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2001年02月25日(日)00時03分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


おミヨ - 2001/02/24(土) 21:52<

角兵衛獅子

角兵衛獅子の身のつらさ
輪廻あめぐる小車の
蜻蛉がえりの日もくれて
旅篭をとろにも銭はなし
相の土山あめがふる

角兵衛獅子は越後国月潟村(今の新潟西蒲原郡月潟村月潟)で、現在、月潟村には九つの
集落があるが、角兵衛獅子発祥の地は、月潟村大字月潟だけである。
天明二年には月潟に七十五件もの親方がいたが、大正六年には完全に消滅してしまう。
角兵衛獅子の発祥は今もって謎で定説が得られないという。
月潟の村民や獅子たちは世間から侮蔑され、史料や道具類、衣装・書類の類までも
ことごとく燃やしてしまったという。月潟出身というだけで「獅子の子」「宙がえりしろ」
とからかわれ「月潟の子だと絶対言うな」と教えられたという。

             小湊米吉著  角兵衛獅子
                      その歴史を探る

久し振りに面白い本みつけました。

奥武蔵 - 2001/02/24(土) 20:38<

の35号探しています

この号に、北条治宗さんの投稿記事「転場者と山道で偶然出合う」というようなタイトルのエッセイが載っているそうです。国会図書館には46号以降しか保管されていませんでした。
北条サンは「神田の蕎麦屋の2階で、荒井貢次郎さんと一緒に、静岡県警のサンカ通刑事を昭和10年に囲んだ」人の一人です。

利田

ヤナギムシ - 2001/02/24(土) 00:20<

へへへ

こんばんわ、皆さんお元気ですか!!
ケイジュさん音楽で世界を、回るってすてきですね
 ヤナギムシの世界は、狭いけどとてもすてきな世界です
今日は、メール友達にミキちゃんが来られました
私の仲良しの、春之助くんを紹介しようと思てます
  ミキちゃんショートカットのかわいい人でした
   へへ・・ミキちゃんこの部屋にもメールしてね

春之助くん・・にもメールしてもらいますから
     ほな・・・・ヘエエエーーークション


   ほんま・・いやな季節やね
       
              ヤナギムシでした

ヤゾー - 2001/02/23(金) 23:45<

お久しぶりです

Keijuさんも元気そうでなによりです。
それにしても、タンカバイの代わりに音楽をバイにして、
世界各国を叉にかけたフーテンの寅さんみたいな生き方で羨ましいです。

おミヨさん、2時間も古本見てたら目が疲れたでしょう。
そんな時には、パンにたっぷりブルーベリージャムをつけて食べると良いみたいですよ。

サクラさん、僕も『天空の城ラピュタ』観てました。
ちなみにラピュタという名前は『ガリバー旅行記』から取られたようですね。

サクラ - 2001/02/23(金) 21:32<
きゃ!
恵樹さん、日本語の書き込み...
もうすぐ、ヨーロッパのドイツからタイに帰ってみえるのですね。

きれいな月と、音楽に...おいしいお寿司ですって???
帰ってからの、楽しいお話まってます!

そう言えば、来週は早くも「ひなまつり」
                私も、ちらし寿司でも作ろうかな?
            
           天空の城「ラピュタ」見ながら...好きなんです。

おミヨ - 2001/02/23(金) 21:24<

大古本まつり

2月23日〜3月4まで AM1O時〜PM8時 (最終日4時)
会場;池袋サンシャインシティ・ワールドインポートマート4階

セピア色の本、見て歩いていると時間忘れます。
2時間たっぷり見て周ってもサンカに関する本は一冊も目にはいりませんでした。

花粉症の皆様これからたいへんですね。お大事に。

恵樹 - 2001/02/23(金) 02:00<

元気?

まだドイツのバーデンバーデンにいますが スペインのバルセロナへ行っていました!
いやあ相変わらず過激なところでして! いまはここにいるヴィオラ奏者の日本人の方の家でして
すしパーテイ-です!!!! 来週にはタイに戻り 書き込みをします!!

ヤゾー - 2001/02/22(木) 23:15<

『ム−ミン』と『未来少年コナン』

なあすみきさん、はじめまして。

そんな番組があったとは知りませんでした。
世界的に知られる体術の宗家も、子供向け番組に出演されていたようですので、
子供向けの番組やアニメだからといって侮れませんね。
いや、子供向けの番組だからこそ、重要なものが込められているのかも知れません。

小さい頃観ていた『ム−ミン』のスナフキンや10代後半に観た『未来少年コナン』なんて、
僕の人生に、生き方に大きな影響を与えている気がします。
どちらも宮崎駿氏が手掛けた作品ですが、
もののけ姫に通じるものを感じたりしています。

スナフキンは、僕にとっては瀬降りサンカで、
コナンはスサノオの小さい頃のように思えるのです。

なあすみきさん、あまり答えになっていませんね。
ゴメンナサイ。
今後とも、よろしくお願いします。

なあすみき - 2001/02/22(木) 11:38<

アイアンキングとサンカの関係について教えてください

 はじめて投稿させていただきます。むかしむかしテレビでやっていた「アイアンキング」という子供向けの怪獣番組に日本の先住民の末裔がでてきてました。たしか、いつかまた歴史の表舞台にでようとして時を待ってるという設定だったと思いますが。彼らは「サンカ」なのでしょうか? こども向け番組だったとはいえ、もしかして日本原住民の自覚と決起を促すメッセージがこめられていた番組だったのではなんて思ってますが。この掲示板、楽しませていただいている者ですが、この掲示板を利用されている方でアイアンキングとサンカの関係について,何らかの考察をなさっている方がおられましたら教えてください。実際にせぶり生活を送っている「サンカ」は絶滅していても、ほんの数十年前にせぶり生活をしていた人たちのネットワークは形をかえて存在していてもおかしくはないと思います。そして、いつか歴史の表舞台に戻ることを意図していたとしても不思議ではないと思います。 この掲示板を読ませていただきながらいつも思っているのですが、「戸籍」や「国勢調査」で存在しないことになっている人々、納税や兵役の対象からこぼれていた人々が、数十年前までいたとしてもそれは不思議なことではなくごくあたりまえのことだったと思います。ただ、それら「国民」としてカウントされていなかった人々の一部に、日本原住民の末裔、朝廷が日本全域を支配するのに抵抗した人々の末裔がホントにいたのか、いたとしたらどれくらいの人が正統派日本原住民だったのかということは皆目想像つきませんが。サンカは稲作だの米食だのをしないのは、弥生人の文明を拒否したから・・・なんて話を聞くと、「そうか。やっぱり。」となりますが。アイアンキング、ただの子供向け番組であったとは思えないのです。あの番組に関与していた人たちの思想や怪獣番組を通して伝えようとしていたメッセージについて、いつかこの掲示板に取り上げられるんじゃないかなあなんて期待をしていたのですが、待ちきれずに自分で投稿することにしてしまいました。  

ヤナギムシ - 2001/02/22(木) 00:32<

花粉症

20数年前・・ベランダでクリスマスツリーの樅ノ木をゆすった
  その時ツリーは、樅ノ木だとおもてた!!
でも・・・ちがった・・それは・・杉の木だった・・・悲劇

黄色い花粉がわたしの腕を黄色く染めた・・・

  明くる日、わたしの悲劇は、はじまった
1日でテイシュ1箱・・くしゃみと・・鼻水のため、夜も眠れず

      杉の木・・・・だーーーーいきらいです

         ヤナギムシでした・・




    へーーーーク・・・・ション

ヤゾー - 2001/02/22(木) 00:15<

『星をつぐもの』

>「あすにつぐもの」って、素敵な題名ですね。

おミヨさん、おユキちゃんの書き込みで、
たけしさんプロデュースの映画『星をつぐもの』を思い出してしまいました。
たけしさん演じる猟師(多分サンカ)がユカヤキをするシーンが、
とても印象に残っています。

>花粉症予防薬

min-minさんも花粉症でしたか。

花粉症に関係のない人は、
くしゃみなんか幾らしても死にはしないよなんて言いますが、
鼻水を垂らしながら、くしゃみが止まらなくなった時の、
あの情けなさを知らないから言えるのだと思います。
まるで寝小便を反覚醒状態でしているような感じです。
止めたいんだけど止まらないもどかしさ。
連続30回も続いた頃には開き直って笑うしか無いのです。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/02/21(水) 20:18<

花粉症予防薬

おユキさん、こんばんは。min-minです。

レスどうもです。

>私が飲んでるのは、赤い錠剤のポララミンというお薬なのですが、
>よく効く代わりに、とても眠くなるのが、玉のこしです。いいえ、玉に傷です。

僕が通っているお医者さん曰く、
「一日一錠で良く効く薬があるんですよ」
「あ、それ下さい」と僕。
「でもね、これって少〜し眠くなるかもしれませんよ」と医者。
僕はそこであわてて、
「あ、困りますぅ。ただでさえ“眠り病死朗”と呼ばれているんすから。」チャン、チャン。

ということで、最近出た新薬でほとんど眠くならないらしい、アレグラ錠という薬を日に2回飲むことに。でもなんかバイアグラのネーミングに近いぞっと(^^ゞ。
で、効くかどうかはまだ昨日からですから分かりません。少なくとも東京、神奈川地方に限っていえば、まだシーズン前っていうところでしょうか。一部の人はもう花粉症が発症したとのことですがね。

min-min@横浜へ帰宅途中の電車で、吊革につかまったまま立ち寝してたぞぉ〜。

おユキ - 2001/02/21(水) 15:05<

わ〜い、おミヨさんだ〜

おミヨさん、元気そうで良かった。
「あすにつぐもの」って、素敵な題名ですね。

min-minさん、初めまして。

お医者さんで頂けるお薬って、とても効きますよ。
私が飲んでるのは、赤い錠剤のポララミンというお薬なのですが、
よく効く代わりに、とても眠くなるのが、玉のこしです。いいえ、玉に傷です。

おミヨ - 2001/02/21(水) 12:30<

おユキちゃんこんちわー

 こんなん考えた。
 
 サンカが山河で三角について参会して散会した。

 
 古書店で「十津川出国記」川村たかし 偶然に見つけ今読んでます。
 
 
 「あすにつぐもの」
 竹細工に生きる(ビデオ)開放出版 36000円
 竹を源材料に様々な製品を生産してきた竹細工師。「細工もの」と蔑視されながらも、
 その技術と文化を担ってきた。そして現代。竹細工に誇りを持ち創造的に継承する
 人達がいる。





min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/02/21(水) 12:12<

予防は可能?

花粉症なみなさん、こんにちは。(^-^)/ min-minです。

おユキさん、ヤゾーさんも花粉症とのこと、これからの季節が恨めしいですね。
実は僕も3年前、突然花粉症アレルギーになったのです。最初、一体自分に何が起きたのか信じられない思いでした。それまで一切のアレルギー症状なんぞ経験したことがありませんでしたので。
この突然にかかる、というメカニズムはどうなっているんでしょうね。3年前からこの季節になると“七転八倒”の苦しみを味わっており、今年は最盛期になる前に行きつけの医者に行って「予防薬」をもらってきました。さて、少しは効くでしょうか?

ところで、今年の花粉飛散情報によると、西高東低。西日本は昨年に比べ2〜3倍なんぞと報じていますね。特にヤゾーさんの住むあたりの飛散の悲惨な状況を思うと・・。ガンバッテ、耐えてください。(T_T)

でわ、でわ。  min-min@渋谷でした。

ヤゾー - 2001/02/21(水) 00:09<

原作『風の谷のナウシカ』

原作『風の谷のナウシカ』に化外の民と蔑まれた「蟲使い」という一族が登場する。
ナウシカでさえ、けがらわしいと忌避していた存在であった。
そして、物語りを通してもっとも聖なる存在として、
「森の人」一族の族長である少年セルムがナウシカに語る。

「蟲使いを忌み嫌わないで下さい。彼等は私達のカゲなのです。いや私達が彼等のカゲかも知れない」と。

それは聖と賤としての「森の人」と「蟲使い」は、実は共通の祖先をもつ同族だからなのです。

そういうテーマは、氏の多くの作品に流れている。

サクラさん、同じ色ですね。

サクラ - 2001/02/21(水) 00:03<

雪女郎

「夕陽うすずく刻限に、黄昏を呪詛する山わろの声は、ケキ、ケキ、ケキ」と三声にひびく。
この声に応じて「ワオ、ワオと呼ぶのは魑魅の声で、この二つの声に応じて、光を嫌う山怪は、
一斉に神秘の扉を開いて、闇の活躍舞台に躍りでる。
そして、河伯は滝壷に躍り込み、天狗は空に翔け昇り、犬神が西に天かけゆくかと思えば、
小豆洗いは東に向かって闇の中を走る。
また、鎌鼬(カマイタチ)は南に、雪女郎は旧雪の消えることのない北国の嶺にむかって走ってゆく。
かくして、まだまだ数限りない怪物が妖魔の時をかせぐのである。

軽井沢の浅五郎語る山の物語...
色気たっぷりの雪女郎...
「雪女郎おきんと箕づくり伊之助」の話を聞けば...

でも、私は愛しい魑魅魍魎さんや哀しい雪女の話が好きです。
梅が咲いて春近し...そんな日に日本アルプスの雪を思い描きながら...


ヤゾー - 2001/02/19(月) 23:15<

虹の童子

おユキちゃん、こんばんわ。

おユキちゃんも花粉症でしたか。僕も十数年来、花粉症に悩まされています。
廻りは杉や檜だらけなので、これから花粉が飛んで煙りのように靄ると思うと笑ってしまいます。
笑うしかないのです。ちなみにヤナさんも花粉症のようです。
お互い、これからの花粉の季節を、強く生きてまいりましょう。

もんむーさんは、読書家ですね。

「大誘拐」の映画は見たことがありすが、小説があったとは知りませんでした。
「大誘拐」の舞台になった村には3ヶ月余暮らしたことがありました。
今住んでいる処から山一つ超えた処にある村です。

「大誘拐」の映画は、丁度、東京からこちらへ来た頃の映画なので、
見ると新鮮な気持ちになります。
映画としても結構面白かったように思います。

凄い山持ちは今でも居るようです。

もんむー - 2001/02/19(月) 20:14<

タヌキ、そして、とし子刀自

ヤゾーさん、こんにちわ

タヌキの写真メール、どうもありがとうございました。
まるまる太って、風格がありますね。

熊野といえば、先日、天藤真の「大誘拐」を読みました。たぶん、ヤゾーさん
の暮らしているあたりが舞台なのだと思うのですが、小説に出てくる、「とし
子刀自」という大金持ちのおばあちゃんのような人物は実際に存在するのでしょ
うか。

でわでわ

おユキ - 2001/02/19(月) 16:55<

花粉が怖い

サクラさん、ありがとうございます。
おユキは元気です。

でも、そろそろ花粉症の季節なので憂鬱です。
5年前に突然、花粉症になってからというものは、
鼻水と泪が、こんなにも出るものなのかと感心するほどの症状なのです。
花粉症の所為で、お嫁に行けないかも。

おミヨさん、元気ですか?
寂しいよ〜。

ヤナギムシ - 2001/02/18(日) 23:04 x name=8WZDDLH3QT> 削除

あああああぁ

ほんま、あきませんわ
 長い時間かけて作った
ホームページ送信で失敗したがな
    全部消えてしもたがな

       どこえ、いったんや!!
        返してくれ・・・ぐすん

ヤゾー - 2001/02/18(日) 16:34<

今から温泉へ行ってきます

平成13年度整備計画に基づいて草刈をして、
それを燃やしたら鼻の穴まで真っ黒けになったのので、
今から温泉へ行ってきます。

Seburiさん、画像掲示板の箕の写真ありがとうございました。

謡子 - 2001/02/18(日) 01:25<
旨 はあかんってヤナギムシさんに言われて、ひそかに泣いた。

ヤナギムシ - 2001/02/18(日) 00:45<

早よ、考えてや!!

謡子 - 2001/02/18(日) 00:42<

謡子 - 2001/02/18(日) 00:26<

Re:やわらかく

早 、亘、 旨 ・・・・

サクラ - 2001/02/17(土) 23:45<

犬娘お千代

犬娘 お千代さん
なんで、若旦那になんかほれたのよ...
あんな、卑怯なトウシロに...

ハタムラも及ばない心は、
哀しくもあり、
      哀しくもあり....

さぁ、きょうものめり込みそう、やぞーの世界
おミヨさん、おユキさん元気ですか?
どうしてる?

ヤナギムシ - 2001/02/17(土) 23:36<

やわらかく

頭、堅くないですか!!
今、内の家で人気です
日に2本たして漢字作ってください
 例・・・・百・・なんてね
がんばってね・・・けけけけけ

ヤゾー - 2001/02/16(金) 23:45<

謎の村 Part2

その村へ通じる道は、村人の手で途中で遮断されていて、クルマでは行けないみたいです。
しかし、時々何かを運ぶトラックが目撃されていることから、ゲートか何かで遮断されているのかも知れません。
他所の村人との交流は一切ないみたいです。
この情報は少し前のものなので、現在はどうなのか判りません。
その村は絶好の渓流釣りが出来る川沿いにあるとのことなので、
渓流釣りが解禁になったら一度近くまで歩いて行ってみようかと思っています。
でも独りで行くのは、ちと不安です。
その前にもう少しその村の情報を集める必要がありそうです。
今の時代に、本当にそんな村があるなんて不思議な気がします。

サクラ - 2001/02/15(木) 23:45<

天狗のうちわ

天狗のうちわがあったなら、
十津川村も新十津川村もあっという間に行けるのに...
二上山も那智の滝もひとっとびで行けるのに...

風のように走れたら、
ヤタガラスの指差す処に行けるのに...

せめて、熊野の野菜を買おうと、作りかけの、
やぞーさんの何でも売っちゃおうによってみたら...
あまりのことに笑っちゃった。
やぞーさん、あれ一つの値段???(^^)

あはは....

鈴木 重子を聞きながら
しょうもないこと考えている....

min-min <http://homepsge2.nifty.cpm/TUBA/> - 2001/02/15(木) 08:46<

Re: 十津川村の謎

ヤゾーさん、こんにちは。min-minです。

十津川と聞いて、もしやと思い、調べてみましたら、ピンポーン!でしたぁ。えっ、何のこっちゃって?
実は前回、北海道ネタを書き込んでいたのですが、その後、ヤゾーさんが「十津川村の謎」と題し書き込
まれたのを見まして、『札幌の北、滝川に行く途中に確か「新十津川」ってあったっけ』と思い出しネットで検索してみましたら、やはり十津川と大いに関連がありました。詳細は同町のHP
http://www.dosanko.co.jp/sintotsu/ を御覧いただくと分かるのですが、「明治22年8月に奈良県吉野郡一帯を襲った大豪雨により村がほぼ壊滅。生き残った村民のうち600戸、2489人が北海道移住を決意。第二の故郷建設をめざした」とあります。なんとびっくりではありませんか!

ヤゾーさん、もしも十津川を訪れることがありましたら、この点も頭に入れておいてくださいね。

さて、ヤゾーさんがおっしゃるように世界各地どころか日本だって特定箇所しか知らないですよ。でも他の方々よりは多少あちこち歩いている(ほとんど仕事上ですがね)かも。。。
ちなみに来週はやはり仕事で四国は高知県宇佐まで行ってきます。四国は仕事でここ2,3年で全県訪れました。沖縄とナント、和歌山県には行ったことがないんですよ。お隣の三重県の紀伊長島までは行ったのですが・・・。

でわ、でわ。

ヤゾー - 2001/02/15(木) 00:10<

十津川村の謎

随分前に利田ヤゾウの書き込みで、

>山本ナニガシの書いた「日本不思議旅」の中に「十津川村のさらに奥に、集団で生活している人々がいる〜、
>時折幌付きの大型トラックが生活物資を運び込んでいる」という記述があります。
>もしかして「サンカ集団」? だったら、混ぜてもらいたい。

というのがありましたが、

『滝川の上流にある花瀬は、昔十津川から天竺(てんじく)山を通り嫁越(よめごし)峠を越して北山に出る道が通じていた。
この道がと絶えて以来、花瀬は住む人がなくなり廃村と化したが、最近ある教団が入り込んで林業を営んでいる。 』

との話があります。
少し気になるので行ってみようかな・・・。そのまま行方不明になったりして・・・。


>熊野ライフで手に入る牡蠣は何処産の牡蠣なんでしょうね?

min-minさんは、世界各地だけでなく日本各地にも詳しいんですね。
その厚岸(あっけし)で採れる牡蠣にレモンを絞って食べてみたいです。
ちなみに買ってきたのは広島産の牡蠣でした。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/02/14(水) 15:15<

家出主婦?

謡子さん、こんにちは。min-minです。

>友人が田口ランディさんと私が似ているところがあるから、ぜひ読んでみたら?・・とメールを転送して
>くれたのが 彼女を知ったきっかけでした。
>どこが似ているかというとですね・・・時々フラっと家出する主婦・・と、いうところだそうです。

わっははは。“時々フラっと家出する主婦”って一体、どんな主婦なんでしょう?
そして、“わけあって自粛って”、あなた、謡子さん(爆)。(^○^)/あははは。


To: ヤゾーさん、

牡蠣は今、旬ですよね。昨年3月の初旬、広島へ行った時、厳島神社に寄って牡蠣もいただいたの
ですが、その時最終シーズン近しと言っておりましたので、寒い今が旬ですね!
「牡蠣ごはん」うみゅ〜!美味そうぉおおおお!プラス「舞茸」ですか。こりゃ美味しいはずだ!
熊野ライフで手に入る牡蠣は何処産の牡蠣なんでしょうね?

ところで、
北海道の厚岸(あっけし)で採れる牡蠣は、内地(本州の意)の牡蠣の2倍はあると思われる大きさ。
かといって、大きいから“大味”ってぇ訳でもない。そのグラマラスな姿態?と味が忘れられない
min-minですぅ。みなさん、食べたことありますか?
ちなみに厚岸の場所は、道東の釧路から根室に向かって30kmちょっと行った漁業町です。

でわ、でわ。

ヤゾー - 2001/02/14(水) 00:07<

かきごはん

三回続けてかきごはんを作ってしまいました。
一度目はかきごはんが食べたくて...
二度目は味に納得できなくて...
三度目は牡蠣が安かったから...。

分ったことは、牡蠣を沢山入れて醤油は少なめにすることでした。
それとマイタケを入れたら美味しかったです。

なんだかなあ...

謡子 - 2001/02/13(火) 14:58<

min-minさんへ

私もコンセントは読んでいません。熊野のことを書かれていたのは、私が配信してもらってる彼女のメルマガです。
友人が田口ランディさんと私が似ているところがあるから、ぜひ読んでみたら?・・とメールを転送してくれたのが 彼女
を知ったきっかけでした。
どこが似ているかというとですね・・・時々フラっと家出する主婦・・と、いうところだそうです。
ランディさんはそれを「プチ家出」と書いてましたが。
ちなみに謡子さんはワケあって今は家出を自粛してます。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/02/13(火) 12:12<

謡子さん、こんにちわ。

謡子 さん、こんにちわ、初めまして。min-minです。

謡子さんも大斎原に行かれたとのこと、うらやましいです。田口ランディというと、あの『コンセント』(もっとも僕は読んでいませんが)にて熊野本宮大社が書かれているのでしょうか?
『コンセント』は昨年、僕が所属している@niftyの電子会議室でも話題に上りましたが、ベストセラーになった割りには、結構内容が難解な小説であったようですね。きょうび、どんなものが売れるか、なかなか予測しがたい世の中のようです。(^ー^;

ということで、謡子さん、今後ともよろしくお願いいたします。m(_ _)m

min-min@今、SHIBUYA

謡子 - 2001/02/13(火) 00:12<

踊る念仏

大斎原には昨年行きました。最近、話題の田口ランディさんの書いたものを読んでいたら、
熊野本宮大社には何も感じなかったが、旧跡地に立った時には、感じるものがあった。
やはり、元々あった場所の方がエネルギーが高い土地なんじゃないか・・
と、いうようなことを書かれていたので、そんなものかなぁ・・と思いふらっと行ってみたのです。
踊る念仏、一遍上人の石碑の見ましたよ。
「気」を感じる場所かどうかは、私は鈍感なのでわかりませんが、かなり気持ちのいい場所でした。

min-minさん、私もまたチャットでお会いしたらよろしくお願いしますね。

サクラ - 2001/02/12(月) 23:54<

チャット

今朝は、遅くまでmin-minさん、みなさんありがとうございました。
やぞーさん、チャットに行きやすくなりましたね。
どうやって行ったらいいのかわからなかった方もいらしたのでは...
いろんな方が、いろんな形で、有意義な情報交換や、
軽い話なんかが出来たらいいですね。

やぞーさんから、リアルタイムに
タヌキさんのお話が聞けたら楽しそう...

でも、やぞーさんは、タヌキさんをあと何匹くらい扶養するつもりなんでしょう...
やさしい、やぞーさんのことだから、自分の分迄あげちゃって
やせてしまわないか、心配になります。

ヤゾー - 2001/02/12(月) 23:45<

大斎原(おおゆのはら)の石碑

明治22年(1889)、熊野川の大洪水で社殿が流されるまでは、
熊野本宮大社は熊野川、音無川、岩田川の合流点の3万6300平方m(1万1000坪)の中洲の森にあった。

その跡地が大斎原と呼ばれているところですが、そこにある一遍上人の石碑について調べてみました。
まず地元に住む知り合いに電話して尋ねてみますと、「そんなもんあったか」の一言で、聞くのを諦めました。
興味がなければ、地元に何があっても知らないものなんでしょう。

そこでネットで調べてみますと、『一遍上人は熊野本宮大社で参篭中に神勅を受け、これを機に一遍と名乗り、
遊行上人として庶民に時宗の教えを説いたといわれている。この一遍上人の徳をしのび上人直筆の「南無阿弥陀仏」
の一遍上人神勅名号碑が大斎原に建っている。』とのことでした。

今度行った時には、もっと真剣に見ることにいたしましょう。

min-min さん、こちらこそ、昨夜はどうもでした。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/02/12(月) 11:22<

昨夜はどうも。

ヤゾーさん、サクラさん、ヤナギムシさん、昨夜、ん、今朝か?はチャット・ルームでの歓迎ありがとうございました。
また、機会を見つけて、遊びに行きたいと思いますので、よろしく。

To: Yazoo さん、

>>本宮大社がもとあった熊野川の中州、大斎原には一遍上人の石碑があったのを昨日見ました。

とのこと。僕も是非、そのうち訪れてみたいです!

ヤゾー - 2001/02/12(月) 00:05<

チャットルームのお知らせ

チャットルームの『仲間の部屋』を公開することにしました。
上のリンクから入ることが出来るようになりました。
皆様、ご利用下さいませ。

ヤゾー - 2001/02/11(日) 23:32<

一遍上人

鐘を激しく連打させ、貴賎入り乱れて念仏を唱え踊りまくる。鎌倉後期の末法の世にあって、
苦悩にあえいでいた民衆に極楽往生を保証し、その情念を踊り念仏に昇華させた遊行僧が一遍上人である。
その一遍が熊野権現から神勅を得たと伝えられている。
本宮大社がもとあった熊野川の中州、大斎原には一遍上人の石碑があったのを昨日見ました。

サクラ - 2001/02/11(日) 02:51<

どじょっこ、ふなっこ

は〜るになれば しがこもとけて 
       どじょっこだのふなっこだの
              おにっこきたなとおもうべな

熊野にも、梅の便りがとどいているでしょうか?
     白梅、紅梅がそこ、ここの街角に香ってきています。

むくむくと、頭をもたげる山への憧れ...
    あぁ、すこしのあいだでいいのです。
            自然の中に飛び出したい...

ヤナギムシ - 2001/02/10(土) 23:55<

すごい!!

min-minさんすごい!!
 はじめまして!・・ヤナギムシです
ものすごい、経験の持ち主・・そんな方がまたこの、ヤゾーのHPの常連になられ、そして私ごときが、
そんなかたの、おはなしを、伺えるチャットのすばらしきこと・・
  感謝します・・

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/02/10(土) 23:21<

Re: 能登

もんむーさん、レスどうもです。(^-^)/

能登の中谷家の蔵URLありがとうございます。

実に能登というところは面白いところで、古くから九州との強い繋がり

があるようで、また当然外来衆(主に半島から)の多い所で興味の種が

尽きないところですね。  どうぞ、これからもよろしく。

                        min-min@YOKOHAMA  

おミヨ - 2001/02/10(土) 20:23<

犬娘お千代



  読み出したらやめられなくなりました。

  それでわ

もんむー - 2001/02/09(金) 20:28<

能登

min-minさん、はじめまして

数年前、能登を旅した時に、庄屋だった中谷家という旧家で蔵を見学させても
らったことがあります。外見は普通の蔵なのですが、内部は総漆塗りでたいへ
ん立派なものでした。そのときの説明によると、江戸時代の封建制度の元では
このような贅沢は許されるはずもなく、蔵の内部のことは家の秘密だったそう
です。

当時はただ漆の間に見とれるばかりだったのですが、最近になって網野氏や隆
氏の本を読んで、能登のことを思い出すと、中世から近世にかけての民間人の
実態は、私が学生時代に授業で習った内容とだいぶ違うことを思い知らされま
す。

今後ともよろしくおねがいします。


中谷家の蔵
http://www.vill.yanagida.ishikawa.jp/play/sizen/kyukas.htm

利田 - 2001/02/09(金) 17:28<

久々に手に汗

今日,会社に行く前に八重洲ブックセンターで新発見!!

「写真でつづる上州の民俗」(未来社)3800円

に昭和33年に撮影された「箕直し」の鮮明な写真が載っています。

ブックセンターの「民俗学」のコーナーにあります。

お近くの方は是非立ち読みしてください。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/02/09(金) 17:23<

やはり同好の士が

ヤゾーさん、みなさん、こんにちは。min-minです。

さっそくの歓迎レスありがとうございます。> ヤゾーさん。

この掲示板の過去発言を読ませていただきました。やはり、「同好の士」というか、同じようなことに興味をお持ちの方々がいらっしゃるもんですね。とっても嬉しくなります。(^^)/

特に、もんむーさんにおかれましては、最近、隆慶一郎と網野善彦氏の著作を多くお読みになっているとのことで、とても親近感を覚えました。
隆慶一郎については、前回にも書きましたが『影武者 徳川家康』と『吉原免状』の後、『吉原・・』の続編ともいえる『かくれさと苦界行』にとりかかっております。また、この間、
題 名:歴史と出会う
著 者:網野善彦
出 版:洋泉社新書 2000年5月
価 格:\660-
という書籍を発見し、読みました。この本の中で、隆慶一郎についてや映画『もののけ姫』に関する対談が収録されております。また、著者と鶴見良行氏の対談にとっても僕は興味を抱きました。

両氏から石川県の能登島の話題が出てきます。江戸前期の時国家の廻船業を例に出して、“海の民”のはたらきについて語っております。
実は私の祖先もこの能登島の南端「祖母ケ浦」というところで廻船を生業にしていた一族で、ある“屋号”を持っておりました。
8年ほど前に初めて訪れたのですが、古い倉庫やら朽ち果てそうな菩提寺(もちろん浄土真宗でした)があり、墓地が隣接してありました。最古のものは天保9年という墓石を確認しました。全て同一屋号の墓名で、明治維新以降は全てmin-minの姓(とっても珍しい名前)と同じになっております。この地出身の者達は全て同一名だそうです。

ご先祖様の宗派が浄土真宗と書きましたが、正確には「時宗」です。あの全国を行脚したという漂白の僧、一遍上人です。隆慶一郎の『吉原御免状』の中にも「時宗」の信徒について記述された部分があり、やはり
「漂白の民」というか「道々の輩」の一部であったようです。
僕の父方の爺さんにあたる方が、まだ少年ともいえる時分に、能登島からひとり函館へ船で渡りました。
おそらく一族の誰彼を頼りに単身行をしたようで、函館のお寺が「時宗」の寺であったことが何よりの証左です。実際、「時宗」ってかなり少数派なんですよね。
また、婆さんが生前、「自分は爺さんと同じ能登の出身だけど、村で話していた言葉はそのあたり(珠洲)ではけっして話されてない言葉だった」とっしゃべっていたとのことです。ですから、北海道で同じ能登半島出身の“海人”と“山人”が結ばれた、とも想像されます。
今年、出来れば再び能登島に出かけ、ルーツをもう少し深く探りたい、と考えています。

でわ、でわ。               min-min@YOKOHAMA    

おユキ - 2001/02/09(金) 12:52<

たぬきちゃん

たぬきの写真見ました。

私が住んでいるところにもたぬきがいます。

時折、自動車に轢かれて死んでいるのを見かけたりして悲しい思いをすることがあります。

そんなことでしか、たぬきの存在を知ることができないなんて悲しいですね。

ヤゾーさんみたいに、野生の動物達と仲良く暮らせたらいいのにね。


おミヨさん、元気にしていますか?

ヤゾー - 2001/02/07(水) 23:09<

和三郎さんは自発的ホームレス

min-minさん、はじめまして。

樋口明雄著『狼は瞑らない』はまだ読んだことがありません。
面白そうなので探し求めて読んでみます。
貴重な情報をありがとうございました。

少しHPを見せて頂きました。
それにしても世界各地、特にアフリカで二年も暮らしたなんて凄いですね。
今後ともよろしくお願いします。

白弁慶は心優しいサクラさんらしい書き込みですね。
ホームレスの人は確実に増えているみたいですね。
本当に寒い日は大変だと思います。

和三郎さんの場合は自発的にホームレスになった人で、
その気にさえなれば、贅沢な暮らしも出来る人だからこそ、
くったくのない笑顔なんだと思います。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/02/07(水) 17:58<

初めまして

ヤゾーさん、初めまして。min-minと申します。

横浜在住の半世紀生きているおやじです。昨年10月にひょんなことで五木寛之著
『風の王国』を読みましたところ、「ケンシ」あるいは「サンカ」と呼ばれる人々
が登場。もともと五木寛之の大ファンではあったのですが、この作品は未読でした。
これを読んで思い出したのが『戒厳令の夜』。九州の「山窩」が登場し重要な役割
を果たしますね。思わず再読いたしました。
現在、@niftyのフォーラムに「冒険小説&ハードボイルド」という会議室があり、
そこに出入りしてしているのですが、そこで『風の王国』の感想を書いたところ、
隆慶一郎という作家を紹介されました。『吉原御免状』『影武者 徳川家康』を
読みますと、サンカばかりではなく「ささら者」あるいは「道々の輩」という
表現で海、山、その他大々的に「漂白の民」が登場してまいります。
僕はすっかりこの「道々の輩」に魅入られてしまいました。
それで、この歴史の闇に忘れ去られた人々をもっと知ろうと、YAHOOで検索したら
ヤゾーさんのHPにめぐり合った次第です。(^^)/

「山窩」については宮本常一著『忘れられた日本人』と柳田国男著『遠野物語、
山の人生』を購入してみました。ヤゾーさんのサイトで三角寛の『サンカ選集1〜3』
が出ているのを知り、こちらも入手したいと考えております。
あと最近読んだ冒険小説で樋口明雄著『狼は瞑らない』(角川春樹事務所刊)を読み
ますと、主人公が「仲語(ちゅうご)」と呼ばれる山人の一族の末裔という設定で、
これまた大変興味深い作品でありました。ちなみに「仲語」とは「神とひとの仲立ち
をおこなう人々」という意味で、具体的には山岳ガイドを先祖代々行って生業をたてた
サンカの人々かと思われます。
以上、長々と書き込みまして失礼いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。

                     min-min@YOKOHAMA

サクラ - 2001/02/07(水) 00:05<

白弁慶

通勤途中の地下道に、ビニールを体中に巻き付けた、ホームレスさんがいる。
体中をぐるぐると、頭の鉢巻き迄も、全部透明のビニールを巻き付けて...
さながら、弁慶の衣装にそっくり...
                     顔までなんだか弁慶みたい...

冬になると、毎日のように見かけるけれど、
終電の時間にはシャッターが下りて、きっと外に追い出されるの。
少し、姿が見えないと、大丈夫かときにかかる...今年も、無事でしたかと...
もちろん、話した事もない弁慶さんだけど、
まだまだ寒い毎日、どうか、明日はいい日でありますようにと...心の中で声かける。

でも、新米ホームレスさんも増えているなぁ。
あんなくったくない和三郎さんのような笑顔は見れない....

ヤゾー - 2001/02/05(月) 23:45<

タヌキ Part2

seburiさん、お久しぶりでした。
僕も竹細工の技術を覚えたくて、誰か教えてくれる方がいないかと探したことがありました。
しかし、生半可なことでは箕を作れるまで行かないようです。
とても技術と根気の入る作業のようです。
買ってきた小さな箕というのは、本物を小さくした物なんでしょうか?
見てみたいです。

今日、出掛けた帰りにタヌキにあげようとドッグフードを買ってきました。
早速、芝生のところにまいてみたら、直ぐにのそりのそりと出てきては美味しそうに食べました。
はっきりと写っていませんが、そのタヌキの写真を画像掲示板へアップしました。

もんむー - 2001/02/05(月) 22:51<

仙境異聞

江戸時代に奇妙な老人に連れられて山に入り天狗の修行をした少年を
平田篤胤がインタビューしたときの記録が「仙境異聞」です。

http://members.tripod.co.jp/senkyow/index.htm

その現代語訳をここでみつけました。
今、読んでるところです。
とりあえず報告まで。
でわでわ

seburi - 2001/02/05(月) 00:03<

竹細工の町

鹿児島に宮之城という町があります。
技法は隼人の時代から受け継がれているとのことです。
工芸センターに行ってきたのですが、時期が悪かったのか
ちょっとさびしい感じでした。ここでの収穫は土産物屋で小さい箕を購入しました。
竹細工の講座が開設されているらしく、生徒さんの作品が並べられていました。
僕も前から習ってみたいんですが、東京のカルチャーセンターを探しても
ありません。どのたか御存じの方がいらっしゃいましたら
教えて下さい。

燦ラ - 2001/02/04(日) 23:46<

節分すぎて...

明日より春になる日−霜月祭りに、神の代行者たる山人が、里に現れて舞い、
土地の神の霊を鎮魂して、暦を示し、明日より春が来る事を告げ、
古い魂をより良い魂に替えさせてゆく。
そのことが行われる場所が市である。
新旧魂の取替えは、その携え来る山づとをすり替える。(奪う方法もある)ことに
よって遂げられる。そして山づとが山の木の杖であり、その杖が次第に短いものに
固定してけづりかけ(花)と言う形をとった。
そして、太宰府近くの箱崎の玉とり祭りや東京亀戸天神などの鷽替え神事の鷽になり、
さらに市に変わって売買の行われる場所になったらしい。

市が神との交易の場所であったから、明治維新前後まで盛んだったという、
旧糸魚川街道の小谷の市に、青鬼の権現様も現れて、福を授けてくれたそうな。
また、夕方には、山姥が出ると、人々は大急ぎで家路に向かったとも折口は言う。

山姥は一方には極端に恐ろしく、鬼女とも名ずくべき暴威を振るいながら、
他の一報では、折々に里に現れて、祭りを受け、又幸福を授け、
数々の平和な思い出をその土地にとどめているとは「山の人生」にも語るところ。

今年は、豆まきに「鬼は〜外」がなぜか言いたくなくなって、
   今の世に、寂しくもある、鬼を想い、
       なんか、年の数だけまめをポリポリ。

ヤゾー - 2001/02/04(日) 23:44<

タヌキ

夜になると、何かが家の周りをうろうろしている気配があったが、
それがタヌキだということが分った。
夕方、囲炉裏に捨ててある小鳥の餌の為めに剥いた落花生の殻の中から
実が残っていないかとタヌキが必死になって探していたのだ。
可哀想なのでパンでもあげようと、外に出たら逃げてしまったが、おいでおいでと呼ぶと、
パンの匂いに誘われたのか、顔を見せてくれたので、近くまでパンを投げようとしたが、
思ったより遠くに投げられずに僕とタヌキの中間あたりに落ちた。
それでも、少しずつ、そろりそろりと出てきては立ち止まりしながら近付いてきて、
パンをくわえて山に消えて行った。
小さいタヌキで可愛い顔をしていた。なんだか新しい家族が増たみたいで嬉しかった。

>一向一揆のことを調べていたら、蓮如にぶちあたり

一向一揆って、この国の大きな転換期だったような気がします。

>三角寛によるとソノ人は「平」または「剣」という苗字だそうです。

そう言えば、カタカムナ文献を伝えた人物の名前が平十字でした。

オラ - 2001/02/04(日) 02:49<

研ぎや

さすがに、「箕直し」をしている人を目撃する事は無いと思うが、

僕の住んでいる東京都でも、道端に座り込んで「包丁を研いでいる人」は数年前迄たまに見かけていました。

三角寛によるとソノ人は「平」または「剣」という苗字だそうです。

今度見掛けたら聞きたい。

もんむー - 2001/02/04(日) 00:28<

一向一揆〜蓮如〜五木寛之

一向一揆のことを調べていたら、蓮如にぶちあたり、
蓮如のことを書いてたのが五木氏で、、、

なにか大事なことのまわりをぐるぐるまわっているようで、
なんだか、まるで樹海の中をさまよっているみたい。

ヤゾー - 2001/02/02(金) 23:26<

鬼の大将は菅原道真

元祖鬼の大将は菅原道真だと言う。
藤原氏が権力を握っていく過程で、様々な手段を使い政敵を蹴落としていったと言う。
菅原道真も蹴落とされて大宰府に流され失意のうちに世を去った。
その後、宮中で異変が起き、雷に直撃されて何人もの貴族が死んでいった。
それは恨みを持って死んでいった道真の祟りではないかと勝手に思い込み、
天神として祀ったり、死後二十年もたってから右大臣に復したりした。

菅原道真とサンカ、どちらもウメとテンジンに深く関係している。
梅干の種の中身をテンジンと呼び、それを食べたら賢くなると言われている。

おユキ - 2001/02/02(金) 12:57<

節分

明日は節分です。

ほんとに鬼にとっては悲しい日ですね。

豆をぶつけて鬼を追い払うなんて、

鬼が可哀想です。

昔話しに出てくる鬼って、

お人好しでお間抜けで愛嬌があって好きなんです。

利田 - 2001/02/01(木) 15:36<

サンカとサイギョウ

「山家集」は「西行」作

「サンカ衆」は「サイギョウ」する。




おミヨ - 2001/02/01(木) 10:32<

江戸瓦版

寛永4年11月24日未明、関東・東海地方は激しい地震に見舞われ、午前10時ごろ、
無気味な地鳴りとともに爆裂音が轟いて、富士山が大噴火。
富士山登山口にあたる須走村全戸75戸が一瞬にして村が消えてしまった。また富士浅間神社
の鳥居と拝殿も灰に埋もれるというすさまじさ。
小田原から佐川まで人間の首や手足ふる「塩尻百巻」。この時出来あがったのが宝永山で、古富士の
山体の陥没したのが持ちあがり、今の赤岩で休火山となる。
江戸でも被害を受け、未明の地震に続き、昼頃に雷の音がしたかと思うと、やがて空から白い灰
が降りかなりの量にのぼり、地面はもちろん草も木もみな雪をかぶったようにしろくなり、午後
3時頃には、あたりが真っ暗になって江戸っ子も吃驚。それ以前には
西暦557年 「義楚六帖」に噴火の記録
  781年 「続日本紀」山麓に火山灰ふりそそぎ木々枯れ
  800年 「日本紀略」3月14日より4月18日迄富士全山噴火。鷹丸尾溶岩流できる。
  864年 「三代実録」北より北西に噴火。青木原丸尾、剣丸尾が出現し河口湖できる。
  937年 「日本紀略」北側噴火甲斐国へ溶岩流れ、56年後の8月には三昼夜に渡り噴火。
1017年 1032年 ets・・・富士山はいつも火を墳いていた・・・・と。

やぞーさんの書き込みにあるように、ここのところ富士山が気になります。

節分ですね。鬼は悲しい。

やなぎむしさん
今日をこえて・・・。
夜空の星になっても自分をてらしていてくれることででしょう。



    

ヤゾー - 2001/01/31(水) 23:45<

昔丹波の大江山 鬼ども多くこもりいて

鬼伝説で名高い大江の里で、かつて鬼たちは、 どんな暮らしを送っていたのだろう。

酒呑童子の正体は?

・山人説

日本列島の先住民たちは、渡来人がやってきて、農耕中心の社会になると、ほとんどの人は、
里に降りて同化しましたが、かたくなに山にとどまり、中央政権に従わず、
里人たちと隔絶した生活を続けていました。この山人たちという説。

今、何故か大江町に惹かれているのです。

ヤゾー - 2001/01/30(火) 23:45<

ヤノマミ族

遺伝子についての本を見ていたら、アマゾン流域に暮らすヤノマミ族の血液型は全員O型なのだそうです。
以前、ドキュメンタリー番組でアマゾンの裸族(ヤノマミ族)を特集したのを見た時に、
当時もてはやされていたニューヨークのヤッピーとやらより、フリチンで心の底から笑っている彼等の方が、
人間としてきっと幸せなんだろうと強く思ったことがありました。
ちなみに僕もO型です・・・(・.・?)

おミヨ - 2001/01/30(火) 06:11<

兄妹心中

「マージナル」にも中上健次の対談のところにものっています。

杉本キク 五十嵐シズ 難波コトミ
(高田ごぜ) 越後のごぜ唄
斎藤真一 表紙・監修 ステレオ3枚組 ¥6000

の情報がはいりましたが、手にははいらないでしょう。
CDでなにかありそうで・・・。
どんなにしたってさ・・・。


サクラ - 2001/01/29(月) 22:41<

びっくり

さて、皆様ご苦労さんじゃいな
キタショー
しばらくは、よいやせーの、こら掛け声頼む
ソリャ、ヨイト、ヨイヤマカドッコイサーノセー

アー、さても珍し 兄弟心中
ア、ドッコイサ
兄は二十一 妹が二十
兄のモンテン 妹に惚れて
それがつもりて 御病気になりて
ソリャ、ヨイト、ヨイヤマカドッコイサーノセー

中略

アー、ワーと撃ったら 撃ち落としたら
ア、ドコイサッサ
ワーと泣く声 女の声
サーサしもうた 妹のお清
お清殺しちゃ 生きてはおれぬ
ソリャ、ヨイト、ヨイヤマカドッコイサーノセー

まだ、続きますが...

おユキさん、びっくり!
この間、読んだ「中上 健次と熊野」と言う本で、
この兄弟心中の盆踊り歌をよんで、
なぜか、心にかかっていたのです。
京都、唐橋を舞台にしたこの歌は近江周辺に流れ歌われたと言います。
この、盆踊り歌がどこかで聞けたらいいなって、やぞーさんに聞いたりしていたところでした。
もうびっくり....

きっと、これも多く語られなかったカテゴリ。...ヨネ!
ふぁ婁間さん

ふぁ婁間 - 2001/01/29(月) 17:46<

得体の知れぬ....

と、説明しない事に意味があったんだな、昔から。
いろんな意味で。
・歌垣とか、辻様とか、傀儡師とか。(->おぉ〜せっくす系)
・ごぜ、さんか、等、いわゆる、まちびとに対する、かわら者、マレビト等は、
 網野氏いわくの「アジール」と同意で、多く語られなかったカテゴリ。

という事で。

おユキ - 2001/01/29(月) 16:55<

兄妹心中

おミヨさん、サクラさん、私も小林ハルさんを見てとても感動しました。
ヤゾーさんや利田さん達、男性の方が見ても感動するんだなと嬉しくなりました。
まるで兄妹のように似てるのかな。

国は京都の西陣町で、兄は21その名はモンテン
妹19でその名はオキヨ、兄のモンテン妹に惚れて
これさ兄さま御病気はいかが、医者を呼ぼうか介抱しよか
そこでモンテン申すには、医者もいらなきゃ、介抱もいらぬ。
わしの病気は一夜で治る 二つ枕に三つ布団、一夜頼むぞ妹のオキヨ・・・・・

山崎ハコさんも兄弟心中を唄っているそうです。
瞽女唄から採ったのではないかとのことです。

利田 - 2001/01/29(月) 02:36<

小林ハル

オラも見ただ。

彼女の人生はビヨンド、マイ、イマジネーション

「ゴゼ」という職業の発祥は一体何なのか?

東北、北陸地方限定職業なのか?

謎は深まる。

サンカと同様、記録に残っていない謎が沢山あるようなきがしました。

「ゴゼ」も「サンカ」も高度経済成長と共に滅びたようだが、他にも滅びた職業(特にヒョウハク系)

が、他にもアルノデハ?

ハルの壮絶な人生は、こうして記録に残ったが、まだ見ぬ(記録に残っていない)人々を

我々の手で記録に残せないものか?


さくら - 2001/01/29(月) 00:00<

雪降り後ののどかさよ

わぁ、皆見てくれたんだ。
私も、初めて聞く瞽女歌に、信田妻の最期まで聞いてみたいと思いました。
本で読み、絵で見たものが映像として流れる時、新たな感慨を覚えます。
おミヨさんやおユキさんのカキコでいっそう、中身が濃く見れたのかも知れません。
ありがとう。

もんむーさん、
私もけっこう「吉原御免状」「かくれざと苦界行」等々は読んでますよ。
吉原や苦界の話は、女としてもとっても興味があるのです。
でも、まだまだ知らない事が多いので、いろいろ教えてくださいね。

竹人形に感謝...です。
やぞーさん






おミヨ - 2001/01/28(日) 22:45<

小林ハルさん 101歳

「知っているつもり」見て感動しました。
風雪に耐え抜かれてきた、小林ハルさんの晩年のお顔、神様のよう。
豪雪の中での、ごぜさんの生活、芸の世界の厳しさに、魂が抉られる思いがしました。

おユキちゃん 斎藤真一さんの絵もでていましたね。見ました?

サクラさん いい番組教えて頂いて有り難うございました。
この時間帯、いつも10チャンの映画みていたので、「知っているつもり」は、
見逃す事がおおかったので、一体の竹人形「お美代」から「小林ハルさん」を
知る事ができてよかった。サクラさんのおかげ。

    ♪ 苦は楽のたねぇ〜〜〜



もんむー - 2001/01/28(日) 22:34<

無縁の原理

みなさん、おひさしぶりです

最近、隆慶一郎氏と網野善彦氏の本ばかり読んでいます。

近年、歴史学の世界では日本の非定住民や非農民の研究が進んでいます。この
研究で先頭に立っていたのが網野氏です。彼らの研究によって、これまで学校
教育などで語られてきた「日本イコール米の国」という図式が揺らいできてい
ます。

網野氏の「無縁・公界・楽」(平凡社)では、中世期の非定住民や非農民の政治
的バックラウンドについて論じられています。それによると、彼らは日本に古
くから存在した慣習「無縁の原理」によって、幕府や地方の豪族の支配から自
由であったというのです。

日本の寺社仏閣、宿場町、市場、山林などはかつて「公界」または「無縁所」
などと呼ばれ、為政者の支配のおよばぬ場所として認められてきました。こう
した慣習を背景にして、彼らは日本各地を自由に遍歴することができたという
のが網野氏の説です。

この本は基本的に学術書ですが、行間にはかつての自由民への憧景や管理社会
と化した現代への不安などがちりばめられ、異彩をはなっています。

そして網野氏の一連の研究をはじめて時代小説に盛り込んだのが隆慶一郎氏で
す。彼は網野氏の研究に想を得て、日本の中世から近世にかけての歴史を見直
し、従来の時代小説にない物語世界を構築しました。

彼の作品には「吉原御免状」「かくれざと苦界行」「影武者徳川家康」(以上
新潮文庫)「花と火の帝」(講談社文庫)などがあります。これらの作品に流れ
る日本の歴史は一貫しており、それぞれの作品は密接にリンクしています。

基本的にミステリー小説なので、詳しいストーリーは割愛しますが、五木氏の
諸作品に通じるロマンを感じます。強いて難を挙げれば、官能的な部分が多く、
女性には読みづらいということですが、決してただの官能小説ということでは
なくて、緻密な物語性と新しい歴史の知見に満ちあふれたすぐれた歴史小説だ
と私は思います。

先日、テレビで「もののけ姫」を見ました。この作品について宮崎監督は網野
氏の著作を参考にしたと明言していますが、個人的には宮崎氏は隆作品も参考
にしたのではないかと考えています。映画の随所に隆作品のエッセンスが感じ
られます。

みなさんのご参考になれば幸いです。
でわでわ

ヤゾー - 2001/01/28(日) 21:55<

知ってるつもり!?

サクラさん、「盲目の旅人…最後の瞽女・小林ハル」良かったです。

サクラ - 2001/01/27(土) 23:01<

漂白の想い

大河を前にして、幼い子どもが大声で歌っている姿が目に浮かびます。
声がつぶれ、それにまた声をのせ...
暖かな母から離れ盲いた娘がたどるのは、
雪道をつながり歩く瞽女のみち....

おミヨさん、おユキさん、情報ありがとう。
ぜひ、ビデオ見なくっちゃ...
津軽三味線聞かなくっちゃ...
雪だというのにあ〜忙しい忙しい...
忙しいって、元気ですって言う事なのよ!きっと...

漂白の想いに誘われて
ここを後にしたおのこは、いまいずこ..
いっぱい、いろんなことが新鮮で
頑張っているのかな...

「戒厳令の夜」わくわくしながら読んでいる・・・
外の雪は雨に変わった。
ぬくぬくとおいしい大根、今夜も食べた。

ヤゾー - 2001/01/27(土) 14:04<

彷徨ってます

おミヨさんの書き込みが、やる気を起こさせてくれます。
山小屋に帰ったら更新作業がんばります。

それにしても最近よく揺れますねぇ。

少し前のエルサルバドル大地震といい、昨日のインド大地震といい、
そして国内でもあちらこちらで揺れているようですね。
僕は今、山小屋を留守にして彷徨っていますが、
イヤーな感じの地震に二回も会いました。南海地震が近いのかなあ?

そこで気になるニュースをいくつかピックアップしてみました。
朝日.comニュースに、富士山の低周波地震、噴火についての調査を開始することを検討とのこと。
大阪新聞の一面トップには現在の兵庫県北部の群発地震がどうも南海地震の前兆ではないかとし、
過去の経験則で3月に大きな地震が起こる可能性を疑った記事がありました。

おミヨ - 2001/01/26(金) 18:15<

おユキちやん

杉本キクエについての情報色々有り難うございました。
「ごぜ おりん」の映画、面白そうだからみてみたいと思います。

津軽じんょがら節 おれん口説 (旧節)

ここに不憫なまま子の口説
国はいずこか わが外ヶ浜
村は今別 その名は四郎兵衛

一人娘のおれんというて
一つ二つで 母親わかれ
三つ四つで 継母育ち

十二や十三からはやなりそめて
村の若衆は みな恋にくる
ある日父親 上方かけた

家に残りしその継母は
そこでおれんを 殺しにかかる
母はどこゆく 毒草とりに

       以下略

                

  

おユキ - 2001/01/26(金) 15:03<

説明不足でした

ここのページに

http://www2u.biglobe.ne.jp/~nikkicho/goze.htm

杉本キクエさんが「はなれ瞽女おりん」の映画で瞽女唄を唄われていましたとあったのです。

おユキ - 2001/01/26(金) 12:46<

はなれ瞽女おりん

私、映画は見てないんです。
だから、杉本キクエさんが映画に出演して、ごぜ唄を唄っているのかどうか知らないんです。
おミヨさん、ごめんなさい。

「はなれ瞽女おりん」

製作年・77 監督・篠田正浩 原作・水上勉 脚本・篠田正浩/長谷部慶治

おりん ・岩下志麻  大男・原田芳雄

炭焼男の役で瀬降り物語にも出演していた殿山泰司さんも出演しているみたいです。

ヤナギムシ - 2001/01/26(金) 01:52<

でえこん

遠くばかり、見ていたら自分の足元が、ぬかるんでいる事に気付かなかった
  15日、入ってならない・・暗い山に足を踏み入れてしまった
  冷たい風が、全身を包んで私を動けなくした
温かい”でえこん”彼女は、たべてくれたかな?
     たより、・・来たろうか?!!


  あかるい・・声が聞こえたから・・ヤナギムシになれたんだろう
             よかった!

ヤゾー - 2001/01/26(金) 00:39<

リンク

yourself さん、はじめまして。

その史上最低のB級雑誌、と銘打った、GON(?)のサンカ特集のことを知りません。
また迷い込んできて、詳しく教えて下さい。

そうかあ、斉藤真一の描いていた女の絵は瞽女だったのかあ。
はじめて知りました。

リンクに豊国鍛工場って土佐の鍛冶屋さんが追加されました。
なんとウメガイを作っています。

謡子 - 2001/01/25(木) 21:50<

元気です

おミヨさん、気にかけてくださってどうもありがとう。
私も今日、久々にウラに現れていたでしょ?ふふふ。
書き込みもクセのもののようで、しないときはちっとも書かないのに、書き出すと続きます。
でも、書かない時でも、おミヨさんの書き込み、本当に楽しみで一日に何度も覗いています。
でしゃばりすぎなんてことは言わないで、これからもいっぱい書いて下さいな。

つづき - 2001/01/25(木) 17:32<
うらに謡子さんの書き込みありました。

元気でした。

おミヨ - 2001/01/25(木) 17:11<

おユキちやん

「ごぜ おりん」の映画見ていないのですが、杉本キクエさんは、映画に出て
ごぜ唄を唄っているのですか?そうなんですか?知りませんでした。
こんどビデオ屋さんで借りてみてみます。
大山真人「あるごぜ宿の没落」を読んで、他からの情報ですが
杉本キクエさんのごぜ唄のレコードがあると聞いたもので、
是非聞いてみたいと思っていましたが、探しようがないですもん・・・ね。

斎藤真一さん、味わい深い絵ですよね。

やなぎむしさん

雪の下の”でえこん”の味はいかがでしたか?
ところで
”風呂吹きでいこん”と”お風呂”はなにか関係はあるのでしょうか?

謡子さん

元気していますか?
BBS開いてカキコがないと寂しくて、つい自分で書き込みしてしまうのですが
おミヨでしゃばりすぎ?



おユキ - 2001/01/25(木) 12:09<

高田瞽女

杉本キクエさんって水上勉の『はなれ瞽女おりん』の映画で瞽女唄を唄っていた方ですよね。

おミヨさん、サクラさんの影響かしら、私も少し瞽女について調べてみました。
瞽女は、村から村へ、三味線を弾き、祭文松坂や説き節などを歌い、
閉ざされた山国の寒村に娯楽を持ちはこんだ盲目の女旅芸人で、
目の見える方もいましたが、長続きしなかったとのことです。

斎藤真一さんという絵描きさんが瞽女の絵を描き続けたとのことです。

yourself - 2001/01/25(木) 06:58<
Webをうろついていたら、迷い込んでしまいました。お初にお目にかかります。
さて、サンカといえば、五年くらい前でしょうか、その頃 史上最低のB級雑誌、と銘打った、GON(?)..よくおぼえていない...とかいう雑誌で特集していたことがありました。
こんなことはもうみなさん御存じですね、失礼しました。
ではまた。

おミヨ - 2001/01/24(水) 22:50<

ノボトの婆

黄昏時に女や子供、家の外に出ている者はよく神隠しにあうこと多し
それとも狂気の世界に入り、山に迷い込で行く事も昔は多かったのでしょうか?

ごぜの杉本キクエさんはご存知ですか?高田のごぜさんです。
杉本キクエさんの、ごぜ歌のレコード、一時は探して歩いたのですが見つかりませんでした。

高橋竹山の津軽ジャミセンはしびれます。


ヤマガラの子供の写真、春まで楽しみにしています。

上垣和三郎さんと大国主命そういえば似ていますね。

ニュースステーションみながらのカキコでした。
久米さん素敵。





おミヨ - 2001/01/24(水) 06:38<

みなさま有り難う!!

ノボトの婆は抹消されていたんですね。


「最期のごぜ 小林ハル」 ぜひ 是非みます。

こいう番組大好き

情報有り難うございました。

出勤まえにてこれで。







サクラ - 2001/01/24(水) 00:18<

寒戸の婆

寒戸の婆は、山に分け入って帰ってこなかった若妻のことなのか...
背降りくらしの又来た道に、かえらぬ過去を覗きに里におりたのか...
帰れぬと人よりわかっていた婆が、泣いて叫んだゆえなのか...
サムトの婆のこころが哀しい..
せめてガタゴト戸をあけて、いっぱいのお茶でものんでござれ
今宵は嵐もままよまま...

登戸では、茂助というこの話の婆のうちがあるが、戸籍、過去帳を調べても
実在の人と語りつながれている婆の名前がないそうである。
古来、異型の人がいた場合、過去帳から、系図から、戸籍から、墓迄も
完全に抹消したという。

上垣和三郎にも、ベールがかかり
写真の笑顔がなぜか、ますます私をひきつける...

おミヨさん、「最期のごぜ  小林 ハル 101歳」
今度の知ってるつもりで放送予定

ヤゾー - 2001/01/23(火) 23:45<

ご愁傷さまです

インコだけでなく熱帯魚まで育てていたのですね。
心優しいおミヨさんのこと故、さぞかし落胆のことだと思います。
それにしても、おミヨさんらしい名前の熱帯魚さんでした。合掌。

おミヨ - 2001/01/23(火) 20:58<

まだみぬ他界野辺送り


  熱帯魚の三平と義春死亡





ヤゾー - 2001/01/22(月) 23:30<

鳥の友

おミヨさん、おユキちゃん、こんばんわ。
ロフトの窓の上の巣箱に、少し前からヤマガラが寝ています。
春になれば卵を生んで子育てが始まると思います。

その前に、朝早くからキツツキのようにクチバシで巣箱を突く音がするので、
僕は早起きになります。もう一度寝ますが・・・(^_^)v

おユキ - 2001/01/22(月) 15:05<

大国主命

おミヨさんちのピーちゃんも可愛いけど、ヤゾーさんの山にいるヤマガラも可愛いですね。

どちらもピーナッツが好きなんて、とても楽しい話しです。

それとおミヨさんのピーちゃんのピーナッツ齧りながら・・・も微笑んでしまいます。

上垣和三郎さんの写真見ましたが、大国主命みたいって思いました。

きっと大国主命の顔も上垣さんのような立派な顔をしていたのでしょうね。

おミヨ - 2001/01/22(月) 10:25<

寒戸の婆

己さんよろしく。巳さん、乙さん、字がにてて巳さんと読んでいたら己さんだった。

寒戸の婆の舞台は現在の遠野市松崎町だが、そこには寒戸という地名は存在していない。

佐々木喜善がまとめた「東奥異聞」には「松崎村字ノボト(登戸)に茂助と云う家がある・・」

と語り出されていて、地名がサトムでなくノボトになっていて、そのノボト(登戸)と

いう地名は今も存在する。また、「東奥異聞」によると、女が帰って来たのは三十年後

ではなく「幾年かの後に奇怪な老婆」になってやってきて、その後も毎年訪れて来たと

かたり、そのたびに嵐になるので村人は困り果て、茂助の家では巫女や山伏に頼んで

祈祷してもらい、村と山との境界に石塔を建てて老婆が来ないように封じ込めたと語り、

「その石塔も大正初年の大洪水の時に流出して今は無いのである。」とかたられている。

このノボトの婆は、土地ではモンスケ婆と呼ばれて恐れられる存在とともに、実在した女性

がモデルとか・・・。

サムトの婆は、土地ではノボトの婆と呼ばれていたようだが、「遠野物語」が有名になるとともに

サムトの婆の方が市民権を獲得していったらしい。

風が激しく吹く日は、「今日はサムトの婆が帰ってきそうな日」と遠野郷の人達は云うそうである。

                                      おわり

Rainyさんの御友人の方退院日が決まって本当に良かったです。

ヤマガラさん、ここにも覗きにきてほしいぞな。
うちのピーちゃんもピーナツ大好きです。
そのピーちゃんのピーナツ齧りながら書いてるおミヨ。

ヤゾー - 2001/01/21(日) 23:26<

上垣和三郎氏晩年の写真

先祖返りして地戻った上垣和三郎氏なる人物の存在は知ってはいましたが、(以前、おミヨさんも紹介していた)
氏の晩年の写真を再び見る機会を得て、大感激してしまいました。
こんな立派な顔の人は滅多にいないと思わんばかりの顔なのでありました。

上垣氏の先祖は縄文以前からの職業であるマムシ取りの田地火であり、火明命の一族であるとのことです。
こういう人物に憧れる自分が怖いです・・・(-_-;)
氏の写真を画像掲示板へアップしました。

利田ヤゾウ、ラビさんの曲には何故かピッタシくるものがあります。
彼女の出自などを考えると、不思議な気もしますが、
とても意味のある現象のような気がするときがあります。

利田 - 2001/01/21(日) 02:57<

言霊

乙さん、初めまして。
「言霊」という響き好きです。

中山ラビの「MUZAN」というアルバムに「言霊」という曲が有ります。
すんごい、良いです。

「山人」と「柳田クニオ」をテーマにした漫画があります。「北神伝碕」というようなタイトルだったと思います。
ストーリーは複雑過ぎて良く覚えていません。

ヤゾー - 2001/01/20(土) 23:30<

今日は冷たい雨でした

サクラさん、こんばんわ。

言霊の続きを書きたいのですが、理解とは程遠い状態なので書けません。
頭で理解するのではなくて、胸や肌で理解しなければ分かってこないものらしいです。
それと、なんとなく分かったような気がするのが一番良い状態なのだそうです?

サクラ - 2001/01/20(土) 22:42<
己さん始めまして
私も同じに、ここのあったか〜い雰囲気に、皆さんの博識に臆しながらも
来るようになったひとりです。
己さんも、また来てくださいね。

やぞーさん
言霊使いの話がわかったような、わかんないような..
とっても面白く読みました。
早くつづきがよみたいな...

今日、東京は雪
kumanoではいかがでしょうか?
雪のkumano写真のUPも、なぜか心待ちしているのです。


ヤゾー - 2001/01/18(木) 14:15<
己さん、はじめまして、そして、ありがとうございます。
是非、またいらして下さい。

> 本当の日本人というものを挙げるとすれば、それは山人を指すのかもしれません。

本州に住む日本人で、日本人特有の遺伝子を持つ人が、全体の5%足らずしか居ないと聞いたときに、
それはもしかしたら、山人を始めとした人たちかも知れないと思ったことがありました。

> おミヨ人形.おユキ人形・謡子人形....etc....かわいい竹人形がいっぱいできそう
          
別に僕が作ったわけではないのですが、
サクラ人形を作るときには桜の皮を着せてあげますね。

- 2001/01/18(木) 01:56<

山人論読ませていただきました

どうも初めまして。いまサンガについての文章を読み終わりました。
とてもすっきりしました。斬新で素晴らしかったのでまた来てみたいと思います。
というか、ここのHPの雰囲気がなかなか素敵ですね・・・

私も民俗学を勉強してましたが、やはり山人について大変興味がありました。
実際山人研究は大変難しいですが、失われたもう一つの歴史に想いをはせていくのも
なかなか良いものだと思います。
本当の日本人というものを挙げるとすれば、それは山人を指すのかもしれません。

それでは、また来ると思いますので、よろしくお願いします。

サクラ - 2001/01/17(水) 23:42<

kumano竹人形

竹のせんが色っぽいですか?
       優しい顔がまた、すてき!
           でも、背筋伸ばして。シャミもって.....
はなれ瞽女おりんを私も思い出しちゃった。(笑)

>ヤゾーさん
  おミヨ人形.おユキ人形・謡子人形....etc....かわいい竹人形がいっぱいできそう
           
  そしてかわいい女の子の竹人形も...
                     もちろん名前はササラ

かぐや姫のあわい灯りの中で、見てみたい....

ヤゾー - 2001/01/17(水) 23:02<

『竹取物語』

僕が始めて手にした絵本は『竹取物語』でした。
確か二、三歳のことだと思います。 
その物語は、今でも自分が体験した出来事のように記憶に残っているのです。
その絵本を携えて、和歌浦の旅館に泊まりに行った時の記憶が思い出されます。
お月さんから僕を迎えに来るんだと訳の分からないことを言っては旅館の障子に穴を開けて叱られ、
寝小便をしてまた叱られました。
それは、自分の前世が宇宙人なので、強く共鳴するのだと、半分マジで思っていました。

しかし、『竹取物語』に秘められた想いを考えると、別の意味合いが浮上してきます。
かぐや姫を育てた竹取り翁とは、大和朝廷に最後まで抵抗した縄文の系譜をひく先住民であり、
貧しい賤民であったと言います。
かぐや姫の美しさに言い寄った五人の貴族には、それぞれモデルがあったのだとも言います。
貴族や帝に対しては、最後まで心を開かず、かぐや姫が心を開いたのは貧しい竹取り翁であったところに、
作者の強い想いが感じられたりします。
かぐや姫は竹の呪力を身に付け、その呪力の背後には月の霊力があったのだと言います。
それゆえに、いかなる権威をも拒否できたのかも知れません。

>「かぐや姫」は、作ヤゾーさんですか?

アイデアを出して作って貰いましたが、あまりにも単純過ぎて芸がないので、
今、色々と工夫を考えています。

おミヨ - 2001/01/17(水) 11:45<

竹細工の村

「山の上の竹カゴ」として一時は南米にまで輸出され、そのきめのこまかさと手編み技術の

優秀さでしられていた。かっての竹細工村というだけに、マダケ、ハチク、モウソウダケ、

メダケなどの繁茂した藪が、集落の周りを取り巻いて、どの家もひっそりとかくれてみえた。

が、もうこの村に竹細工をしている人はいない。

ここの竹細工は、四百年(室町後期)ほど前から竹籠づくりをはじめていて、常称寺の開基、

正雲なる人が、出口・松ヶ鼻(枚方市中振)の籠屋と馴染みになり、村内に籠座をひらいて、

竹籠作りをすすめたと伝えられる。丘陵の中腹にある山の上は、農村というより山村的集落。

人口の割に田畑少なく、河川の氾濫で農作物の被害たえず、竹細工が盛んだつたとか。

昭和初期までは四十戸ぐらいあったが、今は細々と十人たらずの老人が、竹細工作りを

やっているが一人一日5個ぐらいで日当にもならないと・・・。

                       昭和41年3月 枚方散歩より



おミヨ - 2001/01/17(水) 10:04<

竹人形

竹人形の「お美代」風情があってなかなかいいです。

遠い昔に読んだ「ごぜのおりん」ともかさなって

思い出してしまいました。

「かぐや姫」は、作ヤゾーさんですか?

ヤゾー - 2001/01/16(火) 23:23<

お美代さんの写真?

三角寛氏のサンカ小説『瞽女姫 お美代』を彷佛とさせる竹人形を見つけました。
画像掲示板にアップしました。
サクラさん、越前竹人形ではないですが、なかなか良いでしょ。

サクラ - 2001/01/16(火) 01:24<

きばりいや

Rainyさん
本当に、大変な時ってあるもんですよね。
何もかもが重なって...(私みたいじゃん)

枯れ葉に惹かれて引っ越されたRainyさんの新居報告が聞けないのは、残念だけど、
きっともうすぐ春、若葉の芽吹きがRainyさんを元気にしてくれそうな気が...

長期休暇明けを待っています。
     ここ、kumanoで...まっています。
         はやく、みんなで遊べるように....

そして、Rainyさんも健康には気をつけて下さい。
      少しの間、さようなら....そしてありがとうございました。

ヤゾー - 2001/01/16(火) 00:05<

お見舞い

なにか大変そうですね。
入院された友人のご快復をお祈りしています。

普段の生活のペースに戻りましたら、
また、掲示板、チャットにおこし下さい。
お待ちしております。

Rainy - 2001/01/15(月) 23:41<

長期休暇

友人の入院
自身の引越
それにともなう部屋のかたづけ
テレホ効かず
不慣れな新しい部屋
これまでより早起き
etc...etc...

もろもろの事情によりしばしお休みします
皆さんの健康とご多幸をお祈りします

ありがとうございました

Rainy - 2001/01/15(月) 23:37<

長期休暇

友人の入院

ヤゾー - 2001/01/15(月) 23:15<

雪が降ってます

おユキちゃん、こんばんわ。

山田洋次監督の初期の作品を随分観ましたが、
なんとなく、そういったことを意識して作られたように感じました。
だから、憶測ですが、意図的につけた役名だと思います。

おユキ - 2001/01/15(月) 15:00<

雪女

>小正月の十五日・・山にはいっちゃなんね!!
>雪女がでんぞ!!

おユキです...。
わたしも、ここを覗くことで癒されています。

ところで、フーテンの寅さんの車寅次郎と非人頭の車善七とは関係あるのですか?
車って姓は、とても珍しいと思うのですが、意図的につけた役名なんでしょうか?

ヤゾー - 2001/01/14(日) 23:30<

感謝の言葉

おミヨさん、サクラさんの言葉に、僕も癒され励まされています。

ヤナギムシ - 2001/01/14(日) 23:17<

雪女

小正月の十五日・・山にはいっちゃなんね!!
  雪女がでんぞ!!

雪が山から落ちてくる・・・・・・うちわ、比叡おろしですねん・・・
  あんさんの、心を雪にしてしまいますーーーぇ

寒い心、寂しい心・・・今は冷たいゆきのした

  おおっと、雪ノ下の”でえこん”
    おお、青くびでねえだか!!
  まだ、腐らねえで、ええ色しちょる

雪が解けるまで、まっとったら・・・しなびてまうでな

  はやいめに、汚い泥落として・・みんなでたべよかのーーぉ
たのしい・・ええ・・夕べになるからなーーぁ

  おおっと・・
    郵便やさん、私にええ友達からの・・・年賀状わすれてへんかいな?


  ない!!・・ほな・・たより楽しみに待つことにしましょ・・


            春までまだまが、おますもんね



         やなぎむし・・ヤナギムシ

おミヨ - 2001/01/14(日) 21:37<

サクラさん

   

  元気だしましょうね。(^0^)

サクラ - 2001/01/14(日) 12:12<
正月に昨年8月以来音信を絶っていた友から年賀状が来た。
彼女の心の闇に、お互いに会う事も出来ない.....
私の賀状に泣いていたと...共通の友から聞いた。

心の糸が結べない....
メールも携帯も鳴らない....
寂しさに落ち込んだここ何日か....

そんな時kumanoからの風が心地よい
異国の風が心地よい

春は、まだまだ、先なのに
春を、もう心待ちにしている....きょう

たくさんの元気ありがとう...

おミヨ - 2001/01/14(日) 08:16<

無題

お答え有り難うございました。

このページは博識な方々ばかりで、色々な事を知る事ができて本当に嬉しいです。

いい方々と知り合えて視野がひろがります。

長く続けてくださいね。

ヤゾー - 2001/01/13(土) 21:00<

補足

『シェルドレイクの「形態形成場」という理論』

ロンドンの実験室で千匹のラットにある新しい行動パターンを学習させた場合、
世界中のどこの実験室のラットも、この同じ行動パターンをたやすくこなせるようになる。
それは形態形成場に時空を超えた共鳴現象が起きることによるものだと考え、
生命の形態や行動、進化を考える上で「形態形成場」という未知の場を導入することで、
生き物の形や行動、意識は「形態形成場」を通して個体が「形態共鳴」しあうことで決まるのだという。


『ライアル・ワトソン 「生命潮流」100匹目のサル』

九州の幸島というところに日本猿のコロニーがあり、猿の行動研究が行われている。
そのコロニーで、不思議な出来事が起こった。 
一匹のメス猿が餌としてくれるサツマ芋を海水で洗って食べ始めたのだ。
海水で洗うと綺麗になるばかりか塩味もついて美味しくなった。
小猿たちはすぐに真似をして、同じように海水で洗ってサツマ芋を食べ始めたが、
大人になった猿は頭が堅いのか、なかなか真似はしなかった。
ところが、小猿たちがあまりに美味しそうにサツマ芋を食べるので 大人の猿も徐々に真似し始めた。
そこで不思議な出来事が起こった。
サツマ芋を海水で洗って食べる猿が、100匹目に達した時に、急激にイモを洗う猿が増え始め、
つぎの日には幸島の全ての猿がイモを洗うようになる。
そして、それは違う島の猿のみならず日本猿全てにその影響がおよび、同じように猿たちは芋を洗い始める。 
「100匹目のサル」現象と紹介されたこの出来事は、進化や学習について新しい問題を突き付けてきた。

>山の神様はオコゼが好きという。
>何故ですかぁ〜〜?

一般的には、山の神さんは醜女で嫉妬深いとされていて、
醜いオコゼを供えることで、優越感を味わってもらうためだと言われていますが、定かではありません。

ヤゾー - 2001/01/13(土) 18:00<

『生命のニューサイエンス』と『進化論裁判』

>所で、シェルトグレイクの「生命のニューサイエンス」読んだ人、手をあげてください。

>アメリカの何とか州で「進化論」と「アダムとイブ」派で至極真面目な裁判が行われて
>いた話しがありましたが、どなたかご存知ありませんか?

テネシー州での進化論裁判(モンキートライアル)のことだと思います。
1925年テネシー州において、ある教師が生徒にダーウィンの進化論を教えたことで告訴され、
有罪とされて罰金を支払ったというもので、「モンキー裁判」と通称されているそうです。
その進化論に新しい仮説を唱えたのが『生命のニューサイエンス』といったところでしょうか?

『ネイチャー』誌が「焚書に値する」と言い、『ニュー・サイエンティスト』誌は「真正の科学」と評したといわれ、
その仮説を支持しようものなら学会からは抹殺されかねないほど、異端視されたようですね。
シェルドレイクが、その仮説を思いついたのは、インドの研究所で熱帯作物の収穫量を増やす研究をしていた時期に、
ヨガのアシュラムで瞑想していたときだそうで、ダーウィンとアインシュタインをあわせたような
天才かもしれないとささやく声も聞かれるほど、彼の提唱した仮説は重大な意味を持ち始めていると言われているそうです。

前にも利田ヤゾウが紹介していましたが、さどかし難しい本だろうなと思っていたら、
知人の言霊遣いも同じようなこと言います・・・(・_・?)

>BBS「字」大きくしたい時どうするの??

表示の拡大と縮小ってボタンがブラウザに付いていないですか?(マック版エキスプローラーにはあるのですが)
もし付いてなかったら、初期設定でフォントのサイズを大きくしたらどうでしょう?

おミヨ - 2001/01/13(土) 15:23<

オコゼ

山の神様はオコゼが好きという。

何故ですかぁ〜〜?

秋から冬にかけて、仙台湾ではたくさんとれる魚で、醜悪で無気味な姿だが、

味は天下第一の美味で一度食べたら忘れられない味、こんなうまい魚はそうざらにあるもの

ではないそうです。オコゼのぶつ切りに、大根、ネギ、サトイモと煮た仙台味噌汁は天下の

絶品だそうで、このオコゼ、山の神様の大好物で、御願い事があると白紙に包んだ乾燥オコゼを

懐中からちょっとだけ出し、すぐまた懐中にいれて御願いすると不思議に願いがかなうそうです。

山の神様にオコゼを出すとき、頭の方だけを一寸のぞかせてみせ、全部みせてはならないという。

全部をみせると、山の神様は笑ってしまって効果がないという。

大峯山麓の天川村洞川には山の神のホコラがあり、祭日は旧二月と旧十一月の七日。祭日には

天狗様(この辺ではクインサンという)が南天の枝を持っている版画をかけオコゼを供える。

また、大和の吉野川筋東吉野村地方の山の神様はナガスネヒコの流れ矢に当ってなくなった五瀬命で

旧正月と旧十一月七日が祭日で、やはり大好物のオコゼを供える。

全国的に行われる習俗のようだが、山の神様とオコゼの関係は今も解明されていないという。

                              仙台マタギ鹿狩りの話より

おミヨ - 2001/01/13(土) 11:31<

無題

ヤゾーさま様

BBS「字」大きくしたい時どうするの??

おミヨ - 2001/01/13(土) 11:21<

盆踊りのサンカ娘

田辺貞之助の「江東昔はなし」のなかに昭和12年の頃のお話として、友人のT君が塩原
に旅行に出掛け、塩原のお仙ころがしの岩の下の箒川の橋の近くの宿に泊まった折、夕食後
盆踊りの見物していると、「踊ってくれませんか?」と娘に声を掛けられ、誘われるまま、
娘の家に招待され婿でも扱うような扱いを受け、娘からの寝物語りに父親はサンカで、掟
にそむいて他者の娘と恋におちたため,仲間から放逐され、それで、二十数年前に塩原に
来て、鳥獣の狩りをして生計をたてていたが、土地の者から相手にされず、誰も付き合って
くれない。したがって、年頃になつた娘に縁談のありようがない。
そこで、親達が心配して、年に一度、八幡さまの盆踊りの晩に、何も知らない町の男を
誘ってきて夫婦の交わりをすることを許した。だから親達はその男を娘の婿として歓待
したのであった。で、T君は娘の素朴さと純情さに感激して2晩過ごし、うしろ髪引かれる
思いで東京に帰ってきた。が、その直後9月1日の大震災で彼のロマンスも立ち消えになつた。

東北のサンカと関係ありませんが上記の話し思い出しました。

アメリカの何とか州で「進化論」と「アダムとイブ」派で至極真面目な裁判が行われて
いた話しがありましたが、どなたかご存知ありませんか?



利田 - 2001/01/13(土) 01:35<

東北デ「サンカ」歓迎の答

keijuサン、羨ましい。ドイツ行きたい。

デ、「東北でサンカが歓迎されたワケ」の答え

江戸時代は「シノウコウショウ以下略」政策で、お上カラ「勝手に移動するな、引越しするな」だったわけです。
明治になっても鉄道がなかなか曳かれず、冬季は豪雪のため「移動」がママナラナカッタのです。

結果的に、「近親婚」が多くなり、「白子」の発生率も東北が一番だったそうです。

その為、タマニ「サンカ」の人がくると「より良い子孫を残す」という本能から、「是非、うちの娘と結婚してください、してくれなくても一発やって下さい」という事態になったそうです。

(真偽のほどは判りませんが、納得スルデショ?)

「より良い、子孫を残したい」というのは

人間以前の生物としての本能と考えています。

以上、酔っ払うと「進化論」の話を延々と喋る利田でした

所で、シェルトグレイクの「生命のニューサイエンス」読んだ人、手をあげてください。


ヤゾー - 2001/01/12(金) 23:04<

箕の需要

もんむーさん、サクラさん、こんばんわ。
独特の製法で箕づくりをする時吉さんの話しですね。

昔、箕は主に農作業で使われてきたように思われがちですが、
実は土木工事やタタラの方が需要が高かったように思います。
今でも土木工事などでは、テミとかジョレンというプラスチックや
ブリキで作った箕が活躍しています。僕も随分お世話になりました。

最近、竹を使って何か造ろうと目論んでいます。
今、木工所のトモダチと『かぐや姫』という名前の竹の照明機具を試作中で、
とりあえず簡単に造ってみましたが、あまりにも工夫が無さ過ぎるので、
なにかよい工夫がないかと思案しています。
それを画像掲示板へアップしてみましたので見て笑ってやって下さい。

サクラさん、星野 道夫さんのドキュメンタリー、つい最近テレビで見ましたよ。

サクラ - 2001/01/12(金) 20:46<
過ぎ去った時代に思いを馳せる時、人間の歴史の持つ短さに僕は圧倒される。
僕はいつの頃からか、歴史の長さを人の一生で考えるようになった。
今、自分がここに在ると言う事は、歴史のどの時代にも自分の分身がどこかにいたという事だ。
親からスタートして自分の分身が一列にずっと並んだなら、
例えば二千年前の弥生時代の分身は、わずか七、八十人先なのだ。
振り返り、少し眼をこらせばその男の顔をかすかに読みとることだってできるだろう。
僕たちの人間の歴史とは、それほどついこの間の出来事なのだ。
  不安な事は、人の暮らしが変わってゆく事ではない。その速さである。暗い予兆を内包する、
加速度的な速さである。        星野 道夫 「イニュニック(生命)」

本の間にはさまれた、アラスカの雪原の写真を見ながら、
昨日に続く明日の今日に、泣き笑いしている私がここにいる。

もんむー - 2001/01/12(金) 09:56<

縁起物

ヤゾーさん、こんにちわ

先日、「手業に学べ」塩野米松(小学館)の中の鹿児島の箕づくり師の話の聞き
書きを読んでたら、今では、箕の注文のほとんどが縁起物だそうです。娘の嫁
入りや子供の誕生日などの祭事に使うのだそうです。

この人は箕づくりの起源にもふれていて、この人の先祖の豪族が島津氏に追わ
れ、山に逃げこんだ折にサンカの人から教わって箕づくりを始めたそうです。

また鹿児島の箕づくり師はウメガイのことを「ヤマガラシ」と呼ぶそうです。
肝心の道具の写真が載ってなかったので確認はできないのですが。

話はかわって、「鳥の歌」を読んでたら、ボラバイトのことを思い出し、その
ホームページをさがしたら、アドレスが http://www.sankanet.co.jp だった
んでびっくりしました。おそらく偶然のようですが。

ボラバイトとは人手の少ない地方の農家や宿泊施設の仕事を手伝うことで、こ
のページではその斡旋をしています。

ヤゾー - 2001/01/12(金) 00:33<

『十日えびす』と『箕の縁起物』

年のはじめに商売繁盛、家内安全を祈願するお祭りとして知られている『十日えびす』というお祭りがあります。
その「商売繁盛ササ持って来い」のかけ声で知られる『十日えびす』に付き物の福笹の縁起物に、
箕の中に恵比須大黒の顔の付いたような縁起物があります。
昨夜、ヤナギムシさんとのチャットで、あの箕は丹波周辺で作っていることを聞いたことがあり、
箕作りの伝統守るために広められた祭りかも知れないとのやり取りがありました。

そこでエビスについて調べてみると、昔は殆どのえびす神社は「ヒルコ」を祭っていたようですが、
明治時代に神社登録する時に捨てられたヒルコは神にふさわしくないという理由で、
祭神を海の神「事代主命」に変更したようです。
それで今では、えびす神社の多くが「事代主命」を祭っているとのことでした。
一般的にはエビスを渡来してきた神だとの認識がありますが、
どちらかというと征夷大将軍等に使う夷もエビスと読みますし、
蛭子(ヒルコ)と書いてエビスと読むことから原住民系の神さんなのかも知れません。

画像掲示板に、箕の縁起物の写真をアップしています。

ヤゾー - 2001/01/10(水) 15:20<

嵐の夜でした

遥々ドイツからのカキコどうもです。
こちらでは風雨が強くてカミナリが鳴り響くような天候でした。
で月は見れませんでした。

Keijuさんの掲示板みたらドイツのスーパーマーケットは凄いとのことで、
やはり日本より食料品が豊かで値段が安いのでしょうか?
僕もこれから最寄りの街のスーパーへ買い物へ行ってきます。

ドイツでの演奏活動、ご活躍をお祈りしています。

KEIJU - 2001/01/10(水) 10:05<

HI! from GEMANY!

How are you doing? now I can not write JAPANESE here sorry! but can read!
Do you see moon tonight there? it was quite nice from here!
I am having good time here with nice friends and wine!!!!

ヤゾー - 2001/01/09(火) 17:25<

へ、そうでしたか?

おユキちゃんの方が可愛い感じがして良かったですね。
おユキちゃん、今年もよろしくお願いします。

>チヌみたいな魚は、へダイ・・・通称へです

食べたら不味かったです。通称へ、だから?


>全員はずれ。
>東北の豪雪地帯にはもっと深刻な問題が存在していたのです。

うーん、なんだろう?
妙に気になってしまう話しですね。
もう一度考えよう。

おユキ - 2001/01/09(火) 15:02<

新年おめでとうございます

遅れましたが、新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

おミヨさんに、おユキちゃんって呼ばれて嬉しいな!!

ヤナギムシ - 2001/01/09(火) 00:18<

それは・・へです

釣り日記の・・チヌみたいな魚は、へダイ・・・通称へです
みなさん博学な記術ばかりのところへ
 気の抜けたラムネみたいな発言・・・堪忍ね!

  あんまり堅いとシンドイねんもん!

利田 - 2001/01/08(月) 23:22<

東北でサンカ大歓迎の

>娯楽のない豪雪地帯では芸能関係で楽しませる。

>ヤゾーさんの当りかも・・・

>豪雪地帯でサンカが大歓迎??
  @ 雪国での必需品ワカンジキ、雪袴(木地材料)、ニゾ(ワラのしんで編んだ帽子)
    蓑(雨、雪除け)、ハバキ(脚絆)、藁靴(深靴、ツマゴワラジ)、下駄、足駄、
    足袋(ハダキ、マダノキ、スギノキで作る)などの物々交換と修理
  A 狩猟での獲物、鳥、河魚等の蛋白源などとの物々交換
  B その他生活必需品の燃料、ランプ油などの運搬と物々交換
  C 雪かき、雪降ろし
おミヨブツブツと上記これだけ考えましたが、的はずれですね。きっと。(@。@)


全員はずれ。
東北の豪雪地帯にはもっと深刻な問題が存在していたのです。

答えは、まだ秘密

もんむー - 2001/01/08(月) 12:35<

ヒマラヤの郵便配達

インドでは古くからハーカラと呼ばれる郵便配達夫がいた。彼らは鉄道の終着
駅からヒマラヤの山村に向け、徒歩で郵便を配達する。一日に30キロの山道を
歩き、ハーカラ以外には知られていない秘密の山道を知っている。立寄る村々
では字の読めない村民のために手紙を読んでやり、代筆もする。またよその村
の情報も伝える役目も果たしている。

彼らの装備は驚くほど簡素である。ごく普通の運動靴、ごく普通の普段着で郵
便袋を肩にかついでいるだけである。背筋をピンと伸ばし、ゆったりと野山を
歩く。その姿は優雅でさえある。急ぎの時にはその格好で走ることもあり、山
中で日が沈めば野宿をすることもある。

彼らは古くからインドの情報ネットワークの要であり、孤立したヒマラヤの村
人の生活になくてはならないものであった。時には王族に雇われスパイ活動も
していたという。そして現在でも彼らは郵便袋をかついでヒマラヤの野山を歩
いている。

教育テレビ「ヒマラヤの郵便配達」より

おミヨ - 2001/01/08(月) 11:11<

東京はうっすらと雪!!

娯楽のない豪雪地帯では芸能関係で楽しませる。

ヤゾーさんの当りかも・・・

江戸〜明治に引っかかるものが何かありそうで〜〜〜。

当てたら東北地方瀬振り体験コース一週間かもね。

ヤゾー - 2001/01/07(日) 23:01<

世間師

東北地方、特に山奥の豪雪地帯でサンカが大歓迎された答えを当てたらお年玉でもくれるのかなあ?

東北は米処だから箕の需要が多かったというのでは当たり前過ぎるし・・・。

山奥の豪雪地帯とは、長いあいだ雪に閉ざされて情報も娯楽も乏しいと考えて、
自ら世間師というくらいサンカの人たちは世間のことは詳しい、それに芸達者な人が多かったので、
他国の情報や芸を披露して楽しませたというのはどんなもんでしょう?

僕には結構バラエティに富んだ友人知人がいます。
かなりリッチな奴もいれば限り無くホームレスに近い人もいます。
リッチな奴と一緒にいれば金銭的には助かるのですが、心が侘びしくなるときがあり、
貧乏な奴と一緒にいると、心が和むときがあります。
物質的豊かさと引換に心を貧しくした人間と、心の豊かさを求めて貧乏になった人間をみてる気がします。
どちらも度が過ぎたら、はっきり言ってアホ以外の何者でもないように思います。
ほどほどにしておいてほしいもんです。

                              訳の分からない独り言でした。

おミヨ - 2001/01/07(日) 13:35<

遠野物語102〜105 小正月

102 正月十五日の晩を小正月という。宵の程は子供等、福の神と称して四五人群を作り、
    袋を持ちて人の家に行き、明けの方から福の神が舞い込んだと唱えて餅を貰う習慣
    あり、宵を過ぐればこの晩に限り人々戸の外に出ずることなし。小正月の夜半過ぎは、
    山の神出でて遊ぶと言い伝えてあれば也。山口の字丸古立におまさと言う今三十五六の
    おんな、まだ十二三の年の事なり。如何なるわけにてか唯一人にて福の神に出で、
    ここをあるきて遅くなり、淋しき路を帰りしに、向の方より丈の高き男来て、
    すれちがいたり。顔はすてきに赤く眼はかがやけり。袋を捨てて逃げ帰り大に
    煩いたりと云えり。
103 小正月の夜、または小正月ならずとも冬の満月のよるは、雪女が出でて遊ぶという。
    童子をあまた引き連れて来ると云えり。里の子供冬は近辺の丘に行き、ソリッコ遊びを
    して面白さのあまり夜になる事あり。十五日の夜に限り、雪女が出るから早く帰れと
    戒めらるるは常の事なり。されど雪女を見たりと云う者は少なし。   他

おユキちゃん今年もよろしくね。
    

おミヨ - 2001/01/07(日) 09:44<

七草叩き

七草を、唱えごとをしながら包丁で叩き、粥に炊きこみ、七日の朝、歳神に供えてからたべる。
古くは万病を払うとされて、この日に正月餅をとりはずす。九州ではこれを鬼火、鬼の目はじき
とよんでいるそうな。これで大正月が終わり、次に小正月の準備にはいる。十五日の小正月の行事には
重要なものがおおく、その年の豊穣を願う削り掛、花木、餅花、まゆ玉などの儀礼、鳥追い、
庭田植え、成木責めなどの農耕行事、粥箸、粥杖などの占い、左義長、ドンド焼き等の火祭り、
ナマハゲ、カセドリなどの行事が集中して行われる。元来は月の満ち欠けを暦の基本とした
時代には、十五日の満月の方が重要視されたそうです。

豪雪地帯でサンカが大歓迎??
  @ 雪国での必需品ワカンジキ、雪袴(木地材料)、ニゾ(ワラのしんで編んだ帽子)
    蓑(雨、雪除け)、ハバキ(脚絆)、藁靴(深靴、ツマゴワラジ)、下駄、足駄、
    足袋(ハダキ、マダノキ、スギノキで作る)などの物々交換と修理
  A 狩猟での獲物、鳥、河魚等の蛋白源などとの物々交換
  B その他生活必需品の燃料、ランプ油などの運搬と物々交換
  C 雪かき、雪降ろし
おミヨブツブツと上記これだけ考えましたが、的はずれですね。きっと。(@。@)

今年の正月は暮れから12日間も休みをとりましたが、瞬きする間に正月も終わって
しまつて早七草。

サクラ - 2001/01/07(日) 01:51<

幸にせぶらん

瀬降では正月六日夜、タナホギという七草の祝いが行われる。
タナホギのタナはタナツモノの略語で、種子の芽生え育った五穀のことであるが
耕作をしない彼らは、主食以外は野面瀬(のもせ)にこれを求めて、
天然自然の山幸をタナツモノとしている。
正月六日に春の七草をつみ、七つの食物作りの具とともに、神に供える。
そこで、父親がウメガイをぬいて、払い言をとなえ、空気を斬り払う。
これを幸祈(さちのり)という。
この幸祈が終わると、ミソカミ打ちが始まる。和歌打ち(うたうち)である。

七草を のもせに摘みて
あがやから むくらい(医者)こわで
幸にせぶらん

   今日は七草....
                      皆様も七草を食べて、幸にせぶ(生活)らん.....




ヤゾー - 2001/01/06(土) 02:09<

奥三面(おくみおもて)

ダムの完成とともに水没する奥三面には日本の歴史を知る上で貴重な縄文遺跡があるそうですね。
全国で初めて見つかった「縄文時代の舗装道路」など貴重な遺跡があるそうです。

サク - 2001/01/06(土) 00:25<

『鳥の歌』廃刊について

まさか文庫版も廃刊になったのですか?
だとしたら問題ですね……。
他に五木さんの著書で廃刊になったものはあるのでしょうか?
圧力かな……。
それとも、五木氏の意志、なのかな……?
圧力のかけ方にも、いろいろとありますからね……。
つまるところ、この事態を五木氏がどう思っているかですよ……。

国家や巨大企業、放送メディア等が手を組み、
巨大コンピューターによって民衆を管理するなどの動きに対して、
主人公たちが嫌悪を覚えるようなところが問題だったのかな。
あの小説のあとがきなんて、そのまんまですからね。

あの頃の五木氏は、
たっぷり時間をとって取材をしたり、何か意を決した力強さがありました。
その作品が今、闇に屠られようとしている……。

もっと問題なのは、
主人公たちが感じた「そういった感情」さえも、
今まさに闇に葬られようとしていることです……。

これはおそらく五木氏が、
「大きな流れにしたがった」ためだと思いますが、
あまり遠慮するのも、逆境を愛する氏はよろこばないでしょう。

氏も文筆で何十年と活躍されてきたのですから、
こういう時こそ、自分の作品に責任を持つべきだと思うのです。

それに五木氏は、何を言われようと、
それに見合うくらい、もう充分いい思いをしてきましたからね。

そして、さらなる問題が目の前に迫ってきています。

そういう視点がないと、
「ミーハー・サンカ・ページ」だと、
【深いところにいる方】からは笑われると思うのですが……。

もんむー - 2001/01/05(金) 15:07<

大山の先導師

今日、丹沢の大山に初詣に行ってきました。

参道の旅館の多くに「先導師旅館」という看板が掲げられているので不思議に
思い、聞いてみると、昔大山に参詣に訪れる人達のために道案内をしたり宿を
提供したりする職業だということでした。ほかの霊山にもこのような職業があ
るのでしょうか。


サクラ - 2001/01/05(金) 01:30<

今日、古代米食べた

今日、新潟のお土産の古代米たいて食べてみた。
ふつうのお米に2割弱混ぜて...

真っ黒く見える御米が炊き上がったら、あずきの御赤飯のような色に
そまって....まさに赤米
奈良、平安時代まで食された記録があったと書かれていたけど...
確かに、神代の香りがしてきたみたい....(笑)

ウガヤフキアエズもこの御米をたべたのかしらん....

利田さん、1週間てながすぎる.....

利田 - 2001/01/05(金) 00:45<

ビックリ情報

今日、仕入れた情報

東北地方では、江戸〜明治に「サンカ」の人々は大歓迎されたそうです。
何故でしょう?

特に、山奥の豪雪地帯では。

答えは聞いて100%納得

でも、教えない。1週間後に教えます

ヤゾー - 2001/01/05(金) 00:08<

祝言職人(ほかいびと)

正月や季節の折々に家々の門口にたち祝言を唱えては金品をもらってゆく人々がいた。
俵ころばしもそのひとつで、万歳、春駒、夷舞、大黒舞、七福神舞、獅子舞、猿回しなど様々な芸があった。
それらの職業は卑しいものとされながらも、神秘な力をもつ呪術者としての職能でもあった。

もんむー - 2001/01/04(木) 23:37<

鳥の歌

五木寛之氏の「鳥の歌」を読みはじめました。本屋でいくら探してなかったので図書館で借りてきました。

五木氏は今でも売れっこなのにこの作品だけが忘れられてるかんじです。めちゃくちゃおもしろいのに。

おミヨ - 2001/01/04(木) 10:59<

俵ころばし

おっときたりや福助 福右衛門の福俵

西の蔵には千俵 東の蔵には万俵

あわせて千俵万俵万々俵

福はこの家にどっさりと


今年もよろしく御願い申し上げます。

「おみくじ」は「中吉」、つづけて2回目「大吉」に・・・。

KEIJU - 2001/01/04(木) 06:49<

ありがとう!

そうか違うのねえ!! 勉強になりました! いやあ
博識だこと!!  僕は勘違いが多いようです!!

利田 - 2001/01/04(木) 00:22<

オミクジ

おみくじ引いたら「大吉」だったけど、大吉以外あるの?(ここのトップページの)

「奥三面」ナンカしびれる名前ですね。

トケコミサンカの方々!サンカの末裔のアナタ!!
シノガラのあなた!!

明けまして、オメデト

ほんやら宜しく




もんむー - 2001/01/04(木) 00:01<

謹賀新年

みなさん、あけましておめでとうございます。

年も改まって、このページも変化をとげていますね。楽しみにしてます。

最近「奥三面」という場所に興味があります。といっても昨年ダム湖の底に沈んでしまったのですが、自然と共存した素晴しい集落だったようです。

こうした集落に対して現代的な利便性をおしつけて、貧しくなどない、むしろ豊かな生活を破壊してしまう社会にいきどうりを感じる正月なのでありました。

Rainy - 2001/01/03(水) 23:38<

あ はっぴぃにゅーいやぁ


ともかくも21世紀だ
三が日はあっというまに終わり
明日からまた「日常」がはじまる....

今年は、どんな1年になるのだろう
今年はどんなモノやヒトに出会うのだろう

ヤゾー - 2001/01/03(水) 20:27<

竹内文献と竹内街道?

タイからの新年の挨拶、ありがとうございます。
なんだか目出タイ気がします。

竹内文献というのは、茨城県の竹内家に伝わる古文書で、竹内宿裲の孫で平群真鳥という人が
古代文字で書かれた超古代の記録を漢字と仮名混じり文に書き直したものだそうです。

公には全くの偽書とされていますが、知人の言霊遣いの言ってることと共通した歴史観があったりするのが不思議です。
ちなみに知人の言霊遣いは竹内文献のことなど全く知りません。

KEIJU - 2001/01/03(水) 17:58<

竹内文献

ヤゾーサン 竹内文献って あの竹内街道で見つかったんじゃあなかったけえ??
ぼくはずっとそう思っていたのだけども??????

KEIJU - 2001/01/02(火) 16:25<

謹賀新年

明けましておめでとう! 今年もよろしく!
良いねえ熊野はやっぱり! 写真見ているだけで 
気持ちが 湧いてくるよ! では又〜〜〜〜!

ヤゾー - 2001/01/02(火) 04:45<

ゴメンナサイ!

新世紀になってからの書込みは、資料室を設置しようとした時に僕の不手際により消えてしまいました。
確かヤナギムシさんと利田さんの書込みがあったと思いますが申し訳ございませんでした。

皆さんが面白いと思った本などありましたら資料室へ記入して下さい。
それと自動リンクコーナーも設置しましたのでご利用下さい。
少しのはずが朝までしてしまいました。寝ます。

管理人ヤゾー - 2001/1/1(月) m(_ _)m<

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謹賀新年

あけましておめでとうございます。
  今年もよろしくおねがいします。


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