業用・輸送用の物が多い事が惜しまれます。落人平家部落にはサンカ系統が多いようように、ここには別所→三所→飯母呂衆(サンカ戦闘部隊の鉢屋衆)=隠し兵団の地域でもあった印象です。

もんむー - 2001/04/08(日) 20:13<

變面 + 山の郵便配達

今、東京の岩波ホールで「山の郵便配達」という映画をやっているのですね。
この映画は80年代中国の山間部の郵便配達の家族の物語なのです。この前に書
いた、インドの郵便配達に通じるものがあるのではないかと期待しています。

中国映画で思い出したのが、以前見た「變面(へんめん) この櫂に手をそえて」
です。この映画は老變面師と弟子の女の子の物語です。變面というのは、踊り
ながら仮面を瞬間的に変化させる大道芸です。好きな映画なのに、よく考えた
ら日本でいう傀儡師ではないかと、さっき思いあたり、自分のうかつさを思い
知らされたのでした。

でこの「變面」、おすすめです。私は出自云々よりも彼らの営みそのものに魅
力を感じます。それから明日から旅行に出ます。彼らのような人々に出会えな
いものかと秘かに期待する次第です。

でわ、いってきます。

やぞー - 2001/04/08(日) 20:03<
Dongly さん、ごめんなさい、はじめましてではありませんでした。
ホームページを見て思い出しました。
去年の夏頃にペンネームめんめさんで一度投稿して下さったことがありましね。
インパクトの強い書き込みだったので印象に残っていました。
サンカの手による大箕は僕の他にも欲しい人がいると思いますので、
その時にはお願いします。

ゆうさん、はじめまして。
リンクはご自由に登録できますが、
ここのHPの性格を理解してからの方が得策だと思います。

Dongly <http://hb3.seikyou.ne.jp/home/h-tatsuta/> - 2001/04/08(日) 12:16<

大箕注文伝えます

ヤゾーさん。箕の注文は、Dongly→農家→箕作り となりますし、在庫があれば即発送となります。
他の調査の際に得た情報で箕作りさんの名前もTelも不明です。柳田國男が指摘する志和町辺りから来ます。少々時間を頂きます。広島県三原市北部、広島市安佐南区に毎年1回は販売に来るそうですが、時期は不詳です。広島県吉舎町、島根県大内町にも授産場で箕を作っていますが、薬サンカ系みたい。松山市に13人箕作りが居りますが、皆高価格の美術品ばかりに「堕落しています」。徳島で三千円の連尺付き負子が松山で八千円。博物館に置くような箕は高価でも歴史的値打なしと私はします。サンカ製品は市販しないようで農協の購買部には置いていません。なお広島でサンカと公言すると「同和問題」として教育委員会から横槍が入るそうです。サンカ製品の証明は何よりも「作り」、もう一つはサインでしょうか。

ゆう - 2001/04/08(日) 03:37<

初めまして〜。

牛飼いのリンクから来ました〜。
リンク登録させてもらいましたので、報告です★
では、また来ます〜♪

やぞー - 2001/04/07(土) 23:33<

今、釣りから帰ったら

なんと重要な書き込みが・・・

Dongly さん、はじめまして。
是非、本職による竹細工製品が欲しいです。
誇り高い伝統技術を絶やさない為にも販売したいです。
その前に僕が箕作りサンカが作る大箕が欲しいです。
お願いします。

三角寛=サンカということはなんとなくそんな気がしていました。

Keijuさん、CDありがとう。
さっきKeijuさんとこの掲示板に投稿してきたところです。

久しぶりの釣りで疲れました。
でも気持ちが良いです。
頭も身体もフニャフニャって感じです。

Dongly - 2001/04/07(土) 19:56<

新たな視角でサンカを

『歴史民俗学20号』に示します。遺族(知って筈ですが)も驚く三角寛=サンカ
 説などです。中国地方では箕や篩(とーしよいいます)を毎年1回は売りに来る
 70歳位のサンカと周囲が呼ぶ方がいます。彼の編んだ箕と篩を持っていますが
「恵毘須:えびす」のサインが入っています。箕作・箕直・お宝衆(歴史民俗学の
 飯尾氏のサンカは「宝」をひらう山伏=山法師出身の乞食業態の者)の他に芸能
 関係だけでなく鉢屋衆系の飯母呂やシノガラの末裔がマスコミでもスポーツでも
 大活躍中です。庶民=賎民の誇り高い伝統技術としてそれを後代まで受継ぐため
 、輸入物でなく本職による竹細工製品などをインターネットで販売する事も考え
 てみませんか。またご注文があれば箕作りサンカ(今は居付き)に話をして見ま
 すが。夏ならすっぱ裸を十分隠せる大きさの大箕は8000円位です。

KEIJU <http://www.geocities.co.jp/Hollywood/7353/realmusic/aqua.html> - 2001/04/07(土) 15:45<

僕のHPでうたた寝?

そうですか 良い夢見たでしょう!??
ではそのついでに もっと夢を せんじよう!
新曲ですが NEWVARSIONで UPしました これは僕の考える 美しいテクノ!
地獄のサウンドが多いテクノ に 僕は ちと待ったをかけたくて!
この曲作りました! COSMIC BIRTHという曲 宇宙のビッグバーンの後 誕生していく
宇宙の姿を 最終的に ブラックホールになって 又ビッグバーンするまでをイメージしました!
いい夢になるかなあ?????? URLクリック!

ヤゾー - 2001/04/07(土) 00:53<

幻の夢大陸

Keijuさんとこの掲示板に書き込みしてからうたた寝してしましました。
なんだか面白い夢を見ていたような気もしますが何だったのかなあ?
これを投稿してから歯を磨いて続きの夢を見てやろうっと。

>ところで、タヌキ君たちは、げんきでお過ごしでしょうか?

タヌキ、少し変です。
タヌキって仲良く並んで餌を食べるので大人しい動物なんだと思っていましたが、
2匹づつのカップルがお互い権勢しあって走り廻っています。
これって春?

>ただ山中のヤモメ暮らしはきついのでわぁと?
>心配でござった〜!

やさしいお言葉ありがとう〜
山にも春が来たけど僕にはまだ来ない〜

>太陽の道 みました。

そういえば紀州沖に幻の大陸があったとか?
和大の地質学の博士が不思議な地層を発見したことで、
京大からも調査に乗り出した結果、幻の大陸が存在したらしいことが分ったと、
何かで読んだような、誰かに聞いたような気がします。
それってもしかしたらム−大陸の一部のことなのかなあ?
沖縄がム−大陸の一部というのは可能性がありそうだけど。

yoshiko☆ - 2001/04/06(金) 21:35<

やぞーさん ありがとう

太陽の道 みました。
今日はすべてがリンクする!
もう関係ねえよ・・・と投げかけていましたが
また今から始められそうです。
病みあがりの お身体大切に・・・

KEIJU - 2001/04/06(金) 17:21<

いぇえ〜〜い!!

さくらさん何ともいい事おっしゃる!!
そうそう 病院に入りたかった という読み良いところ突いているでしょう〜〜 ヤゾーさん〜!
僕のタイにいつも来る友人は BKK一の病院で ここは受付から看護婦まで 美人しかそろえていないという大病院があるそうで.(残念ながら僕は行ったことない!)日本企業ご用達らしいですが.
何も悪くなくても しょちゅう行っている友人がいますが. ずいぶん心があらわれるとか〜!??
ハタムラもいいですが やはり創造家には そういうエネルギーが必要かと思いまするが!!!??
 で深いところの心の病は 消えたでござるか それとも妄想が大きく??? 
いえ拙者は別に そう深い事は 言っておりませぬ〜ぞ! ただ山中のヤモメ暮らしはきついのでわぁと?
心配でござった〜!

サクラ - 2001/04/06(金) 00:01<

よかったね

やぞーさん、退院よかったね。
心配するから、もう、ややこしい病気には罹らないようにね。

今度、かかるのは恋の病ぐらいにしてください。
直しようがないので、そのときはおみまいにもいかずほっときますから....
もっとも、酒のつまみにはよさそうだけど...

ところで、タヌキ君たちは、げんきでお過ごしでしょうか?
やぞーさんの顔を、覚えてくれていましたか?

やぞー - 2001/04/05(木) 23:19<

太陽の道と久高島の祭事

皆さん、どうもありがとうございます。
退院はしたものの、何ぶん山の中のひとり暮らしなので、
食事の用意や身の回りのことが今さらながら面倒にして大変で、
優しい言葉をかけてくれる看護婦さんがいて、
不味いながらも食事を用意してくれる病院を恋しく思ったりしています・・・(-_-;)
もしかしたら病気というより入院してみたかったのかも・・・?


少し遅れましたがレスです。

>実は和歌山のエネルギーラインとその根源を調べています。

それはレイラインや太陽の道と言われているものなんですか?
聖地をむすんで走る直線のことで太陽のエネルギーを取り込む為だとかいわれています。
竜脈ともいわれ由緒のある神社なんかがラインで結ばれてたりするようです。

『太陽の道』
箸墓を中心に東西約200キロの直線上(北緯34度32分)に、「太陽の道」と呼ばれる、古代の祭祀遺跡が並んでいるという説がある。
東の端は、伊勢の斎宮址。西の端は、淡路島伊勢の森(伊勢久留麻神社)。この二つの「伊勢」のあいだを、古代遺跡や古い由緒をもつ神社が点在していて、
共通点が太陽神の祭祀に関係があり、磐座・岩石が信仰の対象となり、女性の祭祀者のイメージが感じられるとされる。

>沖縄久高島の祭祀、それから縄文の人々の暮らし・・

12年に一度、午年の旧暦11月15日から5日間にわたって行われる久高島の祭事イザイホーとは、島で生まれた女性が、祭祀集団に入団するための儀式で、久高島の祭事の中でも、最も神秘的といわれています。
琉球の国造りをはじめた地であるという神話が残されている久高島は『神の島』として知られ、
イザイホーのような古い祭祀がノロたちによって継承されている。
伝統行事であるイザイホーは、久高島で生まれ育った女性のうち30歳(丑年)から41歳(寅年)の人が、
祖先のセジ(シジとも=ご先祖の不思議な力)を受け、
ノロを頂点とする島の祭祀をつかさどる集団に加わる儀式のことである。

とのことで、なんやら随分前から惹かれるものを感じていました。

無茶苦茶眠いので寝ます。
こうやって少しづつ夜更かしになり、
一週間もすれば以前のように2、3時まで平気で起きているのかなあ〜

min-min - 2001/04/05(木) 18:57<

グレート・ジャーニー

みなさん、こんばんは。min-minです。

>いきつくところは みんなそろってアフリカピテカントロプス あたりでしょうか。
>あ、もっともっとさかのぼったら、もしかしたら バクテリア御一行様・・かもしれないですね。

はは、確かに最後に行き着く先はバクテリア、もしくわアフリカ産“ミトコンドリア”御一行様ってぇ
とこでしょうか。(爆)
あの種の会話の、あまりの質の低さに驚愕。比較されるバクテリア、ミトコンドリアが可愛そうです。

さかのぼる、といえば数年かけて、冒険家であり医師でもある関野吉晴氏が人類発祥の地アフリカに
向かって南米最南端、パタゴニアからの旅『グレート・ジャーニー』を今も続けております。
一部、“商業主義的”という批判もあるらしいですが、僕としては彼の試みに声援を送りたい。
400万年前、アフリカの大地溝帯の谷で生まれた人類がその後百数十万年の年月をかけ世界に旅立ち、
そしてついに一万年ほど前に南米の最南端までたどり着いたという壮大な人類の旅。やはりロマンを
感じます。
余談ですが、モンゴロイドの全てが凍てついたベーリング海峡を渡ってアラスカ入りをしたわけでは
ないようですね。人類の体内に巣くうある種の“回虫”はこのような極寒地を通過するうちに死滅す
るはずのものが、その後南米インディオの人糞の化石からその卵が発見された。このとから、ベーリ
ング海とは別ルートでやってきたモンゴロイドがいるという説が浮上したと聞きました。
ちなみにチリ共和国の海岸の小高い崖の洞窟の内部に、太古に描かれた数多くのアウトリガー式カヌー
の壁画を何かのテレビ番組で見た覚えがあります。
これは太平洋を渡って東から渡来した、と解釈するのが自然ですね。

なんか“さかのぼる”から脱線した戯言で失礼いたしました。

もんむー - 2001/04/05(木) 14:10<
ヤゾーさん、退院おめでとうございます。元気に退院されたようでなによりで
す。

先日、長尾宏也さんの書いた「山の隣人」という本を古本屋から仕入れてきま
した。この長尾さんという人は、昭和のはじめに信州霧ケ峰で山荘を経営して
いた人で、夏場は避暑客を迎えて、オフシーズンは山を歩きまわっていた人で
す。

そもそも私がこの人を知ったのは、この山荘の客人でもあった、藤森栄一さん
が、その著書「古道」(講談社学術文庫)の中で、長尾氏の語る三角寛とも椋鳩
十とも違う、サンカの話に私は驚愕した云々ということが書かれていて、とり
もなおさず、藤森さんの紹介されていた長尾さんの本を注文したのがはじまり
でした。

で、いまその本を読んでいる最中なのですが、つまるところ「山の隣人」とい
う本は www.kirigaminelife.com とでもいうべきもので、やはり昔にもヤゾー
さんのような人がいたのだなと、一人勝手に合点しました。

今後の kumanolife も楽しみにしています。お体にお気を付けください。

でわでわ

ps 本の内容については読み終わったら報告します。

おユキ - 2001/04/05(木) 12:55<
ヤゾーさん、退院おめでとうございます。
大した病気でもなくて良かったですね。

私は花粉症と職場での移動が重なり、
なにかペースが狂ってしまいスッキリしない日が続いています。
それでしばらくここの暖かい空気に触れることができませんでした。

休憩時間にここを覗くのを楽しみにしていたのに、
今の環境ではそれができないのでつまんないです。
だから前の部署の友達のパソコンを使わしてもらってます。

>まさにそのとうり!

私も差別意識を持つ人には魅力的な人や才能の豊かな人ってあまりいないように思います。

KEIJU - 2001/04/05(木) 10:37<

退院おめでとう!

何でもなかったのねえ? 結局お金取られただけ?? でも保険屋さんにしても 人脅かして金作っているようなとこあるよねえ〜〜〜!?? こういう風になったらどうしますか?でこいう場合は?? って まあそういったこと含めて、 死をなかなか受け入れない世の中になっていますよねえ! 死を受け入れんと
人種差別も でるし 戦争もおきて〜! やっぱみんな死ぬの怖いものなあ!!

そうそう謡子 タイのキュウリと日本のキュウリはまるっきし見た目も違いますが! 紛れもないキュウリ! ところ変われば品変わる! それがあたりまえ だけど中みおんなじよねえ!!  ここのスイカはめちゃうまいです!! ヤゾー あんまし誉めないでくださいなあ!! ただすきなことだけしているだけですよ僕は! もう超わがままの 延長上こうなりました て感じで! 

謡子 - 2001/04/05(木) 01:54<

あ・・退院したん?

おめでとって言うかなんつーか。ほんまに結局何やったん??って感じですが。
先日、ヤゾーさんのパソコンで私もなにやら差別的発言の多いBBSを見せてもらいましたが・・。
いつも意見がくい違うヤゾーさんと私がはじめて仲良く憤慨した記念すべき出来事だったように思います。
思うに、ひと様のルーツを探って差別するご趣味の方には、血をさかのぼって探ることを途中でやめずに
この際ですから、とことんまでさかのぼることをオススメしたいと思います。
いきつくところは みんなそろってアフリカピテカントロプス あたりでしょうか。
あ、もっともっとさかのぼったら、もしかしたら バクテリア御一行様・・かもしれないですね。
所詮、進化したバクテリアということで・・・・・。それでは、みなさまおやすみなさい。

min-min - 2001/04/05(木) 00:11<

祝退院\(^〇^)/

ヤゾーさん、退院おめでとう!

ひさしぶりに帰った我が家、さぞや嬉しかったことでしょう。

>で結局、なんで入院したのか今となってはよく分りません?

あははは。でも結果オーライでよかったですね。
これで、「自然のリズム」に従って生活すれば「自然の治癒力」で自身の体を
コントロールできる、と分かっただけでも大成果なのではないでしょうか?
また何時の日か今回の貴重な経験を思い出す日があるかも。ま、なにはともあれ
おめでとうございました!

yoshio☆ - 2001/04/04(水) 23:32<

ありがとう

バナーうまく入りました。
登録さしていただいているページと、リンクさせてもらっているページが
違うのですが ご了承ください。
入院生活脱出 おめでとう!
上前さんの‘ありがとう療法’はご存知でしたか?

やぞー - 2001/04/04(水) 21:45<

退院しました

大した検査もしないまま治療等は一切なしで、
薬といえば肛門が痒いと訴えて処方された軟膏と花粉症の薬だけで、
経過をみてるうちに治ったので退院しましたが、
入院費が 思ったより高くて、その方がよっぽど怖かったです。
で結局、なんで入院したのか今となってはよく分りません?

>まさにそのとうり!

さすがは世界を叉にかけた音楽家です。
一日に数十万アクセスを誇る巨大にして低俗極まりない某掲示板の
読者や差別を助長する愚かな人間にも読ませたいです。


>こんな本有ります

僕もネットの検索で知り、
少し前に本屋に探しに行きましたが置いていませんでした。

【例えば、縄文から弥生へ、という歴史の教科書で昔習った古代日本における時代の移行は、ある限定された地帯(「中の日本」)にのみ当てはまる歴史認識である、と指摘される(第4章「地域のはじまり」)。また、供犠論研究会の問題関心に直接関わるであろう第5章「穢れの民族史」では、日本人は穢れを忌み、清浄を尊ぶ民族である、という日本文化論の定型句が徹底的に否定される。人の死や月経・出産を穢れとし忌み遠ざける観念は、少なくとも弥生文化の定着しなかった北海道・北東北、そして沖縄には存在しないという。また、西日本の差別制度の根底にある肉食や皮革の処理にまつわる穢れの観念は、現在に至っても列島の南北の地では共有されていないことからすると、弥生以降の、畿内を中心とする西日本の文化が固有に創り出した社会的な制度に他ならない、というのである。ことに穢れの観念は、生理的なレベルの問題としてとかく普遍化して考えてしまいがちだが、赤坂氏は、日本文化の南北の異相へとまなざしを向けることで、穢れと生理とを結びつける回路を潔く断ち切り、それらが、歴史的文化的所産にすぎないことを見事に証明してみせたと言えるだろう。 】

赤坂憲雄著『東西/南北考―いくつもの日本へ―』より


毎夜10時には寝ていたので眠いです。
だから寝ます。
おやすみ〜

KEIJU - 2001/04/04(水) 19:28<

まさにそのとうり!

<差別する側の人間が如何に惨めな人間かを知るべきである!!!
そのとうり どこの国いっても 結局そう言った差別意識を持つ人自身 低俗な人が多いのよねえ!
どの国にも意識のたかい人はそんなこと考えない。
結局 僕は 眠っている人 起きている人の2種類しかこの地球にはいないと 思うにいたりましたが!
日本は島国だから 外部とほとんど接触がない でまあサンカという 同胞意識強くなってきたでしょうが これからは世界的に意識向けるべきでないでしょうか??  起きたもの同士 仲良く
てな感じで〜〜!〜

利田 - 2001/04/03(火) 21:23<

こんな本有ります

赤坂憲雄著『東西/南北考―いくつもの日本へ―』
 (岩波新書 2000年11月20日 ¥680)

<目次>
はじめに
東西から南北へ/大相撲と異種格闘技/四角いジャングルへの誘い
第一章 箕作りのムラから
箕という農具を起点として/西のサンカからは遠く/魂の入れ物としての箕/箕をめぐる民俗史のなかへ/箕のある風景をもとめて―北と東/箕のある風景をもとめて―西と南/民族史的景観を開くために


まだ読んでいません。

やぞー - 2001/04/03(火) 20:30<

首相候補の二人

某有名(低俗)掲示板に、ここがサンカサイトとして紹介されていた。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=rights&key=984429968&ls=100
過去に何度か民俗のところで紹介されていたようだが、今度は人権のところで紹介されていた。
それで人権についての各スレッドを出来るだけ最初から読んでみたが、
なんという低俗にして愚かな書き込みの多いことかと憤慨しつつも、

小×さんはサンカの出で、野×さんとは結構仲がいいらしいよ。
古×さんも友達だってさ。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=rights&key=976845822

なんて投稿もあったりして、結構楽しんでいる自分がいた。

公人に対する発言は仕方がないようにも思うが、
弱者や地名に関した差別発言には救いようのない低俗さを感じる。
差別する側の人間が如何に惨めな人間かを知るべきである。

yoshiko☆ - 2001/04/02(月) 23:46<

ふぁるさん?でいいのかなあ?

ありがとうございます。

>和歌山のラインは四国にそのまま伸びているようです。

そうみたいですね。
神戸<神の戸>が開いた(阪神大震災)、高野山から天野大社、私が住む和歌の浦
そして 四国へと謎解きです。
ま、でもこの次元の屁理屈では当て嵌まらない事のようで・・・
あんまりおもしろい始まりだったから 思わずページを立ち上げて 今後色々と
自分達に起こる不思議を 載せたかったのですが、どうもウェブ上ではうまく
言えないような‘えらいこっちゃ‘になってきてます。 とりあえず 面白い!
今後 もしうまくまとまりましたら ここのリンクページで紹介させていただきます。
おそらく 今、世界的にそんな事<エネルギーラインの不思議>が起こっているのでしょうね。
あるチャネラーの方が「和歌山のバランスが崩れている」と 1年前に私の店にお越しくださいました。
彼女は世界中を飛びまわっていると聞きました。
この延長線に何があるかは解りませんが(実は解っているのですが・・・)
しばらく、手探りで動いてみようと思っています。
何か手がかりになるホームページ等 ありましたら教えてください。

ヤゾー - 2001/04/02(月) 20:30<

春の海

春の海 ひねもすのたり くらりかな

確かこんな詩があったような......芭蕉だったかな?

ということで、今日は天気が良かったので病院を抜け出して近くの海でぶらぶらして過ごしました。

退院って勝手に決められないんだあ〜
明日退院しますって言ったら、
じゃ明日検査して再び正常だったら明後日に退院しましょうと言われた。

ふぁる=エムボマ - 2001/04/02(月) 19:55<

まず、基本形(おぉ、なつかしか)

yoshiko☆さん>
 「日本」島のエネルギーラインの基本は「フォッサ・マグナ」ですね。
 和歌山のラインは四国にそのまま伸びているようです。
 うみんちゅの行動範囲からも外れてないです。
 それから、琵琶湖の移動帯と、その地域も面白そうです。

ヤゾー - 2001/04/01(日) 20:30<

鎮守の森

鎮守の森についてふと思った。
「記紀」によると大国主命が国譲りをするときの条件として、太い柱と千木のある宮を建てて祀ってくれと言ったそうな。
それを考えると大国主命が森と密接な関係にあったことが伺えます。
またサンカの始祖伝承にはスサノオに帰順した出雲族というのがあったりします。
そこで神社なんて案外、大和朝廷が先住民などの都合の悪いリーダーを殺しては祀るをくり返し、
怨念を少しでも鎮めるために森のように木を植えたのが鎮守の森と神社の始まりなのかも知れないとふと思いました。


同じ病室の爺さんがオマルで大便をする。
それも腸が弱っているために頻繁にする。
食事の最中にもブリブリ音をさせてする。
夜中何度も付き添いさんを起こしてする。
それは仕方がないのだろうけど匂いだけはちと辛い。

入院生活で色々考えさせられた。
健康であることがどれだけ大切なことか。
老人が老人を介護している姿。
そして何より医療の質の問題。
後二日寝たら退院だ〜い。

利田 - 2001/04/01(日) 02:53<

ここだけの話

「加藤松」の本名は「加藤今朝松」です。
彼のキャハンは「野津かね」です。
で、二人とも「読み書き」が出来なかったという証言を得ました。
詳しくは「歴史民俗学」の20号、たぶん6がつ頃発売、見てください。

日比谷公園にある、図書館に「民俗学事典」(柳田国男監修、昭和26年初版)がありました、
それで「サンカ」をひくと、ンンンンン 悶絶!!!
中々興味深い記述です。

*seburi 
たまにはメールくれ。

謡子 - 2001/04/01(日) 02:45<

縄文

大重潤一郎監督の映画の試写会に行ってきましたよ。
『縄文』というタイトルに惹かれてたのですが、映画は『縄文』を含めて三本もありました。
『The long walk for BIG MOUNTEN』 『原郷ニライカナイへ』 『縄文』、 この三本を縄文三部作だと監督はおっしゃってました。
最後のアメリカインディアン、沖縄久高島の祭祀、それから縄文の人々の暮らし・・と続けてみせてもらいました。
監督は、縄文は日本だけではなくて、多神教的な時代には共通性があり、人々が直接自然に関わっていた時代を
自分は縄文 として捉えている ・・とのことでした。なっかなか個性的で面白い集まりでした。さもありなん・・って感じの濃さですが。

yosikoさん、こんばんわ。こちらでもよろしくお願いしますね。新しいHPを制作中なのですか?すごいなぁ。
ヤゾーさん、中上健次と鎌田東ニの対談は 『言霊の天地 』 という本でした。ちょっと よさげですね。探してみましょう。

ヤゾー - 2001/03/31(土) 20:30<

ヤナギムシさん、こんばんわ。
退院の予定は来週火曜日です。
この前は惚けて騒ぐ爺に寝かしてもらえなくて、
昨夜は夜中に爺さんが運ばれてきたので、やはり騒がしくて眠れませんでした。
それで今日はずっと昼寝してました。
せっかく規則正しい生活に慣れてきたのになあ〜

yoshiko☆ さん、はじめまして。
リンクはフリーです、また自動リンク登録ができますので宜しかったらお使い下さい。
和歌浦でお店をしているんですね。
じゃ謡子さん(まぁさん)のお知り合いなのかな?
月の祭にさんかした時の写真は
http://www.kumanolife.com/Topics/10-13.html
http://www.kumanolife.com/Topics/10-15.html
にもありますよ。

min-min - 2001/03/31(土) 17:18<

ソレダケデスか

おミヨさん、こんにちは。min-minです。

バスクのおはなし、「ソレダケデス」か? ってダジャレはやめて、
とても面白かったです。
日本人が始めてバスク人に会うと、何人かはとても“懐かしい”気持ち
を持つから不思議だ、となにかで読んだことがあります。もちろん双方
とも肉体的共通項はほとんど無いみたいですけども・・・。

「ソレダケデス」は過去、何かのひょうしに日本語がまぎれ込んだので
しょう。同じような経験をペルシャ語で見出して喜んだことがあります。
それは、「チャラン、ポラン」という言葉です。

ある日イラン人の口から「チャランド、ポランド」という言葉が出ました。
どういう意味?と聞くと「いいかげんなことさ」と説明します。日本語と
一緒ではありませんか!
このことは単なる偶然かも知れませんが、中国を通じ、奈良時代にはかな
りのペルシャ人が建築技術者として渡来していたみたいですので、大いに
可能性はあると思います。

おミヨ - 2001/03/31(土) 11:49<

夜店は懐かしかー

えーー小沢昭一でございますーー
江戸は神田橋本町には芸人いっぱいの集落で芸人が渦巻いていたところで、江戸には何カ所か
芸人ばかりが群れをなしてすんでいた町があったようでぇ・・・・。

愛する小沢昭一さんの著書は、路傍の物売り、縁日、裏道、路地、テキヤ、放浪芸、旅芸人、寄席、ets・・・。
小沢さんの世界は、わたしが追い求めている世界でもあり、楽しく、おかしく、なつかしい。
なかでも興味があるのは、山雀のおみくじと、山口の猿まわしと、カラクリと・・・。

最近読んだ本
「猿まわし千年の旅」 村崎義正
千年におよぶ歴史をもちながら、まぼろしの芸能といわれた猿回し芸は、どのように伝えられ、
今日の隆盛をみたのだろうか。
「周防猿回しの会」の初代会長の旅の記録


バスクのしめくくり
バスク人は、いつの時代にも、今、彼らが住んでいるような辺境の地や海岸地方だけに住んで
いたわけではない。フランス南西部にまで進出したこともあったのである。彼らはどの辺まで
ひろがっていたのだろうか?血液学者の答えは、フランス南西部の村むらには、RHマイナスの
人の割合が異常に高い。しかし、その割合は、北や東にいくに従い低下する。その割合が
フランスの統計的平均値となる場所まで、バスク人は進出していたのである。
日本語とバスク地方のバスク語の相関性を説く人もいて、日本語と他のアジア語の間になんの
相関性もなく、バスク語と他のヨーロッパ語との間にも相関性がないことから、ある言語学者が
わざわざバスク地方を訪れ、日本語とバスク語で「ソレダケデス」が同じ意味で使われている
ことを発見した。が、それ以上の類似性について訊かれたたときの彼の答えは「ソレダケデス」・・。
別の本にはバスク人には日本人の血がまじっているお話もあります。






yoshiko☆ <http://www.skyfamily.com/bulanbintang> - 2001/03/31(土) 02:23<

始めまして

上前さんのページからやって参りました。
彼のページを見きれないうち ここへ来てドップリとハマッテしまいました。
「なんでも売っちゃう」コーナーでは和歌浦の‘月の祭‘でお見かけした
(あの人は何所から来た誰だろう?と思っていた人)が写っているし
この掲示板ではケイジュさん?えらいとこで発見するし”おもしろい” 

実は和歌山のエネルギーラインとその根源を調べています。
最近 立ち上げたページからリンクしたいのですが 
まだ未完成なのでもう少ししたら又 URL登録します。
とりあえず こちらからだけリンク許可お願いしておきます。
このURLは私のお店のページです。
和歌浦へお立ちよりの際は 是非・・・



ヤナギムシ - 2001/03/31(土) 01:48<

ふーーーぅ

ヤゾーいかがです?
  まだ、でれませんか?
    セブリ空で、さみしおます!

1・6・3・8・・いちろくさんぱち・・・て子供の頃
  わたしの生まれた、大阪福島区の野田阪神駅前では
    戦後闇市があったそうです
      その名残りで、1・6・3・8の付く日
        夜店が、20年、いや30年ほど前まで出ていました
   今では、懐かしい、スマートボール・輪投げ・ウナギ釣り・わたあめ・カルメラ焼き
    金魚すくい・そして・・・薄い飴板に書かれた、ひょうたんや、文字を
       釘のようなもんで、かたを抜く出店もありうまくいくと
  なんやら、得体の知れない、景品をくれてました

   わたしは、経験ないんやけども・のぞきなる、出し物もあったそうです
     いわゆる、覗きからくりで、ショウジに顕微鏡、いや遠メガネをつけたようなもの
  のぞくと、むかしの金色夜叉、とか宮本武蔵とか・・ちょっとセクシーなんとか
        が、描いてあり・・おっさんが竹の棒をたたいて物語を、語ったそうです

      今の夜店(東京では縁日かな?)あんまりおもしろないけど
       むかしは、けっこうおもしろいもんでした

      4月です、サンカ社会の研究、そろそろはいほんちゃいましたかいな?
        楽しみです・・
                       ほなまた

ヤゾー - 2001/03/30(金) 20:30<

たまらんの歌

>かもしかみち

面白そうな本ですね。
これは資料室に入れなければ。

>彼らは巨躯揃いだったそうです。

きこりを代々続けている家系の人たちの中には、
プロレスラーのような体格の人が多いと聞いたことがあります。

>妖怪&「滅び行く路上職人」

車の免許を取った20年程前に、国道を大きな荷物を持って颯爽と歩いているホームレスをよく見かけました。
中には眼光が鋭く精悍な顔をして、僧侶の様な格好に地下足袋を履いた人もいて、
弟子入りして付いて行きたいような衝動に駆られたこともありました。
今思えば、あの中には本物のサンカもいたような気がします。
付いて行っときゃよかったかなあ〜


たまらん たまらん たまらんぜ〜
たまらん転けたら みな転けた〜
あ〜たまらんたまらん 
 たまらんの歌? by 傷だらけの天使より 

てなことで昨日隣のベッドに、まだ70過ぎなのに惚けた爺さんが入院して来ました。
それが申し分のない性格の悪さで、文句を言い続けては大騒ぎをしています。
特に点滴の際には看護婦を殴るわ蹴るわでひと騒動です。
そのくせ点滴が少しでも残っている状態で外しにきたら今度は早いと喚き散らします。
婆さんも看護婦さんもほとほと困り果てています。

さりげなく婆さんにそのじじいの若い頃の職業を尋ねてみたら、
惚けたら程度(性格)が悪くなる確率が高いとされている職業ベスト3に見事入っていました。
以前、利田ヤゾウの書き込みに、生きていく上で一番イラナイ物として「プライド」というのがありましたが、
たぶんそのプライドが性格を悪くしているのだと思います。
気高さや誇りは必要だとは思いますが、どうでもいいようなしょうもないプライドはドブにでも捨てちゃいましょう。

昨夜惚けた爺が五月蝿くて眠れなかったので昼寝をしていたら謡子さんが見舞いに来てくれました。
夕方まで楽しく話しをして昼寝が出来なかったので夜に安眠できそうだと思っていたら、
爺は個室が空いたので移り、もう一人の人は退院してしまいました。(爺に耐えられずに?)
それで広々した病室に僕ひとりになってしまいました。
なんだか怖いです。

利田 - 2001/03/30(金) 02:01<

謡子さん!!ソレハ

謡子さん!!
それは、写真にトラナクッチャダワ

>ジュースです

*ヤゾー
「滅び行く路上職人」というテーマで写真集作るというのは如何でしょう?

ジュース屋 カタヤ 研ぎ屋 

まだ見ぬ、謎の「路上漂はく系職人」というのは、ジュース屋始め、たくさんいるきがする。

謡子 - 2001/03/30(金) 01:50<

妖怪

子供の頃に学校の近くに現れていたテキヤの「ジュース」という怪しいフルーツ味の派手な色の粉を売ってた老人が
あのまんまの姿で、同じ場所で「ジュース」を売ってたのを数年前に見て、驚愕しました。
思わず妹に頼んで、一緒に見に行ってもらいました。妖怪かもしれへんで・・と。
いつもクールな妹もさすがに遠巻きに見て唸ってました。だって、少なくとも25年〜30年はたってるのに、老人は老人のまま・・。
でも子供の時に老人だと思っていた人たちって実は50代ぐらいだったりしたんでしょうね。
だって、今までも何人かそういう妖怪仕様のご老人に会いましたもん。ミステリアス〜。

もんむー - 2001/03/29(木) 22:05<

かもしかみち

藤森栄一著「かもしかみち」学生社

戦中戦後にかけての著名な考古学者の書いた本です。
日本の山の民と縄文人の類似性について述べておられます。

千曲川の上流、川上村の奥地には昭和初期にも狩猟と製炭を生業とし、一冬ごとに森林を追って移動している人々がいました。獣の肉を主食とし、戸籍を持たず、まれに子供が学齢に達すると里に子供を預けてる者もあったといいます。川上村の奥地を地図で調べてみたら、御巣鷹山の近くでした。

また苗場山の裏手にある秋山部落の人々もまた猟人で、極力里人を避けていたそうです。やむを得ず人里を通過するときは早暁か夜間をえらび、その歩速はすばらしく早かったそうです。その様を偶然目撃した人の話によると、彼らは巨躯揃いだったそうです。

ヤゾー - 2001/03/29(木) 20:30<

>ヤゾーさんが帰ってくるのをヤマガラもタヌキも首を長くして待っていると思います。

おユキちゃん、ありがとう。
僕を待っているというより餌を待っているような気もしますが、
いずれにせよ早く会いたいです。

>ヤゾーさん、こんにちは。

min-minさん、 本当ですね〜
病院食に慣れてくると、如何に過食していたか、
如何に塩分や動物性脂肪を取り過ぎていたか思い知らされますね。
それと夜早く寝て朝早く起きる生活を続けていると、
短い睡眠時間でも充分に寝た気がします。
ちなみに10時までに眠れるようになり、
朝は4時には目が覚めます・・・(-_-;)

>八丈は

へえ〜大漁じゃん
船から?それとも磯から?
新鮮なカツオのづけ丼は旨そうだな〜
魚の脂には動脈硬化を予防する成分が含まれているとか。
あ〜新鮮な魚の刺身が食いたくなってきた。

>*カタヌキというのは、チューインガムのものすごく硬いようなやつを、チョコチョコやるやつでしょ?

ホントだぁ。カタヤのHPを見ましたが、僕が思っていたのとは随分違っていました。
あれは確か昭和40年代中頃の数年間だけ、ふらっと表れてはしばらく学校の近くで賞品を並べて、
型抜きを成功させると賞品をくれる露店商のおじさんがいました。
そのカタヌキはチューインガムが劣化して固くて脆くなったようなもので、
色々な型が彫ってあって食べられるものでした。
それを10円で何枚か買って、上手く型通りに切り抜いたら難易度に応じて賞品が貰えたのだと思います。
一番簡単なのはヒョウタン型だったように思います。
難易度の高いものを成功させると、当時としてはあっと驚くような賞品もあったと思います。
それにしても『カタヤ』なるものは洗練されていないぶん不思議な魅力を感じます。

おミヨさんやおユキちゃんが知らないのは当然かも?
カタヌキに夢中になっている女の子なんて見たことがないから。
サクラさんは息子さんがいるから知ってたと思う。

ふぁる=エムボマ - 2001/03/29(木) 13:45<

通学路によく居ました


カタヤって、使えないお遊び道具を子供に売ってた人々のことでしょうか。
カタ取ってで色塗るものとか、磁石を利用したもの、他にも水あめとか売ってたな。

あの人たちは、テキヤの配下じゃなかったのかな。
浅草界隈の耳年増な方がいらっしゃれば、調査依頼ですね。

サクラ - 2001/03/28(水) 23:48<

あっ、あれ

利田さん、思い出しました。
学校の帰りとかにはいなかったけど、お祭りでみました。
金銀の色をつけると、本物みたいに金属に見えてかっこよかった。
う〜ん、時々天才的にうまいこがいたりして....
あれって、カタヤっていったんだ。

カタヌキは、生まれたところのお祭りにいくと、毎年おんなじおじさんが
きてて、息子たちも夢中でやってましたっけ...去年もきてましたよ。
普段は植木屋だよなんて言ってたけど、何処かで植木のバイしてるんかなぁ?
そうそう、紙芝居のおじさんも、カタヌキいつも持ってました。

昭和30年代って、なんか懐かしい...
同じテーマパークなら、三丁目の夕日のテーマパークも作って欲しい....

利田 - 2001/03/28(水) 21:02<

「カタヤ」は「カタヌキ」ではない

「カタヤ」というのは、煉瓦のような石の板に
「トラ」とか「ペコチャン」とか「鯛」とかが彫ってあって
大きさは10センチ四方から、30センチ四方くらいまでいろいろで、
サンカ者(つまりガキ)はおやじから土粘土を買って
そのカタ(型)に入れ」、ひっくり返して、粘土を出して
さらに、色のついた粉(これもおやじから買う)できれいに着色して
それをおやじに見せて、点数をもらうというやつです。

八丈は
カンパチ 5
カツオ 3
アカハタ 3
でした。
カンパチは1,5キロくらいのを2匹もって帰って、1キロくらいの3匹はリリース(もったいないが、八丈では最近カンパチがあまり釣れなくなったので、1キロ未満はリリースだそうです)

カツオはその日のうちに「づけ丼」にして食べたら、あまりの旨さに悶死しそうになった。

*カタヌキというのは、チューインガムのものすごく硬いようなやつを、
チョコチョコやるやつでしょ?

「カタヤ」って言うのは「カタヌキヤ」よりはるかに洗練されていないものです。

ヤゾー - 2001/03/28(水) 20:31<

化タヌキと縄文土器発見!?

>HP閉鎖

キリギリスさん、お久しぶりでした。
HP閉鎖は残念ですね。
でも、また新しいHP作った際には相互LINKいたしましょう。

>「カタヤ」

カタヌキ屋をカタラしたら尽きることがないくらい燃えました。
意外に古くて全国的なものだったんですね。
もしかしたら手先の器用さは型抜きで培われたのかも知れません。
折れたところを唾でくっつけて「ほえ、でけた」と差し出したこともありました。
賞品でもらった小さいライターやカメラなんてホントに宝物でした。
あれはもしかしたら『ものつくり大学』の前身だったのかも知れません?
カタヤやテキヤを教育上好ましく無いと追い出した教育関係者の方が、よぽっど好ましくありませんでした。
そろはそうと八丈島はどうでした?

>数字あそび

834
159
672

斜もプラスして15にしたよ。

(某掲示板で見付けた投稿ですが、どうなんだろう? )

信頼のおける情報筋によると、アフリカ・サハラ砂漠にて、縄文土器が発見され、
現在NHKと國學院大學研究班が大慌てで調査しているとのこと。
また、アフリカ・ドゴン族の言語に多数の「日本語」が使用されていることもわかったらしい。
現在、一切報道はされていないが、近々、報道される模様。

日本雛形経綸においては、九州とアフリカ大陸は相関関係にある。
さらに、伝承的にも、九州には天孫降臨説があり、同様に、アフリカにもドゴン族の「ノンモ」
(=シリウス星系生命体)が、紀元前4000年前に宇宙船で降り立ち、
未開の部族・ドゴン族に現代天文学でも解明されていない、高度な知識を授けたという、
偶然とは思えない一致を見せている。

min-min - 2001/03/28(水) 15:18<

里心

ヤゾーさん、こんにちは。

経過が良好のようでなによりです。入院されてから半月以上たちましたね。
もうそろそろ里心がついてきたのでは?ヤマガラとタヌキのことがとっても
気になりますね。でももうすぐ帰ることが出来るのではないでしょうか。

さて、入院されてから気が付いたと思われるのですが、人間って、いかに
十分な睡眠とバランスがとれた食事が大切か、ということが分かりますよね。
それと、働いて生きていく上での“ストレス”がなんと多いことか、という
事に今更ながら気が付きます。

要は、あまりストレスを持たず、良く寝て、必要最小限の食事をし、適度な
運動をしていれば大抵の病気とは縁が切れる、ということでしょうか。
もちろんタバコは吸わず、酒も控えめにね。

しかし、全く上記の境遇には遠い自分の生活ぶりを見ると、情けなくなります。
(^^;;

僕も一週間くらい入院したくなってしまいました。(あ、でもそれ以上は絶対
イヤっす!)きゃははは。

ところで東京は桜が満開になりました。熊野もきっと今頃は満開でしょうね。

でわ、一日もはやい復帰をお待ちいたしております。

PS:「三丁目の夕日」

我が家では唯一『ビッグコミック・オリジナル』を今でも購入して
おります。最近僕は「三丁目の夕日」はあまり読まないのですが、
こんど中三になる娘がファンなのです。(ちなみに最近号では、
なつかしの“研ぎ師”が載っていますね)
僕の贔屓は『釣りバカ日誌』『龍・ロン』そして昨年から始まった
『黄昏流星群』(年代的にピッタリ!)あたりでしょうか。

おミヨ - 2001/03/28(水) 13:39<
おユキちゃん
大正解でーーす

「カタヤ」初めてききました
関西で私の近辺では見た事がありません。


片隅で店開きしているので「片店」??? ^s^

おユキ - 2001/03/28(水) 12:55<

八丈島は?

退院できそうで良かったですね。
ヤゾーさんが帰ってくるのをヤマガラもタヌキも首を長くして待っていると思います。

>数字あそび

159  
834
672 ですか〜

>「カタヤ」

カタヤって存在じたい全く知りませんでした。

八丈島での釣りは如何でしたか?

min-min - 2001/03/28(水) 00:27<

RE: 「カタヤ」

利田さん、こんにちは。

あれは「カタヤ」と呼んだのですね。いや〜、今の今まで、忘れていたものを突然目の前に出されたようなもので、それがえにも言われぬほどの懐かしさで涙が出そうです。
僕が小学生の2,3年生(昭和33、34年頃)のみ小学校の帰り道に出没した謎の「カタヤ」。
当時、紙芝居よりも夢中になりました。
あ、場所は北海道の札幌市内です。何故か上述の時期だけ見かけたなぁ。
「カタ」の種類はあまりよく覚えていないのですが、「鯛」とか「戦車」があったと思います。
あれは一体なんであったのであろうか?と思うのですが、僕と同年代のオジサン達の間でもあまり話題になることはなく、HPを見てからひとり“膝を打って”思い出したのでした。(^^ゞ

今にして思うと、なにやら「サンカ」とか「ケンシ」のニオイがしますねぇ(^^)/

もんむー - 2001/03/27(火) 23:00<

学校の輩

利田さん、こんにちわ

カタヤではありませんが、私の通ってた小学校の通学路にも、路上で店を出し
ているオヤジがいました。学研の科学と学習の付録とか、けむりが出るナント
カ(記憶がさだかでない)とか、よくわからないおもちゃ類を売ってましたね。
でもそれなりに小学生のハートをとらえる品揃えをしていたという記憶があり
ます。突然店を出して、あっというまにいなくなり、忘れたころにまた店を出
してました。

「帰国」の中に出てくる、年に一度の集合のことは、なにかで読んだことがあ
るという感じがあったのですが、よくよく考えてみたら、利田さんの書かれた
「歴史民俗学」の面談レポートの中にある「フクロアライ」のことでした。正
月頃という時期も一致しており、愛知県の猿投山の写真そのままの場面も出て
きます。

でわでわ

おミヨ - 2001/03/27(火) 22:18<

数字あそび


     □□□
     □□□
     □□□

 暇つぶし
  □の中に1〜9までの数字をいれて、立て列、横列プラスして15になる数字を
  いれてください。

利田 - 2001/03/27(火) 22:12<

「カタヤ」

子供の頃、近所の公園に「カタヤ」が来ていた。

「カタヤ」と「サンカ」ってイメージがダブりませんか?

*おもしろいHP見付けました。

http://www2k.biglobe.ne.jp/~onda/kataya/kataya.htm

「カタヤ」研究です

ヤゾー - 2001/03/27(火) 20:30<

窓の外のハト

Keijuさん、ありがとう。
看護に来ている奥さんでも、早よ死ねばええのにと言わんばかりの態度で病人の面倒を看ている人と、
本当に優しく献身的に世話をしている人がいますが、どちらにしてもいた方がいいんだろうなと、
今まで考えたこともないようなことを思ってしましました。
ちなみに、いいな〜と思う看護婦さんがいましたが妊娠していました。

>あるいは追いかけようともしないような荒れ果てた遠隔の地に住みついたのではなかろうか。

ケルトなんてそうやってアイルランドにおいやられたのでしょうか?
手許に資料もないし、ネットに繋げられる時間も限られているので調べものをするには入院は便利が悪いです。
ケルトと縄文ってどこか共通したものを感じます。

>退院の目途がついてよかったですね。
>やぞーさん、たいしたことなくてよかったね。
>タヌキに今ごろは、山小屋はのっとられてると思いますが、

おミヨさん、サクラさん、ありがとう。
ヤマガラやタヌキのことが一番気掛かりでした。
早く帰って餌をあげたいです。

>三丁目の夕日...大好き!

昭和30年代を描いた三丁目の夕日って、
豊かになった代わりに失ったのもが何なのか気付かせてくれるようなところがありますね。
サクラさん、つげ義春さんのも読んでみてね。

今日、隣の人が退院して窓際のベッドが空いたので窓際に引越しました。
明るく景色がよくて気分が良いです。
窓の直ぐ近くにハトが常にいるのでハトを観察しているのも面白いです。
でも僕が見ている前でさかっていました。
もう春ですね。

きりぎりす - 2001/03/27(火) 18:26<

HP閉鎖

ヤゾ−様お久しぶりです。
このたび慧眼HPを閉鎖することとなりました。
ヤゾ−様のような方と相互LINKできたことはとても光栄なことでしたので、
このたびの閉鎖はとても残念です。
まあ、新しいHPを今作成中ですが、自分の進むべき道を
誤らずに、もっと頑張って行こうとおもってます。
これからもこのHPには遊びにきさせてもらいます。
どうぞよろしくお願い致します。

サクラ - 2001/03/27(火) 00:42<

ねむねむ....む

やぞーさん、たいしたことなくてよかったね。
タヌキに今ごろは、山小屋はのっとられてると思いますが、
どうぞ、退院したら、共存の道をお歩き下さい。

三丁目の夕日...大好き!
三丁目の夕日が載っていた「ビックコミック」「ビックオリジナル」「スピリッツ」などなど
ビック関係には、けっこう心暖まる漫画が多く、好きでした。
「人間交差点」「ドングリの歌」「おいしんぼ」「ラストニュース」「釣りバカ」「ゴルゴ13」
などなどと....
このごろのは、よんでないなぁ...そういえば

                                        ねむねむサクラ

おミヨ - 2001/03/26(月) 22:05<

バスク人

min-minさんのページ見させていただいて読書量に吃驚
読書の幅も広くて驚いてしまいました。

「バスク 真夏の死」「シブミ」探して読んでみます。

私もバスク バスク人の字が目に入るだけで、ん!?
となってしまいます。

で、つづく
これらの地域はヨーロッパにいた新石器時代人の最後の逃げ場だった、という推論も可能だろう。
彼らは紀元前千年以前に、東方から侵入してくるインド・ヨーロッパ人から逃れた。そして、
侵入者たちがおいかけられてこられない、あるいは追いかけようともしないような荒れ果てた
遠隔の地に住みついたのではなかろうか。        さらにつづく

退院の目途がついてよかったですね。

KEIJU - 2001/03/26(月) 21:31<

如何?

結果がいいそうで何よりですなあ! でそちらの病院には
美しい白衣の天使はいないのでしょうか?????
たまには そういう保養も大切でございまする!! ぞ!????

ヤゾー - 2001/03/26(月) 20:30<

三丁目の夕日・夕焼けの詩

>ファイブファイブス

5という数字は永遠を意味すると聞いたことがあります。
5だけが何乗しても末尾の数字が5だから.........。

>O型のルーツはどこからなんでしょうか?それとも原住民系なんでしょうか?

どこかの掲示板に縄文人にはO型が多かったようなことを書いていましたが定かではありません。

>ヤゾーさん検査結果は如何でですか?

ご心配かけてありがとう。(タコ八郎かい?)
当初は心電図、心エコー、血液の検査結果が悪く、強く入院を勧められて、
カテーテル検査の順番待ちもあって約一月という入院予定の紙を貰っていたのですが、
先週末に再び心電図、心エコー、血液検査をしたところ全く正常なので、
今週に予定していたカテーテル検査を見合わせて少し様子を見ている状態です。
多分、来週早々には退院することになると思います。

>さて、バスク関連の小説を紹介させてください。

min-minさんは凄い読書家ですね。
ところでバスクやアイリッシュ、シチリア&ジプシーって何か共通のものがあるんでしょうか?
何か古いものを継承しているような気がすることがありますが.........。

随分昔のことですが、銀座でアルバイトをしている時に丸の内線で通っていました。
南阿佐ヶ谷駅から50分くらいかかったと思いますが、その間よくコミック雑誌を読んでいました。
お気に入りが『釣りバカ日誌』と『三丁目の夕日・夕焼けの詩』でした。
今日、病院を抜け出して『三丁目の夕日・夕焼けの詩』を買ってきて読みましたが、とても面白いです。
優しい気持ちにしてくれる話しが結構ありました。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/03/25(日) 23:13<

Re:バスク

おミヨさん、こん**は。min-minです。

どうしてみなさん、こう好奇心の対象が似かよるのでしょうね。バスク、バスク人については僕もとっても興味があります。バスクというと直ぐバスク民族主義者ETAのテロを連想される人がいるかも知れませんが、元々あの戦いは売られたケンカを買っただけでしょうか。ま、政治的な話しは別として。

>バスク人は、言語の点でも血液の点でも、他のどのヨーロッパの民族とも異なっている。

ヨーロッパ人のO型の占める割合は全体の40%だそうですが、バスク人のそれは60%に達するとのこと。そしておっしゃる通りB型はほとんどゼロというのが凄いですね。また頭骨の形が全く違う、という話もあります。

おミヨさんの“続き”を楽しみにしております。


さて、バスク関連の小説を紹介させてください。僕が知るのはトレヴェニアンという作家の『シブミ』と『バスク、真夏の死』です。この作家はクリント・イーストウッドが監督・主演したハリウッド映画『アイガー・サンクション』の原作者、と言ったほうが分かりやすいかもしれません。
トレヴェニアンは東京生まれのアメリカ人作家で、ある種謎めいた作家です。特に『シブミ』は彼が戦前、戦中、戦後を通じ日本に色濃く係わったこと、稀に見る卓越した「碁」に関する知識(ちなみに本編の各章のタイトルは全て碁の専門用語)には驚かされます。作中主人公ニッコが日本の獄中で何故か差し入れの中に入っていたバスク語の本を独学で覚える場面には驚嘆してしまいます。
さらに舞台はフランスとスペインの国境を接するあたりのバスク地方に移ります。ああ、書き始めるとキリがないので、もし両作品にご興味がおありでしたら、我が拙HPの●冒険小説☆読書録で、4月〜6月の6月分に感想めいたのが載ってますんでご笑覧くださいませ。

min-min@横浜でした。

おミヨ - 2001/03/25(日) 21:57<

田山花袋

情報有り難うございました。
「帰国」復刻版 ぜひ読んで見たいです。
さがします。
発行 臨川書店 64ページ
ジュンク堂に行かなくちゃ・・・。

血液学者達は血液の一滴を精査することによって、人類の起源にまつわる謎に迫り、
病気の源をつきとめる研究がすすめられているとか。

O型のルーツはどこからなんでしょうか?それとも原住民系なんでしょうか?

ジェロニモが次郎衛門という日本人説を書いた人いるとどこかで読んだような・・・。

ヤゾーさん検査結果は如何でですか?



管理人ヤゾー - 2001/03/25(日) 20:36<

今までの投稿は過去の掲示板へ移動しました

>今日、図書館に立寄ったら、田山花袋全集の復刻版が新しく入っていて、
>その中に「帰国」が含まれていました。

自由に生きるサンカの姿を描き、当時の国家体制が都合が悪いと発禁処分にしたという
田山花袋の「帰国」をどれだけ探したことか.........
もんむーさん、嬉しい情報ありがとう。

>「世界はひとつ」「人類みな兄弟」

深い意味は無いけど、僕は結構好きでした、「人類みな兄弟」の爺さん。

>バスク人は、言語の点でも血液の点でも、他のどのヨーロッパの民族とも異なっている。
>他のヨーロッパの民族に比べると、バスク人はO型とRHマイナスの人の割合が高く,B型はほとんどゼロに等しい。

確かインディアンやアマゾンの裸族にはO型の血液型しかいない部族があるというのを何かで読んだ気がします。
それと日本の歴代首相の殆どの人がO型だという話も聞いたことがあります。

>リンクしました。
min-minさん、こちらこそリンクありがとうございました。
今後ともよろしくおねがいしますね。


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