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《熊野の神社巡り》

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《 熊野本宮大社 》
主祭神は家津御子大神でスサノオノミコトとされており、熊野三山の中心となるのが本宮大社です。明治22年の大洪水により流出する以前までは熊野川、音無川、岩田川の中州である大斎原(おおゆのはら)に鎮座していましたが 明治24年に現在の場所に移転再建されました。

《 熊野速玉大社 》
主祭神は熊野速玉大神でイザナギノミコトとされており、熊野川を背にした森にあります。社殿は昭和になってからの造営で色鮮やかな丹塗りの華やかな神社です。

《 熊野那智大社 》

主祭神は熊野夫須美大神でイザナミノミコトとされており、標高500メートルの那智山の中腹にあります。現在では立派な社殿がありますが、本来は那智の滝をご神体にした飛瀧権現を発祥とし、縄文の自然崇拝を伝える神社です。


《 花の窟神社 》

主祭神はイザナミノミコトで、日本書記には「熊野の有馬に葬り祀る」とあり、ご神体である高さ約70メートルの巨岩が黄泉の国の入り口を塞いでいるともいいます。また、土俗(くにびと)この神の魂を祭るには、花の時には花をもって祭り、つづみ、笛、幡旗(はた)を用いて、歌い舞いて祭るとあり、記紀成立以前からの風習だともいわれています。


《 神倉神社 》

主祭神は高倉下命で、神武天皇が東征の際、熊野の地へ回られたときにその地に住む山の荒ぶる神の毒気にあてられて気を失ってしまい、そこへ神剣を献ぜられた神ということになっています。神倉山は熊野権現の降臨地とされ  神倉神社は熊野速玉大社奥院といわれ熊野最古の聖域の一つとされています。毎年2月6日に行われる『御灯祭』は荒々しくも厳粛な太古の息吹きが蘇る祭りで、青森のねぶた祭り、諏訪の御柱祭と共に、三大縄文的な祭りともいわれています。


《 阿須賀神社 》

主祭神は事解男命で、神倉神社と同様に熊野速玉大社に縁の深い神社です。古事記・日本書紀には、熊野村、熊野神邑でありまして遠く第五代孝昭天皇御世の創立とあり、熊野発祥の地と伝えられる古社だともいわれています。境内には徐福が求めたという天台烏薬が茂り、社殿の背後には阿須賀神社のご神体の山である蓬莱山があります。また徐福を祭った石造りの祠もあり徐福とも関係の深い神社のようです。


《 玉置神社 》

主祭神は国常立命で、神武天皇が熊野に上陸し、ヤタガラスの先導により吉野へ入る前に、玉 置山で兵を休め、国土平定の祈願を行い、その際に勾玉を玉置神社の磐座に置いて祈ったといわれている。



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