自然の中へ、そして心の中へ!


中上健次を想う

今回は、
言い出してから随分と経ちますが、
中上健次について、書いてみたいと想います。
(最近、一部で、言うだけ王子と呼ばれています……(^^;)

中上健次については、数え切れない評論が出ていますが、
ここでは、そういった出版物では、あまり日の当てられなかった、
中上の『青春小説』を中心に掘り起こしてみたいと想います。

私なりの印象では、
中上の代表作といいますか、 一つの到達点のような作品としては、
『枯木灘』『千年の愉楽』辺りを挙げておきたいのですが、
『水の女』や『日輪の翼』も、
中上的な“リアル”が全編に漂っていて、強く記憶に残っています。
(何故か、枯木灘の前身のような『岬』は好きになれないでいるのですが……)

手荒ですが(^^;)、 思い切り大雑把に中上の著述活動を三部しますと、
『青春小説』……兄の死、上京、鬱屈……
『路地』……血縁、土地、因習……
『聖なる物語・ルーツ』……輪廻、紀伊、弥生、縄文……

のようになるかと、感じています。
もちろん、
これらは、すべてが密接に繋がっており、
特に、“兄の死”と、紀伊の地“熊野”については、
多くの作品に、その影響を垣間見ることが出来そうです。

私が中上を読み始めたのは、彼の死去の、ほんの数年前でした……。

初めて読んだ作品は、
『十九歳のジェイコブ』で、
(野生時代連載時は『灼けた目、爛れた喉』のような原題だったような……)
読み始めてすぐ、内容云々より、
「文体というのは、これほど重要なんだ!」と、凄まじい衝撃を受けましたね。

それまでにも、特徴的な文体を持つ作家は大勢いましたし、
“小説”の面白さは、単に“物語”や“テーマ”にあるのではなく、
文章そのものに魅力があるかどうかだとは、それとなく意識はしていました。
しかし、
初めて中上を読んだときが、
“文体”について考え始める契機になったのは間違いないでしょうね。
“小説”から、言霊のようなものを強く“実感”したのも、
この中上作品を読んだのが、最初だったような気がしています。

それからは、コンスタントに、中上の作品を読んでいきました。

密度の高い中上の小説は、
続けて何作も読むと、そのパワーに負けてしまい、
私の場合は、紙背を探るのに疲れてしまいます。
まるで、中上文学にK・Oされたかのように……(^^;)

中でも、
私が『ジェイコブ』の次に読んだ『十九歳の地図』は、
『十九歳の中上』の憤りが、直接ぶつけらて来るようで、
最初から最後まで、喩えようのない息苦しさを味わい続けました。

当時の自分の年齢が、
そういった中上の『青春小説』の主人公と近かったこともあり、
私は“共感”を通り越して、
作品の主人公や『在りし日の、十九歳の中上健次』には、
いま想えば“近親憎悪”といっていい感情を持っていましたね……(^^;)

現に、あの頃、 「中上は嫌いだ」と、文芸好きの知人には話していたような記憶があります。

三つの中短編を収めた『鳩どもの家』でも、
やや洗練された感じも受けますが、
まるで問いつめてくるような文体は相変わらずで、
読むだけで体力を消耗しました。
一編の「日本語について」は、
大江健三郎や、野坂昭如の影響が感じられて、
それでいて中上らしさも充分にある作品ですね。
ただ、この作品集は、他のものに比べ、
それなりに物語として結末のようなものが用意されています。
中上健次入門者には、お勧めできそうな一冊ですね。

エッセイや、対談集も、それぞれ魅力がありました。

デビューしたばかりの村上龍との対談では、
うまく喋れない新人を気遣うやさしさが見えて、
また、中上も村上に合わせて青臭いことを語ったりして、微笑ましいですね(^^;)

(もし中上健次が存命なら、今の宮本輝との対談が読んでみたかったです……  
そして、
 今の日本、特に少年法などについて、様々な論議を拝聴したかったです……)

いろいろな想いを詰め込んだ『破壊せよ、とアイラーは言った』では、
矢沢永吉だのジャズだのドラッグだのと、
趣味に走りすぎていて、単純に、そのまま面白かったですね(^^;)
高校時代に書いたとされる短編も収録してあったように憶えていますが、
中上は、中学の頃から、 小説というか、
現代詩というか、 とにかく後の原型になるような文章を書いていたそうですから、
何か、並々ならぬ執念のような、強い想いを感じてしまいます……。

中上が亡くなった後ですが、
生前の直筆原稿を目にする機会がありました。
集計用紙というのですか、
原稿用紙ではなく、細い横線だけが入った用紙を縦に使い、
中上ゴシックともいえる、角張った、角の丸い文字で、改行もなく、
それこそ呪詛か何かのように、びっしりと書き詰められていましたね……。
病床で書いたものだそうですが、そこら中に推敲の後が見られ、
一枚で原稿用紙五枚から十枚近くありそうな、その文章を前にすると、
「何も今、中上を連れていかなくてもいいじゃないか!」と、
早すぎた死に、わけのわからない怒りを憶えましたね……。

若い頃は、良い体格をしていた中上が、
死期が迫るにつれ、 急速に痩せていき、小さくなっていったのは、
文芸誌などで端から見ていても、やりきれないものがありました……。

中上の死後、一年ほど於いて、
私は、まだ読んでない作品にも手を付けてみることにしました。
『鳳仙花』『地上の果て 至上の時』『熊野集』
どれも、それぞれよかった……。

生前は、中上が梅原猛と対談したりしているのを知って、
「無駄なことをするな! そんな時間があったら小説を書け!」
などと生意気に苛立っていましたが(^^;)、いま対談を読み返してみると、
「すべてが小説のためだったんだなぁ……」と、何も言えなくなります……。

湿っぽい話ばかりじゃなく、
エッセイ『アメリカ・アメリカ』(なんつータイトルじゃ!)では、
ボブ・マーレィ、ボルヘスなどへのインタビューなど、本当に興味深いです。
不慣れさゆえか、擦れ違い気味な内容も多い中で、
ボルヘスの博識振りと佇まいは、
中上というフィルターを通して、より一層、魅力的に映ります……。

『千年の愉楽』で見せた、すべてを包み込むような視点……。
宮沢賢治の『春と修羅』が、時折、自分の中ではオーバーラップしてきました。
「この作品を書くために今までの作品はあった!」
と、読んだ直後は興奮したのを憶えています……(^^;)

そうして、
一通り、中上を読み終えて、 早いもので、また数年が経った今、

ヤゾーさんの熊野ライフを拝見してから、ふと、もう一度、
「中上を読みたいな……」という思いが湧いてきて、それは日増しに、
「あーっ! 中上が読みたいっ!!」ってくらいに強くなっていきました。

ハードカバーは、
引っ越しの度に、ほとんど友人に譲っているので、
手元には文庫本しか残っていませんでしたが、
つい先日、その中から、
『十八歳、海へ』を手に取り、読み返すことにしました。

「十八歳」「不満足」「眠りの日々」「海へ」

いま読んでも、呻らせられます……。
これを十八歳から二十三歳の間に書いたというのですから、
中上健次は、凄まじい努力型の天才だったと、あらためて想いますね……。

印象的なフレーズのリフレインや、英詩の引用など、
若くなくては出来ないような試みも、なんだか妙に恰好良いです。

中上の、どの小説も、韻を踏んで読むと、
まるで頭の中で、中上が囁いたり、語りかけてくるような気がしてしまいます。
それも、後期の作品などでは、
あの声を、さらに低く、渋く、トーンを落として、ぶつぶつ、
といった感じで……(^^;)

中上は、よく「怒りの文学」「加害者の視点」などと、
訳知り顔の評論家に言われていましたが、
「怒りの文学」は、もう最初から、その通りなんですけど、
「加害者の視点」というのは、かなり後になって指摘されたように想います。

それまで、ああいった立場の視点で一貫して書かれた作品は、
(例えば、  
家族の死を実感できない薬漬けの少年だとか、路地の住人であるとか……)
少なくとも日本には、なかったのではないでしょうか。

エッセイや、あとがきの中で、
中上は何度も、
「どうしようもない若さ」といった言葉を好んで使っていましたが、
彼の一番の原動力は、
「どうしようもない世界」に対する怒りだと、私は捉えています。

それは、
人が生まれながらにもっている業や、
個々の違い、
いわれのない差別、
どうにもならない“仕組み”に対する怒り……

もっと突き詰めていけば、
飢餓、天災、戦争、
あらゆる災厄と、現実、
それを受け止めきれない人間の無力さに対する怒りだと、私は感じています。

どうにもならない大きな力を目の前にすると、
人は誰でも足が竦んでしまいますよ。

けれど、
理不尽な世界に対する怒りは、信じられないほどの力を人間に与えます。

ここでも、また、
人間を貶める巨悪に行きつくのですが……

この無垢な怒り以て立ち向かうことくらいしか、今の私には思いつきません……。
人を動かす大きな力を、
悪用せず、私利私欲とは遠い処で、活かしていけたら、いいですね。

話は、また随分と脱線してしまいましたが(^^;)、
中上健次については、まだまだとても語り尽くせません。

中上氏の奥さん、紀和鏡さんの、
編集者としての人望や、それとは逆に作家としての不運、
などついても書いてみたかったのですが、これは、いずれまた……。

しかし、今回も、熊野ライフとは、大きく懸け離れてしまいましたね(^^;)
話は尽きませんが、
今回は、これにて。

                              by 陰謀王子








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