自然の中へ、そして心の中へ!

 


夢の駅

友人へ宛てた夢の物語

これは東京で知り合い、共に自然の中で暮らしたいと、
テント生活と廃屋を借りての田舎生活を共にし、
志し半ばで挫折し、再び東京に戻り、何年か過ごしたのち、自律神経を悪くし、
実家のある名古屋へ身を寄せている友人に宛てた手紙です。
僕が熊野の山の中で暮らしはじめてからは、年に何度か訪ねて来ては、
熊野の山々を巡ったり、 焚火を囲み、語り明かしたりしていました。

前略

秋も深まり、焚火の恋しい季節となりました。
例年のように、
焚火を囲み、精神世界など語りあかしたいと思っていたのですが、
心身共に不安定な状態であるとのことで残念です。
いずれまた、焚火を囲み素敵な時を共に過ごせるようにお待ちしています。
                                   
                                         早々

友人から届いたハガキ
葉書の下に描かれた挿し絵の余白に書いてあった
「ここには人工の川があって、時々サンカの人々が箕作りをしている。
八丁味噌と交換すると喜ぶ」 と言う短い文章にとても感動しました。

頭の中でイメージが広がり、返事がわりにこれを書きました。
秋の日の夕暮れに山の中にひとりいると、
寂しさのあまり、 良からぬことを考えてしまいがちですが、
これを書くにあたり楽しい時を過ごすことができました。


【夢の駅】

ここのところ、何度となく同じような夢を見ることがあります。
そして、その夢から覚めると、きまってその夢の中に、
なにか大切なものを忘れてきたような、せつなさや、かなしさを覚えるのです。
そして、その思いは日に日に強まり、何をしていても現実感が薄れていき、
夢の世界の方が本当のように思えてくるのです。

その夢を、ひとつの物語りとしてお話しします。

夢は、いつも駅から始まります。
どこへ行くでもなく、最寄りの駅から汽車に乗るのです。
現実の世界では、山の中を走り、ひとつトンネルを抜ければ隣の駅なのですが、
なぜか夢の中では、その間にもうひとつの駅が存在しているのです。
駅名はあるのかないのか記憶にはありません、
ただ、その駅が目的地のような気がして、
その夢の中にしか存在しない駅で降りてしまうのです。

駅を出ると、どこか懐かしい、
いつか、小さな頃に来たような既視感(デジャヴ)を覚えますが、
べつにこれといって、なにがあるわけでもありません。

この地方にある、ごく普通の田舎の風景です。
ただ、駅の正面には清々しい青空のもと、
神聖な神社のような森が広がっており、それにつづく道がありました。

それは、まだ舗装されていない地道で、
脇には、タンポポなどの、子供の頃に親しんだ草花が生えていて、
道草を食うように、ゆっくりと森の中へと歩いてゆくのでした。

森の中には、いろいろな大きな木々が繁っていました。
小鳥がさえずり、木もれ日がきらきらと輝き、
とても清々しい雰囲気につまれていました。
なにか青く透き通った空気に引き寄せられるように、
子供の頃のような、わくわくした思いで、奥深くへ歩いてゆきました。

すると、突然開けた場所にたどりつきました。
そこは周りを木々に囲まれた広場になっていて 、
真ん中にきれいな川が流れていました。

川を挟むように沢山のテントのようなものが張ってあり、
中から煙がたなびいているインディアン式テントもありました。

そしてテントの張っていない広場では、
お祭りのように、 人々がにぎやかに楽しげにしていました。

なにか近づきがたい雰囲気もありましたが、
穏やかで平和な人々の表情に、
思いきって人々の輪の中へ入ってゆきました。

その中では生活道具や古着など、
いろんな物を、敷いた布の上に並べている人たちや、
山で取れた山菜や薬草などを並べている人たちもいて、
まるで市のように、にぎわいでいました。

見ていると、
どうやらお金で売っているのではなさそうです。
お互いの物を交換したり、気に入った物があると、
お互い、あげたりしているようでした。

そして、所々で何人かが輪になって、
酒を酌み交わしていたり、歌ったり踊ったりして、
それぞれが自由で、生き生きと行動し、
それでいて調和がとれた、
大きな家族のように思えました。

いつのまにか自分も、その家族のひとりのように、
人々に対して親しみを持つようになっていました。

いろんな物を並べていることや、
その人々がおもしろくて、
丁寧にその不思議な世界を見てまわりました。

なかには、小さな栗を、
大きな鉄鍋に小石と共に火にかけて、
かき回している老人もいます。

あたりに甘くて香ばしい匂いが漂って、とても食べたくなりました。
そんな顔をして見ていると、そのおじいさんは、ひとつ食べてみるかねと、
僕に言って、袋にその栗を入れてくれました。

食べてみると、
とても優しい甘さと自然の豊かな味がして、
とても幸せな気分になりました。

僕はおじいさんに
「どうやったらこんなにおいしくできるの」と訊ねました。

おじいさんは、「自然の中で育った山栗を、
きれいな川の小石と共に、心を込めて、焦らずに、
ゆっくりと、火にかけてやればできるんじゃよ、じゃが、
ごま油と砂糖の量と、入れるタイミングを覚えるのは大変難しいんじゃ、
わしは十年かかって最適なバランスとタイミングを習得したんじゃ、
君においしいと言ってもらって、そのかいがあったと言うものじゃよ」
と穏やかな目をして笑いました。

僕は栗をくれたおじいさんにお礼を言って、
またいろんなものを見てまわりました。

今度はガラクタのような物や素朴な焼物、
手作りアクセサリーを並べているバンダナをした、
ひとりの青年が目にとまりました。

中には片方だけの皮の手袋まで並べてあったので、
僕は愉快になり、バンダナの青年に、
これらの物はどこで集めたのかと訊ねました。

バンダナの青年は、旅の途中で拾った物や仲間が不要になった物で、
あとは時間がある時に自分で作った物であることを説明してくれました。

つづけて青年は「人が要らなくなった物でも、ある人にとっては、
とても必要な物もあるからね、だから使える物は最後まで生かしてあげないと、
かわいそうだよね、そうすることで僕の心も救われる気がするんだ」と僕に言いました。

僕は、本当にそのとおりだね、と深くあいづちをうちました。

すると彼は突然に「八丁味噌もってないかな」と僕に聞きました。
僕は持ってはいないけど、どうしてだいと答えました。

バンダナの青年は「君とこれを交換したいんだよ」
と僕に小さな石のような玉を差し出しました。

それは、青く透きとおっていて、
中は火のように赤く光っていました。

僕はどうしても、それが欲しくなり、
カバンの中に何か交換できる物がないかさがしました。

そこで僕は八丁味噌はないけど、
ドンファンの本【アメリカの大学で人類学を専攻する青年(カルロス・カスタネダ)が、
仙人のような中米のヤキ・インディアン(呪術師のドン・ファン)
の弟子になり、 自然の中から真理を探究していく過程を記した、
知る人ど知る名作本で、友人の愛読書】なら持っているよ、と言いました。

そしたらバンダナの青年は「僕はいずれドンファンのようになりたいと思っているんだ、
だから八丁味噌が欲しかったけど、その本でいいよ」と言って、
その石のような玉を手渡してくれました。

それを手にしたとき、
なんだか生きる力と勇気が湧いてきたように感じて嬉しくなりました。

バンダナの青年は
「夜に広場で焚火を囲んでお祭りがあるから、その時に、また会おうよ」
と言って、ガラクタのような物の使い方を、来た人に説明しだしました。

僕は、素敵な青く透き通った玉を、ありがとう、大切にするよ、
とお礼を言って再びいろんなものを見てまわりました。

そして今度は、
「幸せのお守りを、どうぞ」と歌うように、
お守りを手渡している娘が目にとまりました。

そのお守りは、
娘が作った物で、小さな布の袋に花や小鳥の刺繍がしてあり、
その中には娘が幸せを祈って書いた言葉が入っていました。

花のように可憐で、小鳥のように繊細で、
気高く、優しい微笑みをした娘に、
我を忘れ、僕は立ち竦んでしまいました。

その時、頭の中では、くらくらと古い記憶がはじけ、
意識は大空の彼方へ飛んでゆくようでした。

僕はひとめで、その娘に恋をしてしまいました。
いや、そんな簡単なものではありません。
僕の前世がどれほどあったかはわかりませんが、
すべての前生がその娘と結ばれる為に存在していたかのような絶対的、
普遍的な思いがしました。

その意識が通じたのか娘は僕を見て急に頬を桃色に染め、
目を輝かせ、近くへ寄って来てくれました。

娘が近づくと優しい花の香りがして、
とても穏やかな気持ちになり、
暖かい日の光りに包まれているような気がしました。

そして、この娘の為なら、
どんなに苦しく辛いことも乗り越えられる力が湧いてくるようにも思えました。

にぎわいだ人々の中で、
娘と僕の為に、時間が止まったようになり、娘が言いました。

「あなたの手に持っている石のような玉はあなたの魂よ、
その光りが、月の無い夜になって、どんなに離れていても、
私にわかるように輝いた時、私はあなたの花嫁となるのです」
そう言って幸せのお守りを手に握らしてくれました。
その中には(すべてのものを大切に、そして執着しないこと)
と書いたおふだが入ってありました。

娘は、お祭りが終わるまでには必ず再び会えることを約束して、
再び微笑みと共に幸せのお守りを人々にひとつひとつ手渡していきました。

僕は心の中で娘の言葉をひとつひとつかみしめ、
それを確かめるように娘の目を見てうなづきました。

あと髪を引かれる思いをぬぐい、
再び娘と会える希望に胸をはずませて夜になるのを待ちました。

やがて夜になり広場では焚火を囲んだ幾つかの人の輪ができていました。

大きな焚火を囲んで夜通し、みんなが歌ったり踊ったりしました。

そして、各々が、歩んできた道のりや経験をおもしろおかしく、
時には涙で話し合っています。

あのとてもおいしかった栗をくれたおじいさんが話す番になったので、
みんなといっしょに聞きました。

老人は、ここへ来る前に、商売で成功し、お金をたくさん儲け、
あらゆる贅沢をつくしたが、本当に心が満たされることはなく、
かえって失ったもののほうが多かったように思い、
小さなおこないであっても真心があれば、それは素晴しい、
と熱っぽく語りました。

僕は老人の話しを聞き終わり、
娘を探して幾つかの輪をまわりましたがなかなか見つからず、
やがてバンダナの青年と出会い、同じ焚火を囲みました。

僕はバンダナの青年にお守りの娘のことを話して、知らないかと訊ねました。
青年は必ず会えるからここで一緒に焚火を囲んでいようと言い、
ここへ来るまでのいきさつを語り始めました。

青年は若い頃、都会で暮らし、そこで様々な人達に出会い、
もともと地球の命を削ってまで物質的豊かさを追求める文明に
疑問をいだいていたのを確実なものとし、
新しい生き方を求めて旅に出るが挫折してしまい、
からだも心も病にかかり、辛い日々を過ごしたことや、
試練はそれを乗り越える力のある人には辛く大変なものなんだと話してくれました。

つづけて彼は「みんな、身近なところに違った駅があることを知らないんだ。
その駅を降りたら違った人生があるんだ。そして僕はその駅を選んで降りた。
ここの人達はみんなそれに気付いて駅を降りたんだよ。
僕達の生活はけっして豊かには見えないかもしれない。
しかし、ここの人達はみんな本当に豊なことがどういうことなのかを知っているんだ。
僕達の大半は家も持たないし、お金も最低限しか持ってはいない。
だけど、みんな健康だし心も満たされているんだ。
それに、お互いが心から信じられるんだ。
だからと言って依存したり強制的な義務もないんだ。
ただ、時々は人が知らない場所に集まっては、お互いの人生を助けあっているんだ。
必要な物や情報を交換したり、魂が向上できるように励まし合ったりしてね。
みんな、仲間だからね、そして今夜のように集まった時には、お祭りになっちゃうんだ」
と青年は僕に言いました。

僕はまたみんなとお祭りに参加したくて聞きました。
ここはどこなんだい、いつまた集まるの、と。

青年は微笑んで、ただ「ここはここで、集まる時は集まった時だよ、
もうそろそろあの娘が君に会いに来る頃だし夜明けも近いから、
帰ってドンファンを読まなくちゃ、じゃあまたね、
君もまたここにこれるように祈っているよ」と言って、
バンダナの青年は僕の前から
消えていきました。

僕は祭の終わる寂しさと残された余韻で胸がいっぱいになりました。
焚火の火も蛍のように静かにまたたいていき、
やがてひとり消えふたり消えで広場には僕ひとりきりになってしまいました。

もうあの娘には会えないのではないかと寂しさで
自分がここにいることに疑問さえ持ち始めました。

そして空には星が消え、空が深い青色に変わり始めた頃、娘が現われました。

娘はまるで花嫁のような衣装を身にまとい、
髪には神聖な儀式にでも使うかのような冠をしていました。

そして娘は、「いっしょに夜明けをむかえましょう」と言い、
広場から少し離れた海の見える丘に僕を連れて行きました。

その丘からはどこまでもつづく海が見えました。
やがて水平線の奥が明るくなり海がきらきらと光りはじめ、
日の光りが娘の顔をてらしました。

娘の顔は夜明けの日の光りにてらされまるで天使のようでした。
そして娘は僕に優しくくちづけをして言いました。
「これは夢なんかじゃないわ、あなたがこのことを真剣に望めば、
ここでのことは現実の世界より真実だわ。あなたには未来が見えるの、
だからここへ来たのよ。
そして私を見つけた。
あなたが来るのをずっと待っていたのよ。
だからこれ以上私を待たせないで。
でも、あなたが魂を輝かせなければ、
私はあなたを二度と見つけられないし、
あなたも私に会うことも、ここへ来ることさえできないわ。
ここへ来るまでには不安や焦りに心を惑わされることもあるかもしれない、
でも、それらは魂を曇らせてしまう。
だから私のお守りをいつも大切にして必ずここへ帰ってきてね」
と言い残し僕の前から消えてゆきました。

僕は固く心に誓いました。
必ずここへ帰ってきてあの娘を花嫁にするんだと。
そして娘にもらったお守りを胸のポケットに大切に仕舞い、
青く透き通った石を握りしめて、
もと来た道を夢の駅へと歩いていくのでした。

そして汽車に乗り、ふだんの隣の駅へと向かうのです。
汽車に乗っている間にそれまでの清々しい気持ちと、
それまでの記憶がうすらいでゆきます。

汽車を降り、
駅から出る頃にはいつものけだるさと喪失感に襲われているのです。

そしてなぜか駅前のパチンコ屋に入って行ってしまうのです。

そしてべつに楽しいとも思わないままパチンコをしてしまうのです。

そのうちに夢中になってしまい握りしめていた石を
パチンコ玉と間違って打ってしまうのです。

おまけにすっからかんのあっぷっぷになってしまい、
帰りの汽車賃さえなくなってしまい、
パチンコ屋で働くはめになってしまうのです。

パチンコ屋の喧騒の中で、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
こんなはずではなかったのにと僕は泣きべそをかいて
「なんでやねん」と叫びながら夢の世界から落ちていくのです。

もうろうとした頭で、もう一度あの娘に会いたい、
バンダナの青年はドンファンのようになったのだろうか、
あの娘に貰った幸せのお守りはどこへいってしまったのだろう。

それと僕の魂は再びパチンコ台から出てくるのだろうか、
と、せつない思いで胸がいっぱいになるのです。

いったいあの駅はどこにあるのでしょうか。
僕にはただの夢のようには思えません。
あの娘が言っていたように現実の世界より真実のように思えてくるのです。

だから僕は、夢の駅をさがして旅にでようと真剣に考えています。
  
                                         【完】
                                







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